(インド西部ムンバイで、女性獣医師殺害事件に抗議するポスターをみつめる女性(2019年12月1日撮影)【12月6日 AFP】)
【「恐怖のない自由を!」 インド社会は変わった?】
インド社会が貧困、宗教対立、カースト制などの差別など多くの問題を抱えていることは、これまでも再三取り上げてきたところですが、そうした問題のひとつが多発する性暴力です。
この性暴力の問題が表立って問題視されるようになったきっかけは、2012年に女子大生が“民営バスの車内で酒に酔った男6人に集団レイプされた揚げ句、鉄の棒で性的暴行を受けて車外に放り出され、後に死亡した”という凄惨な事件でした。
これを機に、インドでも状況改善に向けた取り組みが進められているようではあります。
****インドの風向きが変わった、性的暴行事件とは****
インドの国家犯罪統計局によると、2011年に発生した女性の犯罪被害は、殺人、レイプ、誘拐、性的嫌がらせなどを含め22万8650件にのぼった。同年行われた国際的な調査では、インドはアフガニスタン、コンゴ民主共和国、パキスタンに次いで、世界で4番目に女性にとって危険な国と評価された。
公共の場における女性たちへの対応は、長年の懸案となっていた。しかし、インドで女性たちがさらされる危険を容認する考えが崩れるきっかけが訪れた。それは、ジョティ・シン(通称ニルバヤー)の事件だ。
当時大学生だった彼女の名が世界に知れ渡ったのは2012年。民営バスの車内で酒に酔った男6人に集団レイプされた揚げ句、鉄の棒で性的暴行を受けて車外に放り出され、後に死亡した。
逮捕された成人の加害者は有罪となり、死刑判決を受けた。レイプ事件の4分の1しか有罪判決に至らないこの国にあって、異例の判決だった。
インド社会の反応も大きかった。女性たちが連日、路上で抗議活動を行い、「恐怖のない自由を!」と叫んだ。おそらくそれは、変化が始まった瞬間だった。
地方や国の機関が、女性向けの新たな安全対策に予算をつぎ込むようになった。2013年には、安全対策を推進するため、当時の政権が約160億円を確保。現政権はその3倍近い金額を投じ、デリーを含む8都市を、より明るく、安全で、女性にやさしい場所に変えようとしている。
すでに始動している対策もある。現在、デリーの警察は女性向けに10日間の護身術講座を無料で開講し、受講者が大勢いる場合は市内各地に出向く。南部のケーララ州では女性警官のみの部隊が編成され、街をパトロールしたり、女性たちからの緊急通報に対応したりしている。
インドにもある女性専用車両
都市の公共交通機関において、ピンクがさまざまな女性専用サービスを示す色となった。ピンクの三輪タクシーは女性客専用だし、地下鉄には女性専用車が設けられた。駅の保安検査場には女性用の列があり、故意に体を押しつけてくるような男性に悩まされることもない。
正直なところ、こうした状況に違和感があることも確かだ。政府に男女を分離してもらわなければ、女性は公共の場で男性と同じように快適に過ごすことができないのだろうか?
だが一方で、インド女性がSNSでハッシュタグを使った社会運動を展開している姿に元気づけられもする。
#TakeBackTheNight(夜を取り返せ)では、勇気ある女性たちが連携し、夜道を歩いた。#MeetToSleep(一緒に眠ろう)では2018年、安全に野宿をしようと、インド各地の女性600人が団結した(インドの男性は夜、戸外で寝ることを好むのだ)。【11月1日 ナショナル ジオグラフィック】
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【レイプ事件、年間3万2000件 更に、通報されないケースが圧倒的に多い】
しかしながら、巨大なインド社会において性暴力のまん延という現実があるのは、そうしたものを生む土壌ともいえる性差別・貧困・身分格差・行き届かない教育等々の社会現実が背景にあるからであり、今も事件が起き続けています。
****27歳のインド人女性獣医師、集団レイプの後殺害される 遺体は灰に****
インド南部ハイデラバードで、拉致された27歳の女性獣医師が集団レイプされた後に殺害され、遺体に火を付けられるという残忍な事件が発生した。
事件を受けて数百人の市民らは11月30日、容疑者4人を勾留している警察署を取り囲んだ一方、警察は警棒を振りかざし、群衆を建物から押しのけた。
容疑者らはすぐに身柄を拘束されたものの、事件は全国にショックを与え、レイプ事件に対する強い怒りの声が改めて上がった。
警察によると、獣医師の女性は27日夜、スクーターを高速道路の料金所付近に止め、その場を離れた。容疑者4人はその間にタイヤをパンクさせ、女性が戻ってくると、手伝いを申し出た。
女性は妹への携帯電話で、立ち往生していて男たちがスクーターの修理を申し出てくれたと話していたものの、妹が警察に語ったところによると「怖がっていた」という。その後妹は折り返し電話したものの、携帯電話の電源は切られていた。
灰となった獣医師の遺体は28日午前に発見され、毛布で包まれ、灯油をかけられていたという。女性の身元は明らかにされていない。
同国政府の統計によると、2017年にはレイプ事件の3万2000件報告されているが、専門家らは通報されないケースが圧倒的に多いと指摘している。
同国では30日も、近所に住む犯人からレイプされた後に体に火を付けられた16歳の少女が10日後、入院先のニューデリー市内の病院で死亡した事件などが報じられている。 【12月1日 AFP】
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【警察署内で犯人射殺 市民らは歓喜】
従来は(あるいは、今でもと言うべきか)、性暴力は事件にすらならないことが多く、犯人に対する処罰も極めて緩やかなものでした。
以前と変わったのは、犯人に対する厳罰を求める人々の意識が強まったことでしょう。
今回も“事件を受けて数百人の市民らは警察署を取り囲んだ”とのことですが、こうした事態を受けて、事件は(日本的には)意外な展開をみせました。
****インドの女性獣医師レイプ殺害、警察が容疑者4人を射殺 人々は歓喜****
インド南部ハイデラバードで27歳の女性獣医師が男らに拉致されレイプされた後、殺害されて遺体を焼かれた事件で、警察は6日、容疑者として身柄を拘束していた男4人を射殺したと明らかにした。事件の検証中に逃走しようとしたためだという。
警察の短絡的な措置に怒りの声もあるが、人々は容疑者の死に歓喜し、インド各地にお祝いムードにあふれている。(中略)
警察によると、4人は6日朝、事件の検証時に警備員の武器を奪おうとしたが、警官らに銃撃されて死亡したという。
4人が射殺されたとの知らせに、歓喜した市民ら数百人が射殺現場に押し寄せ、爆竹を鳴らしたり、警官たちに花びらを浴びせたりして祝った。
殺害された女性の妹も、地元テレビに「容疑者の4人が射殺されて喜んでいる」と4人の殺害を歓迎。「この出来事が今後の前例となるでしょう。支援してくれた警察とメディアにも感謝します」と謝意を述べた。
だが、その一方で人権活動家らは、「恣意(しい)的な暴力」を用いた説明責任回避だとして、政府を非難している。
インドではしばしば、警察が捜査のミス隠しや市民らの怒りを鎮める目的で、司法手続きを経ずに超法規的に容疑者を殺害し、批判されている。 【12月6日 AFP】AFPBB News
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“警備員の武器を奪おうとしたが、警官らに銃撃されて死亡”とのことですが、市民らの怒りを鎮める目的で超法規的に殺害したようにも思えますね。
警察等による超法規的殺害ということでは、フィリピンの麻薬問題で国家的規模で行われていますが、概ね市民の“受け”はいいようです。「悪い奴は殺してしまえ!」
【日本 厳罰化を要求する声 市民感覚と司法判断に溝】
インドと日本では、現状も社会背景も全く異なり、同列で比較することはできませんが、日本でも犯罪を犯した者に対して厳罰を要求する声が強まっており、被害者遺族の怒り・悲しみを司法が理解していないとの批判があります。
市民感情を反映した裁判員制度による死刑判決が、上告されて破棄されるという事例も相次いでいるように、市民感情と司法の間に溝もうかがえます。
****熊谷6人殺害、二審は無期懲役 ペルー人被告「心神耗弱」―一審死刑破棄・東京高裁****
埼玉県熊谷市で2015年、女児2人を含む6人が殺害された事件で、強盗殺人などの罪に問われたペルー国籍ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告(34)の控訴審判決が5日、東京高裁であった。
大熊一之裁判長は一審さいたま地裁の裁判員裁判の死刑判決を破棄、無期懲役を言い渡した。高裁は犯行時の被告について、心神耗弱状態だったと判断した。
大熊裁判長は判決で、被告は犯行時、統合失調症が悪化した状態で、「スーツの男が危害を加えるため迫っている」との妄想を抱いていたと指摘。被害者を「追跡者」とみなして殺害した可能性が否定できず、「妄想がなければ繰り返し殺人を犯す状況になかった」と述べた。
一方、被告が金品を入手したり、証拠隠滅したりしていたことなどを挙げ、「自発的意思も一定程度残されていた」とし、弁護側が主張した心神喪失状態だったとまでは言えないと結論付けた。
一審さいたま地裁の裁判員裁判は18年3月、被告が統合失調症だったと認めたが、「残された正常な精神機能に基づき、金品入手という目的に沿った行動を取った」と完全責任能力を認定し、弁護側が控訴した。一審裁判員裁判の死刑判決が高裁で破棄されたのは6件目。
ナカダ被告は被告人質問で「殺していません。もし私が6人を殺していれば、私を殺せばいい」などと発言。この日も不規則発言を繰り返し、主文は座ったまま下を向いて聞いていた。(後略)【12月5日 時事】
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事件の概要、ナカダ被告の家庭環境などについては、以下のようにも。
****【熊谷6人殺害】死刑判決破棄して無期懲役 ペルー人被告の想像を絶する「家庭環境」……父はDV男、兄は25人殺人犯****
(中略)
埼玉県熊谷市の3軒の住宅で6人が犠牲になったペルー人男性による連続殺人。容疑者は事件前、電話で複数の知人に「誰かに追われていて殺される」と話していたという。(中略)
親子3人の遺体をクローゼット内から発見
午後4時半頃には、民家の物置の中に前かがみになって潜んでいる姿が住人に発見されている。さらにその1時間後、近くの30代男性に路上で「カネ、カネ」と無心し、男性の自動車後部に回って内部を物色。
「何やってるんだ!」
男性にこう怒鳴られるとナカダは慌てて逃げ出し、足取りが途絶えた。
翌14日になり約1・5キロメートル離れた地点で、田崎稔さん(55)、美佐枝さん(53)夫妻が自宅で殺されているのが発見された。
社会部記者が語る。
「田崎さん宅で見つかった遺留物からはナカダのDNAが検出され、飲食をした形跡も認められました。また16日午後には白石和代さん(84)が自宅浴槽で殺害されているのが発見された。死亡推定時刻はその前夜から未明にかけて。
さらに同じ16日に加藤美和子さん(41)と美咲ちゃん(10)、春花ちゃん(7)の親子3人の遺体がクローゼット内から発見されたのですが、ナカダは母親の美和子さんを殺した後、下校まで姉妹を待って刺殺したと見られています」
殺害現場に留まりながら潜伏を続けたナカダ。現場にはスペイン語のような“血文字”も残されていたが、解読は不能だという。
16日午後5時ごろ、警察に追い詰められたナカダは冒頭のように加藤さん宅の2階から飛び降り、頭蓋骨を骨折。意識不明の重体となった。(中略)
ペルーでの苛酷な生い立ち
熊谷署から逃走した前日の12日朝、ナカダは派遣会社の担当者に電話で突然、「背広を着た人に追われていて工場に行けないので辞めます」と告げ、以後、連絡がつかなくなった。
ナカダは05年に来日後、関東、中部、関西、九州など各地で自動車部品工場や食品製造工場などの仕事を転々としていた。日本には兄2人、姉2人がいるが、ペルーの現地報道によれば、「バイロン(ナカダ容疑者)は孤独で、恋人はおらず、兄弟が一緒になることもなかった」という。
10年間も日本に滞在していながら、日本語の習得もままならなかった。凶行に至った背景に言語の壁による孤独があったことは想像に難くないが、それ以上に注目すべきは、ペルーでの苛酷な生い立ちだろう。
1985年8月29日生まれ、身長164センチ。本国で発行されたナカダの身分証に記載されている出生地は首都リマ郊外の「エル・アグスティーノ」という地区だ。
ここは南米の貧困地域として知られる「ファベーラ」で、痩せた赤土の荒涼とした丘の上に、掘っ立て小屋のようなボロボロの家がいくつも立ち並んでいる。
ペルーに在住経験のあるジャーナリストが語る。
「貧しい家ほど丘の高い場所に住み、電気、ガス、上下水道も通っておらず、住人が勝手に電線を引っ張って来たりする。水はたまに来る水売り業者から子供が買いバケツで運んできます。大勢が狭い家にひしめき合っているような環境で、何年か住んでいるうちに土地の所有権が認められます」
“死の使徒”と呼ばれたシリアルキラーの兄パブロ
ナカダは11人きょうだい。そのうちの1人、兄ペドロ・パブロ・ナカダ・ルデーニャ(42)は過去に25人を殺害した“ペルー最悪のシリアルキラー”として知られている。
「兄パブロは、ペルーでは“死の使徒”とあだ名されています。05年1月から06年12月まで殺人を繰り返し、立件されたのは17人で懲役35年の刑に服しています。本人は『25人殺した』と自供している。殺した相手はゲイやホームレス、売春婦、犯罪者で、拳銃で頭を撃ち抜くやり方。本人は『自分は掃除人だ。神が俺に命じた』と語っています」(多嘉山氏)
今回の日本での殺人を受け、ペルーでは「兄弟あわせて31人を殺した」と連日トップニュースで報じられている。
ナカダの父・ホセはアルコール中毒で、家庭内暴力が酷かった。母や殺人鬼の兄パブロ、ナカダ本人も鉄の棒で殴られたりしていたという。きょうだい11人のうち、上の姉2人だけは父親が別だ。
兄パブロは性的虐待を受けていた
「地元報道によればパブロは、6歳のときに姉に犯され、上の兄にはオーラルセックスを強要されていた。まともな教育も受けられず、凄惨な家庭環境だったため、兄弟がまとまることはなかったようです。
パブロは逮捕後の精神鑑定で、妄想性の精神病と診断されているが、母も双極性障害を患い、性格がコロコロ変わっていて周囲に信用されなかった。また姉の1人は統合失調症を患い入院歴があるうえ、別の姉は“うつ”で自殺しています」(別のジャーナリスト)(後略)【12月6日 文春オンライン】
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遺族の怒り・悲しみの報復としての厳罰、死刑制度の問題などについては、多くの議論があるところで、特段の見識もない私がとやかく言う話はありません。
ただ、遺族の怒りはともかく、ネットやメディアでの感情的とも言えるような発言などには、やや違和感も感じます。
****死刑制度、世界では少数派 存続は日本・米国・中国…****
(中略)国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの統計では、18年時点で正式に死刑を廃止した国は106カ国あり、事実上廃止した国を加えると計142カ国にのぼります。「廃止」は制度上も死刑を無くした状態、「事実上廃止」は制度は残しつつ、長年執行していない状態を指します。つまり、世界にある193カ国(国連加盟国)の7割ほどが死刑を執行していないことになります。
「先進国クラブ」ともいわれ、日本も加盟する経済協力開発機構(OECD)の36カ国に限れば、軍事犯罪をのぞく通常犯罪への死刑制度が残るのは日本と米国、韓国だけです。しかも韓国は長年執行していません。
死刑を執行している国はアジアや中東に多く、インドネシアやサウジアラビア、イランなどイスラム教徒の多い国では、宗教的な理由で死刑が続いています。
一方で、死刑に反対の立場をとるカトリック教徒が多いアルゼンチンなど南米の国々は、廃止に踏み切ったケースが多いです。欧州ではすでに、ベラルーシをのぞくすべての国が廃止しました。(中略)
90年代以降、国民は厳罰化を求める傾向にあります。きっかけは90年代後半に起きた大きな二つの事件、神戸の連続児童殺傷事件とオウム真理教の一連の事件です。
安全だと思われていた日本で非常に印象的な犯罪が起き、国民は大きな衝撃を受けました。この頃から、政治家が死刑制度を含む刑法全般に言及する機会が増えました。犯罪問題、刑罰問題の政治化です。
こうした問題を好んで発言する政治家は厳しい態度をとる場合が多く、結果として法定刑を引き上げる05年の刑法改正につながりました。(後略)【9月14日 一橋大・王雲海教授 朝日】
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