(中央アフリカに駐留していたフランス軍=2014年7月、南西部ボダ(AFP=時事)【11月2日 時事】)
【「忘れられた人道危機」】
文字通り広大なアフリカ大陸のど真ん中に位置する中央アフリカでは、2013年からイスラム武装武装勢力「セレカ」と政府軍の戦闘、セレカの首都制圧・大統領失脚、フランス軍の介入、キリスト教系女性大統領の誕生、キリスト教民兵「反バラカ」による報復・・・といった内戦による混乱が続き、「忘れられた人道危機」とも言われていました。
一応、2014年7月に、戦闘を続けていたイスラム教徒とキリスト教徒の双方武装勢力が停戦に合意した形にはなっています。
イスラム教徒とキリスト教徒の対立という側面で語られることが多い中央アフリカの紛争ですが、どこの紛争でもそうですが、宗教の問題だけでなく、民族の問題、格差の問題、政府の統治能力の問題などが複合的に絡んだ事態を悪化させています。
****中央アフリカの戦闘は宗教紛争か、深層に民族対立 悪政 嫉妬*****
中央アフリカで起きた血みどろの紛争は、アフリカ大陸各地で宗教間の対立が起きていることを反映して、イスラム教徒とキリスト教徒の戦いだと捉えられがちだ。
しかし専門家たちは、この紛争の真の原因は、民族や階級間の闘争、そして腐敗した政治のせいだと分析する。チャドやスーダンから移住してきて成功を収めたイスラム教徒の貿易商たちへの嫉妬、パワーポリティクス、さらには中央アフリカが奴隷貿易の主要な中継地点だった頃から続く緊張が、すべて絡み合って現在の紛争につながっていると専門家たちは指摘する。
中央アフリカ福音教会連盟のニコラ・ゲレコヤム・ガングー(Nicolas Guerekoyame Gangou)代表は、「彼らは若者を操って殺人をさせている。失った権力を取り戻したいからだ」と言う。「キリスト教徒とイスラム教徒はずっと一緒に暮らしてきた。だが戦争をあおるような政治家たちの発言から、紛争が起きる前から私たち宗教指導者たちは戦争の足音を感じていた。背後で糸を引き、宗教対立のように見せかけているのは政治家たちだ」
今回の紛争は2013年3月、主にイスラム教徒からなる武装勢力連合「セレカ」が首都バンギを制圧し、フランソワ・ボジゼ大統領(当時)を失脚させたことが始まりだ。これに対し、キリスト教徒を中心としたボジゼ氏支持派の「反バラカ」と呼ばれる民兵組織が台頭し、イスラム教徒に復讐。以降、双方が虐殺、レイプ、略奪と血みどろの報復合戦を繰り広げた。
セレカはおおむね中央アフリカの北部と東部の出身者と、隣国のスーダンとチャドからやって来た主にイスラム教徒の戦闘員から構成されている。一方の反バラカは、主にボジゼ氏の出身部族で、中央アフリカの中部と南部出身のムバヤ(Mbaya)人から構成されている。
しかしセレカ、反バラカのいずれも、お守りや魔除けを使うなど精霊信仰が強く、専門家たちはお互いの憎悪は宗教ではなくもっと何か深いものに根差していると考えている。
■「宗教的対立」だけではない
セレカの元幹部で現在は大統領顧問になっているアブドゥレイエ・ヒセーヌ氏は、この紛争を宗教間対立という表現だけで片付けるのは「まったくの間違いだ」と語る。「モスクを破壊しているのは、本当のキリスト教徒ではないし、教会を攻撃しているのも本当のムスリムではない。彼らは平和の敵にカネを渡された個人だ」
ボジゼ政権で大臣を務め、現在は反体制勢力のメンバーになったジョゼフ・ベンドゥンガ氏は、紛争は「悪いガバナンス、民主主義の軽視、腐敗、人権侵害」のせいで発生したと語る。
専門家たちは、人口のほぼ50%をイスラム教徒が占めている隣国チャドも、中央アフリカの紛争の原因を作ったとして非難している。チャド政府は2003年、フランスや周辺国の支持を得て中央アフリカのクーデターを支援し、ボジゼ氏を大統領の座に就けた。だが10年後には、そのボジゼ氏を失脚させたセレカを支援しているとして、チャドは非難されている。
中央アフリカにはダイヤモンドや金など天然資源があるが、長年の失政によって国の発展は遅れたままだ。そんななか、主にチャドやスーダンからのイスラム教徒の貿易商たちがダイヤモンド採掘の拠点や陸運業を支配し、中央アフリカの他の国民よりも豊かな暮らしをしてきた。
彼らの成功は、首都バンギに最後に残ったイスラム教徒の居住区「PK-5」を見れば明らかだ。この商業地域にイスラム教徒たちは大きな店を所有しているが、小作農たちはここの通りでキャッサバやサツマイモを売るためにやってくる。
現地人とのこのような社会経済的な格差は、西アフリカではレバノン系住民との間で、東アフリカではインド系住民との間で見られる。このような格差が生み出した嫉妬心が、社会の秩序が失われた時に暴力という形で噴出するのだ。【2014年7月29日】
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イスラム教徒の中の富裕層はごく一部で、大多数はキリスト教徒同様の貧困者でしょうから、上記の“格差”分析がどこまで適切なのかはわかりません。
【「アフリカの憲兵」フランスの軍事介入】
フランス・オランド政権は、やはり2013年1月に旧植民地マリの混乱に軍事介入しており、その華々しい成果と住民歓迎の余勢をかって旧植民地・中央アフリカにも‟果敢に”介入した・・・というイメージもあります。
また、「世界の警察官」に乗り気でないアメリカは、アフリカはフランスに任せた・・・という感も。
フランスがアフリカに介入するのは、「人道上の配慮」の他、現地に有する利権維持という側面が多々ありますが、「アフリカの憲兵」としてのいろいろな思惑もあるようです。
****中央アフリカにフランスが軍事介入した3つの理由****
12月6日、フランスが国連安全保障理事会に提出していた、中央アフリカ共和国に部隊を派遣する提案が決議され、フランス軍1200名の他、アフリカ各国の軍隊から3600名を派遣することが決まりました。
フランスはかつてフランス領だった国を中心に安全保障協力を続けており、今年に入っての部隊派遣は1月のマリに続き2回目です。その名の通り、アフリカ中央部に位置する小国で、なぜフランスは軍事介入に踏み切ったのでしょうか。(中略)
フランスは「アフリカの憲兵」
フランスが部隊を派遣する背景には、人道的なもの以外に、大きく三つの理由があげられます。第一に、旧植民地はフランスにとって、重要な支持基盤であることです。治安の回復は、「アフリカの憲兵」としての存在感にとって不可欠です。
第二に、戦闘が拡大することの予防です。最近のアフリカではイスラム過激派の活動が活発で、一国の内乱は周辺国に容易に飛び火しがち。状況がより悪化させないようにすることが、介入の決定に繋がったといえます。
第三に、経済的、人的な結びつきです。中央アフリカからみてフランスは最大の貿易相手国で、ウラン鉱山の開発などがフランス企業によって進められています。在留フランス人も多く、フランス軍は3月の段階でこれを保護するために400人規模の部隊を既に派遣していました。
軍事介入で安定するのか
もっとも、ボジゼ氏の亡命までは、財政的な理由や国内世論への配慮もあり、フランスのオランド大統領は部隊派遣に消極的な姿勢をみせていました。しかし、上記三つの理由に加えて、やはり部隊を派遣するチャドなど周辺国の装備が必ずしも充分でないこともあり、今回の派遣に至ったのです。
散発的な戦闘があったものの、フランス軍はバンギなど各地の治安を回復させ、セレカの武装解除にも着手。また、フランスの国連大使は2014年後半までに選挙を実施することが望ましいと述べており、今後ジョトディア政権との交渉が加速するとみられます。
しかし、中央アフリカでは選挙が実施されても、貧困や汚職を背景に、その度に武装勢力が現れてきました。これに鑑みれば、軍事介入で一時的に治安が回復したとしても、その前途は多難と言わざるを得ないでしょう。【2013年12月17日 国際政治学者・六辻彰二氏 THE PAGE】
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【収まらない混乱 不祥事が絶えない国連PKO】
“軍事介入で一時的に治安が回復したとしても、その前途は多難と言わざるを得ないでしょう”という予測のように、停戦合意でいったんは小康状態になったようにも思われたのですが、最近再び混乱・衝突の話を聞きます。
****中央アフリカ、民兵組織が民間人を襲撃 30人死亡****
中央アフリカ中部のカガバンドロで12日、イスラム教徒を中心とする民兵組織が民間人を襲撃し、30人が死亡、57人が負傷した。 国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション(MINUSCA)が13日発表した。
かつて武装勢力連合「セレカ」だった組織の1人が他の3人と共に地元ラジオ局から発電機を盗もうとして殺害されたことをきっかけに襲撃が起きた。民兵は国連(UN)やNGOの施設の構内で略奪も行った。平和維持軍が急行して民兵12人を殺害した。
世界の貧困国の一つ、中央アフリカでは2013年3月、イスラム教徒を主とするセレカによって、キリスト教徒のフランソワ・ボジゼ大統領が失脚させられて以降、宗教間の対立が激化し、1万2000人規模の国連平和維持軍が派遣されている。武装勢力は首都バンギからは駆逐されてきたが、地方部では今も事件を起こしている。
国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、現地の情勢のため12万人への食糧支援、また7万人以上の国内避難民支援に支障が出ている。【10月15日 AFP】
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昨年末には、イスラム教徒主体の武装勢力が北部カガ・バンドロを拠点とする自治政府樹立を一方的に宣言、分離独立を目指す意向を明らかにしており、中央暫定政府は国際社会の介入による独立阻止を訴えていました。
フランス軍とともに現地の安定化にあたる国連PKOにも不祥事が相次いでいます。南スーダンの“PKO失敗”と同様に、国連PKOの在り方が問われています。
****中央アフリカPKO 性的不祥事、派遣国を公表・・・・国連****
国連は1月29日、中央アフリカの国連平和維持活動(PKO)部隊による未成年者への性的不祥事が新たに6件発覚し、バングラデシュ、コンゴ民主共和国、モロッコ、ニジェール、セネガルから派遣された要員が関わっていたことを明らかにした。
<国連>PKO要員また少女暴行の疑い
中央アフリカではPKO要員による現地住民への性的不祥事が相次いでいるが、問題を起こした要員の派遣国が公表されたのは初めて。国連は5カ国のうちコンゴ民主共和国について、派遣前の教育が不十分として、全要員を送り返すことを決定している。
今回のケースを含め、2015年に中央アフリカで起きた性的不祥事は22件に上る。世界各地で展開中の16のPKO全体では、計69件(前年比18件増)が確認されている。潘基文(バン・キムン)事務総長は近く、要員の派遣国名を含む報告書を発表する。
派遣国名の公表や要員の送還は、事務総長が昨年9月に発表した再発防止策の一環。29日に記者会見した国連のバンバリー事務次長補は「被害者支援、責任の追及、再発防止に全力を挙げている」と述べた。
一方、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は29日、中央アフリカで14年に7〜16歳の少女や少年計6人がフランス軍や欧州連合(EU)部隊の性的虐待などに遭っていたことを明らかにした。7歳の少女は水やクッキーと引き換えに、フランスの要員が求める性行為に応じていたという。【2016年2月1日 毎日】
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【「ミッション完了」で仏軍撤退 “早すぎる”“見捨てられた”の声も】
こうした状況で、フランスは10月末で軍の撤退を完了させました。
フランスのルドリアン国防相は「ミッション成功による撤退だ」と説明しています。
このフランス軍撤退には“早すぎる”“見捨てられた”との懸念・批判もあります。
****仏軍、完全撤退=「早過ぎる」と懸念も-中央アフリカ****
フランスは10月31日付で、治安維持のため2013年から中央アフリカに派遣していた軍の撤退を公式に完了した。
ただ、前日の30日には、首都バンギのイスラム教徒地区「PK5」で武装勢力同士の衝突により約10人が死亡、中部でも衝突で警官6人を含む計25人が犠牲になったばかり。中央アフリカの政治家らからは「撤退は早過ぎる」と治安悪化を懸念する声が上がっている。
ルドリアン仏国防相は中央アフリカの議会で演説し「両国の軍事関係が終わるという意味ではない。仏軍の活動は目には見えないものになるが、今後も活発であり続ける」と強調。「軍事作戦の遂行を誇りに思う」と自賛した。
今後は平和維持活動(PKO)の「国連中央アフリカ多元統合安定化派遣団(MINUSCA)」が単独で治安維持活動を継続する。【11月2日 時事】
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****フランス軍に見捨てられた中央アフリカ****
中央アフリカで暴力が激化しているにもかかわらず、旧宗主国のフランスは先週、治安維持のために派遣していた軍の撤退を完了した。フランスのルドリアン国防相は「ミッション成功による撤退だ」と説明。
だが武装組織による衝突で先月だけで約65入の犠牲者が出るなど、治安は悪化しているのが現実だ。
中央アフリカのメカスア国会議長は仏軍の撤退について「懸念材料だ」と表現。武装勢力を「挑発」して、さらなる暴力を招きかねないと語った。(中略)
フランスは13年に軍を派遣。国連も平和維持活動(PKO)部隊を駐留させているが、国連軍には不祥事が絶えない。14年にはPKO要員による未成年者へのレイプ容疑が発覚している。
フランスのパルス首相は「見捨てるわけではない」と言うが、中央アフリカの人々はまさに見捨てられた気分だろう。【11年15日号 Newsweek日本版】
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フランス・オランド政権としては、介入当初の成果があがる時期はフランス国内での政権支持率向上に一定に効果がありますが、国民の関心もなくなった今は現地駐留はお荷物になるだけ、泥沼に引きずり込まれたらかなわない・・・という話かも。
【「欧州へ行く飛行機代もなく、内陸国で海も渡れない」】
「忘れられた人道危機」で“難民にもなれない人々”の苦境を訴える声も。
****「注目されない惨状知って」=少年兵解放に尽力―中央アフリカ勤務のユニセフ職員****
ダイヤモンドなど豊富な地下資源に恵まれながら、1960年の独立以来クーデターが頻発し慢性的に政情不安を抱える中央アフリカ。
武装勢力に徴用された少年兵の解放に尽力した国連児童基金(ユニセフ)中央アフリカ事務所の小川亮子・子どもの保護専門官(36)が東京都内で時事通信のインタビューに応じ、「シリアのように派手な空爆などがないために注目されない惨状を知ってほしい」と訴えた。
2014年2月から首都バンギで勤務。ユニセフによると、国民の38万人が国内避難を余儀なくされ、さらに46万人がカメルーンや南スーダンなどの周辺国で難民生活を送っている。「周辺国も安全とは言い難い。貧困にあえぐ国民は欧州へ行く飛行機代もなく、内陸国で海も渡れない」と話す。
国内では、イスラム教徒主体の反政府勢力「セレカ」とキリスト教徒主体の民兵組織「アンチ・バラカ」との間で報復合戦が続き、民間人に多数の死傷者が出ている。「単純な宗教対立ではない。地下資源を狙う諸外国がそれぞれの武装勢力を陰で支援していることが、泥沼化に拍車を掛けている」とみている。
今年4月まで、6000〜1万人いるとされる少年兵の解放プロジェクトに携わった。子どもたちへの聞き取りで「恐怖心を克服するために薬物を投与されたり、敵の血を飲めば死なないと信じ込まされたりする」という惨状を目の当たりにした。両親を目の前で殺され復讐(ふくしゅう)を誓って自ら志願して組織に入るケースが一番多いという。家族全員を殺害され家を失い、村を襲った武装勢力に入るしか生きるすべのなかった子どももいた。
昨年5月、バンギでユニセフが主導した和平フォーラムでは、武装勢力10団体との間で少年兵の解放で合意。その後行われた式典では、300人以上の少年兵が解放された。「困窮しているのに身寄りのない子どもを受け入れてくれる里親家族がいたことに感動した」と話す。
今年3月、トゥアデラ元首相が大統領に就任した。国民の受け止めは「期待と不安の入り交じった様子」だという。小川さんは「資源を狙う外国に搾取されないよう安定した政権をつくらなければ、惨状に終わりはない」と強調した。【10月1日 時事】
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「忘れられた人道危機」が「見捨てられた人道危機」にならなければいいのですが。
軍事介入で一定の成果を出すのは比較的容易ですが、永続的な安定政権を確立するのは非常に困難なミッションです。
本来は国連が中核となってあたるべきところですが、現在の国連にその機能・能力がないのは周知のところです。では、どうすれば・・・。
アフガニスタンなども、早晩“見捨てられる”運命でしょうか。