
(洪水の中、非難するパキスタン住民 “flickr”より By action medeor
http://www.flickr.com/photos/action_medeor/4857162070/)
【「タリバンとアメリカにも共通点」】
混迷するアフガニスタン情勢をわかりづらくしている要因のひとつが、パキスタンの存在です。
アメリカの同盟国として対テロの戦いに参加していることになってはいますが、一方で、かねてよりアメリカの主敵であるタリバンとの密接な関係が噂されており、先の「ウィキリークス文書」でのその問題がクローズアップされています。
そのパキスタン、特にパキスタン軍統合情報局(ISI)とタリバンの関係、「二枚舌」的なパキスタンの戦略を、タリバン側からの視点で詳しくレポートした記事がNewsweek誌にありましたので、長くなりますが引用します。
****タリバンを操るパキスタンの二枚舌*****
オートバイに武器に莫大な活動資金 「ウィキリークス文書」で注目を浴びる隣国パキスタンの狡猾なカネとムチ戦略 ロン・モロー(ィスラマバード支局長)
パキスタンとの国境近くにあるアフガニスタンのイスラム原理主義組織タリバンの拠点。ある補給担当官はこの1週間、ラジオでニュースを聞いては笑っている。
7月25日、民間の内部告発サイト「ウィキリークス」にアフガニスタン駐留米軍の機密報告書が大量に流出。このうち数百の現場報告書で、パキスタンがタリバンを支援しているとの疑惑が指摘されていた(パキスタンはこの疑惑を繰り返し強く否定してきた)。
「タリバンとアメリカにも共通点があるようだ」と、彼は自嘲気味に言った。「共にパキスタンの二枚舌の餌食になっている」
パキスタンがタリバンを支援していることは、本誌が話を聞いたタリバン兵たちの間ではニュースでも何でもない。多くは匿名を条件に、タリバンがパキスタン軍統合情報局(ISI)の支援に大きく依存していることを筒単に認めた。安全な潜伏場所や移動ルートだけでなく、資金面でも大規模なサポートを受けているという。
補給担当官は上官たちの会話から、タリバンの活動資金の約80%はパキスタンの支援で賄われているとみる(ただしこの推測の正確さを判断する材料はない)。ISIの支援がなければ、タリバンはカンダハル州での活動を続けるのがやっとだろうと、彼は言う。「ISIは片方の手でタリバンに食べ物を与え、反対の手でタリバ
ンを殺しているようなものだ」
ISIからの支援物資は、たいてい商人や両替商を装った仲介人を通じて届く。資金やオートバイのときもあれば、武器の入手先情報が届くこともある。だがタリバン兵たちは、仲介人の真の目的は自分たちの情報を集めて、ISIに知らせることだと考えている。
タリバン高官を洗脳する
(中略)多くのタリバン兵は今も、9・11テロ後にパキスタン政府がアメリカのアフガニスタン侵攻に協力したことを非難している。「9年前のパキスタンの裏切りを忘れることはできないし、許すこともできない」と、タリバンのある情報工作員は本誌に語った。
裏切りはそれだけではない。タリバン兵は皆、パキスタンで拘束された上官や、おそらくパキスタンの協力によってアフガニスタンで殺された上官を大勢知っている。(中略)
タリバンに言わせれば、それがパキスタンの本質だ。パキスタンについて唯一確実に言えるのは、自国の利益しか考えていないということ。ISIの工作員にはタリバンの理念に同調する者もいるが、パキスタンにとってもっと重要なのは、アフガニスタンの政治に発言力を持ち、インドの影響力が及ぶのを防ぐことだ。
「(パキスタンは)タリバンと親密な関係でもなければ、敵対しているわけでもない」と、米シンクタンク・外交評議会の軍事専門家スティーブン・ビドルは言う。「現実にはその中間の立場を取っており、(パキスタンはそれが)自然な在り方だと考えている」
タリバンとしても、パキスタンの行動は予想がっかない。「怒っているときもあれば、親しげな態度になるときもある」と、アフガニスタン南部地区の司令官は言う。「主導権を握っているのはパキスタンであることを見せっけようとするときもある」
(中略)タリバン情報筋の話を総合すると、これまでISIに捕らえられたタリバン高官は約300人。彼らは釈放前に、自分が自由になるのはパキスタンのおかげであり、何があろうとパキスタンに絶対忠誠を誓うと「洗脳」されるという。
オマルもIS-が拘束?
一部のタリバン幹部は、彼らの最高指導者でジハード(聖戦)の象徴でもあるムハマド・オマルも、ISIに拘束されているのではないかと考えている。オマルは01年に、アブドゥル・ガニ・バラダル(オマルの副官で10年2月にパキスタンで拘束)のオートバイでカンダハルの山岳地帯に向かって以来、消息を絶っている。
「いつかわれわれ全員がISIに拘束されても驚きではない」と、タリバン政権で閣僚を務めた人物は言う。「われわれは、パキスタンがその気になればいつでも囲い込める羊の群れのようなものだ」
タリバンとパキスタンの間には民族的な確執もある。パシュトゥン人が圧倒的に多いタリバンに対して、パキスタンの治安部隊はパンジャブ人が多い。タリバンは浅黒い肌のパンジャブ人を蔑むような言葉でISIを批判する。
このため「タリバン兵の問では、パキスタンの影響力を排除しようとする司令官が人気だ」と、情報担当官は言う。それでもタリバンが以前の勢力を取り戻すには、パキスタンの支援に頼るしかない。
アメリカはタリバンの潜伏地を空爆するよう求めているが、パキスタンはその圧力に抵抗している。「彼らの目的は、アメリカとタリバンの両方に力を貸して戦争を長期化させることのようだ」と、冒頭の補給担当官は言う。「そうすればパキスタンはこれからもアメリカから数十億ドルを手にできる。またこの地域の重要なプレーヤーという地位と、(タリバンヘの)影響力も維持できる」
一体パキスタンはどちらの味方なのか。「それは愚問だ」とロンドン大学キングズ・カレッジのアナトール・リーベン教授は言う。「パキスタンが味方するのはパキスタンだけ。アメリカが自国の利益を最重要視するのと同じだ」
そのことをタリバンほどよく知っている組織はないだろう。【8月11日号 Newsweek日本版】
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パキスタンの影響力がやや過大に評価されているような感もありますが、資金・物資調達・兵員供給などの面でタリバンを支援する勢力がなければ、いかに麻薬栽培・製造で資金を得ているタリバンでもこのような長く犠牲の大きい戦いを続けることはできないのも事実でしょう。
【パキスタン軍は基本的に平和を望んでいない・・・】
しかし、パキスタン軍が「二枚舌」的な戦略を駆使するアフガニスタンでの戦いで、パキスタン国民が何か利益を得ているのかと言えば、むしろ逆のように思われます。パキスタンは治安悪化でテロ地獄と化しています。
米国務省が5日発表した2009年のテロ年次報告書によれば、大規模なテロではイラクを上回る犠牲を出しています。【8月6日 朝日より】
国民生活を犠牲にしながら続けられるパキスタンのアフガニスタン戦略の背景には、国内で最大の力を持つパキスタン軍の存在があります。
“パキスタン軍は基本的に平和を望んでいない。平和になれば、政界に対する軍の強い影響力が損なわれるからだ。パキスタン軍が望んでいるのはインドとの平和ではなく敵対関係。彼らはカシミール情勢が不安定なのはインドのせいだと非難している。パキスタンのアシュファク・キヤニ陸軍参謀長は今年1月、パキスタンにとっての国防上の主要な脅威はインドだと発言した。パキスタン軍はこの「脅威」に対抗するため、仮想敵にテロ組織などを含めた「非対称型戦争」の戦略を採用。イスラム過激派組織に武器を与えたり、国内やカシミールの実効支配地域に隠れ場所を提供したりするようになった。”【スミット・ガングリー(インディアナ大教授) 8月11日号 Newsweek日本版】”
平和を望まずインドとの緊張関係を作り出すパキスタン軍は、アフガニスタンにおいてもインドの影響力を排除するため、自分に都合のいい勢力タリバンを支援し、戦いを長引かせることでアメリカの資金援助を引き続き手にする・・・という構図です。
【ザルダリ大統領は国の実情を把握していない】
政治家は、民生の安定に関心がない国軍の顔色を窺う存在でもありますが、それ以前の問題として、政治家自身にも国民の生活への関心の欠如が疑われます。
パキスタン北西部を襲った大雨に伴う洪水被害が、同国を南北に流れるインダス川下流域の中部パンジャブ州や南部シンド州に広がっており、国連などによると、死者は1600人を超え、被災者は400万人以上に達したと報じられています。発生から1週間以上たってもなお拡大する被害に政府や国連などの救援が追い付いていないのが実情だとも。
****洪水被害拡大の最中に英仏外遊 パキスタン大統領に批判*****
・・・・こうした中、同国のザルダリ大統領がフランスと英国へ外遊に出ていることが、国民の不満に油を注ぐかたちになっている。
ザルダリ氏は洪水被害が拡大していた今月1日にパキスタンを出発。フランスではサルコジ大統領と会談後、仏空軍のヘリコプターで自分の親族が所有するノルマンディー地方の大邸宅を訪問。3日に到着したロンドンでは、宿泊先のホテルに「外遊で無駄遣いした金を被災者の支援に回せ」と抗議する人びとが押しかけた。
ザルダリ氏の今回の外遊の目的の一つは、妻の故ブット元首相との間の一人息子で、オックスフォード大を卒業したばかりの長男ビラワル氏(21)が7日に英中部で初演説し政治家デビューを果たすのを見届けることだとされていた。しかし、ビラワル氏は高まる批判を受け、初演説を取りやめた。
大統領との会食をキャンセルした英国議員の一人はAFP通信に、「国が彼を必要としている時に息子のために多額の金を使ってしまったことで、彼が国の実情を把握していないことがわかってしまった」と非難した。【8月7日 朝日】
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【援助合戦】
なお、アメリカは、人道上の配慮に加え、対テロ戦を有利に展開するため、パキスタンに広がる反米感情を押さえ込みたいとの考えから、洪水被害者援助に積極的に取り組んでいますが、一方で、もたつく政府対応をよそにアルカイダやタリバン、イスラム過激派ラシュカレトイバとの関係が指摘されるイスラム系団体が、食糧や医薬品などの提供を始めていると伝えられており、被災現場は“援助合戦”の様相も帯び始めているようです。【8月6日 産経より】