孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国でも、ドイツでも記録的な豪雨災害 気候変動の影響は?

2021-07-21 21:04:54 | 災害
(中国河南省鄭州市で20日、大雨の影響で浸水した地下鉄の車内を撮影したとされる動画の一場面。中国のSNSで拡散している【7月21日 朝日】
地下鉄車内で肩まで水位が上がってくる・・・まるでパニック映画のシーンみたいに怖いです。乗客が冷静に見えるのが不思議なぐらい)

【限定的な気象改変技術の効果】
式典などが行われる特定の日時を晴天にする・・・といった技術はときおり耳にしますが、中国ではその種の天候コントロール技術が進んでおり、実用に供されているようです。

*****共産党結党100年式典は人工晴天、翌日から関東・東海では豪雨*****
雨や雪を意のままに降らせ、特定の地域・日時を晴天にする――。近年の中国の気象改変技術の躍進は目覚ましいが、同時に近隣国・地域への気象や環境への影響の有無も懸念されている。

中国国務院は2020年12月、各省庁と地方政府に対し、人工降雨などの気象改変プログラムの実施対象地域を2025年までに550万平方キロメートルに拡大するという政策方針を示した。これは中国全土の57%に相当し、インドの総面積の1.5倍以上に相当する広大さで世界最大規模だ。

だが、これによる地球規模の気象、環境に対する影響について日本社会の関心は低く、関係省庁での研究も進んでいない。2008年の北京五輪開会式当日を、事前の人工降雨で晴天にしたことで知られる中国に対し、東京五輪開会式や開会期間中の荒天に対する日本の備えは果たして万全だろうか。

7月1日式典は「人工晴天」
中国共産党100周年記念式典が開かれた今年7月1日の北京・天安門広場。この日は降雨が予想されていたことから、中国当局は式前夜と、当日早朝、上空の積乱雲に向けて数百発の降雨ロケットを打ち上げたという。降雨を早めることによって、式典開会中の降雨を避けるのが狙いで、実際に式典の最後のころには晴れ間も広がっていった。

13年前の北京五輪開会式の際と同様、国家の威信をかけた重要行事で、自国の気象改変技術の高さを内外に誇ったことになる。弱い毒性を持ヨウ化銀だが、中国当局は「使用量はわずか」だとして人体への害も否定しているという。

一方、日本の東海から関東の太平洋側では、翌7月2日夜から発生した記録的な豪雨により、3日午前には静岡県熱海市で大規模な土石流が発生。多くの人命が失われた。

ただし、この2つの出来事の関連の有無は不明だ。(後略)【7月21日 吉村 剛史氏 JBpress】
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数百発の降雨ロケット・・・・中国はやることの桁が違います。
そうした行為が自然をかく乱し、別の災害発生などに影響する可能性は・・・そのあたりは全くわかりませんし、上記記事も、そこまで関連付けている訳でもありません。疑問は投げかけていますが。

【全体的には、自然に人間が翻弄される自然災害が多発】
ただ、言えることは、干ばつや洪水などに対処するためとして、中国は巨額の資金を投じ、気象改変研究を継続しているようですが、実際に天候をコントロールできるのは極めて限定的な地域・時間での話であり、全体的には、逆に自然に人間が翻弄される災害が多発しているということです。

今月はじめには四川省での大規模な豪雨被害が報じられています。

****四川省で豪雨被害、経済損失360億円か****
中国南西部の四川省で、豪雨による大規模な浸水被害が発生し、72万人あまりが被害を受けています。 増水した河川に押し流される白いボートや大量のガレキが、そのまま濁流にのみ込まれていく様子が確認できます。 

中国・四川省では9日から激しい雨が降り続け、広い範囲で大規模な浸水被害が発生しました。地元メディアによりますと、これまでに31の地区で72万人あまりが被災し、およそ11万人が避難したということです。

 死者や行方不明者の情報は入っていませんが、1300軒あまりの家屋が倒壊または浸水し、経済損失は360億円にのぼるとみられています。 

中国では11日夜から北京市や天津市などでも激しい雨が降り続いていて、気象当局は13日朝まで雷や強風を伴う強い雨のおそれがあるとして警報を出しています。【日テレNEWS24】
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そして今度は中国中部の河南省で17日から大雨が続き、省都・鄭州市の気象局は20日夜(日本時間同)、「千年に一度」の大雨との見解を示し、警戒を呼び掛けました。

****中国・河南省で記録的豪雨 12人死亡、1万人以上が避難*****
中国中部・河南省は、今月16日から続く記録的豪雨で、深刻な洪水被害に見舞われている。駅や道路が冠水し、住民1万人以上が避難を余儀なくされている。

当局によると、鄭州市でこれまでに少なくとも12人が死亡した。
また、主要道路が閉鎖され、空の便が欠航するなど、10都市以上に被害の影響が出ている。

人口約9400万人の河南省には最高レベルの気象警報が発令されている。
洪水発生の原因は複合的だが、気候変動による気温上昇は激しい降雨のきっかけになる。

ダム決壊の恐れも
ソーシャルメディアでは、道路全体が水没している様子が画像から確認できる。水の流れは速く、車やがれきが漂流しているのがわかる。

こうした中、河南省のダムが決壊する恐れが出ている。
当局によると、洛陽市のダムに20メートルほどの亀裂が生じている。同地域には兵士が配備され、軍は声明で「いつ決壊してもおかしくない」と警告した。

ツイッターには、鄭州市で浸水した地下鉄の車両に乗っていた乗客が、肩のあたりまで水に浸かっている映像が投稿されている。現実の状況を撮影したものなのかは不明。

救助隊がロープを使って人々を安全な場所に引き上げる様子や、列車の座席に立って水に浸からないようにする人の姿などが確認できる。

車両内に何人が閉じ込められているのかは不明だが、これまでに数百人が救助されたとの報告がある。

シャオペイと名乗る人物は、中国のソーシャルメディア「微博(ウェイボ)」に助けを求めるメッセージを投稿した。「車両内の水が自分の胸にまで達している。もう声も出ません」。
消防局はその後、この人物が救助されたと明らかにした。(後略)【7月21日BBC】
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“鄭州では20日午後4時から同5時までの1時間雨量が200ミリを超え、観測史上最大を記録。17日からの3日間でほぼ1年分の雨が降った計算になるという。”【7月21日 時事】 
1時間に200ミリというのは、想像を絶する降雨です。

衝撃的だったのは、浸水する地下鉄の様子

****地下鉄に閉じ込められた客「水位が徐々に」 河南省洪水****
中国河南省鄭州市の豪雨による洪水で20日、地下鉄が浸水し車両内に閉じ込められた乗客ら12人が死亡した。当時の車内の状況を、救出された乗客らが中国メディアに語った。

地下鉄浸水12人死亡 中国・河南「千年に1度の暴雨」
「今でも思い出すと胸がどきどきする」。浸水した車両に約2時間にわたって閉じ込められた女性は、当時の恐怖を振り返った。
 
女性は20日午後6時半ごろ、帰宅するために地下鉄に乗車した。走り始めて20分ほど後、地下鉄は急に運行を停止した。すると車内に水が入って、水位が徐々に上がっていった。乗客は全員、座席の上に避難。車内の乗客たちに緊張が走った。
 
午後7時20分ごろには、身長が低い乗客は首まで水につかるようになっていた。別の車両から移動してきた乗客もおり、車内の空気が薄くなっているように感じた。携帯電話で車内の動画を撮影して救助を求める乗客もいた。

午後8時10分ごろ、到着した救急隊員が車両の上部に穴を開けて乗客の救助を始めた。女性も午後8時50分ごろに救助されたという。
 
一方、救出された男性乗客は上半身裸の姿で中国中央テレビの取材に応じ、「水の流れがあまりに強かったので、(耐えるために)上着やカバンなど捨てられるものは全部捨てた」と話した。

肩まで達した水が勢いよく流れたが、近くのパイプにしがみついて耐えた。「何かをつかまなければ流されるほどの水流だった。もう少しで諦めそうになった」と振り返った。【7月21日 朝日】
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豪雨災害は中国だけでなくドイツ・ベルギーでも。

****洪水の死者200人超に=依然不明者も多数―独・ベルギー****
欧州西部を先週襲った豪雨による洪水の死者が20日、200人を超えた。これまでにドイツで170人、ベルギーで31人の犠牲が確認された。電話など通信手段の途絶も重なってまだ多くの安否不明者が残っており、「100年に1度」とも言われる災害の全容は把握しきれない状況だ。

ドイツでは特に被害の大きかった西部アールワイラー郡で155人の行方が分からないまま。ベルギーにもいまだ53人の安否不明者がおり、捜索が続いている。【7月21日 時事】
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【否定もできない気候変動との関連】
こうした災害は、普段に世界各地で起きている・・・と言えばそうなんでしょうが、災害報道が重なると、「やっぱり気候変動の関係だろうか・・・・」という印象も。

****ドイツの壊滅的な洪水、忍び寄る気候変動の影響****
ドイツをはじめ、ベルギーやオランダ、ルクセンブルクの一部で、数日にわたる豪雨が発生し、壊滅的な洪水をもたらした。死者は180人に上っている。

今回の豪雨と気候変動との関係について、科学者らはまだ明らかでないとしているが、気候変動がどんな暴風雨をもたらすかはわかったと言う。すなわち、より多くの雨が、より長く降り続くということだ。

洪水の大半が発生したドイツのライン川流域では、降雨量が記録を更新した。家屋は浸水し、ボートで道を渡らなければならなくなったほか、流域に建つ城の一部が流された。

「異常気象が増えることは気候モデルから予測されており、さほど驚くことではありません」と、ドイツのポツダム気候影響研究所の気候学者、ディーター・ゲルテン氏は述べている。それでも、今回の洪水の規模と激しさにはショックを受けたと言う。ゲルテン氏の生まれ故郷であるドイツ、オーバーカイルでも洪水があった。

「今回の出来事は、ドイツのような裕福な国であっても、厳しい気候の影響からは逃れられないことを示しています」と、米コロンビア大学の気候物理学者、カイ・コーンフーバー氏も言う。

気候変動で雨はどう変化するか
世界中の天気予報を提供するAccuWeatherによると、西ヨーロッパでは7月中旬から、動きの遅い低気圧のために激しい雨が降り続いていた。ドイツの一部では、1日の降水量が例年の1カ月分を超えた。この低気圧は、7月12日にロンドン各地で洪水を引き起こした後、南ヨーロッパに向かって移動していた。

気候変動は、今回の洪水に二つの点で影響を与えたと、科学者らは考えている。降雨量の増加と、暴風雨の動きの遅さだ。

「21世紀の気候のせいで、今回のような強い雨が起きる可能性が高まっているのか」との問いに、ゲルテン氏はそれはあり得ると答えている。

気温が上昇すると、空気中に蓄えられる水蒸気の量が増える。科学者らの見積もりによると、気温が1℃上昇するごとに、大気中に蓄えられる水分量は約7%増加する。大気中の水分量が増えれば、ヨーロッパを覆う低気圧や大西洋のハリケーンなどによる降雨量も増える。

洪水が発生するかどうかは、降雨量や都市開発の状況、地形(盆地か否か)などさまざまな要因に左右される。だが、今回の洪水がこれほど大規模になったのは、降雨量の多さが原因ではないかとゲルテン氏は言う。

6月30日付けで学術誌「Geophysical Research Letters」に発表された論文によると、大量の雨を降らせる雨雲がよりゆっくり動くことで、ヨーロッパでは今後、今回のような豪雨の頻度が高まるという。

「北極での温暖化増幅により、一般にこのような嵐の移動は、夏や秋にはさらに遅くなっていくと思われます」と、論文の著者の一人である英ニューカッスル大学の水文気候学者、ヘイラー・ファウラー氏は述べている。

北極や南極では、世界の他の地域に比べて2〜3倍のスピードで温暖化が進んでいる。その結果、北半球ではジェット気流が不安定になっていると、科学者らは考える。

両極地方と赤道地方の温度差が大きいときには、強く一定のジェット気流が吹くが、両極地方の温暖化が進むと温度差が縮まり、ジェット気流の速度が低下する。結果、低気圧や高気圧が停滞する期間が長くなるのだとゲルテン氏は説明する。

「気象は3日から7日ごとに変化するものですが、現在では数週間も同じ気象パターンが続くようになっています」(後略)【7月21日 ナショナル ジオグラフィック日本版】
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何か自然災害がおきると短絡的にすぐに気候変動に結びつけるのは非科学的ではありますが、気候変動の影響を無視するのもまた同様でしょう。慎重に検討すべき問題です。

私が住んでいる地域もつい先日線状降水帯の発生で川が溢れて浸水する家屋も出る被害がありました。
そういうこともあって、中国・ドイツの豪雨被害が気になった次第です。

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インド  ヒンズー至上主義モディ政権の弊害 コロナ死亡者は公式発表の10倍に及ぶ可能性も

2021-07-20 22:32:36 | 南アジア(インド)
(インドの新型コロナ新規感染者・死者【ロイター COVID-19 TRACKER】)

【牛のふんや尿でコロナ予防・治療 批判すると「宗教的感情を踏みにじった」容疑で逮捕】
インドでは5月初旬には1日あたりの新規感染者数が4.0万人を超え、世界最悪の感染拡大・医療崩壊に見舞われましたが、その後事態は急速に収束し、現在の新規感染者は1日4万人程度になっています。

(インドに限らず、どこの国の感染状況のグラフを見ても、拡大ペースと減少ペースはほぼ同じで、結果、グラフは綺麗な山の形をつくることが多いようです。このあたりの様々な社会現象や自然現象が正規分布に従うというのは、統計学が苦手だった私的には不思議なものにも感じます)

収束傾向にはありますが、モディ首相は“一応”警戒も呼び掛けています。

****インド首相、観光地の混雑を警告 新規感染者数は減少****
インドのモディ首相は13日、観光地の過密化に警鐘を鳴らすとともに、新型コロナウイルス感染者数は減少しているものの、ワクチン接種を加速させるよう呼び掛けた。

インドの医師団体である医療協会(IMA)は12日、観光地や聖地巡礼に関するコロナ対策の移動制限を解除すれば新型コロナウイルスの感染爆発を招く要因になり、流行の第3波は避けられないと強く警告し、各州政府と市民に警戒水準を下げないよう訴えた。

ツイッターへの投稿でモディ首相は、観光産業が新型コロナで深刻な打撃を受けていることを認めつつ、「マスクを着用せずに大勢の人が集まることは決して良いことではない」とした。

インドのコロナ感染者数は累計3091万人で、米国に次いで世界第2位。13日に報告された新規感染者は3万2906人で、3月中旬以来の低水準となった。第2波のピーク時には1日あたり約40万人に達していた。【7月14日 ロイター】
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“一応”と断ったのは、ヒンズー至上主義のモディ政権がどこまで科学的コロナ対策に取り組むのか、その本気度にやや疑問も感じているからです。

5月初旬をピークとする最悪パンデミックも、与党の選挙動員やヒンズーの宗教儀式、そしてモディ首相の失政が大きな原因となっています。

****インドのコロナ地獄を招いた張本人モディの、償われることのない重罪****
<感染爆発で死者急増のインド、その「戦犯」は過信から備えを怠ってきたモディ首相。ただし彼は国民の悲劇を自らの利益に変えかねない>

わが国は「新型コロナウイルスを効果的に抑え込み、人類を巨大な災禍から」救った──。インドのナレンドラ・モディ首相がオンライン会合のダボス・アジェンダ(世界経済フォーラム)で、そう高らかに宣言したのは今年1月28日だ。

それから3カ月。気が付けばインドは世界最悪の感染地となり、医療崩壊が現実となった。首都ニューデリーでは医療用酸素が不足し死亡する患者が続出。最先端の設備を備えた病院でさえ政府に「もっと酸素ボンベを」と訴えている。火葬場はフル稼働で、燃やす場所も薪も足りない。

遺体を自宅の庭に埋める人もいる。路上に薪を積んで遺体を焼く人もいる。首都圏以外の状況はもっとひどい。南インドにいる知り合いの記者は筆者に、「ハエが落ちるように」人が死んでいると電話で伝えてきた。

誰の身近にも感染者がいる。5月8日時点の累計死者数は公式発表で23万8000人超とされるが、実数はその20倍とも推定される。酸素や、最低限の医薬品を売る闇市場も出現した。IMFは2015年に、いずれインドは中国以上の経済大国になると予言したが、今のインドは諸外国に緊急援助を請うばかりだ。

未知の病原体だけが、この惨状を招いたのではない。真の原因は、なによりも自画自賛を愛する指導者の行動にある。ダボス・アジェンダでの首相の無邪気な演説を受けて、インド政府は国民に、もう最悪の時期は脱したという取り返しのつかない思い込みを抱かせた。

政権与党でヒンドゥー至上主義のインド人民党(BJP)は2月に、「新型コロナウイルスとの闘いに勝利した輝かしい国として、インドを世界に知らしめた首相のリーダーシップ」を称賛する決議を党内で採択した。美辞麗句を並べた決議文には、インドが「モディ首相の有能かつきめ細かく、献身的で先見性のあるリーダーシップ」の下で新型コロナウイルスを打ち負かしたとある。

マスクなしで大規模な選挙集会
3月になると、モディ政権の保健相はインドにおける感染が「終息に向かう局面」にあると発表した。同月、グジャラート州ではモディの名を冠したスタジアムでインド対イングランドのクリケットの試合が開かれ、マスクなしの観客が何千人も集まって大声援を送った。

地方選挙の行われた4つの州では、何千人もの与党支持者がバスで集会に動員された。本来なら来年のはずだったヒンドゥー教の祭典「クンブメーラ」も、今年は縁起がいいと言う聖職者らの助言で1年前倒しになり、4月12日には聖地ハリドワールのガンジス川で300万人以上が沐浴した。

その5日後、1日の新規感染者が23万人を超えたという発表があった。それでもモディは西ベンガル州での選挙集会で、「これほど大勢の人が集まるのは見たことがない」と大見えを切った。もう感染症には勝ったと、モディは確信していた。選挙応援の集会は、いわば勝利の凱旋行進だった。

昨年、国内で第1波の感染爆発が起きる1カ月前にアメリカのドナルド・トランプ大統領(当時)を熱烈歓迎したように、モディは今度もイギリスのボリス・ジョンソン首相を招き首脳会談を開く予定でいた。だがインドでの驚異的な感染拡大を受けてジョンソンは訪問中止を決断。さすがのモディも、これで目が覚めたらしい。だが、今さら現実を受け入れても手遅れだ。

モディは1月、インドには「新型コロナ対策の専用インフラ」があると自慢していたが、そんなものが本当にあれば、こんなに多くの人が死ぬわけがない。モディは14年にも、スマートシティーの実現と雇用の拡大を約束して選挙に勝ったが、またしても美辞麗句で国を欺いた。バラ色の公約の下にあったのは、荒廃と死のみだ。

もしも首相が責任を放棄せず、建設的な助言をする人々を悪者扱いしなかったら、インドはこんな人道危機に陥らずに済んだかもしれない。国民を地獄絵図から守るために必要な、時間も方法も専門家の助けもあったはずだ。

既に昨年11月の時点で、インド議会の委員会が感染第2波を警告し、政府に医療用酸素ボンベの調達増を求めていた。だがモディは対策を強化せず、自身のカルト的な人気を高めることと国富を略奪することのために新型コロナウイルスを利用した。

昨年3月、わずか4時間の猶予しか与えずに全土封鎖を発表して国中を混乱に陥れた数日後、モディは信託基金「PMケアズ」を創設し、コロナ救済のための寄付金を募集した。それで最貧層に救いの手を差し伸べ、マスクなどの購入や、各地での酸素ボンベ製造プラント増設を目指すことになっていた。

募集から2カ月で10億ドルを超える金額が集まったが、それをモディが何に使ったかは誰も知らない。というか、誰も知り得ない。寄付者に対しては税金上の便宜を図り、政府機関を通じて大々的な宣伝もしたというのに、基金が民間の公益信託として設立されたため、当局による監査の対象にならないからだ。(中略)

死人が街にあふれる現状は彼の無能さ・無謀さをさらけ出しているが、それは彼に民主主義の停止を正当化させる口実を与えるかもしれない。インドの状況は今でも事実上の非常事態に等しいが、この男なら平気で、これを常態化しかねない。

新型コロナウイルスの危機はインド独立以来最大の悲劇だが、それをも自分の利益に変えようとする男。それがナレンドラ・モディだ。【5月12日 Newsweek】
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モディ首相率いるヒンズー教至上主義政党「インド人民党」の政治家の一部は、新型コロナなどの疾病の予防と治療に牛のふんや尿を利用しようという活動を支援しており、それを批判すると「宗教的感情を踏みにじった」容疑で逮捕されます。

****牛ふんのコロナ治療効果否定の活動家、インド最高裁が釈放命令****
インドの最高裁判所は19日、牛のふんで新型コロナウイルス感染症は治療できないとフェイスブックに投稿したとして、扇動の疑いで2か月間拘束されていた活動家の釈放を命じた。
 
ヒンズー教では牛が神聖視されており、ナレンドラ・モディ首相率いるヒンズー教至上主義政党「インド人民党」の政治家の一部は、COVID-19などの疾病の予防と治療に牛のふんや尿を利用しようという活動を支援している。
 
活動家のエレンドロ・レイチョンバンさんは5月、BJPに所属する北東部マニプール州議会議員が亡くなったことについてフェイスブックに、「新型コロナの治療法は牛のふんや尿ではない。科学と常識だ」と投稿した。
 
BJPの政治家がこれを批判。遺族とBJP党員らの「宗教的感情を踏みにじった」容疑でレイチョンバンさんはすぐに、地元ジャーナリスト、キショーレチャンドラ・ワンケムさんと共に逮捕された。
 
レイチョンバンさんには、物議を醸す国家安全保障法で1年の拘束が認められている扇動容疑がかけられた。
 
最高裁は19日、レイチョンバンさんの継続的な拘束は人権侵害に当たるとして、釈放を命じた。ワンケムさんは引き続き拘束される。
 
モディ政権は、ジャーナリストや人権活動家ら数千人を扇動容疑やテロ対策法違反で逮捕している。
 
今月には、テロ容疑で9か月にわたり拘束していた部族権利活動家のスタン・スワミー神父が獄中で死亡し、国連難民高等弁務官事務所などから批判を浴びた。 【7月20日 AFP】
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単にコロナ対策というよりは、モディ政権の民主主義に対する認識が問われる体質の一端でしょう。

【ワクチン1日1000万回を目指す取り組みも】
一方的に批判するだけでは片手落ちでしょうから付け加えると、モディ首相もワクチン接種には積極的に取り組んでいます。ひと月程前のやや古い記事ですが・・・

****一時は感染爆発、インド接種「世界最多」1日861万回…予約不要・戸別訪問で加速へ****
新型コロナウイルスの感染爆発に見舞われたインドが、ワクチンの確保や接種の促進を加速させている。21日の接種回数は861万回を超え、過去最高を記録した。政府は希望者への接種について年内の完了を目指している。

「よくやったインド!」。ナレンドラ・モディ首相は21日夜、ツイッターでワクチン接種回数の記録を評価し、医療関係者らをたたえた。政府は、1日あたりの接種回数としては世界最多だと主張している。

政府は今月に入って、ワクチン接種を強化する策を次々と打ち出している。15日には「接種のための予約は必要ない」と発表した。

これまでは、アプリなどによる予約を国民に求めていた。しかし、都市部では希望者の殺到で予約が取れず、インターネットやスマートフォンの普及が遅れている地方では予約が難しいという問題が生じていた。

インドの地元テレビ局は21日、接種会場で「2か月予約ができなかったワクチンをようやく打てる」と喜ぶ女性の声を伝えた。

人口が密集するデリー首都圏の政府は、医療関係者が45歳以上の未接種者の自宅を訪問し、その場でワクチンを打つ取り組みを月内にも始める予定だ。

インドが確保するワクチンは国産が大半だが、一部は輸入に頼っている。モディ政権は21日から、地方政府の財政負担を減らすため国が国内のワクチン製造会社から購入する割合を増やし、地方への無償分配を始めた。臨床試験中の国産ワクチンについても3億回分の購入を予約した。海外からの調達も増やす方向だ。(中略)

ただ、英オックスフォード大の研究者らの統計によると、ワクチンを少なくとも1回接種した人は、全人口の16%にとどまっている。専門家は、今後の対策が不十分だと今秋にも新たな感染拡大が起きると警告している。【6月23日 読売】
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インド政府は6月1日、7月中旬〜8月上旬に新型コロナウイルスワクチンの接種回数を1日あたり1000万回に増やすと発表していました。(6月2日時点では239万回)

もちろん、1日861万回と言っても、日本の人口の10倍あります。 ただ、最近の日本のワクチン接種のブレーキ状態からすれば、日本政府にも頑張って欲しいところです。

【「超過死亡」の推計によれば、実際死者は発表数字の最大10倍 340万〜470万人】
ところで、5月初旬の感染ピークの頃の「ハエが落ちるように」人が死んでいた状況は目を覆うものがありました。そのたりを物語るものでしょう。

****モンスーンで増水ガンジス川、墓地の遺体露出 新型コロナの犠牲者か****
モンスーンの季節に入ったインドで、ガンジス川が増水し、新型コロナウイルスの感染が急増した時期に亡くなり、川沿いに浅く埋められていた遺体の一部が露出している。
 
北部アラハバード当局のニラジュ・クマール・シン氏によると、ここ3週間で150近くの遺体を火葬しなければならなかったという。「遺体を掘り起こしているわけではなく、水位上昇により露出した遺体を火葬しているだけだ」
 
シン氏はAFPに対し、川沿いの埋葬地は1キロにわたって広がっており、約500〜600の遺体が埋められているとみられると話した。
 
遺体の多くは、国内で新型コロナの感染者が急増し、多くの地域で医療が逼迫(ひっぱく)していた4、5月に新型コロナで亡くなった人だと考えられている。
 
ヒンズー教の伝統的な火葬に必要なまきを買えない一部の家族は、遺体をガンジス川に流したり、川沿いの砂州に埋葬したりしていた。だが、モンスーンの雨により川が増水し、砂が流され遺体が露出している。 【6月27日 AFP】
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当時の混乱状況では、感染者・死者数に関してまともな実態把握ができていたとは到底思えません。

当時の公式発表数字は実態よりはるかに少ないのではという指摘は以前からもありましたが、「超過死亡」の推計に基づき、実際は10倍だったかも・・・とも。

****インドのコロナ死者数、当局発表の最大10倍 推計****
インドの実際の新型コロナウイルス死者数は、当局が報告した約41万4000人の最大10倍に上り、インド独立以来最悪の人道危機となっている可能性があるとする推計が20日、発表された。
 
人口約13億人のインドでは、4、5月に広がった変異株「デルタ株」などの影響で感染が急拡大した。米シンクタンク「世界開発センター」が発表した今回の推計は、インドの新型ウイルス死者数についてこれまで出されたどの推計よりも高い数値となっている。
 
CGDが流行初期から今年6月までのデータを分析した結果、340万〜470万人が新型ウイルスで死亡した可能性が示された。
 
インド当局が報告した死者数は41万4000人以上で、米国の60万9000人、ブラジルの54万2000人に次いで世界で3番目に多い。
 
CGDの報告は、平年を上回る死者数を示す「超過死亡」の推計に基づいている。
専門家らは長らくインドの公式統計を疑問視しており、意図的に間違った報告をしているというよりも、医療体制が逼迫(ひっぱく)していることに原因があると指摘している。 【7月20日 AFP】
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340万〜470万人・・・日本の人口規模に置き換えると40万人程度・・・インドではこの命の重さはどのように認識されるのでしょうか。
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ミャンマー  目立つロシアの国軍支援 国軍支配に加えて新型コロナの感染拡大で窮地の市民生活

2021-07-19 22:32:40 | ミャンマー
(ヤンゴンで14日、新型コロナウイルス感染者のための酸素を供給してもらうため、行列を作る人たち【7月19日 朝日】)

【五輪に参加する選手への世論の反発「国軍に服従」】
世界中の多くの国・地域で紛争・政治混乱・市民弾圧は起きていますが、あと数日で「平和の祭典」東京オリンピックが開幕します。

平和と相互理解を促進する祭典の意義に鑑み、1994年リレハンメル大会以来、国連は大会期間中の休戦を呼び掛けています。東京五輪に関しても、国連総会において全会一致で採択されています。

****国連 東京五輪・パラ期間中 世界の紛争休戦呼びかけ****
国連総会は、東京オリンピックとパラリンピックの期間中、世界の紛争について休戦するようすべての加盟国に呼びかけました。(中略)

東京大会についても、1年延期が決まる前の2019年12月、日本を含む186か国が共同で休戦を求める決議を提案し、全会一致で採択されました。

東京大会の開幕を前に8日、国連総会では、この決議の順守を求める議長の声明が発表され、大会が平和や相互理解を促進する重要な機会になると強調したうえで、オリンピック開幕の7日前からパラリンピック閉幕の7日後まで、あらゆる紛争について休戦するよう、すべての加盟国に呼びかけました。(後略)【7月9日 NHK】
********************

ただ、全会一致で採択されるということは、誰もこの決議が実効性を伴っているとは考えていないということの裏返しであります。

紛争・内戦ではありませんが(一部国境地域ではそれに近い状況にもなってはいますが)、政治混乱・国軍による市民弾圧が続くミャンマーからもオリンピックに参加する選手はいます。しかし、国軍支配のもとでの大会参加は必ずしも国民に歓迎・支援されている訳でもないようです。

****ミャンマー、五輪出場選手に批判 「国軍に服従」と反発****
東京五輪の開幕が23日に迫るなか、クーデターで国軍が権力を握ったミャンマーで、五輪に参加する選手への世論の反発が強まっている。国軍の強権支配の下での五輪参加を「国軍への服従」とみる市民が多いからだ。参加を表明したバドミントンの女子選手には、SNSで批判が広がっている。
 
バドミントンのテッタートゥーザー選手は6日、SNSで五輪への参加を表明し、「長年の夢がかなった」「みなが苦労と苦しみにある時だが、一瞬でも笑顔になれば」と投稿。7日付の国営紙も写真付きで報じ、「ミャンマーのすべての人のための最高の代表になれるように頑張る」との本人のコメントも紹介した。
 
ミャンマーではよく知られた人気選手だが、SNSには「(国軍への)不服従運動に参加しないなら応援しない」「以前はあなたを誇りに思ったが、今は何も思わない」「私たちは今、独裁者を引きずり下ろすこと以外に興味はない」「代表になってほしくない」といった批判的なコメントが相次いだ。
 
ミャンマー情報省は12日夜、テッタートゥーザー選手を含む3人を東京五輪に派遣すると発表した。選手たちは22日にミャンマーを出発するという。
 
クーデター後、市民は抗議デモや職場を放棄する不服従運動で国軍に抵抗。現地の人権団体によると、国軍の弾圧による市民の犠牲は10日までに899人に上る。6月下旬以降は新型コロナウイルスの感染も急拡大し、社会が混乱している。
 
ミャンマーの選手団は当初、神奈川県内で事前キャンプをする予定だったが、県は2日、キャンプの中止を発表した。ミャンマー側から「コロナの流行」を理由に中止を告げられ、選手団は選手村に直接入ることになるという。
 
東京五輪をめぐっては、競泳選手のウィンテットウーさんが4月上旬、「国軍が支配する国の代表は引き受けられない」として自身のSNSで辞退を表明した。
 
サッカーのワールドカップ(W杯)予選でも複数の選手が代表への招集を拒否し、選手集めが難航。5月の日本戦で国軍に抗議の意思を示す3本指を掲げたピエリアンアウンさんは、日本にとどまって難民申請をしている。【7月13日 朝日】
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【抵抗が止んだ訳ではないが、一定に“力”で封じ込め】
ミャンマー情勢については、6月30日ブログ“ミャンマー 泥沼化する混乱 ミン・アウン・フライン国軍総司令官の誤算”でも取り上げました。

このところ激しい抗議行動とか衝突に関する記事はあまり目にしなくなりました。
ただ、市民の抵抗が止んだ訳でも、混乱が収まった訳でもありません。

****日本での報道減ったミャンマー、内戦とコロナで情勢は泥沼****
軍によるあのクーデターから5カ月が過ぎた。それに伴い、日本での報道もかなり減少したが、いまもミャンマーでは、軍や警察と、反軍政を唱えて抵抗運動を続けている市民や少数民族武装組織との衝突が続いている。いやむしろ激化していると言っていい。

現地の反軍政メディアによると、7月に入ってから中心都市ヤンゴンや地方都市で爆弾による爆発事案が多発している。おそらく民主派勢力によるものだ。これに対し軍も攻勢を強め、武装した市民組織と衝突、本格的な戦闘で市民側に多数の死亡者が出ている。

背景には、身柄拘束中のアウン・サン・スー・チーさんやウィン・ミン大統領ら与党「国民民主連盟(NLD)」関係者と少数民族代表などで組織した「国民統一政府(NUG)」とが組織した「国民防衛隊(PDF)」の存在がある。このPDFは、軍の過剰暴力、人権侵害、虐殺などに対抗するため、市民に武装を呼びかけているのだ。

その呼びかけに応じる動きが市民の間に急速に広まっている。ヤンゴンや中部都市マンダレーなど主要地方都市では、学生や若者らが、国境周辺で軍政と長年に渡って紛争を続ける少数民族武装組織に合流して軍事訓練、戦場での救急救命措置などを学び、さらに供与された武器をもって各都市に戻って軍や警察と武力衝突するケースが増加している。

勢い、この武力衝突で命を落とす人も増えている。人権団体などは2月1日以降、軍による反軍政市民の犠牲者は合計で892人に達しているという。

各地で続く爆弾攻撃や衝突
(中略)

抵抗運動、再び活発化
ミャンマーのヤンゴンを含めた各都市で行われていた街頭での反軍政デモや集会は、軍による実弾発砲を含む強権的鎮圧を回避するため一時沈静化していた。それが、6月末から7月にかけて再び活発化し始めた。
 
以前と変わったのは、軍兵士や警察官、あるいは市民の中に紛れている「ダラン(密告者)」の目を逃れるために、周到な準備の上に、携帯電話などを駆使した情報収集で行われる「ヒット&ラン」方式のゲリラ的デモや集会となっている点だ。
 
また、軍政に反対する公務員は、職場放棄や勤務拒否である「不服従運動(CDM)」を展開しているし、えんじ色の僧衣をまとった仏教僧侶によるデモや集会も増えている。

そうした様子は頻繁にSNSにアップされているが、当局の弾圧を逃れるため、SNSにアップされる写真や動画にはデモや集会の参加者の顔にモザイクがかけられるなど、市民側による自己防衛手段も進化している。

コロナ感染者が急増
一方、軍と反軍政の市民による衝突の陰で、国内のコロナ感染も極めて深刻化している。
 
7月7日の新規感染者数は3947人。6月1日時点で122人だったが、6月中旬以降、感染者数のグラフは猛烈な急カーブを描いて上昇している。累計感染者数は、7月8日現在でおよそ17万6000人、感染死者数は3570人となっている。
 
しかもこの数字も、あくまで検査を受けた市民の中での数字に過ぎない。大半の国民は、ワクチンの接種どころか、PCR検査すら受けられる状況にない。
 
前述の「不服従運動(CDM)」に多くの医師、看護師、保健師らが参加している影響で、医療現場の人手不足が顕著になっていることも原因の一つになっている。
 
このため軍は、軍医や軍所属の看護師などを医療機関に派遣し、検査、陽性者の隔離・治療に臨んでいるが、その人材も絶対的に不足しており、コロナ禍はますます深刻化する一方のようだ。
 
軍政の強権的な弾圧はますます強まっている。それに対して反発する市民は武装化に突き進み、少数民族武装組織と連携しながらの「闘争」を仕掛けている。深刻なコロナ禍と実質的な内戦。最近、日本では報道されることがめっきり減少したミャンマーは、深い泥沼に入り込んでいる。【7月9日 大塚 智彦氏 JBpress】
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抵抗・衝突は続いている・・・とは言え、最近その種の報道が少ないということは、やはり国軍の「力による封じ込め」が一定に奏功して、大規模な抵抗が困難になっているということではないでしょうか。

国軍は将来的な選挙実施も言及してはいますが、スー・チー氏排除の姿勢を強めています。

****スー・チー氏、また訴追 ミャンマー、汚職容疑で****
ミャンマー国軍のクーデターで拘束され、無線機の違法輸入などで相次いで訴追されたアウン・サン・スー・チー氏が新たに4件の汚職容疑で訴追されたことが12日、分かった。弁護士が明らかにした。軍政は新たな訴追で拘束を長期化させる狙いとみられる。
 
スー・チー氏はこれまでにも現金や金塊を不正に受領したとして汚職容疑で訴追されているが、今回の詳しい訴追内容は明らかにされていない。
 
自然災害管理法違反や国家機密漏えいなどでも訴追されており、一部の裁判については8月にも判決が言い渡される見通し。軍政はスー・チー氏を政界から徹底排除する構えだ。【7月12日 共同】
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【国軍の後ろ盾として存在感が際立ってきたロシア 中国は深入りを避ける】
欧米諸国が制裁などを課すなかで、中国・ロシアが国軍支配を支援しているとも言われますが、中国は積極的な国軍支援ととられることは控え、中立的な立場もとりながら、とにかく自国権益の保護を求めているという状況です。

国軍の方も、かつての軍事政権時代には他に選択肢がない状況で中国に接近はしましたが、もともと中国の影響力拡大への警戒感が強いことも指摘されています。

最近積極的国軍支援が目立つのは、6月にミン・アウン・フライン総司令官が訪問したロシアです。

****ミャンマー軍事政権、ロシアの援護が急拡大****
長年の後ろ盾だった中国は軍事政権から距離を置く

ミャンマー軍事政権の強力な後ろ盾として、ロシアの存在が際立ってきた。クーデターが発生した2月以降、ロシアは外交支援を提供し武器売却交渉を進めるなど、存在感を増している。
 
ロシアは先月、クーデターを指揮したミン・アウン・フライン国軍総司令官を招き、防衛関係について協議したほか、国防関連の高官をミャンマーに派遣した。クーデター以降、ミャンマーを訪問した外国人としては最上位クラスだ。
 
ロシアの動きは、かねてミャンマーの後ろ盾で、最大の投資家でもある隣国・中国とは対照的だ。中国はクーデター以降、軍事政権とは距離を置き、国家の安定性について懸念を表明している。
 
米国など西側諸国がミャンマー軍事政権の孤立化を狙う中で、ロシアとの関係強化は、ミャンマーの軍幹部らに選択肢を与えるとともに、軍事政権の立場を支え、武器を含む支援で中国への依存を減らす役割を果たしている。外交政策の専門家はそう分析している。

ロシアにとっては、影響力を高め友好国を増やす機会となる一方、西側諸国が唱える民主主義を妨害することができる。ロシア政府とミャンマー軍の情報室はコメントの要請に応じていない。
 
かつてのミャンマー民主政権を代表するチョー・モー・トゥン国連大使は、クーデター以降「中国が中立の立場を貫こうしている」ため、「ロシアとミャンマーの軍事関係がこれまで以上に強化されている」と話す。
 
ミャンマー軍事政権は、沈静化することのない市民の抗議活動を武力で抑え込んでおり、15日時点で民間人912人が軍事政権によって殺害された。ミャンマーの逮捕者や犠牲者を監視している非営利組織「政治犯支援協会(AAPP)」(本拠:タイ)がデータを集計した。

こうした中、国際社会から糾弾されている軍事政権は、武器の確保が難しくなっており、ロシア製武器の魅力が高まっていると国防関連のアナリストは指摘している。(中略)
 
また、ミャンマーとロシアは国防・経済関係での統合深化を目指しているとみられている。前出のグレバット氏らによると、ミャンマー北東部ミッチーナー近郊にあるナムポン空軍基地では、ロシアがキットで届けたヘリコプターの組み立てを行っている。【7月19日 WSJ】
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【「不服従運動」で医療態勢が崩れ、ワクチン接種は進まず、病床や医療用酸素の不足も深刻】
ミャンマー情勢で目立つのは、新型コロナ感染の拡大、医療崩壊の現状です。

****ミャンマーでコロナ急拡大 クーデターで医療制度はまひ****
ミャンマーでは、国軍のクーデターに抗議する不服従運動に参加した医療従事者らが国軍の運営する病院に戻らない中、新型コロナウイルス感染が全国で急拡大している。自宅で亡くなる感染者が急増し、ボランティアが民家を回って遺体を火葬場へ運んでいる。
 
最大都市ヤンゴンでは毎朝早くから、タン・タン・ソーさんのもとに遺族からの依頼の電話が次々と入る。所属するチームは連日30〜40人の遺体を引き取っており、「他のチームも同じような状況だと思う」と話す。
 
全国の病院には、医師の姿も患者の姿もない。2月のクーデターで実権を握った国軍に対するストライキの影響だ。
 
クーデターへの怒りと、軍事政権の協力者だと思われたくないとの理由から、多くの人が国軍運営の病院へ行くことを避けている。このため、ボランティアが酸素の調達や火葬場への遺体搬送を担っている。
 
ヤンゴン各地では感染者の家族が大勢、軍事政権による夜間外出禁止令を破り、酸素ボンベを充填(じゅうてん)しようと必死になっている。
 
ミャンマーの感染者数は、5月初旬は1日当たり50人程度だったが、17日には当局発表で約5500人に上った。だが専門家は、実際の感染者数ははるかに多い恐れがあると指摘している。
 
クーデター以前に最前線で新型コロナウイルスと闘っていた医療従事者は、初期の反クーデター大規模デモを主導していたことから国軍の標的になっている。ワクチン接種計画の責任者を含む保健当局トップらは拘束され、その他多くの関係者は拘束から逃れるために身を潜めている。
 
母親が感染したためヤンゴンから北西部カレーに戻って来た女性は、「クーデター前のコロナウイルス対策は適切で、政府は頻繁に通知や発表を出していた」と話す。「しかし、クーデターが起きてからは私たちは何もかもが怖くなり、コロナウイルスにあまり注意を払わなかった。(中略)そして突然、(ウイルスが)戻ってきた」と述べ、「今は感染対策は存在しない」と語った。
 
ミャンマーの人権問題に関する国連特別報告者は先週、同国が「新型コロナウイルス感染症のスーパースプレッダー国になる」恐れがあると警告した。 【7月19日 AFP】
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****ミャンマー、コロナ深刻 医療態勢悪化「原因、すべて国軍」****
国軍がクーデターで権力を握ったミャンマーで、新型コロナウイルスが猛威を振るっている。国軍に抗議する「不服従運動」で医療態勢が崩れ、ワクチン接種は進まず、病床や医療用酸素の不足も深刻だ。市民らは免疫力を高めて自衛しようと、栄養価の高い食べ物を買い求め、スーパーの棚から商品が消える事態も起きている。
 
当局発表によると、14日には新規感染が7千人を超え、検査数に占める陽性率も3割超になった。累計の死者数は17日までに4700人を超えたが、実際の数はさらに多いとみられている。当局は14日、17~25日を急きょ休日にすると発表。感染予防のため外出を控えるよう国民に求めた。
 
医療態勢はもともと脆弱(ぜいじゃく)だったが、クーデター後に多くの医療関係者が国軍への不服従運動に参加し、職場を放棄した。中国やロシアからワクチンを確保しても接種する医療スタッフが足りない。市民の側も国軍が手配したワクチンへの拒否感が根強い。
 
病床の不足も深刻だ。最大都市ヤンゴンに住む自営業の女性(38)は同居の伯母に症状が出たが、病院では診てもらえず、自宅内での「隔離」を余儀なくされた。
 
医療用の酸素も逼迫(ひっぱく)している。ヤンゴンでは患者の家族らが、工場などの前にボンベを持って列をなす。80歳の母親をコロナで亡くしたヤンゴンのトゥンアウンさん(40)は「酸素も治療も間に合わず、SNSで助けを求めたものの無力だった」と肩を落とした。
 
国軍側は酸素の買いだめを防ぐため、供給に制限を加えている。不服従運動に参加し、患者の自宅への訪問診療を続けているヤンゴンの男性医師は「酸素が手配できず、必要な治療ができない。地獄のような状況だ」と話し、「原因はすべて国軍にある」と憤った。
 
感染の拡大に伴い、国境をまたぐ物流が制限されたことも状況の悪化に拍車をかけている。また、国軍に対抗して各地で市民が立ち上げた武装組織に武器が渡るのを防ぐため、国軍は国内の物流網も遮断。現地メディアによると、その影響で必要な医療物資の供給も滞り、医療用マスクなどが高騰している。
 
市民は栄養のあるものを食べようと鶏肉や卵などを買い求めているが、供給が追いついていない。【7月19日 朝日】
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国軍の弾圧・強権支配に新型コロナ、前門の虎後門の狼といった状況です。
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フランス  イスラムをめぐる表現の自由、政教分離、コミュノタリズム

2021-07-18 23:17:33 | 欧州情勢
(パリでイスラム嫌悪に抗議するデモ行進に参加する人々(2019年11月10日撮影)【2019年11月11日 AFP】)

【冒涜する自由】
“欧州人口の4.9%(約2,500万人)がムスリムとされ,特に,2017年にテロが多発したフランス(8.8%),ベルギー(7.6%),英国(6.3%)は,欧州内でもムスリム人口の割合が高いとされる。”【公安調査庁HP】

フランス人口が6700万人ですから、その8.8%というと、イスラム教徒人口は約590万人となりますが、大体その他の記載でもそれに近いような数字があがっています。

当然に、文化的“軋轢”が生じます。その最たるものが2015年1月7日に起きた週間風刺新聞シャルリー・エブド襲撃事件でした。

特に、フランスではマクロン大統領が(イスラムを)「冒涜する自由」もあると発言するように、表現の自由に関して強い「信念」があり、また「政教分離(ライシテ)」を国是としているだけに、ときにそうした「信念」は異文化への冒涜・批判・不寛容といった側面を見せることもあります。

****「『表現の自由』か『冒涜』か 価値観の違いをどう乗り越える?」(時論公論)****
表現の自由をめぐってフランスとイスラム諸国の対立が深まっています。ことの発端は、イスラム教預言者ムハンマドの風刺画です。表現の自由を理由に風刺画を擁護するマクロン大統領にイスラム教徒が強く反発、各地で襲撃事件が相次ぎ、テロの危険性が高まっています。

表現の自由はどこまで許されるのか、これまで何度も論争になってきましたが、いまだ答えは見出せません。表現の自由をめぐる論争の背景にある宗教や価値観の違いを乗り越えるには何が必要かを考えます。

(中略)(フランスの週刊新聞シャルリ・エブドには)2006年にイスラム諸国の強い反発を浴びた12枚の風刺画が改めて掲載されています。

風刺画への批判に対してマクロン大統領は、「冒涜する自由」もあると擁護し、イスラム教徒の怒りを買いました。トルコのエルドアン大統領は、「我々の価値観への攻撃だ」と厳しく批判しました。イランの最高指導者ハメネイ師は、「預言者の人格を侮辱する許されざる大罪だ」と非難、それに世界で最も多くのイスラム教徒を抱えるインドネシアのジョコ大統領も、「世界中のイスラム教徒の感情を逆なでした」と非難するなど、イスラム諸国の首脳はいっせいにシャルリ・エブドとそれを擁護するマクロン大統領を批判しました。

中東やアジア、アフリカの各地でフランス政府に対する抗議デモが起き、一部の国ではフランス製品の不買運動も起きています。サウジアラビアではフランス総領事館が襲われる事件も起き、フランスのダルマナン内相は「フランスは戦争状態にある」と述べ、さらなる攻撃への警戒感をあらわにしました。

こうした事態を受けてフランス政府は「イスラムを尊重している」と連日表明し、反発を和らげようとしています。大多数のイスラム教徒は、暴力やテロに反対していますが、フランス政府への怒りはおさまっていません。

風刺画への反発はフランス国内でも強まっています。9月下旬、パリ市内の「シャルリ・エブド」旧本社前で男女2人が男に刃物で切り付けられる事件が起きました。男はパキスタン出身で、「シャルリ・エブド」の風刺画に立腹して犯行に及んだものと見られています。

先月にはパリ近郊の学校で、「表現の自由」に関する授業でムハンマドの風刺画を生徒に見せた教員が、ロシア・チェチェン出身のイスラム教徒の男に首を切られる事件が起き、フランス中に大きな衝撃が走りました。さらに南部のニースではチュニジア人の男によって市民3人が刃物で殺害されました。

事件後マクロン大統領は、「イスラム過激派によるテロだ」と述べて過激派の取り締まりに乗り出すと同時に、テロへの警戒レベルを最高度に引き上げ、フランス全土で警戒態勢を強化しました。

(中略)シャルリ・エブドはイスラム教だけでなくキリスト教やユダヤ教、それにマクロン大統領はじめ各国首脳も風刺の対象としていますが、イスラム教徒にとって預言者を侮辱するような風刺画は、生きるうえでもっとも大切な信仰に土足で踏み込むような行為であり断じて受け入れられないのです。

それでもフランス政府が風刺画を擁護する姿勢を変えないのは、「表現の自由」がフランスにとって最も基本的な権利だからです。国王や宗教界が絶対的な権力を握っていた18世紀末、市民が立ち上がり自由に意思を表明する権利を勝ち得た革命の精神が今も受け継がれているのです。

世論調査ではムハンマドの風刺画の掲載を支持する人は6割に上り、授業で取り上げることには8割近くが妥当だと答えています。フランスでは表現の自由のもと宗教への批判も許されるといわれます。

しかし、そのフランスでも人種差別を禁止し、憎悪や嫌悪を引き起こすような表現は避けるべきだとしています。権力とは関係のない少数派や特定の集団に対する侮辱的な表現まで許されるのか、他者を傷つけるような自由は認められないと私は思います。

様々な宗教や文化を受け入れてきたカナダのトルドー首相も、「表現の自由は常に守られなくてはならないが、社会を共有する人々を恣意的かつ不必要に傷つけないようにすべきだ」と述べ、表現の自由には限度があり他者への配慮が必要だとの見解を示しています。

表現の自由か冒涜かは、宗教や価値感によって受け止め方が大きく異なります。2015年のシャルリ・エブド本社襲撃事件後、イスラムへの蔑視が問題の根底にあると答えた人がイスラム諸国では8割から9割に上った国もあるのに対し、フランスでは7割近くがイスラム教徒の不寛容が論争の原因だと答えています。

価値感の違いを象徴する1つの例が、イスラム教徒の服装をめぐる論争です。フランスではライシテと呼ばれる政教分離の原則により公立の学校でイスラム教徒の女性が頭を覆うスカーフの着用が禁じられています。

子どもたちは宗教の圧迫から自由でなければならないという考えに基づいていますが、それがイスラム教徒の心情を傷つけているかどうかは考慮されません。預言者ムハンマドの風刺画をめぐる論争は、社会の分断がいかに深刻かを物語っているといえるのではないでしょうか。

では、この論争をどうやって終息させるか、両者の歩み寄りの余地はなく解決は不可能だと話す専門家もいます。ただ、これ以上溝を深めないようにするためにも対立の背景にある宗教や価値観の違いを乗り越えるための取り組みは重要だと思います。

他者への尊敬と寛容の精神、そして価値感を押しつけず異文化を理解しようとする姿勢が求められます。フランスをはじめヨーロッパ各国では、経済の低迷や失業者の増加などにより排外的な風潮が年々強まり、イスラモフォビアと呼ばれるイスラム教徒への憎悪が高まっています。

そうしたときだからこそ挑発的な行動を戒め、融和に務めるのは指導者の役割でもあります。

アメリカの調査機関、ピュー・リサーチ・センターによれば、大規模な移民の流入が続いた場合、2050年にはフランス国内のイスラム教徒の割合が今の2倍に膨れ上がり、ヨーロッパ全体でも7人に1人がイスラム教徒になると予測しています。社会の分断が今以上に深まる可能性があるだけに対話と相互理解への不断の努力が欠かせません。

日本でも今後多数の外国人が暮らすようになり、宗教や価値観をめぐって今以上に摩擦が生じることも予想されます。表現の自由をめぐる論争を対岸の火事とせず、共生社会を築くための取り組みを今から始めることが大切ではないでしょうか。【2020年11月12日 NHK  二村 伸 解説委員】
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今月にも、フランス国内でのイスラムとの緊張を示す下記のような事件も。

****少女への脅迫で11人に有罪判決 イスラム教冒涜投稿めぐり―フランス*****
フランス・パリの裁判所は7日、ソーシャルメディアでイスラム教を冒涜(ぼうとく)する発言を繰り返した10代の少女を脅迫したなどとして、11人に禁錮4~6月を言い渡した。いずれも執行猶予付き。

少女は昨年1月、イスラム教の名の下に嫌がらせをしてきたという少年への反論として、動画を投稿。その後イスラム教を侮辱する動画が拡散されると、少女に対し殺害の脅迫を含む約10万の憎悪のメッセージが寄せられた。
 
少女は警察の保護下に置かれ、転校を余儀なくされた。少女の発言をめぐっては、言論の自由などの象徴として賛同がある一方、挑発的な反イスラム主義者だと批判する声も出ていた。【7月7日 時事】
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【政教分離(ライシテ)でいつも問題となるイスラム教徒女性の着用するスカーフ(ヒジャブ)】
政教分離(ライシテ)で象徴的に問題になるのが、イスラム教徒女性の着用するヴェール・スカーフ(ヒジャブ)に関する論争です。

****フランスでヴェール論争再燃*****
フランスではまた新たなヴェール論争(注1)がわき起こり、この10日ほど毎日のようにメディアで議論が行われていた。

フランスは、普遍主義(個別のもの、個別性・特殊性よりも、全てまたは多くに共通する事柄、普遍性を尊重・重視の立場)と、ライシテ(政教分離)の尊重から、ムスリムの女性の象徴的衣装ともいえるヴェールを許容できない立場を貫いてきた。そこで「コミュノタリズムを容認してはならない」ことがフランス政界の共通の認識とされ、法整備も行われてきたのだ。

フランスで使われるコミュノタリズムと言う言葉は、(中略)少数派の民族的・宗教的グループが文化的または政治的な独自性を主張し、その承認を社会全体に対して要求することを指し、どちらかと言うとネガティブな意味合いを持つ。

フランスはカトリック教会との長い苦闘をへて、やっとカトリック支配から逃れ、ライシテの原則を打ちたてることに成功した歴史があるだけに、宗教要素が強い主張を受け入れるわけにはいかないと考えるのは当然だ。

そのため、幾度となくムスリムの女性のヴェールに関する議論がなされてきた。

(中略)発端は、ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏の議会で起こった出来事だ。10月11日、議会は通常通り行われていた。だが、そんないつもの風景の中、15人ほどの子供たちが教師と何人かの付き添いの親たちとともに、議会を見学するため室内に入った時にその事は起こった。国民連合(以降RN、旧党名は、国民戦線 FN)の一の人の議員が憤慨して声を上げたのだ。

「議長、お願いしたいことがあります。ライシテのもとに、今、室内に入ってきた付き添いの方にお願いしたい。そのイスラム教のヴェールを取るようにお願いしたい。…ここは、公共施設内です。我々は民主主義の圏内にいます。彼女の家、路上では好きな時にヴェールを付けることは可能です。しかし、ここではダメだ。今日はダメだ。」

ライシテを尊重するフランスでは、こういった言葉に賛同する人が多いのかと思われるこかもしれないが、反対に、多くの議員からブーイングの嵐が起こった。「ファシストだ。」「あなたは法律を知らないだけだわ。」
また、議長自身もその議員に対して憎しみを助長させる発言として抗議を行った。

ヴェールを取ることを要請された子供の付き添いに来ていた母親は、慰めにきた子供を抱きしめキスをした。その様子は象徴的な場面としてフランス中に拡散された。母親は大きなショックを受け、議会のトイレで泣きはらしたと言う。後日、「暴行」と「増悪の扇動」の容疑で、発言した議員に対し弁護士を通して訴えた。

法律の観点から言えば、フランスは初めてヴェール論争が起こった国であり、一般にヴェール禁止法と呼ばれる学校内でのヴェール着用の禁止に関する法律を2004年に制定した最初の国だ。また2010年には、路上や公共の場で顔を隠すことを禁止した。

しかしながら、議会は学校内ではない。しかも、ヴェールは顔のほとんどを隠すタイプではないため、公共の場であっても法律にはなんら違反していない。しかも、2013年には、最高裁判所としての役割を持つコンセイユ・デタにて、両親に対しては、学校内の職員に課している規則は適応しないと判断を下している。

要するに、校外学習に付き添いに来ている親がヴェールをかぶって議会を見学に来てもなんの問題もないと言うことなのだ。

しかし、ジャン=ミシェル・ブランケール教育相は、こう述べる。
「校外学習の付き添いの親が、ヴェールをかぶることは違法ではないが、しかし、ヴェールは望ましいことではない。」【2019年10月22日 Japan In-depth】
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スカーフに関しては、フランスだけでなく、欧州においてしばしば問題となります。

****イスラム教徒のスカーフ着用、欧州裁判所が条件付きで禁止を容認****
 欧州司法裁判所は15日、イスラム教徒が職場で髪を覆うスカーフ(ヒジャブ)を着用することについて、企業は一定の条件の下で禁止することができるとの判断を示した。

「政治的・哲学的・宗教的信念を職場で目に見える形で表明することを禁止するのは、顧客に対する中立的なイメージを示すことや社会的な論争を避ける上で正当化されることがある」との見解を示した。

ただ正当化されるのは企業側が真剣に必要としている場合でなければならないとし、権利や利益と調和させる際に各国の裁判所は自国の状況、特に宗教の自由を保障するより有利な国内規定を考慮することが可能と指摘した。

訴えを起こしたのはドイツに住む2人のイスラム教徒の女性で、育児休暇から復帰後にヒジャブを着用し始めたところ、雇用主から出勤を禁じられ、着用をやめるか退職するよう求められたという。

ヒジャブの着用については数年前から欧州で論争を呼んでおり、イスラム教徒の社会統合を巡る意見の対立を浮き彫りにしている。欧州司法裁判所は2017年にもヒジャブを含む宗教的シンボルの着用を企業は条件付きで禁止できるとの判断を示し、宗教関係者から激しい反発を招いた。【7月15日 ロイター】
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ライシテに関しては、“もともとライシテは、強大な影響力を持っていたカトリック教会を排除するために確立された理論です。これがマイナリティーの排除の正当化に使われることがあってはなりません。”【高名 康文氏 成城大学HP】との指摘も。

【「(イスラム教徒の)コミュノタリズムを容認してはならない」という風潮 極右イデオロギーの蔓延】
「(イスラム教徒の)コミュノタリズムを容認してはならない」という議論は学校給食の場でも。

****仏社会とイスラム価値観の衝突 学校給食が舞台****
「豚肉が嫌ならベジタリアンの給食を食べればいい」

10歳の少年リヤド・エル・バロウディ君は、通っている小学校のカフェテリアで給食をとる度にジレンマに直面している。
 
リヤド君はイスラム教の戒律に従うため、父親から豚肉を食べることを禁じられている。だが今年1月、フランス南部ベジエの地元当局は公立学校の給食メニューを簡素化したため、提供される肉は豚のみとなってしまった。
「これは挑発行為だ」。リヤド君の父親ラキド・エル・バロウディさんはこう述べる。

フランスでは今、全国の公立学校が宗教と国家の厳格な分離を定めた「ラシエテ」推進派と、イスラム教徒との対立の舞台となっている。イスラム世帯の多くは当局がラシエテを拡大解釈していると主張。

給食のメニューから、イスラム教のスカーフを巻いた母親が校外学習の保護者ボランティアとして同伴できるかまで、イスラム教の信仰を標的にするやり方であらゆる問題に適用しているとしている。
 
一方、教師や学校職員、当局者らは、国内の学校は仏イスラム教徒の信仰を受け入れるよう圧力にさらされており、規模を問わず、数十年にわたる文化的変化に対抗していると話している。

こうした圧力は、ラシエテおよび平等・自由・友愛の原則に基づいて建国された国家の価値観を阻害しているというのだ。

 教師らによると、生徒は信仰上の理由から、生物や歴史、音楽の授業への出席を拒否している。また、親は女子生徒が水泳の授業や校外学習に参加することを禁止しているという。

仏調査機関Ifopが実施した最新の世論調査によると、一部の生徒が宗教上の理由から、授業に抗議したり参加を拒否したりしていると回答した中学・高校の教師は53%に上った。この割合は2018年の調査の46%から上昇している。
 
足元の緊張の高まりは、昨年10月にパリ郊外で中学教師サミュエル・パティ氏が斬首され殺害されたテロ事件でも鮮明となった。犯人は18歳のチェチェン共和国出身の移民だった。

週刊紙シャルリ・エブドに掲載された預言者ムハンマドの風刺画をパティ氏が授業で見せたことを理由に犯行に及んだ。イスラムの教えでは、預言者ムハンマドを描写することは禁じられている。

フランス教育省では、パティ氏を追悼して1分間の黙とうをささげることを拒否した生徒が全土で数百人に上ったとしている。(中略)
 
マクロン政権はまた、宗教を理由に教師など公務員に圧力をかけることを犯罪とする法案を議会に提出した。
エマニュエル・マクロン大統領は昨秋、法案の提出に伴い行った演説で「フランスは国家と戦い、分断しようとする者たちに学校を通じて抵抗する」と主張した。

法案には、モスク(イスラム教礼拝堂)など宗教組織の独立性を抑制する内容も盛り込まれている。法案は現在、上院に送付されている。上院では、校外学習に同伴する保護者ボランティアがあからさまな宗教上のシンボルを身につけることを禁止する条項を加えることを目指している。(中略)

ベジエのロベール・メナール市長は2014年、極右指導者、マリーヌ・ルペン氏の支持を受けて当選。今年になって代替食を排除した。新たなシステムでは、豚肉の入った給食か、ベジタリアンの週次メニューから選択することができる。

メナール氏はインタビューで、イスラム教の生徒について「彼らは医学的な理由から、豚肉にアレルギーがあるわけではない」と指摘する。「豚肉が嫌なら、ベジタリアンの給食を食べればいい」
 
冒頭のリヤド君は、自身の友達(大半はイスラム教)は単にカフェテリアに行くのをやめたと話す。「友達と一緒に過ごすためカフェテリアに行きたいけど、今ではおばあちゃんの家で昼食を取っている」【7月15日 WSJ】
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フランスにおいては、マリーヌ・ルペン氏のような極右イデオロギーの蔓延を指摘する声があり、「(イスラム教徒の)コミュノタリズムを容認してはならない」という社会的風潮の高まりも、そうした極右的反イスラム流れの一つなのかも。

大統領への権力集中を著く進めたマクロン政権のもとで、フランスの民主主義は大きく後退した。

それを表わす重大な現象として、極右イデオロギーの蔓延・一般化がある。

日本の「ネトウヨ」と同様、フランスでもネット上で差別発言やヘイトスピーチが交わされる「ファッショ領域 fachosphère」が以前から活発だったが、紙媒体の雑誌や地上デジタルのテレビ局でも、差別発言やヘイトスピーチに近い表現や内容の言説が目立つようになった。(後略)【6月27日 Ovni】
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長くなるので冒頭だけ引用。関心のある方は原文でお読みください。
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アメリカ  キューバ、ハイチの不安定化で大量移民流入を警戒

2021-07-17 23:27:32 | アメリカ
(移民であふれるNGOのシェルター(一時保護施設)【7月12日 NHK】)

【アメリカの「裏庭」で不安定化するキューバ、ハイチ】
アメリカにしてみると「裏庭」にあたるキューバ・ハイチの政情が不安定しているのは周知のとおり。

アメリカの制裁もあって経済的に困窮しているキューバでは食料や電力、医薬品の不足に抗議するデモが11日に起き、全土で計数千人が参加したとされます。共産党の一党体制下で無許可のデモは禁止されており、大規模なデモが起きるのは異例だのことです。

****キューバの反政府デモで死者、100人以上拘束の情報も*****
異例の反政府デモがあったキューバの内務省は13日、市民を複数拘束し、1人が死亡したと発表した。反政府グループは行方不明者が100人を超すとしている。同日にはまた、首都ハバナなどでインターネット接続が制限された。
 
内務省は、ハバナ郊外で暴徒となった複数の市民を拘束したとし、この際、住民の男性(36)が死亡したと発表した。一方、政府を批判するグループがツイッターに投稿した情報では、13日正午までに130人が拘束されるなどして行方不明になったという。また、スペイン紙ABCは、同紙のハバナ支局に勤務するキューバ人記者が12日に逮捕されたと報じた。
 
現地からの情報によると、ハバナ中心部や内陸部などで13日、インターネットやSNSが使えなくなった。(中略)

SNSには11日のデモ関連とされる動画が多く投稿されている。警察官や私服警察官とみられる男たちがデモに参加した市民を殴る動画や、「デモ後に行方がわからなくなった子どもを捜している母親たち」と名付けられた、警察署前に集まった女性たちの動画などだ。情報の共有を阻もうとキューバ政府がインターネット接続を遮断した可能性がある。
 
一党支配するキューバ共産党は12日、党中央委員会政治局が会議を開いた。引退したラウル・カストロ前党第1書記も出席したと政府系メディアが報じた。会議では11日のデモについて「米国によって組織され、資金提供を受けた反革命分子による挑発行為」と分析したという。

国営メディアは、デモに「数百人が参加した」と報道しており、全国各地で数千人が参加したと報道する外国メディアと大きく開きがある。
 
一方、キューバのデモについてバイデン米大統領は12日の記者会見で「米国は普遍的な権利を主張するキューバの人々を強く支持する。キューバ政府には、人々の声を封じ込める行動や暴力を控えるよう求める」と述べた。
 
また国務省のプライス報道官は13日の会見で「キューバ政府はインターネット遮断や暴力、ジャーナリストや活動家らの恣意(しい)的な拘束などの抑圧的な方法によって人々の声を封じ込めようとしている」と強い懸念を表明。平和的なデモによって拘束された人々を釈放するよう求めた。【7月15日 朝日】
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キューバからすると、今回混乱はアメリカが背後で画策しているという話にもなります。

“ディアスカネル大統領は11日、一連のデモについて「キューバ系米国人のマフィアが不安をあおっている」と発言。グランマ紙も「米国によって組織化され、資金が提供された」と主張した。こうした見方について、ブリンケン米国務長官は12日、「重大な誤りだ」と否定した。”

また、アメリカの弾圧批判に対しては、「キューバの人々を支援」云々と言うのならアメリカが制裁を解除すればいい・・・ということにも。アメリカには、そうした制裁緩和の動きは今はないようです。

一方、人口約1100万人のハイチは最貧国の一つで、長く政情不安が続いています。

2010年には大地震に襲われ、30万人以上が死亡、更にその後ハリケーン被害もあって、そうした災害から復旧できず、市民生活は極めて困窮しています。

そのハイチで、モイーズ大統領が7日、武装集団によって私邸で銃撃暗殺される事が。

実行犯はともかく、事件を計画した背後関係について未だよくわかりません。

****ハイチ大統領暗殺、計画は隣国ドミニカで 元上院議員を指名手配****
カリブ海の島国ハイチの国家警察は15日、ジョブネル・モイーズ大統領の暗殺は隣国ドミニカ共和国で計画されたと発表した。また、大統領の主任警護官と警護員3人を拘束したと明らかにした。
 
モイーズ大統領は7日、首都ポルトープランスにある私邸に押し入った武装集団に射殺された。この事件では、大統領警護隊に負傷者が出ていないことから、内部関係者の関与が疑われている。
 
ソーシャルメディアで拡散されている写真には、すでに逮捕された容疑者2人が野党の元上院議員ジョエル・ジョン・ジョセフ容疑者と会っている様子が捉えられている。警察は同容疑者を指名手配した。
 
レオン・シャルル国家警察長官によると、この写真は、3人がドミニカ共和国の首都サントドミンゴのホテルでモイーズ氏の暗殺計画を立てている際に撮影されたものだという。
 
シャルル長官は、「暗殺の首謀者、実行犯採用班、資金調達班がテーブルを囲んでいる」と説明。写真には、すでに逮捕された医師のクリスティアン・エマニュエル・サノン容疑者や、ハイチ系米国人のジェームズ・ソラージュ容疑者も写っている。
 
警察によればソラージュ容疑者は、米フロリダ州マイアミに拠点を置くベネズエラ系警備会社CTUとの調整役として計画に参加していた。CTUの社長も写真に写っており、暗殺計画に絡んで何度もハイチに入国していたという。
 
シャルル長官はまた、暗殺資金はフロリダ州に拠点を置く金融サービス会社「ワールドワイド・キャピタル・レンディング・グループ」が提供したと語った。
 
事件では、ハイチ系米国人2人とコロンビア人26人が実行犯とされている。捜査に協力しているコロンビア警察は15日、逮捕された容疑者らが、モイーズ大統領を拘束して米麻薬取締局に引き渡す計画だったと供述していることを明らかにした。実行犯の中には、コロンビア軍特殊部隊の元隊員が複数加わっていたという。
 
米国防総省は同日、逮捕された容疑者の一部が、かつてコロンビア軍兵士として米軍の訓練を受けていたことを確認した。 【7月16日 AFP】
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【アメリカ 移民の大量流入を警戒】
アメリカは今のところ、キューバ制裁は緩和しないし、ハイチから要請されている軍の派遣も行わず、両国への深入りは避ける姿勢。

****キューバは「失敗国家」=ハイチ派兵予定せず―米大統領****
バイデン米大統領は15日、反政府デモが起きた社会主義国キューバについて「残念ながら失敗国家であり、自国民を抑圧している」と糾弾した。「失敗国家」は通常、中央政府が正常に機能していない国を指しており、異例の強い表現だ。
 
ドイツのメルケル首相との共同記者会見でバイデン氏は、共産主義体制が「全世界で失敗した制度だ」と断言。米国からキューバへの送金は「(現地)当局に押収される可能性が高い」と指摘し、トランプ前政権が強化した送金規制の緩和に難色を示した。
 
キューバへの新型コロナウイルスワクチン支援に関しては「国際機関が接種を取り仕切り、一般国民に行き渡ると保証されるなら、かなりの量を提供する用意がある」と表明。キューバでインターネット交流サイト(SNS)などの遮断が伝えられることにも触れ、復旧支援を検討する考えを明らかにした。
 
一方、モイーズ大統領暗殺で政情不安が深刻化しているハイチには、米大使館の警備強化のため海兵隊員を送っていると説明した上で、本格的な米軍部隊派遣は「今のところ予定していない」と述べた。

ハイチ政府は先に、武装勢力が空港などを襲撃する恐れがあるとして、米国と国連に派兵を求めていた。【7月16日 時事】
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ただ、こうした国が不安定化すると、アメリカへの非合法移民が押し寄せる可能性があり、アメリカもそのあたりを懸念しています。

****米、キューバ移民が海から大量流入した場合の緊急対応策ある=高官****
 バイデン米政権の高官は15日、キューバから海を渡って米国を目指す移民が急増した場合の緊急対応策は整っており、フロリダ海峡における警備体制は「盤石」だと述べた。

同高官はその上で、マヨルカス国土安全保障長官の発言を繰り返す形で、キューバ移民に対し米国の海岸を目指さないよう警告を発した。キューバ政府の高官が国民の「集団移動」の可能性に触れたことについては「生命を危険にさらすことになるキューバ人への配慮に欠いている」と非難した。

キューバでは11日、数十年ぶりの規模とされる反政府抗議デモが国内各地で起きた。社会主義国キューバでデモは異例。

前出の高官は、デモはバイデン政権発足後すぐに開始した対キューバ政策の見直しの進め方に影響を与えるだろうと述べた。政策見直しに関し、キューバ政府ではなくキューバ人の支援を念頭に置いているとした。【7月16日 ロイター】
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****米国に来ないで 米政府、ハイチ・キューバ人に警告****
米政府は13日、政情不安が起きている中米ハイチとキューバの国民に対し、米国に逃れて来ないよう警告した。ルートは危険で、強制送還すると主張している。
 
ハイチでは先週、ジョブネル・モイーズ大統領が暗殺され、指導部が混乱している。キューバでは先週末、経済的・社会的状況をめぐり各地で前例のない抗議デモが起きた。
 
こうした事態を受け、米国のアレハンドロ・マヨルカス国土安全保障長官は、「海路で移動を試みる時期ではない」と述べた。「こうしたリスクを取る価値はない」
 
さらに、「はっきりさせておきたい。海に出ても、米国には来られない」と明言した。
 
マヨルカス氏によると、両国から船で米国へ渡る試みが増えているという証拠はまだない。しかし、米沿岸警備隊は、フロリダ州の航空支援を受けて海上をパトロールしており、移民船を阻止する構えだという。
 
マヨルカス氏は、「国籍にかかわらず、海上で阻止された移民は、米国への入国を許可されない」と語った。
同氏によると、現在ハリケーンシーズンのフロリダ海峡を渡る旅は特に危険で、ここ数週間で米国への入国を試みた20人が死亡している。【7月14日 AFP】
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アメリカが神経を尖らしているのは、移民に寛容と思われているバイデン政権に変わって以来、アメリカを目指す移民が急増しており、野党・共和党からの批判、更に与党・民主党内にはより寛容な移民政策を求める急進勢力と党指導部との対立があることもあって、このまま事態が悪化すれば政権の基盤を揺るがしかねない問題になる危険があるためです。

****米国境の不法移民拘束、6月は前月比4.5%増の18万9000人****
国のメキシコ国境で6月に拘束された不法移民の数は、夏の暑さで減少するとみられていたが、前月比4.5%増の約18万9000人となった。税関・国境警備局が16日、明らかにした。
 
CBPによると、拘束された不法移民の数は、5月が18万641人、昨年6月は3万3000人強だった。
 
また、保護者が同伴していない子どもの保護数は6月、前月比8%増の1万5253人で、1日当たり500人以上となった。米政府はこうした子どもについて、メキシコに送還するのではなく、米国内で再定住させると約束している。
 
米入国を試みた幼い子どもを含む家族連れは、前月から25%近く増加し、5万5805人となった。こうした家族連れの一部は、米国在留が認められている。
 
CBPが把握しているのは、国境で拘束された不法移民のみで、発見を免れた移民は含まれていない。しかし、専門家らは、不法入国の試みの増加は、当局の目を免れた移民の増加を示唆していると指摘している。
 
拘束された不法移民の約3分の1はメキシコ出身で、中米の「北部三角地帯」と呼ばれるホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの出身者がそれに続いた。南米からの移民のほとんどは、エクアドルとベネズエラの出身だった。
 
CBPは、6月に拘束された不法移民の数は多いが、約3分の1は昨年に少なくとも1回は拘束されたことがあると強調した。 【7月17日 AFP】
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現在の移民対策の中核にあるのが、幼少時に親に米国に連れて来られた不法移民を保護する制度(DACA)ですが、この「DACA」に関し、テキサス州の連邦地裁は違法との判決を出しています。

****不法移民救済に違法判決=バイデン政権の方針に待った―米連邦地裁****
米南部テキサス州の連邦地裁は16日、幼少時に親に連れられるなどして不法入国した若者を強制退去対象から外す救済措置「DACA」が違法だとする判決を下した。既に同措置を適用されている人に影響はないが、新たな申請は認められないとしている。
 
オバマ政権時代の2012年に成立したDACAは、これまで約65万人に適用されている。バイデン大統領は、同措置適用対象者の市民権申請に道を開く制度強化の方針を表明していたが、司法に待ったを掛けられた形だ。
 
米メディアによると、判決はDACA適用対象者が米社会を構成する一部となっていることを認めつつ、「議会は、行政府が法制度の枠外で合法的な存在を認定できる自由を認めていない」と指摘。同措置が連邦行政手続き法に違反していると判断した。【7月17日 時事】 
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この判決によって、「DACA」運用がどうなるのか・・・よくわかりません。
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パキスタン  中国人を狙ったバス爆発 「鉄の友」の中パ関係 イスラムの大義に優先

2021-07-16 22:41:53 | アフガン・パキスタン
(パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州で7月14日、谷に落ちたバスの乗客を救助する人々=AP。バスはこの日、山道を走っていた際に爆発し、谷に落ちた【7月16日 朝日】)

【パキスタンで中国人ら30人以上が乗ったバスが爆発・転落】
パキスタンでのバス爆発「事件」で、多くの「一帯一路」関係中国人が亡くなりました。

****パキスタンでバス爆発 「一帯一路」関係者ら13人死亡*****
パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州で14日午前8時ごろ、中国人ら30人以上が乗ったバスが爆発し、地元警察によると、少なくとも13人が死亡、17人が負傷した。中国人らは、中国政府がパキスタンなどで進める巨大経済圏構想「一帯一路」に関連する建設現場に向かう途中だったという。
 
地元警察によると、爆発で死亡したのは、中国人の技術者やパキスタン人の警護要員ら。爆発の原因は分かっていない。バスは険しい山道を上って、同州にある一帯一路のダム建設現場に向かっていたという。
 
中国はパキスタンにとって、対インドで利害が一致する長年の友好国だ。中国の投融資に頼るパキスタン政府に打撃を与えるため、中国権益を標的にする地元イスラム武装勢力の攻撃が続いている。パキスタン政府は中国権益を重点警備しているが、攻撃を防ぎ切れていない。
 
今年4月には、中国大使が滞在していたパキスタン南西部バルチスタン州の高級ホテルで爆発があり、警官ら数人が死亡。パキスタンの反政府武装勢力「パキスタン・タリバーン運動(TTP)」が事件後、犯行声明を出した。
 
また、19年5月には中国人宿泊客が多い同州グワダルの高級ホテル、18年11月には南部カラチの中国総領事館が襲撃された。両事件では、中国の進出に抗議する現地の独立派「バルチスタン解放軍(BLA)」が犯行声明を出した。【7月14日 朝日】
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【「鉄の関係」「鉄の友」の中パ関係】
中国の「一帯一路」にとってパキスタンは“要”ともなる国で、両国は強い関係を有しています。

パキスタンにおける中国の存在感は、2年あまり前にフンザ観光のためにカラコルム・ハイウェイを往復した際に、身に染みて感じました。

カラコルム・ハイウェイ ( KKH) は、中国新疆ウイグル自治区最西部とパキスタンのギルギット・バルティスタン州をカラコルム山脈を横断して結ぶ道路で、国境を横断する舗装道路としては世界一の高所を通る道路です。

ハイウェイはパキスタンと中国政府によって建設され、(多くの中国人労働者の犠牲も伴いながら)建設開始から20年が経過した1978年に完成したということで、「一帯一路」以前からの緊密な中パ関係を象徴する道路です。

この道路の意義については“インドとパキスタンの間に跨るカシミール地区を巡る対立が非常に切迫しているため、カラコルム・ハイウェイは戦略上重要な拠点となっている。また中国にとってはパキスタンへの輸出入の経路として重要なほか、パキスタン南部に中国の支援で建設されるグワーダル港と新疆ウイグル自治区とを結ぶ経路でもあり、中東やアフリカへの資源へのアクセスを確実にする上でも戦略的に重要な経路である。中国政府はパキスタンへ援助を行って拡幅工事などを行っている。”【ウィキペディア】とも。

その後も「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」の一環として、中国の支援で改修・拡幅工事が行われており、私が片道二日、往復四日走ったときも、あちこちで工事中でした。

一番印象的だったのは、パキスタンの山奥に中国語の道路標識みたいなものがあったこと。中国の技術者が大量に入って工事していますので、そういうことにもなります。

****CPEC(China-Pakistan Economic Corrido)****
CPEC(China-Pakistan Economic Corrido)とは、中国・パキスタン経済回廊である。CPECが発表されたのは2015年である。

中国の新疆ウイグル自治区カシュガルから標高4,693メートルのフンジュラーブ峠を超え、パキスタンの北から南まで国内を縦断し、アラビア海に面したグワーダル港までをつなぐ全長約2,000キロメートルにおよぶ長大な経済回廊建設プロジェクトである。

CPECには、グワーダルの港湾及び周辺の開発のほか、水力発電所建設を含む電力インフラの整備、カラチやペシャワールにおける都市交通整備など67件のプロジェクトが含まれる。中国からパキスタンへの融資額は600億ドルを超えると言われる。【ロイター】
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この「CPEC」という言葉も、同行の現地ガイド氏から毎日耳タコのように聞かされました。

中国支援による改修工事が済んだ箇所は快適な舗装道路となっており、悪路のロングドライブに疲れた私の正直な感想としては、中国のパキスタン支援に感謝しました。

このように中パ両国は強い絆で結ばれており「鉄の関係」とも言われています。

*****鉄の関係*****
中国とパキスタンは、1950年に外交関係を樹立した。

パキスタンは、中国にとって唯一の同盟国である。また、中国はパキスタンへの武器供与国であり、2006年に自由貿易協定が締結されている。

パキスタンのアリフ・アルビ大統領が2020年3月に中国を訪問し、北京で習近平国家主席と会談した際にも、両首脳は、「一帯一路」構想のCPEC推進の協力関係強化による「鉄の関係」を確認した。【ロイター】
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中国にとって「鉄の関係」「鉄の友」という国は、パキスタンを含めて14か国あるとか。

****パキスタンからザンビアまで、中国の14の「鉄の友」―香港メディア****
香港英字メディアのサウスチャイナ・モーニング・ポストはこのほど、中国にとって「鉄のように揺るがない友」として14の国を挙げていると、中国のニュースサイトの環球網が11日付で報じた。

サウスチャイナ・モーニング・ポストの10日付記事によると、中国の外交声明の英語版において「ironclad」という言葉ほど中国と他国との緊密な関係を表すものはない。

ironcladのカテゴリーに分類される国は現在、ブラジル、エジプト、エチオピア、ケニア、マリ、マルタ、ナミビア、パキスタン、ルーマニア、セルビア、タンザニア、イエメン、ザンビア、ジンバブエの14カ国だ。

ベラルーシ、カンボジア、キューバ、ミャンマー、ウクライナなども、中国との強力な歴史的および政治的関係からこのリストに含まれる可能性があると指摘する人もいる。

中国人民大学国際事務研究所の王義桅(ワン・イーウェイ)所長は、ironcladについて「緊密な関係と強力なコミュニケーションを意味する」とし、「そうした友は裏切るよりも互いの核心的利益を尊重する可能性が高い」と述べている。

中国研究に特化した調査会社プレナムのアナリストは、そうした国々は「全天候型の友」とも呼ばれるとした上で、「この概念が中国の外交上の優先事項を表しているとは思わない。この言葉は、現実的な計算よりも歴史的な重みを持っている」との見方を示している。【7月12日 レコードチャイナ】
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ブラジル、エジプトなど、ちょっと首をかしげたくなるような国も含まれていますが、パキスタンはそういう中にあっても別格、文字通りの「鉄の関係」にあります。

【頻発する中国権益を標的にする地元イスラム武装勢力の攻撃】
それだけに、パキスタン政府を攻撃する側にとっては、中国関係者は“狙い目”ともなります。
冒頭記事にもあるように、4月には中国大使を狙ったと思われる事件も。

****中国大使が標的か、パキスタンの高級ホテルで爆発…イスラム武装勢力が犯行声明****
パキスタン南西部クエッタの高級ホテルの駐車場で21日、車に仕掛けられた爆弾が爆発し、地元病院によると、5人が死亡、12人が負傷した。現地を訪れていた中国の農融ノンロン駐パキスタン大使を狙った犯行との見方が出ている。
 
大使は爆発当時、宿泊先だったこのホテルにはおらず、無事だった。地元のイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)が「高官を狙った」と犯行声明を出した。
 
大使は、中国主導の巨大経済圏構想「一帯一路」で中核に位置づけられている「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)の協議のため、投資家や企業関係者らと訪れていた。現地では中国に反発する武装勢力が、中国人や関連施設の襲撃を繰り返している。
 
中国外務省の汪文斌ワンウェンビン副報道局長は22日の記者会見で、「今回のテロ攻撃を強く非難する」と述べた。【4月22日 読売】
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今回のバス爆発も、パキスタン側は当初「事故」として処理しようとしていましたが、やはりテロだったという見方に変わっています。

****中国人死亡のバス爆発、テロか 爆発物の痕跡見つかる****
パキスタン北西部で14日に中国人ら13人が死亡したバスの爆発について、パキスタンのファワード・チョードリー情報放送相は15日、「初動捜査で(現場から)爆発物の痕跡が見つかった」とツイッターで明らかにした。パキスタン治安当局は、爆破テロだった可能性も視野に捜査している。(中略)

爆発の原因について、パキスタン外務省は14日、「機械の不具合で燃料が漏れ、爆発した」と説明したが、中国外務省は「事件」と主張し、見解が食い違っていた。
 
パキスタン情報放送相は、15日のツイッターで「テロの可能性を排除できない」「中国大使館と連携し、テロの脅威と戦う」と述べた。
 
中国の投融資に頼るパキスタン政府にとって、中国権益に絡む事件は最も避けたい事態だ。パキスタン政府は中国の外交団や企業を重点警護しているが、近年はイスラム武装勢力による攻撃が続いている。
 
これまでの攻撃は主に南部や南西部が中心で、すぐに犯行声明が出るものが多かった。ただ、今回の爆発は北西部で場所が離れているほか、16日朝時点で犯行声明が出ていない。パキスタン政府は、生存者から事情を聴くなどして爆発の経緯を慎重に調べている。【7月16日 朝日】
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中国は犯人処罰を強く求めています。

****パキスタンのバス爆発は「テロ」=中国首相が犯人処罰要求****
中国の李克強首相は16日、パキスタン北部で中国人9人が死亡したバス爆発をめぐってカーン首相と電話会談し、「テロ攻撃犯を必ず法で処罰しなければならない」と要求した。

カーン氏は「テロ襲撃事件」の真犯人を法に基づき裁くと約束した。中国外務省が発表した。(後略)【7月16日 時事】 
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【イスラムの大義に優先する「鉄の友」】
なお、中パの「鉄の友」をうかがわせる案件としては、以下のようなものも。

****パキスタン首相、中国の新疆弾圧に対する非難を拒否****
パキスタンのカーン首相は22日までに、中国政府が行っているとされる西部新疆ウイグル自治区での少数民族ウイグル族に対する人権弾圧を非難しない考えを明らかにした。
ニュースサイトのアクシオスとのインタビューで20日に述べた。

インタビューの中で大規模なウイグル族の強制収容と虐待について問われたカーン氏は、中国について「我々の最も素晴らしい友人の一人。我々にとって最も困難な時期にそうあり続けている」と指摘。新疆の問題をめぐっては、中国政府とのいかなる協議も「非公開で行われるだろう」との見解を示した。

米国務省によると近年、ウイグル族や他のイスラム教徒の少数民族最大200万人が新彊全域にある大規模な収容施設に入れられているとみられる。多くの元収容者は収容所内で洗脳や身体的虐待、強制不妊などを受けたと証言する。

米国をはじめ複数の西欧諸国の議会は、中国による新彊でのこうした行為をジェノサイド(集団殺害)と認定した
しかしカーン氏は、中国政府がパキスタン政府との非公開の協議で新彊での大規模な弾圧を否定していたと説明。

「我々は彼らのやり方を尊重する。(中略)どうしてこれが西洋世界でここまで大きな問題になっているのか? なぜカシミール地方の人々は無視されているのか? そちらの方がはるかに意味がある」と述べた。

イスラム教徒が多数を占めるカシミール地方はパキスタンとインドが領有権を争っており、しばしば暴力的な衝突が発生している。

カーン氏はまた「世界を見渡せば、パレスチナ、リビア、ソマリア、シリア、アフガニスタンでも問題が起きている。すべてについて発言しなくてはならないのか?」と付け加えた。

パキスタンは中国の長年の友好国・貿易相手国で、インフラ投資でも大きな恩恵を受けている。これらの投資は習近平(シーチンピン)国家主席が掲げる経済圏構想「一帯一路」の一環だ。

カーン氏は2019年3月にも、英紙フィナンシャルタイムズの取材に対し、新疆ウイグル自治区での大規模な強制収容に関する報道について「よく知らない」と答えていた。中国の最西端に位置する新疆ウイグル自治区はパキスタンとも国境を接している。【6月22日 CNN】
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パキスタンではフランスのイスラム風刺、およびそれを擁護するマクロン大統領に対する抗議デモが激しく行われています。

そのパキスタンがイスラム教徒弾圧に沈黙。「鉄の友」はイスラムの大義に優先するようです。

それは、パキスタンだけでなく、多くのイスラム教国家が中国のウイグル族弾圧に沈黙していることにも示されています。
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インドネシア  アジア最悪の感染拡大 在留邦人に高まる不安 対応を求められる日本政府

2021-07-15 23:23:00 | 東南アジア
(【7月13日 ロイター】 12日、ジャカルタ 家族の治療に必要な酸素を求めて列をつくる人々のようです)

【アジアの感染中心地となったインドネシア 医療崩壊の危機】
感染力が強い新型コロナ・デルタ株のまん延で東南アジア各国が感染拡大に見舞われていることは周知のところですが、なかでもインドネシアは深刻で、一時期感染爆発が生じたインドをしのぐ状況ともなっています。

****インドネシア、アジアのコロナ流行中心地に 印より「はるかに深刻」****
新型コロナウイルスが猛威を振るうインドネシアでは14日、1日の新規感染者が5万4000人を超え、過去最多を更新した。感染力の強い変異株「デルタ株」の拡大により、同国はインドを抜いてアジアのコロナ流行中心地となっている。
 
インドネシアでは感染者の急増により病院がひっ迫。自宅で多数の人が亡くなり、患者の家族が治療に必要な酸素ボンベを必死に探し求める状況となっている。
 
インドネシア保健省の発表によると、過去24時間の新規感染者は過去最多の5万4517人、死者は991人。新規感染者に対する死者の割合は、6月上旬から10倍に増加している。だが検査や接触者追跡の体制が整っていないことから、実際の犠牲者ははるかに多いとみられている。
 
オーストラリア・グリフィス大学に所属するインドネシア人疫学者のディッキー・ブディマン氏は、「インドネシアはパンデミック(世界的な大流行)の中心地となる可能性があるが、すでにアジアの中心地となっている」と指摘。
人口の差を考えれば、インドネシアの状況は「インドよりもはるかに深刻だ」とした。

1日の新規感染者数は実際には10万人を超えている可能性があり、1日の死者は今月末までに倍増し、2000人に達する恐れもあるという。
 
最近、コロナ流行の大きな波に見舞われていたインドでは現在、1日の感染者数の平均は約4万4000人、死者数の平均は1028人となっている。だがインドの人口はインドネシアの5倍近くあり、統計サイト「ourworldindata.org」によると人口100万人当たりの新規感染者数はインドネシアが141人なのに対し、インドでは29人にとどまる。 【7月15日 AFP】
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ジョコ大統領・インドネシア政府は厳しいロックダウンは避け、各種対応に加えてワクチン接種を進めようしていますが、事態に追いついていないのが現状です。

****ロックダウンには依然消極的****
タイ政府は7月12日から首都バンコクなどに実質的な「ロックダウン(都市封鎖)」を発令して感染拡大防止策に乗り出した。この「ロックダウン」には午後9時から翌日の午前4時までの外出禁止令が含まれており、思い切った判断といえる。

これに対しインドネシア政府、首都ジャカルタの州政府などは「経済活動への影響が深刻になる」との理由で強い「活動制限」に踏み切れない状態が続き、それが感染拡大を防げない一因になっている、との批判も出ている。

3日に「緊急公衆活動制限(PPKM Darurat)」を施行して、主要な基盤分野の産業を除いてリモートワーク率を100%として、学校教育はすべてオンライン化。宗教施設やショッピングモール、飲食店の閉鎖(飲食店はテイクアウトのみ可)、主要道路への一般車両・バイクの乗り入れ規制、国内移動に際して(インドネシア人対象)ワクチン接種済みの証明書携帯などを義務付けている。

それでも目に見える効果はなく、感染者・死者は減少するには至っていない。

ジョコウィ内閣の閣僚からは「政府のコロナ対策を信用するように」「感染者にはワクチン未接種者が多い」「必要とされる医療用酸素、感染者用病床は確保の見通しが立っている」などの声が出され、ジョコウィ大統領によるワクチン接種現場の視察の様子と共に地元メディアを賑わせている。

しかしそうした中に緊急事態への具体策はあまり見えず、インドネシア人の間からも政府不信の声が出始めているという。【7月13日 大塚智彦氏 Newsweek「医療崩壊寸前のインドネシアに残された在留邦人の不安はピークに」】
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【感染は在留邦人にも 高まる不安 困難な一時帰国】
インドネシアは日本人も多数生活している国ですから、感染は日本人にも及んでいます。
医療崩壊状態のインドネシアから一時帰国しようにも制約されている航空券が入手できず、現地日本人社会からは日本政府の対応を求める切実な声も出ています。

****医療崩壊寸前のインドネシアに残された在留邦人の不安はピークに****
<医療体制のぜい弱さやワクチン接種が見通せず帰国もままならない異国にいる邦人の不安はいかばかりか──>

(中略)
危機感高まる在留日本人から不満の声
インドネシア社会の不十分な感染拡大防止策や中国製ワクチンの有効性、安全性に対する不安、さらに病院がどこも満床に近い状態のため、発熱などによる診察や症状悪化での入院が困難な現状に、在留日本人たちは「一体どうすればいいのか」という切実な問題に直面している。

日本外務省は在外日本人に対して8月1日以降、成田空港などでワクチン接種を進める方針を明らかにしている。
しかしこの方針に対して「インドネシアにいる日本人の実情を無視している」との声が出ている。

何しろ、一時帰国しようにも日本に向かうインドネシア発の航空便が連日満席状態でチケットが確保できない状況が続いているというのだ。航空各社は感染拡大防止策として座席の間隔をあけてチケットを販売しており、これも「帰国便確保困難」に影響しているという。

さらに仕事や家庭の諸事情から一時帰国ができない在留日本人も多数おり、そうしたことを背景に「日本大使館には医官もいるということだし、大使館内で日本から運んだワクチン接種ができないのだろうか」「日本から医師や看護師、自衛隊の医官などを緊急にジャカルタに派遣して在留日本人向けのワクチン接種ができないものか」「インドネシア政府にワクチンを大量に供与しているが、在留日本人のためにワクチンをジャカルタに運ぶことはできないのか」「チャーター便で帰国希望の在留日本人を運ぶことを検討してみてはどうか」などの不満や注文などの声が出ている。

インドネシアではこれまでに在留日本人の感染者は300人を超え、感染死者は7月12日までに14人を確認している。

しかしこの数字には在留届を大使館に提出しておらず、インドネシア人と結婚してイスラム教徒などに改宗して地域社会に溶け込んでいるが日本国籍は有しているというような「定住日本人」の感染者、感染死者の数字は「把握が難しい面がある」(大使館関係者)として含まれていない。

インドネシア政府は当初、出国する外国人に対して「コロナ陰性証明」と同時に「ワクチン接種証明書」の提示を義務付けたが、日本をはじめとする各国大使館の申し入れで即刻この規則は撤回された。

さらに出国する国際空港があるジャカルタなどに他地域から向かう外国人に対しても「ワクチン接種証明」の携帯、提示が求められたが、これも「ワクチン接種を本国で受けるために空港へ向かうのにワクチン接種照明を義務付けることは整合性に欠ける」との声を受けて撤回されている。

こうした思いつきとも思える在留外国人へのインドネシア政府の「朝令暮改」に振り回されているのが日本などの各国大使館という現状があり、日本大使館が在留日本人を対象にして発出している通知にも「インドネシア政府の感染防止対策などは急に変更される可能性がある」と注意する事態が続いている。(中略)

大使館対応に在留日本人の間から動きも
ジャカルタ在住の日本人によると、危機的状況にある現況に何らかの対応策を日本大使館に尋ねたところ「重症者は海外旅行保険に入っていると思われるので、それを使って飛行機で帰国し、日本で治療して下さい」と言われたという。

さらに在留日本人の間では一時帰国、本帰国を含めて「日本への出国を希望しながら、航空券確保が困難な状況にある」という在留日本人の数を調査して、「こうした在留日本人に対してどういう対応が可能なのか」と対応を尋ねようとする動きがでて、現在具体的な希望者調査をしようという機運が盛り上がっているという。

在外公館としてできることに限界があることは在留日本人の間でも理解があるものの、このインドネシアの危機的状況の中で、特別な方法、手段、対応策があるのか、ないのか、そして可能なのか、不可能なのか、大使館側と在留日本人側の双方の苦悩は今日も出口が見えない中で続いている。【7月13日 大塚智彦氏 Newsweek】
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【中国製ワクチンに関する問題 エビデンスに基づいて議論すべき】
上記記事にある出国時の「ワクチン接種証明」については、インドネシアでは中国製ワクチンを使っていることから生じる問題もあるようです。

****出国に中国ワクチン必須を一転 インドネシアが規制緩和****
新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからないインドネシアで9日、政府が外国人に対する出国制限を緩和した。主に中国製のワクチン接種が国際線の搭乗に義務付けられ、在留邦人の中で不安が広がっていた。

日本人の感染者数は増え続け、いまも60人以上が入院を待つ。ワクチン接種などを目的に帰国を急ぐ動きも活発になっている。
 
インドネシア政府は6日から、出国のため国際線に搭乗する外国人にワクチン接種を義務づけた。6月以降、新型コロナの感染が急拡大。インドで見つかった感染力の強い変異株(デルタ株)の広がりなどで、1日の新規感染者数は約5千人から、7月には約3万人台に増えており、新型コロナ対策の一環だった。
 
だが、これに困ったのが外国人だ。インドネシアでは接種の中心が中国製のシノバックやシノファーム。日本など承認していない国も多く、1回接種して帰国しても2回目を受けられない。日本では2回目に別のワクチンを打つことも難しく、敬遠する人が多い。
 
ジャワ島中部のジョクジャカルタのガジャマダ大学院生の藤本迅さん(35)は日本で就職先が決まり、7月下旬の帰国を予定していた。「帰国の道を断たれることがこんなに怖いことだと思わなかった」と振り返る。「副反応のことも考えると、ワクチン接種は命に関わること。接種の強制は、冗談じゃないという気持ちが強かった」と憤る。
 
これを受け、日本や米国、豪州、シンガポールなどが共同で規制緩和を働きかけた。現在は、外国人が接種なしでも国内の大半の交通手段で移動し、国際線に搭乗することが可能だ。
 
(中略)東ジャワ州に暮らす30代の日本人駐在員の男性は「中国製ワクチンは効力に不安があり、打つことに抵抗がある。外国人にも接種を強制する政府の姿勢が怖かった」と話す。規制緩和を受け、8月1日に日本政府が始める、在外邦人を対象とした新型コロナワクチンの無料接種を受けたいという。
 
藤本さんも「日本で認証されたワクチンを接種できるという選択肢を得られたことは、本当にありがたい。日本政府の働きかけに感謝している」と話す。【7月11日 朝日】
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「日本で認証されたワクチンを接種できるという選択肢を得られたことは、本当にありがたい」とは言いつつも、日本へ向けて出国する手立てがないというのが現状であることは前出のとおり。

中国製ワクチンの効果に関しては、インドネシア人の間でも疑問視する見方も多いようです。

****「中国製ワクチン」接種完了者の感染死が続々、膨らむ疑念****
(中略)インドネシアの場合、2020年3月に最初のインドネシア人感染者が確認されて以降、感染防止対策としてワクチン接種を政府主導で進めてきた。
 
政府が導入したのは中国製ワクチンだった。無償提供などで積極的に「ワクチン外交」を進める中国政府の思惑に便乗する形でもあった。そのワクチンはシノバック・バイオテック社製とシノファーム社製だ。
 
当然のことながらインドネシア当局が独自に臨床試験を実施し、安全性・有効性を確認した。昨年9月以降に実施されたインドネシア国家食品医薬品監督庁の治験では、シノバック製ワクチンの予防効果は65.3%あるとされ緊急使用が認められた。
 
これに基づき2021年1月13日にはジョコ・ウィドド大統領が「国際接種第1号」として中国製ワクチンを接種した。(中略)

ワクチン接種完了者にも感染が拡大
(中略)2021年6月17日に、中部ジャワ州クドゥス県で、シノバック社製のワクチンを接種していた医療関係者350人以上が感染し、うち少なくとも数十人が入院して治療中との報道が流れ、インドネシア国内に衝撃を与えた。
 
この頃から国民の間に「中国製ワクチンの有効性」への疑念の声が広がり始めた。(中略)そもそもインドネシアでは、中国製ワクチンの接種開始直後から、その有効性について疑問の声が上がっていた。

そのため、政府や州政府がワクチン接種を積極的に奨励しているにも関わらず、インドネシア人、そして在留日本人を含む外国人の間には「中国製ワクチンだけは回避したい」という声が多かった。それでも、インドネシア政府は中国製ワクチンの接種を勧めるしかなかった。
 
この「中国製ワクチンに対する不安」に追い打ちをかけるように、6月22日、米ニューヨークタイムズ紙は「中国製ワクチンに頼った国は感染拡大の危機にある」という趣旨の記事を掲載し、中国製ワクチンに対する警鐘を鳴らした。(中略)

中国製ワクチン臨床試験責任者までも死亡
7月8日、再び大きな衝撃がインドネシアに走った。インドネシアで中国シノバック社製ワクチンの臨床試験を指揮してきた責任者が新型コロナに感染して死亡したというのだ。(中略)

実はこれまでもシノバック社製ワクチン接種後に感染、感染死する事例が何度も報道されてきていたが、保健当局は対応を怠ってきた。その結果、今年6月から現在までに医療関係者131人がコロナ感染で命を落としており、その大半が優先接種でシノバック社製のワクチン接種を受けていたことが報告されている。(後略)【7月11日 大塚 智彦氏 JBpress】
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中国製ワクチンの感染予防効果はやや低めの数値が出ていますが、ワクチン接種後に感染するのは別に中国製だけでもなく、ファイザーやアストラゼネカのワクチン接種が進むイギリスでも再び感染者が急増しています。

ここらあたりは、感染者・死亡者の分析、ワクチンを接種しなかった場合のリスクとの比較などエビデンスに基づいて議論すべき問題で、「中国製だから・・・」という決めつけは誤った結論を導きます。

【日本政府も特別便運航で調整】
話をインドネシアの日本人に戻すと、ゼネコン大手の清水建設が依頼した特別便が14日に運行されましたが、これが混乱に拍車をかけることにも。

****企業手配の特別便で在留邦人混乱 政府主導と誤解、インドネシア****
インド由来の新型コロナウイルス変異株「デルタ株」の感染が急拡大しているインドネシアで、大手ゼネコンの清水建設が14日に自社で手配した全日空の特別便を、政府主導の手配便だと誤解する在留邦人が相次ぎ、一時混乱が広がった。
 
加藤勝信官房長官は13日の記者会見で「14日に在留邦人が日系航空会社の特別便により帰国予定で、政府としても支援していきたい」と述べたが、清水建設が独自に手配した便だとは説明しなかった。
 
企業手配便という点に触れない形で報じられると、「政府が運航させる便なのか」といった問い合わせが在インドネシア日本大使館に数十件寄せられた。【7月15日 共同】
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こうした状況にさすがに日本政府も、帰国を希望する邦人のために近日中に特別便を運航する方向で調整しているとのことです。

****インドネシアから退避の邦人向け特別便を検討 企業や団体の保証必要****
新型コロナウイルスに感染する在留邦人がインドネシアで増えていることを受け、現地の日本大使館は14日夜、帰国を希望する邦人のために、近日中に特別便を運航する方向で調整していると発表した。

現状、帰国後の隔離施設などを企業や団体が用意することが条件となるが、頼れる組織がない人からの相談も受けるとしている。
 
日本大使館によると、特別便の運航の検討をしているのは日本航空と全日空。首都ジャカルタ郊外のスカルノ・ハッタ国際空港を出発し、成田空港に到着する見通しだ。
 
搭乗には、日本に拠点がある企業または団体が搭乗者の「保証人」となり、帰国後に14日間の隔離措置を確約する誓約書が必要になる。入国後の隔離施設やPCR検査などの手配や費用負担も求められる。航空会社が代行して手配する案も検討されている。個人では保証人になれない。出国前72時間以内のPCR検査結果の提示も必須だ。
 
現在、搭乗希望者を募っており、15日昼の時点で日本大使館には100件以上の問い合わせがあるという。
 
インドネシアでは1日の新規感染者数が5万人を超えるなど爆発的な感染拡大が続いている。日本大使館によると、15日時点の日本人の感染者数は約350人、死者数は14人。日系医療サービス会社「ウェルビーホールディングス」によると、入院待ちの感染者は約50人にのぼる。(後略)【7月15日 朝日】
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ある意味、インドネシアみたいに在留邦人が多い国は、いろいろと対応もとられる余地がある分まだいいのかも。そうでない国の場合は、まったく個人による対応となります。

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モルドバ  昨年11月の大統領選挙に続き、議会選挙でも親欧米派が勝利 進むロシア離れ

2021-07-14 23:17:21 | 欧州情勢
(モルドバの首都キシニョフで11日、議会選で投票後、記者団に話すサンドゥ大統領【7月12日 朝日】)


【また一つ、ロシア離れの国が】
欧州にあっては「ロシアの脅威」が現実の問題としてありますが、ロシア・プーチン大統領がその軍事力を背景に強引に力で勢力圏を広げようとしている・・・そんなイメージもあるようにも思います。

しかし、ソ連崩壊後・冷戦終結から現在に至るまでの情勢を“総合的・俯瞰的”に眺めると、現実は逆で、EUの東方拡大策もあって、旧ソ連圏の国々はオセロゲームのように次々と親欧米に裏返っており、更には2000年ごろからのカラー革命でジョージア(当時のグルジア)、ウクライナもロシアを離れて親欧米に変わっています。

クリミア併合に見られるようなロシア・プーチン大統領の強行策は、そうしたロシアへの逆風に対するプーチン大統領の不安・恐れ・焦り・怒りなどの裏返し、“悪あがき”とも言えるようなものでもあります。(プーチン大統領にすれば、EUの東方拡大は“約束違反”であり、カラー革命はアメリカの画策ということになり、実際、そういう面も多々あるでしょう)

ただ、いかにプーチン大統領が力を誇示したところで、それで獲得できるのはクリミアや東部ウクライナといった一部地域に過ぎず、それによってウクライナ本体はますます強固にロシアと対立する結果ともなっています。

ロシアに残されたのは国としてはベラルーシぐらいですが、そのベラルーシもルカシェンコ大統領の強権支配に対する市民の抵抗で揺れているのは周知のところ。

なお、上記“国として”と書いたのは、独立国とは国際的に認められていない親ロシアの“地域”がいくつかあるからですが、その一つが欧州最貧国モルドバにある沿ドニエストル地域です。

そのモルドバは、欧米とロシアの間で揺れ動くような状況で、1991年の独立後、親欧米派と親露派の政権交代が繰り返されてきました。

大統領は、同国で強い実権を持つ議会が長らく選出してきましたが、2016年に直接選挙制となり、親ロシアのドドン氏が当選。しかし2020年11月には親欧米のサンドゥ現大統領が当選。

(なおサンドゥ大統領は、2019年6月から11月にかけては首相を務めていますが、妥協を許さず信念を曲げないその政治姿勢から「鉄の女」の異名をとっています。)

更に、サンドゥ大統領が主導する形で今月11日に行われた議会選挙でも親欧米派が勝利し、今後親欧米の方向に大きく舵をきることが予想されます。

****モルドバ議会選、親欧米派勝利 駐留ロシア軍の撤退主張****
東欧の旧ソ連国モルドバで11日、議会選(定数101)が行われ、親欧米政党の「行動と連帯」が親ロシア路線の政党連合に大差をつけ、議席の過半数獲得を確実にした。

昨年11月の大統領選で親ロシア路線の現職を破った「行動と連帯」創設者のマイア・サンドゥ現大統領(49)の政治基盤は安定し、ベラルーシの政権危機などで旧ソ連圏での影響力維持に腐心するロシアには大きな痛手となる。
 
ロシアのインタファクス通信によると、開票率98%超で「行動と連帯」の得票率は52・72%。議会第1党で親ロシア路線のイーゴリ・ドドン前大統領(46)率いる社会党は共産党と統一名簿で臨んだが、約27・24%にとどまっている。「行動と連帯」は定数101のうち63議席前後を占めるとみられる。
 
親欧米路線と親ロシア路線の対立が続くモルドバで、一つの党が単独で過半数を握るのは、共産党の優位が続いていた2009年以来だ。
 
同国初の女性大統領であるサンドゥ氏は12日未明、開票結果を受けてフェイスブックに「きょうの投票のエネルギーをモルドバの変革に使わなければならない」と書き込んだ。昨年12月の就任以来改革の必要性を強調。選挙戦ではドドン前政権下で主導権を握った議会主要勢力の腐敗批判に力を入れてきた。
 
一方のドドン氏は「大統領府にいるのは外国から操られる人々だ」などと主張してきた。
 
サンドゥ氏は、1991年のソ連崩壊時の紛争以来、政府の支配が及ばない状態の東部沿ドニエストル地域に駐留するロシア軍の撤退を求める考えを明らかにしている。プーチン大統領と交渉するとしており、ロシアは「(駐留ロシア軍の)平和維持の役割は終わっていない」とし、警戒を強める。
 
議会の任期は23年までだったが、サンドゥ氏が政治的な行き詰まりを打開するため選挙の前倒しを主張。反対する社会党など議会勢力は新型コロナウイルスの感染拡大を理由に非常事態を決議して抵抗したが、最高裁が解散を認めた。
 
旧ソ連国との「東方パートナーシップ」でモルドバを支援する欧州連合(EU)のボレル外交安全保障上級代表は4月、解散を阻止しようと最高裁裁判官の解任に動いた議会に対し「法の支配に対する攻撃だ」と批判する声明を発表。これにロシアのザハロワ外務省報道官が「内政干渉だ」とかみつくなど、モルドバをめぐるロシアと欧米のさや当ても強まりつつある。

モルドバ共和国 
人口約270万。公用語はルーマニア語。現在のモルドバの領土は1918年にルーマニアに編入されたが、40年にソ連がナチスドイツとの密約にもとづいて併合。91年のソ連崩壊で独立した。

その際ロシア系住民の多い東部の沿ドニエストル地域が分離独立を主張し、ロシア軍の支援を受けて政府軍と紛争に。92年7月に休戦協定が成立。以来同地域は中央政府の支配を受けず、「平和維持軍」としてロシア軍が駐留する。【7月12日 朝日】
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****モルドバ、欧米接近加速へ 露は警戒****
(中略)「行動と連帯」は、公職者にはびこる腐敗の根絶や、事実上同じ言語を共有する隣国ルーマニアとの協調拡大を掲げて支持を得た。「ロシアや旧文化に親近感を持たない新世代」(露専門家)の台頭も同党の勝利を後押しした。

サンドゥ氏は昨年11月の大統領選で当選し、議会との「ねじれ」を解消するために議会選の前倒しに踏み切った。今回の選挙結果を受け、モルドバの「ロシア離れ」が進みそうだ。

サンドゥ氏は大統領就任後、国内の親露分離派地域「沿ドニエストル」に駐留する露軍の一部は非合法だとし、撤収を求めた。ドドン前政権がロシアの主導する「ユーラシア経済連合」のオブザーバー参加国の資格を得たことについても見直す考えを示してきた。

露イタル・タス通信によると、米国務省のプライス報道官は「2国間協調の拡大を楽しみにしている」と親欧米派の勝利を歓迎。対照的に、露上院のコサチョフ副議長は「モルドバはかなり強く欧米側に傾斜するだろう」と警戒感を示した。

モルドバは今年5月、ジョージア、ウクライナとともに、欧州連合(EU)加盟に向けて協力するとの覚書を締結した。3カ国は北大西洋条約機構(NATO)の演習にも自国部隊を派遣しており、欧米接近路線を鮮明にしている。

一方、経済面で対露依存度が高く、「沿ドニエストル」を抱えるモルドバでは、過度にロシアを刺激するのは危険だとの意識も根強い。「行動と連帯」のグロス党首は議会選後、ロシアとは「予測可能で正常な関係」を構築していく用意があると述べた。ジョージアは2008年、ウクライナは14年にロシア軍の侵攻を受けている。【7月14日 産経】
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【親露分離派地域「沿ドニエストル」からのロシア軍撤退を要求するサンドゥ大統領】

サンドゥ大統領の親露分離派地域「沿ドニエストル」からのロシア軍撤退要求については、サンドゥ氏が大統領選挙で勝利した昨年末記事では以下のようにも。

****モルドバ「ロシア離れ」鮮明 次期大統領、露軍の撤退要求****
東欧の旧ソ連構成国モルドバで、次期大統領に就任予定のサンドゥ前首相が、現職のドドン大統領が進めてきた親ロシア路線を見直す動きを強めている。

サンドゥ氏は11月末、ロシア系住民が実効支配する親露分離派地域「沿ドニエストル」に駐留するロシア軍は撤収すべきだと発言し、ロシアの反発を招いた。旧ソ連圏で進む「ロシア離れ」がモルドバでも表面化した形で、ロシアは焦りを深めているとみられる。(中略)
 
サンドゥ氏は11月30日、「沿ドニエストルには(弾薬管理などを担当する)ロシア軍部隊が駐留しているが、モルドバ側とのいかなる合意もない」と述べ、ロシア軍は部隊を撤収すべきだとの認識を表明。ロシア軍などが担ってきた平和維持活動を、欧州安保協力機構(OSCE)主導に転換すべきだとも述べた。
 
サンドゥ氏はまた、ドドン政権下のモルドバが2018年、ロシアの主導する「ユーラシア経済連合」のオブザーバー参加国の資格を得たことについて「合法的な手続きを経たのか確認すべきだ」と指摘。同経済連合との関係を見直す可能性も示唆した。
 
北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は今月1日、「ロシア軍の駐留はモルドバの主権侵害だ」とし、サンドゥ氏の立場を支持した。
 
これに対し、ラブロフ露外相は同日、「ロシア軍の撤退は和平に寄与しない。無責任な要求は容認できない」と反発。ロシア軍駐留の必要性を認めてきたドドン氏も「ロシアとの関係を悪化させる」と警告した。
 
旧ソ連圏では近年、ロシアの影響力低下が指摘されている。中央アジアでは中国の存在感が強まり、南カフカス地方でもトルコが勢力を拡大。

一方のロシアは14年にウクライナに軍事介入し、同国とは事実上の断交状態が続く。大統領選の不正をめぐって混乱するベラルーシでは、ルカシェンコ大統領を支援するロシアへの反感が強まっている。
 
ロシアはこれ以上の「勢力圏」の縮小を食い止めるためにもモルドバの欧米接近を阻止したい考えで、今後、モルドバに対する政治的・経済的圧力を強化する可能性がある。
 
ドニエストル川東岸の「沿ドニエストル」ではソ連末期の1990年、ロシア系住民がモルドバからの分離独立を宣言し、モルドバ中央との紛争に発展した。92年に停戦が成立したが、ロシア系住民の実効支配が続き、分離独立派を支援したロシアの駐留軍も維持されている。【2020年12月4日 産経】 
**************

「沿ドニエストル」については。かなり前の記事になりますが、2015年6月13日ブログ“ロシア 南オセチア統合へ 微妙な「沿ドニエストル共和国」 拡張路線には旧ソ連圏でも警戒感”でも取り上げたことがあります。

こうした旧ソ連「未承認国家」は、沿ドニエストルの他にも、アゼルバイジャン西部のナゴルノカラバフやジョージア(旧グルジア)の南オセチア自治州とアブハジア自治共和国などがあります。

****旧ソ連「未承認国家」多く 紛争再燃の危険はらむ****
旧ソ連圏には、モルドバの「沿ドニエストル」以外にも、各国政府の施政権が及ばず、一方的に独立を宣言した「未承認国家」が存在する。

過去に中央政府との紛争を経ており、軍事衝突が再燃する危険をはらんでいる。アゼルバイジャン西部のナゴルノカラバフ自治州をめぐる紛争が9月に起き、11月の停戦までに5千人以上の死者を出したのが一例だ。
 
ナゴルノカラバフではソ連末期の1980年代後半、多数派のアルメニア系住民がアルメニアへの帰属替えを要求し、アゼルバイジャンとの紛争になった。ロシアは91年に「共和国」樹立を宣言したアルメニア側を支援し、94年に停戦。しかし対立は続き、今年9月に紛争が再燃した。
 
ジョージア(グルジア)の南オセチア自治州とアブハジア自治共和国はそれぞれ90年代前半にジョージア中央と戦火を交え、独立を宣言した。両地域はロシアの庇護を得る形で事実上の独立状態を享受。2008年のロシアとジョージアの軍事衝突後、ロシアは両地域の独立を承認した。
 
ウクライナでは14年、東部ドネツク、ルガンスク両州の親露派武装勢力が「人民共和国」樹立を宣言し、ウクライナ軍との大規模戦闘になった。親露派はロシアの軍事支援を受けて現地の実効支配を続ける。
 
ロシアにはジョージアやウクライナの分離派地域を支援することで、両国の北大西洋条約機構(NATO)加盟を阻止する狙いもある。【同上】
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【ルーマニアとの統一問題も】
モルドバの場合、ロシアの実質支配下の「沿ドニエストル」の存在に加えて、モルドバ自体のルーマニアとの統一という問題もあります。

****モルドバ大統領選で「鉄の女」が勝利 ロシアの頭痛の種がまたひとつ****
(中略)
当然、サンドゥとしてもロシアと事を荒立てたいわけではなく、建設的な協力関係を望んでいます。しかし、サンドゥが思い描くモルドバの国家建設と、EUおよび北大西洋条約機構(NATO)への接近政策を突き詰めれば、ロシアの地政学的な利益に必然的に抵触することとなります。

たとえば、ロシア語系住民がモルドバからの分離・独立を掲げている未承認国家「沿ドニエストル共和国」の問題では、サンドゥはモルドバ本国への統合を見据え、ここに派遣されているロシアの平和維持部隊の撤退を求める方針であり、これがモルドバ・ロシア関係の火種になる恐れがあります。

そして、モルドバの場合には、もう一つ複雑な要因があります。モルドバ人は民族・言語的にはルーマニア人と同根であり、モルドバ国土の主要部分はかつてのルーマニア領土です。それゆえ、ルーマニア側にはモルドバとの国家統一を目指す考えが、根強くあります。

モルドバ側は総じてより慎重であり、特にドドンに代表される左派、中道派はモルドバ独自の国家アイデンティティを守ろうとしています。

他方、親欧米派にはルーマニアとの統一に前向きな立場も見られ、サンドゥもかつて「もしも国民投票が実施されたら、私はルーマニアとの統一に賛成する」と述べたことがあります。モルドバの親欧米派はEU加盟を希望しているものの、EU側がモルドバを加盟候補国に位置付けてくれる見込みはなく、「ならば、すでにEUに入っているルーマニアに編入してもらうしかない」というのが、統一賛成派の論理です。

大統領の座がドドンからサンドゥに移るとはいえ、これでモルドバの東西選択の問題に最終的に決着が着いたとは言えないでしょう。ドドンもプーチンも、巻き返すことはまだ可能だと思っているはずです。

しかし、もし仮にルーマニアとモルドバの国家統一が現実のものとなったら、ロシアの失地回復は永遠に不可能になります。

いつになるかは分かりませんが、来たる議会選挙において、サンドゥの行動・団結党が過半数を握ったりすれば、ルーマニアとの統一に関する議論が本格化し、ロシアとの間で新たな軋轢が生じる可能性があります。

ただ、長い目で見れば、モルドバがロシアの重力圏を離れ、EUにますます接近していくことは、必然の流れなのかもしれません。今回の大統領選で、欧米に滞在する在外モルドバ人がサンドゥを熱烈に支持する様子を目の当たりにして、改めてそのような思いを強くしました。



上図に示した貿易のデータを見ても、10年くらい前までは、モルドバのCIS(旧ソ連諸国の連合組織)諸国との輸出入高(その大部分は対ロシア)と、EUとの貿易高は、ほぼ同じくらいでした。しかし、2000年代に入って、対CIS貿易は、対EU貿易に水をあけられるようになります。モルドバがEUと連合協定を結んだ2014年以降、差はさらに大きくなっています(ただし、モルドバの対EU貿易は、かなり対ルーマニア貿易に偏っている)。

2014年の連合協定を受け、ロシアは実質的な報復措置としてモルドバ産品に一方的に関税を導入し、また一時はモルドバ名産のワインを輸入禁止にしました。

逆に、ドドン大統領が登場して親ロシア政策を始めると、ロシアはモルドバ産の農産物・食品に対する関税を時限的な特例として免除するという、実に露骨な対応をとってきています。

しかし、そうした恣意的な政策の結果として、ロシアとモルドバの貿易が不安定化し、モルドバの貿易パートナーとしてEUの比率の方がはるかに大きくなっているのですから、ロシアの自爆としか言いようがありません。【2020年11月24日 BLOBE+】
*********************

上記記事で“いつになるかは分かりませんが”と言っていたサンドゥ氏の親欧米政党「行動と連帯」が議会過半数を獲得したことで、ルーマニアとの統一も議題に上がってきます。

ただ、現在のルーマニア側の反応は知りませんが、10年程前のルーマニア側の状況としては、統一への熱も冷めたような感もあって、この問題がすぐに動き出すことはないと思いますが・・・。
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ドイツ  「躍進」してきた「緑の党」だが、エコ重視政策による負担増に尻込みし始める有権者

2021-07-13 23:10:47 | 欧州情勢

(【7月11日 時事】 経歴詐称、盗用などスキャンダルで集中砲火を浴びる「緑の党」ベーアボック共同党首 
若い女性でリベラルという立ち位置が、女性を嫌悪する一部保守層の「格好の敵」(シュテルン誌)になっているとの見方も より基本的問題は「緑の党」のエコ重視政策が負担増を超えて受け入れられるかどうか)

【メルケル引退の与党低迷も、6月東部州議選で踏みとどまる】
ドイツは今年9月に連邦議会選挙が予定されています。ドイツの政治を牽引してきたのはメルケル首相であることは言わずもがなで、メルケル首相はドイツだけでなく欧州政治の中心にありました。

ただ、そのメルケル首相も今季限りで引退しますが、さすがにその神通力も失われたようで、後継者選びが迷走するとか、コロナ対策の関係で、状況が良ければ支持も回復するが、状況が悪化すると支持も低下するといった感じも。

そんな状況で、5月頃まではメルケル首相の与党であるキリスト教民主同盟(CDU)の政権維持さえ危ぶむ声をよく耳にしました。

****メルケル引退で勝ち筋の見えないドイツ与党***
ドイツは今年、連邦議会選挙を頂点とする「スーパー選挙年」を迎える。その先陣を切って、3月14日に南西部の2州(ラインラント=プファルツとバーデン=ヴュルテンブルク)で州議会選挙が行われた。結果は概ね、緑の党の台頭、メルケル首相の与党であるキリスト教民主同盟(CDU)の敗北、右翼政党「ドイツの選択肢(AfD)」の大幅な後退となった。大連立政権のパートナーである社会民主党は、全国レベルでは支持率を落としてかなり苦しんでいるが、両州では微減で何とか踏みとどまった。

今回の選挙の直前に、与党CDUではスキャンダルが相次いだ。3名の連邦議会議員が、マスク購入や外国政府との観光業で不当な利益を得ていた疑惑が持ち上がり、辞職が相次いだ。16年という長い政権が続くと、やはり規律が緩んでくるのかもしれない。

もともと新型コロナウイルスによるロックダウンで市民の政府に対する不満が高まっていたところに、汚職疑惑が持ち上がり、メルケル政権はかなりの打撃を受けた。昨年の3月〜4月頃、コロナが始まったばかりの頃は、メルケル人気は絶好調であったが、今回の二つの州議会選挙で負けたことで、CDUの失速は確実になった。

また、メルケルが保守政党のCDUをかなり中道に寄せたことで、社民党や緑の党といった左派政党の支持者層に食い込んだ一方で、この層は、簡単に元の左派政党に戻ることもある。現に今回、CDUから緑の党に流れた有権者がかなりいる。

逆に、右派の支持層をAfDに奪われた。ラシェットでは、この層を取り戻すことができない。そこで浮上しているのが、CDUのバイエルン州における姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)のゼーダー党首を連邦首相候補として総選挙を戦うという説である。(中略)

そうすると、左を緑の党に奪われ、右をAfDに奪われ、CDUの支持はやせ細る可能性がある。緑の党は、このところ安定的に20%台に支持率を乗せてきているが、9月の選挙後、30%台を取る政党が一つもないという事態もあり得る。CDUにこれ以上スキャンダルが続くとそうなる可能性が大きくなる。

かつて、小党乱立によりワイマール共和国政治は混乱した。戦後、西ドイツ・統一ドイツの安定を築いたのは、二大政党制が揺るがなかったからである。その中心には常にCDUがあった。

SPDが弱まり、CDUも弱まれば、ドイツでもまた、小党乱立、不安定な多党連立政権時代が来るかもしれない。統合のシンボルのメルケルの時代は、皮肉なことにドイツの政党政治の黄金期の幕引きとなってしまうかもしれない。(後略)【3月31日 WEDGE】
**********************

上記記事にもあるCDU・CSUの首相候補は、結局、地域政党CSUのゼーダー党首を退けて、CDUのラシェット党首になんとか収まりましたが、イマイチ感は否めないところも。

そんな状況で注目されていた6月6日に行われた東部ザクセンアンハルト州の州議選。

ドイツ東部では右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持が堅調で、数年前から続いた難民の受け入れ問題は沈静化しましたが、コロナ規制が政権への格好の攻撃材料となっていました。

そのため、この州議選でメルケル与党を抑えて第1党に躍進するのでは・・・との見方もありましたが、結果は、予想外にメルケル与党の中道右派「キリスト教民主同盟(CDU)」が踏みとどまり、第1党を維持しました。

【躍進を続けてきた現実路線の「緑の党」】
今後に向けてCDU・ラシェット党首にとって好材料は、“唯一大勝のシナリオが描けるのは緑の党である”【前出 WEDGE】という緑の党の「躍進」にブレーキがかかってきたこと。

緑の党の躍進ぶりは、今に始まったものではなく、このブログでもここ2~3年、以下のような記事を。


今年に入っても、5月頃は「旋風」状態で、支持率はトップ。

****ドイツで「緑の党」旋風 女性首相候補で支持率トップに 現実路線に転換****
ドイツで9月の総選挙を前に、環境政党「緑の党」が旋風を起こしている。女性首相候補、アンナレーナ・ベーアボック党首(40)が環境や外交で新路線を掲げ、反核・反戦運動をルーツとする同党の脱皮を印象付けたためだ。支持率調査で同党は、メルケル大連立政権の保革中道与党を抑えて首位を走っている。
 
「強い欧州、強い欧米同盟こそ、未来の基盤です」
ベーアボック氏は先週、米シンクタンクのオンライン会合で、滑らかな英語で訴えた。米識者がドイツ駐留米軍に触れ、「緑の党は米国を批判していたはず」と尋ねると、「もはや冷戦時代ではない。バイデン米政権は中国と環境で対話し、人権に厳しい。われわれと共通点が多いのです」と応じた。緑の党はかつて北大西洋条約機構(NATO)からの離脱を訴え、米軍基地前で抗議デモを展開したが、現在の党は違うのだとアピールした。
 
ベーアボック氏は緑の党の共同党首の1人で、4月に首相候補に選ばれた。環境産業への投資によるドイツ経済再生を掲げ、外交でも現実路線にシフトしたことで党の支持率は急上昇した。

6日に公共放送ARDが報じた調査で26%。メルケル首相の中道右派連合「キリスト教民主・社会同盟」(CDU・CSU)は23%で2位に甘んじる。
 
緑の党の経済モデルには実績がある。南西部バーデン・ビュルテンベルク州で、10年前に就任した同党の州首相が電気自動車(EV)、デジタル産業への投資を進め、国内屈指のハイテク拠点に育てた。フライブルク大のウルリッヒ・エイト教授は「ドイツ経済の課題はいま、与野党を問わず環境重視の産業育成だ。緑の党はいま、CDUの支持者だった中産層やキリスト教保守派を幅広く吸収している」と指摘する。

緑の党は現在、ドイツ連邦16州・特別市のうち、少なくとも10州で政権参加しており、党員は約10万人以上。総選挙で、保革与党に代わる選択肢として注目が集まる。(中略)
 
(メルケル後継の)首相候補のアルミン・ラシェットCDU党首(60)は目下、「メルケル路線の継承」以外の看板がなく、挽回の契機がつかめない。
 
ベーアボック氏は2013年に連邦下院議員に初当選。二児の母で、地方紙記者から政界に転身した。閣僚経験は皆無で、現在の人気は期待が先行する。選挙公約で「脱石炭」エネルギー政策の加速、富裕層増税などを掲げており、新型コロナ後のドイツ経済再生の道筋をどこまで示せるかが、勝利に向けたカギとなる。【5月10日 産経】
******************

一般市民だけでなく、「現実」を重視する企業経営者の間でもベーアボック氏は支持率トップに。
“メルケル後継候補、緑の党ベーアボック氏が財界の支持集める=調査”【4月23日 ロイター】

【「緑の党」、エコロジー重視による負担増を「正直」に公表 尻込みし始めた有権者】
しかし、6月以降、ベーアボック共同党首に関するスキャンダルがいろいろでてきたこともあって、その信頼感は急落。

****ドイツ緑の党、党首への信頼感が急落 疑惑などで=世論調査****
次期ドイツ首相候補として9月26日の連邦議会選挙(総選挙)に出馬を表明している環境政党「緑の党」のアンナレーナ・ベーアボック共同党首について、国民の過半数が信頼できないと考えていることが分かった。

次の女性首相を目指すベーアボック党首が4月に選出された際には、緑の党の支持率は一時上昇したが、ここ数週間は地方選惨敗に加え、自身のクリスマス賞与申告漏れや経歴詐称疑惑から急落している。

さらに、盗作に関する調査を行なっているウェブサイトは今週、ベーアボック氏が最近出版した政策案に関する書籍の中で、出典を注記せずに引用を行なったと主張している。(中略)

ビルト紙の委託で世論調査会社Insaが実施した調査では、ベーアボック氏は信頼できるとの回答は全体の23.2%、信頼できないとの回答は58.4%だった。

現在は、大半の世論調査でメルケル首相率いる保守連合の支持率が緑の党を8─10%ポイント上回っている。【7月2日 ロイター】
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上記スキャンダルは、致命的なものでもなく、ある程度回復は可能にも思われますが、問題は緑の党の核心政策である「炭素税の大幅な引き上げ」などエコロジー重視政策による負担増に有権者が尻込みを始めたこと。

****ドイツ連邦議会選挙の勝敗を決める「気候保護の値札」*****
9月のドイツ連邦議会選挙で主導権を握ると見られていた環境政党・緑の党の勢いにブレーキがかかった。理由は、緑の党のマニフェストに掲げられた「炭素税の大幅な引き上げ」だ。実現すればマイカー通勤者には大きな打撃となる。一方でCDU・CSUは政策から数値目標を省く戦略で緑の党に「増税党」というイメージ付けを狙い、足元では支持率を逆転している。(中略)

引き金はマニフェストに関する報道
緑の党の支持率が急落した最大の理由は、6月に入ってから同党のマニフェストに関するメディアの報道・分析が増えたことだ。この報道により、市民の目に「緑の党が政権入りした場合に、生活がどのように変わり、環境保護のためにどの程度コストが増えるか」について具体的なイメージが浮かび上がってきた(マニフェストの草案は今年4月からネット上で公開され、6月の党大会で採択された)。
 
端的に言うと、緑の党はドイツを「エコロジー中心の社会」に変えようとしている。同党はマニフェストの中で、ドイツで「エネルギー革命」を起こし、交通、暖房、製造業、農業などあらゆる分野で環境保護を重視することを宣言している。

特に重要な課題は、地球温暖化・気候変動に歯止めをかけることだ。同党は、2015年のパリ協定に基づき、地球の平均気温の上昇幅を、工業化が始まる前に比べて1.5度に抑えることを目指している。そのために現政権の気候保護目標をさらに厳しくする方針だ。
 
たとえばメルケル政権は、2030年までにGHG(温室効果ガス)排出量を1990年比で65%減らし、2045年までにカーボンニュートラル、つまりGHG排出量が実質ゼロの状態を達成するという目標を持っている。
 
だが緑の党は、「現在の目標は不十分」として、マニフェストの中で2030年までにGHG排出量を1990年比で70%減らすという目標を掲げた。
 
またメルケル政権は、全ての褐炭火力・石炭火力発電所を2038年までに全廃することを決めているが、緑の党は「我々が政権入りした暁には、脱石炭を8年早めて2030年までに断行する」と主張している。
 
緑の党は脱石炭の前倒しを可能にするために、再生可能エネルギーの拡大を加速する。たとえば陸上風力発電の設備容量を毎年7〜8GWずつ増やす他、2035年の洋上風力発電の累積設備容量を35GWに増やす。さらに法律を改正して、新築の建物の屋根に、太陽光発電パネルの設置を義務付ける。緑の党は、「この措置により、2025年までに約150万台の太陽光発電設備を新設する」と公約している。
 
さらに鉄鋼、化学、アルミニウム業界などが使っている化石燃料を、再生可能エネルギーから作った水素によって代替し、製造業由来のGHGも大幅に減らす方針だ。

国内短距離航空路線の廃止も提言
また緑の党は、交通部門の非炭素化も加速する。同党はマニフェストの中で、2030年以降、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンを搭載した新車の販売を禁止するという公約を打ち出している。つまり緑の党の政策が実行された場合、自動車メーカーは2029年を最後に、純粋な電気自動車(EV)以外の新車を売れなくなる(党員からは禁止時期を2025年に早めるべきだという意見も出たが、党執行部は「過激すぎる」として前倒しを阻止した)。(中略)
 
さらに緑の党は、鉄道網を整備・拡充して運行する列車の数を増やすことにより、国内の旅客機の短距離便の運航を禁止する方針だ。(中略)つまり同党は、排出されるGHGの量を減らすために、市民に飛行機の短距離便を使わず、列車に乗り換えるように促しているのだ。

最大の焦点は燃料の炭素税引き上げ
緑の党の公約の中で、いま最も大きな論争を引き起こしているのが、炭素税(カーボン・プライシング)引き上げである。(中略)

緑の党は、「炭素価格を180ユーロ(2万3400円)前後に引き上げなくては、CO2を本格的に減らせない」と主張してきた。このため、緑の党はマニフェストの中で「我々が政権に参加した暁には、EUと交渉してEU-ETSを、運輸と暖房部門にも拡大させる。

同時に、市場で流通しているCO2取引権の数量を大幅に減らして、価格を引き上げる」と宣言している。つまり緑の党は、EU-ETSの改革によって、欧州全体で炭素価格を一気に引き上げることを目指している(その具体的な数値は明記されていない)。
 
さらに緑の党は、国内でのカーボン・プライシングについても野心的な改革を公約した。(中略)現在の法律によると、2023年の炭素税は1トンあたり35ユーロになる予定だが、緑の党はマニフェストに「2023年の炭素税を60ユーロに引き上げる」と明記した。つまり、現行規定に比べて71.4%もの増加だ。
 
しかもアンナレーナ・ベーアボック首相候補は、「2023年にはガソリンは現在に比べて1リットルあたり16セント、ディーゼル用の軽油は18セント高くなる」と述べ、車の燃料が高騰することを認めた。
 
つまり緑の党は、車の燃料代をあえて高くすることによって、市民が現在使っている内燃機関の車をEVに買い替えたり、鉄道など公共交通機関の利用を促したりすることを狙っている。化石燃料を使うことのコストの引き上げにより、化石燃料の消費を減らそうという作戦だ。

マイカー通勤者には打撃
だがこの公約は多くのドイツ市民に衝撃を与えた。この国では大都市の家賃が高いので、職場から40〜50キロメートル離れた地域に住んで、毎日車で通勤している人が少なくない。彼らにとっては、車の燃料の大幅な値上げは可処分所得の減少につながる。(中略)

ドイツの論壇では、「マニフェストの細部に関する報道が増え、市民が緑の党の気候保護政策がもたらすコストに気づき始めたことが、同党の支持率低下の最大の原因」という指摘が目立つ。(中略)

もちろん緑の党は、マニフェストの中で燃料価格の引き上げによる市民の経済的負担の増加を相殺するために、「エネルギー手当」を国民全員に供与すると公約している。たとえば同党は現在ドイツの電力料金にかけられている再生可能エネルギー賦課金を削減することなどにより、電力コストを減らすと約束している。

だがマニフェストには、いつどの程度エネルギー手当を供与するのかが明記されていない。「2023年の炭素税を60ユーロに引き上げる」という記述に比べると、負担の相殺のための政策が具体性を欠いている。負担の相殺の時期や金額を明記しなかったことは、緑の党の戦略的ミスだ。
 
エネルギー業界には、「NIMBY」という言葉がある。英語のNot in my backyard(私の家の裏庭に建てるのはやめてくれ)というフレーズから来ている。

多くのドイツ市民は、原子力発電所や石炭火力発電所を廃止するために、再生可能エネルギーを拡大することに賛成している。だが風力発電プロペラが自宅の裏に建設されるとなると、「地価が下がる」とか「騒音が気になる」などという理由で反対する。つまりNIMBYとは、エネルギー転換という総論には賛成するが、自分の生活に影響が出ると「各論反対」になる態度のことを指す。
 
多くの有権者は、地球温暖化に歯止めをかけるためにGHGを減らすという緑の党の政策には賛成している。このため同党の支持率は、今年5月にはドイツで最も高かった。だがマニフェストに関する報道が増えるにつれて、緑の党の政策の「値札」が市民の目に見えるようになってきた。いわば「総論賛成・各論反対」の市民が増えてきたのだ。

数値目標をあえて示さないCDU・CSU
保守政党CDU・CSUは、緑の党の弱点を衝く戦略を採っている。同党はマニフェストの中で炭素税の引き上げ、褐炭・石炭火力発電所の廃止時期の前倒し、短距離国内線の禁止、高速道路の全区間での速度制限の導入、内燃機関を使う新車の販売禁止などに一切触れていない。
 
CDU・CSUのアルミン・ラシェット首相候補は、「緑の党は法律によって多くの禁止措置を導入し、市民や企業の負担を大幅に増やす。まるで社会主義国の計画経済だ。そのような党にドイツの舵取りを任せてはならない」というメッセージを有権者に送っているのだ。
 
ドイツの政界には、「正直さでは票を増やせない」という警句がある。べーアボック首相候補は具体的な数字や禁止時期をマニフェストに明記して、国民に対して「エコロジー経済を実現するには、費用がかかる。我々は今の生活を変えなくてはならない」と正直に訴えた。だがこの正直さが、彼女にとって「命取り」になるかもしれない。
 
逆にラシェット首相候補は、具体的な数字を含まない、曖昧模糊としたマニフェストをあえて公表することによって、緑の党との違いを強調している。彼は選挙前に、数字を含んだ政策の細部を有権者の前でさらけ出すことが得策ではないことを知っている。(中略)
 
倫理か経済か
(べーアボック氏のスキャンダル)より重要なのは、「倫理」と「経済」をめぐる両党の対立だ。ドイツの科学界には「コロナ・パンデミックは気候変動が人類にもたらす非常事態の、リハーサルにすぎない」という見方がある。

気候変動がさらに悪化した場合、世界中の経済・社会に多大な影響が及ぶ。たとえばマダガスカル南部では気候変動のために2年前から雨が降っておらず、114万人以上が食糧不足、1万4000人が壊滅的な状況だという。将来アフリカや中東での飢饉が深刻化した場合、2015年の難民危機を上回る数の難民がヨーロッパに押し寄せるかもしれない。

緑の党は、「ドイツは短期的な懐具合よりも、長期的かつグローバルな公共利益を守るという視点から、政策の舵を切るべきだ」と主張している。気候変動は、欧州の安全保障にも関わる問題なのだ。ここには1980年の結党時からの緑の党の特徴である、公共倫理を重視する姿勢が反映している。

「ドイツが必要としているのは冒険や急激な変化ではなく、安定と継続だ」というラシェット氏。「気候変動を放置すると、将来の世代が苦しむことになる。エコロジーを政治と経済の中心に据える大胆な改革を実行しよう」というべーアボック氏。どちらのメッセージが、有権者の心をつかむだろうか。【7月13日 Foresight】
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「倫理か経済か」という選択を迫るのでは政権獲得は難しいでしょう。
倫理を求めながらも、そこで経済も回せることを示す、もしくは、そのように思わせないと
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イギリス  コロナ規制を廃止するジョンソン首相の「賭け」 19日は「自由の日」 日本でも必要な議論

2021-07-12 23:07:37 | 疾病・保健衛生



(【ロイター COVID-19 TRACKER】イギリスのコロナ新規感染者と死者の推移)

【ワクチン接種普及で、新規感染者は増えても重傷者・死者は抑えられる】
新型コロナに関しては、日本・東京の感染状況に加えて、イギリスの感染状況を示す上記グラフに注目しています。

イギリスでは感染力の強いデルタ株の広がりによって6月以降、新規感染者は再び急増していますが、今のところ死者数はさほど増えていません。

これをワクチン普及の効果として、ジョンソン首相が感染者増加の中での規制廃止という決断を下していることは、7月6日ブログ“イギリス ワクチン接種進捗、死者激減を背景に規制撤廃し「コロナとの共生」に”でも取り上げました。

イスラエル政府は先週、デルタ株に対する米ファイザー製ワクチンの感染防止効果は64%、重症化や入院を防ぐ効果は93%と発表しています。

この情報が正しければ、ワクチン未接種もいますので新規感染者は増えるにしても、重症化して死亡に至る事例は相当に制御できるということにもなります。

****デルタ株拡大の影響、イスラエルと英国の前例から分かることは*****
米国で新型コロナウイルスの変異株「デルタ」の感染が拡大するなか、数週間前からデルタ株が優勢となっているイスラエルと英国の前例を基に、専門家らはワクチン接種の重要性を指摘している。

デルタ株はインドで最初に見つかった変異株で、感染力の強さが指摘される。
イスラエルではすでにデルタ株が新規感染の9割を超えた。国内で最初にデルタ株が確認された4月中旬と比べ、1日当たりの新規感染者数は2倍に増えている。

一方で死者数は、当時の1日当たり5人を下回る状態が続き、5月の最終週以降は平均2人未満にとどまっている。
英国では5月中旬にデルタ株が確認された時と比べ、新規感染者も死者も増加した。ただし感染者が約12倍と急増したのに対し、死者数は2倍前後だ。

死者数は感染者数より2〜3週間遅れて増加する傾向がある。これを考慮した比較でも、3週間前の感染者数は最新の死者数より急激なペースで増えていたことが分かる。

イスラエルと英国の例から、デルタ株の感染拡大によって、必ずしも従来のように死者が急増するわけではないと主張する専門家もいる。

特に注目されるのは、イスラエルの死者が少ない点だ。これは同国でワクチン接種が進んでいるためだと、専門家は指摘する。

英統計サイト「アワー・ワールド・イン・データ」によると、イスラエルではデルタ株が確認された時、国民の約56%が接種を完了していた。一方、英国の接種完了者はデルタ株確認の時点でわずか2%。数日前にようやく50%に到達した。

イスラエル政府は先週、デルタ株に対する米ファイザー製ワクチンの感染防止効果は64%、重症化や入院を防ぐ効果は93%と発表した。

米ノースカロライナ大学の疫学者、ジャスティン・レスラー教授は、デルタ株への効果は従来株よりわずかに低下する程度だと指摘。これを考えれば、米国内での見通しも比較的明るいとの立場を示す。(後略)【7月12日 CNN】
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新型コロナ対策では手回しのいいイスラエルでは、念のため3回目の追加接種も始まっています。

****イスラエル、ワクチンの3回目接種開始 リスク高い成人対象に****
イスラエル政府は11日、新型コロナウイルスのワクチン接種について、免疫力の低い成人を対象に米ファイザー製のワクチンの3回目の接種を開始すると明らかにした。一般成人の3回目接種は検討中という。

イスラエルでは変異ウイルス(デルタ株)の感染が急速に拡大しているため、ここ1カ月で1桁台だった1日当たり感染者数は450人前後に増加している。そのため、ワクチン接種率も再び上昇しており、政府はファイザー製ワクチンの次回出荷を早めることにした。

ホロヴィッツ保健相は公共ラジオ番組で、ファイザーのワクチンを2回接種し、免疫力が低下している成人は、直ちに3回目の追加接種(ブースター接種)を受けることができると説明した。

一般人へのブースター接種については「まだ検討中で、最終的な答えは出ていない」と語った。

ファイザーのミカエル・ドルステン最高科学責任者は8日、同社が独ビオンテックと開発した新型コロナウイルスワクチンについて、3回目の追加接種の許可を来月中に米食品医薬品局(FDA)に申請する方針を明らかにした。

2回目の接種から半年経過すると再感染リスクが高まる証拠が出てきたことや、感染力の強いデルタ株の広がりを理由として挙げた。【7月12日 ロイター】
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【「自由の日」に向けたションソン首相の「賭け」】
でもって、イギリス・ジョンソン首相は19日におおかたの行動規制を解除し、経済活動を再開させる方針です。

前回ブログでも触れたように、よいことだけでなく、病気・禍も基本的には個人の責任で向き合うものという価値観というか、社会生活に関する基本理念みたいなものが前提にあって、現在のように個人の生活を政府が規制する「異常事態」を終わらせ、各自が自分で判断する通常の生活に戻ろうというもののようです。

“政府の命令ではなく、個人の自己責任により感染を防ぐよう訴えた”【7月6日 AFP】

その場合、ある程度の犠牲は受け入れなければならないとの覚悟も。
「悲しいことながらも、新型ウイルス感染症によりさらに死者が出ることを受け入れなければいけない」(ジョンソン首相)【同上】

****デルタ株でコロナ感染リバウンドでも規制全面解除 英首相ジョンソンの「賭け」****
ジョンソン英首相は、ロンドンを含めたイングランド地域で新型コロナウイルス感染対策として実施しているロックダウン(都市封鎖)を19日に全面解除し、経済活動を再開させる方針だ。しかし、実行に移せば、これまで首相が従っていた助言を提供してきた科学者の一部から、不安視する声が出てくるのは間違いない。

英国は世界で最もワクチン接種が進んでいる国の1つだが、新たな感染拡大にも直面している。そこでジョンソン氏は、人々の活動を止める代わりにウイルスとの共生を目指すという「賭け」に出た。これは、感染力の強いインド由来の変異株(デルタ株)からワクチンが人々をどれぐらい守れるかを探る世界初の試みでもある。

ジョンソン氏は、デルタ株の急速な浸透で何千人も死者が増える恐れがあると警告した後、行動規制をほぼ全て撤廃するいわゆる「自由の日」を既に4週間先送りし、ワクチン接種率を高める努力をしてきた。そして、足元では成人人口の86%超が1回目の接種を終え、2回とも完了した割合も3分の2近くに達したため、19日を行動制限の最終日に定めたのだ。

ただ、インペリアル・カレッジ・ロンドンの伝染病学者アン・コリ氏は、ロイターに対し、英国が増加を続ける感染者とともに日常を過ごせると宣言するのは早過ぎると警告。規制解除を再び遅らせるのが有益だろうとの見方を示した。コリ氏がかかわっている統計モデルは、ジョンソン氏が「自由の日」をいったん延期する決定を下した際の判断要素の1つになった。

コリ氏は「規制解除延期は時間稼ぎになると思う。われわれにはウイルスの感染力を低下させる介入手段がある」と述べ、追加接種やまだ、英政府が実施を決めていない子どもへの接種などに言及している。

また、100人余りの科学者は医学雑誌・ランセットへの寄稿で、ジョンソン氏の行動規制全面解除方針を「危険で時期尚早」と批判し、高水準の感染者数を容認するのは「反倫理的かつ非合理的」と訴えた。

これに対してジョンソン政権側は、考慮に入れるべき要素は単に伝染病学の視点だけにとどまらないと反論するとともに、新型コロナウイルスで死者が増えても、それを甘受する姿勢だ。

ジャビド保健相は、新型コロナ以外の医学や教育、経済上の問題がパンデミックを通じて蓄積されており、感染者数が1日当たり10万人に達したとしても、社会を正常に戻す必要があると述べた。

英国内では学校が夏休みの今こそが、今年で最も規制解除に望ましい時期だと唱える向きが存在する。この考え方とジョンソン氏が新たな過ちを犯そうとしていると考える向きの間で激しい論争が勃発した。

ジョンソン氏は昨年、ロックダウン導入が遅きに失し、英国の新型コロナ死者数が世界有数に増加したとして批判を浴びた。

デルタ株の場合、ワクチンは感染予防よりも死亡と重症化を食い止める面で効果を発揮しているように見える。その結果、英国の新規感染者は急増しながらも、死者数の増加ペースはそれほどではない。

具体的には、1日当たり新規感染者数は現在2万5000人超と5月半ばの10倍以上に膨らんでいる半面、死者数は4月半ば以降ずっと1日当たり30人未満で推移。これはワクチンが生命を救っている証拠だ、と科学者は指摘する。

一方で、幾つか警戒すべき兆しも出ている。例えば、今の新型コロナ感染による入院者数は1日約350人と、過去の感染の波に比べれば格段に少ないとはいえ、直近7日間で45%も増加している。

英国とともに世界で接種ペースが最速クラスのイスラエルでは、最近の感染増加を受けて、重症者や死者が少ないにもかかわらず、政府が一部規制の再実施を検討しているところだ。

実験の行方
キングス・カレッジ・ロンドンの伝染病学者、ティム・スペクター氏は、国民が新型コロナウイルスとの共生を学ぶべきだという政府の認識を歓迎する一方、マスク着用義務撤廃の表明などには疑問を投げ掛けた。マスク着用は経済的なコストがほぼゼロである上に、重症化リスクのある人々を守るだけでなく、若者が感染して長引く後遺症に悩まされるのを予防する効果があるからだ。

新型コロナウイルス感染症の症状研究に利用するアプリ「ZOE」を運営するスペクター氏は「経済に影響を与えずに、われわれができることはある。それが十分に強調されているとは思えない」と首をひねった。

英政府は12日、インペリアル・カレッジ・ロンドンとウォリック大学、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院が提供するモデルの更新版を公表する予定。イングランド主任医務官のクリス・ウィッティ氏は、モデル分析結果に基づくと、今回の感染ピークは今年1月に見られたほどの重圧をもたらさないとの見解を示した。

ケンブリッジ大学の「ウィントン・センター・フォー・リスク・アンド・エビデンス・コミュニケーション」を主宰するデービッド・スピーゲルハルター氏は、ロイターに「これ(規制全面解除)は実験だ。そう呼ばざるを得ないと思う」と語り、規制解除に動くなら今が最適だとするウィッティ氏らの判断を尊重するとしながらも、微妙な状況にあるのも確かだとの認識を示した。【7月11日 Newsweek】
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EU離脱といい、今回の「自由の日」といい、ジョンソン首相は性格でしょうか、「賭け」がお好きなよう。

EU離脱の方は、離脱実現という序盤の賭けには勝ちましたが、その結果どうなるのか・・・という本来の勝ち負けの判定はもう1,2年、あるいは数年待つ必要があります。

「自由の日」の方は、白黒決着は早いでしょう。

【もう少し「慎重さ」の配慮は必要】
****英ワクチン担当相、コロナ規制解除に自信 屋内はマスク着用義務****
英国のザハウィ・ワクチン担当相は11日、イングランドで19日から計画している新型コロナウイルス感染規制の解除に自信を示す一方で、屋内では引き続きマスクの着用が必要になるとの見通しを明らかにした。

ジョンソン首相は先週、マスクの着用や社会的距離、在宅勤務などに関する一連の規則撤廃に向けた詳細な案を発表。12日に最終的な実施許可を出すとみられている。

専門家や政府に批判的な人たちの間には、感染者が増える中で規制解除に動くことに懸念の声が出ている。政府はこれに反論。ワクチン接種が進み、感染と重症化・死亡との関連がおおむね断ち切られてきたとしている。

ザハウィ氏はスカイ・ニュースに対し、「(規制撤廃の)第4段階に進めると確信している。ただ慎重に警戒を続けるのは重要で、明日発表する指針には屋内の閉ざされた場所でのマスク着用義務など、こうした姿勢が反映される」と述べた。(後略)【7月12日 ロイター】
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“ただ慎重に警戒を続けるのは重要”としつつも、大胆な「実験」も。

****英・6万人超がマスクなし観戦 「大規模イベント再開に向けた実験」サッカー欧州選手権決勝****
東京オリンピックがほとんどの会場で無観客となる一方、イギリスでは、6万人を超えるサポーターが、サッカー・ヨーロッパ選手権の決勝をマスクなしで観戦した。

イングランド対イタリアとなった決勝戦は、6万人を超える観客の入場が認められた。
入場の条件として、ワクチン接種などが求められたが、マスクの着用は義務付けられなかった。

観戦に来た市民「僕はもうワクチンを打った。(この決勝は)一生に一度のことだから、このあと10日間隔離になっても構わない」

また、各地でパブリックビューイングも実施され、大勢の市民がイングランド代表に声援を送った。
イングランド代表は、PK戦で敗れたが、試合後も多くの市民が街に繰り出し、選手をたたえる姿も見られた。

イギリス政府は、今回の試合を「大規模イベント再開に向けた実験」と位置づけられていて、さらに19日からは大幅な外出制限の緩和に踏み切る方針。【7月12日 FNNプライムオンライン】
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試合後の街での大騒動の様子を見ると、19日以降の「慎重な警戒」はほとんど意味を持たないのでは・・・という不安も。

【新規感染者増減に一喜一憂するばかりの日本】
そうした不安もありますし、もう少し「慎重さ」が必要ではないかとも思いますが、日本でも、感染者増加に一喜一憂するのではなく、「コロナとの共生」のあり方について、また、イギリスのような判断について冷静に検討していいのではないかと思います。(その前提となるワクチン接種がここにきて迷走している現実もありますが)

****橋下徹氏、東京へ4度目の「緊急事態宣言」に「感染者数ばっかりに注目するのは違う」****
(中略)橋下氏は、東京への4度目の緊急事態宣言に「僕はさっぱり分からないという立場です」とした上で「イギリスは、今、1日あたり2万7000人、2万8000人の感染者数です。それでも社会経済活動は完全に再開していこうという発想なんです。ジョンソン首相がそういうふうに舵を切りました。

それは死者数とか重症者数がすごい抑えられているんです。ワクチンの効果によって。だから、僕は、日本でもそういう議論を専門家にしてもらいたい」と提言した。  

さらに「その辺の情報は、はっきり分からないんです。日本の重症者数、死者数がどうなのか。特に感染者数のうち65歳以上の高齢者数の割合が1割切っているという報道も聞いてますから、重症者化リスクがそんなに伸びないんだったら、ある意味、感染者数は容認していかないと」と指摘した。  

続けて「例えばインフルエンザなんかは、普通は毎年、1千万人の感染者数が出ている。でも大騒ぎしないのは死者も重症者もワクチンとか薬で抑えられているからなんです。だからそのあたりの議論を専門家でやってもらいたい。感染者数ばっかりに注目するのは違うんじゃないかと思うんです」とコメントしていた。【7月8日 スポーツ報知】
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****橋下徹氏 感染者ゼロ目標は違う「政治家が言わないと」ワクチン普及で重症者減少****
(中略)橋下氏は日本、特に東京での感染状況は、新規感染者が急増傾向にあるが、一方で「(感染する)重症者の数とか、感染者数のうち高齢者の割合も少なくなってきてる」と指摘。

「ワクチン接種が普及しても、イギリスなんて1日あたりの感染者数、3万人ですよ。ワクチンがどれだけ普及したって、感染者ゼロにならないんですよ。死者だってゼロにならないんですよ」と説明し、「じゃあ、どこまでのリスクを許容するのかっていうのを、これ、ものすごい批判の出る判断、メッセージか分からないけど、やっぱり政治家が言わないと」と感染者ゼロを目指すのでなければ、政治家が明確にその“目標”をはっきりと国民に伝えるべきだと提言した。  

その上で「ワクチンいくら普及したって、あのイギリスとかアメリカでも(新規感染者)ゼロになってないんですから」とワクチンの普及が進み、重症化リスクの高い高齢者の感染が減少する中、ゼロリスクを目指すのは違うとの考えを示した。  

橋下氏は「医療側の人は一生懸命頑張っていただいて、敬意を表さなければいけないけど」と断った上で発言に及んだ。【7月12日 デイリー】
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ジョンソン首相の「賭け」には賛否あるとは思いますが、「悲しいことながらも、新型ウイルス感染症によりさらに死者が出ることを受け入れなければいけない」という発言は指導者としての冷静な判断だと思いますし、そういう発言が許されない風土があるということが日本政治の欠陥だと思います。

「一人の感染者も、犠牲者も出してはならない」みたいな精神論に近いような議論はそろそろ終わりにしないと。

私は橋本氏と意見が一致することは多くはないのですが、今回は意見が一致したようです。



コメント
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