(ロシアの“イランカード”のひとつ、地対空ミサイルS-300 “flickr”より By Danner Gyde http://www.flickr.com/photos/dannergyde/2966814646/)
【反対2、棄権1】
国連安全保障理事会(15カ国)は9日、核開発を続けるイランへの追加制裁決議案を賛成12カ国、反対2カ国、棄権1カ国の賛成多数で採択しました。
反対の2カ国は、先にイランとの間で、イラン保有の低濃縮ウランの一部をトルコに搬出するとした合意をまとめたブラジルとトルコ、棄権はイランの支援を受けるヒズボラが国内で大きな力を持つレバノンでした。
国連安保理の対イラン制裁決議は08年3月以来4度目になりますが、過去3回の制裁決議のうち2回は全会一致で、前回はインドネシアが棄権。決議への反対国が出たのは初めてです。
制裁決議内容については、“今回の決議案は、加盟国に戦車など大型武器の対イラン輸出を禁止し、核兵器やミサイル関連物資を積むとみられるすべての貨物船について、港湾だけでなく、公海上でも検査を行うよう求めた。
イランのアフマディネジャド大統領の権力基盤である革命防衛隊関連企業の資産凍結なども求め、核・ミサイルにかかわるイラン系銀行の支店開設を認めないよう各国に求めた。また、制裁の実施状況を監視する8人程度の専門家パネルの設置を決め、付属文書では制裁対象として新たに1個人と40団体を指定した”【6月10日 毎日】とのことですが、イラン制裁に難色を示していたロシア・中国を取り込むためもあって、産油国ながら精製能力が低くガソリンや軽油の輸入国であるイランに対する石油の禁輸措置といった“効果的”な対策は見送られています。
このため、今回制裁措置で直ちにイランが態度変更を求められるといったものではないようです。
【ロシアの“イランカード”】
そのイランへの地対空ミサイル「S-300」の売却を進めていたロシアは、制裁決議に賛成するとともに、この売却を凍結するとも報じられています
****ロシア、イランへのS-300ミサイル売却を凍結か****
ロシアのインタファクス通信は10日、国連安全保障理事会が9日に対イラン追加制裁を採択したこと受け、ロシアはイランへの地対空ミサイル「S-300」の売却を凍結するという消息筋の話を報じた。
これによると、ロシアの武器輸出を統括している連邦軍事技術協力局内部の人物が「国連安保理の決定を履行するのは義務であり、ロシアも例外ではない。当然、S-300ミサイルの売却契約も凍結されるだろう」と述べたという。
しかし、ロシア連邦下院国際問題委員会のコンスタンティン・コサチェフ委員長は、追加制裁でイランへの大型武器輸出は禁止されたものの、S-300のような防衛的なシステムは対象になっていないと述べた。もっとも、国連安保理の追加制裁は攻撃的武器と防衛的武器を区別していない。
ロシアは数年前にS-300ミサイルシステムを提供することでイランと合意していたが、イランの防空能力が大幅に強化されることを恐れた米国とイスラエルの圧力を受けて、引き渡しはまだ行われていない。
アナリストや外交関係者の間では、イスラエルはS-300がイランの手に渡ることを極度に警戒しているため、ロシアがイランにS-300を引き渡すとの情報があれば、イラン空爆に踏み切るのではないかという見方もある。
前年7月に貨物船「アークティック・シー(Arctic Sea)」が行方不明になり、8月中旬に発見されたときには、この船がイラン向けのS-300ミサイルを積んでいたのではないかとの疑惑が持ち上がったが、ロシア政府はこれを強く否定した。【6月10日 AFP】
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どうもまだ“確定”ではないようです。
このS-300ミサイルを最も懸念しているのが、イランの核関連施設を空爆したがっているイスラエルですが、そのイスラエルは“イスラエル製の無人偵察機の譲渡”という「事実上のわいろ」をロシアに贈ることで、S-300ミサイル売却の断念を確約させた・・・との報道も以前ありました。
****露・イスラエル“蜜月” 無人機大量購入…イランと溝*****
ロシアがイスラエルとの軍事協力強化に動いている。昨年夏のグルジア紛争以降、最重要課題となっていた兵器近代化の一環として、イスラエルから無人偵察機を大量購入する交渉が進行中と伝えられる。ロシアは最近、伝統的な友好国であるイランに距離を置く姿勢を示しており、イスラエルへの接近は、ロシアが中東地域に対する政策を転換する兆しとも受け取れる。
ロイター通信によると、ロシアがイスラエルから1億ドル(約89億円)相当の無人偵察機を購入する交渉を進めている。今年4月に同機12機を5千万ドルで購入したのに続く大型交渉となる。
昨夏のグルジア紛争では、イスラエル製の無人偵察機にロシア空軍は苦戦を強いられた。が、ロシア国産の無人偵察機はといえば、軍幹部も「速度も高度も性能も不満だ」と公然と批判しているのが実情だ。ロシアはイスラエルからミサイル搭載可能な最新鋭の無人偵察機を入手し、周辺国に対する軍事的優位を確保するとともに、機体を分析して国産機の技術向上にも役立てる狙いだ。
一方のイスラエルには、無人偵察機を供与する見返りに、ロシアがイランに対して対空ミサイルS300を売却しないという“確約”を得る狙いがある。イランの核開発計画を無力化する切り札として、核施設を空爆する余地を残しておきたいのがイスラエルの立場とみられるが、S300がイランの手に渡れば、爆撃機が撃墜される危険が出てくる。
無人偵察機の製造技術の流出をも覚悟したイスラエルの対露戦略について、欧米の専門家はUPI通信に、ロシアに対する「事実上のわいろだ」と述べた。サウジアラビアも、ロシアがイランにS300を売却しないことを条件に最大70億ドル相当の兵器類を購入する交渉を進めているとされる。
イラン国内でこの秋、2カ所目のウラン濃縮施設の存在が明らかになった後、ロシアとイランとの関係は急速に冷え込んだ。
ただ、モスクワの軍事ジャーナリスト、アレクサンドル・ゴリツ氏は、対米交渉のテコとして“イランカード”を保持したい思惑から、米国の対イラン強硬姿勢に完全に同調するとは限らない、とみる。
ロシアは当面、中東における親米陣営への接近を図ることで、軍事面で利益を獲得する狙いが主眼といえそうだ。【09年12月16日 産経】
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追加制裁決議に先立ってトルコ・イスタンブールで開催されたアジア相互協力信頼醸成会議には、イラン・アフマディネジャド大統領、ロシア・プーチン首相が出席していますが、アフマディネジャド大統領は常任理事国のロシアに拒否権発動を求めたと報じられています。
今回採決では、ロシアは結局、制裁決議に賛成していますが、プーチン首相は「制裁は、過剰であってはならず、イランが核を平和利用する障害となってはいけない」とも語っています。
S-300ミサイル売却問題と並んで、イラン・ロシア間でのびのびになっているのが、ロシアが建設協力しているイランのブシェール原発です。プーチン首相はこのブシェール原発について「8月に稼働する」と発言しています。【6月8日 毎日より】
S-300ミサイル売却にしても、ブシェール原発にしても、ロシアとしては“イランカード”を活用して、関連国からの最大限の譲歩を引き出そうという狙いのようです。
【アメリカ、イスラエルを宥めて決議を急ぐ】
一方、今回アメリカが制裁決議を急いだ背景には、イスラエルの「空爆も辞さず」という強硬姿勢があるとも言われています。
****急いだイラン制裁決議 核兵器転用、米に危機感 イスラエルの攻撃姿勢懸念****
国連安全保障理事会で9日、イランに対する追加制裁決議が採択された。米国はトルコやブラジルなどの反対を押し切って、採択を急いだ。その背景には、イランが着実に核開発を進めていることに加え、イランの核保有を警戒するイスラエルが、イランへの空爆も排除しない姿勢を示しているとされることがある。当初は対話の重要性を訴えていた米国も、イランへの国際的な圧力が不可欠だとの判断に傾いた。
(中略)イランが核開発を進める一方、米国とイスラエルの関係は「ここ30年で最悪」とされるまでに悪化した。イスラエルは、イランの核武装を阻止するためには軍事攻撃も排除しないとの姿勢もちらつかせ、オバマ政権は自制を求めてきた。
さらにイランの核保有は周辺国を刺激するのも確実で、米シンクタンク、ヘリテージ財団のジェームス・フィリップス研究員は「サウジアラビアやエジプト、トルコを巻き込んだ中東の核軍拡競争を誘発する可能性が高い」と懸念する。米国は最悪のシナリオも想定、国連安保理の枠組みによる早期制裁に固執した。【6月10日 産経】
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【中国の“取引”】
このところ、追加制裁決議に関するカギを握っていると言われていた中国のイラン問題に関する発言はあまり目立たなくなっていましたが、中国は制裁決議にも賛成しています。(付帯文書とされた資産凍結リストの選定にあたっては、中国の強い抵抗があって、米中間で激しいやりとりがなされたそうですが)
中国とアメリカの間で、中国がイラン制裁決議を容認する見返りに、中国の為替操作問題を当面は大きな問題としないという“取引”があったとも噂されています。
実質的効果は疑問視される対イラン追加制裁決議ですが、イラン、イスラエル、ロシア、中国、アメリカ・・・など関連国のそれぞれの思惑が渦巻いているようです。