10月18日は、「光る君へ」の影響で、紫式部にかかわりのあるお寺へ詣でました。
先ず三井寺へ。
「三井寺」のことを「園城寺(おんじょうじ)」とも言うとは知りませんでした。
大門(仁王門)
※三間一戸楼門 入母屋造 桧皮葺
---------------------------------------------------------------------------------
https://miidera1200.jp/より引用
三井寺は、紫式部にとって仏縁の深い寺でした。
彼女の父親の為時は、晩年を迎えて三井寺で出家したことが伝え
られています。親戚のなかにも三井寺の僧となった人がいます。
母親の兄弟だった康延は、宮中の仏事や天皇の安穏を祈る内供
奉十禅師に任命されていました。また、彼女の異母兄弟の定暹も
寛弘二年(一〇〇五)ころに三井寺で密教の伝授を受け、阿遮
梨となって一条天皇の生母・藤原詮子の追善法要や一条天皇の
大葬の御前僧の一人として参列しています。
『紫式部日記』には、寛弘五(一〇〇八)年に藤原道長の長女
で一条天皇の中宮彰子が出産のため、道長の邸宅に里下りした
ときの出来事が記されています。壮大な寝殿造りの庭園は秋の気
配に包まれ、もののあわれを感じさせる雰囲気です。邸内では安
産を祈って忿怒の五大明王が安置され、三井寺の勝算、心誉、
斎祇といった有験の僧によって密教修法が行われており、護摩壇
からは赤々と炎が燃え盛っています。祈祷に苦しむ物怪のののし
る声が響き渡り、彼女も「いみじう、こはきなりけり」と記しています。
自然の威力に対し神仏の救済を求めた当時の人々の祈りの深さが
伝わってくる印象的な一節です。
ふじわらためとき
藤原為時 [紫式部の父]
長和5年(1016年)4月29日に三井寺にて出家。
三十六歌仙の一人で「小倉百人一首」にも採録された
藤原兼輔を祖父に、「後撰和歌集」などに採録された
藤原雅正を父に生まれ、自身も和漢どちらにも秀でた人であった。
じょうせん
定暹 [紫式部の異母兄弟] 三井寺の阿闍梨*
東三条院追善供養の法華八講に延暦寺の僧として出仕、
一条帝の大葬の百僧の中にも選ばれている。
園城寺寺伝血脈には三井寺18代長吏付法7人の
一人として記載されている。
こうえん
康延 [紫式部の叔父]
三井寺の阿闍梨*
宮中の仏事や天皇の安穏を祈る
内供奉十禅師に任命されている。
*阿闍梨(あじゃり): 密教で修行を完了し伝法灌頂の職位をうけた僧。また弟子たちの模範となる高僧の敬称。
---------------------------------------------------------------------------------
彼女の父親の為時は、晩年を迎えて三井寺で出家したことが伝え
られています。親戚のなかにも三井寺の僧となった人がいます。
母親の兄弟だった康延は、宮中の仏事や天皇の安穏を祈る内供
奉十禅師に任命されていました。また、彼女の異母兄弟の定暹も
寛弘二年(一〇〇五)ころに三井寺で密教の伝授を受け、阿遮
梨となって一条天皇の生母・藤原詮子の追善法要や一条天皇の
大葬の御前僧の一人として参列しています。
『紫式部日記』には、寛弘五(一〇〇八)年に藤原道長の長女
で一条天皇の中宮彰子が出産のため、道長の邸宅に里下りした
ときの出来事が記されています。壮大な寝殿造りの庭園は秋の気
配に包まれ、もののあわれを感じさせる雰囲気です。邸内では安
産を祈って忿怒の五大明王が安置され、三井寺の勝算、心誉、
斎祇といった有験の僧によって密教修法が行われており、護摩壇
からは赤々と炎が燃え盛っています。祈祷に苦しむ物怪のののし
る声が響き渡り、彼女も「いみじう、こはきなりけり」と記しています。
自然の威力に対し神仏の救済を求めた当時の人々の祈りの深さが
伝わってくる印象的な一節です。
ふじわらためとき
藤原為時 [紫式部の父]
長和5年(1016年)4月29日に三井寺にて出家。
三十六歌仙の一人で「小倉百人一首」にも採録された
藤原兼輔を祖父に、「後撰和歌集」などに採録された
藤原雅正を父に生まれ、自身も和漢どちらにも秀でた人であった。
じょうせん
定暹 [紫式部の異母兄弟] 三井寺の阿闍梨*
東三条院追善供養の法華八講に延暦寺の僧として出仕、
一条帝の大葬の百僧の中にも選ばれている。
園城寺寺伝血脈には三井寺18代長吏付法7人の
一人として記載されている。
こうえん
康延 [紫式部の叔父]
三井寺の阿闍梨*
宮中の仏事や天皇の安穏を祈る
内供奉十禅師に任命されている。
*阿闍梨(あじゃり): 密教で修行を完了し伝法灌頂の職位をうけた僧。また弟子たちの模範となる高僧の敬称。
---------------------------------------------------------------------------------
釈迦堂
金堂
※現在の金堂は、豊臣秀吉の正室北政所によって再建されたもの
※本尊弥勒菩薩
三井の晩鐘
霊泉 閼伽井屋
三重塔に降る雨
唐院灌頂堂(とういんかんじょうどう)は、三井寺の中で最も清浄な聖域
三井寺には見るべきところがたくさんあります。
衆宝観音
西国札所第14番 長等山(ながらさん) 園城寺(三井寺)
観音堂
観音堂
※堂内に安置されているご本尊「如意輪観世音菩薩像」は、奈良時代の僧「智証大師(ちしょうだいし)」が、自ら刻んだものとされている秘仏
展望台からの景色
ここだけが紅葉していました。
三井寺を出て、お昼ご飯を食べに行きました。
途中の圓満院門跡で見たお言葉
怠らず 張りつめず 何でも ほどほど
キンモクセイの芳香
マンホール
開運そば
店内にはたくさんの絵馬が飾られていました。
開運そば 900円