
(キューバ・ハバナのメキシコ領事館前で並ぶ人々 ビザの申請でしょう。
メキシコから更にアメリカへ・・・という考えでしょうか? “flickr”より By fotostelefonorojo http://www.flickr.com/photos/45757401@N08/8382557026/)
【「急ぎすぎると成功しない。我々はショック療法はとらない」】
フィデル・カストロ前国家評議会議長のもとで独自の社会主義体制を堅持して、長くアメリカと対峙してきたキューバですが、経済的行き詰まりと制約への国民の不満を打開すべく、弟のラウル・カストロ国家評議会議長への権限移譲を行って以来、携帯電話の所有や観光客向けホテルへの宿泊、小規模な事業の立ち上げ、自宅と中古車の売買を解禁、公務員削減・・・といった“改革”“自由化”を行ってきています。
ただ、急激な改革は社会混乱・体制の危機にもつながりますので、管理されたペースで徐々に・・・といったところです。
****経済改革、急ぎすぎは成功しない…カストロ議長****
キューバのラウル・カストロ国家評議会議長(81)は23日、人民権力全国会議(国会)で演説し、近年進めている経済改革について、「急ぎすぎると成功しない。我々はショック療法はとらない」と述べ、慎重に取り組んでいく方針を示した。
慢性的な経済危機に悩むキューバ政府は2010年、国家公務員の大幅削減、自営業者の拡大などの改革に着手したが、目立った成果は出ていない。
カストロ議長はまた、自国民の海外渡航制限に関し、「段階的な緩和を検討している」と述べた。ただ時期には言及しなかった。【2012年7月24日】
*******************
【最も大きな改革のひとつ】
上記記事にもある自国民の海外渡航制限緩和については、昨年10月の時点で、これまで義務付けていた招待状や出国許可証の取得などを今年1月14日から廃止することを明らかにしていました。
その方針に沿って、1月14日、渡航許可証を廃止する法律が施行されました。
****キューバ、渡航許可証を廃止****
冷戦以来、厳格な渡航規制を行ってきた共産主義国のキューバで、特別な渡航許可証がなくても外国に行けるようになる法律が14日、施行された。
半世紀にわたって海外渡航の自由を待ち望んできたキューバ国民は、有効なパスポートがあれば出国許可や外国からの招待がなくても出国できるようになった。
■大半の国民には手が出ない渡航関連費用
しかし、旅券局や外国大使館が直ちに混雑するような状況は起きていない。キューバ国民の平均月収は20ドル(約1800円)だが、旅券発給にかかる費用はこれまでの2倍の100ドル(約9000円)となった。国際通貨を入手する機会のないキューバ国民の大半にとっては手が出ない額だ。
多くのキューバ人は長年、亡命した親族と離れ離れに暮らしてきた。キューバ国内の人口が1120万人である一方、過去半世紀に国を離れたキューバ人は約200万人。キューバ国民の6人に1人が外国で生活している。
特にキューバに近い米国のフロリダ州を目指してキューバ人たちは、粗末なボートを使ったり、危険な海を泳ぎ渡って違法に移住してきた。同州だけでも約100万人のキューバ人とキューバ系米国人が住んでいる。しかしフロリダまでの航空券は500ドル(約4万5千円)以上する。
今回の新法はラウル・カストロ国家評議会議長が2006年7月に兄のフィデル・カストロ前議長を引き継いで以来、最も大きな改革のひとつだ。
現議長は不人気な規制の数々を撤廃してきたものの、これまでの渡航制度はキューバ国民の移動の自由を制限するとして人権団体から非難を浴びていた。
しかし新法による変化は、米国にとっては警鐘となりうる。2国間での「移民危機」が起きる可能性があるからだ。冷戦時代にさかのぼる政策の下、米国は今でも自国領に到達したいかなるキューバ人にも、要請に応じて合法滞在を認めている。しかし米経済が不景気にあり、大統領選サイクルに区切りのついた今、米国はキューバから何万人もの移民が合法的に流入する事態を計画に入れていない。
■渡航の自由は本物か、懐疑派も
一方、今回の新法によって誰もが自由に渡航できるようになるわけではない。運動選手、公務員の一部、軍関係者、さらに「重要」とみなされる分野の専門家の渡航には制限が残る。キューバ政府は前週、医師は「重要」な分野に含まれず自由に渡航できると述べているものの、どのような分野が「重要」とされるのかについては特定していない。
キューバ政権に懐疑的な人々は慎重な姿勢を崩さず、新法による渡航の自由が本物なのか、選択的に施行されるのかを見極めようとしている。これまで同国の渡航許可証発行の基準は明らかでなく、申請が却下された場合にも説明はされていない。【1月15日 AFP】
*********************
今回措置は経済開放政策の一環で、国外への出稼ぎを増やし、国内への送金を増加させる狙いもあると見られています。
“渡航許可証を取得するための手続きは恐ろしく面倒だった。取得費用もひどく高額で、公務員の平均月収の8倍を上回る170ドル相当。しかも最終的に出国が許されるかどうかは、当局の意向次第だ。そのため渡航許可証は、悪夢のような共産主義体制の官僚主義と、個人の自由に対する非人間的な統制の象徴として、人々の憎悪の的になってきた。”【2012年10月31日号 Newsweek】という渡航制度は、“キューバの国家統制経済は、海外居住者が送金する外貨への依存をますます強めている。だがキューバからの出国が困難な現状は、彼らに帰国をためらわせる要因にもなっていた”【同上】とも言われています。
“キューバ政府当局者は、渡航許可証の撤廃は国民の出入国を容易にすると同時に、海外居住者と祖国の関係を正常化するためのものだと説明する。キューバの安い生活費や無料の医療サービスといった利点を生かしながら海外で仕事するため、1年のうち一定期間は国内に住み続けたいと考える国民には特に歓迎されそうだ。”【同上】
これまでの渡航許可書取得費用については、170ドル、350ドル、500ドル・・・と、記事によってまちまちです。
それだけ、当局の裁量次第の不明確な制度だったということでしょうか。
“旅券発給にかかる費用はこれまでの2倍の100ドル”ということであれば、経済的負担がかなり小さくなったことは間違いないようです。
“国際通貨を入手する機会のないキューバ国民の大半にとっては手が出ない額だ”とは言いつつも、人々は必要があれば借金などを含め何とか工面するものです。多くの途上国からの海外出稼ぎなども似たような状況ですから。
昨年10月の報道では、国外滞在可能期間は、これまでの11か月から24か月に延長されると報じられています。
もし海外で2年間職を得られれば、パスポート発給の100ドルや、航空券500ドルを払っても十分にペイします。
【高レベル人材の渡航制限は今後も続く】
もっとも、今回措置で海外渡航が完全に自由化された訳ではなく、一定の職種については流失防止のため制約があります。
また、パスポート発給についても、当局側の裁量の余地は残されているようです。
実際どのように運用されるのか、もう少し状況を見極める必要があります。
****「頭脳流出」の悪夢再び?****
キューバの反カストロ派や反体制派はまだ懐疑的だが、首都ハバナの通りには歓喜の声と歓迎ムードが広がっている。「政府は国民に自由を返すため、前向きな措置を取っている」と、ハバナの出入国管理当局にパスポートの発行を申請したというロベルト・ペレスは話す。「われわれは長い間、自分の国の囚人だった」
海外への渡航を希望するキューバ人が増えるのはほぼ確実だが、大方の予想ほど劇的に増えるとは限らない。
まず、ハバナの外国大使館や領事館が喜んで大量のビザを発給するとは考えにくい。専門知識や技術のない人間や、生活の面倒を見てくれる親戚が海外にいない人間に対しては特にそうだ。
キューバは長年、キューバ人入国者には自動的に居住権を与えるアメリカの法律を渡航規制の口実に使ってきた。この措置が最初に導入された1961年当時は、キューバで国内最高レベルの教育を受けた専門職の多くがフィデル・カストロ前国家評議会議長の革命を逃れ、マイアミに脱出した。
今回の法改正でも、国内最高レベルの人材が高給を求めて海外へ移住することは制限されている。キューバ共産党の機関紙グランマは社説の中で、アメリカが医師などの亡命を促す政策を放棄しない限り、高レベル人材の渡航制限は今後も続くだろうと主張した。
「わが国からの『頭脳流出』を引き起こし、経済・社会・科学の発展に必要不可欠な人的資源を奪おうとする政策が続いている限り、キューバは自己防衛の措置を取らざるを得ない」
今回の新ルールは、医師やプロスポーツ選手、科学者、機密情報に触れる機会がある政府当局者などの個人的な海外渡航を全面的に禁止するものではないと、出入国管理当局のフラガ大佐は言った。「彼らは出国できないわけではない。しかるべき当局者の許可が要るというだけの話だ」
今回も、キューバが近年実施した多くの変革と同じく、政府当局者は改革が不測の事態を招いた場合にも対処できる余地を残している。例えば「必要不可欠な」人材の定義について、新法は当局に広範な裁量権を認めている。政府の各省庁では、今後も海外渡航に特別な許可が必要な職種のリスト作成作業に着手している。(中略)
さらに、政府が渡航規制を反体制派への弾圧の手段に使うのをやめると見る向きはほとんどない。新ルールによれば、あらゆるキューバ人は「公共の利益の見地から、指定された当局者の決定により」パスポートの発行を拒否される可能性がある。
それでも全体的に見て、今回の法改正が1つの賭けであることは確かだ。国民の出入国の自由を拡大すれば、出て行くことを選ぶ人間は増えるだろう。だがそれとは逆に、帰国を選択する人間も増えるはずだと、キューバ政府は考えている。【2012年10月31日号 Newsweek】
*******************
【「移民危機」の懸念も】
興味深いのは、前出【1月15日 AFP】で指摘されているアメリカの対応です。
建前としては、キューバの自由化進展はアメリカにとっては歓迎すべきことでしょうが、本音では、今回措置でアメリカへの移民が急増するような事態は望んでいないでしょう。
いったんアメリカに入国したキューバ人に居住権を認める1966年のキューバ難民地位調整法の変更を迫られるかもしれません。
そのことは、対キューバ経済制裁解除を含めたアメリカ・キューバの関係の全面的な見直しにもつながることも考えられます。
時代は変わっています。
冷戦が終わり、フィデル・カストロが現役を退き、キューバの動向のインパクトも薄れています。
“反米”という点で、カストロの後継者的存在だったベネズエラのチャベス大統領も、今キューバで容態がよくわからない状況です。
反米の主流はイスラム世界のテロ勢力に完全に移った感があります。