(2008年11月26日 アフガニスタン国境近くで記者会見するTTPメスード司令官(前列 左から2番目) “flickr”より By jihadiste2010 http://www.flickr.com/photos/47065306@N03/4324599824/in/photolist-7A9GRW-e9HAw9-azqUqt-b7dWZg-dLaeao-8zEJcW-bjNzLQ-haXNCv-7BZMry-azGYEE-azqeJZ-aA6rRM-8Bk7jQ-azGYHj-azsUoA-aA6rWz-aaUra5-hbNbYZ-azGXPq-azqeer-aA97sW-gz8F3d-7YgWRD-azqvVc-aA9APL-ehYJWE-azqehH-azGXSE-aA6qZ4)
【パキスタン政府と反政府側の和平協議は水泡に】
アメリカ・オバマ政権がパキスタンなどで多用している無人機攻撃については国連総会第3委員会(人権)での議論がなされ、あらためてその問題が表面化していますが、アメリカ側はテロ組織対策としての安全かつ有効な手段として使用を控えるつもりはないようです。
1日の無人機攻撃では、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」の最高指導者、メスード司令官を殺害するという、アメリカ側からすると非常に大きな成果が得られています。
****「パキスタンのタリバン運動」最高指導者、米無人機攻撃で死亡****
米国がパキスタンで1日に実施した無人機攻撃で、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」の最高指導者、ハキムラ・メスード司令官が死亡した。治安当局と反体制派情報筋が明らかにした。
複数の治安・情報当局者によると、北ワジリスタンの都市ミランシャーの北5キロのダンディ・ダルパケル村で米無人機が車両にミサイル2発を発射し、500万米ドル(約4億9000万円)の懸賞金が懸けられていたメスード司令官は、 他の3人とともに死亡した。メスード司令官は34歳だったと考えられている。
あるタリバン幹部筋は、メスード司令官は護衛、運転手、叔父とともに殺害されたと述べた。また別のタリバン司令官は2日に葬儀が行われると語った。
メスード司令官の死により、タリバン側の報復攻撃が予想され、交渉開始を目指すパキスタン政府の努力が妨げられると予測されているが、同時にパキスタンの治安にとって最大の脅威の1つであるTTPは大幅に弱体化すると見られている。
米国は、アフガニスタン国境の部族地域を、タリバンや国際テロ組織アルカイダ系武装勢力が欧米とアフガニスタンに対する攻撃を企てる主な活動拠点とみなしている。北ワジリスタンは部族地域の7管区のうちの1つ。【11月2日 AFP】
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TTPはパキスタン国内で連日のようにテロを行っていますが、昨年10月には、女性教育の重要性を訴える少女マララ・ユスフザイさんを銃撃する事件も起こしています。
アメリカにとっては、“TTP初代指導者のベイトラ・メスード容疑者が無人機空爆で暗殺されたことへの報復として、2009年12月、アフガニスタン東部の米軍基地に自爆攻撃をしかけ、米中央情報局(CIA)職員ら米国人7人を殺害。2010年5月にニューヨークのタイムズスクエアで起きた自動車爆弾テロ未遂事件の首謀者ともされる。米政府はメスード容疑者拘束につながる情報に500万ドル(約5億円)の報奨金をかけていた。”【11月2日 毎日】という、どうしても確保したい標的でした。
また、2014年末までにアフガニスタンから撤退するアメリカは、アフガニスタンのイスラム過激派の温床となっているパキスタン北西部を何としても安定化させたいという、戦略上の必要性もあります。
同司令官については、“過去に2度、無人機空爆などによる「死亡」情報が流れたが、誤報だった。”【同上】とのことですが、今回はTTP側からの葬儀情報など、確実のようです。
アメリカにとっては“非常に大きな成果”ですが、パキスタン・シャリフ政権がメスード司令官を相手にTTPとの和平交渉を始めようとしていた矢先の出来事です。
****パキスタン、タリバン運動との対話開始****
パキスタン国営通信によると、訪英中のシャリフ首相は31日、クレッグ英副首相と会談し、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」との対話を開始したと明らかにした。
シャリフ氏は首相就任前からタリバン運動との和平交渉を進めると表明していた。【11月1日 産経】
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また、TTP・メスード司令官も交渉に応じる用意があることを表明していました。
“メスード容疑者は先月、パキスタン北西部で英BBCのインタビューに応じ「パキスタン政府との和平の用意がある。無人機空爆の停止が条件だ」などと語っていた。インタビューは屋外で行われ、その間、無人機が上空を飛行していたといい、米国はメスード容疑者を監視していたとみられる。”【11月2日 毎日】
パキスタン、TTP、アメリカの関係は外からは窺い知れぬものがありますが、普通に考えれば、パキスタン政府としては交渉を妨害されたと怒る話になります。
****無人機攻撃、妥協せぬ米=和平望むパキスタン―すれ違う対テロ戦略****
パキスタン反政府勢力の最高指導者ハキムラ・メスード容疑者が1日、米国の無人機攻撃で死亡した。
2日にはパキスタン政府と反政府側の和平協議が予定されていたが、水泡に帰した。
2014年末までのアフガニスタン撤収を見据え、テロ組織の弱体化を進めたい米国と、国内安定のため和平を模索するパキスタン。
対テロ戦略のすれ違いは一層鮮明になり、改善基調にあった両国関係が再びぎくしゃくする恐れもある。【11月2日 時事】
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【複雑に絡み合うパキスタンとアメリカの関係】
メスード司令官殺害でTTPの勢力が弱体化するという点では、パキスタンにとっても望ましいところではあります。
ただ、和平交渉のとん挫、メスード司令官というキーマンの殺害という話は別にしても、無人機攻撃そのものに関して主権侵害であるとパキスタンはアメリカに抗議していた最中でもあり、国内反米世論を考えるとアメリカへの強硬姿勢は崩せないところでしょう。
先月訪米したシャリフ首相は、オバマ米大統領との会談で無人機空爆の停止を改めて訴えていました。
シャリフ首相はオバマ大統領との会談後、記者団に「無人機の問題を会談で取り上げ、このような攻撃は中止する必要があることを強調した」と明言、また、講演でも「無人機使用は主権侵害だけでなく、対テロ戦に取り組む我々の努力を損なう」と訴えています。
しかし、少なくとも以前の無人機攻撃に関してはパキスタンが了承した「密約」がったとされており、それを裏付ける報道もなされています。
****無人機攻撃、かつては協力=パキスタンと情報共有―米紙****
23日付の米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、米国が対テロ戦で運用している無人機攻撃の即時停止を要求しているパキスタンがかつては積極的に攻撃に協力し、2008~11年にかけて米当局から作戦について詳細な説明を定期的に受けていたと報じた。
同紙が入手した中央情報局(CIA)機密文書や外交メモは、パキスタン領内で08~11年に行われた少なくとも65回の無人機攻撃の詳細について明記。米当局はこれらの文書を基にパキスタン側と作戦全般の情報を共有していたという。
文書や資料には地図や無人機による攻撃前後の空撮写真が含まれるほか、攻撃対象の選定にパキスタンの情報機関が協力していた事実なども記述されている。テロリスト殺害の成果が強調される一方で、民間人の犠牲者は最小限にとどまっていると指摘されていた。
パキスタン領内での無人機攻撃は、CIAの秘密作戦として04年から始まった。両国間に無人機運用の「密約」があったと指摘されてきたが、情報共有や協力関係が事実だとすれば、これを裏付けることになる。【10月24日 時事】
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いくらアメリカにとって安全・有効な手段とは言え、パキスタンの了解なしにパキスタン領内でパキスタン市民を巻き込むような行動をアメリカが続けることもないと思われますし、無人機攻撃に必要な情報入手を考えても、「密約」の存在は当然でしょう。
シャリフ首相自身はかねてより無人機攻撃に関して批判的な姿勢を示していますが、政府以上の力を持つとも言われるパキスタン国軍の意向は政府見解とはまた別物です。
ただ、国軍の意向も、国内イスラム過激派を抑えたいというもの、メンツを潰されるようなアメリカの活動は許しがたいというもの、更に、軍事費を支えるアメリカからの資金は確保したいという思惑・・・いろいろあって、よくわかりません。
更に、軍事および政治に強い影響力を持つ軍の情報機関ISIはアフガニスタンのイスラム過激派タリバンとつながっているとか、パキスタンを巡る裏の事情は表の話とは異なることが多々あります。
パキスタンにとってアメリカは重要な資金供給源であり、アメリカにとってはアフガニスタン戦略でパキスタンをはずせないという事情があり、両者の関係は複雑に絡み合っています。
今回のメスード司令官殺害の直前においては、先述のようにシャリフ首相がアメリカに無人機攻撃停止を求める一方で、アメリカは関係修復を模索するという動きが報じられていました。
****米パキスタン首脳会談 関係修復、模索する米 経済・軍事支援を再開へ****
オバマ政権がパキスタンとの関係修復に力を入れている。
オバマ大統領は23日のシャリフ首相との会談で経済関係強化に重点を置き、凍結されている軍事支援の再開も目指す方針だ。
背景には、アフガニスタンからの米軍戦闘部隊の撤退を来年末に控え、イスラム武装勢力に強い影響力を持つパキスタンの協力が不可欠との事情がある。また、核兵器を抱えるパキスタンは「危険すぎて破綻させられない」(オバマ政権)状況で、協力関係を模索する以外に選択肢がないのが現実だ。
パキスタンが米国の無人機攻撃に批判を強める中、オバマ大統領は「多くの時間を経済問題について話し合った」と指摘し、前向きな首脳会談だったことを強調した。
共同声明には電力不足解消への支援や貿易関係拡大で合意したことも明記。すでに米国務省は凍結中の軍事支援の再開を目指し、議会との調整にも乗り出した。
両国関係は米軍が2011年にパキスタンで、事前通告なしに国際テロ組織アルカーイダの最高指導者ビンラーディン容疑者を殺害したことで悪化し、パキスタンによるイスラム武装勢力への支援疑惑が浮上して拍車をかけた。オバマ政権は、年間約45億ドル(4400億円)に達したこともある軍事・経済支援を4分の1程度まで縮小していた。
米国がこの時期に関係修復を狙うのは、米軍戦闘部隊のアフガン撤退期限が14年末に迫っていることがある。パキスタンの協力なしでは治安を維持できず、計画に狂いが生じかねない。パキスタンが水面下でテロ活動を支援し、アフガンに悪影響を及ぼしているとの懸念も悩みの種だ。
テロとの戦いもパキスタンとの連携なしには成立しない。米軍はパキスタンで無人機攻撃を行う際に「拠点の所在地などの情報でパキスタン側の協力が必要」(政府高官)で、米国の依存度は増している。
23日の米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、パキスタン政府が米国から、無人機攻撃の詳細を定期的に説明されていた中央情報局(CIA)の極秘文書をスクープし、密接な両国関係の一端をうかがわせた。
また、支援縮小は経済低迷に拍車をかけ、政情不安に伴う核技術拡散の呼び水ともなりかねない。パキスタンは過去にイランや北朝鮮、リビアに核技術を拡散させた疑惑もあり、米国が神経をとがらせる要因となっている。【10月25日 産経】
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イスラム過激派が跋扈し、国内反米世論が強く、「危険すぎて破綻させられない」国家パキスタンとアメリカ関係が、今回のメスード司令官殺害無人機攻撃でどのように変化するのか注目されます。