
(2017年9月、テヘランの広場に設置されたミサイル【4月10日 ロイター】 ミサイル開発は、イラン・イラク戦争の悲惨な記憶を抱えるイランにとって安全保障上の“核心”であり、制限は困難とも)
【5月のイラン核合意破棄に向かって突き進むトランプ政権】
アメリカでは、イラン核合意に基づく経済制裁解除を継続するかどうか定期的に大統領が判断する仕組みになっており、オバマ前大統領のレガシーでもある核合意に否定的なトランプ大統領のもとで、今年1月の見直し時期も相当に危ぶまれながらもなんとか制裁再開が見送られ、かろうじて核合意が維持されました。
ただし、「これが最後だ。合意の欠陥が修正できなければ、核合意を終わらせる」とも。
****トランプ大統領 イラン核合意は維持も強硬姿勢鮮明に****
(中略)アメリカのトランプ大統領は、12日、声明を発表し、アメリカがイラン核合意に基づいて解除しているイランに対する経済制裁について制裁の再開を見送り、核合意は当面維持される見通しとなりました。
核合意に参加したヨーロッパなど関係国や、トランプ政権内部からも合意の維持を求める声が相次いでいたと伝えられていて、トランプ大統領としては、こうした意見に配慮したものとみられます。
一方で、トランプ大統領は、今の核合意は失敗だと非難し、核施設への査察の強化や、ミサイル開発の制限などが必要だと主張したうえで、「これが最後の機会だ。私はヨーロッパ諸国に合意の欠陥の修正を呼びかける。修正できなければ、核合意を終わらせる」として今後、核合意からの離脱も辞さない構えを示し、イランやヨーロッパ諸国を強く警告しました。【1月13日 NHK】
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そして、来月12日が次の見直し時期になりますが、流れは制裁再開に向かっています。
トランプ大統領は3月には、「イラン核合意などいくつかのことで意見が合わなかった」ということで、核合意維持を主張していたティラーソン国務長官を解任し解任し、後任には対イラン強硬派のポンペオ氏を起用、また、安全保障担当大統領補佐官には、マクマスター氏に代えて、かつて「イランの爆弾を止めるには、イランを爆撃せよ」と主張していたボルトン氏を起用・・・ということで、5月の制裁再開に向けた布陣を進めているようにも見えます。
ポンペオ氏は上院外交委員会で行われた指名承認公聴会で、イラン核合意の「修正」を支持する考えを示したうえで、15年の締結前にイランが核開発を「急いでいた」とは考えておらず、合意が破棄されても核開発を急ぐ状況にはならない見通しだと指摘しています。【4月13日 ロイター】
下院でも・・・
****イラン追加合意、不成立なら離脱 ポンペオ氏表明****
ポンペオCIA長官は12日、イラン核合意について「修正が米国の国益にかなうことだ」と公聴会で述べた。
マティス国防長官も下院軍事委員会の公聴会で「修正が必要だ」と発言、トランプ大統領が核合意離脱・破棄の判断期限に設定している5月12日に向け英仏独3カ国などと「追加合意」に向けた検討を続けたい考えを示した。
イランが2015年に米欧など主要6カ国と結んだ核合意に関しトランプ政権は、一定期間後に核開発制限が解除される「サンセット条項」の撤廃や核関連施設への査察強化などを反映した追加合意を求め、実現しなかった場合は合意を離脱し対イラン制裁を再発動する考えを示している。
ポンペオ氏は「まだ1カ月の時間が残されている」としつつ、「大統領は考えを明確に示している」と指摘した。
一方、マティス氏は、修正に関し「同盟国と緊密に連携している」と述べ、離脱の是非については現時点での論評を避けた。【4月14日 毎日】
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ボルトン氏は最近でも「(イラン核合意は)米国にとっては戦略上、大失敗だったと思う。表面をいじることは常に可能だが、豚に口紅を塗って実際に何か変わるのだろうか。答えは明らかに『ノー』だと思う」(3月20日、FOXニュースでの発言)と語っています。【3月24日 Bloombergより】
****トランプ米大統領、5月にイラン核合意破棄も=上院外交委員長****
米上院外交委員会のボブ・コーカー委員長(共和党)は18日放送の米CBSの番組で、トランプ大統領が5月にもイランとの核合意を破棄するとの見方を示した。
コーカー氏は「欧州の関係国が枠組み維持に本気で取り組まなければ、大統領は離脱を決めると思う」と発言した。
ロイターが確認した機密文書によると、英国、フランス、ドイツは、大陸間弾道ミサイル実験などを理由に欧州連合(EU)として新たな対イラン制裁を提案し、米国を核合意につなぎ留めようとしている。
トランプ大統領は1月、欧州関係国がイラン核合意の欠陥修復に合意する必要があり、そうでなければ制裁を再開すると表明。トランプ氏が5月12日に制裁停止措置を延長しなければ、制裁は再開されることになる。【3月19日 ロイター】
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一方で、こうした制裁再開・核合意破棄に向かう流れに反対し、核合意維持を求める声も。
****米の外交安保専門家118人 イラン核合意の維持求める声明****
(中略)トランプ大統領は、今月、ティラーソン国務長官を解任し、後任に保守強硬派のCIAのポンペイオ長官を指名したのに続いて、安全保障担当のマクマスター大統領補佐官も交代させ、後任にイランや北朝鮮への武力行使も排除しない姿勢のボルトン元国連大使を起用すると発表しました。
これを受けて、ペリー元国防長官やスコウクロフト元大統領補佐官など共和・民主の外交安全保障の専門家118人は、トランプ政権がイランの核合意から離脱するおそれがあるとして、合意の維持を求める声明を発表しました。
声明は、核合意が国際社会の監視のもとイランの核開発に厳しい制限を課していると評価しているほか、アメリカが離脱することにヨーロッパの同盟国が反対していることや、北朝鮮の核交渉にも悪影響を与えかねないことなど10の理由を挙げて、トランプ政権に核合意の維持を求めています。
声明に署名した元高官は、一連の人事の刷新で外交安全保障のタカ派色が強まり、核合意から離脱しないようトランプ大統領を説得できる側近もいなくなったとして、強い懸念を表明しています。【3月28日 NHK】
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なお、ムニューシン米財務長官は11日、トランプ米大統領が5月12日に対イラン制裁の停止措置を解除すると決定したとしても、2015年のイラン核合意からアメリカが離脱することを必ずしも意味するわけではないとの見方を米下院歳出委員会の公聴会で示しています。【4月12日 ロイター】
【EU:ミサイル開発に関する制裁案協議は難航】
トランプ大統領が特に問題視している、現在の核合意にミサイル開発制限が含まれていないことに関して(もともと核開発とは別物ですから)、核合意の維持を希望する欧州は英独仏を中心に、核合意とは別枠でミサイル開発制限に向けた制裁を取りまとめることでトランプ大統領をなんとかなだめようとしていますが、うまくいっていないようです。
****<EU>イラン制裁見送りの公算大 外相会議で制裁案協議へ****
欧州連合(EU)は16日に外相会議を開く。イランの弾道ミサイル開発に関連し、英独仏提示の制裁案が協議されるが、複数のEU外交筋によると合意は見送られる公算が大きい。3カ国は制裁案について、米国をイラン核合意から離脱させないための説得材料と位置付けていた。
トランプ米大統領は2015年に米欧など6カ国とイランが結んだ核合意に弾道ミサイル開発の制限が含まれていない点などを問題視。修正ができなければ離脱すると表明し、欧州側に再交渉を求めた。
この日のEU外相会議は、トランプ氏が設定した5月12日の期限までに加盟国の外相が公式に集まる最後の機会だった。
英独仏とEUは核合意とミサイル開発は「別の問題」という立場だ。また核合意本体の修正には、共に署名した中露とイランも応じる可能性が極めて低い。
このため3カ国はミサイル開発やシリア内戦でのアサド政権への支援をめぐり、イランの軍事関係者を対象にした資産凍結などの制裁案をフランスが主導して3月中旬にまとめ、EU加盟国に提示して協議を続けてきた。
制裁決定はEU28加盟国の全会一致が条件だが、複数のEU外交筋によると、イタリアなどが反発している。核合意に基づくイランへの制裁解除による経済便益の影響が背景にあり、トランプ氏の説得材料にならないとしてオーストリア、スウェーデンなども反対する。
英独仏は外相会議で決裂した場合でも加盟国との協議を続け、特例の手続きも視野に来月12日までに合意につなげたい意向だ。
またフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相は今月下旬にそれぞれ米国を訪問し、トランプ氏に核合意を維持するよう説得する。【4月16日 毎日】
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【イラン・イラク戦争の“トラウマ”からミサイル開発制限には応じないイラン】
ただ、EUが経済制裁などを背景にイランのミサイル開発に制約を加えようとしても、イランがこれに応じる可能性は低いとも指摘されています。
日本や欧米などではあまり意識されていませんが、イランにとって深刻な“トラウマ”ともなっているのは、イラン・イラク戦争において、イラク・フセイン元大統領によるミサイル攻撃によって多大の犠牲を出しながら、イラン側にはこれに応戦するミサイルが1発もなく、どの国もイランを支援してくれなかった・・・という記憶です。
昨年7月にイランを旅行しましたが、道路わきにイラン・イラク戦争で犠牲となった若者らの肖像が延々と並んでいる光景に、そのあたりの深い傷跡を感じました。
****迫る核合意見直し期限、イランが交渉に応じない理由****
トランプ大統領が設定した5月12日の期日を控え、歴史的なイラン核合意を救うための最後の努力として、欧州各国は同政権が問題視している主要項目について集中的な取り組みを行っている。
米国が主張する最も重要な項目は、イランによる弾道ミサイル開発を制限することに「失敗」した点だ。非核ミサイル開発の継続を許したことで、この合意による核開発制限が期限切れとなった場合、イランはすぐに核弾頭を搭載することが可能だと批判派は指摘している。
フランスのルドリアン外相は先月5日、イランを訪問して同国指導部にミサイル開発を巡る交渉に応じるよう要請した。また、米国の要求を、欧州は受け入れざるを得なくなると警告した。
マクロン大統領の下、中東で積極的な姿勢を打ち出している仏政府はその2週間後、イランの弾道ミサイル開発と7年に及ぶシリア内戦関与に対し、より強硬な対応を取るよう欧州連合(EU)を促した。
これを受け、核合意に署名した仏独英3国が、イラン政府のミサイル開発やシリア情勢に関与した「人物や集団」に対する新たな制裁を提案した。
このような一連の動きは、長期的には確実に失敗するだろう。トランプ氏が国家安全保障問題担当の大統領補佐官にタカ派のボルトン元国連大使の起用を決め、米国がイラン核合意から脱退する可能性が高まったことを踏まえれば、なおさらだ。
欧州諸国がいかなる懲罰的な対応を取ろうとも、イランが、ミサイルの射程距離に表面的な「上限」を設ける以上のミサイル開発規制に同意することは考えにくい。(イラン政府はこれまで、射程距離2000キロを超えるミサイル開発を自粛すると示している。これは、何らかの軍事衝突が起きた場合に、イスラエル中心部や中東地域の米軍基地を狙える射程だ。)
イラン政府の立場からみれば、ミサイル開発は自己保存の問題だ。数十年に及ぶ西側による制裁の影響で、強力な空軍を構築できなかったという事情もある。
イラクとの長い戦争期間中に、当時フセイン大統領が率いたイラク空軍が、いかにテヘランやタブリーズ、イスファハンやシラーズといったイラン主要都市に組織的な空爆を加えたか、イラン人は今も忘れていない。
「都市攻撃」として悪名を馳せた、1984年以降の都市部に対する戦略的な空爆作戦によって、多くの市民が犠牲となった。(中略)
イラン側も、戦闘機を派遣して報復したが、空爆の防御は防空システムに、より依存していた。これを受け、フセイン大統領は次第に組織的なミサイル攻撃を増やすようになった。ミサイル装備を持たず、国際制裁下にあるイラン政府には、なすすべがなかった。
イランのザリフ外相は、ミサイル開発が国際社会との通商関係にマイナスの影響を及ぼしていることについて日本の記者に質問され、当時を振り返ってこう答えている。
「イランには、サダム・フセインを止めるために撃ち返すことのできるミサイルが1発もなかった。われわれは、国民を守るためのスカッドミサイル1発を求め、いろんな国に次々と懇願して回った。ひたすら懇願に懇願を重ねたのだ。はした金のために、イランに国民防衛を放棄せよとあなた方は言うのか」
次に、イラン政府は、トランプ政権側が核合意の約束を守らなかったと考えている。そればかりか、米側が核合意の文言と精神に反する「あいまい政策」を利用して、イランが経済的利益を得ることを積極的に邪魔しようとしたとみている。
イランのアラグチ外務次官は2月に行われた英国放送協会(BBC)とのインタビューにおいて、ミサイル開発交渉に消極的なイラン政府の姿勢を説明する中で、この点を指摘している。
「われわれはすでに、核プログラムについて交渉を行い、その合意はイランにとって成功と言えるものではなくなっている。なぜその他の問題について交渉せねばならないのか。特に、われわれの国家安全保障に直接絡む問題について」と、同次官は話した。
イランと西側の数十年に渡る根深い不信と制度化された敵意により、イラン指導部は、譲歩や妥協をすればするほど、相手は前進し要求してくると確信するようになっている。
この確信は、イランの最高指導者ハメネイ師の演説にも繰り返し登場しており、特に国家安全保障分野のイランの政治決定プロセスにおける政治心理に入り込んでしまっている。
イラン政府が一般的に、国内の抗議活動や外国からの圧力に対して譲歩したがらないのは、これが一因だ。彼らの観点では、妥協はさらなる妥協につながり、目の前の政治問題だけでなく、政権の存続までもが救済不可能なまでに脅かされかねないのだ。
米政権が要求する通りにイランのミサイル規制を核合意に盛り込んだり、欧州が望むように別のミサイル合意を交渉したりすることで、核合意を存続させられるとは、極めて考えにくい。イラン政権と軍当局は、イランの「ミサイルと防衛力」についての交渉はありえないとの立場でほぼ一致している。
仮に国際圧力を受けてイラン側が交渉に合意したとしても、イランのミサイル開発の「質的」な制限や削減に至る交渉が出来ると期待するのは、甘く非現実的な考えだ。【4月10日 ロイター】
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【合意破棄で、イラン国内では経済混乱・保守強硬派台頭・遠のく民主化 国際的にはサウジの核開発、イスラエルの軍事リアクションを誘発】
イラン・ロウハニ大統領は、トランプ大統領が核合意離脱を決めた場合、イランは即座に核開発を再開させる決意を表明しています。
****イラン ロウハニ大統領 合意破棄には即座に対抗****
(中略)イランのロウハニ大統領は9日、首都テヘランで演説し「イランは最初に合意を破る国にはならない」と述べて、イランとしては合意を順守していく考えを改めて示しました。
そのうえで「仮に合意が破棄された場合には1週間とたたないうちに対応する。彼らは後悔することになる」と述べてアメリカが合意から離脱した場合即座に対抗措置をとる考えを示しました。
具体的に措置の内容については言及しませんでしたが、イランの原子力庁の責任者は地元メディアに対し「高濃縮ウランの製造は、4日間で再開できる」と述べ、核兵器の開発につながる高濃縮ウランの製造再開の可能性にも言及し、トランプ政権をけん制しました。【4月10日 NHK】
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個人的に懸念するのは、対イラン制裁再開でイラン経済が再び混乱し、結果的にロウハニ大統領など核合意を進めた穏健派が国民支持を失い、保守強硬派が発言力を強め、イランの民主化・自由拡大がさらに遠のくことです。
****イランの通貨が下落 過去最低水準に トランプ大統領の圧力で****
アメリカのトランプ大統領は、イランが核開発を制限する見返りに、制裁を解除するとした核合意について、来月にも合意から離脱し、制裁を再開するかどうか判断を示すとみられています。
こうした中、イランの通貨リアルは下落を続け、今週1ドル=58000リアルほどと過去最低の水準を記録し、ドルに対する価値は1年前に比べて60%ほど下がっています。
イラン中央銀行は10日、混乱を避けるために、リアルの市場での為替レートを固定する措置を発表し、ドルの販売が一時的に停止されました。
テヘラン市内の両替所ではドルを買い求める大勢の人が長い行列を作り、会社員の男性は「ドルが必要ですが、いつ入手できるかわかりません」と話していました。
また、輸入品を中心に物価の上昇が続き、市民生活にも影響が出ています。
トランプ大統領は、閣僚や政権幹部に対イラン強硬派を新たに起用するなど圧力を強める構えを示しており、イラン国内では経済の不透明感が増しています。【4月11日 NHK】
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国際的影響としては、イランが核開発を再開させればサウジアラビアも核開発に乗り出すことがあります。
ムハンマド皇太子は、3月の訪米の直前、CBSとのインタビューで「サウジは原爆の保有を望まないが、イランがそれを開発する場合は我々は間違いなく可能な限り早期に開発する」と述べています。
また、イランの脅威を安全保障上の最大問題とするイスラエルが、イランの核開発再開を座視すrとも思えず、何らかの軍事的アクションが予想されます。
これらにより、中東情勢はその不安定度を一気に高めることになります。
それでも、トランプ大統領はやるのでしょう。中東がどうなろうが気にもしていませんので。
シェール革命でアメリカの中東依存度が低下したこともありますが、もともとトランプ大統領が関心を示すのは、オバマ前政権と違うことをやって支持者にアピールすること、それに(コミー前米連邦捜査局長官によれば)ロシアに握られているされる売春婦との放尿プレイ動画のことぐらいのようですから。