(医療保険改革に関する対話集会で、怒りを爆発させる白人男性 これでは議論になりません。 彼等の怒りの背後にあるのは、変化する社会で追い詰められた危機感・恐怖心か? “flickr”より By bobster855
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【オバマのワーテルロー】
アメリカでオバマ大統領の進める医療保険改革とその難航については、8月2日ブログ「アメリカ 難航する医療保険改革」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090802)で取り上げました。
現行制度では、64歳以下の現役世代は原則民間医療保険、65歳以上の高齢者は原則公的医療保険(メディケア)と公・民ミックスの仕組みを採用。そして、収入も資産もない貧困者に対してはメディケイドが医療給付を行っていますが、約4700万人に上る無保険者が存在して適正な医療を受けられていないこと。
失業したら企業が提供する医療保険からはずれ無保険となり、病気をすると自己破産するといった事態にもなりかねないこと。
医療費高騰により、医療費は現在でGDPのほぼ18%に達すると推定され、2040年までには34%に達するとも言われているように、財政的にこのままでは制度を維持できない状況となっていること。
こうした状況を踏まえて、公的保険の拡充・新設によって事実上の国民皆保険化を促し、公的保険と民間保険の競争、医療費の無駄の削減等によってコストダウンを図るというのが改革案の基本的な考え方です。
医療保険改革は「トルーマン大統領以来(戦後の)歴代大統領が口にしながら、実現できなかった」(オバマ大統領)悲願のテーマです。
しかし、財政負担増加への懸念などから、反対する意見がむしろ増加する傾向にあり、オバマ大統領への支持率をも引き下げることになっています。
共和党からは、医療保険改革をフランス皇帝ナポレオンが惨敗した最後の戦いにたとえ「オバマ氏のワーテルローの戦いになる」(デミント上院議員)との声も出ているとか。
****「大統領判断正しい」5割切る=医療改革で不支持逆転-米世論調査****
米紙ワシントン・ポストは21日、ABCテレビとの合同世論調査の結果を報じた。それによると、オバマ大統領が「国のために正しい判断を下す」と答えた人は49%で、4月より11ポイントも下落した。
オバマ大統領が目指す医療保険改革への反発などが影響しているとみられる。特に昨年の大統領選で勝敗を左右した無党派層の落ち込みが大きいという。 (中略)
世論を二分している医療保険改革に関しては、オバマ大統領の取り組み方を支持する人は4月より11ポイント低い46%で、不支持の50%に逆転された。(後略)【8月22日 時事】
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【「オバマはできない計画をできると主張している」】
支持が広がらない理由は、医療保険を持つ人々(全国民の85%)の多くが「自分は改革の恩恵を受けない」と感じている点にあるとも言われていますが、議論の混乱も一因のようです。
今回の医療保険改革案の内容については、全般的に解説した情報が少なく、個人的にはよく把握できないところも多いのですが、国民皆保険を前提とする日本における医療制度改革の議論ともよく似た側面を感じます。
医療保険制度が財政的に維持困難な状況にあること、改革の費用負担を誰がどういう形で負うべきかが常に問題となることは日米で同じです。
重要な医療費削減について具体的な方策が見えないまま議論が進められるところも、次期政権を担う民主党の財源問題に対する「無駄を省いて」という抽象論によく似ています。
公的保険を拡充すれば、ドラスティックな医療費改革に踏み込まないかぎり、財政負担は増加するでしょう。
その負担増加をやむを得ないとするのか、現行の診療・投薬すればするほど医療報酬が増える出来高払い制度を抜本的に改めるのか・・・。
「オバマは楽な道を選び、本格的な議論を見送った。そして現在、できない計画をできると主張している。オバマが提示しているのは現状維持の拡大バージョンにすぎない。そして彼自身が言うように、これは持続不可能だ」(ロバート・サミュエルソン 8月26日号 Newsweek日本版)というのは、議論に値する批判でしょう。
【“社会主義化”】
また、議論がとかく感情的、レッテル貼りになりがちなところも日米共通です。
日本の後期高齢者医療制度についても、“後期高齢者”という言葉が失礼だ、高齢者切捨ての制度だ・・・といった批判が、内容的な問題とは別次元の拒否感を煽るような形で展開されています。
アメリカでも、今回改革案によって政府の役割が増大するとの考え方から、“社会主義化”とか“(政府による)医療の配給制度”といったセンセーショナルなレッテルが反対派から貼られています。
こうしたレッテル貼りは、現在すでにメディケアやメディエイドのような公的保険制度によって国民生活が守られている事実すら無視してなされることもあります。
この考え方で言えば、公的保険による皆保険制度の日本などは完璧な「社会主義国」ということになります。
このあたりの感情的反応は、アメリカの自立精神と個人主義を重んじる精神風土、政府に手出しされたくないという国民性が窺えて興味深いものがあります。
アメリカが冷戦時代を通じてイデオロギー対立の一方の旗頭であり続けたのは、単に政治的な覇権争いということだけでなく、こうした国民性・精神風土が大きくかかわっているのでしょう。
政府の福祉政策・役割を一定に評価する傾向にある日本や欧州各国とは、一線を画するものがあります。
そうした面で言えば、アメリカ的な市場・自由競争を最重視する仕組みというのは、日本の精神風土とは馴染みにくいものだったのかも・・・という気もします。
【“死の審査会”】
話を本筋にもどしましょう。
感情的・センセーショナルな批判としては、ペイリン元副大統領候補が広めた“死の審査会”という批判もあります。
改革案では、終末期医療について高齢者が医師にカウンセリングする費用を公的保険メディケアで負担するよう求めていました。
これに対し、ダウン症の子供を持つ母親でもあるペイリン元副大統領候補は「私の両親や子供を、「死の審査会」(death panel)に呼び出して、役人の主観でその社会的生産性を勝手に判断し、健康保険の支出の要・不要を宣告する仕組みだ」と批判。
この批判は「高齢者に医療をあきらめさせて、ホスピスに送るものだ」との批判となって、全米各地で行われた対話集会を紛糾・混乱させました。
“オバマ大統領はペイリン氏の主張に「事実ではない」と反論し、民主党のナンシー・ペロシ下院議長はペイリン氏に「非米国的」という激しい非難を浴びせて、発言の撤回を求めた。だが「死の審査会」という言葉はさらに幅広い層に共感を呼ぶにいたり、オバマ政権側はついにその「高齢者末期介護」案を法案から削ってしまった。”【8月22日 産経】
日本でも後期高齢者医療制度に、患者の終末期医療の医療方針について患者や家族と話し合って文書化すれば「終末期相談支援料」として診療報酬2000円が認められるという制度がありました。
これについても同様趣旨の批判があって、結局、厚生労働省はこれを凍結することになりました。
また、改革案では不法滞在外国人の医療費も税金で負担しなければならなくなる、「子供をつくるしか能がない役立たずの移民が5人も子供を生めるようになる」といった批判(改革案では不法滞在者の医療費は保障されていない。救急医療は今でも保障されている)、「納税者の血税から人工妊娠中絶に補助金を与えるようなもの」(実際には、レイプや母体が危険な場合を除いて、中絶の費用には公的資金を使わないという現行法規定がそのまま残存しているが、民間の医療保険や、保険料の積み立て分からという条件付きで公的保険からの中絶費用の支払いを認めている)といった、国民的関心の高い問題に絡めた感情的・不正確な批判が、議論を更に混乱させています。
【川の水位が下がると・・・】
混乱する対話集会に、銃を携行する市民の姿が目立っているとの記事が。
****米国:「反オバマ」市民、銃持ち集合 対話集会を“脅す”*****
オバマ米大統領が全米各地で開催する対話集会(タウンホール・ミーティング)の会場周辺で、銃を携行する市民の姿が目立っている。今月11日には、大統領が医療保険改革法案の支持を求め、米東部ニューハンプシャー州で開催した集会の会場近くで、銃を不法に所持していた白人男性(62)が逮捕された。医療保険改革論議を引き金に、大統領の政策に反発する新たな動きとみられ、大統領の警備を担当するシークレットサービスは警戒を強めている。
米紙ワシントン・ポストなどによると、同州の同じ会場周辺では、拳銃を右足のホルダーにさした別の白人男性の姿もあった。合法的な銃所持者で、警察官が付近で監視した。
ホワイトハウスのギブス報道官は「各州には武器の規制法がある」と指摘。州法などが認める限り、大統領の出席する集会周辺でも、武器携行は認められるとした。シークレットサービスの報道官は米メディアの取材に、「銃を持った者が集会の会場に入らないよう努めている」と述べている。【8月24日 毎日】
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こうした話になると、アメリカ社会に存在するコアな保守主義が感じられ、日本社会とは異質なものがあります。
オバマはケニア生まれの“偽アメリカ人”で、大統領になる資格はないと本気で信じる「バーサーズ」運動なるものもあるそうです。
(川の水位が下がると、川底の岩が水面に現れるように)“合法的な保守主義やそれを支える共和党が弱体化している今、何にでも反対する原理主義者や偏執狂の人々に注目が集まる”【7月29日 Newsweek】といった見方もあるようですが、医療保険改革案をめぐる議論をみていると、“保守主義が弱体化しているのだろうか?”との疑問もあります。