上がこれから歩く、幻の五新鉄道である。
すぐに短いトンネルに入る。
昭和14年に着工された最初のトンネルが、これなのだろうかと、トンネルの壁を見ながら思う。
トンネルを出ると地元の生活が両脇に広がり、現実に引き戻される。
彼岸花が咲き、栗が実り、トランペットエンゼルの花の咲く普通の道路である。
やがて、大日川の自動車停留所の標識が見えた。
ただ標識だけである。
鉄道が敷かれていたら、おそらく駅舎が建ったであろうと、標識を見てふと思う。
その先が木の繁る深い山になって、こんもりとした木の被さるトンネルの入口が目に入る。
「綺麗!」
思わず声が出た。
トンネルの中がカーブをしているのか、出口の見えない暗闇の両側に並んだ燈火
が、ずっと先まで続いている。
普通の道路のようにとトンネル内に明かりがない。
ただあるのは、ゆらゆらゆれるローソクの明かりのみである。
見事な燈火会の世界を創り出している。
三脚なしで、トンネルの壁に体を固定して撮ったが、手ぶれはどうしようもない。
千燈の火に導かれるように歩く。
前後に人がいるのかいないのか、静かだ。
やっと出口の明かりが見え、その先はかなり高い場所にいることが分かる。
遥か下に道路と丹生川が見える。
暫く行くと衣笠トンネルだ。全くの無燈で、懐中電灯のみが頼りだった。
不気味な感じだが、長くないのでほっとする。
ここを出ると、この鉄道路線の歴史などの資料の展示パネルがあった。
奈良交通バスもここまでである。
五條市役所西吉野支所の茶色い建物を見下ろして、ここで昼食をとる。
ドリンクのサービスもありありがたかった。
さらに山奥へと湯づくトンネルが見えたが、閉鎖されていた。
1996年カンヌ映画祭でカメラ・ドール(新人賞)を受賞した、河瀬直美 監督の「萌の朱雀」は、幻となってしまった五新鉄道とその当時の村の人の暮らしや思いを映画にしたものである。
俳優は一人しか使わず全てこの地に住む人の出演であった。
現に自動車道に使われているとはいえ、本来の目的の実現に至らなかった「無残なトンネル」をこの日歩くことによって、映画の中のシーンと重なったし、平和を考える歩きにもなった。