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(ベネズエラ首都カラカスの自宅前で、娘を抱きながら報道陣の質問に答える野党指導者フアン・グアイド氏と妻のファビアナ・ロザレスさん(左隣) 2019年1月31日撮影【2月1日 AFP】)
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(プエルトカベージョの海軍基地を訪れたマドゥロ氏(中央)とシラ・フローレス夫人(右隣)(1月27日)【2月1日 WSJ】
【シリアの難民危機さえかすむほどの大量難民】
南米・ベネズエラにおいて圧政・失政を続ける反米・左派マドゥロ大統領に対し、35歳のフアン・グアイド氏が暫定大統領に就任して反政府運動の核になりつつある・・・という件は、1月26日ブログ“ベネズエラ 若手政治家グアイド氏の暫定大統領就任で反政府運動拡大 政局は流動化”で取り上げたばかりです。
その後も事態は緊迫しており、マドゥロ大統領が権力を維持できるか不透明な情勢にもなってきています。
このベネズエラの政局混乱が世界的に見ても非常に憂慮すべき問題であることは、未曽有の経済危機で医療や教育などのサービスが崩壊の危機にあり、すでに300万人以上が国を離れ難民と化していること、国連の予測では今年中に避難民の数は500万人を超え、隣国コロンビアだけで約200万人が流入するというように、シリアの難民危機さえかすむほどの規模であることからも明瞭です。【2月2日 Newsweekより】
【反政府デモ・政権側の双方がカギを握る軍にアピール 政権側は総選挙前倒しで野党勢力排除も】
アメリカや中ロ、その他の関係国の動きの前に、国内の状況を見ると、グアイド暫定大統領という“核”を得て、国内反政府行動が広がりを見せています。
****「マドゥロ氏に見切りを!」 ベネズエラ各地で大規模デモ****
ベネズエラで暫定大統領への就任を宣言した野党指導者フアン・グアイド氏が率いる大規模な反政府デモが30日、首都カラカスをはじめとする全国各地の都市で行われた。
デモの参加者らは国軍に対し、ニコラス・マドゥロ大統領に見切りをつけ、危機に瀕するベネズエラに人道支援を受け入れるよう訴えた。
街頭に繰り出した人々は、鍋を叩いたり口笛や警笛を吹いたりしながら、「国軍よ、尊厳を取り戻せ」「マドゥロは強奪者」「グアイドが大統領」「独裁に反対」などと書かれた横断幕などを掲げた。
グアイド氏はカラカスのベネズエラ中央大学から軍に対し、「あなた方の家族にとっても大事な要求をしているデモの参加者に発砲してはならない」と呼び掛けた。
一方、米ホワイトハウスによると、ドナルド・トランプ米大統領は同日、グアイド氏と電話会談を行い、暫定大統領としてのグアイド氏の立場を支持することを表明。会談後、「今日ベネズエラ全土で大きな反マドゥロデモが行われている。自由のための闘いが始まった!」とツイッターに投稿した。
先週行われた抗議デモでは、40人以上が死亡し、850人が拘束された。そのため30日のデモと2時間に及ぶストライキでは国軍に対し、国民に味方するよう要求が出された。
デモに先立ち、マドゥロ大統領は国軍を味方につけておくために、カラカスで2500人の兵士を前に「一致団結」を呼び掛けた。 【1月31日 AFP】AFPBB News
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前回ブログでも指摘したように、反政府運動が成果を得るか、あるいはマドゥロ大統領がこの危機をしのぐかは、軍の行動にもかかっており、双方が自陣営に軍を引き入れよう、あるいは引き留めようとアピールしています。
マドゥロ大統領は当然に辞任・退陣、あるいは大統領選挙のやり直しは否定していますが、総選挙の前倒し実施は支持しています。介入も辞さない政権側の主導・監視のもとでの選挙で、国会で多数派を占める野党勢力を議会から追い出し、反政府運動の基盤を掘り崩してしまおうとの思惑です。
****ベネズエラ大統領、総選挙前倒し支持 野党排除が目的か****
独裁支配を強め、国民の反発を招いている南米ベネズエラのマドゥロ大統領は、「総選挙を前倒しで実施できれば非常に好ましい」と述べ、総選挙の早期実施を支持する考えを示した。インタビューしたロシア国営ノーボスチ通信が30日、報じた。ただし、野党側が求めている大統領選のやり直しについては、改めて拒否した。
ベネズエラ国会(定数167)は、暫定大統領就任を宣言したグアイド国会議長ら野党勢力が多数を占める。現在の任期は2021年1月まであるため、マドゥロ氏はなるべく早く総選挙を実施し、野党勢力を排除したい思惑とみられる。
野党側は昨年5月の大統領選について、「有力な野党政治家が不正に排除された」としてやり直しを求めている。米国などはグアイド氏に大統領としての正統性を認め、欧州連合も大統領選を実施しなければ、グアイド氏を大統領として承認するとしている。
これに対し、マドゥロ氏は「帝国主義者どもが新たな大統領選を望むなら、(任期が終わる)25年まで待てばよい」と反発。ただし、「野党との対話の席につく用意はある」とも述べた。
一方、ベネズエラのサーブ検事総長は29日、グアイド氏について「憲法の秩序を脅かし、外国勢力の干渉に協力している」などとして捜査を始めたと発表。同氏の金融資産を凍結し、出国を禁止した。野党勢力は30日に大規模な反政府集会を開く予定で、政権側との衝突が懸念されている。【1月31日 朝日】
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上記記事最後にもあるように、政権側は、捜査開始・金融資産凍結などで中核となるグアイド氏への圧力を強めています。
グアイド氏は、警察の特殊部隊が自宅に立ち入り、家族を脅したとも主張しています。
****ベネズエラ野党指導者、政府による自宅捜索を「脅迫」と批判****
(中略)グアイド氏はカラカスのベネズエラ中央大学で演説し、特殊部隊のFAESが妻のファビアナ・ロザレスさんを尋問するため自宅にやってきたと明らかにした。
ファビアナさんと共に演説に臨んだグアイド氏は、「FAESは私の家にとどまっており、ファビアナに面会を求めている。独裁政権はそれで私たちを怖がらせることができると思っている」と自信に満ちた様子で語った。
マドゥロ氏は近年、国内で拡大する反体制派を弾圧し、複数の野党指導者を拘束している。(中略)【2月1日 AFP】
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国家警察は事実を否定していますが、地元記者によるとグアイド氏の近隣住民が目撃していたとも。【2月2日 朝日】
【グアイド氏の暫定大統領就任は、アメリカのベネズエラ・キューバ戦略のシナリオ上の動き?】
国内状況は以上のように緊迫していますが、国際社会も政権を支持する側、反政府運動を支援する側に分かれています。
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(【2月1日 WSJ】 欧州議会は1月31日にグアイド暫定大統領を承認しましたが、EUは足並みがそろわず、グアイド氏承認が遅れています。ベネズエラおよび南米とかかわりが深いスペインも国内にいろいろ事情があるようです)
グアイド氏を支援する代表格がアメリカ・トランプ大統領です。
****米大統領「後ろ盾」表明 ベネズエラ野党指導者に****
トランプ米大統領は30日、南米ベネズエラで暫定大統領就任を宣言した野党連合出身のグアイド国会議長と電話会談した。グアイド氏はツイッターで「トランプ氏が民主的な努力に対して完全な後ろ盾となることを改めて表明した」と明らかにした。
ホワイトハウスによると、トランプ氏は「民主主義を取り戻すベネズエラの闘争を強く支持する」と強調し、両氏は定期的に意見交換することで一致した。米国はグアイド氏の暫定大統領就任を既に承認しており、トランプ氏は電話会談することで米国の立場を鮮明にした。【1月31日 共同】
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私は、グアイド氏が暫定大統領就任を発表し、アメリカ・トランプ大統領がこれをいち早く承認・支援している・・・というように理解していたのですが、グアイド氏の暫定大統領就任自体がアメリカ・トランプ大統領に後押しされたもので、アメリカ・トランプ大統領はベネズエラでのマドゥロ政権の転覆だけでなく、その先にはキューバの政権転覆、さらには中ロ、イランの影響力抑制を目論んでいる・・・・との指摘もあります。
****ベネズエラ政権転覆狙う米国、次の矛先はキューバ****
トランプ米政権によるベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領に対する失脚工作は、中南米への米国の影響力拡大に向けた新戦略の幕開けを意味する。米政権当局者が明らかにした。
その視線の先にいるのはマドゥロ氏だけではない。50年以上も米国が中南米で最も敵視しているキューバのほか、最近同地域に接近しているロシアや中国、イランもだ。
米政府はウゴ・チャベス前大統領時代を含め長年ベネズエラを非難してきたが、トランプ政権にはキューバの方が国家安全保障にとってより深刻な脅威だと長年みなしてきた当局者がそろっている。彼らはその理由にキューバが米国で情報活動を展開していることや中南米諸国に反米感情を広めようとしていることを挙げる。
米政権が狙いとするのは、ベネズエラとキューバの結束を断ち、両体制を転覆させることだ。
こうした米政権の強硬化の根底には、オバマ前政権が行った制裁緩和や投資解禁によるキューバとの部分的国交回復を覆したいとの思惑がある。
キューバの情報機関はベネズエラ軍やマドゥロ政権の安全保障機構と密接に連携している。ベネズエラはその見返りに、多い時には日量10万バレルにも達した同国の原油を実質無償でキューバに提供している。いずれも国際社会で孤立を深めるなか、ロシアやイラン、中国との関係を強化している。(中略)
デモを追い風に行動開始
(中略)今年1月10日のマドゥロ氏の大統領就任式を機に、ベネズエラ国会とホワイトハウスは街頭デモの勢いに乗じて行動を開始した。
1月22日、マイク・ポンペオ米国務長官、ウィルバー・ロス米商務長官、ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)、ムニューシン氏を含む米政権高官が選択肢を協議。トランプ氏は政権交代を支援する決断を下した。
その夜、マイク・ペンス米副大統領はベネズエラのグアイド国会議長に電話をかけ、米政府が支援する意向を伝えた。
翌日、グアイド氏は暫定大統領への就任を宣言し、米国のほかカナダや大半の南米諸国がグアイド氏をベネズエラの新大統領として認めた。(中略)
トランプ政権は、キューバのマドゥロ政権への支援能力を損なわせるため、数週間中にキューバに対する新たな措置を発表する見通しだ。【2月1日 WSJ】
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上記指摘が事実だとすれば、現在のベネズエラの政局混迷は、アメリカ・トランプ政権の反キューバ路線の筋書きに乗って展開されているということになります。
何も考えていないようなトランプ大統領ですが、とにかくオバマ前大統領のレガシーをくつがえすことには異様に執着していますので、キューバ政権転覆もそのひとつなのでしょう。
もちろんキューバの現体制が民主的・人道的だとは言いませんが、ただ、“キューバが米国で情報活動を展開していることや中南米諸国に反米感情を広めようとしている”というキューバに対する評価は、いかにもひと時代前の認識のようにも思えるのですが・・・。
剣呑な政権転覆云々ではなく、関係を深めることでキューバの政治・社会の変革を促す方が上策だと思います。
そもそも、ベネズエラとは違って、キューバ国内にはそれほど強力、あるいは組織だった反政府勢力はなく、政権転覆となるとアメリカ国内の反キューバ勢力のキューバ侵攻をアメリカが演出するという、国際的にはあまり歓迎されないシナリオにもなるのではないでしょうか。アメリカの軍事介入には南米諸国は強い拒否反応を示します。
【軍事介入の可能性もあえて隠さないトランプ政権】
ベネズエラの話に戻ると、アメリカ・トランプ政権が上記のようにグアイド氏の裏で、何かと画策している・・・ということになると、マドゥロ大統領がアメリカを執拗に攻撃・非難するのもあながち的外れではないということにもなります。
****ベネズエラの独裁者が米国民に直訴「トランプに攻撃させないで」****
<ベネズエラに対する軍事力行使も検討しているとされるトランプ米政権に対し、マドゥロ大統領が恥も外聞も捨てアピール>
ドナルド・トランプ米大統領が中米で戦争を始めるのを止めてほしい──大統領選の不正疑惑でベネズエラが政治危機に陥るなか、2期目の就任を宣言したニコラス・マドゥロはビデオメッセージで「アメリカの国民」にそう訴えた。
1月30日にフェイスブックの自身のアカウントに投稿した動画で、マドゥロは自分を悪者扱いしているメディアを信用するな、とアメリカ人に警告。
「ベネズエラで起きているのは『政権転覆』」の試みで、その背後でクーデーターを「仕掛け、資金を出し、積極的に支援したのはドナルド・トランプ政権にほかならない」という。(中略)
米政府はグアイド暫定大統領の承認に続き、ベネズエラの国営石油会社を経済制裁の対象に指定した。
マドゥロに言わせれば、この動きに米政府の真の狙いが透けて見える。「わが国に限らず、どこの国にも問題はある。わが国の問題はわれわれが解決する。わが国の石油資源は確認埋蔵量で世界最大だ。アメリカの石油帝国を率いる連中は、それを手に入れるため、イラクやリビアでやったのと同じことを企んでいる。だが、ベネズエラとマドゥロが大量破壊兵器を持っているという話をでっち上げて、介入の口実にするのは無理な相談だ」(後略)【1月31日 Newsweek】
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アメリカのベネズエラの軍事介入についても、いろいろ報道があります。
****「兵士5000人をコロンビアへ」 米大統領補佐官がメモ撮られる****
ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が手にしたノートに「兵士5000人をコロンビアへ」との走り書きがあるのが目撃され、写真が撮影された。
同補佐官は28日、ホワイトハウスで記者会見し、コロンビアの隣国ベネズエラでの危機について説明。この会見中、黄色いノートに黒い文字で上記の走り書きがあるのが目撃された。(中略)
匿名の米当局者は、コロンビア派兵の可能性の「裏付けとなるものは目にしていない」と述べている。
ボルトン補佐官は記者会見で、ベネズエラに米兵を動員する可能性を排除せず、「大統領はこの問題に関し、あらゆる選択肢があることを明確にしている」と述べた。 【1月29日 AFP】
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これは、うかつにも写真を撮られたのでしょうか? それとも、わざと写真を撮らせてマドゥロ政権をけん制したのでしょうか? わかりません。
トランプ政権は、あえて軍事介入の可能性を“ちらつかせている”ようにも見えます。
****ベネズエラに軍事介入「選択肢」 ペンス米副大統領****
ペンス米副大統領は1日、反政府デモが激化するベネズエラ情勢について演説し「独裁政権を完全に終わらせる時が来た。今は対話ではなく行動の時だ」と述べた。反米左翼マドゥロ大統領を退陣に追い込むため、外交や経済で圧力を強化する方針を示した。
トランプ大統領はホワイトハウスで記者団に、ベネズエラへの軍事介入は「常に選択肢だ」と語った。
ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は1日、ラジオ番組で軍事介入を直ちに行うことはないと説明。「あらゆる選択肢を検討しているが、私たちが求めるのは平和的な権力の移行だ」と述べた。【2月2日 共同】
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一応、ボルトン大統領補佐官はベネズエラに対するアメリカの軍事介入は差し迫っていないとの認識を示して、一定に歯止めはかけています。【2月2日 ロイターより】
ペンス米副大統領は「今は対話ではなく行動の時だ」、ボルトン大統領補佐官は「私たちが求めるのは平和的な権力の移行だ」、トランプ大統領は軍事介入は「常に選択肢だ」・・・・こういうのを圧力・けん制というのでしょう。
軍事介入するときは、下記のような動きを利用する形で行われるのでしょう。
****ベネズエラ軍離脱した元兵士、トランプ政権に武器支援訴え ****
政変に揺れるベネズエラの軍隊を離脱した元兵士2人がこのほどCNNの単独取材に答え、トランプ米政権に対して武器などの支援を求めた。支援があれば国内で不満を抱えた多数の兵士の蜂起が可能となり、「自由」を手に入れられると主張している。
現在ベネズエラ国外に住む元兵士2人は、米国からの軍事支援によって本国にいる味方に必要な装備を施したいと説明。現時点で軍から離脱する意志を持つ兵士数百人と連絡を取っているとしており、すでにテレビ放送を通じ、兵士らにマドゥロ政権に対する反乱を呼びかけたという。
そのうえで「ベネズエラの兵士として、米国に支援要請を行っている。情報伝達や武器の供給といった後方支援があれば、ベネズエラの自由を実現できる」と訴えた。(中略)
一方で、米軍による大規模な介入については断固として拒否する姿勢を示した。元兵士の1人は「他国の政府がわが国に侵入するのは望まない」「侵攻が必要になるとしても、それはベネズエラの兵士が自国の解放を心から願って行うものでなくてはならない」と強調した。【1月30日 ロイター】
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ベネズエラについては、ほかにも中ロなど政権支援側の動き、アメリカの国営ベネズエラ石油会社(PDVSA)に対する制裁措置(これはベネズエラにとって影響が大きいでしょう)など多々ありますが、長くなるのでまた別機会に。