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(柔道女子78キロ超級1回戦でイスラエル選手と対戦するサウジアラビアのタハニ・カハタニ=日本武道館【7月30日 共同】)
【東京五輪・柔道 「変わらぬ中東」と「変わる中東」】
東京オリンピックでは熱戦が続き、特に柔道では本家・日本選手の活躍が目だっていますが、そうした中で注目されたのは、柔道男子81キロ級で銀メダルを獲得したモンゴル代表、サイード・モラエイ選手(29)でした。
モラエイ選手は、もともとはイラン出身ですが亡命し、モンゴルに国籍を変えて出場。
亡命のきっかけは、今回と同じく日本武道館で開催された2019年の世界選手権でイスラエル選手との対戦が予想される状況で、イスラエルを認めないイラン本国から試合を辞退するように圧力を受けたことでした。モルラエイ選手によれば「辞退しなければ家族を殺す」と脅されたとも。
今回東京大会では勝ち進み、決勝では永瀬貴規選手に敗れましたが、宿命の舞台で手にしたメダルに笑顔を見せました。
ただ、こうしたイスラエルと対立国をめぐる政治的問題が影響することはモラエイ選手の件だけではありません。
****なぜ東京五輪で柔道選手が相次いで棄権したのか? 背景にある複雑な事情とは****
東京オリンピックの柔道男子73キロ級で、アルジェリアの選手とスーダンの選手が、相次いで出場を棄権した。(中略)そして、柔道81キロ級でイラン出身のサイード・モラエイ選手がモンゴル代表として出場し、銀メダルを獲得した。
なぜ五輪出場という夢を果たしながら闘わずして棄権したり、国籍を変えたりするのか。その背景には、イスラエルと周辺各国が鋭い対立を続ける、中東の複雑な状況がある。
イスラエルと対戦する選手が相次いで棄権
柔道で最初に棄権を明らかにしたのは、アルジェリアのフェティ・ヌーリン選手だ。
五輪に出場して勝ち上がった場合、2回戦でイスラエルのトハー・ブトブル選手と対戦することになるため、「イスラエルの占領下にあるパレスチナの兄弟達に対して沈黙することは出来ない」と棄権の理由を地元紙などに説明した。
そして、次に棄権を表明したのは、73キロ級1回戦でアルジェリアのヌーリン選手と対戦する予定だった、スーダンのモハメド・アブダルラスール選手だった。 ヌーリン選手の棄権で自分が不戦勝となり、2回戦でイスラエルのブトブル選手と対戦することになるのを避けたとみられる。
(中略)そして、ヌーリン選手の棄権は、これが初めてではなかった。 2019年8月に東京で開かれた世界選手権でも、3回戦で同じブトブル選手と対戦することになり、棄権している。
パレスチナ問題で続くイスラエルへのボイコット
イスラエルはパレスチナ問題を巡り、周辺国との対立が続く。周辺アラブ各国の多くやイランは、外交面だけでなく経済面やスポーツなど、さまざまな面でイスラエルとの関係を絶ち続けてきた。
このため、例えばイスラエル・サッカー協会は、地理的にはアジアサッカー連盟(AFC)の管轄だが、周辺国協会のボイコットを避けるため欧州サッカー連盟(UEFA)に所属。代表チームは主に、欧州のチームと対戦している。
親イスラエル路線を採った米トランプ政権(当時)の強い働きかけもあり、アラブ首長国連邦など複数のペルシャ湾岸諸国やモロッコが2020年にイスラエルとの国交を正常化するなど、近年は一部で関係改善の動きが進んでいる。しかし、アルジェリアなどは同調していない。 2021年5月には、イスラエルとパレスチナの衝突が激化。双方に多数の死者が出て、対立は更に深まった。
棄権を強要された選手が亡命してメダル獲得
とはいえ、個々のスポーツ選手に対して政治の動きとの同調を求めることには、反発もある。 柔道男子81キロ級にモンゴル代表として出場し銀メダルを獲得したサイード・モラエイ選手は、イラン出身だ。 イランでも有数の強豪選手だったが、亡命してモンゴル国籍を取得してモンゴルの代表選手となった。
亡命の原因も、五輪と同じ東京・日本武道館で行われた2019年世界選手権での、イスラエル選手との対戦と棄権を巡る騒動だった。
イラン代表として出場したモラエイ選手は、2019年の柔道世界選手権で順調に勝ち進んだ。 しかし国際柔道連盟によると、4回戦でロシアの選手と対戦する直前、イランのスポーツ担当副大臣からモラエイ選手のコーチに電話が入った。 このまま勝ち進めばイスラエルのサギ・ムキ選手と対戦することになるため、イスラエルの存在を認めないイラン政府に、棄権を求められたのだ。イランの家族にも圧力がかけられたという。
それを聞いたモラエイ選手はその場に倒れ、号泣した。(中略)
精神的に追い詰められたモラエイ選手は、すぐに棄権することはしなかった。しかし、ムキ選手と対戦する前に敗退。最終的に81キロ級で優勝したのは、ムキ選手だった。
なお、ムキ選手は準々決勝でエジプトの選手と対戦し、破っている。エジプトは中東でも数少ない、イスラエルと国交のある国だ。1979年にイスラエルと国交を正常化しているため、エジプトの代表選手はイスラエルの選手との対戦を必ずしも棄権する必要がないのだ。
一方、イランはかつての王政時代、イスラエルと良好な関係を保っていた。しかし、1979年のイスラム革命で政権が変わり、エジプトと入れ替わるようにイスラエルと断交。今では世界で最も激しくイスラエルと対立する国となっている。
政府の指示に逆らったモラエイ選手は、そのままドイツに逃れ、棄権を迫られたことを公表した。イラン側は関与を否定したが、国際柔道連盟は政府の圧力があったと認定。イラン柔道連盟に対し、国際柔道連盟と傘下の各連盟が主催する国際大会への出場停止処分とした。
モラエイ選手は難民選手として国際試合に復帰。2019年末にモンゴル国籍を取得することで、東京五輪出場を果たしたのだ。 (中略)
パレスチナ問題の改善、及びイスラエルと周辺各国の関係改善が進まない限り、こうした棄権を巡る問題は今後も続きそうだ。 そして、今回棄権したヌーリン選手らが、どこまで自らの意思で棄権を決めたのか、周囲からの圧力があったのかどうかは、不透明なままだ。【7月29日 BUZZ FEED JAPAN】
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上記事例は、従来からの「変わらぬ中東情勢」を反映するものですが、一方で、イスラエルとの関係を含めて、中東情勢は変化しつつあります。
ひとつには、上記記事にもあるようにトランプ前政権の親イスラエル政策に沿った、UAE、バーレーンなど一部のアラブ諸国とイスラエルの国交正常化がありますが、バイデン政権に変わった後も、アメリカの中東への関与が薄れる状況下で、中東諸国の関係見直しが進んでいます。
同じ東京オリンピックの柔道にあっても、下記事例などは「変わる中東情勢」を反映するものでしょう。
****柔道、サウジ女性がイスラエル戦 社会変化を印象付ける****
柔道女子78キロ超級1回戦で30日、サウジアラビアのタハニ・カハタニ(21)がイスラエルのラズ・ヘルシュコ(23)と対戦した。
アラブ諸国ではパレスチナ問題で対立するイスラエルの選手との試合を避けて棄権することが多いが、母国の女性の手本になろうと堂々とした試合を見せた。背負い落としで一本負けしたが、保守的なサウジ社会の変化を印象付けた。
カハタニはイスラム教徒の女性が頭に巻くスカーフ「ヒジャブ」を巻かずに組み合った。試合後は記者の質問には答えず、すがすがしい表情で会場を後にした。ヘルシュコは「試合と政治は無関係。良い試合だった」と振り返った。【7月30日 共同】
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イスラエルとの関係云々以前に、サウジアラビアから女性の柔道選手が出場すること自体が「変わったな・・・」という印象も。(これまでの大会でサウジアラビアの女性柔道選手がいたかどうかは知りませんが)
サウジアラビアは中東世界にあっても保守的な国として知られ、宗教的理由からの女性の権利・社会進出への制約が最も厳しい国でしたが、女性の自動車運転解禁に象徴されるように、実力者ムハンマド皇太子の主導する「改革」で、一定に変化が生まれているようです。(ただ、「」付きの改革の面はありますが、それは今回はパスします)
【サウジアラビア イスラエル、イラン、カタールとの関係修復に動く】
イスラエルとの関係については、国内保守勢力への配慮などもあって、いまだ国交正常化には至っていませんが、昨年11月末にネタニヤフ首相(当時)がサウジアラビアを極秘に訪れ、ムハンマド皇太子と会談したと一斉に報じたように、水面下のコンタクトは行われていると思われます。
****サウジ外相:イスラエルとの国交正常化は中東に「多大な利益」をもたらすと発言****
サウジアラビアとイスラエルの国交の正常化に向けた合意は、中東に利益をもたらすが、イスラエル人とパレスチナ人の間の和平プロセスの進展が前提であると、サウジアラビア王国の外務大臣は木曜日に述べた。
ファイサル・ビン・ファルハン王子は、CNNとのインタビューで、「イスラエルと中東の関係が正常化すれば、地域全体に多大な利益をもたらします」と述べた。また「経済的にも社会的にも、そして安全保障の観点からも、非常に有益なことです」と述べた。
しかし外務大臣は、どのような合意であれ、イスラエルとパレスチナの和平が進展し、パレスチナが1967年の国境に基づき主権国家としての地位を与えられることが前提であると付け加えた。(中略)
UAEとバーレーンは、ドナルド・トランプ米大統領(当時)の仲介により、ワシントンで署名された「アブラハム合意」の一環として、昨年9月にイスラエルとの国交正常化協定を締結した。
これらの国は、1979年のエジプト、1994年のヨルダン以来、イスラエルとの国交を正常化した最初のアラブ諸国となった。その後、スーダンとモロッコも同様に国交を正常化している。(後略)【4月3日 ARAB NEWS】
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サウジラビアは実質的には「対イラン」という面でイスラエルと利害が一致することが多くなっていますので、その関係改善はそうした実態を追認するものでしょう。
更に、宿敵「イラン」との関係改善も動き始めています。
****サウジ、イランと関係改善にかじ イエメン泥沼、米方針にらみ****
サウジアラビアがイランとの関係改善に動いている。
イランの核開発を警戒するサウジはイエメンの内戦に軍事介入して親イラン民兵組織と戦ってきたが、内戦の泥沼化で膨らむ戦費が経済を圧迫しているとされる。
一方、バイデン米政権は4月上旬、イランの核開発や周辺国への影響力行使を制限するため同国との間接協議を開始しており、サウジは米イラン関係の変化を受けて歩み寄りにかじを切ったとみられる。
イスラム教の聖地を抱えるスンニ派のサウジとシーア派のイランは、地下資源が豊富な地域の大国。2016年、サウジがシーア派指導者を処刑したことなどで断交したが、両国とも「地域の緊張を緩和するため」として10日までに接触の事実を認めた。英紙フィナンシャル・タイムズによると双方は4月9日、イラクの首都バグダッドで最初の協議を行った。
次期サウジ国王候補のムハンマド・ビン・サルマン皇太子は4月下旬放映のインタビューでイランの「否定的な振る舞い」を批判しつつ、同国との「困難な事態」は望んでいないと発言。対イラン強硬派である皇太子の態度の変化を受け、イラン政府高官は「対話と協力の新たな段階に入れる」と歓迎していた。
サウジの対応が変わったのは、軍事介入して7年目に入ったイエメン内戦に難渋しているからだとの見方が強い。数百億ドルともされる戦費を注ぎ込んでも、イランと連携するイスラム教シーア派系民兵組織フーシ派を制圧できずにいる。
米国の政権交代もサウジの方針転換の背景にある。トランプ前政権はイエメン内戦でサウジを一貫して支援したが、内戦終結を目指すバイデン政権はサウジ軍事支援の停止を表明。4月下旬には停戦を促すため特使を中東に派遣した。
サウジは米国に協力する姿勢を示しているが、フーシ派によるサウジ本土への越境攻撃が続いており、内戦が収束するかは不透明だ。米イラン協議が停滞したり破綻したりすれば、イランがフーシ派への影響力を行使して、サウジへの攻撃を強化する可能性もある。
イランによる核開発とフーシ派支援を合わせて封じるのが米政権の狙いとみられるが、「イランはフーシ派をサウジと米国との交渉のカードとして使っている」(エジプトの評論家アレ・サイード氏)との見方があり、一筋縄ではない。【5月12日 産経】
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サウジアラビアに続いてUAEもイランとの関係修復に動いています。
“UAE副首相とイラン側が異例の会談 緊張緩和の動きか”【7月8日 朝日】
“イランへの圧力を強めたトランプ前政権から打って変わり、中東からの撤退を進めるバイデン政権は、イランとの核合意を成立させ、地域の緊張緩和を図っている。”【同上】という環境変化を受けての中東各国の対応と思われます。
なお、サウジアラビアはアラブ諸国の内輪揉めであったカタールとの関係も修復しています。
****サウジ、カタールとの国境閉鎖を解除****
米が仲介、イラン包囲網強化の狙い
サウジアラビアは同じアラブの隣国カタールと、2017年6月の断交とともに導入した陸、海、空路の閉鎖を解除した。クウェートのアハマド外相が4日、国営テレビで明らかにした。米トランプ政権による仲介の成果とみられ、イランに対する包囲網を強化する狙いがあるとみられる。(中略)
カタールを拠点とするアラビア語テレビ局アルジャズィーラによる報道の内容や、カタールのイスラム主義勢力への支援をめぐり対立してきたが、雪解けに向かう可能性がある。
アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーン、エジプトなど、サウジとともにカタールに断交を通告した他のアラブ諸国の対応が今後の焦点となる。(後略)【1月5日 日経】
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【地地中海ではガス田発見による「ありえない」関係も】
一方、イスラエルも中東諸国へのアプローチを続けています。
****イスラエル・ヨルダン首脳会談=3年ぶり、関係修復へ****
イスラエルのメディアは8日、ベネット首相が先週、ヨルダンの首都アンマンを秘密裏に訪れ、アブドラ国王と会談したと伝えた。イスラエルとヨルダンの首脳会談は3年ぶり。
両国はパレスチナ問題などをめぐり近年は関係が冷え込んでおり、イスラエル新政権発足を機に修復を進める考えとみられる。
一方、両国の外相が8日に国境地帯で会談。渇水に悩むヨルダンへイスラエルが水支援を増やすことや、ヨルダンからイスラエルの占領地ヨルダン川西岸への年間輸出額を4倍超に拡大する方針などで一致した。イスラエルのラピド外相は「ヨルダンは重要な隣国かつパートナーだ」と強調した。【7月9日 時事】
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また、東地中海での天然ガス田の発見は、イスラエルとエジプト、ヨルダン、パレスチナ自治政府を含む、これまでにはなかった国際関係を生んでいます。
****中東の「あり得ない」協力体制が現実に──新秩序の鍵は天然ガスにあり****
<「仇敵」だったはずの国々で構成される東地中海ガスフォーラムは、中東における欧州石炭鉄鋼共同体になれるか>
中東の各地で、同盟関係に予想外のシフトが起きている。新たに出現中の構図は、この地域にどんな意味を持つのか。
変化の主な引き金はイランの影響力拡大だ。湾岸諸国はアメリカの消極姿勢を懸念し、イランに接近。同時に、イスラエルとの安全保障関係の深化に舵を切っている。
だが、要因はイランだけではない。地中海東部に位置するイスラエルやキプロス、エジプトの沖合ではこの約10年間、新たな天然ガス田の発見が続き、それがかつての敵同士を接近させている。
今や、東地中海では資源で結ばれたコミュニティーが誕生しつつある。2019年初頭にエジプトの首都カイロで設立の議論が始まった東地中海ガス・フォーラム(EMGF)は昨年末、キプロス、エジプト、ギリシャ、イスラエル、イタリア、フランス、ヨルダン、パレスチナ自治政府と、極めて異質のメンバーが構成する正式な政府間組織になった。(中略)
新たな動きの中で目立つトルコの不在
イスラエルの場合、東地中海でのパートナー関係の深化路線には、それなりの理由もある。既にギリシャがイスラエルの天然ガスや防衛テクノロジー、軍事情報と引き換えに、イスラエル空軍に訓練目的での領空利用を許可している。
中東の陸地で手にすることのなかった規模の戦略的縦深性(戦略的に利用可能な領土の広がり)を、イスラエルは東地中海で達成できるかもしれない。
こうした動きのなかで目立つのが、トルコの不在だ。海洋領有権問題で対立してきたギリシャとトルコは今、係争領域にあるガス田という火種を抱えている。
ギリシャは昨年1月にキプロス、イスラエルと、欧州に天然ガスを送る東地中海パイプラインの建設で合意した(これはEUが対ロシア依存を減らすことにつながる)。長年、東地中海と欧州を結ぶエネルギー回廊の中枢に自国を位置付けようとしてきたトルコにとっては非常に悪い知らせだ。(後略)【7月27日 Newsweek】
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中東で起きている様々な動きは、それぞれの事情を反映したものではありますが、従来のイスラエル対アラブ諸国という軸はもちろん、トランプ政権時代のイラン対イスラエル・サウジアラビアという新たな対立軸も、大きく変化しようとしているように見えます。