
(シリア政府軍との戦闘で発射される新たな過激派組織HTSのミサイル【4月19日 WSJ】)
【戦略なき「ミッション完了」で、シリア戦線に変化なし】
4月14日にシリアに対してトランプ大統領主導の米英仏によって行われた極めて限定的な攻撃については、おおよそ以下のように総括されています。
・この攻撃でシリアの化学兵器に関する能力が完全になくなった訳ではない。ただし、次にまた使ったら・・・という一定のレッドラインをシリア側につきつける形にはなった。
・しかし、そのことは逆に言えば、化学兵器さえ使わなければ、これまで同様の反体制派への攻撃は許容されるということをシリア側に示すことにもなった。
・いずれにしても、シリアの後ろ盾となっているロシアとアメリカの対立が厳しいものになってきている。
・アメリカ・トランプ大統領には、今後シリアにどのように関与していくのかについての明確な戦略がない。
・結論的には、シリア情勢を変えるような攻撃ではなかった。
****シリア攻撃はトランプの“茶番” 被害は3人のけが人だけ?****
米英仏3カ国が4月14日未明、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとして武力行使に踏み切った。
しかし、アサド氏に対するトランプ米大統領の強硬な言葉とは裏腹に、攻撃はロシアやイランに被害が出ないよう抑制された出来レースのような趣が強く、アサド政権の戦争継続能力に「なんら影響のない“茶番”」(ベイルート筋)。かえって米欧の及び腰が浮き彫りになった。
新しいレッドライン
(中略)英仏が攻撃に賛同し、西側主要国の結束を示すことができたのはトランプ大統領にとっては大きな成果だった。
しかし、ダンフォード米統合参謀本部議長によると、ロシア側にはシリアでの衝突を回避するホットラインを通じて、事前に通告していたといい、ロシア軍は標的周辺から退避するなどして被害はなし。イラン関係者やアサド政権軍にも大きな損害はなかった。
シナリオ通りに出来レースが実施された感が強い。“茶番”と言われても否定はできない面があるだろう。
とはいえ、ロシアのプーチン大統領は「国際法違反の侵略」、イランの最高指導者ハメネイ師も「戦争犯罪」と米英仏を強く非難した。(中略)
ミサイル攻撃の人的被害は3人のけが人だけとされており、この程度の攻撃ではイランやロシアなどからの報復もないだろう。
トランプ政権がロシア軍との対決激化を招ねかないよう配慮したあまり、肝心の標的だったアサド政権の戦争継続能力を削ぐ効果はほとんどなかったのが実情だ。
むしろ、攻撃はアサド政権に打撃を与えるというより、米欧の「レッドライン」(超えてはならない一線)を示すことが目的だったように見える。
逆に言うと、化学兵器を使用しない通常兵器であれば、どんな攻撃でも、どんなに民間人に死傷者が出ようとも米欧は容認するというシグナルでもある。
アサド氏がそのように受け取ったとすれば、今後も焼夷弾のような樽爆弾など、残虐な殺戮兵器が使われ続けることになるのは確実だ。
戦略なき「ミッション完了」
トランプ大統領は攻撃の後、「完璧な攻撃だった」「ミッションは完了した」と宣言し、攻撃が成功したことを誇示した。しかし「ミッションとはそもそも何だったのか」(米紙)、大きな疑問が残る。
アサド政権の化学兵器の壊滅に使命を限定すれば、確かにその化学兵器製造能力は今回の攻撃で弱体化したのは事実だが、化学兵器を他に隠匿していないという保証はない。
最も重要なことはこの攻撃が、50万人以上の国民が犠牲になり、1000万人以上が難民化しているシリア内戦を、終結に導く一助となるかどうかだ。だが、その可能性は小さい。
アサド政権だけではなく、ロシア、イランの米国に対する反発が強まり、双方の対立の激化は免れまい。
トランプ氏の思い描くミッションには元々、シリアの平和や安定の確保などが含まれているとは思えない。トランプ氏が米第一主義の観点から折に触れて言ってきたのは、2001年の米中枢同時テロ以降に始まった米国の中東介入は「人命とカネの無駄遣いだった」というものであり、4月に入ってからもシリアからの早期撤退論を語っていた。
大統領は数日前に遊説先で、シリアの内戦について「他の連中に面倒を見させておけばいい」と本音をのぞかせ、内戦終結や政治決着に主導権を発揮するつもりのないことを明らかにした。
さらに攻撃の際の発表でも「中東はやっかいな場所だ。米国は友人ではあるが、地域の運命はその国の国民自身に委ねられる」と突き放した。そこには、米国の利益にならない地域から1日も早く撤退したい、との思惑がにじむ。
包括的な戦略が欠如
厄介事に手を染めたくないというのはトランプ氏に限ったことではない。英国のメイ首相も「攻撃が内戦への介入や政権交代を目指したものではない」ことを強調している。
総じて言えるのは、特にトランプ大統領には「世界の不安定要因であるシリア問題にどう対処するのか、包括的な戦略が欠如している」(アナリスト)ことだ。今回攻撃に踏み切ったのは、シリア政策での弱腰を非難してきたオバマ前大統領に単に対抗するためだったのではないか。(中略)
トランプ氏が思惑通り、シリア紛争からきれいさっぱりと手を洗うのはそう簡単ではない。【4月16日 佐々木伸氏WEDGE】
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【米ロ対立の防波堤ともなっているトランプ大統領?】
ロシアとの関係でいうと、“ロシア軍との対決激化を招ねかないよう配慮した”ものではあったとしても、関係が緊張するのは避けられないところで、へイリー米国連大使が15日に出演したCBSの番組で、化学兵器が使われた疑惑について、アサド政権を支援しているロシアにも責任があると指摘。ムニューシン財務長官がロシア企業などを対象にした制裁を発表すると明らかにしました。
いよいよ米ロによる制裁合戦か・・・とも懸念されていましたが、この対ロシア制裁はトランプ大統領の意向でドタキャンされることに。
****トランプ氏、対露制裁を見送り ヘイリー米国連大使の発言に怒り?****
(中略)トランプ政権は今回の事態について「ヘイリー氏の言い間違い」とする立場を決定。
ヘイリー氏は日頃、慎重居士として知られ、テレビで発言する前にトランプ氏と綿密に相談しているとされるものの、政権の一人は「ヘイリー氏がトランプ氏の意図を誤解した可能性がある」とした。
トランプ氏は自身を「歴代大統領で最もロシアに強硬だ」と主張し、今回のシリア攻撃でも「任務完了」などと述べて成果を誇示した。
しかし、攻撃ではロシアが提供したシリア軍の防空ミサイル網や化学兵器運搬用のヘリや攻撃機は標的から外され、シリア軍は壊滅的打撃を免れた。
また、複数の米メディアによれば、トランプ氏は補佐官らから提示された3つの軍事的選択肢のうち、効果が最も限定的な作戦案を選んだとされ、ロシアのプーチン政権との対立を回避する姿勢が際立つ結果となっている。【4月17日 産経】
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「ヘイリー氏の言い間違い」と、ヘイリー氏ひとりに責任が負わされた形ですが、トランプ政権内の意見の食い違い、あるいはトランプ大統領の発言が一変することは今に始まった話ではありません。
トランプ大統領が、就任前からプーチン大統領との関係強化を望んでいることは周知のところです。(ロシア疑惑で身動きが取れない状態にはなっていますが)
上記記事によれば、そうしたロシアとの関係を重視するトランプ大統領の意向が、米ロの決定的対立を未然に防止するうえで機能している・・・ともとれます。
ただ、シリア攻撃決定の内情については、まったく逆の、トランプ大統領は当初ロシア軍基地をも攻撃対象にしようとしていたとの報道もあります。
****トランプ大統領が国防長官に譲歩〜米有力紙****
アメリカなどがシリアに対して行った軍事行動について、有力紙は16日、「トランプ大統領がマティス国防長官に譲歩した結果だった」などと舞台裏を報じた。(中略)
また、大統領は安全保障チームにシリア国内にいるロシアやイランの部隊を標的にした攻撃も検討するよう求めたが、マティス国防長官が「危険な反応を引き起こすリスクが高まる」などと反対。結局、大統領が譲歩したという。(後略)【4月17日 日テレNEWS24】
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上記記事によれば、ロシアとの衝突を回避したのマティス国防長官の説得に応じたたため・・・ということになりますが、そのあたりの真相はわかりません。
トランプ大統領はロシア訪問の希望をプーチン大統領に示しているとのことで、ロシア側から「ロシア訪問の話はどうなっているのか?」とせっつかれているとか。
****トランプ大統領、プーチン大統領にロシア訪問意思を表明-ラブロフ氏****
トランプ大統領はプーチン大統領に対し、ワシントンでの会談に引き続き招待するとともに自らのロシア訪問も提案したと、ロシアのラブロフ外相が明らかにした。
ラブロフ外相が20日放送された国営ロシア通信(RIA)とのインタビューで語ったところでは、トランプ大統領はプーチン大統領に「ホワイトハウスで会談したい。そうなれば、今度はこちらから喜んで訪問し、(ロシアで)再び会うことになるだろう」と述べたという。「トランプ大統領は何度かこの話題に触れた」とラブロフ氏は続けた。
トランプ大統領は3月、プーチン大統領に選挙での再選を祝福するために電話し、その際に訪米を招請していた。
ラブロフ外相によると、プーチン大統領はトランプ大統領との会談に前向きだが、今のところ会談準備は行われていない。【4月21日 Bloomberg】
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ロシア疑惑の渦中で、北朝鮮問題などもある状況では、なかなかロシア訪問のタイミングも難しいかも。
【シリアの内戦は「他の連中に面倒を見させておけばいい」】
場当たり的・思い付き的で、一貫した戦略がない・・・と批判されることが多いトランプ大統領ですが、シリア問題に関して、米軍部隊の撤収と入れ替えに中東・湾岸諸国による合同軍部隊を派遣させることを計画しているとのことです。
****【シリア情勢】米軍撤収後、合同部隊派遣も トランプ政権、中東・湾岸諸国に協力要請 米紙報道****
米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は16日、トランプ政権がシリアでのイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討作戦の終結後、米軍部隊の撤収と入れ替えに中東・湾岸諸国によるシリア北東部安定化のための合同軍部隊を派遣させることを計画していることが分かったと報じた。
米政府当局者らが同紙に語ったところでは、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が最近、エジプトの情報機関「総合情報庁」(GIS)のカメル長官代行と電話で会談した際、エジプトが部隊派遣に協力できるか打診した。
トランプ政権はまた、サウジアラビアとカタール、アラブ首長国連邦(UAE)に対しても、シリア情勢の安定化に向けて数十億ドルを拠出するよう要請するとともに、部隊派遣も求めているとしている。
トランプ大統領は、13日のシリア攻撃発表の際の演説で、シリアの周辺国が情勢安定化に貢献するよう強く要請。一方、約2千人規模のシリア駐留米軍の早期撤収を主張するトランプ氏に対し、政権内部ではイランやロシア、他の過激組織に付け入る余地を与えるとして異論が出ていた。
今回の構想は、米軍撤収は実現させつつ、それによって「力の空白」が生じるのを防ぐのが狙い。トランプ政権としては、イランの影響力拡大を恐れる中東・湾岸諸国が積極的に協力に応じてくるとの計算があるとみられる。【4月17日 産経】
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シリアのことなど「他の連中に面倒を見させておけばいい」という大統領の本音に沿ったプランです。
アメリカはシリアの泥沼から抜け出せ、「力の空白」を生むこともない・・・・トランプ大統領が「素晴らしい!」と自画自賛するのが目に浮かぶようなプランですが、中東・湾岸諸国による合同軍部隊に「力の空白」を埋めることを期待できるのか?
“専門家は同紙に、米軍がある程度の部隊残留に同意しない限り、アラブ諸国は派兵に前向きにならないと指摘している。”【4月17日 時事】とも。
イエメンの泥沼にはまっているサウジアラビアや、イスラム過激派のテロに手を焼くエジプトに、シリアに派兵して混乱を防ぐような意向・余力があるのか?
また、仮に実現したとして、サウジアラビアとイラン・ヒズボラの対立がシリアで火を噴くようなことにはならないのか?
すんなり実現はしないような話です。
【新たな過激派組織HTSの台頭も】
トランプ大統領としては一定にけりをつけたと考えているISは、完全に消滅したわけではなく、復活の兆しもあるとも指摘されています。
****「イスラム国」復活の兆候も****
・・・一方、シリアとイラクでIS掃討作戦に臨む有志連合軍の報道官、ライアン・ディロン大佐は17日の記者会見で、シリアにおけるISからの奪回地域をバッシャール・アサド大統領の政権軍やロシア軍が保持しきれていないと警告した。
ディロン大佐によれば、有志連合軍の非活動地域や現地の同盟部隊が連合軍の支援を受けていない地域に着目するとIS勢力の巻き返しがみられ、再びISに占拠される恐れのある地域が首都ダマスカス南郊を含む各地に存在する。すでにユーフラテス川の西岸でIS復活の兆候が確認されているとという。
米国防総省によると、米軍は現在もシリアとイラクでISから奪回した地域の監視を続けている。【4月18日 AFP】
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一方、シリア政府軍はダマスカス郊外の東グータ地区を掌握し、反体制派はイドリブへ移っています。
これまでもアレッポなど反体制派拠点を落とすたびに、イドリブへ追いやってきていますので、政権側としては、抵抗する連中をイドリブに全員を集めて一気に決着をつけよう・・・との思惑でしょう。
必然的に、次の戦いの場はイドリブになります。
そのイドリブでは、新たな過激派組織が台頭しているとの報道も。
***シリアで新たな過激派組織が台頭、IS衰退の中****
HTSはダマスカス制圧目指しシャリアを強要
シリアでは米軍が過激派「イスラム国(IS)」の残党との戦いと、アサド政権の化学兵器施設への攻撃に注力している中で、北西部で国際テロ組織アルカイダから派生した危険な新過激派組織 「ハヤト・タハリール・アルシャム(HTS)」が勢力基盤を固めつつある。
HTSはシリアで非常に強大な過激派グループとして台頭し、西側が支援する反体制派武装組織と戦い、イドリブ一帯で勢力を拡大している。HTSは住民に対しシャリア(イスラム法)を強要し、人や物に課税して資金を調達している。
アルカイダの戦闘員だったHTSの指導者アブ・モハマメド・アルジュラニ氏は、ダマスカスを制圧し、シリア全土にイスラム法を適用すると表明している。(中略)
アナリストによれば、HTSはアルカイダのシリア関連組織だったヌスラ戦線の分派で、数千人の戦闘員を動員してイドリブ一帯で足場を固めている。
これに対し米国は駐留米軍がシリアのその他の地域でISの残党との戦いに専念する一方で、ドナルド・トランプ大統領は早急にシリアから撤収する方針を打ち出している。(中略)
HTSは敵勢力とも激しく戦っている。2月には、それまで4カ月間にわたった戦闘の末イドリブのIS細胞の残党を降伏させたと発表した。3月には、アレッポ、イドリブ両県で約25の村を制圧し、戦車や装甲車を捕獲したと主張した。
4月に入ると、HTSはホムスやハマー、アレッポの各地域で迫撃砲や狙撃兵を使ってシリア政府軍と戦闘を展開している。
住民によると、HTSは支配下に置いた地域では、ISと同じように宗教警察を設置した。HTSは当初は、コーランを暗記した子供に菓子を与えていたが、すぐに禁煙の一環として水タバコを壊したり、衣料品店にはマネキンの頭を覆うよう命じたりした。イドリブの住民によれば、美容室はメイクを施さないよう指示された。(中略)
住民たちによると、HTSは婚姻関係を結ぶことなく交際した男女を投獄した。また昨年末には、男女共学のクラスがあるという理由で、北部の町アルダナの大学を閉鎖した。さらにサラケブという町では、住民たちがHTSなど過激派集団からの脅威をものともせず、シリアで1953年以来初めての直接選挙を昨年実施したが、HTSがこの町議会を管理下に置いた。(中略)
イドリブの無秩序状態に拍車をかけているのが、5万人近くの人々が最近到着したことだった。彼らはダマスカス郊外の東グータから逃げてきた人々で、反政府勢力を含んでいる。東グータは、アサド政権による残忍な弾圧の舞台となっている場所だ。
こうした人々の新たな到来で、イドリブの人道的危機は一段と悪化している。イドリブでは既に、国内で行き場をなくしたシリア人約100万人が生活している。
劣悪な生活環境や働き口がないことから、この地域は過激派集団による新兵勧誘活動にとって格好の舞台になっている。過激派集団は、戦闘の意欲があるのであれば、ぎりぎり生活できるだけの賃金を誰に対しても約束している。(後略)【4月19日 WSJ】
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