孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  9.11以降の「テロとの戦い」で、イスラム教徒を標的とした「偽りの銃撃戦」

2011-03-11 21:29:02 | 世相

(ジャム・カシミール州スリナガルで分離主義者を追う警官 08年8月 “flickr”より By LUIS VALTUEÑA
http://www.flickr.com/photos/45203387@N07/5265611325/ )

【“世界最大の民主主義国家”における宗教対立
昨日ブログではエジプトでのイスラム教徒とコプト教徒の衝突を取り上げましたが、現在進行中の中東の政変・民主化運動でも、バーレーンやサウジアラビアでは、イスラム教スンニ派とシーア派の間の対立が深くかかわっています。

とかく人間は、自分たちと異なる集団にあるレッテルを貼り、“敵”に仕立て、様々な現状の不満の原因として糾弾しがちなものですが、そのレッテルとして民族と並んで宗教の違いが頻用されがちです。

ヒンズー教徒が多数(約8割)を占めるインドは、イスラム教徒13.4%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.9%、 仏教徒0.8%、ジャイナ教徒0.4%も存在する多宗教国家です。イスラム教徒は1割強とは言え、1億6000万人と日本の人口より多い数になります。

“世界最大の民主主義国家”とも言われ、政教分離・多宗教の融和を国是とするインドですが、パキスタンとの分離独立の建国時には、イスラム教徒がパキスタンへ、ヒンズー教徒がインドへ大移動する混乱のなかで、30万人とも100万人とも言われる想像を絶する犠牲者を出した歴史もあり、両者の憎悪は根深いものがあります。

更に、カシミール地方領有を巡ってはイスラム教国家パキスタンとの間で3回の戦火を交えている犬猿の仲ですが、特に、9.11以降は「テロとの戦い」が叫ばれ、インド国内でイスラム教徒がその標的にされることも多くあります。
この問題を【毎日】が報じています。

【「偽りの銃撃戦(フェイク・エンカウンター)」】
****インド:イスラム教徒「射殺」急増****
イスラム教徒の人口が世界3位のインドで、「治安当局から無実の家族らが射殺された」と政府に訴えるイスラム教徒の告発数が、01年以前と以降の各9年間を比較すると約4倍の144件と激増したことがわかった。
訴えを受理した政府機関「国家人権委員会」が毎日新聞の取材に明かした。
当局側は正当防衛を主張しているが、告発側は銃撃戦を「でっちあげだ」と非難、国際人権団体も「偽りの銃撃戦(フェイク・エンカウンター)」と呼んで真相の究明を求めている。

米国主導の「テロとの戦い」を支持したインドには、隣国パキスタンとの確執を有利に運ぶ狙いがあった。しかし、国内では逆にテロ事件が多発、事件を防げない当局への国民からの風当たりが強まっている。「銃撃戦」はこうした状況下で増え、イスラム教徒からの訴えは92~00年まで39件だったのが、01~09年の間に144件に。ヒンズー教徒からの告発件数もほぼ2倍増となったが、人口比1割のイスラム教徒の増加ぶりが際立つ。ニューデリーの治安当局は取材に「一切コメントしない」としている。【3月11日 毎日】
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「偽りの銃撃戦(フェイク・エンカウンター)」とは“治安当局が「犯罪者側が発砲したため銃撃戦となった」と虚偽申告するケース。弁護士によると、無抵抗の市民を人けのない場所に連行、射殺することが多い。テロ事件捜査の実績を偽装する狙いがあるとみられ、「真のテロ犯を逃している」との批判がある”【同上】とのことです。

9.11からまもない01年12月13日、インドの国会が武装した5人組に襲撃された事件の首謀者として逮捕され、1審で死刑判決、後に無罪が確定したデリー大学のサイード・アブドル・ラフマン・ギラニ教授はこの10年について、「米国の「対テロ」戦にインド政府も乗った10年だった。学生組織の「インド学生イスラム運動」を根拠なしで非合法化し起訴前に半年も容疑者を拘束できる「テロ防止法」(POTA)も成立させ、立証責任を捜査側でなく被告側に負わせた。警察は証拠を集めてから標的を撃つのではなく、標的をまず撃ち、その後に証拠をでっち上げるようになった。」と語っています。【3月11日 毎日】

【「ムスリム居住区はテロの巣窟」とのイメージ
****9・11」後の10年:第2部 イスラム社会の苦悩/1(その1****
対テロ、社会に溝 インド、弾圧横行「非国民扱い
インドの首都ニューデリー南部、約50万人のイスラム教徒(ムスリム)が住む地区。黒色のベールで頭や体を覆った女性や、あごひげの長い男性が目に付く。(中略)

08年9月19日の「あの日」。
警察特捜班がこの地区のバトラハウスと呼ばれる一角で、「テロ組織壊滅作戦」を敢行した。5階建ての建物を包囲し、下宿していた17歳の学生ら2人を射殺、他の若者も次々と逮捕した。
この年、インドでは大都市でテロ事件が多発していた。メディアは「イスラム過激派によるテロ」と書き立て、発生を防げない警察への非難を強めた。そこで起きたバトラハウスでの作戦は、「警察の勝利」と報じられ、「ムスリム居住区はテロの巣窟」とのイメージが広がった。地区住民は就職などで差別され、夜間に外出しただけで警察に連行されるようになった。

地域選出のデリー首都圏(州)議会議員、アシフ・モハンマド・カーン氏(48)は、バトラハウスで頭頂部などに銃弾を受けて射殺された学生の遺体写真を見せ、「床に押さえつけて殺したとしか思えない。警察によるテロだ」と憤った。
カーン氏自身、02年に国家反逆容疑で1年半、収監された。国際テロ組織アルカイダの指導者ビンラディン容疑者との関係を疑われたが、昨年無罪となった。「9・11(米同時多発テロ)がインドでのムスリム攻撃を正当化した。その後、ブッシュ(前米大統領)はイラク戦争を始めたが、フセイン(元イラク大統領)と9・11は無関係だった。同じことがここで起こっている」
(中略)
バトラハウスでの「銃撃戦」は人権団体などが疑問視するようになったが、その2カ月後に起きた西部ムンバイのホテルや駅であった同時テロ事件で、ムスリムへのヒンズー社会の風当たりは厳しさを増した。
「対テロ」が深めた宗教間の亀裂。人権団体「真の大義」のカムラン・シディキ代表(39)は、「01年以降、この国ではムスリムはテロリストと同義語で語られ、非国民とさえ呼ばれる。これが世界最大の民主国を名乗るインドの現実だ」と語った。【3月11日 毎日】
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【「ノー・インディア! ノー・パキスタン! フリーダム!」】
宗派対立の背景にあるインド・パキスタンの国家対立の最大の問題「カシミール問題」については、パキスタン側からすればイスラム教徒が多い同地域の併合は“イスラム国家”としての国是であり、インド側からすれば、イスラム教徒が多いからという理由での分割は「多宗教国家」としての国是を否定することになり、国内に新たな同様問題を惹起するもので認めることができません。
互いに国是をかけた後にひけない状況で、インドが実効支配するカシミール地方でのイスラム系住民と警察・軍の衝突が続いています。

****9・11」後の10年:第2部 イスラム社会の苦悩(その2******
印パ確執、背景に カシミール、市民犠牲絶えず
インドのイスラム教徒が「迫害される」背景には、47年の分離独立以来、敵対してきたイスラム教国・パキスタンとインドとの確執がある。その最前線、両国が領有権を争う北部カシミール地方のインド支配側では、多数派のムスリム住民とインド軍・警察との衝突で死傷する市民が絶えない一方、反政府武装勢力による住民殺害も起きていた。

(中略)ジャム・カシミール州では昨年、治安機関との衝突で住民117人が死んだ。女子を含む10代の子供の犠牲者も多く、ワーミク・ファルーク君(当時12歳)は昨年1月31日夕、友人とクリケットをしに出かけた後、警察の催涙弾を至近距離から頭部に受け、死亡した。
スリナガルの自宅では、母のフィルドーサさん(35)が学校から授与された「最優秀生徒」のトロフィーを見せ、「医者になるのが夢だった」と語った。
そして突然、「ノー・インディア! ノー・パキスタン! フリーダム!」(インドもパキスタンもいらない。自由が欲しい)と英語で叫んだ後、カシミール語で「独立国だったら息子は医者になれた。(インドの首都)ニューデリーでは、子供たちは夕暮れでも外で遊べる。私たちの子は昼間も出歩けず、殺される」と涙を流した。

カシミールでは「自由」とは「分離独立」を意味する。インドはひとたび分離独立を認めれば全国に同じような動きが広がる恐れがあるため、絶対に認めない。インドの事情を知るパキスタンは、カシミールを利用してインドの混乱を画策している。そんな歴史に翻弄(ほんろう)され、大切な家族を失った人はあまりにも多く、地元の調査では武装闘争が始まった89年からの20年間に2万5000人の住民が行方不明になった。

インド軍・警察と対立してきた地元武装勢力の中には武力闘争を捨てた者もいる。治安機関の掃討作戦強化に加え、「パキスタン軍部に利用され、無意味な殺し合いに失望した」ためでもあった。
パキスタンで軍事訓練を受けたというリヤカト・アリ・カーン氏(41)は、「銃を取る意味がない」と93年に武装組織を去った。「独立を求める住民感情は分かる」としつつ、「インド、パキスタン、中国に挟まれ、米国も介入するこの地域での独立は非現実的だ。経済成長しているインドにとどまるしか子供たちの将来はない」と語った。【3月11日 毎日】
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