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(マレーシア・ペナンで手首を切って自殺しようとするインドネシア人メイドを病院に運ぼうとするレスキュー隊(07年11月11日) 自殺の原因が雇用主の虐待なのか個人的恋愛問題なのかは知りません。 “flickr”より By Rescue Dog
http://www.flickr.com/photos/rescuedog/2019986943/)
【アンバラット海域の領海問題】
マレーシアとインドネシア、地理的にもお隣同士の国で、人種的にも近く、同じイスラムを中心とし、言語的にもお互いにある程度意思疎通できるほど近似している・・・そんな非常に近い関係にある両国ですが、その“近さ”が必ずしも“親しさ”にならず、対応意識、ときに“近親憎悪”みたいな感情になりがちなのは世の常でもあります。
日本と韓国や中国の歴史的・文化的近さと屈折した感情もその1例でしょうし、アジアの国ではタイとカンボジアも、やはり同じような言語を持ちながら国境で小競り合いを繰り返しています。
最近では、こうした“近親憎悪”に“資源問題”が絡んで対立が煽れるケースも多いようです。
****アンバラット海域:インドネシアとマレーシア「領海」主張****
インドネシア、マレーシア双方が自国の領海と主張する「アンバラット海域」をめぐり、両国間で緊張が高まっている。マレーシア軍の艦船が同海域近くのインドネシア領海を侵犯したことが直接のきっかけだが、来月8日投票のインドネシア大統領選のキャンペーンで、再選を目指すユドヨノ大統領の対立候補が政府への攻撃材料として取り上げ、国民の反マレーシア感情をあおった側面もある。
アンバラットは、両国が国境を接するボルネオ(カリマンタン)島東方沖の約1万5000平方キロの海域。石油、天然ガスなどの資源にめぐまれているとされ、80年代以降、両国がともに領有権を主張してきた。
インドネシア軍などによると、今月初め、複数のマレーシア艦船が同海域周辺のインドネシア領海を侵犯した。これについて、ユドヨノ大統領は「アンバラットはインドネシアのもの」と述べたうえで、「外交的手段で解決する」と従来通りの立場を示した。
これに対し、大統領選でユドヨノ氏に挑むカラ副大統領は「マレーシアの挑発的行為に直ちに行動を起こすべきだ」と反応。もう一人の対立候補、メガワティ前大統領も「もっと強いメッセージを示すべきだ」と政府の対応を批判した。
こうした動きを受け、ジャカルタのマレーシア大使館前で抗議集会が開かれたほか、地元紙によると、アンバラットに近い東カリマンタンでは「義勇兵」を募る団体まで現れたという。両国は言語、文化的な共通点が多いが、生活、所得水準などで劣るインドネシア国民の間には潜在的にマレーシアへの対抗意識がある。
最近では、マレーシア・クランタン州のスルタン(イスラム王侯)家に嫁いだインドネシアの元モデル(17)が、王子から性的虐待や暴力を受けたとして帰国。レイプ、監禁などの容疑でインドネシア国家警察に告訴し、地元メディアで話題となっている。 【6月12日 毎日】
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今年GWに旅行したボルネオ(カリマンタン)島は、島の北側3分の1ぐらいがマレーシア領のボルネオ、南側3分の2ほどがインドネシア領のカリマンタン。
アンバラット海域は、マレーシア・ボルネオ東部のサバ州とインドネシア・カリマンタンが接する付近の沖合いになります。
この海域にあるシバタン・リギタン両島の領有問題については、2002年に国際司法裁判所の判決でマレーシア領と認められた経緯があります。
しかし、その後も、アンバラット海域に存在する以前から石油・ガス鉱区をめぐって、採掘権を主張する両国の対立が続いています。
05年3月には、マレーシア国営石油会社が海底調査権を国際石油資本系企業に譲渡したことをきっかけに両国の対立が激化、マレーシアの行為を「主権侵害」「領海侵犯」と非難するインドネシアは、艦艇五隻と戦闘機四機を近海に派遣。一方のマレーシアも海軍による同海域の警備を強化し「一触即発」の状態になったこともあります。
【経済格差とプライド】
こうした対立の根底には、両国の経済格差と、劣後するインドネシア側の地域大国としてのプライドがあります。
07年の世銀資料で一人当たりGDPをみると、マレーシアの6807ドルに対し、インドネシアは1918ドルと、3分の1以下の開きがあります。
このため、宗教的・言語的近さもあって、インドネシアからは合法・非合法含め大量の出稼ぎ労働者がマレーシアに渡っています。(いろんな数字があるようですが、マレーシアで働くインドネシア人は約150万人とも200万人言われています。また、その半数以上は非合法とも)
女性の場合は家政婦が圧倒的に多く、インドネシア人労働者150万人のうち30万人を家政婦が占めているとも言われていますが、マレーシア人雇用主によるインドネシア人家政婦に対する“虐待”がしばしば問題になります。
“理由も告げられないまま、雇用主から風呂場で背中に熱湯をかけられたり冷蔵庫に頭を打ち付けられたりする” “自宅で雇用主の女性から殴られて死亡する”“監禁状態の中で雇用主から暴行を受け、マンション17階のベランダから敷物をロープ状に結んだものを伝って下りようとして救助される”等々。
「クアラルンプールのインドネシア大使館には、月に約110件の暴行やレイプ、監禁、賃金の未払いなどの被害が報告され、約1500人が雇用主の虐待から逃げ出しているとされる。不法入国した家政婦の場合は、強制送還を恐れて被害を大使館に報告しないケースが多く、把握されているのは氷山の一角だと見られている。」【07年9月11日 毎日】
また一般労働者についても、マレーシア側の経済状態が悪化すると、インドネシア人労働者の締め出し、不法滞在者への鞭打ち刑などの厳罰対応が問題となったりします。
経済的にはマレーシアに劣後するインドネシアですが、政治・軍事など面では、スカルノ以来ASEANのなかの“大国”としてのプライドがあります。
経済的に優位な立場のマレーシア側の“虐待”や高圧的な対応は、インドネシア側のプライドを傷つけ、民族感情を逆撫でするところがあります。
最近話題になった、夫であるマレーシアのスルタン(イスラム王侯)の皇太子(31)による虐待に耐え切れないと、妻の10代のインドネシア人モデルが訴え、夫から逃走した事件でも、マレーシアの王室関係者は妻側の主張について「夫婦間の個人的な問題」だと深い関与を避ける姿勢をみせていますが、インドネシア側にはまた別の思いもあるようです。
【BIMP-EAGA】
08年7月11日ブログで、“BIMP-EAGA”を取り上げたことがあります。
(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080711)
BIMPはブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンの4カ国の頭文字。
EAGAは「東ASEAN成長地域」の略称で、ミンダナオ島(フィリピン)、ボルネオ島(ブルネイ、マレーシア、インドネシア)、スラウェシ島(インドネシア)のほか、パラワン島(フィリピン)、イリアンジャヤ(インドネシア)なども含め、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンの4カ国の辺境の遅れた地域を共同で開発していこうとの構想です。
内陸経済圏として活気付く大メコン圏地域(GMS)の、海洋経済圏版です。
“BIMP-EAGA”は多くの問題で停滞していますが、マレーシア・インドネシアの関係をみると、なかなか実現への道は遠いように思えます。