孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマー  ロヒンギャへの「ジェノサイド」で訴えられた国軍を国際法廷で弁護するスー・チー氏

2019-12-14 22:57:12 | ミャンマー

(国際司法裁判所に立つアウンサン・スーチー氏【12月14日 COURRIER JAPON】)

 

【自分を長年にわたり自宅軟禁していた軍を擁護するため、国際司法裁判所に出廷したスー・チー氏】

ここ数日、国際面ではイギリス総選挙や米中交渉などがメディアでは大きく取り上げられていますが、個人的に一番関心があったのは、イスラム系少数民族ロヒンギャに対するミャンマー国軍による「ジェノサイド」(集団虐殺)の訴えを裁く国際司法裁判所(ICJ)に出廷することとしたミャンマーの指導者アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が一体何を語るのか・・・ということでした。

 

言うまでもなく、かつての軍政に対する民主化運動の象徴であり、長年の自宅軟禁を戦い抜き、ノーベル平和賞を受賞したスー・チー氏ですが、ロヒンギャ問題に関しては多くを語らず、事態改善に向けた消極的姿勢が目立ち、国際的には厳しい批判にさらされています。

 

それだけに、スー・チー氏の弁論内容に関心が持たれましたが、ミャンマー政府はその責任を認めていませんので、スー・チー氏の発言も恐らくその線に沿った内容になることは想像されました。

 

国内的にも、今回のスー・チー氏の出廷は、ミャンマーの正当性を主張し、国際批判に反論するものとして理解されており、敢えて法廷への出廷と言う行為を選択したスー・チー氏を支援する動きが報じられています。

 

****スー・チー氏へ大規模連帯集会 ミャンマー、国際司法裁出廷で****

ミャンマーの最大都市ヤンゴンで10日、国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)の審理に出廷するため、ハーグ入りしているアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相への連帯を示そうと、市民ら約3千人が大規模な集会を開いた。

 

市民らは、スー・チー氏の顔が描かれたポスターなどを掲げ「国の威厳を守れ」と繰り返した。会場には「スー・チー氏を支持する」と書かれた巨大な看板も設置された。ICJで審理が始まると、市民らは大型スクリーンを通じて見守った。

 

ヤンゴン在住の女性シュエ・ジンさん(34)は「国を守るために現地に行ってくれた。感謝している」と話した。【12月10日 共同】

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そうしたなかでスー・チー氏が語った内容は、一言で言えば、これまでのミャンマー政府の主張をなぞるものであり、かつての民主化運動の象徴の片鱗をうかがわせるものはありませんでした。

 

****スーチー氏、虐殺の訴えは「不完全」 ロヒンギャ裁判で反論****

ミャンマーの指導者アウンサンスーチー国家顧問兼外相は11日、国連の国際司法裁判所(ICJ)に出廷し、同国軍が少数民族ロヒンギャにジェノサイド(集団虐殺)を行ったとの訴えに「不完全で不正確だ」と反論した。

 

仏教徒が多数派のミャンマー(旧ビルマ)では2017年、イスラム系のロヒンギャに対し、軍が掃討作戦を実行。数千人が死亡、70万人以上が隣国バングラデシュへ逃亡した。

 

国際社会からは残虐行為との批判が上がり、矛先はノーベル平和賞受賞者のスーチー氏にも向けられている。

 

従来の主張をなぞる

スーチー氏は法廷で、多くのロヒンギャが暮らしていた西部ラカイン州の問題は、何世紀も前にさかのぼると指摘。

ミャンマー政府は、同州における過激派の脅威と戦っており、暴力行為は「内政上の武力衝突」だと主張した。

これは、同国のかねてからの立場を維持するもの。

 

スーチー氏はまた、武力衝突の発生は、ロヒンギャの武装勢力による政府治安部隊への攻撃がきっかけだと述べた。

 

虐殺、レイプの証言には一切触れず

一方、軍が過度の武力行使をした場合もあったかもしれないと認める場面もあった。

スーチー氏は、もし戦争犯罪に当たる行為があれば「兵士は訴追される」と述べた。

 

さらに、ラカイン州を離れた人々について、安全な帰還を実現すると宣言。裁判所に対し、紛争を悪化しかねない、いかなる行為も避けるよう強く求めた。

 

BBCのニック・ビーク・ミャンマー特派員によると、スーチー氏は、軍が民間人を銃撃の対象にしていたことを認めた。

 

しかし、ミャンマーは戦争犯罪人を法で裁くと主張。国が積極的に悪事を捜査しているのに、なぜそれを集団虐殺と呼べるのかと裁判所に問いかけた。

 

この日、スーチー氏はほんの一瞬、ビーク特派員がこれまで聞いたことのなかった自責の念を示した。ロヒンギャの名前は出さずに、バングラデシュに逃げた人々の「苦難」について語ったのだった。

 

それでも、前日に3時間にわたってスーチー氏が耳にした、集団殺害やレイプ、放火の証言については、ひとことの言及もなかった。

 

自由を奪った軍を擁護

かつて民主主義の象徴として国際的に称賛されたスーチー氏は、ロヒンギャに対する軍事作戦が始まる前の2016年4月から、ミャンマーの実質的な指導者をつとめている。

 

軍に対する直接の権限はもたない。しかし国連の調査団は、スーチー氏が掃討作戦に「共謀していた」とみている。

 

スーチー氏は今回、自分を長年にわたり自宅軟禁していた軍を擁護するため、法廷に立っている。

 

難民たちの受け止めは?

バングラデシュ・コックスバザール県のクトゥパロン難民キャンプでは、テレビで法廷の中継を見ていた難民たちから、「うそつき、うそつき、恥を知れ!」と大きな声が上がった。

 

「彼女はうそつきだ。とてつもないうそつきだ」。アブデュル・ラヒーム氏(52)は、コミュニティセンターでそう話した。

 

一方、ハーグの裁判所の近くでは、ロヒンギャ支援のデモ隊が、「アウンサンスーチー、恥を知れ!」と声を張り上げた。

 

スーチー氏とミャンマー政府を支持する約250人も裁判所前に参集。スーチー氏の顔と「あなたの味方だ」の文字が書かれたプラカードを掲げた。

 

呼びかけ人の1人で、現在はヨーロッパで暮らすビルマ国籍のフォフュタント氏は、「世界はアウンサンスーチー氏に対し、もっと辛抱強くあるべきだ」とBBCに語った。

 

「私たちは彼女を支持し、今も信じている。私たちの国に平和と繁栄をもたらし、このとても複雑な状況を解決できるのは彼女しかいない」

 

原告はアフリカの小国

この裁判では、イスラム教徒が多数を占める西アフリカの小国ガンビアが、多くのイスラム教国を代表して原告となっている。

 

同国のアブバカル・マリー・タンバドゥ司法長官兼法相は10日の法廷で、「ガンビアが求めているのは、ミャンマーに無意味な殺人を、我々の良心にショックを与え続けている残虐行為を、国民に対する集団虐殺を止めさせることだ」と話した。

 

タンバドゥ氏は10月、BBCの取材に対し、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪れ、殺人や強姦、拷問について話を聞き、原告になることを決めたと話している。

 

ミャンマーへの疑惑

2017年初め、ミャンマーには100万人のロヒンギャがいた。その大半は、西部ラカイン州に住んでいた。

しかしミャンマーはロヒンギャを不法移民と見なし、市民権を与えていない。

 

ロヒンギャは長い間迫害されていたが、2017年にはミャンマー軍がラカイン州で大規模な軍事作戦を開始した。

ガンビアがICJに提出した訴状によると、ミャンマー軍は2016年10月から2017年8月にかけ、ロヒンギャに対する「広範囲かつ組織的な一掃作戦」を実施したとされる。

 

この一掃作戦で、ミャンマー軍は大量殺人や強姦、「住民を閉じ込めた状態での」建物への放火などによって「ロヒンギャを集団として、全体あるいはその一部を破壊しようとした」とガンビアは主張している。

 

国連も証拠を入手

国連の事実調査団も数々の明白な証拠を見つけ、ラカイン州でのロヒンギャに対するジェノサイドについて、ミャンマー軍を調査すべきだとの結論に至った。

 

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は8月、ミャンマーの兵士が「女性や少年少女、男性、トランスジェンダーの人々に対し、強姦や集団強姦といった暴力的かつ強制的な性行為を繰り返し、組織的に行った」とする報告書を発表している。

 

5月には、ラカイン州イン・ディン村でロヒンギャの男性10人を殺害した件で有罪となった兵士7人が、すでに釈放されていたことが明らかになった。

 

ミャンマー当局は、軍事作戦はロヒンギャの武装勢力を標的にしたものだと主張。ミャンマー軍も内部調査で問題がなかったことを発表している。

 

虐殺認定には数年かかる見通し

ガンビアはICJに対し、ミャンマー国内外のロヒンギャを脅威や暴力から守る「一時的な措置」を講じるよう求めている。これは、承認されれば法的拘束力を持つ措置となる。

 

ミャンマーがジェノサイドを行ったという判決を出すには、ICJは同国がロヒンギャの「全体あるいは一部分を破壊しようと意図していた」ことを明らかにする必要がある。

 

ただ、この判決には強制力がなく、スーチー氏や軍高官らが自動的に逮捕され、起訴されるというわけではない。

しかし有罪が確定すれば国際的な制裁につながる可能性があり、ミャンマーの評判や経済に多大なダメージを与えることになる。

 

今回の審理は3日間にわたり、ロヒンギャ保護の一時的措置をICJが承認するかが焦点だ。ただ、ジェノサイドの認定には数年がかかるとみられている。

 

ロヒンギャの現在の状況は?

軍事作戦が始まって以降、数十万人のロヒンギャがミャンマーから逃亡している。

9月30日時点で、バングラデシュには91万5000人のロヒンギャ難民がいる。うち8割は2017年8〜12月に到着した人たちだという。

 

バングラデシュは今年3月、これ以上の難民は受け入れられないと発表。8月には自主帰国スキームを立ち上げたものの、これに応じた人はいないという。

 

また、ロヒンギャ難民10万人をベンガル湾の小さな島に移住させる計画も立ち上がったが、39の人道支援団体や人権団体などがこれに反対した。

 

9月には、BBCのジョナサン・ヘッド東南アジア特派員が、ロヒンギャ住んでいた村々が破壊され、警察の官舎や政府の建物、難民キャンプがつくられていることを突き止めている。【12月12日 BBC】

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【審理は和解を台無しにする・・・・ともスー・チー氏は主張 しかし、責任を明確にしないままの和解などあり得ない】

スー・チー氏は12日にも法廷に立ち、和解を台無しにする恐れがある」として、審理取りやめを求めています。

 

****スー・チー氏、ロヒンギャ裁判は「危機を再燃」 審理取りやめ求める****

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問は12日、同国のイスラム系少数民族ロヒンギャへのジェノサイド(集団殺害)をめぐる国際司法裁判所の裁判で、審理を取りやめるよう求めた。スー・チー氏は、裁判によってロヒンギャ約75万人が避難を余儀なくされた危機が再燃すると警告した。

 

ノーベル平和賞受賞者でミャンマーの事実上の文民指導者であるスー・チー氏は、オランダ・ハーグのICJで開かれた3日間にわたる審理後の最終弁論で、西アフリカのガンビアがミャンマーを提訴したこの裁判を進めることは「和解を台無しにする」恐れがあると主張した。

 

スー・チー氏は平和が戻りつつある証拠として、2017年のロヒンギャに対する軍事行動で影響受けた地域で最近行われたサッカーの試合の写真まで提示した。しかし、同氏がかつて対立していた軍幹部らを擁護したことで、人権運動の象徴としての国際社会での名声は低下している。

 

スー・チー氏は6分間の短い弁論で、「壊れやすい信頼の土台を築き始めたばかりの社会に、疑念を生み、疑いを植え付け、あるいは怒りを生み出すことは、和解を台無しにする恐れがある」と主張。

 

「継続中の内部紛争を終結させることは(中略)わが国にとって最も重要だ。しかし2016〜2017年にラカイン州北部で起こった武力紛争の再燃を回避することも同様に重要だ」と述べた。【12月13日 AFP】

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しかし、70万人を超すロヒンギャ難民の今も帰還がかなわない事態を改善するためには、一体何が起きたのか、誰の責任かを明らかにしないままの「和解」はあり得ないでしょう。

 

【「正しいことをしたければ、偉くなれ」という戦略的対応?】

スー・チー氏に“好意的”な見方としては、“不本意ながらも”現在の政治情勢から軍を弁護している・・・という評価もあります。

 

****スーチーを世界中が猛批判! なぜ「人権派の象徴」は「軍部を守る政治家」に変わり果てたのか****

(中略)そもそもスーチーは、軍の支持なくしては、集団虐殺を認め、対策を講じようにもできない現実がある。現憲法によれば、連邦議会の議員数の25%(4分の1)が国軍にあてがわれているため、75%の議員による賛成が必要な憲法改正はほぼ実現できない。

憲法改正を実現し、現在の憲法が保障している軍部の支配を解かないことには、スーチーも彼女の率いる与党国民民主連盟(NLD)も、思うように政策を実現できない状態にある。まして、ロヒンギャを攻撃している軍部を非難して敵に回すようなことになれば、また軍政時代のような独裁国家になってしまう可能性も否定できないのだ。

筆者は2010年の民政移管後すぐにミャンマーに入り、最大都市ヤンゴンや首都ネピドーで取材をした。その印象から、スーチーの現在の姿は、もしかしたら長いスパンをかけた「芝居」なのではないかとの錯覚すら覚えることがある。

 

日本のテレビの警察ドラマで「正しいことをしたければ、偉くなれ」というセリフがあったが、まさにスーチーはそれを実現しようとしているのではないか、と。

国を支配するミャンマー軍から信頼を手に入れ、憲法改正を実現するべく議会75%の壁を破るまで軍部寄りの発言をし、じっと我慢する。それから満を辞して人権派たる自分の真の姿を解放し、正しいと思う変革を進める──。そんなことを妄想してしまう。

それくらい、スーチーの変節は驚くべきものだ。今回の裁判ではミャンマーの状況は何も変わらないだろうが、2020年の選挙ではスーチーが「本当の姿」を見せられるような結果になることを期待したい。【12月14日 COURRIER JAPON】

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【結局、ロヒンギャ嫌悪・軍部擁護がスー・チー氏の本心では?】

しかし、スー・チー氏の本音としても、国際批判とはかなり認識のズレがあるのではないか・・・・というのが個人的な印象です。

 

そうした印象を持つようになったきっかけは、軍の残虐行為を報道したため収監された2人の記者に対する彼女の“裏切り者”という言葉でした。

 

****スー・チー氏の選択:記者恩赦か沈黙維持か *****

スー・チー氏は収監された記者には「非同情的」

 

(中略)米国の前ニューメキシコ州知事で、今年1月までロヒンギャ危機でミャンマー政府を支援する国際諮問機関のメンバーだったビル・リチャードソン氏は、スー・チー氏が2人の記者の釈放を実現させるかは疑問だとの見方を示した。スー・チー氏は記者らが置かれた状況に非同情的だったという。

 

リチャードソン氏は、「わたしが直接彼女にこの問題を提起すると、彼女は怒り出し、興奮してわたしに黙るように言った」と述べ、「彼女はこれが国家機密法違反だと本当に信じているのだとわたしは理解した」と付け加えた。同氏によると、スー・チー氏は2人の記者のことを「裏切り者」と呼んでいたという。(後略)【2018年9月5日 WSJ】

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ミャンマー国内の政治状況の点からすれば、スー・チー氏の今回の国際法廷への出廷は、スー・チー氏及び与党にとってはプラスになるのでしょう。

 

少数民族武装勢力との和解でも憲法改正でも「成果」を出せない、経済背長は鈍るなかで物価上昇によって市民生活が困窮する・・・という現状から、スー・チー政権に対し、主に地方で失望が広がり、“ミャンマーでは2020年11月に総選挙が予定されている。4年前の選挙で大勝したのはアウンサンスーチー国家顧問率いる現政権党・国民民主連盟NLD)だが、最近は逆風にさらされている。”【11月30日 朝日】という政治状況にあります。

 

そのなかで“国内では、スーチー氏の出廷が高く支持されている。応援集会が連日開かれ、ICJの日程に合わせたハーグ行きのツアーに申し込みが殺到。スーチー氏が率いる与党・国民民主連盟は16年の政権奪取後、思うような成果を出せず国民には不満がたまっていたが、今回の件で挽回(ばんかい)につながる可能性もある。”【12月8日 朝日】とも。

 

単にそうした国内向けパフォーマンスのために法廷に立った訳でもないでしょうが。

 

おそらくスー・チー氏は、ロヒンギャを嫌悪する国内世論とその嫌悪感を共有しており、軍のロヒンギャ追放を基本的なところでは支持しているのでは・・・。(殺害・レイプ・放火してもいい・・・とは思っていないでしょうが)

 

(ミャンマー国民及び彼女にとって)“理不尽な”国際批判をかわすために多少の対応はあるにしても、この問題でスー・チー氏に多くは期待していません。

 

 

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