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(1月14日 イスラム教聖職者のタヒル・カドリ氏が呼び掛けた反政府デモ “flickr”より By Shumaila Andleeb http://www.flickr.com/photos/36900183@N03/8381343984/)
【続く裁判所主導による政治混乱】
国内ではイスラム過激派のテロが相次ぎ、対外的には宿敵インドとのカシミールでの紛争が再燃しているパキスタンでは、ムシャラフ前大統領及びザルダリ現大統領の正当性に関する政権側とチョードリー最高裁長官・司法との確執、アメリカと協力関係にありながらも軍・情報機関がアフガニスタンのイスラム過激派を支援していると言われることなど、政権・軍・司法の三つ巴で混沌とした状況が続いていますが、ここにきて二つの動きが新たに出てきています。
ひとつは、ギラニ前首相を「法廷侮辱罪」で失職に追いやった最高裁が、今度はアシュラフ首相の逮捕を命じたとのことです。もし実行されれば、内憂外患を抱えたださえ不人気なザルダリ政権は大きく揺らぐことになります。
もっとも、揺らぐことには“慣れている”したたかさもあるザルダリ大統領ではありますが。
****パキスタン:最高裁が首相逮捕命じる 汚職関与の疑い****
パキスタン最高裁は15日、過去に汚職に関与していた疑いが強まったとして、アシュラフ首相の逮捕を命じた。ギラニ前首相も最高裁から「法廷侮辱罪」で有罪を言い渡され、昨年6月に辞任に追い込まれている。アシュラフ首相も逮捕されれば現職にとどまるのは困難な情勢で、裁判所主導による政治混乱が続きそうだ。
現地からの報道によると、アシュラフ首相は、水利・電力相を務めていた10年ごろ、トルコなどの外国の電力会社に発電所を運営させた見返りにわいろを受け取った疑いがもたれている。アシュラフ氏ら政府高官の責任追及を求める元公務員や政治家ら数人が最高裁に告訴していた。今回、最高裁は、アシュラフ首相を含め計16人の逮捕を命じた。
ザルダリ大統領は、今年の総選挙(期日未定)まで、与党・人民党政権の維持を図ろうとしてきたが、選挙前にアシュラフ政権が崩壊する可能性も出てきた。【1月15日 毎日】
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“最高裁は2012年、ザルダリ大統領の過去の汚職疑惑への訴追作業を怠っているとして、大統領の右腕であるギラニ首相を法廷侮辱罪で有罪とし、6月に強制失職させた。後任のアシュラフ首相にも同様の措置を取る構えを見せたが、11月に首相が訴追手続きの開始に応じたため中断し、司法と政権の対立は収まったかに見えた”【1月15日 時事】とのことでしたが、対立が再び表面化した形です。
ザルダリ大統領自身がかつては、10%のリベートを要求するということで“ミスター10%”とも呼ばれていた人物ですから、政権の汚職体質は容易に想像できます。
失職したギラニ前首相の後任選びの際も、第1候補だったシャハブディーン繊維相は、国内製薬会社が覚せい剤原料のエフェドリンを不正に輸入した事件に関与した疑惑から軍傘下の組織であるANF(麻薬取締局)から調査を受けており、ANFが独自に持つ裁判所より逮捕状が出たことで首相候補から外れた経緯があります。この件は、軍部によるザルダリ政権揺さぶりとも見られています。
第2候補で、結局首相に就任したアシュラフ元水利・電力相も、レンタル発電機をめぐってリベートを受け取ったとされるほか、不正な資金でロンドンの土地を購入した疑いがもたれるなど、就任当初から汚職疑惑が知られていた人物です。
政権中枢にいる政治家は皆、多かれ少なかれそうした汚職への関与があるのでは・・・とも推察されます。
ただ、一応国民から政治を委ねられている首相・大統領が、司法の判断で次から次に窮地に追い込まれる事態というのも政治の不安定化を招きます。見方によっては“司法クーデター”ともなります。
【「国内の苦しみの原因は腐敗した政府にある」】
チョードリー最高裁長官による首相逮捕命令に先立ち、著名なイスラム聖職者による大規模な反政府行動も起きています。
その主張は、軍部が関与する形で総選挙に向けた暫定政権をつくろうというもので、背後に軍部の意向があるのでは・・・との憶測もあるようです。
****パキスタン首都で反政府集会、著名イスラム聖職者が呼び掛け****
パキスタンの首都イスラマバードで15日、同国で強い影響力を持つイスラム教聖職者が、5月中旬の総選挙に向けた暫定政権の即時発足を求める抗議行動を呼び掛け、2万人以上が集結した。
イスラム教聖職者のタヒル・カドリ氏は、多くのデモ参加者を率いて東部ラホールから首都イスラマバードまで約38時間をかけて行進し、議会議事堂そばで推計2万5000人以上のデモ参加者を前に演説した。演説の中で同氏は、国内の苦しみの原因は腐敗した政府にあると述べた。
カドリ氏は世界各地で教育機関や宗教機関を運営する聖職者。市民権を持つカナダに長期滞在していたが、先月パキスタンに帰国した。防弾ガラスでできた箱の中から演説したカドリ氏は、野営をもう1日続けようとデモ参加者に呼び掛けた。
ある情報機関高官はAFPに対し、集会には2万5000人が参加したと語った。これは2008年の総選挙でパキスタン人民党(PPP)が政権を獲得して以降、最大の政治デモになる。
演説に先立ち、デモ隊と警官隊とが衝突している。病院関係者によると警察官8人が負傷した。
パキスタンの議会は3月中旬に解散し、5月中旬に総選挙を実施する予定となっている。だが、カドリ氏は軍と司法関係者と協議の上でただちに暫定政権を発足させ、改革を実施して5月の総選挙で「正直な人々」が選ばれる機会を作るよう呼び掛けている。
一方でカドリ氏に対しては、政治的な混乱を起こして選挙を遅らせようとする軍部ら支配層による策略だとの批判も上がっている。【1月15日 AFP】
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【「軍と最高裁が結託して政府を転覆させようとしている」】
司法による首相逮捕命令と軍の関与も噂される反政府行動・・・この二つが同時に起きたことで、その関連を指摘する向きもあります。もちろん真相はわかりません。
****パキスタン 汚職容疑、首相に逮捕命令 「革命」訴え数万人デモ****
・・・・カドリ氏は、イスラム武装勢力の取り締まりや電力不足に対する政府の無策を非難しており、国民の中には同氏を支持する声もある。
その一方で、軍の関与を主張していることへの反発も多い。カドリ氏が混乱に乗じた軍の干渉を誘発しようとしているとか、デモの背後に軍がいると疑う見方もある。首相逮捕命令がデモと同時に出されたことから、首相側近はロイター通信に「軍と最高裁が結託して政府を転覆させようとしている」と反発した。
ただし、カドリ氏と軍は両者の関係を否定。フランス通信(AFP)によれば、チョードリー長官も別の審理でカドリ氏が求める選挙管理委員会の解散と選挙の延期については、認めないとの見解を示した。
逮捕命令は政治への干渉が度を超しているとの批判を受けている長官が、デモの盛り上がりを利用したのではないかとの見方もある。【1月16日 産経】
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【軍部 宿敵インドに代えテロ勢力を「最大の脅威」へ?】
相も変わらぬと言うべきか、いつにも増してと言うべきか、パキスタン政局の混乱ぶりですが、1月11日ブログ「インド・パキスタン カシミールで報復の応酬」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130111)で取り上げたカシミールでのインドとの衝突も収まっていません。
“インドのマンモハン・シン首相は今週、もはや平時で対応ではすまないと態度を硬化させた。昨日、「軍隊の日」の式典で報道陣と会談したシンは、交戦でインド兵士2人が命を落としたことについて「責任者にはしかるべき責任を取らせる。パキスタンは覚悟すべきだ」と語った。とりわけインド兵の1人が頭部を切断されたと報じられたことについて「野蛮な行為で、容認できない」とパキスタンを非難した。・・・・今週は両国代表による会談が国境地帯で行われたが、インド側の謝罪要求をパキスタン側が拒否。進展はほとんどなかった。パキスタン側が国境侵犯を継続するなら「好きな時に報復に出る権利がある」と、インドは警告している。”【1月16日 Newsweek】と、インド側は政権・世論とも激高しています。
普段ならパキスタン側もインド側以上にテンションが上がる問題ですが、今回は様相が異なるようです。
10日には相次いで起きた爆弾テロで死者が計120人に達するという、過去数年で最大規模の犠牲を出しています。
こうしたイスラム過激派によるテロの頻発に加え、司法による首相逮捕命令、軍の関与も噂される反政府行動・・・と、“それどころではない”状況で、国民・メディアのカシミールでの衝突への関心はそんなに大きくなっていないようです。
パキスタン軍部も、インドよりテロを重視する姿勢に転換するとも報じられています。
“地元メディアは今月初め、外交安保政策に絶大な影響力を持つ軍が、国防戦略の基本方針(ドクトリン)を改定し、近く公表すると報じた。仮想敵国インドに代わり、国内でテロ攻撃を繰り返す反政府武装勢力を「最大の脅威」と位置づけるという。”【1月16日 朝日】
外部から見れば当然の選択に思えますが、長くインドと対立してきたパキスタンとしては画期的な転換です。
国内の関心がいまひとつ大きくならないということで、国民感情が扇動されて衝突がエスカレートする危険は現段階では小さそうです。今のうちに事態の鎮静化が図られればいいのですが。国民の関心が高まるにつれ妥協が難しくなります。
しかし、今日16日も新たな死者がパキスタン側に出ています。パキスタン兵の死者は3人目で、これまでにインド兵も2人が死亡しています。
更にエスカレートすれば、「敵はやはりインドだ」ということにもなりかねません。
【追記】
****パキスタン:政権崩壊へ軍主導か 汚職疑惑で首相逮捕命令****
パキスタン最高裁がアシュラフ首相の汚職疑惑が強まったとして15日に首相らの逮捕を命じたことで、内政が一挙に流動化する恐れがでてきた。首都イスラマバードでは、「腐敗した現政権の打倒」を訴える住民デモが14日から続き、その規模は16日現在で最大8万人にまで拡大。一部が警官隊と衝突した。一連の動きについて、「ザルダリ大統領が率いる与党・人民党政権を崩壊させるため、軍が背後で動いている」との観測も出ている。
アシュラフ首相の前任のギラニ前首相は、米軍特殊部隊による国際テロ組織アルカイダのビンラディン容疑者殺害作戦(11年5月)を巡り、軍と激しく対立。11年秋にはザルダリ大統領が軍事クーデターを阻止するため米軍に協力を依頼するメモを作成したとの疑惑が表面化し、軍トップのキヤニ陸軍参謀長が徹底調査を求めるなど、さらに関係が悪化した。その後、ギラニ氏は最高裁に法廷侮辱罪で有罪を言い渡され、昨年6月に辞任に追い込まれた経緯がある。
反政府デモの参加者は14日以降、首都中心部の議会近くの幹線道路を約1キロにわたり占拠している。今回、デモの広がりと時を同じくして突然の首相逮捕命令が出されたことについて、アシュラフ首相の側近、チョードリー氏はロイター通信に対し、「軍が黒幕だ」と指摘した。
「軍主導」の臆測の裏付けとして挙げられているのが、デモを率いるイスラム教指導者のタヒル・カドリ氏の存在だ。カドリ氏は、99年のムシャラフ陸軍参謀長(当時、後に大統領)による軍事クーデターを支持し、02年の総選挙で下院議員に当選した。06年にカナダに渡り、欧米などに住むパキスタン人の間で影響力を保持してきたが、昨年末に突然、パキスタンに帰国。激しい政府批判の演説を繰り広げ、急速に支持を広げた。
イスラマバードの政治アナリストは「確たる証拠はないが、軍がカドリ氏を利用して多数の住民をデモや反政府集会に動員している可能性は否定できない」と話した。
パキスタンでは47年の建国以来、3度の軍事クーデターが繰り返され、国政の実権は軍が掌握しているといわれている。しかし、国際的な批判を考慮し、軍はあからさまな民政政権打倒は望んでいないともみられている。【1月16日 毎日】