(今回拘束されたクルド系政党・国民民主主義党(HDP)の共同党首のセラハッティン・デミルタシュ氏(右)、フィゲン・ユクセクダー氏(手前左、2016年1月24日撮影)【11月4日 AFP】)
【終わりの見えないトルコの粛清】
トルコ・エルドアン大統領による、7月に起きたクーデター失敗後の“粛清”が止まりません。
クーデターを企てたとされるギュレン師と関係があるとみなされた軍・警察・司法・教師・メディアなどで、数万人単位の停職・解雇・逮捕が事件後から続いています。
こんなに大量にパージして、社会がまともに機能するのだろうか?と訝しく思えるほどの規模です。
****トルコ、新たに1万人の公務員解雇 メディア取り締まりも強化****
トルコ当局は29日、7月のクーデター未遂事件の首謀者とみなす米国在住のイスラム指導者ギュレン師やテロ組織との関連が疑われるとして、新たに1万人の公務員を解雇し、15以上のメディアを閉鎖したと官報で明らかにした。
クーデター未遂後の取り締まりで、10万人以上が解雇や停職処分を受け、3万7000人が逮捕された。エルドアン大統領は、ギュレン師の支持者を国の組織から一掃することが重要と述べている。
官報によると、今回解雇されたのは、研究者や教員、医療従事者、刑務所の看守、法医学の専門家など。閉鎖されたメディアも、7月以来160社近くとなった。
野党は、こうした動きこそクーデターだと批判。主要与党共和人民党(CHP)のセズギン・タンリクル氏は、「政府とエルドアン大統領が今していることは、法と民主主義に対する正にクーデターだ」とツイッター上に投稿された放送で述べた。
また、トルコの裁判所は30日、テロ組織のメンバーである可能性があるとして、クルド人が多数派を占める南東部ディヤルバクルの共同市長2人を、5日間の拘束の後、正式に逮捕した。情報筋が明らかにした。【10月31日 ロイター】
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粛清の対象は、ギュレン派というよりは、エルドアン大統領に批判的な勢力全般に及んでいます。当然に、その矛先は政権に批判的なメディアに及びます。
****トルコ、大手紙幹部を拘束 報道に圧力、国際社会が懸念****
イスタンブールの検察当局は10月31日、政権に批判的な論調で知られるトルコの大手日刊紙「ジュムフリエット」の編集幹部ら関係者に対し、テロ組織を支援した容疑で捜査を始めたと発表した。トルコメディアによると、編集長ら計16人に拘束命令が出されたという。
トルコでは政府による報道機関への締め付けが強まっており、国際社会の懸念が強まっている。
トルコメディアによると、拘束命令が出された16人は、ムラット・サブンジュ編集長や最高経営責任者のアクン・アタライ執行取締役会長ら。31日朝、アタライ氏ら関係者の自宅が捜索され、同日午後2時までにサブンジュ編集長や記者ら計10人が拘束された。
前編集長で、現在は国外にいるジャン・ドゥンダル氏にも拘束命令が出された。ドゥンダル氏は2014年1月に武器や弾薬を積んで、トルコからシリア反体制派の過激派組織に武器を密輸しようとした情報機関のトラックとされる映像を、15年5月に報道。同年11月にスパイ容疑で逮捕された。今年5月、「政府の秘匿すべき情報を公表した罪」で有罪判決を受け、最高裁へ上訴中だった。
検察当局の発表によると、拘束命令の対象者は、政府が7月に起きたクーデター未遂事件の「首謀者」とする米国在住のイスラム教指導者ギュレン師の信奉者団体や、少数民族クルド人の非合法武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)を支援した疑いがあるという。
これに対し、朝日新聞の取材に応じた同紙のヒラル・キョセ記者(36)は「ジュムフリエットはテロ組織とは全く関係ない。これまでも同様の疑惑を持たれたが、すべて潔白が証明された。今回の捜査は、ジュムフリエットの政府に対する批判を封じる目的だ。私たちはジャーナリストとしての信念を貫く」と反論した。
ジュムフリエット紙はトルコ共和国建国翌年の1924年創刊。世俗派の野党第1党、共和人民党と政治的立場が近い。今年9月、「もう一つのノーベル賞」と呼ばれるスウェーデンの国際賞「ライト・ライブリフッド賞」を受賞し、「圧迫、検閲、投獄、死の脅迫に直面しながら、恐怖に屈しない調査報道と表現の自由への責任」を称賛された。
トルコでは政府による報道機関への圧力が強まっている。7月には、ギュレン師とその信奉者団体に「関係がある」と政府が判断した新聞、テレビなど131社に閉鎖を命令。9月にはクルド系などの新聞とラジオの23社、10月にはクルド系の新聞、通信など15社に閉鎖を命じた。
トルコは、国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)の最新の「報道の自由度ランキング」で180の国・地域中151位に低迷。米NGO「フリーダムハウス」(本部・ワシントン)の最新の報道自由度調査でも71点(0点最高、100点最悪)で、「ジャーナリストが暴力や脅迫に直面することが急増している」と指摘された。
また、トルコ政府は10月29日、7月のクーデター未遂事件に関連し、軍や教育関係などの公務員約1万人を新たに解雇したと発表した。【10月31日 朝日】
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【クルド系市長、クルド系政党指導者拘束で、あらたな段階に】
ギュレン派、政府に批判的な勢力と並んで、“粛清”の重要な対象が、反政府勢力PKKとの関係を疑われたクルド人関係者です。
****トルコ、クルド人地域最大都市の市長2人を勾留 抗議デモ続く****
トルコの裁判所は30日、クルド人が多数を占める南東部の最大都市、ディヤルバクル市の共同市長2人について、非合法武装組織「クルド労働者党(PKK)」の「テロリスト」活動と関係しているとして勾留を命じた。
2人は、2014年に共に選出されたギュルタン・クシャナク、フィラト・アンル両共同市長。ディヤルバクル市の裁判所が出した声明は両氏について、「武装テロ組織」に所属し後方支援を提供した疑いがあるとしている。
2人は25日夜から警察に留置されており、南東部ではこれに反発する暴動も起きていた。AFP記者によれば、30日にもディヤルバクルや最大都市イスタンブールで市長2人の釈放を要求する数百人規模の抗議デモが発生。警察が催涙弾を使用して排除に乗り出す騒ぎとなった。
クルド系主要政党、国民民主主義党(HDP)のセラハッティン・デミルタシュ共同党首は、ディヤルバクルの市庁舎近くに集まった約500人を前に演説し、市長2人は「人質に取られた」としてトルコ当局を非難した。【10月31日 AFP】
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その矛先はついに、クルド系主要政党、国民民主主義党(HDP)の党首に及びました。
****トルコ、クルド系政党の共同党首2人を拘束 「テロ捜査の一環」****
トルコの警察当局は4日、クルド系主要政党、国民民主主義党(HDP)の共同党首2人と複数の国会議員の身柄を拘束した。地元メディアは党首2人の拘束についてテロ捜査の一環と伝えている。トルコでは7月15日に起きたクーデター未遂を受けた取り締まりに拍車が掛かっている。
トルコ半国営のアナトリア通信によると、HDPのセラハッティン・デミルタシュ共同党首は南東部ディヤルバクル(Diyarbakir)市にある自宅で、フィゲン・ユクセクダー共同党首は首都アンカラでテロ捜査に関連してそれぞれ拘束された。
2人の拘束はHDPに対する大規模な捜査の一環とみられる。HDPはトルコ国会で59議席を有する第3党。過去数か月、2人は複数の別々の事案で捜査対象となっていたが、拘束されたのは今回が初めて。
地元民間テレビ局NTVによると、2人は非合法武装組織「クルド労働者党(PKK)」の宣伝を拡散した疑いが掛けられている。アナトリア通信はデミルタシュ氏について、2014年10月に発生し死者を出した抗議デモで暴力を引き起こした嫌疑があると報じている。
同通信によると、2人は検察から求められた文書提出に応じなかったという。NTVはトルコ内務省の情報として、共同党首2人の他にHDPの国会議員9人が身柄を拘束されたと伝えている。【11月4日 AFP】
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こうしたクルド系を狙い撃ちにした粛清に対する報復テロもすでに起きています。
クルド人が多数派を占めるトルコ南東部ディヤルバクルの警察署近くで4日、自動車爆弾によるとみられる大きな爆発があり、8人が死亡、およそ100人がけがをしたと報じられています。
この事件に関して“地元のメディアは、HDPへの締めつけに対するクルド系武装組織による報復と見られると伝えています。”【11月4日 NHK】とも。
当然ながら公党である国民民主主義党(HDP)はクルド労働者党(PKK)との関係は否定しており、テロにも反対する立場です。
2015年6月の総選挙では、“クルド色を薄め、リベラル系や若者の支持を取り込むに成功し、阻止条項(有効得票10%以上)を上回る13.1%を得て80議席を獲得、選挙前の29議席から大きく躍進する結果となった”【ウィキペディア】という躍進で、エルドアン大統領率いる与党AKPの過半数割れの原因となりました。
その後、エルドアン大統領は、連立協議不調を理由に出直し選挙に打って出て、同年11月の総選挙ではAKPは過半数を回復しました。HDPは6月選挙の80議席からは後退しましたが、足切りラインをクリアして59議席の第3党を維持しています。
PKKとの関係を否定するHDPですが、同じクルド人を基盤とすることから“HDPは武装組織とは距離を置いているとしていますが、政党の支持者の一部は武装闘争も支持しているとされています。”【11月4日 NHK】
まあ、それはそうでしょう。
しかし、人口7500万人ほどのトルコにあって、クルド人は“1,400~1,950万人と言われている”【ウィキペディア】とのことで、この少数民族というには大きすぎる勢力をいかに引き寄せるかがトルコ政治の重要ポイントともなります。
エルドアン大統領もそうした思惑から、クルド人に融和的な施策をとることで、従来はクルド人を“票田”としてきました。
PKKによるテロ活動の頻発に加え、昨年来のHDPの台頭でクルド人がクルド民族主義の方向で結集するのを防ぐ意味からも、HDPへの強硬姿勢で臨んでいると思われますが、公党の指導者や自治体トップの拘束にまで踏み込んだことで、結果的にクルド人を反対側へ押しやることにもなり、国家の民族的分断を招くことが懸念されます。
【変質する“民主主義” EU加盟はもはやなく、NATO脱退も議論に】
ギュレン派やPKKとの関係を名目にした一連の大規模粛清は、エルドアン大統領に批判的な勢力の一掃・封じ込めにほかならず、世間ではこうした政治を“独裁”“強権政治”と呼びます。
トルコはケマル・アタチュルク以来の世俗主義により、一時はイスラム世界における民主主義のモデルケースとして評価されていましたが、もはや、その“民主主義”は大きく変質していると言わざるを得ません。
長年、トルコはEU加盟を求めてきましたが、“現在の弾圧は法の支配の尊重ではない。ハンガリーのような不完全なEU国と比較しても、EU加盟候補国、エルドアンのトルコは民主主義を逸脱している。”(10月5日 フィナンシャル・タイムズ紙社説)【11月4日 WEDGE】というエルドアン大統領の選択は、もはやEU加盟などは眼中にないということでしょう。
ただ、トルコはNATO加盟国であり、重要な位置を占めています。
“トルコは地政学的に欧州と中東、ロシアと中東の間に位置する重要国です。シリア問題、シリアからの難民問題、イラク問題(モスルをイスラム国から奪還した後、シーア派民兵の出方によっては、トルコは介入する恐れがあります)、クルド問題などへの対処において、トルコの役割は必要、不可欠です。”【11月4日 WEDGE】
しかし、欧米の強権政治批判、さらには、アメリカのシリアにおけるクルド人勢力との連携に不満を強めるエルドアン大統領は、EU加盟が眼中にないだけでなく、NATOすら脱退しかねない・・・・との指摘もあります。
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トルコが北大西洋条約機構(NATO)からの脱退の動きを加速させそうだ。
米国との関係が冷え込む中で、エルドアン大統領が決断すればすぐにでも脱退に向けた動きが具体化する。
また米大統領選挙でクリントン人統領候補がクルド人武装勢カヘの武器供与などについて言及している。そのため、クリントン氏が当選した場合、いよいよ脱退が現実味を増す。【「選択」11月号】
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欧米と決別するのはいいとして、その後どこに向かうのか? アラブ中東世界に軸足を置くのか?ロシア、あるいは中国との関係を強化するのか?さすがにエルドアン大統領もそこまで踏み込むのは容易ではないとは思います。
しかし、クルド人問題が絡むシリアでのトルコ・アメリカ関係は相当にギクシャクすることが予想もされます。
また、エルドアン大統領はロシア・プーチン大統領との関係を改善しつつありますので、その線での独自路線も表面化するかも。