(選挙運動をスタートさせ、報道陣に囲まれる自由党のウィルダース党首(中央)【2月19日 毎日】)
【オランダ極右政党 第1党に躍り出る勢いも、政権獲得は困難】
フランス大統領選挙、ドイツ総選挙に先立つ3月15日に行われるオランダ下院選挙が、極右勢力・ポピュリズムの台頭と言う形で、今後の欧州・世界の先行きを示す“鈴付き羊”となるかが注目されるという話は、1月26日ブログ“オランダ 「自由と寛容」の国での反移民感情の高まり”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170126で取り上げました。
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・・・・アメリカのトランプ政権誕生に加え、EUが崩壊・機能不全に陥ることになると、「自国第一」のポピュリズム・あるいは極右的排外主義が世界政治の主導権を握り、一方で中国・ロシアもその影響力拡大に手段を選ばない・・・・という、むき出しの自己中心主義・不寛容が世界を覆い、弱肉強食の世界ともなります。
そこにあっては、人権とか民主主義といったものは殆ど顧みられることもありません。
「自国第一」の国家間のせめぎあいは、武力衝突の危険性をも高めます。
そうした「悪夢」に向かう重要な年にあって、特に4月から5月に行われるフランス大統領選挙と、9月のドイツ総選挙が決定的な意味を持つことは再三取り上げてきましたが、それに先立って3月に行われるオランダの総選挙も“オランダが(羊の群れを先導する)鈴付き羊となる可能性”と言う点で非常に重要です。(後略)【1月26日ブログより再録】
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そのオランダでの選挙運動が本格化しています。
台風の目となっているのは、ウィルダース党首率いる極右政党・自由党です。
****<オランダ下院選>自由党が運動開始 移民排斥かかげ****
3月15日投開票のオランダ下院選(定数150)で、イスラム系移民の排斥をかかげる自由党が18日、国内第2の都市ロッテルダム郊外のスパイケニッセで選挙活動を本格的に始めた。市場近くで演説したウィルダース党首は「オランダを我々の手に取り戻す」と訴えた。
ウィルダース氏は街頭活動の機会が少なく、スパイケニッセには欧州各地からメディアが殺到。支持者のほか反対派や警備に当たる警察官らが入り乱れ、現場は混乱した。
モロッコ人への差別を扇動したとして昨年12月に有罪判決を受け控訴中のウィルダース氏は、この日も「モロッコ人の『くず』が治安を悪化させている」などと発言し、「この国を取り戻したいのであれば投票先は一つしかない」と訴えた。
オランダのモロッコ出身の移民は、国別では欧州連合(EU)加盟国を除くと3番目に多い。
下院で第5党の自由党は、欧州に100万人以上の難民・移民が押し寄せた一昨年夏を機に急速に支持を伸ばし、最新の世論調査では首位を保つ。
経済政策では、EUへの拠出金やアフリカへの支援金を減らして福祉制度を充実させると主張し、低所得層を中心に連立与党の労働党など中道左派の支持層の一部にも食い込んでいるようだ。
反イスラム運動「ペギーダ」のロゴ入り服を着たピートさん(65)は「福祉にただ乗りする移民には反対だ。(過激な主張から)自由党の支持を表立って語る人は多くないが、隠れて支持する人は多くいる」と話す。
一方、NGO職員のイロナさん(32)は「イスラム排斥の主張は論外だが、福祉や教育政策も耳に心地よいことばかりを主張して実現性がない。この国に分断をもたらしている」と批判した。
下院選は比例制で多数の政党が乱立し、単独過半数を望める政党はない。ウィルダース氏は「政権を担う準備はできている」と意欲を示すが、ルッテ首相率いる連立与党の中道右派・自由民主党など主要政党は連立を拒否し、政権入りの阻止に動いている。【2月19日 毎日】
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前回ブログで取り上げたように、自由党を押し上げる国民世論におけるイスラム移民への否定的な感情の高まりに対し、ルッテ首相が「普通に振る舞え。さもなければ国を出ろ」と訴えるイスラム排斥的な意見広告を出して自由党支持層切り崩しを図るといったことで、すでにオランダ政治の右傾化が進んでいるとも言えます。
現在のところウィルダース党首率いる自由党は、支持率ではルッテ首相の自由民主党を抑えてトップに立っていますが、連立相手がいないため、政権獲得は難しいとされています。
****3月オランダ下院選の選挙戦開始、反イスラム政党が支持率首位****
・・・・欧州では、5月にフランス、9月にはドイツで選挙が予定されており、ウィルダース氏は、3月の選挙を欧州での「愛国的な春(Patriotic Spring)」の始まりと称している。
一方、ウィルダース氏を追う中道右派の自由民主党(VVD)率いるルッテ首相は、景気回復の加速を売りに、緊縮財政を敷いた2012─14年に失った支持を取り戻そうとしている。(中略)
ウィルダース氏の自由党は20%を得票、ルッテ首相の自由民主党は16%を得票すると予想されている。
自由党はここ2年、概ね支持率首位を守っているものの、党・会派が乱立とも言える状況で、4政党ないしそれ以上の連立は避けられない。また、1政党を除くすべての政党が自由党と連立を組む可能性を排除している。
ラドバウド大学(ナイメーヘン)のクリストフ・ヤコブス講師は、「有権者の過半数は基本的にウィルダース氏に投票しない」と語った。
3月の選挙でウィルダース氏の自由党が第1党となったものの政権を樹立できなかった場合、ルッテ首相に連立交渉が委ねられる。
14日公表の世論調査では、61%がオランダの政治家を「エリート主義者、信頼できない、不正直」と回答。有権者の約37%が、誰に投票するか決めていないという。【2月15日 ロイター】
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【トランプ流のソーシャルメディア重視戦略 “ウソ”も構わず】
ウィルダース党首はアメリカ・トランプ氏のようにツイッターを多用して情報発信を続け、選挙運動全体の主導権を握っているようです。
****<オランダ>極右党首ツイッターで存在感 下院選まで1カ月****
欧州で続く国政選挙の先陣となる3月15日投開票のオランダ下院選(定数150)まで1カ月。イスラム移民の排斥を掲げる極右の自由党が世論調査で第1党をうかがう勢いをみせている。
本格的な選挙運動の開始を前に、ヘルト・ウィルダース党首はツイッターを多用して情報発信を続ける。対するルッテ首相ら他党の党首もソーシャルメディアでの応戦を余儀なくされ、自由党のペースに引きずり込まれている。
「ゼロパーセントだ、ヘルト。ゼロパーセント。それは起こり得ない」。与党の中道右派・自由民主党を率いるルッテ氏は12日、ツイッターの個人アカウントで選挙後の自由党との連立を改めて否定した。
ウィルダース氏はこの日、公共放送のインタビューで自由党が躍進した場合「有権者を無視するのは愚かな選択だ」と述べ、連立を拒否する他党を挑発した。
少数政党が乱立するオランダには単独過半数を望める政党はなく、連立政権が常態化。自由党は世論調査で30議席前後を獲得すると予測されているが、他党が軒並み連立に否定的で政権入りする可能性は低い。
だが、ルッテ氏の投稿は個人アカウントでは約6年ぶりで注目され、かえってウィルダース氏の存在感を高める結果となった。
ウィルダース氏の過激なツイートは既存メディアも取り上げざるを得ない状況だ。今月初めには中道の野党「民主66」のペヒトルト党首がデモ行進に参加したとする画像を添付し、「ペヒトルトが(イスラム原理主義組織の)ハマスとデモをしている」と投稿。だが画像は過去に撮影された写真にペヒトルト氏が合成された「捏造(ねつぞう)」だった。ペヒトルト氏は「今回は笑えない。これを受け入れてはいけない」とフェイスブック上で反発し、他党からも非難が集中した。
それでもウィルダース氏は「(ペヒトルト氏は)私と党の非難を続けており反論する権利はない」と意に介さない。12日のインタビューでは、ツイッターを巡るトランプ米大統領の手法に言及し「素晴らしい手段だ。ジャーナリストを飛び越して直接市民にボールを投げている」と称賛した。
自由党は党員制を取らず、主流政党と比べて活動資金が乏しいとされる。ウィルダース氏の既成メディア不信に加えて、党の財政事情もツイッター中心の広報戦略に傾かせているようだ。【2月14日 毎日】
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“ウソ”でも“フェイク”でも構わずインパクトのあるメッセージを発信し続けるあたりも、トランプ氏の戦術をなぞっているようです。
【移民・難民を敵視する人々】
前回ブログでも取り上げたように、ウィルダース氏らは暴力的なナチズムではなく、表立ってはデモクラシーを否定しません。
「ヨーロッパの培ってきた啓蒙主義的な価値や民主主義、人権を守るべきある。しかし、これを脅かすのがイスラムだ。彼らは政教分離を認めない。男尊女卑で女性にスカーフを強いる。同性愛の権利を認めない。こんなイスラムを認めていいのか」といった立場をとっています。
こうした主張は国民に受け入れられやすく、先述のルッテ首相の意見広告に見られるように、実際に中道的な政党は既にこういった主張を事実上ほとんど共有しています。
しかし、「啓蒙主義的な価値や民主主義、人権を守るべきある」と言いながら、その結果が「モロッコ人の『くず』が治安を悪化させている」ということであれば、その主張のどこかに欺瞞が潜んでいるように思えます。
なお、かつては労働力として歓迎された移民が、現在では“異質なもの”として排斥されやすくなっている背景には、社会福祉制度において社会参加を条件とするようななったことや、産業構造の変化でコミュニケーション能力が求められるようになったことで、移民の“異質性”が強く認識されるようになった側面があるということは、前回ブログで水島治郎氏(千葉大学法経学部教授)の指摘として取り上げたところです。
ウィルダース党首・自由党の支持層には、アメリカ・トランプ氏を支持した層と同様に、既存の政治から見捨てられているという不満・怒りを抱えた人々が存在します。
****EU、「自国第一」の波****
■オランダ 空洞化の旧産炭地、左派から右翼へ
1月下旬、オランダ南部ブルンスム。公民館の喫茶コーナーで自営業ジョン・ヤンセンさん(48)と会った。「自国第一」を掲げる右翼の自由党(PVV)の支持者だ。
中道右派と中道左派が、多党で連立政権を組むことが多いオランダ。これまで移民や難民の受け入れに寛容な社会とされてきた。「同一労働同一賃金」のワークシェアリングで、福祉国家も実現してきた。
反イスラムやEU離脱を主張し、「オランダの文化や言語を受け入れない移民や難民は出て行け」と唱えるウィルダース党首の率いるPVVは「極端すぎる」「排外的」とされ、メディアでまともに取り上げられることはなく、支持していても隠す人が多かった。
だがヤンセンさんは「PVVこそ普通の人や高齢者のことを考えている。隠す必要はない」と笑った。
ブルンスムがあるリンブルフ州東部は、長く中道左派の労働党の牙城(がじょう)だった。だが1970年代に複数の炭鉱が閉鎖され、数万人が失職した。人口流出と高齢化が進む中、PVV支持が増え、15年の州議選では得票率1位だった。
オランダも、リーマン・ショックや欧州通貨危機の直撃を受けた。元炭鉱労働者の父の元で育ったヤンセンさんは高校卒業後、職を転々とした。マットレス清掃の自営業を始めたが、社会保障の負担が重いとぼやく。「それなのに、どうして難民を助けないといけない? 多くの人が同じことを思っている」
オランダでは15年、約4万5千人が難民申請した。難民審査の期間中は一時滞在施設に入れ、週58ユーロの生活費や医療費も支給される。難民認定されれば、公営住宅に優先的に入れる。
かつて炭鉱労働者が多く住んでいたブルンスム郊外に暮らすヤン・ソマーさん(57)も、「移民や難民が多すぎる。PVV以外の政治家はエリートだから、私たちのことなんて考えてくれない」と憤った。
ソマーさんは高卒後、建設作業員として働いてきた。だが5年前、病気で3週間休んだ後、突然解雇された。後に若いハンガリー人2人が採用されたと聞いた。「会社が都合良く人件費を削減したんだ」。それ以来、PVVを支持する。
東欧からの出稼ぎ労働者との競争にさらされている労働者の怒りの矛先は、「人の移動の自由」を理念とするEUに向けられている。(後略)【2月5日 朝日】
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アメリカでもそうですが、こうした人びとの生活を困難にしたのは移民の存在というより、産業構造の変化でしょう。
しかし、人々はわかりやすい“敵”、不満をぶつける相手を求めます。
ウィルダース氏た極右勢力・ポピュリズムはそうした人びとの怒り・不満に対して“移民”を差し出し、多くの共感を獲得します。
【敵との闘争によって政治権力を正当化する。恐怖によって国民の支持を動員する】
極右勢力に限らず、社会を敵と味方に峻別することで権力を集中する政治は“民主主義国”にあっても広くみられるところとなっています。
****デモクラシーのパラドックス 内側から失われる自由 藤原帰一****
デモクラシーには、いま、どんな意味があるのだろうか。
いまから100年前の世界において、議会制民主主義はごくわずかの国にしか存在しない制度だった。
欧米世界に限ってみてもドイツ帝国やロシア帝国のような専制統治は珍しくなく、選挙が行われている場合でも選挙権には制約が加えられていた。欧米世界の外では植民地支配が広がっていた。デモクラシーが希望を込めて語られる裏には、デモクラシーとはほど遠い政治の現実があった。
それから1世紀を経た現代において、議会制民主主義はごく当たり前のように世界に見られる制度となった。
もちろん、中国、ベトナム、そして北朝鮮のような共産党独裁も、またサウジアラビアのような伝統的専制支配もいまなお残っている。制度としての議会制民主主義が現実に国民の意思を反映していないのではないかと疑う声もあるだろう。
それでも、複数の政党が争う普通選挙によって政治指導者を選び出す政治の仕組みが、欧米諸国はもちろんラテンアメリカ、南アジア、さらに東南アジアを含む東アジアへと広がったことは疑う余地がない。民主主義は見果てぬ夢から散文的な現実に変容した。
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民主的に選ばれた指導者が、民主政治を擁護するとは限らない。ロシアでは、プーチン大統領の下で、政府を批判する政治家やマスメディアに対する厳しい圧迫が続けられた。
トルコでは、2003年に首相に就任してから長期政権を続けるエルドアン氏のもとで、反政府勢力やメディアに圧力が加えられ、ことに16年のクーデター未遂事件以後は大量の検挙が繰り返されている。
日本と並んでアジアでは民主政治の長い伝統を誇るインドでもモディ首相のもとでNGOに対する弾圧が続き、フィリピンのドゥテルテ政権のもとでは麻薬犯罪者への射殺ばかりでなく、ジャーナリストへの迫害、時には暗殺さえ伝えられている。
選挙によって権力を手にしたヒトラーが独裁政権を生み出したように、民主政治が独裁に転換する危険は、これまでにも指摘されてきた。
しかしいま私たちが目撃しているのは、国会が放火され民主政治が独裁政権に変わる危険ではない。ここに挙げたプーチン、エルドアン、モディ、ドゥテルテ、これらのどの指導者をとっても、選挙によって指導者に選ばれたばかりでなく、少なくとも過半数、多い場合は80%を超える国民の支持を集めている。
特に民主政治を排除しなくても、国民の支持のもとで政治的競合が排除され、政治権力が集中する可能性が生まれている。
なぜ国民が権力の集中を受け入れるのだろうか。その鍵は、社会を敵と味方に峻別(しゅんべつ)する政治のあり方にある。
国家の安全を脅かす敵国、あるいは国内に潜んで国民の安全を脅かす反政府勢力など、国家の内外から国民の安全を脅かす勢力に国民の目を向けさせ、そのような外敵と内敵との闘争によって政治権力を正当化する。恐怖によって国民の支持が動員されるのである。
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このような構図は、これまでに述べたロシア、トルコ、インドやフィリピンに限ったものではない。そこまで顕著な形でないとはいえ、アメリカのトランプ政権でも、また日本の安倍政権でも、民主政治のもとで、国民の支持を集めつつ行政権力に大幅な権限が委譲され、政治的競合が後退する過程を認めることができる。
この構図は、かつてナチスドイツの台頭を前にした知識人の議論に似たところがある。カール・シュミットの「政治的なものの概念」、あるいはエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」など、立場もアプローチも異なるとはいえ、友敵関係と恐怖の支配する政治のあり方に注目する点では共通する著作だった。
だが、大きな違いもある。大衆社会論は民主主義ではなく、全体主義の社会的起源を解明することが目的であった。いま私たちが直面するのは、全体主義に向かうことなく、制度としての議会制民主主義の枠を保ちながら、政治的競合や少数意見が排除される可能性である。
民主政治は国民の意思を政治に反映する政治の仕組みであり、国民の意思を政治に反映する第一の手段が選挙である。
だが選挙によって権力を手にした政治指導者に過大な権力を委ねるなら、政治の多元性は失われ、権力に対する制限が弱まってしまう。民主政治のもとで自由が失われるパラドックスがここにある。
多数者の意思が、多数の横暴であってはならない。デモクラシーが当たり前の制度となったからこそ、デモクラシーのもとで自由な社会をどのように支えるのかが問われている。【2月15日 朝日】
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