(シリア北西部イドリブ県南部のマーラトヌマンで、トラックの荷台に乗って北へ逃げる負傷した男性と子どもたち(2019年12月22日撮影)【12月23日 AFP】)
【戦闘激化で急増する犠牲者・避難民】
シリアの反体制派は政府軍・ロシアによってイドリブ周辺に封じ込まれています。
反体制派最後の拠点となったイドリブへの政府軍の攻撃は当然のスケジュールですが、昨年10月にはいったんは停戦が成立しました。
しかし、その後も戦闘は続き、特に最近は激しさを増しています。
****シリア内戦 政権側が「たる爆弾」で空爆 子ども含む20人死亡****
内戦が続くシリアで17日、アサド政権の軍が反政府勢力の拠点に対し、「たる爆弾」と呼ばれる無差別に被害を及ぼす兵器を使うなどして激しい空爆や砲撃を加え、子どもや女性を含む20人が死亡しました。
シリア北西部にある反政府勢力の最後の拠点イドリブ県で17日、アサド政権側の軍がロシア軍とともに複数の町や村に激しい空爆や砲撃を加え、現地の情報を集めている「シリア人権監視団」によりますと、これまでに女性や子どもを含む市民20人が死亡したということです。
この攻撃では、ドラム缶などの容器に大量の爆薬と金属片を詰めて投下する「たる爆弾」も使われたということです。たる爆弾は金属片が広範囲に飛び散り、無差別に被害を及ぼすとして国連などが使用を強く非難しています。
反政府勢力が拠点とするイドリブ県やその周辺地域をめぐっては、去年10月、アサド政権の後ろ盾のロシアと反政府勢力を支援するトルコが非武装地帯を設けましたが、停戦は事実上崩壊し、ことし4月末以降激しい空爆が続いています。
学校や市場、医療施設などへの攻撃も繰り返され、この7か月余りの間に命を落とした市民は1294人に達しているということで、市民の犠牲に歯止めがかからない状況が続いています。【12月18日 NHK】
*********************
10月の停戦が機能しなかった理由として政府軍側は、非武装地帯から反体制派の過激派が引かなかったことをあげています。
学校や市場、医療施設などへの攻撃は誤爆ではなく、そうした施設を攻撃することで市民生活ができなくなることを狙ったものと思われます。
激しさを増す戦闘を避ける避難民も数万人規模に膨らんでいます。
****シリア北西部で再び空爆激化=数万人避難、深まる人道危機****
シリア反体制派の最後の牙城である北西部イドリブ県で、奪還を目指すアサド政権と後ろ盾ロシアによる空爆が再び激しくなり始めた。
既に数万人規模の市民が避難を余儀なくされている。冬の寒さが厳しさを増す中、国連は「住居や食料など支援を必要とする人々の脆弱(ぜいじゃく)性をさらに悪化させている」と人道危機の深まりを懸念している。
攻撃は16日ごろから強まり、在英のシリア人権監視団によると、21日の空爆では市民12人が死亡した。政権側は地上からの進軍に加え、容器に爆薬や金属片を詰めた殺傷力の高い「たる爆弾」を過去5日間ほどで200発近く投下したとされる。【12月22日 時事】
******************
上記記事にもあるように、戦闘に加えて冬の寒さが避難民を苦しめています。
****避難生活、寒さ深刻****
現在、避難者の多くはトルコ国境付近に集まっている。国境近くのキャンプに家族14人で住むハリド・ドゥリさん(39)は、4カ月前にイドリブ県南部から避難してきた。
オリーブ摘みの日雇い仕事が唯一の収入源だが、1カ月に25ドル(約2800円)にしかならず、支援団体からもらえるわずかな食料が頼みの綱だ。
最低気温は零下近くまで下がることもあるが、テントには暖房器具や、料理に使えるガスがない。最近は雨が多く、農地がぬかるんで、浸水するテントも目立つという。
電話取材にドゥリさんは、「私たちは家に帰って普通の暮らしがしたいだけ。動物のように屋外で寝泊まりする生活を終わらせるために国際社会に力を貸してほしい」と話した。【12月17日 朝日】
********************
【機能しない国連】
しかし、国際社会はアサド政権と反体制派のそれぞれを支援する国の対立が固定化し、シリアに対し国連も殆ど機能していない状況です。
****シリア人道決議案否決=ロシアが14回目拒否権―国連安保理****
国連安保理は20日、内戦下のシリアへの越境人道支援を1年間延長するベルギー、ドイツ、クウェート作成の決議案を採決した。
15理事国中13カ国が賛成したが、シリアの後ろ盾ロシアと中国が拒否権を行使し否決された。支援対象者は400万人に上り、安保理は来年1月の期限まで、延長に向け調整する。
2011年に始まったシリア内戦をめぐるロシアの拒否権行使は14回目。
交渉を経て決議案は人道支援機関が越境できる地点を現在より少ない3カ所で認めたが、ロシアは情勢変化を理由に2カ所にするよう求めていた。【12月21日 時事】
*****************
【「どこも安全ではない。家の中にとどまろうが、外に逃げ出そうが、どのみち死ぬしかない」】
そうした状況で犠牲者と避難民だけが増えていきます。
****シリア・イドリブで政府軍攻勢、避難民急増 ロシア空爆で民間人9人死亡****
シリア反体制派の最後の主要拠点となっている北西部イドリブ県で、バッシャール・アサド政権側の部隊が攻勢を強め、避難民が急増している。
在英のシリア人権監視団によると、ロシア軍の空爆も続き、戦闘を避けて避難しようとしていた民間人9人が死亡した。
イドリブ県は、国際テロ組織アルカイダの元傘下組織を前身とする反体制派連合「タハリール・アルシャーム機構」が大半を支配している。県内には約300万人が暮らすが、内戦で家を失ってこの地に逃れてきた人々も多い。
シリア人権監視団のラミ・アブドルラフマン代表は22日、県南部のマーラトヌマン奪還を目指して政府軍が19日から攻勢を強め、これまでに29町村を掌握したと発表した。4日間の戦闘で反体制派110人と政権側77人が死亡し、マーラトヌマン周辺から3万人以上が避難を余儀なくされているという。
同監視団によると、イドリブ県南部ではこの1週間に民間人40人以上が死亡した。
5人の子を持つ住民男性はAFPの取材に、救助隊や地元支援団体は住民の避難に苦慮していると語った。「誰もが全力を尽くしているが、(避難が必要な)人が多すぎて手が回っていない」と話すこの男性も、家族と一緒に県北部へ避難したいが車の手配ができなかったという。「どこも安全ではない。家の中にとどまろうが、外に逃げ出そうが、どのみち死ぬしかない」
シリア北部では8月に停戦が合意されたものの、空爆が続き、これまでに民間人の死者は290人に上っている。国連は、マーラトヌマン周辺では今月16日から政府軍とロシア軍による空爆が激化していることを明らかにするとともに、戦闘の「即時縮小」を求めている。
国連安全保障理事会は20日、イドリブ県を中心に暮らすシリア人400万人への越境人道支援を1年間延長する決議案を採決したが、ロシアと中国が拒否権を行使し、否決された。反体制派地域では来年1月以降、国連の人道支援がとだえる恐れが出ている。 【12月23日 AFP】AFPBB News
*******************
【トルコだけでは難民受け入れは無理】
問題はシリア国内にとどまりません。
トルコ国境沿いに集まった避難民は、より安全なトルコへ入国を求めるでしょう。
その規模は、戦闘が更に激化すれば数万を超えて数十万人規模にも。
そうなるとトルコだけでは支えきれないということで、数年前の欧州の難民危機の再現も。
この話は目新しい話も何でもなく、以前から想定されていた問題ですが、解決策が見いだせないまま問題の方が現実化しそうな状況です。
****「シリア難民の流入、トルコだけでは対処できない」 エルドアン大統領*****
シリア北西部イドリブ県で激化している戦闘に伴い、シリア難民が新たに増加していることを受けて、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は23日、欧州諸国に対しトルコだけでは難民の受け入れには対処できないと訴えた。
反体制派の拠点となっている同県南部のマーラトヌマンでは今月16日以降、シリア政府軍との戦闘が激化。政府軍を支援するロシア軍の空爆が度重なり、住民数万人がトルコとの国境に向けて避難を開始した。
エルドアン大統領はイドリブ県から8万人以上がトルコ国境周辺に押し寄せていると説明し、「トルコはシリアから新たに流入する難民の波に対処できない」と訴えた。
また、難民の数が今後さらに増えるなら、「トルコは単独で負担を引き受けることはしない」と述べ、「わが国が被る悪影響は、欧州各国、特にギリシャが経験していることと同様の問題だ」と語った。
トルコと欧州連合は2016年、欧州への移民流入をくい止めるために、ギリシャに密航してきた移民をトルコに強制送還する合意を交わした。エルドアン氏は、欧州が再びこの合意以前の状況に直面する恐れがあると警告している。
合意以前の2015年には第2次世界大戦後最悪規模の難民危機が発生し、欧州に100万人以上の難民があふれていた。
2016年の合意では、トルコが欧州に向かう移民や難民の管理を強化する見返りとして、EUがトルコに66億ドル(7200億円)の財政支援を約束した。 【翻訳編集】
******************
トルコは、シリア北部・トルコ国境沿いのクルド人支配地域に軍事侵攻したことで、欧州からは批判されています。
また、EU加盟が棚ざらし・後回し状態になっていることへのトルコ側の不満もあります。
エルドアン大統領としては、国境沿いに安全地帯をつくって、そこにシリア難民を送り込むという自分の主張を欧米も認めろ・・・といったところでしょう。
アメリカとは、ロシアからのミサイル購入を巡って制裁を科すかどうかが喫緊の課題となっています。
****米が制裁なら報復とトルコ大統領、ロシア製ミサイル購入めぐり****
-トルコのエルドアン大統領は20日、ロシア製ミサイルの購入やロシアからの天然ガスパイプラインを巡って米国がトルコに制裁を検討していることについて、報復も辞さないと述べた。
米議会はロシア製ミサイル「S400」をトルコが購入したことや、ロシアからのパイプライン「トルコストリーム」計画について、制裁導入を働き掛けている。
エルドアン氏は、S400の購入案件は既に完了していると改めて表明。米国の制裁の動きは「われわれの権利を完全に踏みにじるものだ。もちろん、こうした動きに対抗する独自の制裁を導入する」と述べた。【12月23日 ロイター】
*******************
そうした国際環境が悪化しているなかで、エルドアン大統領としては難民問題を“カード”として使うことで、トルコの立場を有利にしたい・・・という思惑もあるでしょう。
そうしたエルドアン大統領の思惑は別にしても、トルコはすでに各国のなかで最も多いおよそ370万人のシリア難民を受け入れており、これ以上の受け入れは困難だというのは事実でしょう。
2015年の欧州の難民危機の再来の危険性は現実のものです。
トルコは“23日にはロシアに高官を派遣してアサド政権にイドリブ県への攻撃をやめさせるよう働きかけることにしています。”【12月23日 NHK】とのことですが、難民問題がさく裂するまえに関係国間での国際協調を図ることが急務となっています。