孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  漂流するタイ民主主義 警官隊と衝突で“流血の事態”へ

2008-10-08 18:22:04 | 世相

(タイ・バンコク PADが占拠する首相府近辺で売られているスリッパ 描かれているのはタクシン元首相夫妻の顔のようです。
“flickr”より By euke_1974
http://www.flickr.com/photos/8560588@N04/2910363960/)

【料理番組で首相失職、元首相の義弟が組閣】
タイ・バンコクでの反政府団体・民主主義市民連合(PAD)による首相府の占拠は、しばらく下火となっていました。
しかし、PAD最高幹部のチャムロン元バンコク知事が逮捕された(運動の再活性化を狙って敢えて出頭した・・・とも見られています。)のを契機に、警官隊との衝突、催涙弾使用、死者の発生、400人超の負傷者など、緊迫した状況に転じています。

これまでも3回(8月29日、9月2日、9月11日)ほどPADの活動を取り上げてきました。
その最初の8月29日に「タイ 長引きそうな首相府占拠 再び対峙するチャムロン氏とサマック首相」というタイトルを付けたのですが、正直ここまで長引くとは思いませんでした。

この間、一方の当事者であるサマック氏は趣味の料理番組出演がもとで失職し、ソムチャイ首相に交代しました。
ソムチャイ首相は下院議員に初当選して政治家経験はわずか9カ月の“新人”。
“06年9月のクーデターで政権を追われたタクシン元首相の義弟ではあるが、周囲の評は「清廉で穏やかな紳士」。強権・腐敗体質が批判を浴びたタクシン氏とは対照的な人物像”【9月17日 毎日】だそうです。
ただ、サマック氏と同じ与党“国民の力党”で、かつ、タクシン元首相の義弟の“新人”とあっては、反政府団体による「タクシン氏の操り人形」との批判が止むとは思えませんでした。

ベテラン大物政治家でタクシン元首相とは一定の距離を置くサマック元首相のほうが、はるかに独自性があったと思われます。
国家汚職防止法違反罪に問われ英国に逃亡中のタクシン氏(すでに亡命申請したそうです。)が首相候補者の選定で、ソムチャイ氏支持の意向を伝えたとされる・・・とあっては、“操り人形”批判も止むをえないところです。

PADの首相府占拠という事態の背景については、わかりやすい下記の記事がありました。

****From:バンコク・藤田悟 「タイ式民主主義」に限界*****
反政府団体による首相府占拠という異常事態の背景には、01年から5年半続いたタクシン政治以来の権力闘争がある。
自ら築いた新興財閥を基盤に政界に進出したタクシン元首相は、政府のCEO(最高経営責任者)を自称し、政治の世界にも企業的合理主義を導入した。その政治手法は、グローバリズムに乗った経済成長や官僚制度の効率化など前進をもたらした一方、旧貴族層による経済支配を突き崩し、利権構造の大変化をもたらした。市場原理を最大原則とした政治・経済改革は、王室を頂点とする伝統的社会構造への挑戦でもあったのだ。

「権力独占・腐敗」の汚名を着せられたタクシン政権は06年9月のクーデターで崩壊し、タクシン派は政治の表舞台から退いた。しかし、昨年12月の総選挙では、「タクシン元首相の代理人」を称するサマック氏が率いた「国民の力党」が勝利し、タクシン派が政権に返り咲いた。主に地方の有権者たちがタクシン時代の「ばらまき型政治」に期待を託した結果だ。

これに対し、「民主市民連合」は、首相府占拠という過激な手段で政権攻撃を始めた。市民団体の体裁を取るが、水面下ではタクシン時代に利権を失った企業家らが資金提供しているといわれる。選挙では勝てない旧支配層が権力奪還を企てた「タクシン派つぶし」だといえる。

対決構図を複雑化させているのが司法の介在だ。最高司法機関の憲法裁判所は「料理番組出演」というささいな事由でサマック首相を失職させた。最大与党の解党につながる選挙違反事件も審理される見通しで、「タクシン派つぶし」に加担しているように見える。
 
タイの安定は従来、国王という「安全装置」に支えられてきた。政治危機の際には国王が助言して対立を収めてくれるという意識が国民に浸透し、王室の権威と民主主義が共存する「タイ式民主主義」という考え方につながった。だがこの発想は逆に、国民自らの手で危機を克服するという政治意識の成熟を妨げたことも否定できない。
プミポン国王が80歳という高齢の今、「タイ式」は限界を露呈し始めたようだ。06年の政治混乱時に「民主主義による解決」を促した国王は今回、表立って介入する気配はない。06年のクーデターが国際社会の不評を浴びた軍もかたくなに中立姿勢を保っている。
 
新たな構図の中での政治危機は国民に選択を迫っている。「タイ式」に名を借りた権威主義に寄りかかるのか。それとも民主的手段で対立を克服し、より普遍的な民主主義へと脱皮するのか。タイ社会は歴史的に重要な節目を迎えているように見える。【9月22日 毎日】
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【司法の介在、政府は機能麻痺】
特に付け加えることもありませんが、司法の介在について言えば、記事にもある与党の解党につながる選挙違反事件の審理のほか、タイ選挙管理委員会は9月29日、ソムチャイ首相の株保有が憲法に違反する疑いがあるとして調査を始めるとの報道もありました。
憲法裁が選管から提訴を受け違憲判決を下した場合、ソムチャイ首相は議員資格と首相の職を失うことになります。

また、ニューヨークでの国連総会に出席していたタイのソムポン外相が、「憲法違反に問われる恐れがある」ことを理由に予定されていた総会での演説を取りやめるという事態も起きています。
タイの憲法は「新内閣はまず国会で基本政策指針を示さなければならない」と定めていますが、発足したばかりのソムチャイ新政権はまだこの手続きを終えていないため、外相は「国会より前に外交演説をするのはまずい」と判断したということです。

司法判断の行方を慮って戦々恐々としている・・・といった感があり、政治が機能を麻痺しているようにも見えます。
こうした事態に、国境紛争で最近タイと揉めることが多いカンボジアのフン・セン首相が「タイは(12月にバンコクで予定されている)ASEAN首脳会議を無事、開けるのか?」と発言をし、開催国の変更の可能性に言及したそうです。
当然ながらタイは「政治の混乱は国内問題であり、他国は干渉すべきでない」(政府報道官)と不快感をあらわにしたそうですが・・・。

【選挙に勝てないPAD 民意は?】
一方、反タクシン派のPADは「民主主義の機能不全」を理由に、下院議員の相当数を任命制にする構想を打ち出し、「多大な犠牲を払ったこれまでの民主化闘争を否定するものだ」と強い批判を浴びました。
現在のタクシン派は、そのバラマキ政策のせいかどうかは別として、北部、東北部の農民など貧困層の強い支持を受けており、仮に再選挙をやっても反タクシン派に勝ち目はないところから、“任命制”の考えが出てきたようです。
しかし、これはPADの活動が反タクシンの権力闘争以外の何物でもなく、“民主化運動”などではありえないことを公言していているかのようなものです。
“選挙では勝てないから、力ずくで・・・”と言うのであれば、それは“民間クーデター”です。

ソムチャイ内閣には、かつて首相を務めたこともあるチャワリット元陸軍司令官が格下の治安担当副首相として入閣しました。その理由を「タイはかつて域内で並ぶものがなかった。それが今ではカンボジアやミャンマー並みだ。先祖にどう顔向けすればいいのか」と語っていました。
そのチャワリット副首相はPADとのパイプ役も期待されていましたが、今回の混乱の責任をとって辞任したようです。

【金の切れ目が縁の切れ目】
なお、タクシン元首相の影響力低下も伝えられています。
ソムチャイ首相選定時にもタクシン元首相の意向に対し与党内に異論が出たそうですが、党員の一部は先月21日、新党「プアタイ」を設立。
東北部の議員らの派閥は別の党の設立を検討中とも。
亡命、資産没収という事態で“元首相から十分な資金が期待出来ないと”という観測が広まっているためとも言われています。
金の切れ目が縁の切れ目で、次期総選挙で「タクシン王国」の分裂は避けられないとの見方が強まっている【9月24日 朝日】・・・と言うのも、あまりにもわかりやすい話です。

軍は先のクーデターに懲りて“火中のクリ”を拾いたがらず、プミポン国王も介入されず、タクシン元首相の影響力も薄れ、失職・解党を命じる司法判断を気にしつつ・・・権力闘争に明け暮れるタイの民主主義はどこへ漂流するのか?
首相府敷地内にはPADメンバーが植えた稲が育ち、ソムチャイ政権は閣議を北約20キロの旧空港施設で開いています。

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