孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

モルディブ 「楽園」での旧勢力と民主化勢力の対立・混乱  民主化・自由で拡大するイスラム保守派

2013-11-11 22:45:27 | 南アジア(インド)

(警察が10月19日の再選挙を急きょ中止 投票所を撤収する警官と抗議する市民 “flickr”より By Dying Regime http://www.flickr.com/photos/64596147@N00/10422605373/in/photolist-gT1zsD-gSWWQs-gSZar5-gSZUNB-gT1Ys6-gSYxgm-gSXewV-gSZVBZ-gSZAfA-gSYs9C-gSZ7b9-gSYCcS-gSXVJN-gSYno4-gSYUhY-gSZZLS-gSZoxK-gSY3re-gT13bm-gSWW7e-gN1Ro6-gMZPc6-gN1bBR-gMYpGc-gN1cj1-gN15uS-gN2598-gN1VGZ-gMYPpw-gMYvep-gN1hYP-gMYzWG-gN1j5z-gMZUrJ-gN1L5o-gN1LiY-gN1Sxy-gMZX6m-gMYQZ5-gN37h2-gN1oY2-gN1mCR-gMZA9y-gN1TrM-gMZ1DM-gN1ba6-gMYJiF-gMYKuY-gN1KsZ-gN1QWB-gN1gJo)

司法・警察の選挙妨害と“モルディブのマンデラ”】
インド洋の島国モルディブにおける大統領選挙を巡る混乱が9月以来続いています。

モルディブと言っても、観光でビーチリゾートに行かれる方以外、日本ではあまり馴染みがないでしょう。
インド亜大陸の先端沖合、スリランカとは反対側(西側)に位置していますが、九州の二倍ほどはあるスリランカと違って、モルディブは地図では点々がパラパラと・・・といった小さな島国です。
私もアジア方面はスリランカ、インドなどを含めよく旅行しますが、ビーチリゾートには縁がないこともあって、地図を見ないと位置が判然としない・・・そんなところです。

事の発端(混乱の背景はもっとさかのぼりますが)は、9月7日に行われた大統領選挙です。

****モルディブ大統領選、前職ら2人が28日決選投票****
インド洋の島嶼(とうしょ)国モルディブの選挙管理委員会は8日、7日の大統領選の開票結果を発表した。立候補した4人全員が有効票の過半数を獲得できず、得票がトップのナシード前大統領(46)ら上位2人による決選投票が28日に行われることになった。

上位2人の得票率は、昨年2月の軍と警察によるクーデターで失脚したナシード氏が45%で、2位の国会議員アブドラ・ヤミーン氏(54)が25%だった。

クーデターの時まで副大統領で、ナシード氏に離反して政権トップの座を奪った(60)はわずか5%の得票で惨敗。2008年まで30年間、ガユーム元大統領(75)による独裁体制下で言論弾圧などを強いられた国民の反クーデター感情が鮮明となった。【9月8日 MSN産経】
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これにより、昨年2月のクーデターで辞任に追い込まれたナシード前大統領と2位のアブドラ・ヤミーン氏との間で決選投票が行われる予定でしたが、最高裁は選挙で不正が行われた疑いがあるとして9月28日に予定されていた決選投票を延期、ついには大統領選挙自体を無効にして、やりなおしを命じました。

****モルディブ大統領選、無効に*****
モルディブの最高裁は7日、9月7日に投票が行われた大統領選について、不正が行われた疑いがあるとして無効との判断を下し、やり直しの投票を行うよう命じた。

ロイター通信によると、判事の1人は、投票者のうち5623人に死者や有権者の年齢に満たない者、偽の身分証明書を使用した者が含まれていたとの警察の報告に言及した。(後略)【10月8日 MSN産経】
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これだけを見ると、不正選挙を最高裁が許さず、正しい選挙が行われるように指導した・・・という民主主義・三権分立の成果とも思われるのですが、どうもそんな話ではなく、司法・警察権力があの手この手を使ってナシード前大統領の復権を妨害している、そのためには難癖をつけて選挙を無効にしてしまうことも辞さない・・・そんな話のようです。

少し時間をさかのぼると、モルディブでは1978年から2008年までの30年間、マウムーン・アブドル・ガユーム氏が大統領の座にありました。

“30年”という異常な在位期間からわかるように、欧米からも批判されるアジア最長の強権支配体制でした。
しかし、国内の民主化を求める動きに抗しきれず、“まともな選挙”を行うことを余儀なくされます。

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ガユームが権威主義体制に基づくアジア最長政権を維持し続けたのは、モルディブでは議会が大統領選挙の候補者を選出し、国民が信任投票を行う形をとっており、しかも議会が与党の独占状態だったからである。

このため民主主義に反すると欧米を中心に非難され、2003年の大統領選挙直後から国内でもモハメド・ナシードらが創設したモルディブ民主党が中核となった民主化運動が起こり、圧力に抗しきれなくなったガユームは複数政党制を容認するに至った。
2008年10月29日、ガユームは大統領選挙でナシードに破れ、30年にも及ぶ政権は終焉を迎えた。【ウィキペディア】
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強権支配ガユーム大統領に対する民主化運動の中核を担ったのが、昨年2月まで大統領職を務め、今回選挙で1位の得票を集めているナシード氏です。

ジャーナリストとしてモルディブの民主主義と人権の旗手となったナシード氏は、独裁を敷いていたガユーム政権に十数回逮捕され、独房で拷問もされたと言われます。

このあたりの話は、本人インタビューの形で【Democracy Now!】(http://democracynow.jp/video/20120409-2)に動画があります。
それによれば、トタン張りの1畳ほどの小屋に1年半の間、鎖でつながれる形で拘束され、自らの誤りを認めるように拷問を受けたそうです。暴力は日常的で、食事にはガラスが混ざっている・・・というおぞましいものだったとか。

ナシード前大統領はこのような弾圧に屈せず抵抗を続け、“まともな選挙”を行うことを勝ち取り、ついには2008年、ガユーム元大統領を破り大統領に就任するという、絵にかいたような“民主主義と人権の旗手”であり、“モルディブのマンデラ”とも評されているそうです。

ナシード前大統領については、上記のような情報しか知りませんので評価もできませんが、海中閣議を行うなど、温暖化の脅威を訴える国際的なリーダーとしても知られています。(温暖化で海面上昇が起きると、モルディブは海に沈みますので)

こうして誕生したナシード政権でしたが、司法・軍・警察などの権力機構には旧勢力が残存しており、2012年1月、刑事裁判所の判事の逮捕を発端として、ナシード前大統領の辞任を求めるデモが3週間にわたって続き、ナシード大統領は辞任を表明、後任にワヒード副大統領が就任しました。

ナシード前大統領は、この政変は「銃で脅かされて追放された」クーデターだと主張しています。
本人主張については、前出【Democracy Now!】(http://democracynow.jp/video/20120409-2)にインタビュー動画があります。

以上のような流れを経ての9月7日大統領選挙でしたが、冒頭に紹介したように最高裁によって無効とされました。
混乱はなおも続きます。

再選挙は10月19日におこなわれる予定でしたが、直前に急きょ警察によって中止されました。

****モルディブ大統領選また延期…警察が中止させる****
インド洋の島国モルディブの選挙管理委員会は19日、この日に予定されていた大統領選の再選挙を延期すると発表した。

警察が、選挙人登録などに関して最高裁判所が示した再選挙実施の要件が満たされていないと判断。19日朝、警官を選管事務所に動員するなどして、投票準備を中止させたという。【10月19日 読売】
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この警察の介入には、現職大統領で選挙戦は辞退した(9月7日選挙で5%程度しか支持があつまらなかったので)ワヒード大統領の意向に沿うものであることを警察高官が明らかにしています。

****現職大統領が「助言」=警察、再投票妨害を説明―モルディブ****
モルディブ警察高官は19日、同日予定されていた大統領選挙再投票の実施を阻止したことについて記者会見し、「ワヒード大統領や内相代理、法務長官らの助言を受け、警察自らが決断した上での行為だった」と明らかにした。

ワヒード大統領は再投票に先立って出馬を辞退し、「投票が公平に行われるよう尽力する」と明言していた。しかし、現職大統領が再投票の妨害行為に関与したとなれば、国民の政治不信に拍車をかけることになる。

警察高官は「(大統領らの助言は)あくまで助言であり、命令ではない」と強調。その上で「法律や最高裁判所の実施要項に違反して選挙が行われた場合に生じる混乱を考慮した」と述べ、国民の利益を守るための決断だったと説明した。

一方、「警察には選挙プロセスを停止する権限があるのか」との質問には、回答を避けた。【10月19日 時事】 
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なお警察の介入には、最高裁の命令もあったようです。

ここまで来ると、滅茶苦茶な権力乱用に思えますが、更に混乱は続きます。
1回目は最高裁が無効判断、2回目は警察が中止介入ということで、「三度目の正直」として行われた11月9日の再々選挙で、再びナシード前大統領が1位となりましたが、過半数には達せず、10日に決選投票が行われる予定でした。

しかし、最高裁がまた、投票開始予定時間の数時間前に決選投票の延期を命じています。

****モルディブ大統領選、決選投票を延期 最高裁が命じる*****
インド洋の島国モルディブの最高裁は、10日に予定されていた大統領選の決選投票の延期を命じた。2012年2月のクーデターで辞任に追い込まれたモハメド・ナシード前大統領(46)は、政権復帰の機会を否定されたかたちになった。

9日の投票でナシード氏は、得票率46.93%で首位だったものの、当選に必要な50%には届かなかったため、翌10日に決選投票が行われる予定だった。マウムーン・アブドル・ガユーム元大統領の異母弟であるアブドラ・ヤミーン氏が得票率29.73%で2位、実業家のガシム・イブラヒム氏が得票率23.34%で最下位だった。

モルディブのFuwad Thowfeek選挙管理委員長は、第1回投票の前に候補者全員が同意した投票日程を順守する方針を表明していたが、最高裁は10日未明、投票開始予定時間の数時間前という土壇場で決選投票の延期を決め、政府の全関係部門に通知した。

決選投票でナシード氏とヤミーン氏のどちらに投票するべきか、自らの支援者に指示する時間が欲しいと最高裁に申し入れたイブラヒム氏は、ナシード氏の政権復帰を阻止するためヤミーン氏を支持すると表明した。

■行き詰まるモルディブの政局
新大統領を選出できないモルディブ情勢に国際社会の懸念が高まる中、当局の介入で投票が中止されたのはここ2か月で3度目となり、同国の政局は行き詰まりを見せている。

ナシード氏は9月7日の最初の投票でも首位だったが、最高裁が選挙結果を無効とした。
さらに10月19日に予定されていたやり直しの投票は、手続きが守られていなかったと判断した最高裁の新たな命令を踏まえ、警察に阻止され、モルディブ当局はナシード氏の再選を是が非でも阻止するつもりなのではないかという各国政府の疑念は強まった。

米国と英連邦はいずれも10日に予定されていた決選投票の延期に批判的な姿勢を示した。
米国務省のジェン・サキ報道官は、「選管の方針に従って2回目の投票(決選投票)を直ちに実施し、モルディブ国民が自ら選んだ大統領に導かれるかたちにするのが必要だ」と強調した。

ナシード氏のモルディブ人民主党は、大統領不在になれば憲政の危機になりかねないと警告していたが、最高裁は9日、退任するモハメド・ワヒード・ハッサン大統領が、暫定大統領として権限を維持することを認めた。

ナシード氏は2008年、複数政党制を認めた新憲法下で初の大統領選に勝利し、30年続いたガユーム氏の強権体制に終止符を打ったが、司法当局や治安部隊などの主要機関と対立し、昨年2月に辞任に追い込まれていた。【11月10日 AFP】
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ここまでくると、先述のように“司法・警察権力があの手この手を使ってナシード前大統領の復権を妨害している”としか思えません。
再度の投票延期に国連の潘基文事務総長も「重大な懸念」を示し、これ以上の遅滞なく投票が行われることを求めていると表明しています。

長期独裁政権の圧政、民主化運動の高まり、民主化政権樹立、旧勢力の抵抗によるクーデターと選挙妨害・・・と、小さな島国ではありますが、非常に興味をひかれる政情です。

イスラム世界のジレンマ
そして単に、旧勢力と民主化勢力の対立という構図だけでなく、モルディブの政情混乱にはいくつかの側面があるようです。

国際的には、9月15日ブログ「インド 周辺国に親インド政権  国内経済は不調 野党首相候補モディ氏に高まる期待」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130915)でも取り上げたように、ワヒード現政権の中国接近を警戒するインドは、ナシード前大統領を推す動きを見せており、選挙戦はあたかも「中印代理戦争」の様相を呈しているとの指摘もあります。

また、モルディブの基幹産業である観光に関するナシード前大統領による政策変更を巡って、イスラム保守派の反発やリゾートの既得権益を独占する勢力の存在などの問題が起きています。

****モルディブ観光改革にイスラム保守派が反発****
インド洋に浮かぶモルディブは世界有数の高級リゾート地だが、この5年ほど、バックパッカーも安く旅行できるようにと観光業の改革が静かに進められており、これに国内のイスラム教保守派が反発している。

モルディブを訪れる旅行者の大半は、空港のある島からスピードボートや水上飛行機を使って、青い海と珊瑚に囲まれたプライベートリゾートがある島々へ向かう。

旅行者の味わう至福の時間は、モルディブの普通の人たちの生活とは別世界だ。これは主に欧米からの観光客や新婚旅行で訪れる裕福な外国人を、イスラム教徒である地元民と隔絶させておくために無人島で過ごさせるという長年、意図的に行われてきた観光政策だ。

イスラム教国家であるモルディブでは、旅行者には異なる法律が適用される。旅行者にはアルコールや豚肉の飲食、結婚前の性交渉が許されるが、これらはすべて国民には許されていない行為だ。

「ヒッピーのような旅行者が来たら、ドラッグも一緒にこの国に入ってくるだろう。わが国はすでに麻薬の問題を抱えている」と、保守派のアドハーラス党のマウルーフ・フセイン副党首は言う。同党は08年以来、連立与党の一翼を担っている。

実際のモルディブはバックパッカーが大挙して訪れるような「ヒッピー・トレイル」からはいまだ程遠いが、マレ島やマヤフシ島では、バックパーカーが旅行しやすい環境が整いつつある。低予算の旅行者を呼び込もうとする新しい観光政策のおかげだ。

「人が住んでいるところで、旅行者のヌード姿など認めるわけにはいかない」と、フセイン氏は言う。「モスクで礼拝しているすぐ外で旅行者がビキニ姿で遊んでいると、住民から苦情が出ている」

■無人島以外でのゲストハウス経営が可能に
このような観光政策の方針転換は、2009年に同国初の民主選挙で選ばれたモハメド・ナシード前大統領の下で始まった。具体的には住民がいる島にモルディブ人自ら、ゲストハウスをオープンすることが認められた。

一方、中東やパキスタンから持ち込まれる、過激ともいえるイスラム原理主義はモルディブでも根を張りつつある。それでも、アドハーラス党のフセイン氏のような考え方はかなり非主流であり、多くの人はそのような原理主義思想を冷ややかな目で見ている。(中略)

(25歳のゲストハウス起業家である)モハメド氏は、ゲストハウス制度は「裕福な実業家ではなく普通の人たちが稼げるという点で良いシステムだ」と強調する。

■観光利権が大統領選にも反映
モルディブでは、マウムーン・アブドル・ガユーム元大統領の30年にわたる独裁支配の下、政権に有力なコネのある一握りのリゾート保有者たちが富を独占し、同国の経済を牛耳るとともに政界も仕切ってきた。

こうした財閥たちが徒党を組んで、2012年2月にナシード前大統領を退陣に追い込んだ。ナシード氏の辞任の引き金となったのは警察による反乱だが、同氏はこれを「クーデター」と呼んだ。

ナシード氏は今年9月の大統領選に出馬して第1回投票でトップに立ったが、最高裁はこの結果を無効とする判断を下した。これはアドハラス党と関係が近しい実業家で、第1回投票で敗退した同国の富豪の1人、ガシム・イブラヒム氏の申し立てを受けた結果だった。再投票は10月19日に予定されている。

ナシード氏は再び大統領に選出された場合、自分が目指す社会・経済改革の一環として、ゲストハウス制度を拡大すると公約している。「ゲストハウス事業は急速に発展している。まだまだ伸びる余地があると思う」と、彼は9月の第1回投票が行われる前に記者団に語った。(後略)【10月18日 AFP】
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話が簡単でないのは、強権支配のガユーム元大統領が、外国人に酒も提供する高級リゾートを中心とする観光振興に力を入れ、イスラム厳格派や過激派を抑圧してきたのに対し、ナシード前大統領のもとで言論の自由が広がったことでによってイスラム厳格派が影響力を増したという側面があることです。

こうしたイスラム保守派の浸透の背景には、観光業に続く産業が育たず、若者の失業問題が改善しないといった点への不満もあることが指摘されています。【10月3日 朝日より】
“観光に代わる産業が育たない中、都会に押し寄せた若者は職にあぶれ、違法薬物に走る。「楽園とスラム。モルディブには二つの国が存在する」と住民は語る。”【9月16日 時事】

イスラム世界で強権支配が倒れ自由が拡大するとイスラム保守派・原理主義勢力が拡大するという、中東の「アラブの春」でも見られる現象です。

モルディブは、そうしたイスラム世界のジレンマの縮図としても注目されます。
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