
(レバノンの街に掲げられたイスラム教シーア派組織ヒズボラの旗とポスター “flickr”より By adw_nyc
http://www.flickr.com/photos/adw_nyc/4507399155/)
【独特の宗派主義体制 勢力を強めるヒズボラ】
中東・レバノンは、イスラム教スンニ、シーア、ドルーズ派やキリスト教マロン派など18の宗派が混在するする“宗派のるつぼ”のような国のため、キリスト教徒とイスラム教徒が争ったレバノン内戦(75~90年)など、戦火が絶えない地域です。
また、周辺の大国シリアやイランがそれぞれ関係する勢力を支援して介入するため、様相は更に複雑化します。
更に、イスラム武装勢力ヒズボラを抱えるため、イスラエルとの対立もあります。
最近では、8月3日に国境でイスラエル軍と(ヒズボラではなく)レバノン国軍の交戦が起き、事態の推移が懸念されています。
レバノンでは微妙な宗派間のバランスを保つため、大統領がマロン派、首相がスンニ派、国会議長がシーア派出身と規定されているなど独特の宗派主義体制を取っており、国会の議員数も各宗派人口数に応じて定められています。(この割り振りと、総選挙における与野党勢力の増減がどう結び付くのかよくわかりません。)
内戦終結後も、シリアの関与も疑われている2005年のラフィク・ハリリ元首相暗殺事件を受けて、親米・反シリア勢力とイスラム武装組織でもあるヒズボラを中心とする反米・親シリア勢力が対立を続け、07年11月に任期満了となった大統領の後任が半年以上決められないといった事態も生じました。
結局この時は、野党・ヒズボラと与党勢力の市街戦が勃発し、力でまさるヒズボラ(06年7月のイスラエルとの戦闘で、イスラエルを相手に負けなかったぐらいですから、レバノン国軍より強力だと言われています。)が与党勢力を押し切る形で、拒否権を行使できる閣僚数を獲得して決着しました。
イスラム教シーア派の親シリア野党・ヒズボラは、イスラエルに対する「抵抗組織」として、内戦後も武装が許されていますが、08年5月の大統領選出・組閣にあたっては、「政治目標達成のために武器を使わない」と述べ、国内紛争で国民に対して武器を向けないことを誓約しています。その一方で、「政府は抵抗組織(ヒズボラ)に武器を向けてはならない」と警告し、ヒズボラが武装解除に応じる考えはないことも示しています。【08年5月27日 読売より】
その後の09年6月の総選挙では、与野党逆転が注目されましたが、親米・反シリアの与党勢力が過半数を維持して勝利し、サード・ハリリ首相(05年2月に爆殺されたラフィク・ハリリ元首相の次男でスンニ派)が組閣(ヒズボラも2閣僚を出す形で参加)、現在に至っています。
サード・ハリリ首相は09年12月、シリアの首都ダマスカスを訪問し、アサド大統領と会談。父ラフィク・ハリリ元首相が05年2月にベイルートで爆殺された事件を乗り越えて、本格的関係改善に向け一歩を踏み出しています。
【ヒズボラのレバノン軍への浸透を懸念】
前置きが長くなりましたが、そんなレバノンに関する記事がふたつ。
****米国:レバノン支援1億ドル宙に浮く ヒズボラ浸透を警戒*****
米国がレバノン軍を支援する予算支出について、米議会の有力議員が「待った」をかけ、1億ドル(約85億円)が宙に浮く事態になっている。イスラエルを敵視するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラが、レバノン軍内に浸透している、との疑念からだ。レバノン、イスラエルの両軍が今月3日に国境付近で交戦し、議員らの疑念は増大。レバノンに手を差し伸べようとするシーア派国家イランの影もちらついており、オバマ政権は対応に苦慮している。
イスラエル軍とヒズボラが全面衝突した06年のレバノン紛争以降、米国はレバノン軍への武器提供や訓練で約7億2000万ドルを支出してきた。レバノン軍を強化し、ヒズボラの台頭を抑えるためで、新たに支出する1億ドルもいったんは、議会の承認を得ていた。
これに「待った」をかけたのは下院外交委員会のバーマン委員長(民主)。9日の声明によると「ヒズボラのレバノン軍への浸透を懸念する」とし、2日に支出停止の措置を講じたという。
翌日に発生した交戦では、レバノン側で3人、イスラエル側で1人が死亡。声明は「交戦は、レバノン軍との関係を見直す必要性を増大させただけ」とし、ヒズボラのレバノン軍内の影響力が判明するまではレバノンへの武器提供は認めないとしている。
米メディアによると、支出停止は議会権限による暫定的なものだが、複数の議員が委員長に同調。委員長は親イスラエルとされ、11月の中間選挙でユダヤ系票を当て込んだ動きとの見方もある。
一方、在ベイルートのイラン大使は10日、米国からの1億ドルを埋め合わせするとレバノン軍に申し出た。
国内外からの揺さぶりを受けるオバマ政権だが、クローリー国務次官補(広報担当)は10日、「中東地域安定のため、レバノン政府とレバノン軍を支えるのが、米国の国益」として、支援に変更がないことを強調。ただ議員らの懸念には理解を示し、議会指導部やレバノン側と協議するとしている。【8月11日 毎日】
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レバノン軍支援がヒズボラを利するというなら、アメリカが直接戦火を交えているタリバンとつながるパキスタンへの巨額の援助はどうなるのか・・・という疑問も感じますが。
レバノンはこうしたアメリカの動きに反発しています。
****レバノン:米の援助凍結に反発の声 「国軍強化弱めるな」*****
米有力下院議員がレバノンへの軍事援助を凍結したことに、レバノンからは反発の声も出ている。援助は米国がテロ団体に指定し、国軍以上の軍事力を持つとされるヒズボラへの対抗が目的だったためだ。イスラム教スンニ派出身で従来はヒズボラと距離を置いてきたハリリ首相の顧問はAP通信に「国軍強化の努力を弱めるべきでない」と語った。(中略)
ただ、レバノンでは、ヒズボラが軍事訓練を行ったメンバーを国軍に入隊させているとの指摘もある。イランなどの支援を受けるヒズボラが、内閣や議会で影響力を拡大してきたことから、イスラエルを中心に、レバノン政府・軍とヒズボラの区別が困難になりつつあるとの見方も出ている。米議員の行動は、イスラエルの意向に配慮したものだと言えそうだ。
一方、11日付汎アラブ紙アッシャルク・アウサトによると、3日にレバノン軍とイスラエル軍が交戦した後、バラク・イスラエル国防相は一時、レバノン軍に対する大規模攻撃の意向をクシュネル仏外相に示した。またイスラエルは外交チャンネルを通じ、フランスがレバノンに提供する武器がヒズボラに渡る可能性があるとして中断を要請したという。【8月11日 毎日】
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【宗派対立再燃も懸念される05年ハリリ元首相爆殺事件】
もうひとつは、ラフィク・ハリリ元首相が05年2月にベイルートで爆殺された事件に関する記事。
****レバノン元首相暗殺:「イスラエル関与」 「証拠のビデオ」ヒズボラ主張*****
レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高指導者ナスララ師は9日、05年のハリリ元首相暗殺事件にイスラエルが関与したことを示す「証拠」だとする航空ビデオを公表した。同事件ではヒズボラ関係者が国連特別法廷に起訴されるとの観測が強まっており、ナスララ師の動きは対抗措置とみられる。イスラエル側は「ばかげた話」と完全否定している。
レバノンのヒズボラ系テレビ局アルマナル(電子版)などによると、公表されたビデオはハリリ氏が05年2月に爆殺されたレバノンの首都ベイルートの現場付近を、事件前にイスラエル無人偵察機が撮影したものとされる。イスラエル側に送信された映像を傍受したという。
ナスララ師は「こうした偵察は通常、(暗殺)作戦の第1段階で行われる」と述べ、特別法廷がイスラエル関与の可能性も調査するよう求めた。
ヒズボラはレバノン南部を長年占領したイスラエルを敵視、06年にも大規模な武力衝突を起こしている。
ナスララ師は7月、特別法廷にヒズボラ関係者が起訴されるとの見方を表明。一部イスラエル・メディアは実行犯がヒズボラのテロ作戦担当幹部だったと報じている。
国連特別法廷は昨年3月、オランダのハーグに設置されたが、4月に同事件のレバノン人容疑者4人すべてを「証拠不十分」で釈放するようレバノン当局に指示した。現在、誰も拘束されていない。
ヒズボラ関係者が起訴されれば、ハリリ氏の支持層だったイスラム教スンニ派などとヒズボラ支持のシーア派などの間で暴力的対立を引き起こすことが懸念されている。
7月下旬にヒズボラを支持するシリアのアサド大統領と、スンニ派の後ろ盾のサウジアラビア・アブドラ国王がレバノンを同時訪問。レバノン主要各派の政治指導者らと会談、緊張緩和に努めている。【8月11日 毎日】
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シリアの関与を疑う向きもある同事件ですが、シリアに近いヒズボラは「イスラエル犯行説」のようです。
事件の真相はともかく、内にヒズボラを抱え、外からはシリア・イラン・サウジアラビアなどの干渉があり、レバノンの舵取りはなかなか難しいものがあります。