孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

スリランカ  総選挙で与党圧勝 「スリランカのミャンマー化」懸念の声も

2010-04-10 16:20:33 | 国際情勢

(09年5月 「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」制圧を祝って握手するラジャパクサ大統領(左)とフォンセカ政府軍参謀長(当時) その後ふたりは大統領選挙を争い、与野党に分かれて総選挙を戦い、フォンセカ氏は軍の拘束下にあります。 “flickr”より By South Asian Foreign Relations
http://www.flickr.com/photos/menik/3543057508/)

【3分の2の議席確保に近づく勢い】
スリランカでは、1月に行われた大統領選挙で、反政府勢力「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」に対する掃討作成功を業績に掲げて、現職のラジャパクサ大統領が勝利しました。
更に、ラジャパクサ大統領は、同じく掃討作戦の功労者でもある、敗れた野党統一候補のフォンセカ前政府軍参謀長を大統領暗殺計画が発覚したとして拘束するほか、政権に批判的だったメディア幹部の逮捕や、フォンセカ氏に近い軍幹部12人の解任などの反対派の粛清を行うなかで、2月9日議会を解散して総選挙を強行しました。

議会の任期は4月下旬までありましたが、1月の大統領選の勝利の勢いに乗り、総選挙を前倒しして与党の勝利を確実にする狙いがあると報じられていました。
実際、4月8日に投票が行われた総選挙の結果は、ラジャパクサ大統領の目論見どおり与党圧勝の結果となっています。

****スリランカ総選挙、与党が勝利宣言 改憲目指す構え*****
スリランカ総選挙(一院制、定数225)は9日、開票作業が進み、今年1月に再選を果たしたラジャパクサ大統領の与党が過半数を獲得した。大統領の実弟バシル・ラジャパクサ大統領特別顧問は朝日新聞の取材に対し「我々は勝利した」と宣言。憲法改正に必要な3分の2の議席確保にどれだけ近づくかが焦点となっている。

投票は8日に行われた。国営テレビの集計によると、全体の8割の議席が確定した段階で、与党・統一人民自由連合(UPFA)は117議席を獲得。多数派シンハラ人が住む南部、中部、西部の農村地帯で圧倒的な強さを見せているほか、北部ジャフナ地区で2議席上積みするなど、少数派タミル人の地域でも議席を伸ばしている。
野党側は、大統領選の野党統一候補で軍の拘束下から立候補したフォンセカ前政府軍参謀長の率いる人民解放戦線(JVP)が、地盤の南部各地でほとんどの議席を失ったほか、民族政党のタミル国民連合(TNA)が苦戦した。
与党候補陣営による投票妨害や、投票箱の強奪事件があり、一部の選挙区で再選挙が実施されるため、比例代表制の29議席を合わせた全議席が確定するまでに1週間程度はかかる見通しだ。

昨年5月に内戦を軍事解決したラジャパクサ大統領は今回の勝利を受け、権力基盤の一層の強化を図るとみられている。バシル・ラジャパクサ特別顧問は「UPFAは約140議席を得るだろう」と述べ、125程度ある現有議席を大きく上回るとの見方を示した。
与党は改憲に必要な150議席に届かない場合でも、野党の当選者を引き抜いて、改憲を目指すとみられている。その場合、小政党に不利な小選挙区制の導入や、現行憲法では認められていない大統領3選に道を開く可能性が指摘されている。【4月9日 朝日】
*****************************

【憲法改正の動き】
政府は前回04年選挙と同様、支持者間の暴力的な対立が起きる恐れが高いとして、全国に治安部隊約5万9000人を配置、暴力的な衝突を抑え込みました。
野党側は「野党地盤の選挙区で、多くの野党支持者が投票できなかった」と主張。反政府機運のある東部州では、避難民支援団体が「多くのタミル人に有権者カードが配布されなかった」と訴えるなどの動きもありますが、選挙結果は動かないでしょう。

強権的政治姿勢・汚職体質・兄弟3人を政権の中枢に据えるなどの縁故主義・少数派タミル人の人権侵害・内戦における民間人犠牲などで欧米国際社会では評判の悪いラジャパクサ大統領ですが、内戦終結を歓迎する多数派シンハラ人の支持が根強いことを、大統領選挙に引き続き、今回総選挙結果は示しています。

再起を図るべく、拘束のもとで立候補、選挙戦に臨んだフォンセカ前政府軍参謀長でしたが、「野党の顔」として野党勢力を束ねていた同氏の逮捕で野党側は求心力を失い、非常事態宣言下で強い治安権限を持つ政権側による関係者や支持者の相次ぐ逮捕で勢いを失いました。

ラジャパクサ大統領・与党は憲法改正に必要な、3分の2、150議席を目指していますが、もし実現すれば、小政党に不利な小選挙区制の導入や、大統領3選を可能にする改憲を行う方向と言われています。
選挙制度の変更が行われると、少数派タミル人の声は、今以上に政治に届きにくくなります。
シンハラ・タミルの国民和解という課題への悪影響が懸念されます。

【「スリランカのミャンマー化」】
地理的、歴史的にスリランカはインドと深いつながりがあります。
国際資金援助という点では、日本も最大の援助国です。
しかし、近年、スリランカとの関係を強化しているのは中国です。
反対派を粛清して権力基盤を固めるジャパクサ大統領の強権政治姿勢は、中国との関係強化もあって、中国とのつながりが深い軍事政権国家ミャンマーになぞらえて、「スリランカのミャンマー化」との指摘もあります。

****【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(4)*****
・・・・スリランカへの最大の援助国は日本である。援助額は累計で9千億円を超す。これに対し、昨年、年間ベースで最も多くの援助を行ったのが中国だった。
道路、発電所、ハンバントタ港といった開発案件に計12億ドル(約1128億円)を借款として拠出。一国だけで、外国からの援助総額22億ドル(約2068億円)の半分以上を占めた。
スリランカ政府が昨年、25年以上に及ぶ反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)との内戦を終わらせることができたのも、中国からの軍事支援抜きには考えられない。中国は戦闘機6機を無償で提供したほか、大量の武器を供与した。
内戦激化とともに、ラジャパクサ政権による少数派タミル人への人権侵害などを米欧諸国が問題視。そのすきに、中国のマネーが流入し中国企業が大型案件の受注を重ねていった。アフリカの問題国家で見られたのと同じ構図である。
中国の進出に警戒を強めているのがインドだ。中国に対抗して、スリランカ北部で鉄道や火力発電所の建設支援に乗り出した。ただ、インド国内には、ラジャパクサ政権に反感を抱くタミル人が6千万人以上住んでいるだけに、世論にも配慮しなければならない。

スリランカの経済学者、ハーシャ・デ・シルバ氏は「中国は援助に何の条件も付けない。汚職や腐敗対策のため、本来ならばその透明性を高めていかなければならないのに」と危機感をあらわにする。
スリランカ政府に批判的な有識者からは、「スリランカのミャンマー化」を懸念する声も上がっている。軍政下のミャンマーでは自由と民主主義が大きく制限され、対米欧関係が悪化する代わりに、中国との関係は緊密さを増している。

もっとも、スリランカでは、複数政党参加の選挙が地方から国政レベルまで実施されており、1990年以来、複数政党による選挙が行われていないミャンマーとは異なる。
ただ、今年1月の大統領選でラジャパクサ大統領のライバルとして戦ったフォンセカ前軍参謀長も、逮捕容疑が明らかにされないまま軍法会議にかけられている。政府に批判的なジャーナリストの殺害や失踪(しっそう)も後を絶たない。
また、中国の軍情報部門から専門家を招いてインターネットの規制にも着手、反政府系サイトへのアクセスが難しくなっている。
ある政治評論家は「経済的に依存する中国に見返りを求められたら、スリランカ政府は言いなりになるしかない」と断じる。
8日の総選挙では、ラジャパクサ大統領を支える政権与党の勝利が確実視されている。「ミャンマー化」に歯止めがかからない。【4月5日 産経】
***********************************

“民主化”“人権”という価値観に配慮を払わない中国の姿勢は、その国内にとどまらず、ミャンマー、北朝鮮、スリランカ、スーダンなど世界各地に問題を拡散させているように思われます。
中国やイランなどの、従来の政治価値観とは異質な国家の台頭、その影響の国際的拡大、旧ソ連諸国におけるカラー革命の破綻などの背景には、いわゆる“民主化”が混乱と無秩序、内紛をもたらすものでしかないという苦い現実認識があります。
現代は、“民主化”“人権”“自由”という価値観を重視する欧米的な“民主主義”の真価が問われる時代のようにも思われます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イラン核開発問題  追加制裁に向けて中国も協議に参加 ただし、実効性は疑問

2010-04-09 22:31:13 | 国際情勢

(3月10日 アフガニスタンを訪問してカルザイ大統領(右)とともに記者会見にのぞむイラン・アフマディネジャド大統領(左) 欧米主導のアフガニスタン復興に異議を唱え、隣国として独自に強く支援する意向を表明しました。“”より By United Nations Assistance Mission in Afghanistan
http://www.flickr.com/photos/unama/4421745949/)

【今秋にも核兵器能力を得る可能性】
イランの核開発疑惑については、07年12月に一部公表されたアメリカの「国家情報評価」(NIE)において「03年秋から停止している」とされたことで、イラン核施設空爆といった強硬手段は留保されました。
しかし、イランが核開発を再開しているとのその後の情報で、英仏独は、イランが今秋にも核兵器能力を得る可能性があるという見方になっているようです。
アメリカもNIEを見直すのではないかと観測されています。

****イラン評価見直しか 米NIE、核開発再開の情報*****
「イランの核兵器計画は2003年秋から停止している」と指摘した米機密文書「国家情報評価」(NIE)が見直されるとの見方が欧州で強まっている。
NIEは米国の安全保障について中央情報局(CIA)などが集めた情報をまとめた文書。ブッシュ前米政権下の07年12月、一部公表され、「は核兵器計画を07年半ばの時点で再開させていない。核兵器用高濃縮ウランの製造技術を身につけるのは10~15年の間になろう」と指摘した。
当時、イランの核兵器開発を止めるため武力行使の可能性が取りざたされたが、NIEの公表でこの選択肢は排除された。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、イスラエルの情報機関は「イランは最高指導者ハメネイ師の指示でミサイルに搭載できる核弾頭開発を05年に再開した」と分析。英情報機関も「ハメネイ師の指示で核兵器計画は03年に停止されたが、04年後半か05年前半に再開した」との情報を入手した。英仏独は、イランが今秋にも核兵器能力を得る可能性があるとみている。
国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が2月18日、イランの核兵器開発に懸念を示す報告書を理事国に配布したのはこうした情報が根拠になっている。
米情報機関は今年、NIEを更新する準備に入ったと伝えられている。元米国務次官補代理で英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック上級研究員は「前回から2年以上も経過しており、ミサイル搭載の核弾頭の設計を再開したと付け加えるとみている」と述べている。【4月4日 産経】
*************************

こうした事情を背景に、3月30日、カナダの首都オタワ郊外ガティノーで開催していた主要8か国(G8)外相会合は、イランへの国連安全保障理事会の追加制裁決議採択に向け、「適切で強固な手段を取る」などとした議長声明を採択しました。
議長声明は、イランのウラン濃縮を「重大な懸念」とした上で、「核計画の平和性に強い疑念を抱かせる」と明記しています。

【ロシア あいまい作戦で利益引き出しを狙う】
国連安全保障理事会の追加制裁決議については、イランと従来より関係が深いロシア、最近経済的な関係を強めている中国という、拒否権を有する2カ国の賛同が得られるかが以前から焦点になっています。

ロシア・プーチン首相は3月、アメリカ・クリントン国務長官のロシア訪問の際、「決議採択の可能性はある」と言明する半面、「制裁が常に問題解決に役立つばかりでなく逆効果となる場合もある」と述べて含みを残した立場をとっています。
****イラン制裁、同調迫る米 露、あいまい作戦****
・・・決議採択に中国の説得が不可欠な現状をにらみ、態度を鮮明にしないことで自らの存在感を誇示するロシアの思惑がうかがえる。(中略)ただ、イランに対するロシアの影響力は中国のそれの比ではなく、核開発を思いとどまらせる政治力はロシアにはないとの見方もある。モスクワの評論家、ピカエフ氏はBBCロシア語放送に対し、「ロシアとイランの貿易高は約20億ドルだが、中国は石油・天然ガス関連を中心にほぼ1000億ドルをイランに投資している。(制裁の可否は)ロシアではなく中国の判断しだいだ」と述べた。
イランに先立って北朝鮮の核問題が国際社会の議論となった2000年代前半には、ロシアの北朝鮮に対する政治・経済面での影響力が中国に比べて乏しいことが明らかになった。対イラン関係でも類似した状況が現れつつあるようにみえる。中国との共同歩調を維持しつつ、欧米から利益を引き出すのがロシアの狙いといえそうだ。【3月21日 産経】
************************

ただ、ここにきて、従来より追加制裁決議への協力姿勢を見せ始めています。
8日、プラハで核兵器の削減に向けた新たな軍縮条約に、オバマ米大統領とともに調印したメドベージェフ大統領は、「制裁はめったによい結果をもたらさない」ともコメントして、米欧主導の対イラン追加制裁の動きに引き続き慎重に対応する構えを見せつつも、イランが核開発に関する建設的な提案に応えなかったことは遺憾だとし、安全保障理事会による追加制裁が必要かもしれないと指摘、追加制裁に向けた協議で協力していく姿勢を示しています。

【板挟みの中国】
追加制裁決議のカギを握るのは中国です。
****ジレンマの中国 イラン制裁 原油確保に黄信号****
米欧からイランに対する制裁支持を求められる中、中国政府が内政と外交のはざまでジレンマに陥っている。
中国外務省の秦剛報道官は3月30日の記者会見で、「中国は核兵器の拡散とイランの核兵器保有に反対する」と発言。返す刀で「イランは主権国家として核を平和利用する権利がある」と述べ、対話を通じて平和的に解決すべきだという従来の主張を繰り返した。

米国主導で進む制裁案協議には、中国と歩調を合わせてきたロシアまでもが前向きな姿勢を示している。国際的に孤立することは中国政府も望んではいない。だが、北朝鮮制裁決議には同意しても、イラン制裁案には簡単に首を縦に振れない理由が中国にはある。
温家宝首相は3月22日の経済討論会で「失業者が2億人」と明かした。今後、産業の高度化に伴い雇用創出はさらに困難となる。社会の安定のためには経済成長の持続が不可欠で、現在の8%成長がギリギリの線といわれている。
成長を支える資源の確保は、体制維持を至上命題とする共産党政権にとっては重要案件の1つ。重要な原油供給国であるイランとの関係悪化は内政問題に直結しかねず、それがあいまいな態度の背景にありそうだ。【4月1日 産経】
**********************************

中国外務省の秦剛副報道局長は4月1日の定例記者会見で、イランの核開発問題に関連し「原子力の平和利用計画であっても国際原子力機関(IAEA)の監督を受ける必要がある」などと述べ、イラン側に譲歩を促しています。資源をめぐり関係が深いイランと、制裁を求める米国の間で板挟みになっている中国としては、イランに譲歩を促すことで事態の打開を模索した動きとみられています。

【協議には参加、されど・・・】
2日、オバマ大統領は中国の胡錦涛国家主席と電話で会談し、イランの核開発を阻む国際的な取り組みに中国も加わるよう要請。
これまで中国は追加制裁には消極的な立場でしたが、アメリカ側と非公式に協議を重ねた結果、胡錦濤国家主席が12日からワシントンで開かれる核保安サミットに出席することとあわせて、対イラン追加制裁を協議する会合への参加を同意しました。

****6カ国、イラン追加制裁に前進へ 初の大使級会合*****
国連安全保障理事会の5常任理事国にドイツを加えた6カ国の国連大使らは8日、ニューヨークで、ウラン濃縮を拡大・継続するイランへの追加制裁に関する初の大使級会合を開き、安保理決議草案の内容などを協議した。草案の内容で合意には至らなかったが、来週にも次回会合を開くことで一致した。ロシアのチュルキン大使らが会合後、記者団に明らかにした。
ライス米国連大使は会合前、記者団に「数週間以内に(採択)できるよう動いている」と発言。慎重姿勢を続けていた中国が先月末に6カ国による電話協議に復帰したことと合わせ、制裁決議採択に向け、前進する可能性が出てきた。
安保理外交筋は「米国は、5月の安保理議長国はイラン追加制裁に反対姿勢のレバノンであるため、日本が議長国を務める4月中の採択を目指している」と指摘した。
6カ国の国連大使らはこの日、約3時間、決議草案の細かい文言などについて協議。米国は、イランの核開発に深く関与する革命防衛隊や関連企業を対象にした金融制裁を提案しており、厳しい内容を求める米国と、内容を弱めたい中国、ロシアとの間で突っ込んだやりとりがあったとみられる。【4月9日 共同通信】
****************************

中国が協議に参加したことで、追加制裁への一応の道筋は見えてきましたが、中国としては実効ある厳しい制裁ではなく、形式的な「政治的ジェスチャー」にとどめる意向とも言われています。
****イラン制裁議論に加わる中国の皮算用*****
核開発を続けるイランへの追加経済制裁に向けた国連安全保障理事会の話し合いに中国が「参加する」意向を示したことを、欧米外交筋は喜んでいる。だが結果については多くを期待していない。
安保理での議論の結果は非常に限定されたものになるだろう、イランの主要な貿易相手国で追加制裁に長い間反対してきた中国が許容するのは、イランの神権政治に実際に痛手を与える制裁措置ではなく「政治的ジェスチャー」だ----と、ヨーロッパのある外交官は言う。
しかし安保理の常任理事国で制裁決議への拒否権を持つ中国が、名ばかりとはいえ追加制裁に合意すれば、国際社会に歩み寄らず野蛮な振る舞いを続けるイランに対して、古くからの盟友も辟易しているという「メッセージ」を送ることができる。
(中略)しかしイランへの武器輸出の制限など、ヨーロッパ諸国が求めるような厳しい制裁に中国など安保理理事国の支持は得られそうにない。
欧米外交筋によると、石油の探査・生産に関する技術の移転に対する締め付けも追加制裁として議論されそうだ(中国が必ずしも認めるとは限らないが)。
しかし国連安保理、特に中国がイランへの精製石油の供給を止めさせるようなより強硬な追加制裁に同意する、と期待する欧米の外交官は現状ではほとんどいない。【4月2日 Newsweek】
*****************************

まあ、中身よりは、まずは中ロを含めた国際社会のなんらかの合意が得られれば、一定の成果というところでしょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キルギス  バキエフ政権崩壊 「革命のサイクル」

2010-04-08 22:52:43 | 国際情勢

(4月7日 キルギスの首都ビシケク “flickr”より By Diario Presencia
http://www.flickr.com/photos/diariopresencia/4499978669/)

【裂けたチューリップ】
中央アジアのキルギスで政変が起きています。
“在ビシケクのトルコ大使によると、北部の都市タラスで6日、燃料・電力の値上げに反対するデモが起こり、それが7日にビシケクに飛び火したという。またロシアのインタファクス通信は、タラスで野党指導者らが逮捕されたことを受け、タラス、ビシケク、ナルインで衝突が勃発したと伝えている”【4月8日 CNN】
その後、バキエフ大統領の首都脱出、オトンバエワ元外相らの野党勢力による臨時政府樹立まで、一気にことは進みました。

****キルギス:野党勢力「臨時政府」樹立を宣言*****
中央アジアのキルギスで起きた反政府暴動で野党勢力は7日、政府庁舎や国営テレビを占拠し、「臨時政府」樹立を宣言した。インタファクス通信などによると、バキエフ大統領は同日深夜までに首都ビシケクから南部の主要都市オシに逃亡したとみられる。バキエフ政権の腐敗ぶりや世界的な金融危機を引き金とした経済苦への民衆の不満が政府転覆に至った。米国は、アフガニスタン戦争でキルギスの空軍基地を重要な供給基地として使っており、米国務省は事態に憂慮を表明した。

6日に北部タラスで反政府暴動が始まって2日で政権が崩壊した。キルギスでは05年3月にもバキエフ氏らの主導による反政府デモ「チューリップ革命」で当時のアカエフ大統領が辞任した。反政府暴動による政権崩壊劇が再び繰り返された。
報道によるとキルギス国防省は8日未明、大統領がオシへ脱出したことを明らかにした。
野党指導者のローザ・オトゥンバエワ元外相はロイター通信に対し、「臨時政府を樹立した。私が首班だ」と述べた。臨時政府は、ほかにテケバエフ元国会議長、野党「アク・シュムカル」のサリエフ党首ら14人で構成する。オトゥンバエワ氏によると、今後半年で新たな憲法を起草、「自由で公正な」大統領選挙の環境を整える。

ビシケク中心部では警官隊が野党支持者に発砲し、半ば暴徒化した市民が政府省庁や大統領私邸を次々と襲う混乱が広がり、保健省によると死者は65人、負傷者は約500人に達した。ロイター通信によると、野党支持者が州政府省庁などを占拠したのは、北部タラスなど3都市。
ビシケク近郊には米軍がアフガニスタンへの物資供給中継基地とするマナス国際空港があるほか、ロシアが駐留するカント空軍基地もある。【4月8日 毎日】
************************

【強権的一族支配】
新首班となった女性政治家オトンバエワ元外相は、バキエフ大統領と共に05年のチューリップ革命で当時のアカエフ大統領を辞任に追い込んだ後、大統領の座についたバキエフ氏の下で外相代行に就任しましたが、その後強権政治を批判し、政権から離れています。

反政府デモが激化した背景については、“バキエフ大統領がアカエフ前大統領(ロシア在住)と同様に強権化し、経済情勢も悪化していたことへの失望がある。バキエフ政権は言論・報道統制を強化し、議会でも翼賛体制を確立。同氏の親族が政府高官に起用され、大企業を握るなど「一族支配」の色彩が強まっていた点も前任者と共通する。電気など公共料金が急激に引き上げられたことも庶民の不満に火をつけた。”【4月8日 産経】と報じられています。

「一族支配」のなかでも、とりわけ大統領の後ろ盾を得て権力と富を牛耳ってきた子息マクシム・バキエフ氏に対する国民の強い不満があったとも報じられています。
****汚職体質に国民怒り 大統領息子へ利権集中****
ロシア国営テレビは三月下旬、マクシム氏について「親の七光を得て国内で強大な権力を握る人物」と報道。同氏を頂点とする利権構造に国民の怒りの矛先が向けられ、「暴動が起きるのは必至」と予測していた。
キルギスでは三月までの九カ月間に、通信会社など複数の有力国営企業が民営化されたが、企業の所有権はすべてマクシム氏に移ったという。同氏は治安機関の要職にも就き、アフガニスタンへの中継補給基地として米軍が駐留する軍民共用のマナス国際空港も統括していた。
またマクシム氏のビジネスを支えた有力実業家はイタリア当局から、貴金属と麻薬の不正取引の嫌疑をかけられていたという。

今回の政変で臨時政府トップに就いたオトゥンバエワ元外相は、大統領一族に絡む不明朗な資金の流れをこれまで議会で追及してきたが、「(政府から)明確な答弁はなかった」と指摘していた。
バキエフ大統領は三月下旬、体制引き締めの集会で「正しい道を歩んでいるが、まだ目標には達していない」と演説。その原因をキルギスの「血族関係や汚職にしばられた体質にある」と語っていた。
今回、まさに自身の汚職体質により政権を追われた形だ。【4月8日 毎日】
********************************

【背景には南北対立】
強権支配の大統領が民衆の怒りを買って大衆行動で権力の座から追われる・・・という図式は、05年3月のアカエフ前政権を打倒した「チューリップ革命」とのときと酷似しています。前回と違うのは、100人前後の犠牲者が出ている点のほか、北部と南部の立場が逆転している点です。

キルギスは伝統的に南部と北部の氏族が対立しており、「チューリップ革命」も、北部出身のアカエフ氏に代わり南部のバキエフ派が権力を握った政変でした。
今回は暴動の発端が北部都市タラスであり、バキエフ大統領は支持者の多い南部のオシに脱出したところから、北部が主体となった政変のように思われます。
こうした「政変」「革命」は、民主化運動とか強権支配への抵抗・・・といった面よりも、地元への利益誘導でどちらが豊かになれるかというかという南北間の争いの側面が強いように思われます。
この点について、前出【4月8日 産経】は“新政権が南北対立を克服できない場合、「革命のサイクル」に入り込む可能性も排除できない”と指摘しています。

【米ロのパワーバランス】
アメリカは、アフガニスタン戦略上重要なマナス基地に駐留する米軍の完全撤退を野党勢力が求めたこともあって事態を憂慮していますが、7日夜現在、基地運用に大きな影響はない模様とか。【4月8日 読売】
同じく駐留基地を持つロシアのプーチン首相は、事態の沈静化を呼びかけると共に、キルギスでの衝突にロシアは関与していないと強調。8日にはオトゥンバエワ元外相に電話し、人道支援を行う用意があると表明、暫定政権を支持する姿勢をいち早く見せています。【4月8日 共同】
キルギスはアメリカ・ロシアがその影響力を争ってきた国でもあります。今回の政変は、そうしたパワーバランスにも影響しそうです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メコン川異常渇水 流域国首脳会議は中国に“配慮”して沈黙

2010-04-07 22:26:29 | 国際情勢

(タイ・ノンカイとラオス・ビエンチャンを結ぶ「タイ・ラオス友好橋」付近のメコンも干上がって、歩いて渡れる状態になっています。そのやせ細った川から水不足に悩む付近の住民がポンプで水を汲み上げています。
“flickr”より By Tran Duc Tai
http://www.flickr.com/photos/tranductai/4480622799/)

【原因は中国のダムか異常気象か?】
東南アジアの大河、メコン川の水位が過去20年で最低を記録し、農漁業への被害が深刻化していることは、3月9日ブログ「メコン川異常渇水と中国のダム建設  今後問題化する水資源争奪戦」
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100309)でも取り上げたところです。

メコン川流域では、川にかかわる人が約6千万人に上るとされ、下流に行くほど水位は限界を下回り、川魚がとれなくなるほか、船による人や物の運搬もできず、地域経済に深刻な影響を与えています。
こうした20年ぶりとも、50年ぶりとも言われる異常渇水に、流域国は、降水不足に加え、中国によるダムの放水制限が一因との見方を強めていました。なお、3月9日ブログでも書いたように、ダム建設自体は中国以外のベトナムやラオスも進めています。

今回の異常渇水対策を協議するため、メコン川流域各国で構成するメコン川委員会(MRC)首脳会議が4日、タイのリゾート地ホアヒンで始まりました。

****中国、ダム原因否定 メコン渇水、対策を協議 流域国首脳会議****
・・・同委員会はタイ、カンボジア、ラオス、ベトナムの流域4カ国と、対話国の中国とミャンマーで構成されるが、今回、委員会発足15年にして初めて各国首脳による会議が実現した。いかにメコン川の水位低下が深刻な問題となっているかを示した形だ。(中略)
2日に同委員会の事務局が発表した2010年版メコン川流域リポートでは、「過去5年間で水関連資源の状況が大きく変化しており、今後もこうした状況は拡大するだろう」として、名指しこそしなかったものの、中国が上流に建設した水力発電用ダムが本格稼働して以降、川の環境が変化したことを示唆。開発が進めば、水量だけでなく水質の悪化も避けられないとしている。このため、流域各国は会議で、中国に対し財政支援だけでなく、水量のデータについても提供するよう求める構えだ。

これに対し中国側は、今年から上流の2つのダムの水量データを提供する考えだが、その他のダムや今後、建設する予定のダムについては言及していない。
一方で中国は、国内でも2400万人以上が飲料水不足で苦しんでおり、今後も水や電力、食料確保のため、ダム建設を進めるとしており、下流域各国の要請は受け入れられそうにない。【4月5日 産経】
***************************

中国のダム建設が原因とする見方については、“水位低下の原因は現在、激しい論争の的となっている。環境問題の活動家らは、上流にある中国の水力発電用ダムが川の水を吸い上げているのが原因だと指摘する。
「インターナショナルリバーズ」の活動家によると、水位は単に低下しているのではなく、「不自然に変動している」。こうした変化は、10年以上前に中国で最初のダムが建設された後からだという。” 【4月5日 AFP】といった意見もあります。

こうした指摘に対し、8基のダムをメコン川本流に建設または計画中の中国は、水位低下は異常気象によるものとの立場を取っています。
実際、中国南西部は100年来の大干ばつに襲われています。

****中国で100年来の大干ばつ*****
2010年03月26日 18:07 発信地:曲靖/中
中国の南西部一帯が100年来に1度という大干ばつに見舞われ、数百万人が飲料水不足に直面している。前年9月以降の降雨量は例年の60%を下回り、このため貴州省、雲南省、四川省、広西チワン族自治区などで河川が干上がり、農地の多くが干ばつ被害にさらされている。このほか、大都市の重慶でも水が不足している。【3月26日 AFP】
****************************

【中国への“配慮”】
結局、メコン川委員会(MRC)首脳会議の共同宣言では、中国に“配慮”する形で、ダムとの因果関係や対策としてのダム放水などには言及されていません。
****メコン川:水位低下 流域国会議で中国に遠慮*****
メコン川の異常な水位低下への対応を協議するため、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの流域4カ国首脳が5日、タイ中部ホアヒンで首脳会議を開催した。水位低下について4カ国では「上流の中国内に完成したダムのせいだ」との批判が高まっているが、中国は「原因は干ばつ」と反論。4カ国の指導者は、援助や貿易関係を通じて影響力を強める中国への遠慮から、この問題で強い姿勢を取れず、会議では中国に対しダムの放水など具体的な対応を求めることはできなかった。
中国もオブザーバー参加した会議では、4カ国首脳が水資源管理のための協力強化をうたった共同宣言を採択。流量や水質の維持のために各国間の情報交換システムを作るとしたが、中国のダムには直接言及しなかった。

メコン川の水位は今年に入り過去30年で最低レベルにまで下がり、流域各国では水運や漁業、農業用水取水などに大きな影響が出ている。下流各国では、90年代後半以降、上流の中国内に相次いで完成した四つのダムの影響との見方が強まり、住民には中国への反発が広がっている。
しかし中国は「水位低下は地球規模の気候変動に伴う雨量の減少が原因」と反論。実際、上流に当たる中国南西部では干ばつが深刻化し、約2400万人が飲料水不足に直面している。これまで中国はダムの放水量などのデータを公開せず、ダムと水位低下の関連は解明されていない。タイなどの要請で中国は、ようやく3月末までに今後一部のデータの提供に応じると伝えてきた。【4月5日 毎日】
****************************

また、MRC事務局長は、中国のダムを擁護する姿勢を見せています。
****メコン川の異常渇水、中国による上流へのダム建設は無関係―メコン川委員会****
2010年4月4日、中国のテレビ局「鳳凰衛視」によると、メコン川委員会のバード事務局長は、同委員会が独自に調査した結果、メコン川上流に中国が建設したダムは、09年末から起きている異常渇水、また08年に起こった洪水の原因ではなかったことがわかった、と発表した。

それだけでなく、同事務局長は、中国によるダム建設によって今年1月には起こるはずだった干害を、むしろ現在にまで遅らせる効果があったこともわかった、とした。中国によるダム建設と今回の干害との間には何ら因果関係は認められず、干害の原因は降水量の減少と高温が続いた気候によるもの、と強調した形だ。
同事務局長はまた、中国が5月に同委員会を雲南省のダム視察に招待したこと、各委員会参加国が要求したダムの貯水・放水に関するデータの提出にも応じる姿勢を見せたことを評価した。【4月5日 Record China】
*****************************
この事務局長がどういう立場の人物かは知りませんが、痛々しいほどの中国擁護に思えます。

【不透明な中国の対応】
なお、問題となっている中国のダムは、外国人記者の取材が厳しく制限されているとも伝えられています。

****【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(6)****
「この先は軍事施設だから引き返せ!」
中国雲南省の鳳慶県小湾鎮。3月下旬、検問所で武装警察にきつく言い渡された。だが、山道を車で7時間も揺られて来ただけに、こちらも簡単には引き下がれない。「軍事施設」という言葉も引っかかった。記者(矢板)が目指しているのは、ダムである。(中略)
上流のダムで中国当局が外国メディアに警戒の目を光らせているのには、わけがあった。
近年、メコン川の水位が異常に下がり、下流のタイ、ベトナム、ラオス、カンボジアでは灌漑(かんがい)用水が不足するなどの問題が起きている。東南アジアのメディアは「上流にある中国のダム群が原因だ」と指摘、中国側のダムの貯水と放水制限を非難しているのだ。

中国は現在、雲南省内のメコン川上流で、水力発電所8基を建設しており、計画中の6基を含めると将来は14基になる。メコン川に注ぎ込む支流でも多くの小型発電所が造られている。
背景には、高度経済成長に必要な電力の慢性的な不足がある。しかし、水力発電所の高い収益性に目をつけた、浙江省などの実業家の個人投資で発電所が造られるケースも増えており、水資源利用の計画性というものが全くないのが実態だ。(後略)【4月7日 産経】
****************************

異常渇水とダムとの因果関係は知る由もありませんが、これまで中国はダムの放水量などのデータを公開していないとか、ダムの取材を規制するとか、中国の対応には透明性に欠けるものがあります。
それにしても、今回のメコン川委員会(MRC)首脳会議の顛末は、この地域における中国の存在感を見せつけるものでもありました。
また、このような“水資源争い”が今後世界中で激化するであろうことは、前回ブログでも述べたとおりです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フォークランド石油試掘をめぐる英・アルゼンチン対立 ひとまず緊張緩和か

2010-04-06 22:40:11 | 国際情勢

(イギリス・ブラウン首相とアルゼンチン・フェルナンデス大統領 昨年4月のロンドン・サミットのときの写真ですから、今回の石油試掘問題が表面化する前のふたりです。
“flickr”より By London Summit
http://www.flickr.com/photos/londonsummit/3405645590/)

【“鉄の女”支持率73%】
28年前、南大西洋のフォークランド(アルゼンチン名マルビナス)諸島の領有権を主張する南米アルゼンチンに対し、イギリス・サッチャー政権が艦隊を派遣し、両国が戦火を交えるという「フォークランド紛争」がありました。
“1982年4月、アルゼンチンの軍事政権が自国民の不満をそらすため、英国が実効支配する諸島に軍隊を派遣し、いったん制圧した。両国軍による激しい戦闘は約3カ月続き、6月にアルゼンチン軍が降伏。これにより軍事政権は崩壊した。90年2月、両国は断絶していた外交関係を回復したが、現在でも互いの領有権を主張し続けている。”【4月6日 毎日】

この紛争は、アルゼンチン軍事政権とイギリス・サッチャー政権双方が、互いに相手の反応に刺激されて、国民世論を意識して後には引けず、次第にエスカレートして遂には軍事衝突に至るという、ある意味非常に分かりやすい展開だったことが印象に残っています。
また、TVのニュース番組で“今日の戦況”みたいな解説がされ、遠い大西洋の離れ島での戦いということもあって、ベトナム戦争のような“戦争の悲惨さ”というより、お茶の間で見るゲーム的な感覚もありました。(実際には、双方で約900人の戦死者が出ています。)

軍事作戦にしり込みするイギリス閣僚に対し、“鉄の女”サッチャーが「この内閣に男は一人しかいないのですか!」と叱咤したというエピソードも有名です。経済の低迷から支持低下に悩まされていたサッチャーは、戦争終結後「我々は決して後戻りはしないのです!」と力強く宣言、支持率は驚異の73%を記録しました。

【“幸いなことに”商業採掘に向かない】
古い話の前置きが長くなりましたが、またフォークランドをめぐって両国の対立が激しくなっていることが報じられていました。
2月22日、英石油会社ディザイヤー・ペトロリアムが同海域で石油試掘を開始。これに対し、一方的な試掘に反対するアルゼンチンは同日、メキシコで始まった中南米・カリブ海諸国の首脳会議(32カ国)で支持を取り付けました。

同海域には最大600億バレルの原油が存在していると推定されています。イギリスは98年に最初の資源探査を行いましたが、資源の持続性や掘削技術がネックとなり作業を凍結。しかし、その後の技術革新や原油価格上昇、北海油田の生産落ち込みなどが重なり、開発にかじを切ったとみられています。

イギリスは今年6月までに総選挙(今日、5月6日と発表されています)、アルゼンチンは来年に大統領選挙を控え、ともに外交的な弱腰を見せられない状況で、再び対立が激化することが懸念されていました。

ただ“幸いなことに”、原油の掘削を始めている英デザイア・ペトロリアムは29日、約1カ月間の試掘で原油を含む貯留眼岩の質が貧弱で、商業採掘には向かない可能性が高いと報告。【3月30日 CNNより】
これにより、ひとまず今回の緊張は先送りされそうな様相です。
ひとまず・・・といったところですが、領有権をめぐる係争はくすぶり続けています。
このところ原油価格がまた上昇していますので、今後の展開次第では再び緊張が高まることもありえます。

【“特別な関係”より南米関係優先】
今回の緊張で興味深かったのは、前回紛争当時は孤立していたアルゼンチンが、今回は国際的には有利な立場にあったことです。
“2月、メキシコで開かれた中南米・カリブ海地域32カ国の首脳会議は、同諸島の領有権がアルゼンチンにあることを全会一致で宣言した。この問題で中南米諸国が足並みをそろえてアルゼンチンを支持するのは、フォークランド紛争時もなかったことだ。” 【4月6日 朝日】

アメリカも、かつてのイギリスとの“特別な関係”よりは、南米各国との関係を優先させました。
****フォークランド再燃で揺らぐ米英関係****
南大西洋のフォークランド諸島(アルゼンチン側の呼称はマルビナス諸島)をめぐるイギリスとアルゼンチンの領有権争いで、イギリスとアメリカの「特別な関係」が揺らいでいる。
領有権問題は今年2月に英企業がフォークランド近海で海底油田の試掘を始めたのをきっかけに再燃。82年のフォークランド紛争では、アメリカはイギリスを支持したが、今回は違う。オバマ政権はむしろアルゼンチンへの共感を示して英政府を狼狽させている。
P・J・クラウリー米国務次官補(広報担当)はフォークランドのことを「立場によってはマルビナスだ」と発言し、英外交筋を激怒させた。3月初めにクリントン米国務長官がアルゼンチンを訪問し、両国の仲介を申し出たこともイギリスの怒りを買った。
英タイムズ紙は「住民が望まない交渉など論外」とする英政府の立場を伝え、ヒラリーの申し出は「(アルゼンチン側の)外交的勝利」にほかならないと牽制した。
英国民は領有権よりも、82年の紛争で戦った兵士たちに関心があるようだ。当時装備が不十分だったことから多くの犠牲者が出たとされる。アフガニスタン駐留兵の犠牲者数が増えるにつれ、同じような懸念がささやかれている。【3月31日号 Newsweek】
*******************************

【第2のエビータにはなれず】
今回、緊張が高まったのは、先述のように両国とも選挙を控えて、弱腰をみせられない事情がありました。
アルゼンチンのフェルナンデス大統領の国内支持率は低迷しています。
“07年に、夫のネストル・キルチネル前大統領から職を継いだ。夫妻の不正蓄財の風評や経済の停滞、インフレなどで、支持率は就任当初の51%から20%に急落。領有権問題でナショナリズムに訴え、人気浮揚をはかる狙いも透けて見える。” 【4月6日 朝日】
高級ブランド服に身を包み、赤茶色の巻き髪で女性的な美しさを強調、07年選挙では2位以下に大差をつけて当選しました。ペロン元大統領の妻で国民的人気が今なお高い“エビータ”の再来をアピールする人気ぶりでしたが、経済情勢が悪く、夫頼みの政権運営も不評なようです。

アルゼンチンは2001年に債務不履行に陥る経済破綻を経て、近年は経済も回復、先行するブラジルを追撃・・・というイメージもありましたが、経済破綻の傷は完全には癒えていないようです。

国家統計・センサス局は1月15日、2009年通年のインフレ率を7.7%と発表。3月19日には、2009年のGDP成長率は0.9%であったと発表しています。2009年は第2~3四半期に前年同期比でマイナス成長でしたが、第4四半期に同2.6%と復調し、通年でプラス成長を記録することができとの発表です。

この数字ならさほど問題はありませんが、“国家統計・センサス局(INDEC)によれば、2008年のブエノスアイレス首都圏におけるインフレ率(消費者物価指数)は7.2%であった。しかし実際のインフレ率は20%以上とされ、公式統計への信頼が揺らいでいる。”【JETRO】ということです。

最近、「格安の魚」が話題になりました。
****アルゼンチン政府、インフレ対策に「格安の魚」****
多くの国ではインフレ対策に財政政策や金融政策が用いられるが、アルゼンチン政府は、食品価格の上昇に直面する国民生活の痛みを和らげようと、格安の魚を積み込んだトラックを走らせている。
首都ブエノスアイレス郊外のイツサインゴでは、「移動式の魚屋」10台以上が、政府の補助金によって安くなった魚を消費者に提供しており、青い波模様と「みなさんに魚を」とのうたい文句が書かれたトラックの前には、多くの人が列を作っている。
アルゼンチンは世界最大の牛肉消費国であり、魚嫌いを公言する人も少なくない。しかし、牛肉価格は過去3カ月だけで30%上昇しており、政府の補助金によって通常の約半値で売られる魚は家計には優しい。
フェルナンデス大統領がインフレ対策の一環として始めた「格安の魚」だが、一部では提供される魚の品質への不満や、魚を受け取るまでに何時間も待たされることへの不平も聞かれる。【3月22日 ロイター】
*************************
“牛肉価格は過去3カ月だけで30%上昇”というのは、ゆゆしい事態です。

【流動的なイギリス総選挙情勢】
イギリス・ブラウン政権の不人気も周知のところです。
今回の選挙で保守党との政権交代は既定路線と思われてきましたが、ここ1,2カ月何故か労働党支持率が野党保守党支持率を追い上げ、どちらも過半数をとれない「ハング・パーラメント(宙づり議会)」が取りざたされるようになりました。ただ、直近では、また保守党がリードを広げたとの調査結果も出ています。

各種世論調査の結果は幅が大きく、情勢は流動的です。
4日公表された2件の世論調査によると、野党保守党が、与党労働党に対する支持率でのリードを2けたに拡大していますが、6日付のガーディアン紙によると、各党の支持率は、保守党37%▽労働党33%▽自由民主党21%で、保守党が第1党になるものの、過半数に達しない可能性が強まっているとも。

“5月に予定される総選挙を控え、ブラウン政権も野党側も弱腰にみられるわけにはいかない事情がある。
・・・・現在は1千人以上の部隊を駐留させ、戦闘機も4機配備。油田をめぐり緊張感が高まった2月下旬には、英軍は核ミサイルを搭載する原子力潜水艦を同諸島に向かわせたと英紙タイムズが報じた。”【4月6日 朝日】

対外的に強硬姿勢を見せると国内支持率があがるというのは、民主主義政治の困った点です。
商業採掘には向かないとの調査結果が出されたことは、両国を冷静にさせるうえでは好都合でした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルワンダ  奇跡的復興と新たな悲劇への懸念

2010-04-05 21:58:22 | 世相

(首都キガリのスーパーで売られているマチェーテ(山刀) かつての惨劇ではこの道具が膨大な人々の命を奪いました。そのような惨事が繰り返されないことを願います。“flickr”より By Rachel Strohm
http://www.flickr.com/photos/rachelstrohm/3987723536/)

【ディアスポラ】
昨日、NHKでルワンダに関する番組がありました。
ルワンダと言えば、どうしても16年前の多数派フツ族による少数派ツチ族の大虐殺を思い起こします。

宗主国ベルギーによる分断統治的な植民地政策(顔立ち・体型がヨーロッパ人により近い牧畜民ツチ族を優遇し、多数派の農耕民フツ族を支配させる)によって作られた民族意識が背景となったことや80万人にも及ぶ犠牲者の数だけでなく、PKOを展開していた国際社会がなすすべなく虐殺を放置し、犠牲者を“見殺し”にしたこと、何よりも、それまで隣人として暮らしていた人々が突然、山刀やこん棒を手に襲いかかるという、人間性の暗部を思い知らせる衝撃において、特筆すべき惨事でした。

大虐殺後は、現在のカガメ大統領の率いるツチ族反政府勢力「ルワンダ愛国戦線(RPF)」が政権を掌握し、カガメ大統領のもとで民族和解と経済発展が実現しているとも聞いています。

****アフリカンドリーム 第1回  “悲劇の国”が奇跡を起こす****
アフリカの国々がヨーロッパの宗主国から独立し「アフリカの年」と呼ばれた1960年から半世紀。今、ようやくアフリカは「暗黒の大陸」から「希望の大陸」と呼ばれるようになってきた。急速な経済発展やグローバリズムを追い風に、大きな変化が生まれ始めているのだ。こうしたアフリカの知られざる新しい姿を描く「シリーズ・アフリカンドリーム」、第1回目の舞台はルワンダ。

民族間の対立で80万人が殺されるという大虐殺が起きてから16年、ルワンダは驚異的な復興をとげ「アフリカの奇跡」と呼ばれるようになった。その原動力は「ディアスポラ(離散者)」といわれる人たちだ。半世紀前の独立前後から迫害を逃れて世界各地に散らばったルワンダ人はおよそ200万人にのぼるが、今「祖国を復興させたい」とルワンダに巨額の投資を行うとともに、次々と帰還を始めているのだ。
今後、アフリカの国々が発展するカギのひとつとしてルワンダの戦略は大きな注目を集めている。祖国のために立ち上がったディアスポラの姿と、それを復興に生かそうとする政府の戦略を追う。【NHKホームページより】
*******************************
ルワンダの過去5年間の経済成長率は8%にも及び、その原動力がフツ族による暴力を恐れて国外に離散していた「ディアスポラ(離散者)」だそうで、100万人ほどが帰国して、経済活動の中核を担っているそうです。

【ルワンダとカガメの“伝説”】
ルワンダ経済が好調なこと、民族和解のためIDカードから“フツ”“ツチ”の表記を消し去り、“ルワンダ人”として復興に臨んでいることなどは、これまでもいろんな情報で見聞きしていました。
奇跡的な復興、そして、その復興の先頭に立って公平さと規律を重んじるカガメ大統領については、大虐殺の悲劇のあとだけに“伝説的”とも言えるようなイメージがあります。

****ルワンダのきらめき:虐殺を超えて/上 「心を一つに」 大統領も清掃活動****
・・・・毎月末土曜日の午前、アフリカ中部ルワンダ全土で車が路上から姿を消す。「ウムガンダ」と呼ばれる政府主導の清掃などの奉仕活動が実施されるためだ。「大統領も掃除をする。今、ルワンダは心を一つにしなければならない」。首都キガリの石畳の道で、溝を丹念に掃除するボナバンチュール・ムバウェヨさん(30)は言う。
94年の大虐殺直後、街は遺体であふれた。野良犬がうろつき、異常な数の鳥が空を覆った。「虐殺の記憶を清算すると同時に、決して忘れないとのメッセージが奉仕活動に込められている」

キガリではビルの建設ラッシュが続く。03年に当選したカガメ大統領の指導下、年5%以上の経済成長を達成してきた。コーヒーや紅茶の輸出が主要産業だが、情報産業立国を目指す。実用的な電子政府を導入。小国を逆手にとり、周辺国の中継地としての可能性を見いだしつつある。04年以降、海外からの投資促進にも力を注ぐ。
「即」「15分」「30分」。政府の許認可書類には、役人が順守すべき「対応スピード」が記されている。営業免許や会社登録などは無料。官僚主義がはびこるアフリカでは異例だ。外務協力省幹部は「知恵を絞り、再建を模索してきた。それを農業生産で培われた勤勉な国民性が支えている」と胸を張る。

「大統領自ら車を運転する姿も珍しいことではない」とキガリのタクシー運転手は話す。清廉さもルワンダをきらめかせる。閣僚、次官級を除き公用車を原則廃止。援助国の車の供与も停止した。エレベーターのない省庁もあるが「(その整備より)他に優先すべき課題は山のようだ」と職員は階段を駆け上がった。07年には世銀が「世界ガバナンス指標」の汚職対策分野で中・東部アフリカでトップの評価をした。(中略)
奉仕の日、郊外では植林も実施されていた。カラリサさん(40)は軽やかに語る。「この国には『規律』という美徳がある。大虐殺ではそれが間違った方向に働いた」【08年12月26日 毎日】
******************************

【格差が呼び起こす不安】
そうした“伝説的”なイメージが既にインプットされていたため、NHK番組においては、急速に進む復興の様子よりは、いまだに重く残る“ツチ”“フツ”の対立・緊張の方が印象的でした。
“ツチ族”の殺害事件が頻発していること、隣国からのフツ族難民帰国とその貧困、フツ族農民とコーヒー栽培事業を共同で行おうとするツチ族「ディアスポラ」の試みに関して、こうした取り組みがいまだほとんどなされていない事実、フツ族農民の警戒感、ツチ族の恐怖感など・・・。

今後、経済復興が進むほどに、その中核を担う富裕層と成長の恩恵にあずかれない多数の貧困層という経済格差が拡大するであろうことは、ルワンダに限った話ではありません。しかし、ルワンダの場合は、その成長に伴う経済格差がツチ族富裕層とフツ族貧困農民の対立という、かつてのおぞましい惨劇を呼びさましかねない不安を感じました。

【IT戦略】
なお、ルワンダでは、すべての子供が自分のノートパソコンを持てるようにする計画があり、IT立国の国家戦略があります。
その実情については、次のような記事があります。
****ハイテク先進国という大きな目標を掲げて奮闘中****
ワンダといえば、民族紛争に伴う糾年の大虐殺で世界中の関心を集めた。あれから15年が経過し、今は急速な発展ぶりで注目を集めつつある。
目標は東アフリカにおけるハイテク先進国の地位に就くこと。20年までに光ファイバー網を整備し、首都キガリに無線ネットワークを張り巡らせ、すべての子供が自分のノートパソコンを持てるようにする計画がある。

首都在住の一部の外国人は計画の実現に懐疑的だ。ルワンダは極めて貧しく、インターネットの接続環境でも一部の近隣諸国に負けているという。だが国内外の多くの専門家のみるところ、可能性はゼロではない。(中略)
ハイテク産業の育成に必要なのは技術だけではない。投資を呼び込んだり、起業家が安心してリスクを取れる環境づくりが重要だが、この点での課題はまだ多い。
依然として教育水準は低く、識字率も低い。貧困という問題もある。ルワンダが東アフリカのシリコンバレーになれるとしても、それは当分先のことだろう。
インターネットの普及率でもケニアやウガンダに後れを取っている。国際電気通信連合によれば、ルワンダの普及率は2・8%だが、ケニアは8・6%以上、ウガンダは7・7%以上だ。

それでもルワンダの成長に期待しているハイテク専門家がいるのは確かだ。マソゼラも先行きに楽観的で、「私たちの仕事が重要なことは政府も認めている」と言う。
ルワンダは民族対立の激しい危険な国だと敬遠している人たちにマソゼラは呼び掛ける。「一度、実際の姿を見に来てほしい」【3月17日 Newsweek日本版】
********************************

【強権政治家の批判も】また、欧米での評価が高いカガメ大統領の国内における強権的姿勢を批判する記事もあります。
****欧米では高評価 カガメ大統領の実像*****
アフリカ中部に位置するルワンダが旧イギリス植民地などで構成される英連邦への加盟を認められたのは昨年12月。94年の大虐殺から同国を立ち直らせたカガメ大統領にとって、今年3月のロンドン訪問は勝利の瞬間だった。
だが国内の状況はそんな華々しさとは懸け離れている。力カメは強権的を姿勢を強めているとの批判も浴びており、極めて厳しい状況工直面している 今年8月に大統領選が行われるルワンダでは政治的な対立が激化。首都キガリでは手楷弾を使ったテロが発生し、野党勢力が攻勢を強めている。与党・ルワンダ愛国戦線は幹部の離脱に悩まされ始めた。
カガメ政権は混乱を力で抑え込もうとしている。人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、野党の政治家らが弾圧の標的になっていると警告する。
しかし欧米ではルワンダは評判がいい。経済発展や環境保護政策、汚職摘発の読みなどが評価されている。カガメは国際的支援をてこに権力基盤の強化に努めている。
カガメは先日の記者会見で、キガリで起きるテロの背景には政府に批判的なジャーナリストがいると指摘。だが一方で、テロは弾圧を正当化するための自作自演だとの見方もある。【4月7日 Newsweek日本版】
*************************
必ずしも、“伝説的”なイメージばかりではないようです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジンバブエ  歴史的ハイパーインフレは終息、今も続く政治的緊張・暴力への不安

2010-04-04 16:35:51 | 国際情勢

(「zimbabwe_violence」という表題と09年4月15日撮影ということしかわかりません。
棒を振り下ろす男たちは警官ではなく民間人のように見えます。“flickr”より By Africa Imports Photos
http://www.flickr.com/photos/29685522@N04/3446419902/)

【897垓(がい)%から1%未満へ】
アフリカ南部のジンバブエでは、独裁政治を行うムガベ大統領のもとで、強引な黒人化政策による経済崩壊が進行、年率2億3100万%という戦後最悪の歴史的ハイパーインフレーションが猛威をふるいました。
インフレ率については、2億%超というのは公式の発表ですが、米シンクタンク、ケイトー研究所の試算では、年897垓(がい)%に上るという数字も出ていました。聞き慣れない言葉ですが、垓(がい)は10の20乗で、数字に直すと897の後ろに0が20個つくことになるとか【09年1月17日 AFPより】・・・もう訳のわからない数字です。
当時は、“新100兆ジンバブエ・ドル紙幣”が発行されるとか、毎日のように価格が上昇する、朝と夕方で価格が違うという状況でした。

最近、ジンバブエ関係の記事を目にする機会は多くありませんが、ハイパーインフレーションは終息したようで、09年のインフレ率はなんと1%未満だったとか。これまた信じられないような話です。

****ジンバブエに学ぶ2億%インフレの退治法 *****
ジンバブエで、長年の独裁者ロバート・ムガベが大統領、野党指導者モーガン・ツァンギライが首相という連立政権が09年2月に誕生したとき、彼らにハイパーインフレーションを抑えることなどできるはずがないと思った。
経済は完全に崩壊し、去年の今ごろのインフレ率は2億3000万%に達していた。GDP(国内総生産)は内需も外需もあらゆる面でマイナスだった。テンダイ・ビティはこの惨憺たる状況で財務相に就任し、おそらくは世界で最も困難な仕事に着手した。

それから1年も経たない今、彼は進捗状況を報告するためワシントンにやってきた。新自由主義の巨人ミルトン・フリードマンがもし生きていたら、さぞかし鼻を高くしたであろうと思わせる報告だ。
■インフレは完全に収まった。ジンバブエ・ドルの流通を停止し、価値が安定した米ドルや南アフリカのランドなど複数の外貨を使用することにしたおかげだ。09年のインフレ率は1%未満まで低下した。
■通貨供給量は1000%削減し、外国為替市場を事実上閉鎖した。官僚が私服を肥やすための市場と化していたからだ。
■生産設備の稼働率は4%から50%近くに上昇した。食品メーカーや飲料メーカーのなかには、95%というところもある。
■今年のGDP成長率はおそらく4%程度で、10年には6%に達するとビティは予測する。
もちろんすべてがバラ色なわけではない。だがちょっと考えてみてほしい。ジンバブエは、戦争でもないのに10年もマイナス成長を続けた世界初の国。その落下ぶりも世界最速だった。それが、ほぼ平常化したのだ。それどころか、株式市場の時価総額は40億ドルと、アフリカ最大だ。

■独裁者も経済の暴動にはかなわない
今日、人権擁護団体フリーダム・ハウスの催しで講演したビティは、面白い論理でこの復活劇を説明した。経済が崩壊したからこそ、ムガベは連立に同意せざるをえなくなった、というのだ。「他のものなら対処できる。反政府運動なら叩き潰せばいい。だが、経済を黙らせることができる暴力はない」
次は、経済回復をテコに民主化を進める番だ。「経済発展には民主主義が不可欠だ」と、ビティは言う。生活水準の低いアフリカでは、「民主主義なしでは人々の生計を維持することもできない」。
ハイパーインフレーションなど経済との戦いがいかに至難の業に思えても、何より困難なのはやはり政治の戦いなのだ。【1月27日 エリザベス・ディッキンソン ForeignPolicy】
****************************

“もちろんすべてがバラ色なわけではない”ということに関しては、“周辺国からの輸入品などで品不足は解消している。だが、食糧不足は続き、失業率も9割以上と依然高い状況だ。”【4月3日 毎日】ということです。
非常に素朴な疑問ですが、失業率が9割以上でどうやって生活ができるのでしょうか?

【変わらない大統領の姿勢】
いずれにしても、1年前に比べれば、経済は“崩壊状態”を脱したようです。
問題は政治です。
08年3月末の大統領選では、第1回投票で野党のツァンギライ議長がムガベ大統領を破ったものの、その結果が発表されないままムガベ大統領側からの再集計が指示され、過半数に達していなかったとして決選投票実施が強行されました。そして政権側の激しい暴力行為によって、ツァンギライ議長は決選投票辞退を余儀なくされ、ムガベ大統領が再選されるという、民主的選挙とはかけはなれたものでした。

その後の政治的混乱を経て、大統領選挙を争ったツァンギライ議長が率いる野党、「民主変革運動」(MDC)と、ムガベ大統領率いる与党「ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線」との連立政が09年2月に樹立され、ツァンギライ議長が首相に就任してムガベ大統領との権力分担が行われることになりました。
しかし、ムガベ大統領の強権的な政治姿勢はあまり変わっていないようです。

****ジンバブエ:大統領選の混乱から2年 失業9割…苦境続く*****
アフリカ南部ジンバブエは先月末、08年3月末の大統領選を巡る混乱から2年を迎えた。与野党による連立政権は樹立されたものの、各党の確執は依然として続いており、政権は安定していない。欧米の制裁が解除される見通しもなく、約200万人が食糧援助を必要とする経済的苦境は続いている。(中略)
(連立政権)合意に盛り込まれた法相と中央銀行総裁という大統領側近2人の退任は実現しないまま。逆に、国家反逆罪の疑いで逮捕された旧野党のベネット副農相に対する訴追も合意に反して大統領が取り下げを拒否した。

大統領は今年2月、来年実施がとりざたされる次期大統領選への出馬を表明。1980年の独立以降握り続けている権力を手放そうとしない姿勢を示した。これに対して、旧野党側は「自由で公正な選挙の実施には、暴力を抑止する(国際機関の)平和維持部隊の介入が必要」と注文をつけている。
隣国・南アフリカのズマ大統領が双方の仲介を続けているが不調のままだ。ズマ氏は3月に訪英した際、欧州連合(EU)による対ジンバブエ制裁の緩和をブラウン英首相に求めたが、「人権状況の改善が先」と一蹴(いっしゅう)された。(後略)【4月3日 毎日】
*****************************

【不審な自動車事故 暴力への不安】
1年前には、ツァンギライ首相の夫人が死亡、ツァンギライ首相自身も怪我する自動車事故がありました。
“事故”ということになっていますが、そのようには思っていない人々も大勢います。
3月24日、再び“自動車事故”があり、あの歴史的ハイパーインフレを抑え込んだMDC事務局長で財務大臣のテンダイ・ビティが怪我を負っています。

****ジンバブエ野党幹部がまた事故 *****
・・・もちろん、事故の可能性もある。道路には標識もなく、大型トラックはいつも荷物を積み過ぎているし、運転も乱暴そのもの。もともと事故は多い土地柄だ。
■独裁に戻りたいムガベの仕業?
だが、ビティは前にも標的にされたことがある。接戦だった08年の大統領選挙中、ビティは国家転覆罪で逮捕されている(しかもこれが初めてではない)。
ビティはいつもムガベ政権を声高に批判してきた。最近も、ムガベ率いる与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)が連立を覆す破壊工作を行っていると声明で非難したばかり。「われわれは汚い誘いに乗って自滅したりはしない。だが、ジンバブエの人々が嫌がらせや暴行を受けるのを座視するつもりもない」
事故は本当に事故だったと思いたい。連立政権が崩壊すれば、ムガベ独裁に逆戻りしてしかねない。奇跡を起こすのは無理でも、せめて来年実施の話が出ている新憲法下の選挙はぜひとも実現してもらわなければならない。ビティ財務相の一日も早い回復を祈ろう。【3月25日 エリザベス・ディッキンソン ForeignPolicy】
**********************

暴力的な圧力にさらされているのは、ツァンギライ首相や政党幹部だけではありません。
****ジンバブエ:大統領派の暴力で被害者にトラウマ*****
・・・・過去の大統領派による野党支持者への暴力が、被害者の心に重いトラウマ(心的外傷)を残している。旧野党の支持者と大統領派が混在する町では、今なお緊張が続いている。「報道関係者との接触は取材相手に危険が伴う」。ハラレ西部のヌクワザナ地区。仲介者の忠告に従い、日没後、被害者に車に乗ってもらい話を聞いた。・・・・「気を失うまで、棒やワイヤで殴られ続け、水にもつけられた。5時間ほど続いた」。アルフォンゾさん(32)の脳裏には今も恐怖がよみがえるようで、落ち着かず、絶えず視線を泳がせている。
・・・・アルフォンゾさんの妹バーバラさん(当時19歳)も03年6月、大統領派から激しい暴行を受け、2日後に亡くなった。母のバイオレットさん(55)はその日以来、心臓を患い、アルフォンゾさんの事件後はほとんど外にも出られない状態だ。
主婦のスーザン・ウィルソンさん(56)は大統領選から半年後の昨年12月末まで親族や友人宅で身を潜め続けた。02年に大統領派に拉致された長男マイケルさん(当時24歳)は7年以上も行方不明のままだ。「近所の大統領派とはあいさつを交わすのが精いっぱい。怖い」と唇を震わせる。
アレック・マソラナさん(41)も昨年4月、全身を棒や石でめった打ちにされた。殴打され折られた肋骨(ろっこつ)が内臓に向け曲がったままだ。「連立政権ができても与野党の対立がなくなるほど政治は安定していない」と話す。
MDC幹部(42)によると大統領派の暴力で500人が犠牲となり、数万人が避難民化した。「自宅へ戻った支持者は、みな恐怖を抱えながら暮らしている」と話す。【09年10月26日 毎日】
*********************************
来年実施の話が出ている新憲法下の選挙に向けて、事態が再度悪化しないことを願うばかりです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メキシコ  長期化する「麻薬戦争」 

2010-04-03 22:07:50 | 世相

(シウダフアレス09年8月31日  ナイトクラブ外のフェンスに手錠で固定され、射殺された若者 
REUTERS/Alejandro Bringas (MEXICO CONFLICT CRIME LAW POLITICS SOCIETY IMAGES OF THE DAY) “flickr”より By rebeca_falcó
http://www.flickr.com/photos/rebeca_falc/4174683952/)

【3年間で1万5千人死亡】
メキシコでの「麻薬戦争」がいっこうに収まる気配がありません。
メキシコのカルデロン大統領は06年12月の就任後、麻薬組織の拠点に数万人の軍と連邦警察を派遣、「麻薬戦争」を開始しました。軍の投入は麻薬組織と関係が深い地元警察を排し、相手の重武装化に対抗するためと言われています。政府と組織の戦いに加え、政府側の攻撃で組織側の緊張が高まり、組織間の縄張り争いも激化しています。

政府統計によれば、メキシコ全土では、麻薬抗争の激化を受けて過去3年間で麻薬に関連して1万5000人が死亡しています。死者の9割は組織関係者とされ、残りの多くは兵士や警察官。
長期化する「戦争」に国民も疲弊し、メキシコ国民の半数が麻薬戦争で治安が悪化したと考えており、より安全になったと考える人は21%しかいなかったとも。【4月7日 Newsweek日本版より】

****メキシコ北部で子どもら10人殺害、麻薬組織の抗争か****
メキシコ北部ドゥランゴ州で28日、麻薬組織のメンバーとみられる武装集団が高速道路を走行中の車を襲撃し、乗っていた子どもら10人を殺害した。
ドゥランゴ州の検察当局によると、殺害されたのは8歳から21歳の若者で、武装集団は銃や爆発物を使って襲撃。同州では地元の麻薬組織間の縄張り争いが激化していたという。
麻薬組織の抗争が収まりを見せないメキシコでは、1月末に北部のシウダフアレスで、高校生らがパーティーを開いていた民家に武装集団が押し入り、15人が死亡する事件が発生。また、今月にも同市で米国領事館に勤務する米国人女性と夫など3人が殺害されている。【3月30日 ロイター】
***************************

上記は被害者に子供が含まれていたため、たまたま記事になったものと思われますが、同様の事件は国際ニュースにもならないぐらいに頻発しているようです。

****メキシコ麻薬抗争、前週末だけで100人以上死亡*****
メキシコで前週末、麻薬密輸組織に関連した抗争が多発し、シウダフアレスで米領事館関係者とその夫が殺害されるなど、前週末だけで100人以上が死亡した。
最悪の被害となったのは、観光地として有名なアカプルコのあるゲレロ州。同州では麻薬組織「ラファミリア」が活発に活動をしており、警察によると、前週末だけで45人が殺害された。
また、チワワ州でも36人が殺害された。そのうち20人の殺害はシウダフアレスで発生している。
シウダフアレスでは麻薬組織が米国への密輸ルートの支配をめぐる抗争を続けており、2009年の1年間で麻薬に関連して2600人以上が殺害された。【3月16日 AFP】
*******************************

3年間で1万5千人、週末だけで100人以上が殺害される・・・・アフガニスタンや、イスラエル侵攻時のガザ地区(08年末から09年1月に行われた22日間のイスラエル侵攻による犠牲者は1434人、うち民間人が960人)といった戦闘地域並の数字です。麻薬抗争というより、やはり「麻薬戦争」です。

【移住そして密輸の最前線 シウダフアレス】
2009年の1年間で麻薬に関連して2600人以上(1日平均7人超!)が殺害されたシウダフアレスは、アメリカ・テキサス州エル・パソとリオ・グランデ川をはさんで向かい合う国境の町で、サンディエゴの隣町ティファナのようにアメリカ側から買い物・観光でも気軽い入れる町です。
人口は120万人、エルパソ市街から約10分。メキシコ第4位の人口を誇るシウダフアレスは、輸出工業が盛んな工業都市、そしてアメリカ・メキシコ国境貿易の中枢都市でもあり、アメリカ移住(合法・違法を問わず)の基地でもあります。
シウダフアレスのマキラドーラと呼ばれる工業地帯で働く人々の一時間の自給はだいたい1.5ドル(約200円)。アメリカでの最低賃金は5.5ドル。最低賃金で働いたとしてもメキシコの5倍とのことで、この格差が人を吸い寄せます。
(「On the Border」http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1912/ciudadjuarez.html#「ビエンベニ―ドス・ア・メヒコ」 より)

それは同時に麻薬密輸の最前線ということでもあり、お気軽な買い物ツアーからは想像できない“戦闘地域”でもあるようです。「シウダフアレスはバグダッドやカブールより危険だ。国軍は麻薬組織を取り締まっているが、警察はおじけづいて手が出せないか、買収されることが多い」(元米麻薬取締政策局長)

【「1台で米市場1年分のヘロインを運べる」】
メキシコ側からアメリカへ麻薬が流れ、アメリカからメキシコへは銃器が持ち込まれます。
メキシコに関する記事の見出しを並べるだけでも、麻薬戦争の激しさが窺えます。

***メキシコの刑務所で麻薬組織メンバーが衝突、23人死亡【1月21日 ロイター】
***メキシコ麻薬組織、警官ら6人の頭部を教会に遺棄【09年12月17日 ロイター】
***メキシコ麻薬カルテルの300人逮捕【09年10月23日 時事】
***メキシコの麻薬組織、敵対する10人の首切り死体を遺棄【09年10月18日 ロイター】
***メキシコの薬物更生施設で10人射殺、麻薬組織の抗争か【09年9月17日 ロイター】
***麻薬戦争で刑務所がパンク寸前【09年9月10日 Newsweek】
***麻薬治療患者を並ばせ17人銃殺…メキシコ【09年9月3日 読売】

“80年代初めにカリブ海とメキシコ湾で取り締まりを強化したため、密輸は米メキシコ間の陸上ルートに移った。だが、陸上の国境警備の強化は時間の無駄だ。月50万台近いコンテナが国境を往来しているが、1台で米市場1年分のヘロインを運べる。米国からメキシコへの銃の密輸もそれほど難しくない。”【09年8月24日 毎日】という状況で、国境で麻薬の流れを断つのは困難な状況です。

昨年末には、軍が組織の“ボス”を殺害したことが報じられています。
***メキシコ海軍、麻薬撲滅作戦で「ボス中のボス」を殺害****
メキシコ海軍の部隊は16日、最重要指名手配犯の1人とされていた麻薬密輸組織のリーダー、アルトゥロ・ベルトラン・レイバ容疑者を、同国中南部クエルナバカで殺害した。海軍関係者が明らかにした。
同容疑者は「ボスの中のボス」と異名を持つ大物で、カルデロン大統領が2006年から軍隊を投入して乗り出した麻薬撲滅作戦にとって大きな弾みになるとみられる。
匿名の海軍大尉によると、海軍部隊はクエルナバカにある同容疑者の高級住宅を襲撃し、6人のボディガードとともに殺害したという。
メキシコでは過去3年間で、麻薬組織間の抗争や治安部隊による作戦で、1万6000人以上が死亡。治安問題の専門家は、同容疑者の死亡が短期的には大統領による撲滅作戦の勝利となるものの、別の組織がすぐに台頭するだろうと分析している。【09年12月17日 ロイター】
***********************

これも、記事にあるように“別の組織がすぐに台頭するだろう”ということでは・・・。
ただ、これだけ激しい抗争が続けば、やがて組織は自滅していくのでは・・・とも思われますが、大きな経済格差のなかでの一攫千金の麻薬ビジネスはそれでも続くのでしょうか。

【コロンビアでできたのだからメキシコでも・・・】
前出【09年8月24日 毎日】で、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のマーク・クライマン教授(公共政策)は、麻薬の最大の消費国であるアメリカが果たすべき役割について、“暴力的な麻薬組織を特定し、幹部を刑務所に入れることだ。米捜査当局は市民の麻薬乱用を防ぐため、末端での売買を取り締まろうとして失敗した。メキシコの麻薬組織から直接仕入れている元締に集中する必要がある。だが、仕入れ先に応じた柔軟な捜査は行われていない。”と語っています。

【4月7日 Newsweek日本版】では、メキシコ側の問題点として、司法制度の腐敗がひどく、非効率で、適切に犯罪者を罰することができないこと、そして、拠点地域への社会投資が不足しており、仕事も教育もない多くの若者が麻薬組織に取り込まれていることを挙げています。

3月23日、アメリカのクリントン国務長官がメキシコを訪問し、犯罪が蔓延する地域の法執行と社会開発に3億3100万ドルの支援を行うことを発表しています。
コロンビアのウリベ政権は、強力な施策で国内麻薬組織抑え込みに成果をあげています。
メキシコの「麻薬戦争」の出口は?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベルギー  「ブルカ」「ニカブ」を公共の場で着用することを禁じる法案可決

2010-04-02 22:28:12 | 世相

(“flickr”より By s_sultana06
http://www.flickr.com/photos/41509536@N04/3959783872/)

【「美しいところは人に見せぬよう」】
イスラム女性の「ブルカ」「ニカブ」、あるいは髪を覆うスカーフという衣装は、ひと目見て誰にでもわかるだけに、イスラムという宗教を象徴するもの、西欧社会とは異質なものとして、しばしば社会問題の焦点となります。

アフガニスタン女性が着用する、テント状の布で全身を覆い目の部分のみ前が見えるように網状になっているものを「ブルカ」、眼の部分のみ銃眼のように残して、他を頭からすっぽり覆う形ものを「ニカブ」と称していることが多いようですが、正確なところは私にはよくわかりません。
なお、「ブルカ」あるいは「チャードリー」については、
“「ブルカ」三つの謎(http://www003.upp.so-net.ne.jp/fuimei/Afghan-fashion-1.htm)”に、その歴史的経緯、アフガニスタン社会における意味合いなども含めて詳しく解説されています。

こうした顔や髪を覆うべール(ヘジャブ)が着用されるのは、イスラム教の聖典コーランに「美しいところは人に見せぬよう。胸にはおおいをかぶせるよう」と書かれているからと言われています。
同時に、男性側の、女性を家の中に留まらせたりし、行動を厳しく制限・管理しようとする意図とも重複し、それは、女性側からすれば、ヘジャブで顔・髪あるいは全身を覆うことは貞節の証ともみなされるようにもなります。
一方では、こうしたヘジャブは、女性の権利を抑圧するもの、女性隷属の象徴とみなされることもあります。

【イスラム世界での問題】
イスラム教徒が大半を占めるものの、政教分離の世俗主義を国是としてきたトルコでは、イスラム主義の拡大とともに、公の場でのスカーフ着用がこの世俗主義を揺るがすものの象徴として問題視されています。
髪を覆うヘジャブが一般的なエジプトでは、ニカブ着用女性の増加が、イスラム原理主義の台頭の風潮を反映あるいは助長するものとして問題視されています。

【欧州での問題】
イスラム移民が増加している欧州でも、「ブルカ」「ニカブ」についての議論が表面化しています。

****ベルギー:「ブルカ」禁止 欧州初、法案成立へ******
イスラム教徒の女性が顔を覆う衣装「ブルカ」や「ニカブ」を公共の場で着用することを禁じる法案が先月31日、ベルギー下院内務委員会で可決された。22日にも開かれる本会議で可決、成立すれば、ベルギーは欧州で初の着用禁止国となる。欧州では「女性隷属の象徴」としてフランスなどでも禁止法案提出の動きがある。背景には、中東からのイスラム原理主義の浸食への危機感があるが、「個人の自由」とどう折り合うのか、欧州は解答を迫られている。
法案はブルカやニカブを名指しはしていないが、路上や公園、文化施設や公共機関などの「公共の場」で「顔をすべて、または、ほとんど隠す衣装」の着用を禁じている。違反者には15~25ユーロ(約1900~3200円)の罰金または禁固1~7日の刑罰を定めている。顔の見えるイスラムのスカーフ(ヘジャブ)などは対象外。

禁止派のジョルジュ・ダルマーニュ議員は毎日新聞の取材に「自動車は右側通行と定めた交通規則と同じで、往来の自由には制限がある」と説明。ブルカなど顔を隠す行為は「公共の場で誰か分からなければならないという共生の考えとの断絶を生み、社会不安を呼んでいる」として禁止の正当性を強調する。
禁止法制化の背景にはブルカなどで顔を隠すイスラム教徒女性が欧州で目につき始めた事情がある。約40万~50万人とされるベルギー在住イスラム教徒のうち、ブルカやニカブの着用者は推定数百人。既に首長権限で着用を禁じている自治体もある。
ヘジャブ姿の女性の中にも「ブルカはイスラムとは関係がない」(マリカ・ハミディ欧州ムスリム・ネットワーク事務局長)とのブルカ反対論がある。
一方、「ベルギー・イスラム教徒執行機関」副議長はAFP通信に「着用は個人の自由」と主張、「明日はヘジャブ、あさってはシーク教徒のターバンとなり、いずれミニスカートも禁止されかねない」と警鐘を鳴らす。

政教分離を国是とする仏でのブルカ禁止の動きが「イスラム教対国家」の構図を浮かび上がらせているのに対して、ベルギーでの議論は公共秩序・安全の維持や、女性の権利保護に集中している。
ベルギー国会では着用禁止が多数派のため本会議で可決、成立の公算が大きいが、行政裁判所にあたる国務院が留保を付ける可能性もある。フランスでは国務院が先月30日、ブルカ着用の全面禁止は憲法違反の危険性があると判断した。【4月1日 毎日】
****************************

「ブルカは女性の隷属の象徴だ」と主張するサルコジ大統領のフランスでは、国民議会(下院)の調査委員会が1月26日、イスラム教徒の女性が顔を覆う「ブルカ」などの着用を公共の場で禁止する法制度を整備するよう議長に提言しました。
学校などの公の場でのスカーフ着用禁止が、政教分離を国是とする“国家”と、イスラムの信仰を重視する“宗教”の対立を呼び起こしていますが、そうした理念的な問題とは別に、イスラム移民増加に伴う社会不安・摩擦の増大が、保守派のサルコジ政権の「フランス人を定義し、国民の誇りを再確認しよう」との呼びかけや、「ブルカ」着用禁止への流れを加速させているように見受けられます。
なお、前出毎日記事にもあるように、フランスでの「ブルカ」着用禁止法案については、国務院が「違憲」の危険性があるとの判断を下しています。

****フランス:ブルカ全面禁止は「違憲」 国務院、首相に伝達*****
イスラム教徒の女性が顔や全身を覆う衣服「ブルカ」などについて、フランスでの法的禁止の是非を審議していた同国の「国務院」(行政最高裁判所)は30日、道路などを含む公共の場所での全面禁止は、憲法違反の危険性がある、との判断をフィヨン首相に伝えた。
同院は政府の諮問機関で行政訴訟の最高裁判所の役割を兼ねるほか、新法の是非などを助言できる。ブルカ禁止法案を検討するフィヨン首相が1月、同院に判断を求めていた。

判断で同院は、ブルカの全面禁止は人権侵害の可能性があると指摘。一方、治安上・本人確認上の観点から、学校や裁判所、病院、銀行、スポーツ大会など一部の場所では顔の露出を要求できるとして、部分禁止への同意も示唆した。だが同時にその場合も、違反者には罰則を与えるべきではなく、女性団体に相談するなど、柔軟な対応を行うべきだとも主張した。
仏では保守派のサルコジ大統領が「ブルカは女性隷属の象徴だ」と主張。一部の保守派議員は、ブルカ全面禁止の法案を検討中だった。これら議員は30日、「国務院の判断に関係なく(全面禁止)法案は提出する」とも主張している。【3月31日 毎日】
***********************

【共存・統合に向けて】
様々な議論が可能な問題ではありますが、常識的な見方からすれば、顔を隠すという行為は非イスラム国にあっては極めて不自然な行為です。
顔が見えないことは、周囲の人を不安にさせることもあります。
何より、コミュニケーションを拒絶しているようにもとられ、お互いの理解を困難にします。

イスラム移民が欧米社会で生活するうえでは、その社会の価値観を一定に尊重し、共存・統合に向けてお互いの理解が可能になるように努めるべきでしょう。
「ブルカ」や「ニカブ」という、ことさらに“壁”をつくるような衣装は、共存・統合を阻害します。
移民排斥的な流れからの「ブルカ」「ニカブ」反対ではなく、逆に移民・イスラム教徒と社会の間に壁をつくらないために、イスラム教徒の側に自粛を求めたいところです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コロンビア  左翼ゲリラ、12年間拘束の人質を解放 ポスト・ウリベの動き

2010-04-01 13:12:00 | 国際情勢

(12年間の拘束を経て解放されたモンカイヨ軍曹 左は長年解放を訴えてきた彼の父親 “flickr”より By Globovisión
http://www.flickr.com/photos/globovision/4477782878/)

【ウリベ政権で進む治安改善】
南米コロンビアは左翼ゲリラ組織・誘拐・麻薬・・・といったイメージがありますが、左派政権一色に染まった中南米唯一(今年1月にはチリで中道右派政権が誕生しましたが)の親米右派政権であるウリベ大統領のもとで、強力な対ゲリラ対策を進め、国内は相当に安定してきていると聞いています。

JETROの情報でも、そうした安定化の傾向が窺えます。
****コロンビア革命軍が相次いで人質解放−治安回復で日本企業進出の動きも****
2008年以降、軍事作戦や左派ゲリラ兵士の投降による人質救出・解放などが続いたが、09年に入り政治家、警察官、軍人が連続して解放された。左派の国会議員ピエダッド・コルドバ議員がコロンビア革命軍(FARC)との調整役を務め、赤十字やブラジル空軍などの支援のもとジャングルからの解放作戦が行われた。FARC側が一方的に人質を解放したことで人道的和平交渉の道が開けることが期待される。【09年2月10日 通商弘報】
******************************
****治安改善で増え続ける外国人訪問者**********
貿易投資振興機関(PROEXPORT)の2010年2月の発表によると、09年の空路と水路を利用した外国人訪問者数は170万人と、08年の145万人より17.2%増えた。空路の訪問者数は135万人で08年の122万人より10.7%増加。治安の改善を背景に、観光やビジネス目的で訪れる外国人が増えている。【10年3月30日 通商弘報】
*****************************

【拘束期間中に軍曹に昇進するも、ウリベ大統領への謝辞なし】
08年7月には、元大統領候補でフランス国籍もあるイングリッド・ベタンクールさんの救出作戦で国際的な注目を集めましたが、最近はコロンビア関連のニュースは大きなメディアに取り上げられることが少なくなっていました。
そんななか、昨日久しぶりに「コロンビア革命軍(FARC)」により人質解放のニュースを見ました。

****12年前に拘束のコロンビア軍兵士を解放、FARC******
コロンビアの左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」は30日、12年前に拘束した人質のコロンビア軍兵士を解放した。
パブロ・エミリオ・モンカイヨ軍曹(当時19)は、1997年12月21日、FARCの攻撃を受けて拘束された。12年という監禁期間は、FARCの人質としては最長だ。
30日、ブラジル軍ヘリコプターで南部のカケタ州フロレンシアに到着したモンカイヨ軍曹は、父親と抱き合い、「文明を再び目にすることができて、喜びに堪えない」と述べた。
なお、拘束時の階級は伍長だったが、拘束期間中に軍曹に昇進した。【3月31日 AFP】
******************************

このモンカイヨ軍曹解放に先立って、28日、FARCは二人の兵士も解放しています。
****左翼ゲリラが大統領選前に人質を解放*****
コロンビアの左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)は28日、昨年4月に誘拐した軍兵士(23)を無条件で解放した。外国人以外の人質解放は、昨年2月の元州知事ら以来。AP通信が報じた。5月30日の大統領選を前に、FARCには各候補の懐柔を狙う思惑がありそうだ。
FARCはこの兵士を含む計2人の解放を予告していた。12年以上拘束されている残る1人の解放は今週内とみられている。政府推定によると、FARCは民間人を含む600人以上の人質を拘束しているとされる。
対左翼ゲリラ強硬派のウリベ大統領は憲法上の規定で次期大統領選には出馬できない。【3月29日 産経】
*************************

12年間拘束されていたモンカイヨ軍曹は、“解放に向けて尽くしてくれたとして、隣国エクアドルのコレア大統領、ベネズエラのチャベス大統領、ブラジルのダシルバ大統領に感謝の言葉を述べた。しかし、コロンビアのウリベ大統領に対しては何の言葉もなかった。”【3月31日 CNN】とか。

【憲法裁判所、ウリベ3選を認めず】
前出産経記事は、この時期に人質解放を行うFARC側の狙いを“5月30日の大統領選を前に、各候補の懐柔を狙う思惑”と伝えています。
大統領選挙については、憲法により3選を禁止されているウリベ大統領を支持する勢力から、憲法改正の動きがあり、下院もこれを承認していました。

しかし、2月26日、コロンビア憲法裁判所(CCC)は、2009年9月下院において承認されていた、ウリベ大統領が大統領再々選を可能とするための憲法改正を問う国民投票法案に対し、無効の決定をくだしています。ウリベ大統領は憲法裁判所の決定を遵守するむねを表明し、ウリベ大統領3選はなくなりました。

なお、ウリベ大統領自身は下院での動き以前から、「私が大統領に再選されることは好ましくない。この国には、多くのよき指導者がいるからだ。私は個人的に、権力に固執した人物として記憶されたり、反感をもたれたくない。私は常に、民主主義のために戦ってきた」と語り、3選を否定していました。

【今なお続くFARCの活動】
組織弱体化が言われるFARCですが、その活動が終息した訳ではありません。
昨年末には、知事がFARCに誘拐され、遺体で発見されています。
****左翼ゲリラに誘拐された知事、遺体で見つかる******
2009年12月23日 16:31 発信地:ボゴタ/コロンビア
コロンビア南西部カケタ州で同州のルイス・フランシスコ・クエジャル知事が左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)に誘拐された事件で22日、のどをかき切られた同知事の遺体が発見された。
同州の州都フロレンシアの南15キロの場所で、農民らが焼けた車のそばで知事の遺体を発見した。FARCは21日、フロレンシアにある知事の私邸を手りゅう弾などで襲撃し治安部隊と交戦した後、知事を誘拐して逃走していた。
「安全な民主主義」と反政府武装勢力に対する軍事的圧力の強化を打ち出したウリベ大統領が2002年8月に政権に就いて以来、知事が誘拐・殺害されたのは今回が初めて。
FARCはこのところ攻撃を激化させており、兵士や地元当局者など数百人を拘束している。ウリベ大統領は全国中継されたテレビ演説で、卑怯な者たちが知事ののどをかき切ったと述べ、FARCを強く非難した。【09年12月23日 AFP】
**************************

また、先日は、12歳少年が爆弾テロの“人間兵器”に使われる事件も報じられています。
****12歳少年“人間爆弾”テロの道具に*****
許しがたき蛮行だ。南米コロンビアのナリニョ州政府は26日(日本時間27日)、12歳の少年が地元警察署に小包を届ける際、その小包に入っていた爆弾が爆発して少年は即死し、警察官2人が負傷したと発表した。少年は何も知らずに「人間兵器」とされたらしく、政府と対立する左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)の犯行とみられている。(中略)
少年を利用した犯人はいまのところ不明だが、24日にもエル・チャルコから北東約200キロの港町、ブエナベントゥラで自動車爆弾が爆発し、9人が死亡、36人が負傷したばかりで、これがコロンビア革命軍(FARC)の犯行とされていることから、今回の犯行も同組織の関与が強く疑われている。
事情を知らない少年をテロの“道具”にしてしまう行為に対して、コロンビア政府内からは国際人道法違反との非難が起きており、ファビオ・バレンシア内相(62)は犯人逮捕に結びつく有力情報に5万3000ドル(約493万円)の懸賞金を出すと発表した
コロンビアではアルベロ・ウリベ大統領(57)がテロ組織や麻薬組織との戦いを進めており、近年は爆弾テロは激減していた。
5月30日に大統領選が行われるが、現在2期目のウリベ大統領に対して、2月に憲法裁判所が3期目の立候補はできないと判決を下した。こうしたなかで政情の不安定化を狙ってFARCが攻勢に出てきた可能性が指摘されている。【3月28日 産経】
*********************************
人質解放もポスト・ウリベ狙いなら、テロ攻勢もポスト・ウリベということでしょうか。

また、イスラム過激派テロ組織とのコカイン密輸を介した結びつきも報じられています。
****テロ組織とゲリラを結ぶ危険な線****
昨年12月16日、米麻薬取締局(DEA)によるガーナでのおとり捜査によって、マリ国籍のアフリカ人3人がコカイン密輸容疑で逮捕された。起訴状によれば、3人はアルジェリアに拠点を持つテロ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織」に所属。コロンビアの反政府左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)と協力し、モロッコなどを経由してスペインへの密輸を計画していた。
米主導の「麻薬戦争」が成果を挙げるなか、南米から欧米への麻薬密輸は困難になりつつある。そこで麻薬密売組織は別のルートを求め、同じ反米のイスラム過激派組織に目を付けたとみられる。
「アルカイダとFARCといった武装組織が麻薬密輸で結び付き、資金集めをしているのは間違いない」と、DEAのミシェル・レオンハート局長代理は言う。「厄介な協力関係が生まれている」
メキシコのカルテルも同ルートで密輸を始めているとの指摘もあり、多くの場合、ベネズエラを経由してアフリカに空輸しているとされる。こうした密輸でアフリカのテロ組織は資金を集め、ゲリラ組織は反政府攻撃を継続しようとしている。ゲリラとテロ組織が連携を強めれば、欧米各国は新たな脅威に直面することになるだろう。【1月22日 Newsweek】
***************************

治安回復と同時に、強権政治への批判もあるウリベ大統領ですが、ポスト・ウリベのコロンビアの動向が注目されます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする