孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  若者に広がる将来に対する悲観論 消えた指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」

2023-02-18 23:25:57 | 中国

(中国の若者たちが羨んだ、貧しい農民夫婦の物語『小さき麦の花』【2月16日 シネマカフェ】)

【中国若者の共感を呼んだ貧しい農民夫婦のラブストーリー】
気球撃墜をめぐる中国とアメリカ・日本の刺々しいやりとり・・・相変わらずの国際関係ですが、中国経済が急速に成長し、それに伴って社会の在り様、人々の意識も変化しつつあるのは、言うまでもないところです。
日本社会も、終戦後の混乱、高度成長期、その後の停滞(安定?)といった推移に伴って変化しており、それと同じ話です。

そして中国社会の“現在地”を示すひとつの指標として興味深いのは、昨年中国で若者を中心にヒットしたある映画。中国でヒットする映画と言えば、アクションや特撮が売りの愛国ヒーローものやコメディが思い浮かびますが、それらとは全く異なるテイストの映画のようです。

そして、その映画の評判が呼び起こした当局の反応は、いかにも中国共産党らしいものという意味で、興味深いところ。

****中国の若者たちが羨んだ、貧しい農民夫婦の物語『小さき麦の花』*****
2022年の夏、ある農村の夫婦の物語が中国の若者たちの心を掴んだ。スター不在、低予算の映画『小さき麦の花』が異例のヒットを記録し、レビューサイト「豆瓣(ドウバン)」では平均8.5(10点満点)という高い評価を獲得した。アクションや特撮が売りの愛国ヒーローものやコメディがヒットの定石になっていた中国映画市場に起きた「奇跡」だ。

舞台は2011年、中国北西部に位置する農村。貧しい農民の有鉄(ヨウティエ)は馬(マー)家の四男坊で、三男の家で暮らしている。三男にとっては、中年になっても独り者の弟に家にいられては体裁が悪い。そこで、体に障がいがあり、やはり家族から厄介者扱いされている貴英(クイイン)との見合いを持ちかける。ヨウティエとクイインはこうして出会い、夫婦となる。

寡黙で愚直なヨウティエと、子供が産めない体で、すぐに失禁してしまうクイイン。あえて言い方を選ばなければ、貧しい農村の中でも底辺の暮らしを強いられた夫婦だ。そんな2人が感情を育み、暮らしを紡いでいく姿を、やはり中国北西部の農村で育ったリー・ルイジュン監督が丁寧に映し出す。

殺伐とした人間関係に疲れた? 若者たちが支持
筆者の知人である中国在住の30代女性は、この映画の夫婦が「羨ましい」と言った。「離婚する夫婦が増え、恋人同士でもDVが問題になる今の世の中で、互いを思い合うあの2人の関係は奇跡のよう」だというのだ。

また、家族から疎外される2人の姿にも共感を覚えたとか。「出来のいい子は何をしても許し、何でも与えるけど、そうでなければ容赦なく叱責する親もいる。映画の中の薄情な身内の描写もリアルで、希薄になった家族関係をよく表していると思う。最近は春節の帰省も昔ほど楽しみではない」と語る口が止まらない。

別の30代の知人は、次のようにも語る。「大切に農作物を育て、自分たちで家を建てる。農村部の生活とはこういうものなのかと新鮮だった。私たち世代には、経験がないから」。

もちろん、一部にはネガティブな意見もある。沿海部の都市で生まれ育った知人は、「あれが2011年の中国? 1911年かと思った。今の中国にあんな貧しいところはない」と一蹴。「いかにも外国人が好きそうな中国映画だと思って」見ていないという。

中国政府が宣言した「貧困ゼロ」を信じ、映画で描かれる貧困はフェイクだと思っている人がいるのもまた現実である。

このように様々な感想がSNSなどで拡散。7月8日に中国で封切られ、8月上旬にはネットでの配信もスタートしたが、そこからさらに口コミで話題となり、異例の客足の「V字回復」現象が起きたのだ。

9月上旬に『小さき麦の花』は興行収入1億元(約19億円)を突破。コロナ禍で商業映画の多くが公開を控えていたという特殊な事情もあるが、この異例のヒットは「奇跡」と呼ばれた。

それだけでなく、映画を配信で見ることが定着している中国で、名もなき農民が主人公の作品が、日本以上に市場で冷遇されているアート系映画を劇場で味わうという体験を促した意義も大きい。

憶測を呼んだ突然の上映打ち切り
しかしこの映画は、予想外の展開を迎える。9月下旬、突然上映が打ち切りになったのだ。例年、10月1日の建国記念日の連休の時期は愛国的な作品が優先的に上映されるため、その入れ替えのためだとも考えられるが、配信サイトからも削除されたのは不可解だ。

10月の中国共産党大会を前に、克服したはずの貧困の描写や、善行を積んでも報われない農民の姿など、政府のキャンペーンと相容れない内容を含んでいることが当局にとって不都合だったのでは……等々、様々な憶測を呼んだ。しかし、劇場公開されているということは検閲自体は一度クリアしているわけで、どれも推測の域を出ない。

こうした状況に配慮して、予定されていた日本のメディアのリー監督へのインタビュー取材も中止になった。配給会社ムヴィオラの武井みゆき代表は「制作サイドも海外セールスも神経質になっていて、今、監督が海外メディアや海外の配給会社に何か語るのは控えたほうがいいということになりました」と理由を説明する。「現在に至るまで、配信も再開されておらず、上映中止のはっきりとした理由も分からないまま」だという。(後略)【2月16日 シネマカフェ】
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貧しい、障害を持つ阻害された二人のラブストーリー・・・・ありがちな映画と言えば、そうとも言えるかも。そういうものへの賛否はいろいろあるところでしょう。

近年の中国の若者の間では、競争社会に絶望し、「躺平(何もしないで寝そべること)」を選ぶという風潮が話題にもなっています。

そうした風潮が、実際のところどれほどの広がりをもつものかは定かではありませんが、映画はそうした中国若者世代の琴線に触れるものがあったようです。

1月16日ブログ“中国 変わる国民の意識 競争意識・拝金主義は次第に過去のものに”で紹介した“あの貪欲さはどこへ「儲け話はないか?」と言わなくなった中国の若者たち”【1月16日 花園 祐:中国・上海在住ジャーナリスト JBpress】もそうした若者世代の心情を伝えています。

****あの貪欲さはどこへ「儲け話はないか?」と言わなくなった中国の若者たち****
この10年間、経済が停滞してほとんど変化らしい変化のない日本社会とは違い、中国ではあらゆるものが大きく変化しています。

たとえば都市部の労働者の最低賃金は倍近くに増え、家賃も倍以上になりました。また、ごみを分別するようになるなど、10年前の中国人に言ったらとても信じてもらえそうにない変化も少なくありません。

その中で、筆者が強く感じている若者の変化があります。経済成長に伴い、若者は、より活動的で積極的になったのか? その逆です。仕事や収入に関して以前ほど興味を持たなくなっているのです。
 
かつての中国の若者はみんな競争心が強く、社内でも昇進への強い意欲を持っていました。誰もがお金に餓え、儲け話に飛びついたり、自ら会社を設立して一攫千金を狙う若者が数多くいました。
 
それが最近は、独立起業はおろか、社内での昇進にもあまり関心を示さない若者が多くなってきています。また「寝そべり族」(中国語で「躺平族」)に代表されるように、必要最低限の労働と消費で暮らそうとする若者も現れるなど、もはや競争意欲のない若者の方が多数派に見えます。(後略)【1月16日 花園 祐:中国・上海在住ジャーナリスト JBpress】
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【将来に対する悲観論 指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を持ち合わせていない】
貧しい農民夫婦のラブストーリーへの共感、何もしない「寝そべり族」、「儲け話はないか?」と言わなくなった若者・・・共通するのは、自身の将来への悲観論です。

共産党政権からすれば、こういう傾向は今後の成長・更なる国際的影響力の増強にとって“好ましからざるもの”ということにもなりますが、若者に明るい将来を提示することは習近平政権にとって困難な状況です。

****悲観論広がる中国Z世代、「コロナ後」の習近平政権に難題****
中国で新型コロナウイルスの感染を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策が解除されてから迎えた最初の週末。上海のある小さなライブハウスで開催されたヘビーメタルバンドのコンサートでは、薄暗い中で数十人に上る観客の若者がひしめき合い、汗や強い酒のにおいが漂っていた。

これこそが、昨年11月終盤に中国全土へと波及したゼロコロナに対する抗議行動で若者たちが求めていた自由の一端だ。抗議行動はまたたく間に拡大し、習近平国家主席が権力を掌握して以降、10年間で国民の怒りが最も大規模に表面化する事態になった。

中国で1995年から2010年までに生まれた2億8000万人の「Z世代」は、3年にわたるロックダウン(都市封鎖)や検査、経済的苦境、孤立といった試練を経て、新しい政治的な意見の表明方法を発見し、共産党のお先棒をかついでネットに愛国主義的な書き込みするか、そうでなければ政治的には無関心、という従来のレッテルを貼られることを否定しつつある。

一方、指導者として異例の3期目に入ったばかりの習氏は、過去最悪に近い失業率と約50年ぶりの低成長に直面するZ世代を安心させる必要があるものの、それは難しい課題となっている。

なぜなら、若者の生活水準を改善することと、これまで中国を発展させてきた輸出主導型の経済モデルを維持することは、社会の安定を最優先とする共産党と政府に対し、本来的な矛盾を突き付けるからだ。

各種調査によると、Z世代は中国におけるどの年齢層よりも将来に対して悲観的になっている。そして、何人かの専門家は、抗議行動を通じてゼロコロナの解除早期化に成功したとはいえ、若者が自分たちの生活水準改善を実現する上でのハードルは今後高くなっていく、と警告する。

精華大学元講師で今は独立系の評論家として活動しているウー・キアン氏は「若者がこれから進める道はどんどん狭く、険しくなっているので、彼らの将来への希望は消えてしまっている」と指摘。若者はもはや、中国の指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を持ち合わせていないと付け加えた。

実際、ロイターの取材に応じた若者の間からは、不満の声が聞こえてくる。先の上海のコンサートにやってきたアレックスと名乗った26歳の女性は「もし指導部が(ゼロコロナ)政策を変更しなければ、より多くの人民が抗議に動いただろう。だから、結局は軌道修正するしかなかった。若者が中国で悪いことなど絶対に起きないという考えに戻ることはないと思う」と述べた。

<寝そべり族>
特に都市部の若者が抗議活動の先頭に立つのは、世界的な傾向と言える。中国でも1989年の天安門事件につながった最大の民主化運動を指導したのは学生たちだ。

ただ、複数の専門家は、中国のZ世代が習氏にジレンマを与えるような特徴を備えていると分析する。

近年では、中国のソーシャルメディアを利用している若者が、ゼロコロナを含めた同国の政策に批判的な意見に激しくかみつく様子が国際社会の注目を集めてきた。

彼らは、愛国主義的なウェブサイトの背景色にちなんで「小粉紅(little pinks)」と呼ばれるようになり、中国政府が展開する「戦狼外交」や、毛沢東時代に文化大革命の推進役となった紅衛兵に比すべき存在とみなされている。

ところが、パンデミック発生以降、各種規制の下で経済が減速するとともに、そうした猛烈な姿勢のアンチテーゼ的な動きが出現した。ただし、それは西側諸国のようにナショナリズムの台頭に反対するリベラル派とは異なる。多くの中国の若者が選択しているのは「躺平(何もしないで寝そべること)」で、「社畜」としてあくせく働くことを否定し、手に入る物で満足するという生き方だ。

本当のところ、こうした生き方に傾いている若者が、どれくらい存在するのかを示すデータは見当たらない。しかし、ゼロコロナへの抗議の前に水面下で醸成されていた要素はただ1つ。つまり彼らが予想する経済的な将来に対する納得いかない気持ちだ。

コンサルティング会社のオリバー・ワイマンが昨年10月に実施し、12月に公表した中国の4000人を対象に行った調査に基づくと、Z世代はどの年齢層にも増して中国経済の先行きを悲観している。彼らの62%は雇用に不安を抱え、56%は生活が良くならないのではないかと考えている。

これに対して10月に公表されたマッキンゼーの調査を見ると、米国のZ世代は25歳―34歳を除く他のどの世代よりも、将来の経済的機会に明るい展望を持っていることが分かる。

中国でも習政権の始まりのころは、若者の見通しはもっと楽観的だった。2015年のピュー・リサーチ・センターによる調査では、1980年代終盤に生まれた人の7割は経済環境に肯定的な見方をしており、96%が親世代よりも生活水準が上がったと回答していた。

中国の若者のトレンドを調査している企業の創設者、ザク・ディヒトワルド氏はZ世代について「学習による悲観論だ。これは彼らが目にしてきた事実や現実を根拠にしている」と解説。ゼロコロナに対する抗議は10年前なら起こらなかっただろうが、今の若者たちは上の世代が行使しなかった手法で、自らの声を届ける必要があると信じていると述べた。

ディヒトワルド氏は、近いうちにさらなる社会的騒乱が発生する公算は乏しいとしつつも、共産党は今年3月の全国人民代表大会(全人代)で若者に「何らかの希望と方向」を提示することを迫られていると主張。そうした解決策を打ち出せないと、長期的には抗議の動きが再び活発化する可能性があるとみている。

<難しい政策対応>
習氏は年頭の演説で、若者の将来を改善することが不可欠だと認め「若者が豊かにならない限り、国家は繁栄しない」と言い切ったが、具体的な政策対応には言及していない。何よりも社会の安定を専一に思っている共産党が、Z世代により大きな政治活動の余地を提供するとは考えられない。

その代わりに当局は、若者のために高給の仕事を創出し、彼らが親世代と同じように経済的に繁栄する道筋を確保しなければならない、と専門家は話す。

とはいえ、経済成長が鈍化する状況でその実現は難しくなる一方だ。しかも、政治アナリストやエコノミストによると、若者の生活水準を引き上げるための幾つかの政策は、過去20年間にわたって中国経済を15倍に拡大させる原動力となったエンジンを維持する、という別の優先項目とは相いれない。

例えば、Z世代に賃金が上がると期待させると、中国の輸出競争力は低下する。住宅価格をより手ごろな水準に下げれば、近年は経済活動全体の25%を占めてきた住宅セクターが崩壊しかねない。

習氏が2期目にハイテクや他の民間セクターに対する締め付けを強化したことも、若者の失業や就職機会の減少を招いた。

カリフォルニア大学バークレー校の都市社会学者、ファン・シュー氏は、中国政府がいくら「共同富裕」を唱えてもZ世代のために格差を解消するのは、事実上不可能だと言い切る。

シュー氏によると、彼らの親は住宅市場や起業を通じてばく大な富を築くことができたが、そうした面での資産形成は再現されそうにないと強調。格差をなくすとは不動産価格を押し下げて若者が住宅を購入できるようにするという意味で、これは上の世代に大打撃を与えると述べた。

<国外に希望>
こうした中で一部の若者は、中国国外に夢や希望を追い求めつつある。

大学生のデンさん(19)はロイターに、もう国内で豊かさを手に入れる余地はほとんどないと語り「中国で暮らし続ければ選択肢は2つ。上海で平均的な事務仕事に就くか、親の言うことを聞いて故郷に戻って公務員試験を受け、向上心もなく無為に過ごすかだ」と明かした。彼女はどちらの道も嫌って移住する計画だ。

バイドゥ(百度)のデータによると、上海で2500万人の市民が2カ月間ロックダウンを強いられた昨年の海外留学の検索数は2021年平均の5倍に達した。11月のゼロコロナ抗議騒動の期間も、同じように検索数が跳ね上がった。

アレックスさんは「中国の体制を受け入れるか、いやなら出ていくしかない。当局の力はあまりにも強く、体制を変えることはできない」と達観している。【1月21日 ロイター】
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【折に触れ噴出する不満・批判 抑止・監視統制しようとする政権】
中国の指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を持っていないZ世代は、ゼロコロナ批判のように、ときとして政権への不満・批判を噴出します。

もっとも、中国の指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を失いつつあるのはZ世代だけでもなさそう。

富裕層は“自国に失望した中国の超富裕層、目指すはシンガポール”【2月4日 ロイター】
高齢者層は“中国・武漢で大規模デモ 高齢者ら医療手当の削減に抗議…無料PCRやワクチンが地方財政を圧迫か”【2月15日 日テレNEWS】

政権指導部はこうした不満を一方でくみ取りながら、一方で厳しく締め付ける動きも。

****中国「白紙運動」応援の女優 新作映画から除名か****
ゼロコロナ政策に抗議する若者らの「白紙運動」を応援するメッセージを投稿した中国の女優が、新作映画の出演者リストから名前を消されていたことがわかりました。

複数の香港メディアによりますと中国の女優、春夏さんは去年11月中国各地でゼロコロナ政策に反対する「白紙運動」が起きた際にSNS上で「子供が名乗り出た、大人は彼らを守るべき」「私たちは家で足踏みして涙を流すしかない」などと応援するメッセージを投稿しました。この後、春夏さんは近く公開される新作映画に出演する予定でしたが、出演者のリストから名前が消えていたということです。

また、旧正月「春節」の大みそかに国営中央テレビが放送した番組にも姿を見せませんでした。

中国ではゼロコロナ政策への抗議デモの参加者らが相次いで拘束されるなど、当局が取り締まりを強めています。【1月31日 TBS NEWS DIG】
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「盲目的服従」をやめて不満・批判を口にするようになった人々と、締め付け・監視統制でコントロールしようとする政権の間の綱引き・・・その結果、中国社会が変わるのか、変わらないのか・・・。
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アフガニスタン  「救援機」の偽情報に殺到する人々 顔を覆われたマネキン

2023-02-17 23:03:19 | アフガン・パキスタン

(【1月17日 佐藤太郎氏 Newsweek】 アルミホイルで顔を覆われたマネキン、カブール すべての権利を奪われたアフガニスタンの女性たちの悲痛な顔のようにも見えます)

【国外脱出の希望からデマの「救援機」に殺到した群衆 治安部隊が威嚇射撃】
最近印象的だった“悲しいニュース”

****「救援機に乗れる」空港殺到 アフガン、地震で誤情報****
アフガニスタンの首都カブールで、トルコでの大地震に関連して「被災者支援のための救援機に乗れる」との誤情報が出回り、市民数百人が空港に殺到、治安部隊が威嚇射撃で追い払う騒ぎがあった。地元メディアなどが10日までに報じた。生活難から国外脱出を試みた人が多くいたとみられる。

騒ぎがあったのは8日。地元メディアが伝えた映像では、空港近くの通りを暗闇の中、大勢の人々が叫びながら走り、銃声も響いた。

空港へ駆け付けた男性(26)は「トルコの人々を助けられるし、この国を脱出する良い機会だと思った」とAP通信に語った。【2月10日 共同】
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治安部隊が「うわさは事実ではない」として、混乱は翌朝までに鎮圧したとのこと。

国連児童基金(ユニセフ)によると、アフガニスタンの人口の半数以上となる約2440万人が人道支援を必要としています。失業や貧困の生活苦から逃れるために国を出たい人も多いでしょう。

タリバンの暴力、前政権時代への報復に怯える人々も多いでしょう。

タリバンによる極端・特異なイスラム法の解釈で、女子生徒たちは中学生になると教育が受けられず、女性の就労も制限されている状況で、希望が見いだせない人々も多いでしょう。

群衆の中には女性や子どももいたようで、何とか自国を出たいと群がる人々の混乱、治安部隊が威嚇する銃声・・・なんとも痛ましいニュースです。

タリバンによる統治の様相については、下記のようなニュースもありますが、これはむしろ「タリバンなら当然そうなるだろう」といったところ。

****タリバン、バレンタインデー禁止令 生花店は閑散****
アフガニスタンの首都カブールでは14日、イスラム主義組織タリバンがバレンタインデーを禁止したため、しおれたバラの花束や売れ残りの風船を手に、露天商らが悲痛な面持ちで客待ちをしていた。

アフガンではバレンタインデーはそれほど広がっていないが、近年は都市部富裕層の間で祝う習慣となっていた。だが今年、カブールの有名なフラワーストリートに立ち並ぶハート形の花輪やぬいぐるみを売る店は閑散としていた。

ある店の窓には、「恋人たちの日を祝うな!」と警告する勧善懲悪省のポスターが貼られていた。バレンタインデーは「イスラム教でも、アフガニスタンの文化でもなく、異教徒の呼び掛けている日だ」「恋人たちの日を祝うことは、ローマ教皇に同情するに等しい」と書かれていた。武装した護衛を連れた勧善懲悪省の職員が、カブールの街中を巡回していた。(中略)

若いカップルがいそいそと花を買ったが、道徳警察がパトロールしているのを目にしてサッとその場を離れた。 【2月15日 AFP】
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【顔をアルミホイルで覆われたマネキン すべての権利を奪われたアフガニスタンの女性たちの悲痛な顔のようにも】
偶像崇拝を禁じるイスラムの教えにのっとって・・・ということで、カブールでは店のマネキンも首を切り落とすか、顔を隠すかするように命じられているとか。

****「マネキンも捕らえられ、閉じ込められている」タリバン支配下のマネキンは斬首を免れた......****
タリバン政権の支配のもと、アフガニスタンの首都カブール中の女性服店のマネキンは、頭部に布袋で覆われたり、黒いビニール袋で包まれたりして、街は異様な光景を呈している。頭巾をかぶったマネキンは、タリバンの純血主義的なアフガニスタン支配を象徴するようだ。

しかし見方を変えると、カブールのアパレル小売業者による、ささやかな抵抗と創造性の表れとも捉えられる。

ある店のマネキンの頭部は、着用している伝統的なドレスと同じ素材で作られた袋のようなものを被せられている。紫色のドレスのマネキンは、同じ紫色の頭巾を。もう一人は金の刺繍が施された赤いドレスで、顔には赤いベルベットの仮面、頭には優雅な金の冠をかぶっている。

「マネキンの頭にプラスチックや変なものをかぶせると、ショーウインドーも店も見栄えが悪くなってしまうから」と、店のオーナーのバシルさんは言う。他のオーナーと同様、彼は報復を恐れてファーストネームのみを名乗ることを条件にAP通信の取材に応じた。

当初はマネキンの斬首を命じられた
地元メディアによると、2021年8月に政権を奪取して間もなく、タリバンの宗教警察である「勧善懲悪省(悪徳美徳省)」は、すべてのマネキンを店の窓から撤去するか、首を切り落とさなければならないと命じたという。

偶像として崇拝される可能性があるため、人間の形をした像や画像を禁じるイスラム法の厳格な解釈に基づく命令だった。

服の売り手の中には、これに従う者もいたが、反発の声も上がった。
マネキン斬首令に異論を唱えた衣料品店のオーナーたちは、服をきちんと展示できなくなる、あるいは貴重なマネキンを傷つけなければならなくなると訴え、タリバンに規則の修正を求めた。これを受け、タリバンは命令を修正し、マネキンの頭を覆うことを許可した。

マネキンの斬首は免れたものの、店主たちの次なる課題は、頭部を覆ったマネキンの見栄えを如何によく見せるか、ということだ。タリバンへの従属と、顧客へのアピールのバランスに頭を悩ませた。

その結果行き着いたのが、マネキンが着用するドレスとセットのヘッドピースのようにも見えるスタイリングだ。

別の店主ハキムさんは、マネキンの頭にアルミホイルをかぶせた。光に反射し煌めくアルミ箔をマネキンの頭にかぶせることで、商品に華やかさを添える意図だ。「この脅威と禁止令をチャンスと思い、マネキンが以前より魅力的に見えるようにしました」

経済低迷でアパレル小売の売り上げは半減
アフガニスタンでは結婚式はタリバン以前から結婚式は男女別だった。保守的な同国では結婚式は女性にとって最も美しく装う、心踊る場だった。

タリバン政権下では、結婚式は以前以上に数少ない社交の場となった。しかし、経済は低迷し国民は貧しさで苦しんでいる。限りあるわずかな収入を、結婚式に費やすことはなくなってきている。
前出の衣料品店のオーナーであるバシルさんは、売上が以前の半分になったことを明かした。(中略)

なお、これは女性マネキンに限ったことではない。街のショーウインドーには頭を覆った男性マネキンも少なからず見受けられ、当局が一律に禁止令を適用していることを示唆している。

別の店主によると、「勧善懲悪省(悪徳美徳省)」のエージェントが定期的に店やモールを巡回して、マネキンの首が切られているか、覆われたりしているかどうかを確認しているそうだ。

頭を覆われたマネキンはアフガン女性そのもの
マネキンに課せられた規則に反対だったこの店主は「マネキンが偶像でないことは誰もが知っているし、誰もそれを崇拝したりはしない。すべてのイスラム教の国では、マネキンは服を展示するために使われています」

タリバンは当初、1990年代後半の最初の統治時代と同じような厳しい規則を社会に課すことはないと言っていた。にも関わらず、特に女性に対し、多くの制限を徐々に課してきた。

ある日、買い物中の女性は、フードをかぶったマネキンを見て、こう言った。
「このマネキンを見ていると、このマネキンも捕らえられ、閉じ込められているように感じ、恐怖を覚えます」

この店のショーウインドーの向こうに、すべての権利を奪われたアフガニスタンの女性たちの悲痛な顔が見える気がする。【1月17日 佐藤太郎氏 Newsweek】
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【強化される女性の権利侵害】
重大な権利侵害とみなされている女性の教育・就労の制限については、国際社会の批判にもかかわらず、改められる気配はありません。

****国連副事務総長、タリバン当局者に懸念 女性の権利侵害巡り****
国連は(1月)20日、アミーナ・モハメッド副事務総長がアフガニスタン南部カンダハルを訪問し、当地のイスラム主義組織タリバン当局者に同国における女性の権利の侵害について懸念を示したと発表した。

モハメッド氏は4日間のアフガニスタン訪問を終了。首都カブールではタリバン幹部とも会談した。タリバン政権が女子学生の高校・大学への通学を停止するなどの措置を取ったことを受けた。

タリバン最高指導者が拠点を置くカンダハルで、モハメッド氏は副知事と面会。地元当局によると、副知事はモハメッド氏に対し、タリバン政権が世界との強い関係に加え、指導者に対する制裁の解除、国連に大使を派遣できるようになることを望んでいると伝えた。

2021年8月にタリバンが権力を掌握して以来、どの政府もタリバン政権を正式に承認していない。【1月23日 ロイター】
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国連副事務総長に応対したのが州副知事・・・タリバンははなから国連を相手にしていないようにも見えます。

タリバンは昨年12月、女性の教育・就労の制限を露わにしました。

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まず(2022年12月)20日、それまで認めてきた大学での女性への教育を停止するとしました。決定は、最高指導者アクンザダ師によるものだとしています。

女性の教育について、タリバンはおととし再び政権を掌握して以降、日本の中学・高校にあたる中等教育でも通学を認めておらず、女子が通えるのは小学校のみとなりました。

理由として男女共学などを問題視していますが、だからといってタリバンが女性専用の教育施設を全国に拡充するような動きは見られず、一方的といわざるを得ません。

さらに、続いて24日には、国内で活動するNGOに対し、女性職員の出勤を停止するよう命じました。理由については、イスラム教徒の女性が人前で髪を隠すのに使うスカーフ「ヒジャブ」を正しく着用していなかったためだとしています。【1月26日 NHK「アフガニスタン 女性の権利制限で孤立の懸念」】
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この動きは改まるどころか、強化されています。

****タリバン、女子の私大受験禁止に 女子教育で締め出し強化****
アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権の高等教育省は、各私立大学に対し、女子に入学試験を受けさせないよう命じた。「次の指示があるまで」としており、無期限での受験禁止となる。地元民放トロテレビが28日、報じた。暫定政権は昨年12月、全国の公立と私立の大学で女子教育を停止しており、締め出しを強めた。

高等教育省は理由には触れず、違反すれば「法的措置を受ける」として各私立大学に順守を迫った。暫定政権は日本の中学・高校に当たる女子中等教育も停止しており、女性が通えるのは小学校だけとなっている。【1月29日 共同】
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IS系武装組織などのテロも頻発しており、治安は悪化しています。どの勢力によるものかはわかりませんが、女性の社会進出を実践していた女性が標的となることも。

****アフガンの元女性議員、銃撃され死亡****
アフガニスタンの首都カブールで、元国会議員の女性が自宅で複数の侵入者に襲われ、銃で撃たれ死亡した。警察が15日、発表した。
暗殺されたのはムルサル・ナビザダ氏。2021年8月にイスラム主義組織タリバンが復権するまで国会議員を務めていた。(中略)

アフガンでは米国の侵攻以降の20年間に女性の社会進出が進み、裁判官やジャーナリスト、政治家が誕生。しかし、タリバンの復権後、そうした職業に就いていた多くの女性が国外に逃れた。

元同僚議員によると、ナビザダ氏も国外脱出を勧められたが、「人々のために残る」と断った。元同僚議員は「身の危険をかえりみず、信じるもののために闘った真の先駆者だった」と、死を悼んだ。 【1月16日 AFP】
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【女性の権利制約の背景には、社会的な風潮も】
女性への制約はタリバンだけの考えではなく、アフガニスタン社会に根深い社会風潮に基づくものでもあります。

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アフガニスタンの社会では、農村部を中心に伝統的な家父長制が色濃く残り、「女性は家庭にとどまるべきだ」という保守的な考えがいまだに根強いのが実情です。

タリバンは、イスラム教に基づいた統治をアピールすることで、長年、こうした男性を中心とした保守層からの支持を政治的な基盤としてきました。

専門家や外交関係者は、国内が疲弊し、国民の不満もくすぶる中、政権基盤を固めるためにも、女性の社会進出を好ましくないと考える保守層からの支持をつなぎとめる狙いがあったのではないか、そしてタリバンの統治に反発する人たちの引き締めを図ったのではないかと指摘します。【1月26日 NHK「アフガニスタン 女性の権利制限で孤立の懸念」】
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そうした考えは、女性に対する“名誉殺人”的な風潮をも生みます。

****「現代的」生活送る姉殺害、アフガン人男2人に終身刑 独****
独ベルリンの地方裁判所は16日、「現代的な」ライフスタイルを送る姉に不満を抱き、殺害したとしてアフガニスタン人の男2人に終身刑を言い渡した。

被害者のマリヤム・Hさん(当時34)は2021年7月、首都ベルリンの自宅から失踪。数週間後、南部バイエルン州の丘に埋められているのが見つかった。マリヤムさんには子どもが2人いた。

マリヤムさんが失踪したのと同時期に、20代の弟ユサフ、マフディ両被告がスーツケースを重そうに運ぶ様子が駅の防犯カメラの映像に捉えられていた。中にはマリヤムさんの遺体が入っていたとされる。

遺体の両手、両足、口、鼻にはテープが貼られていた。マリヤムさんは窒息死した後、のどをかき切られたという。

裁判長は両被告が、自分たちの影響下から姉が離れつつあったため、殺害したと指摘。検察は、両被告は姉が「一部現代的なライフスタイル」を送ることに反発し、アフガン人の夫と離婚後、新しいパートナーと交際を始めることを禁止しようとしていたと主張した。

両被告の弁護人は、ユサフ被告が口論の最中に誤って姉を死なせてしまったとし、マフディ被告の無罪を主張していた。 【2月17日 AFP】
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【スポーツカーを作っている場合か?】
こうしたなかで、「一体、何考えているのか・・・?」といったニュースも。

****「日常生活は地獄」......しかし、タリバンは、アフガニスタン初の国産スポーツカー発表****
アフガニスタンは、初めての国産スポーツカー(と思われるもの)を発表し、タリバン関係者はその功績を讃えている。

1月15日に、タリバンの報道官ザビフラ・ムジャヒドは、件の車の動画をツイッターに投稿した。アフガニスタンのニュースチャンネル「Tolo News」が伝えるところによると、「Mada 9」と名付けられたこの車。アフガニスタン製のスポーツカーは初めてのことという。

報道官ザビフラ・ムジャヒドの「この車は国にとって名誉なこと」というコメントを英テレグラフ紙が伝えている。

Tolo Newsによると、「Mada 9」はEntopという企業と、アフガニスタン技術職業訓練機関 (ATVI) のエンジニアとデザイナー30人から成るチームが共同で開発した。5年を費やしたそうだ。

まもなく電動化に対応する予定で、Entopは、アフガニスタン国内での販売を経て世界でに広める計画だと、タイムスオブインディアが伝えている。しかし量産時期については明らかになっていない。価格や車両の性能、仕様やスピードについても口を閉ざしている。

(中略)とはいえ謎が多すぎる。タリバンの報道官が共有したビデオ以外には、この車が高速で移動したり、難しい操縦をしたりする映像はない。

ATVIの校長は、このエンジンは運転手が速度を上げることができるほど「強力」だと語っている。しかし、このエンジンは2000年製のトヨタ・カローラのものという。

スポーツカーを作っている場合か
アフガニスタンは2021年8月にタリバンが国を占領して以来、経済が崩壊している。米国平和研究所によると、同国の経済は政権支配下の1年間で20~30%縮小した。

2021年10月から2022年1月の間に100万人以上のアフガニスタン人が国外に脱出したと、ニューヨーク・タイムズ紙が移民研究者の話を引用して報じた。

2022年1月、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、同国の悲惨な現状について、各国に警鐘を鳴らした。「タリバンによる占領から6カ月、アフガニスタンの人々にとって、日常生活は地獄と化している」

スポーツカーが、アフガニスタンの人々の生活を救うメシアになるとは考えにくいだろう。【1月20日 佐藤太郎氏 Newsweek】
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フランス  年金改革案に対して波状的な大規模デモ・ストライキ 「言うべきことを言わざるは恥」

2023-02-16 21:59:31 | 欧州情勢


(【1月20日 FNNプライムオンライン】1月19日、 第1波の抗議デモ)

【年金改革案発表 定年退職64歳へ 抗議の波状的な大規模デモ・ストライキ】
社会の高齢化に伴い年金財政が悪化し、政府が改革(改悪?)を試みるのは日本を含め多くの国で起きている話です。フランスでも。

フランス・マクロン政権は、年金の受給開始年齢を現行の62歳から64歳に引き上げる方針ですが、国民の反発は根強いものがあります。

政府の年金制度改革案に反対する大規模なデモ・ストライキが波状的に繰り返されており、そのたびに交通機関が運休、多くの学校が休校になっています。

反政府デモが相次いだ2018年のジレジョーヌ(黄色いベスト)運動の再来を懸念する声もあります。

****フランス、定年退職64歳へ=年金改革案発表、9月にも施行―大規模デモ再来の恐れ****
フランスのボルヌ首相は10日、マクロン政権の最大の課題の一つと位置付けられてきた年金改革案を発表し、実質的な定年退職年齢に当たる年金受給開始年齢を現行の62歳から段階的に引き上げ、2030年には64歳にする方針を打ち出した。激しい反発と抗議行動も予想されており、欧州連合(EU)の中核国フランスの政治が再び揺らぐ恐れもある。

マクロン大統領は当初、65歳への引き上げを目指していた。しかし、検討過程での国民の反発を受け、一定の譲歩を示した形だ。

改革案は2月から議会で審議される。仏メディアによれば、与党連合は穏健右派・共和党の支持をおおむね取り付けており、法案可決を視野に入れる。

政府は9月1日の施行を目指すが、国民の不満は依然として強く、2018年11月から全土へ広まった反政府デモ「黄色いベスト運動」の再来となる大規模な抗議行動が懸念されている。

ボルヌ氏は記者会見で「現実を直視することが必要だ」と訴え、高齢化が進む中で年金制度を維持するには改革が不可欠だと強調した。改革により「フランス人の間で疑問や不安が生じるのはよく承知しているが、説得していきたい」と決意を語った。その上で「議会審議が進む中で改革案を発展させる用意はある」と指摘し、柔軟な対応に含みを持たせて反発する世論をけん制した。

今回の改革案では、電力やガス業界など主な公共部門で認められている優遇策「特別年金制度」について、新規採用者には今後適用しない。一方で整備士やパン職人など、20歳未満から見習いとして働き始めた人については、早期退職を可能とする。

ボルヌ氏と記者会見に臨んだルメール経済・財務相も「フランスの年金制度は世界でも最も寛大な制度の一つだ」と強調。「定年退職年齢を引き上げなければ、年金支給額引き下げなどさらに不当な措置を取る必要がある」と警告した。国民に向けて「これが唯一の選択肢だ」と訴えた。【1月11日 時事】
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この改革案に対し、1月19日を皮きりに、大規模抗議デモが波状的に繰り返されています。

****仏、年金改革反対デモに約110万人 労組は月末再実施も予告****
(中略)19日のストには鉄道運転士や教職員や製油所労働者も参加。国営原発の職員も半数がスト入りした。鉄道関係者によると、都市間の高速鉄道やパリの鉄道サービスも大きく乱れた。パリでは集まった若者らと警察の小競り合いが断続的に続き、警察が催涙ガスを発射したり、数十人を拘束したりした。

この日の国内デモ参加者数は、2019年にマクロン氏が最初に年金改革案を通そうとした際のデモの人数を上回った。【1月20日 ロイター】
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ストには学校の教員らも加わっています。
一部では警官との衝突も起きています。

****仏年金改革抗議デモ参加者、警察の殴打受け負傷 睾丸切除****
フランス・パリで先週、年金制度改革案に抗議するデモにカメラを持って参加していた男性が、警察官から警棒で股間を強く殴打されて負傷し、片方の睾丸(こうがん)の切除を余儀なくされた。男性の代理人弁護士が22日、明らかにした。

インターネットで拡散している19日のデモの様子を捉えた動画には、カメラを所持し、地面に倒れている男性の両脚の間を警察官が殴打し、立ち去る様子が映っている。

代理人によると、男性はスペイン系の26歳で、カリブ海にある海外県グアドループ在住のエンジニア。デモの写真を撮っていた。「公権力の行使者による、体の一部切断につながる故意の暴力」を受けたとして、被害届を出す意向だという。

さらに、「殴打は激しく、片方の睾丸を切除しなければならなかった」と代理人は説明。男性は現在も入院中でショック状態にあり、なぜ負傷する羽目に陥ったのかと問い続けているという。

この事態を受けてパリ警視庁は、内部調査を指示したと発表。一方で、今回の出来事は「過激な暴力を背景に、暴力的な個人を拘束するための警察活動の範囲内で起きた」との見解を示した。(後略)【1月23日 AFP】
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1月31日は第2波が行われ、内務省によるとフランス全土で計127万人以上が参加しました。

****フランス全土で再びデモ 年金受給年齢引き上げ反対*****
フランスでは、年金の受給年齢の引き上げ法案に反発したデモとストライキが再び全土で行われた。
フランス全土で127万人余りが参加する抗議活動が行われ、警察とデモ隊が衝突し、催涙ガスが飛び交った。(中略)

世論調査では、36%の人が「改革の必要性を理解する」としたものの、「反対」と訴える人は65%にのぼった。

デモに参加する研究員「フランスには、すでに良い社会保障制度があるのに、政府は数々の改革でそれを崩そうとしている」

この日は鉄道や教育機関でもストライキが行われ、政府への抗議は断続的に続く見込み。【2月1日 FNNプライムオンライン】
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【譲らないマクロン大統領 3月7日には“「フランス全国を停止させる」ことも辞さない”抗議行動も予定】
マクロン大統領としては、政治的リスクを伴いますが、強気のマクロン氏は押し切る構えです。

****仏大統領支持率34%に低下 政府の年金改革影響****
22日付のフランス紙ジュルナル・デュ・ディマンシュは、今月の世論調査でマクロン大統領の支持率が昨年12月から2ポイント低下し、34%となったと報じた。政府が実行を図る年金制度改革が原因とみられる。32%だった2020年2月より後で最低の水準。

マクロン氏の支持率は新型コロナウイルスの流行開始以降40%前後で推移してきた。同紙の委託で調査している大手調査機関IFOP幹部は「新たな時期」に移ったとの見方を示し「非常に悪い流れだ」と指摘した。

マクロン政権は今月、1期目に実現できなかった年金制度改革の新案を発表した。【1月22日 共同】
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2月7日に行われた第3波デモ参加者は全土で計約76万人となり前回の約127万人を下回りましたが、2月11日の第4波は100万人規模を回復、第5波2月16日に続いて3月7日には“「フランス全国を停止させる」ことも辞さない”抗議行動も予定されているとか。

****年金改革反対デモ、11日に100万人近くが参加****
11日に全国で年金改革反対デモ行進が行われた。内務省集計では合計で96万3000人が参加し、大規模な動員が達成された。

同日には、労組が交通ストなどを断念し、デモ行進に集中する形で多数の参加が得られるよう配慮した。その成果もあり、ストライキも行われた前回7日の75万7000人を上回る参加者数を記録。ただし、1月31日の127万人には及ばなかった。

その一方で、今回のデモ行進は、規模の小さい自治体でも実施され、参加者の裾野が広がった。労組側は共同で、16日(木)にも抗議行動を実施する予定だが、3月7日(火)のその次の抗議行動に特に照準を合わせており、この日には「フランス全国を停止させる」ことも辞さないと予告している。

年金改革法案の下院審議は今週末(17日)に終了する予定だが、主に左派野党側が乱発した1万6000件近くの修正案の審議をまだ残している。

10日までには年金特殊制度(公社等に適用される)の一部の段階的な廃止を定める第1条がようやく採択された。政府は年金改革の基本方針では譲らない姿勢を維持しており、厳しい綱引きが今後とも続くと予想される。【2月13日 エトワ】
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【「言うべきことを言わざるはフランス人の恥」】
一般に、個人の権利意識が強いフランスでは(他人に迷惑をかけるストが非常に難しい)日本と異なり、こうした抗議行動に市民が寛容なことは知られていますが、そのあたりの事情を描写した報告が下記。

****言うべきことを言わざるは恥 フランス年金改革反対デモの層の厚さ****
毎週のように、特に土曜日になると、どこかで何らかのデモをやっている気がするフランスで、今回の年金改革反対のデモは、12年ぶりの労働組合統一の大規模なデモになると言われていましたが、実際に年明け1月半ばに入ってから始まった今回のデモは、すでに数回にもわたって続いており、フランス本土でほぼ毎回100万人以上を動員する大規模なものとなっています。

今回の年金改革の焦点は、なんといっても定年の年齢が引き上げられることにあり、現在は62歳定年であるところを当初の政府の改正案では、65歳までに延長されたもので、これにフランス国民は大激怒。

政府は早々に64歳に引き下げる歩み寄りを見せたのですが、この64歳までという2年間の延長を国民は、「死ぬまで働かせるつもりか?」、「老後の生活を奪うのか?」と国民の怒りは一向におさまりそうもありません。

デモとストライキはセットのようなものですが、このストライキの方は、一番迷惑な公共交通機関などではありますが、これには、パンデミックのために浸透したリモートワークの普及により、以前ほどの混乱はありませんが、それでもこの騒動が長引き、冬休みのバカンスに出かける人々が足止めを食ってしまったり、先週もパリ・オルリー空港ではフライトの50%がキャンセルされた・・などという話を聞くと、「出かける予定にしてなくてよかった・・」とホッとしつつも、これでは、一体、いつだったら、キャンセルされるリスクがないのか?とウンザリしてしまいます。

しかし、今回ばかりは、全国民に共通する問題ゆえ、怒るに怒れないところもあるのですが、通常でもフランス人の日常のテンションからしたら、このような足止めなどにもっと怒ってもよさそうなものに、意外とあっさり受け入れて飲み込んでいるのも解せない気もするのです。

家族ぐるみでデモの教育をするフランスの文化
私がフランスに来たばかりの頃に、夫の友人宅に招かれた時、料理上手な奥様が腕を振るって大歓待してくださったのですが、その時に、「フランスに来て最も印象的なことは?」と聞かれて、「デモとストライキ」と答えたら、とても満足そうだったことがとても意外でした。

私としては、当時、長引くSNCF(フランス国鉄)のストライキのために、通勤には、通常の倍近い時間がかかるだけでも、もうヘロヘロでウンザリしており、「文句があるからといってストライキで解決しようとするのは、駄々をこねている子供のようで、これがまかりとおるなんて!!」と多少、皮肉を込めて答えたのですが、それが満足そうに受け取られたことに、逆に驚かされたのを覚えています。

フランス人は、このデモやストライキをする権利というものをとても尊重していて、彼らの生活にとっては、大前提に存在するものであり、彼らの誇りでもあるのです。

今回の年金改革は、現役世代だけでなく、次世代の若者や子供にも関わることでもあり、高校生がこの抗議のために学校をブロックしたなどということも起こっていますし、デモ隊の中には、子供連れの家族、おばあちゃんが子供夫婦や孫たちまで引き連れて参加し、「言うべきことを言わないのは恥、抗議するべきときには、しっかりそれを表現しなければならない。デモというものを子供たちにも受け継いでいかなければならない!」などと家族ぐるみで来ていたりして、なるほど、こうしてフランスのデモは脈々と受け継がれていっているのだと、フランスの家庭の教育には、このような項目も入っているのだと妙な感心をしたりもしました。

この連れられている小学生くらいの子供たちも、おそらく親たちが話していることの受け売りであろうと思いつつも、マイクを向けられれば、いっぱしのことを力強く語ったりするのもフランスならではだなと思うのです。

こうして親子、孫まで3世代にわたってデモに参加していれば、動員数も多くなるわけで、中には、天気もいいしなどと、ピクニック気分で来ている人などもいて、仮装したり、歌を歌ったり、楽しみながら参加している人もいます。

しかし、中にはこのデモに乗じて破壊行動を行うブラックブロックなる集団がいたり、暴徒化することもあり、催涙ガスなどで煙が立ち上る程度は珍しくないことで、場所によっては、車やゴミ箱などが燃やされたり大変な事態に陥ることも少なくはなく、このデモ隊を警護する警察官や憲兵隊の武装も初めて見たときには、そのあまりの重装備とイカつさには何事か?とギョッとさせられたほどでした。

今回のデモでは、よほどこの警護が厳重なのか?そこまで暴力的な運びにはなっていないものの、これが続いて、以前の黄色いベスト運動の時のようなことになれば、もうその日はまともな生活が送れないほどに、デモのルートにある商店などは閉店を余儀なくされたりもします。

日本にも政府に抗議する手段があれば・・
フランス政府は毎回のデモに相当数の警察官や憲兵隊を動員しつつ、恐らく相当の費用をかけつつもデモを行う権利を尊重することに誇りを持っているのですが、この国民の声を非常に注意深く見ており、この国民の声に答えるために、テレビのニュース番組や討論番組に積極的に登場したりしているのが常ではありますが、今回の年金問題に対しては、今のところ、そのような討論番組、いわゆるディベート番組は1度しか目にしておらず、口の達者な政府報道官をもってしても、どうにもあまり優勢とは見えずに、その後、この手の番組への出演は控えているようにも見えます。

そもそも赤字を補填するために国民にもっと長い期間を働かなければならないことを納得させるのは至難の業で、日本のように退職後も居場所を求めて再就職(現在は経済的な問題も含んでいるとは思いますが・・)しようとする人もいる国民とは違って、老後の生活をそれなりに楽しもうとしている国民にとって、定年後、まだ元気なうちに十分楽しめる時間を奪われることは大問題でもあるのです。

フランスに来た当初は、こうしたデモやストライキを苦々しく思っていた私ではありますが、最近の日本の状況を見ていると、かなり支持率が低い現在の政府にもかかわらず、とんでもないことがどんどん決議されていってしまう気がしていて、もうこれほど人気がないことにも慣れてしまった政府には、怖いものなど何もなく、決められたことにはおとなしく従う国民は、言われるがままに従わざるを得ないような状況に、むしろ、日本にもフランスのデモやストライキなど、政府に抗議する手段はないものか?と思わずにはいられないのです。

フランス政府は、黙ってはいない国民の声に対して、非常に注意を払って発言していると思いますが、日本政府、首相などの説明などフランスだったら、絶対通用しないものばかり。以前、私はフランスの職場でフランス人の同僚に「日本人は黙って我慢するからダメなんだ!」と言われて閉口したことがあり、私自身、日本人的要素がまだまだ強いことも否めないのですが、最近では、フランスのこのデモなどが起こる状態の方が社会としては健全であるような気もしているのです。

こうしたデモが予定されている場合、在仏日本大使館からは必ず、予定されているデモのルートとともに「危険な事態も予想されますので、できる限り当日は近寄らないようにしましょう」などというメールを送ってくださるのですが、最もなことではありながら、日本ってこうなんだな・・と思ったりもします。危険だからデモには近寄るなという日本と教育のためにも孫まで連れてデモに参加する人がいるフランス。

孫を連れてきていたおばあさんが言っていた「言うべきことを言わざるはフランス人の恥」という言葉が、私には、以前よりもずっと重く響くようになっているのです。【2月15日 RIKAママさん Newsweek】
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もとろん上記内容は“RIKAママさん”の個人的感想であり、日本の高齢者の仕事に対する考え方には必ずしもネガティブなものばかりでもありません。(私自身がそういう年齢にあって、今後についていろいろ考えます)

“決められたことにはおとなしく従う国民”ということにも(私自身は、基本的に同意しますが)異論のある方は多いでしょう。

そういう話はあるにしても、日本とフランス、国民の意識に相当異なるものがあることも改めてうかがえて、興味深いところです。

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インド  モディ首相をめぐる“インド史に残る「黒歴史」”と“アダニ・ショック”

2023-02-15 22:18:41 | 南アジア(インド)

(【2月10日 Bloomberg】 2月6日 コルカタ 抗議行動で燃やされるアダニ氏(左)とモディ首相の似顔絵)

【インド史に残る「黒歴史」 モディ首相、蒸し返したメディアに報復】
インド・モディ首相のグジャラート州首相時代に起きたイスラム教徒が千人規模で殺害された暴動への関与がBBC報道によって再び問題視されていることは、1月31日ブログ“インド モディ首相とガンジーの間の深い溝 再び問題視される州首相時代のムスリム殺害暴動関与”でも取り上げました。

この問題、イギリスとの外交関係などにも影響が出ているようです。

****放火、強姦、死者1000人超...インド史に残る「黒歴史」を蒸し返されたモディ首相の怒り****
<英BBCの番組が告発した20年前の事件におけるモディ現インド首相の役割。英印関係の強化を目指すスナク英首相の足かせにもなっている>

インドのナレンドラ・モディ首相の「古傷」に新たな注目が集まっている。英BBCが『インド:モディ問題』と題された2部構成のドキュメンタリー番組を放送したのは1月17日と24日のこと。その焦点となったのは、2002年にグジャラート州で起きたヒンドゥー教徒とイスラム教徒の衝突におけるモディの役割だ。当時モディは、同州の首相だった。

3日間にわたる激しい暴力と、その後約1年続いたグジャラート州各地での衝突で、1000人以上が犠牲になったといわれる。このうち790人がイスラム教徒だった。

20年前の事件を掘り返すこの番組に、モディ率いるヒンドゥー至上主義の与党・インド人民党(BJP)は激怒。インドでは放映されていないものの、政府は番組を「植民地時代の思考」に基づくものだと批判して、情報技術法に基づきインターネットを通じた番組映像の共有を禁止した。

しかしこの措置は、かえって番組への注目を高めることになり、番組のダウンロードを可能にするリンクが、野党政治家や学生などの間で共有される事態になっている。

この騒動に頭を抱えているのはモディだけではない。インド移民を両親に持つリシ・スナク英首相は、英経済を立て直すべく、インドとの関係を強化して、2国間貿易協定を結びたいと考えてきた。

だが、前途は多難だ。イギリスとしては、インドが求める留学生や企業幹部に対するビザ発給拡大に応じるわけにはいかないし、インドも、法律や金融分野の市場開放に応じるつもりはない。

インドは今、政治的にも微妙な時期にある。欧米諸国はインドを民主主義のパートナーと見なし、中国のライバルになれる国と考えている。

だが9年近くにわたるモディ政権の下で、インドでは政治的自由が制限されるようになってきた。活動家は投獄され、イスラム教徒などマイノリティーの権利は縮小されてきた。こうしたモディの政策は、24年の総選挙で問われることになるだろう。

虐殺を暗に推進した疑い
そんななかで放送されたBBCのドキュメンタリーは、モディにとって過去の亡霊を呼び起こすものだ。

グジャラート州で列車火災が起こり、59人が死亡する事故があったのは02年2月。ほとんどは聖地を巡礼した帰りのヒンドゥー教徒だった。火災の原因については今も議論があるが、事件直後はイスラム教徒の仕業とされた。

これを機に、過激なヒンドゥー教徒によるイスラム教徒の襲撃が始まった。当時、グジャラート州の州首相だったモディは、列車火災の犠牲者の遺体を最大都市アーメダバードに運ばせており、これがヒンドゥー原理主義者たちを刺激したという声もある。

イスラム教徒の商店は略奪の標的となり、住宅は放火され、多くの女性が集団レイプに遭った。元国会議員が自宅前で殺される事件も起きた。

BBCの番組は、モディがこうした暴力を取り締まらなかったと主張する。それどころか、イスラム教徒に暴挙を働いても「罪に問われない風潮」をつくり出して、暴力を拡大させた「直接的な責任がある」と断じている。

当時、インドの人々はこの事件のニュースに驚愕した。国際社会からも非難が殺到した。だが、BJPを率いていたアタル・ビハリ・バジパイ首相は、野党や市民団体からモディの更迭を求める声に対して、「モディは州首相としての責務をきちんと果たすべきだ」と述べるにとどまった。

BBCを動かした報告書
その後、モディは州議会を解散したが、新たな選挙でも勝利を収めた。そして13年には国政に進出する意欲を明らかにし、14年の総選挙でBJPを大勝に導いた。インド議会で、1つの政党が単独過半数を確保するのは30年ぶりだった。19年の総選挙で、BJPはさらに議席を伸ばした。

BBCの『モディ問題』は記録映像をはじめ、インドの専門家や暴動の生存者へのインタビューを織り交ぜて、グジャラート騒乱におけるモディの責任を追及する。

なかでも重要なのは、事件当時イギリスの外相だったジャック・ストローのインタビューだろう。ストローは当時、イギリスの在インド高等弁務官事務所(大使館に相当)が、事件について独自調査を行ったと証言している。

BBCは、この調査結果をまとめた英政府の秘密報告書を入手。イスラム教徒に対する暴力は「報道を大幅に上回る」範囲に及んだこと、その目的は「ヒンドゥー教徒居住区域からイスラム教徒を追い出すこと」だったとする報告書の該当部分を放送した。

さらに、実際の犠牲者は政府発表の1044人をはるかに上回り、警察はイスラム教徒に対する暴力を取り締まらないよう指示を受け、そして暴力のゴーサインは「間違いなくモディから出されていた」という報告書の内容も紹介された。

それでもモディが、事件の責任を認めることはないだろう。既にインド政府は事実上、モディには一切責任がないとする独自の調査報告書をまとめており、昨年6月にはインド最高裁が報告書の正当性を認める判決を下している。

釈放されつつある犯罪者たち
事件から20年がたつインドでは、当時有罪となった人々の多くも釈放されつつある。つい最近も、イスラム教徒の妊婦を集団レイプし、彼女の3歳の娘を含む家族14人を殺害して終身刑を言い渡された11人が釈放された。

そんなインドと貿易協定をまとめたいスナクは、難しい立場に立たされている。BBCの番組の基礎となっているのが英政府の調査報告書であるだけに、その内容を軽んじるような発言はできない。

実際、1月に英議会でこの問題について問われたスナクは、イギリスはいかなる迫害も許さないと述べるにとどまり、モディの責任については直接的な言及を避けた。

(中略)インドの首相に就任してから、モディが即席の会見に応じたことは一度もない。インタビューに応じるとしても、自分に批判的なジャーナリストの質問には決して答えない。
インドにBBCのような放送局がないことに、モディは感謝していることだろう。【2月1日 Newsweek】
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モディ首相は“自分に批判的なジャーナリストの質問には決して答えない”だけでなく、批判的メディアへの圧力を強めています。

****インド税当局、インドのBBCオフィスを捜索 モディ首相のドキュメンタリー放送後****
インドの税当局は14日、ニューデリーとムンバイにあるBBCのオフィスを家宅捜索した。所得税に関する捜索だという。

これに先立ちBBCは1月に、インドのナレンドラ・モディ首相について批判的なドキュメンタリーをイギリスで放送。モディ政権はこの番組の内容を批判し、国内での上映を禁止したり、オンラインで見られないようにしている。 

(中略)モディ首相が率いる与党・インド人民党(BJP)のガウラヴ・バティア広報担当は、BBCを「世界で最も腐敗した組織」と呼び、今回の税務当局による家宅捜索は合法で、政府とは無関係だと述べた。 
「インドはあらゆる組織に機会を与える国だ。毒をまき散らさない限りは」とも、バティア氏は述べた。 

インド最大野党・国民会議派のK・C・ヴェヌゴパル幹事長は、14日のBBC家宅捜索について、「見るからに必死で、モディ政権がいかに批判を恐れているかを表している」、「このような威圧の手口を、私たちは最大限に厳しく批判する。こうした非民主的で独裁的な態度がこれ以上続くのは認められない」とツイッターに書いた。 

超党派の報道関係者団体「インド編集者ギルド」は、BBCに対する家宅捜索について「深く懸念する」と声明を出し、「政府の方針や国の主流派に批判的な報道機関を威圧し、嫌がらせをするため、政府機関を使うという以前からの流れの一環」だと批判した。 

アムネスティ・インターナショナル・インドの理事会は、「BBCが与党BJPを批判的に報道したことを理由に、BBCに嫌がらせをして威圧しようとしている」と政府当局を批判。「政府批判を黙らせるため、所得税局の広範すぎる権力を(政府が)繰り返し、武器として使っている」と指摘した。(後略)【2月14日 BBC】
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【“アダニ・ショック”でインド議会も紛糾 モディ首相と大富豪アダニ氏の怪しい関係も】
モディ首相に関しては、上記の“インド史に残る「黒歴史」”以上に、現在進行形の“不正”との関係が問題視されています。

直接的には、大手財閥アダニ・グループの不正会計疑惑ですが、モディ首相とアダニ氏は「アダニが急成長した背景にはモディ首相との密接な関係があった」とかねてより指摘される関係ですので、火の粉はモディ首相に降りかかる可能性もあります。

****インド議会紛糾 アダニ疑惑巡り野党抗議****
インドの複合企業アダニ・グループの不正疑惑を巡り、同国野党の間で調査を要求する声が強まっている。議会は紛糾し、野党が抗議活動を行うなど、モディ政権への圧力が強まっている。

アダニで株価操作などの不正がまん延しているとした先月の米投資会社ヒンデンブルグ・リサーチの報告書を受けて、影響が広がっている。

野党は上下両院の議員で構成する委員会か、最高裁判所の監督下にある機関による調査を政府に要求している。

主要野党・インド国民会議のジャイラム・ラメシュ議員は週末の発表文で「アダニ・グループの疑惑に対し、モディ政権は意識的に沈黙を守っている。癒着の気配がする」と述べた。6日には、ナレンドラ・モディ首相がアダニ問題から逃避していると非難した。

アダニのグループ企業はモディ政権と緊密に連携し、空港や港湾設備などインフラの近代化を勧めてきた。アダニをモディ政権が後ろ盾についた「オリガルヒ(新興財閥)」になぞらえる野党議員もいる。【2月8日 WSJ】
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****アダニ・ショックがインドに与える影響 モディ首相と大富豪の怪しい関係が白日の下に晒されるか****
人口世界一となったとされるインドを「世界経済を牽引する存在」として位置づける風潮が日に日に高まっている。
インドの国内総生産(GDP)は昨年、旧宗主国の英国を上回って世界第5位に浮上し、2025年にドイツ、2027年に日本を追い越すことが見込まれている。

インドは有望な投資先として世界の注目を一身に集めている感が強い。
インドとこれまで縁遠かった日本でも同様だ。日本企業にとってもインドは最も有望な海外の事業展開先となっている(国際協力銀行調べ)。

だが、そのインドが1月下旬から大逆風に見舞われている。
インドの大手財閥アダニ・グループが米投資会社による不正会計疑惑の指摘を受けて窮地に立たされている。いわゆる「アダニ・ショック」だ。

アダニは1988年に創業以来、港湾・空港運営やエネルギー分野などのインフラ関連事業を中心に積極的な買収攻勢を仕掛けてグループ全体を急成長させてきた。2021年度の主要7社の売上高は約2兆ルピー(約3兆1000億円)に上ったと言われている。

今やインド経済を担う存在となったアダニだが、米ヒンデンブルグ・リサーチが1月24日に「同グループは数十年にわたって大胆な株価操作と不正会計を実施してきた」とする報告書を発表すると事態は急変した。

ヒンデンブルグは、事前に企業に空売りを仕掛けた上で疑惑を提起して株価下落につなげる手法で知られている。2020年に「米国の新興電気自動車企業のニコラが技術力に関する虚偽の説明で投資家を欺いた」と指摘し、創業者を退任させたという実績を持つ。

アダニ側はヒンデンブルグに対し「単に特定の企業ではなくインドの成長物語に対する計画された攻撃」と猛反発、413ページに及ぶ反論書を開示したが、空振りに終わり、信用の低下に歯止めがかからない状態が続いている。

大荒れのインド市場
アダニ・グループの株式時価総額はあっという間に半減した。消失額は8兆ルピー(12兆4000億円)を超え、インド史上最大級の規模に達している。予定していた2000億ルピー(3100億円)規模の公募増資を撤回せざるを得なくなっている。

アダニの昨年度の負債額は2兆ルピー(3兆1000億円)に上っているが、疑惑発覚後、海外の金融機関はアダニとの取り引きに極めて慎重になっている。アダニ疑惑により国営銀行の株価が急落しており、「インドの金融システム全体に深刻な影響が出るのでないか」と懸念が広がっている。

インドの株式市場は大荒れになっており、皮肉にもアダニが主張したとおり、インド経済そのものに対する信頼問題へと発展している。

インド経済を大混乱に陥れた張本人は一代で世界屈指の富豪に昇りつめたゴーダム・アダニ氏だ。アダニ氏の個人資産は昨年一時世界第2位(1470億ドル)となったが、1月24日以後に急落し、13位と大きく後退している。

アダニ氏にとってさらに悩ましいのは政治との関係が取りざたされていることだ。
「アダニが急成長した背景にはモディ首相との密接な関係があった」との指摘がかねてなされていた。両氏は同じ西部グジャラート州の出身で、アダニは同州を基盤に事業を拡大してきたからだ。

2月1日のインド議会では野党議員が政府の成長計画へのアダニの関与を激しく追及したことから、審議が中断を余儀なくされた。

インド政治を大きく動揺させるスキャンダルに発展するリスクが生じており、モディ政権にとって大きな足かせとなりつつあるが、「その悪影響を最も受けるのは雇用対策だ」と筆者は考えている。

アジアで最も低い労働参加率
インドは成長著しいものの、雇用創出の速度が人口増加の速度に追いつけず、深刻な雇用問題に悩んでいる。

インドの2021年の労働参加率(生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)に占める労働力人口の割合)は46%とアジアで最も低い水準だ(日本は84%)。

雇用問題 の打撃を被っているのは総人口の半分を占める30歳未満の若年層だ。2021年の15歳から24歳までの失業率は28%とのデータがある。

マッキンゼーグローバル研究所によれば、インドが現在の雇用問題を解決するためには年間8%超の経済成長率が不可欠だが、アダニ・ショックで今年の成長率は6%台を維持できるかどうかあやしくなっている。

インド政府は2023年度の予算案で雇用創出効果が高いインフラ整備費を大幅に増加している(前年比33%増の10兆ルピー(約15兆5000億円))が、二人三脚でインフラ整備を進めてきたアダニとの関係が不調になれば、この野心的な雇用創出計画は「絵に描いた餅」になりかねない。

「若年層が雇用への不満を募らせれば募らせるほど政情が不安定化する」ことは過去の歴史が教えるところだ。インドの都市部では若年層の失業増加で治安が極端に悪化しつつある。

モディ首相の支持率は今のところ高いが、雇用環境の悪化が深刻になれば、インドの政情が不安定化する可能性は排除できない。

日本にとっても大きな存在になりつつあるインドだが、アダニ・ショックはブームに安易に流されることなく、等身大のインドに向き合うことの重要性を教えてくれているのではないだろうか。【2月13日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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****アダニ破綻なら共倒れも、インド首相の経済構想-インフラに深く関与****
アジアの富豪ゴータム・アダニ氏率いる新興財閥アダニ・グループが、不正会計疑惑に端を発する混乱で深刻な打撃を受ければ、インドのモディ政権の経済計画に支障を来すことになりかねない。

アダニ・グループはアジア第3の経済大国の同国において、鉱業や港湾、空港を含むインフラプロジェクトの最大の担い手だ。

米投資会社ヒンデンブルグ・リサーチが不正会計疑惑をリポートで指摘した1月24日以降、アダニ・グループの時価総額は大きく目減りした。同グループは疑惑を再三否定し、投資家の不安沈静化に向け、アダニ氏らは一部借り入れの繰り上げ返済に動いた。
アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のサダナンド・ デュメ上級研究員は「アダニが破綻すれば、彼との協力を前提とする首相の経済構想のかなりの部分がいわば共倒れになるだろう。この人物はインフラだけでなくグリーンエネルギーにも投資している」と指摘した。

デュメ氏は「今のインドでゴータム・アダニ氏ほど首相と結び付きの深いビジネスマンが存在するとは思えない。緊密な関係は20年余り前にさかのぼる」と話した。【2月10日 Bloomberg】
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当然ながら、与党側はアダニグループとの不適正な関係は強く否定しています。

****印アダニ問題、内相が縁故資本主義疑惑を否定****
インドのシャー内相は14日、不正疑惑に揺れる財閥アダニ・グループを優遇しているとの野党の訴えについて、与党はこの問題で「何ら隠すことも恐れることもない」と述べた。

モディ首相に次ぐ政界の実力者と見なされているシャー氏はANI通信に対し、「最高裁判所はこの問題を認識している。最高裁がこの問題を把握したのであれば、大臣として私がコメントするのは適切ではない」と述べた。縁故資本主義疑惑を否定し、野党が証拠を持っているなら裁判所に訴えるべきだとした。【2月14日 ロイター】
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インドのような国では経済活動と政治が密接に「癒着」しているのが普通のことですので、(モディ首相を批判している側も含めて)「何もない」ということはないとは思いますが・・・・明確な証拠でも出ない限りはウヤムヤでしょう。

“インド史に残る「黒歴史」”にしても、“アダニショック”にしても、結局ウヤムヤで終わってしまうことが、インド民主主義の限界ともいうべきところかも。
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中国  チベット・ウイグルでの執拗・大規模な同化政策・監視社会構築

2023-02-14 22:28:02 | 中国

(新疆ウイグル自治区当局は、漢族とウイグル人の結婚に際し、現金報酬、住宅、子どもの教育補助、仕事、医療保障などの提供を約束する。一方、結婚を断ればウイグル人一家が危険にさらされる可能性があるため、結婚は半ば強制的に進められることが多いようだ。(中略)

海外に逃れた複数のウイグル人女性は、ウイグル人の家族は、結婚に関心を示す漢人男性を拒否できる立場にはないと証言している。拒否すれば本人や家族が罰を受け、収容所に入れられたりすると想定されるためだ。【2022年12月1日 日本ウイグル協会】)

【チベット 親子の絆を断つ同化政策】
中国のチベットやウイグルにおける同化政策は日本人が想像する以上に強固・大規模で執拗です。親子の絆を断ち切るほどに。

****親や祖父母とチベット語で会話できない──漢民族の教育を受けさせる「洗脳」****
<中国で寄宿学校に学ぶ子供は2割程度。しかしチベットでは地元の学校が次々に閉鎖され、ほとんどの子供が親元を離れて寄宿学校に入らざるを得ない>

中国政府がチベット人の子供たち約100万人を寄宿学校に送り込み、漢文化に「強制的に同化」させようとしてきた──。

国連人権理事会に任命された特別報告者が2月6日、そう警鐘を鳴らす報告書を発表した。
寄宿学校で学ぶ子供の割合は、中国のほかの地域では2割程度。しかしチベットでは地元の学校が次々に閉鎖され、大半の子供が親元を離れて寄宿学校に入らざるを得ない。

教育内容は多数派である漢民族の文化が中心で、チベット独自の言語や歴史を学ぶ機会はほとんどない。
その結果、子供たちは「両親や祖父母とチベット語で会話をする能力を失いつつあり、それが同化とアイデンティティー喪失につながっている」と、特別報告者は指摘する。

国連は昨年8月にも、中国が新疆ウイグル自治区でウイグル人などを「職業訓練施設」に強制収容していると指摘し、現代の奴隷制だと非難した。だが中国当局は、この時も事実無根と反論していた。【2月14日 Newsweek】
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【今後の焦点はダライラマ14世の後継者問題】
チベット文化の中核たるチベット仏教についても「宗教の中国化」を進めています。

****「宗教の中国化を堅持」チベット視察の中国高官、少数民族の同化政策継続も強調****
新華社通信によると、中国共産党序列4位の汪洋ワンヤン人民政治協商会議主席が23〜25日、甘粛省甘南チベット族自治州を視察し、党への忠誠を信仰に優先させる「宗教の中国化」を堅持する方針を強調した。

 汪氏は自身が主宰した座談会で、「宗教の中国化を堅持し、チベット仏教を社会主義社会にさらに適応させる」と述べた。汪氏は「中華民族共同体の宣伝・教育を深化させ、標準中国語の普及を推進する」とも語り、少数民族の同化政策を引き続き進める考えも強調した。【2022年5月28日 読売】
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中国政府の執拗な同化政策に対して、独自のチベット文化を守ろうとしているチベットの人々ですが、おそらく今後の最大の焦点は、高齢のダライラマ14世の後継者への介入でしょう。

****ダライ・ラマ後継に介入する中国 チベット支配強化狙う****
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が87歳になった。なお精力的に活動しているが、高齢を気遣う声も強まっている。信者から一身に敬愛を集めるチベット社会の精神的支柱にもし万一のことがあれば、その衝撃は計り知れない。とりわけ懸念されているのは、中国政府が自分たちの意のままになる人物を一方的にダライ・ラマの後継者に選び、チベット支配の強化に利用しかねない問題だ。(時事通信解説委員 杉山文彦)

(中略)
失踪したパンチェン・ラマ
しかし、たとえ後継者を亡命政府が認定しても、中国側がそのまま受け入れる見込みはほとんどない。ダライ・ラマ14世のことを共産党政権は独立を目指す「分裂主義者」と見なし、敵視しているからだ。
実際、中国がチベット仏教界の後継問題に介入した前例がすでにある。

1995年5月、ダライ・ラマは当時6歳のゲンドゥン・チューキ・ニマというチベットに住む少年を、阿弥陀如来の化身とされるパンチェン・ラマの11世に認定した。ところがそのわずか3日後、この少年は両親とともに拉致された。そして中国政府は同年11月、別のギャルツェン・ノルブという6歳の少年を一方的に「パンチェン・ラマ11世」にまつり上げた。

それから四半世紀が過ぎても、ダライ・ラマが認定したパンチェン・ラマ11世は失踪したまま。米国務省は今年4月25日、声明を出し、中国に対して「きょうはパンチェン・ラマ11世であるゲンドゥン・チューキ・ニマの33回目の誕生日だ。その居場所と生活状況を直ちに説明し、彼に完全な人権と基本的自由の行使を認めるよう求める」と迫った。

「国際社会は抗議の声を」
ダライ・ラマの後継者も、中国が選定に介入すれば、操り人形にされる恐れがある。
ダライ・ラマ14世は2011年、首相職を亡命政府に設け、政治指導者の立場からは退いた。とはいえ、その存在はチベット人社会で圧倒的であり、一方、中国にとってはなお大きな壁と映っている。

共産党政権はチベットで中国への同化政策を推進し、政教一致社会の転換を図ってきた。多くの仏教寺院を破壊し、中国語教育を強制した。中国人の移住者も増やし、チベット人600万人に対して中国人が750万人と、人口も逆転した。

だが(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所の)アリヤ氏は「中国はチベットを侵略してからもう70年になるけれど、いまだに完全に支配できていない。私たちは土地を奪われたものの、チベットの文化、宗教のアイデンティティーはとても強く、ナショナリズムを守ることができたのです」と話す。

その中核にいるのがダライ・ラマ14世だ。だからこそ中国は後継者選定を主導しようと動いている。アリヤ氏は危機感を募らせ、「中国が自分勝手なことばかりするのに対して、国際社会も沈黙せず、抗議の声を上げてほしい」と訴えている。【2022年9月11日】
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この問題で、中国政府のコントロール下での転生による後継者人選を警戒するダライラマ14世は、後継者は必ずしも転生による必要はないという考え方(チベット側が選んだ人間が後継者になればいいという考え)もあるとしていますが、中国政府は(自らのコントロール下での)転生による人選を主張するという、チベット仏教側の宗教的伝統に反してでも・・・という姿勢に対し、宗教に批判的な共産党政府が宗教的伝統に従って・・・と奇妙な逆転現象が生じています。

【DNA強制採取によるデータベース構築も】
一方、科学技術を駆使した統制管理も進んでいます。

****チベットで住民のDNA強制採取 国際人権団体が中国非難****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は5日、中国当局がチベット自治区で、幼稚園の子どもを含めた住民から強制的にDNA採取を進めていると非難する声明を発表した。

声明によると、犯罪抑止などを名目に自治区全域で採取を推進、住民は拒否することができない。自治区への一時的な滞在者も対象となり、当局は地域レベルのDNAデータベース構築に取り組んでいるという。

HRWは「当局は監視能力向上のため住民の同意なしに(DNAを得るための)血液を採取している」と批判。「DNA採取を地域全体に強制するのは深刻な人権侵害」と非難した。【2022年9月5日 共同】
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【ウイグルでも進む近未来ディストピア的監視社会 信用度が低いと収容所】
こうした科学技術やAIを使った監視体制はウイグルでも。

****168人への取材で判明。もはや「AI監獄」と化した新疆ウイグル自治区の実態****
日本の大手メディアがほとんど踏み込むことのない新疆ウイグル自治区の問題。アメリカ人ジャーナリストのジェフリー・ケイン氏が168人ものウイグル人に取材し暴いた現在の彼の地の状況は、驚くべきものでした。

今回の無料メルマガ『1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』』では、中国共産党がこの数年で進めてきた最先端AIを駆使した統制方法を紹介。取得したデータを利用し、強制収容所内で起こっているかもしれない恐ろしい疑惑についても言及しています。

『AI監獄ウイグル』 ジェフリー・ケイン 著 濱野大道 訳/新潮社

第二次大戦中、ドイツのナチス政権は、占領地のユダヤ人に黄色いダビデの星のマークを着用することを義務づけていました。ユダヤ人は最終的には強制収容所で虐殺されることになりました。

この本ではアメリカ人ジャーナリストである著者が、168人のウイグル人に取材した結果、今、ウイグルではスカイネット(天網)と言われる個人認識・評価システムでウイグル人の信用度を評価していることがわかります。ウイグル人は中国共産党から、デジタル上でマークを付けられているのです。

2013年頃には、ウイグル族か、失業中か、海外に住む家族がいるかといった情報をもとに、ウイグル人の信用度が評価され、「信用できない」と判定された場合、ガソリンを購入できない程度でした。

ところが最近では、監視カメラ、裁判記録、内通者の密告データがAIによって処理され、「予測的取締りプログラム」に基づき「信用できない」と判定されると、強制収容所に送られるようになったというのです。

大学院生の証言では、2016年に警察署に呼び出され、DNA採取、採血されただけでなく、彼女の声でスカイネット(天網)は彼女を認識し、「社会ランキング:信用できない」という表示が出て、勾留センターで暴行を受けたという。

新疆ウイグル自治区では、2016年から学校、警察署、スポーツセンターが勾留施設へと改修され、全住民の最大10%が身柄を拘束されているという。

さらにウイグルでは近所の10件の家を監視するよう任命された地域自警団の役員が、「不規則なこと」がないかチェックすることまでしているのです。

2017年には、100万人の共産党幹部をウイグル人の家庭に配置する「家族になる運動」(結対認親)がスタートし、ウイグル人の家庭に漢人が寝食をともにしながら住民を監視しはじめたという。もちろん、拒否すれば、その家族は強制収容所送りになるのです。

中国共産党はウイグル人テロリストを、徹底的に監視・選別し、少しでも疑いがあれば身柄を押さえる方針であることがわかります。

中国共産党は、脅威のホットリストのなかで民主化運動家、台湾支持者、チベット族、気功集団・法輪功、イスラム教徒のウイグル人テロリストを“5つの毒”として列挙しいます。そのウイグル人を中国共産党は、犯罪者と同じように指紋、DNA、音声を採取し、少しでも疑いがあれば、強制収容所で拘束しているのです。(後略)【2月8日 MAG2NEWS】
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“「予測的取締りプログラム」に基づき「信用できない」と判定されると、強制収容所に送られるようになった”ということに関しては、以下のような記事も。

****信用度が「低い」とされた人を強制収容…新疆ウイグル自治区統治「職業訓練」の過酷な実態****
中国の新疆ウイグル自治区における統治は、いわゆる強制収容や強制労働、強制不妊といった問題で世界の注目を集めている。欧米各国では、中国が新疆において「ジェノサイド」を犯したとする声明、決議が次々に出されている。

日本の国会では、「ジェノサイド」決議こそ出ていないが、外交行動を見ると、日本は国連人権理事会において常に中国の新疆政策を批判する声明に名を連ねている。(中略)

中国共産党は1949年に中華人民共和国を建国すると、新疆にも人民解放軍を進駐させ、統治を開始した。1955年にそれまでの新疆省を改め、新疆ウイグル自治区を設置した。自治区としたのは、自らの統治が現地民族の自治であることを宣伝し、現地民族を味方につけようとしたからに他ならない。しかし実際には、漢人率いる中国共産党組織が重要事項を決定する仕組みとなっていた。

テロとみなされた「抵抗運動」
これに対し、当然ながら現地の人々は不満であった。しかし間もなく反右派闘争、文化大革命といった政治運動が波及してくると、体制を批判した人は徹底的に弾圧された。文化大革命後、名ばかりの自治をやめて民主化をしてほしい、新疆で核実験をやらないでほしい、産児制限をやめてほしいといった声が上がるようになったが、再び弾圧が徹底され、こうした声は封殺される。

共産党との対話は不可能であると悟った一部の人々は地下に潜り、自殺的な抵抗運動に身を投じた。1990年代には、爆破事件、暗殺事件が多発し、共産党はこれらを十把一絡げに「テロ」とみなすようになった。

2009年にはウルムチでウイグル人労働者の待遇改善を求めるデモがきっかけとなり、大規模な騒乱に発展したが、これに対する弾圧も苛烈を極めた。

2012年に発足した習近平政権は、「テロ」への対応策として、後手の対応ではない、先制攻撃を指示するようになる。「反テロ人民戦争」をスローガンに、「テロ組織」の撲滅を進め、冤罪、巻き添えも含む多くの「戦果」を挙げた。

2015年には、反テロリズム法が制定された。そして2016年、新たに新疆ウイグル自治区党委員会書記に陳全国という人物が就任した。

漢人を「親戚」として割り当て
陳全国がもたらした政策で悪名高いのが、親戚制度である。親戚制度とは、漢人を主とする公務員を「親戚」と称させて、現地の民族の各家庭に割り当てる仕組みを指す。2018年9月までに新疆全土で約110万人以上の政府職員が約169万戸の「親戚」となったという。

「親戚」をつうじて、民族団結の理念を現地住民に広めること、貧困家庭の就業を支援することなどを目的としていたといわれる。しかし現場では、「親戚」の傍若無人ぶりが、民族間の憎悪を生む悪循環を生んだ。「親戚」に同衾(どうきん)を迫られて自殺者が出たとか、孫娘を守るために老人が「親戚」を殺したといった話も、枚挙にいとまがない。

「職業技能教育訓練センター」の恐ろしい実態
「親戚」たちが集めた各家庭の情報は、顔認証システムやスパイウェア・アプリなどの情報とともにシステムに集積され、人々の信用度の判定に用いられたとみられる。その結果生じたのが、信用度が低いとされた人を「職業訓練」を名目に施設に強制収容する、前代未聞の政策であった。

流出した文書によれば、産児制限を超えた出産が特に多い理由であったとされる。違法にたくさんの子供を出産させていたことが、共産党の政策よりイスラームの伝統的な価値観を優先させていることの現れとみなされたのであろう。収容者数は100万人以上ともいわれるが、全貌は今も不明である。

収容施設は「職業技能教育訓練センター」と呼ばれ、職業訓練を名目にしているが、目的はそれだけでない。施設に招待されたBBCの記者の報道によれば、中国語(漢語)の教育および中華民族共同体意識の鋳造(確立)といった再教育が行われている様子が確認できる。

元収容者の証言からは、成績を下げ続けた人は弾き落とされ、その後どうなるかわからない、という恐ろしい実態も指摘されている。職業訓練の名のもとに、まっとうな中国人に生まれ変わらせる、人間の改造、同化が行われていると考えられる。

強制労働、強制不妊…疑惑の数々
このほかにも、労働者が強制的に労働させられているという強制労働の疑惑、女性が産児制限を強制されているという強制不妊の疑惑がある。

中国政府に言わせれば、前者は「反テロ」と「脱貧困」の観点から、失業率を減らし、住民の平均収入を上げるために、就業促進の一環として動員が強化されたことによる。

後者は、貧困家庭の多産が将来の「テロリスト」を生み出しているという一方的な偏見に基づいて、不妊手術を奨励したことによる。

いずれにせよ、動員であれ手術であれ、それを拒否すれば、政府の政策に協力的でないとして、「テロリスト」の烙印を押されかねない。住民から見れば有無を言わさぬ強制に他ならなかった。

中国政府は、これらの政策を肯定的に捉えている。しかしそうした中国の論理は、ここに来て国際社会の批判をこれまで以上に強く受けている。

中国は国際社会の圧力に屈して政策を変えたと受け止められることはしないだろうが、2021年に陳全国から馬興瑞に書記が変わって以降、徐々に監視を弱め、政策をソフトな方向に調整しつつある。

とはいえ、新書記馬興瑞も繰り返し言っているように、「反テロ」そのものをやめることはないだろう。「テロ」を根絶したことは、第2期習近平政権の数少ない成果のひとつである。第20回党大会以降も、「反テロ」を完全にやめることはできないだろう。

そうであるとすれば、収容されたまま未だに消息がわからない人々が、生きて公の場に戻ってくる日は、まだ先のことになるかもしれない。【2022年12月30日 文春オンライン】
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【カナダ議会 政府にウイグル難民1万人受入れを要請】
こうした状況で、カナダ議会が大規模なウイグル難民受入れを政府に要請しています。

****ウイグル族1万人受け入れを=カナダ下院、政府に要請****
カナダ下院は1日、中国当局による新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族に対する人権侵害が続いているとして、第三国に逃れたウイグル族ら1万人をカナダで受け入れるよう政府に求める動議を全会一致で可決した。カナダメディアなどが報じた。

動議は政府に対し、受け入れ計画を5月までに策定するよう要請した。法的拘束力はないが、フレーザー移民・難民・市民権相は声明で「カナダは常に保護を必要とする人々を助けるために自らの役割を果たす」と前向きな姿勢を示した。

カナダ下院は2021年、ウイグル族が「ジェノサイド(集団虐殺)の対象となっている」と認定する動議を可決している。カナダ政府は、22年の北京冬季五輪・パラリンピックも人権侵害を理由に外交ボイコットの措置を取った。【2月2日 時事】 
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海外の人権侵害から目をそむけ難民への鎖国を続ける日本とは随分違います。

もっとも、ウイグルの人々は海外に逃れても安心はできません。
“ウイグルの絶望、海外に避難しても…「中国からの要請だ」逃げ込んだ国まで連れ戻しに協力”【2022年12月14日 47リポーターズ】
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フィリピン  米中の間でバランス外交 経済は依然中国重視 南シナ海問題ではアメリカと関係強化

2023-02-13 23:05:17 | 東南アジア

(【1月5日 人民網日本語版】1月4日 訪中したマルコス大統領夫妻と習近平夫妻)

【マルコス大統領訪日 日米比の連携合意を検討】
昨日までフィリピンのマルコス大統領が来日していました。
下記は、その来日前の記事

****フィリピンのマルコス大統領、初来日へ出発…「貿易や投資の拡大を確信」****
フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は8日午後、大統領専用機で日本へ出発した。昨年6月の就任以来、初めての訪日となる。9日に岸田首相と会談する。

マルコス氏は出発前にマニラ近郊のビリアモール空軍基地で演説し、「近しい隣人で、最も信頼できるパートナーでもある日本との絆を強化することを目指す。貿易や投資の拡大も促進できると確信している」と述べた。


岸田首相との会談では、安全保障や経済分野での協力について話し合うとみられる。【2月8日 読売】
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初の訪日は終了しましたが、“岸田首相との会談”の内容や訪日の“成果”については不思議なぐらい報じられていません。(もちろん、探せばいろいろあるのでしょうが、一般紙ではほとんど目にしていません。)

それだけ日本とフィリピンの間では、関係も良好で、注目されるような懸案事項がないということでしょうか。
(日本メディアが大注目の渡辺優樹容疑者ら4人の強制送還問題も大統領訪日までに目途をつけましたので)

あるいは話題になるほどのものを提示する余力が今の日本にはないということでしょうか。

唯一目にしたのは、(おそらく、貿易や投資など、マルコス大統領が関心があるであろう)経済ではなく安全保障の問題。

****日米比の連携合意提案 マルコス大統領「必ず検討」***
日本を訪問中のフィリピンのマルコス大統領は、世界の「危険な情勢」に対処するため、フィリピンと日本、米国の3カ国で合意を結ぶよう提案されたと10日の共同通信の単独会見で明らかにした。提案は連携や同盟を強化する取り組みの一環だとし「フィリピンに戻ったら必ず検討する」と述べた。

マルコス氏は、南シナ海やインド太平洋地域だけでなくロシアのウクライナ侵攻も含め、国際的な安全保障環境が不穏になってきていることが提案の背景にあると指摘した。

日米は軍事力を増強する中国に対抗するため、南シナ海問題で中国と対立するフィリピンを引き寄せようと働きかけを強めている。【2月11日 共同】
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【米中の間でバランス外交 1月には訪中 3兆円のフィリピン投資 南シナ海を巡る資源交渉は難航も】
一言で言えば、日米と中国は“フィリピンを引き寄せようと働きかけを強めている”状況で、フィリピンは両者の間でバランスをとりながら最大限の利益を引き出そうとする構図で、フィリピンに限らず、東南アジア・ASEAN諸国に共通した対応です。

“バランスをとりながら”と言いつつも、安全保障面ではドゥテルテ前政権に比べアメリカとの関係改善が、経済面では依然として中国重視が目立ちます。

マルコス大統領は年明け早々に中国を訪問してします。

****中国、3兆円フィリピン投資約束 南シナ海資源交渉は議論の余地****
フィリピンのマルコス大統領は5日、北京で同行記者団と会見し、中国側から開始済み事業も含め約220億ドル(約3兆円)の投資の約束を取り付けたと述べた。

習近平国家主席との4日の会談で、南シナ海での石油・天然ガスの共同探査・開発に向けた交渉再開で合意したが、実現は難航が予想される。マルコス氏は議論の余地が残っていると訴えた。

習氏は、米国との同盟強化にかじを切ったマルコス氏を引き寄せようと、農業やインフラ整備などの分野で経済協力の意向を示した。

両国政府が5日に発表した共同声明は、南シナ海を巡る資源交渉の早期再開をうたった。【1月5日 共同】
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“中国、3兆円フィリピン投資約束”・・・・“岸田文雄首相は、8日に来日するフィリピンのマルコス大統領との会談で、年間2千億円を超える支援を表明する方向で調整に入った”【2月2日 共同】と比べると、やはり“桁違い”の差があります。

【中国 ASEAN諸国との「対立の解消」への努力で外交に力点】
関係が強化される経済面に比べ、安全保障問題、特に南シナ海をめぐっては中国とフィリピン(あるいはASEAN諸国)との間に対立・意見の相違があるというのが一般的な見方ですが、中国の視点に立てば、経済でASEAN諸国を絡めとって、南シナ海問題はことさらに先鋭化させず友好関係をアピールする、狙いどおりの方向と言えるのかも。

フィリピンなどASEAN諸国も、安全保障問題を前面に押し出すアメリカより、経済重視で内政不干渉の中国の方が“付き合いやすい”という面も。

****比マルコス大統領の訪中で見えた、ASEANが米より中国と親和性が高い理由****
(中略)『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、訪中したフィリピンのマルコス大統領との会談で見せた中国の「修正力」に注目。相互内政不干渉を重視し、経済協力を軸に友好関係を深める姿勢は、ASEAN諸国との親和性が高いと解説しています。

フィリピンのマルコス大統領の訪中から見える中国とASEANの深い関係
中国外交を「戦狼外交」と呼ぶことは、習近平の対外政策を誤解させている。その陰に隠れた中国の強かさをかえって見えなくさせてしまうからだ。

(中略)むしろ日本が警戒しなければならないのは、中国の修正力である。

20大で党中央政治局委員に昇格した王毅外相(国務委員)が発表した「2023年の中国の特色ある大国外交の6大任務」(=以下、6大任務)(中略)のなかで王毅は、「中米関係の修正と正しい進路への回帰を目指し、中国EU関係の安定した持続的な発展を推進し、周辺諸国との友好・相互信頼と利益の融合を深め、発展途上国の団結と協力を強化する」ことを打ち出している。

また「中露の包括的・戦略的協力パートナーシップを揺るぎないものに」することにも言及しているので、要するに全方位だ。

習指導部がこうした選択をする背景には、ASEANの存在が大きい。2022年を「内政の一年」と位置付けてきた中国は、20大後、一気に外交に力点を移した。

そして、この2カ月余の動きから見えてくるのは、「対立の解消」への努力だった。その成果の一つが、フィリピンのフェルディナンド・マルコスの中国への公式訪問(1月4日)だ。

絵解きを急げば、中国はこのポジションをとることで国際社会での中国の存在感を大きくし、求心力を高められると学んだのだ。それは繰り返しになるがASEANとの関係から導き出されたと考えられるのだ。事実、1月4日の習近平国家主席とマルコス大統領の会談の中身は、中国側から見てほぼ満点だった。

マルコスは「これは私が大統領に就任してから東南アジア以外の国を訪れる初めての公式訪問だ」と訪中の重要性に触れた後、「中国はフィリピンにとって最も強力な協力パートナー。比中の友好の継続と発展を妨げて得るものは何ない」と友好関係をアピールした。

両国が接触する度に「懸案」と報じられる南シナ海問題でも、マルコスは「われわれは友好的な協議と交渉を継続することによって問題を処理したい」とした上で「石油や天然ガスの開発に向けた交渉を再開したい」と中国に呼びかけ、少なくとも深刻な対立を抱えていることを感じさせなかった。

会談の最後には共同声明が発せられ、一帯一路をはじめとした数々の協力文書に両国が署名したのである。

実は、中国がASEANを意識して対立の解消と全方位の立ち位置を模索していると書いたのは、その中国の姿勢がASEANとの関係を強化する上で最も受け入れられやすいという事情があるためだ。

ASEANは周知のように、軍事同盟だった組織を加盟国が中心となり1967年から経済を中心とした組織へ移行してきた経緯がある。その性格はいまも引き継がれ、対立よりも経済発展を優先する傾向が強い。

この性質は昨今のアメリカと実は相性が悪い。米中対立を積極的に域内に持ち込もうとする行為を警戒するからだ。この点では中国のような経済協力以外の要素をできるだけ持ち込もうとしない国の方がストレスは少ないといえるだろう。またASEANは相互内政不干渉も重視しているため、この点でも中国との親和性が高いのである。

アメリカはバラク・オバマ大統領の2期目から明らかなアジアシフトを掲げ、中東地域に向けていた力をアジアへと振り向けた。この流れはジョー・バイデン政権の下でさらに強化されている。その象徴がアメリカ・ASEANサミット(2022年5月12日)であり、IPEF(インド太平洋経済枠組み)の立ち上げへとつながっている。だが、いずれの動きもASEAN側の反応は芳しくない。

IPEFがASEANの国々から敬遠されていることは、このメルマガで何度も書いてきたが、アメリカ・ASEANサミットも決して成功とはいえなかった。というのもその目的が中国排除であることが露骨であったからだ。

また経済発展を重視するASEANの国々に対して、そのメリットをきちんと示せなかったことも──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年1月15日号より一部抜粋)【1月19日 富坂聰氏 MAG2NEWS】
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【アメリカ 安全保障重視でフィリピンとの関係強化を図る】
アメリカは、経済重視の中国に対し、安全保障重視の姿勢です。(経済担当は日本の役割ということでしょうか。それにしては前述のように日中では体力差がありますが)

****米軍使用可能基地が4カ所増 米・フィリピン合意 中国をけん制****
米国、フィリピン両政府は2日、両国間の「防衛協力強化協定」(EDCA)に基づき、米軍が使用できるフィリピン国内の基地を4カ所増やすことで合意した。台湾有事への懸念や、南シナ海での中国の挑発的な行動を受け、米国は存在感を高めて中国をけん制する構えだ。

2014年に締結されたEDCAでは、すでに南シナ海に面するフィリピン西部・パラワン島の空軍基地など5カ所が米軍が使用可能な施設に指定されている。今回の合意は、オースティン米国防長官のフィリピン訪問に合わせて公表されたが、4カ所の具体名は明らかになっていない。今後、さらに基地1カ所が指定される予定。

両国政府は声明で「米比同盟は試練を越え、強固になっている。新たに追加された施設が、我々の協力関係を拡充する機会を生み出すことに期待する」とした。

フィリピンでは1992年に米軍が撤退。EDCA締結後は、米軍に使用を認める基地の選定が進められてきた。しかし、ドゥテルテ前政権はEDCAの破棄をにおわせたり、EDCAの根拠となる国内で米軍の活動を可能にする「訪問軍地位協定」の破棄を一方的に通告(後に撤回)したりするなど両国関係が不安定化することがあった。

一方で、フィリピンと中国が領有権を争う南シナ海では、中国が船を集結させるなど挑発的な行動が目立ち、フィリピン側の懸念が高まっている。【2月2日 毎日】
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【ちぐはぐな印象の中国 南シナ海で依然として挑発的対応も】
【前出 MAG2NEWS】では、中国は“「対立の解消」への努力”をしており、マルコス訪中でその成果がしめされているとのことですが、それにしては南シナ海での中国側の高圧的・挑発的対応が続いています。

右手(軍など強硬派)のやることを左手(外務省など国際関係を重視する部門)が知らされていないということでしょうか。(中国の場合は、往々にしてそういうことがあります。ひょっとしたら、例の気球も・・・)

****フィリピン、中国に自制呼びかけ 海警局船の妨害行為受け****
フィリピン国防省は13日、中国は強引な行為を慎み、「挑発行為」を冒さないようにすべきだと指摘した。フィリピン沿岸警備隊はこの日、南シナ海で中国海警局の船が妨害行為をしたと非難している。

国防省の報道官は記者団に「人命を危険にさらすような挑発行為を中国政府は慎むべき時だ」と述べた。ガルベス国防相は中国海警局の行為は「攻撃的で危険」と指摘したという。

フィリピン沿岸警備隊によると、今月6日に南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島のアユンギン礁にある海軍拠点への補給活動を行う船に対し、中国海警局の船が「軍事級のレーザー」を照射して妨害した。ブリッジにいた乗組員がレーザー照射を受け、一時的に前が見えなくなるなど危険な状況を招いたという。

「フィリピン政府船によるが軍兵士への食料・物資の補給を意図的に妨害したことは、西フィリピン海(南シナ海)におけるフィリピンの主権をあからさまに無視し、明確に侵害している」とした。

中国外務省は、フィリピン政府の非難に関する質問に、海警局は法にのっとって行動していると説明した。

中国は、1月にマルコス大統領が訪中した際、海洋問題に「誠実に」対応する用意があると述べていた。

マルコス大統領は先週、日本を訪問。「訪問軍地位協定(VFA)」を日本と締結する可能性について自国領海の安全保障確保やフィリピン人漁業者の保護強化につながるならば「結ばない理由はない」と12日に述べた。

フィリピンは、オースティン米国防長官が今月初めに訪問した際、VFAの下で米国軍が利用できる国内軍事施設を増やすことでも合意している。【2月13日 ロイター】
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アユンギン礁はフィリピンのEEZ内にあります。
“(中国の)艦船は緑色のレーザーを2度照射。巡視船の後方約140メートルに接近した”【2月13日 共同】

こういうことをやっても、フィリピンを日米との連携の方向に追いやるだけで、少しも中国の利益にならないと思いますが、中国の“核心的利益”を侵害されていると感じる中国海警にはそういう発想はないのでしょうか。
中国のよくわからないところです。
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ロシア  ウクライナ侵攻1年の「節目」を前に大規模攻勢か 「人海戦術」で甚大な犠牲者も

2023-02-12 22:21:43 | ロシア

(ウクライナでは10日、各地でロシア軍による激しい攻撃が行われました。【2月12日 NHK】)

【攻勢を強めるロシア】
ウクライナに侵攻したロシア軍は劣勢に追い込まれた形勢を挽回すべく、東部でも、またウクライナ全土に対しても激しい攻撃を仕掛けています。

長らく激戦が続く東部ドネツク州の要衝バフムトに対しても、ロシア軍が攻勢を強めており、ゼレンスキー大統領も厳しい状況にあることを認めています。

****激戦地バフムトは徹底抗戦の象徴、ゼレンスキー氏「可能な限り戦う」…米欧は撤退論****
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は3日、ロシア軍との最大の激戦地になっているウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムトについて、「我々は可能な限り戦う」と述べ、撤退しない姿勢を強調した。

バフムトは、ウクライナ侵略を続けるロシアへの徹底抗戦の象徴となっており、国民の士気低下を避けるためとみられる。(中略)

侵略前の人口が約7万人だったバフムトは幹線道路が交差し、ドネツク州全域の制圧を目指す露軍にとっては、他の主要都市を攻略する足がかりとなる。

米紙ニューヨーク・タイムズは2日、米国や西側当局者の話として、露軍側の死傷者がバフムトの攻防で増加し、20万人に迫っていると報じた。ウクライナ軍兵士の1日あたりの死傷者数も「数百人」に上ると推計されるという。

一方、ウクライナ軍にとってバフムトの戦略的な重要性は高くないとされ、米欧からはバフムトから一時的に撤退し、南部などでの大規模な反転攻勢を始めるべきだとの指摘も出ている。

米中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官は2日の講演で、「今後6か月(の戦闘)が決定的になる」との見方を示した。

ウクライナ国防省情報総局幹部は1日の英字紙キーウ・ポストとのインタビューで、プーチン露大統領が3月までにドネツク、ルハンスク両州を制圧するよう命じ、大規模攻撃を準備する兆候が見られると指摘した。(後略)【2月5日 読売】
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“英国防省は5日、ロシア軍が激戦地となっているドネツク州の戦略的要衝バフムトの包囲を徐々に強めているとする戦況分析を発表。ウクライナ軍はなお複数の補給路を確保しているものの、「バフムトは孤立を深めている」と指摘した。”【2月6日 毎日】

****ロシア軍、東部ドンバス地方で攻勢強める…エネルギー施設狙いミサイル攻撃も****
ロシア軍が、ウクライナ東部ドンバス地方(ドネツク、ルハンスク両州)で、攻勢を強めている。ウクライナのミハイロ・ポドリャク大統領府顧問は9日、議会の公式テレビで、露軍が「大規模攻撃を既に始めている」との見方を示した。

ルハンスク州知事は10日、同州クレミンナ方面の情勢に関し、「絶え間ない攻撃を受けている」とSNSで明らかにした。

露軍の攻勢について、米政策研究機関「戦争研究所」は8日、ルハンスク州で大規模攻撃を開始した可能性があると指摘した。

東部ドンバス地方の全域制圧を目指す露軍は、ルハンスク州の大部分を占領下に置く一方、ドネツク州は約4割をウクライナ軍が守っている。ウクライナ軍は昨年11月以降、本格的な領土奪還作戦に着手しておらず、露軍は戦闘の主導権の奪還を狙っているとみられる。(中略)

一方、露軍は9日夜から10日にかけて、エネルギー施設などを狙ったミサイルやイラン製自爆型無人機による攻撃も全土で展開した。

ウクライナ空軍は10日、巡航ミサイル5発とイラン製自爆型無人機5機を迎撃した一方で、東部ハルキウ州と南部ザポリージャ州に発射された地対空ミサイル「S300」35発は撃墜できなかったと発表した。両州ではエネルギー施設などに被害が出ており、ハルキウ州では7人が負傷した。【2月10日 読売】
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【侵略1年となる「節目」にロシア軍大規模攻勢の予想も】
侵略1年となる2月24日に向け、戦果を求めるロシア軍は年明け以降、兵士の犠牲をいとわない人海戦術で制圧地域を広げているとも言われています。

****ウクライナ 軍事侵攻1年前に さらなる大規模攻撃への警戒続く****
ロシア軍が10日にウクライナ各地で行ったミサイルなどによる激しい攻撃について、ロシア国防省は11日、軍事関連施設などを標的にしたものだと主張しました。

ウクライナ側は、民間のインフラ施設が標的になったと非難し、軍事侵攻の開始から1年になるのを前に、さらにロシア軍が大規模な攻撃を仕掛けてくると警戒を続けています。(中略)

軍事侵攻の開始から2月24日で1年になるのを前にウクライナ側はさらに、ロシア軍が大規模な攻撃を仕掛けてくると警戒を続けています。【2月12日 NHK】
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ロシア側には、単に1年という「節目」にあたり成果を求めるというだけでなく、ロシア軍も動員した兵士の準備が一定に整ってきたこと、3月以降に予定されている欧米からのウクライナへの戦車供与に先だって攻勢をかけたい思惑もあるようです。

****【解説】ロシア“大規模攻撃”の可能性 専門家「間違いない」――3つの理由は? 「弾薬不足」「ウクライナも攻撃」の見方も****
ウクライナ侵攻から、24日で1年。節目が近づくなか、ロシアによる大規模攻撃の可能性が取り沙汰され、緊張が高まっています。「間違いなくある」と見立てる専門家は理由を3つ挙げます。実際の規模についてはさまざまな見解があります。

■近づく節目…ロシアはどう出る?
(中略)小栗泉・日本テレビ解説委員
「ロシア政治に詳しい慶応義塾大学の廣瀬陽子教授は『どのくらいの規模かはともかく、間違いなく大規模攻撃はある』と話しています。主に理由は3つあるそうです」

「まず一般的に、侵攻から1年という節目の時というのは、政治家にとって1つのタイミングと感じるだろうこと。また、ロシアが去年9月半ばに動員をかけた30万人のうち、約半数が訓練を終えて戦場に投入されると言われていることです」

「さらに、ウクライナが欧米から供与された戦車が、早ければ3月末には戦場に届くので、ロシアとしてはそれよりも前に大規模攻撃をかけようとするだろう、とみられているからです」

■英紙「10日以内に着手の可能性」
日テレNEWS「実際、イギリスのフィナンシャルタイムズは6日、ウクライナの軍事顧問の話として『ロシア軍が10日以内に攻撃に着手する可能性を示す非常に確度の高い情報を得た』と報じています」
「(ウクライナの)ルハンシク州知事も『ロシアの大規模攻撃は15日以降、いつでも始められる状態だ』と発信するなど、緊張が高まっています」(

■「大規模」どれほど?…見方さまざま
(中略)小栗委員
「廣瀬教授は『こればかりは起きてみないと分からない』とした上で、『動員兵の訓練の度合いが高いなどして、ロシア軍が本気になったらやはり怖い』と懸念しています」

「ただイギリスの国防省は『現在のロシア軍に攻撃のための弾薬と機動部隊が不足している』と分析しています」

「一方、ウクライナ側の狙いの1つとして、国際安全保障に詳しい慶応義塾大学の鶴岡路人准教授は『ロシアによる大規模攻撃があるということで国際社会の目をロシアに向けておいて、その隙にウクライナ側も攻撃を用意しているのでは』と分析しています」(後略)(2月9日『news zero』より)【2月10日 日テレNEWS】
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【「人海戦術」で甚大な犠牲者も】
しかし、“大規模攻勢”とは言っても、すでにロシア側は“兵士の犠牲をいとわない人海戦術で制圧地域を広げている”と言う状況で、新兵や元受刑者など、その犠牲者も甚大です。更に攻勢を強めれば・・・

ウクライナ軍参謀本部は4日朝の戦況報告で、ウクライナ侵攻以来、ロシア軍は13万590人を失ったと推定されると発表しています。

ロシア軍は訓練が不十分な新兵や元受刑者を最前線に送っており、米当局者によると、1日に何百人も死傷者が出ているとも報じられています。

まさに「人海戦術」の様相を呈していますが、捨て駒のように投入される兵士はたまらない・・・という感じも。

【民間軍事会社「ワグネル」にも逆風か】
ひと頃、ロシアの正規軍に対抗するほどに注目を集めた民間軍事会社「ワグネル」の、受刑者を捨て駒のように使う「人海戦術」もその限界が見えてきたようにも。

****ロシア兵が仲間を「シャベルで処刑」の動画拡散...見せしめ、使い捨てのため処刑蔓延か****
<ウクライナ側のドローンが捉えた映像には、傷ついた司令官とみられる人物に激しい暴力を加えるロシア兵たちの姿が>

ロシア軍の兵士たちが、重傷を負った仲間に大きなシャベルを使って暴行を加えているとみられる様子を捉えた動画が公開された。これは2月上旬、ウクライナのセネカ特殊部隊がドローンを使って撮影したもので、ソーシャルメディア上で共有された。

この「集団暴行」が起きたのは、ウクライナ東部ドンバス地方にあるバフムトの郊外で、英ガーディアン紙は、暴行を受けていた負傷兵は「ワグネル」の司令官とみられると報じている。ロシアの傭兵組織であるワグネルは、2021年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻を開始して以降、ロシア軍を支援している。

動画には、ワグネルの傭兵4人が負傷した司令官の手足を持って前線から離れたところに移動させ、その後、倉庫の近くで足を止めて司令官を乱暴に地面に投げ出す様子が映っている。別の動画には、3人の男がシャベルを使って負傷兵にひどい暴行を加えている様子が映っている。いずれの動画にも、暴行の前後の状況は映っておらず、司令官とみられる男性がその後どうなったかは不明だ。

これと同じようなことが昨年にも起きていた。ワグネルの傭兵がハンマーで処刑される様子を捉えた動画が、インターネット上に出回ったのだ。ワグネルの創設者で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の盟友でもあるエフゲニー・プリゴジンは当時、この動画について言及し、処刑された人物はウクライナ側に寝返った「裏切り者」だと認めた。

予定の進軍ルートを外れれば「即刻処刑」
このときに処刑されたエフゲニー・ヌジンは10月11月、(ロシア軍に)拉致されていた。動画には、彼がレンガの壁に体を固定され、ハンマーで殺害される様子が映っていた。ロイターが検証したこの動画についてプリゴジンは、「犬には犬死にがふさわしい」と述べた。

ある報告によれば、ワグネルの傭兵は割り当てられた攻撃ルートを外れれば「即刻処刑」されるおそれがある。英国防省が昨年12月19日にウクライナ情勢について投稿したツイートによれば、(ロシア側の)戦闘員にはスマートフォンやタブレットが支給され、これらのデバイスには各自の「進撃ルートや攻撃目標が衛星画像に重ねて表示される」ようになっている。(中略)

英国防省はツイートの中で、さらに次のように述べた。「小隊以上のレベルでは、指揮官は身を隠して無線で指示を出し、小型無人航空機(UAV)からのビデオ映像で情報を得ている可能性が高い。各兵士や各部隊は事前に計画されたルートを進むよう命じられる。進軍にあたって火力支援を得られることは多いが、装甲車が伴うことはそれほど多くない」

ツイートはさらにこう続いた。「ワグネルの戦闘員は、許可なく攻撃ルートを外れた場合には即刻処刑されると脅されている可能性が高い。ワグネルが『使い捨て』と見なしている、より手軽に確保できる囚人の新兵を犠牲にして、貴重な資産である経験豊富な司令官や装甲車両を守るための残虐な戦術だ」

アメリカは1月にワグネルを対象とした追加制裁を発動し、ワグネルを国際犯罪組織に指定した。この発表の直前、ワグネルがロシア国外で新兵の勧誘を行っていることが報じられていた。【2月10日 Newsweek】
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こうした戦術の限界、さらにはロシア軍との抗争もあって、ワグネルの受刑者採用は停止に追い込まれているとの情報も。

****ワグネル、ロシア国防省と対立か 受刑者採用停止で英分析****
英国防省は11日、ウクライナ侵攻に部隊を派遣しているロシアの民間軍事会社「ワグネル」が受刑者の採用を停止した理由について「ロシア国防省との対立激化が大きな要因」との見方を示した。ワグネル創設者のプリゴジン氏は9日、受刑者の採用停止を発表したが、理由は示していなかった。

英国防省は、昨年12月以降、受刑者採用の割合低下はデータが示唆していたと指摘。ウクライナでのワグネルの厳しい現実を報じるニュースが受刑者に伝わり、志願者が減ったのだろうと分析した。【2月11日 共同】
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「ポスト・プーチン」の声も上がっていたワグネル創設者のプリゴジン氏ですが、敵も多い状況のようです。
そんな状況を反映した焦りでしょうか。奇異な言動も。とにかく注目を維持したい思いでしょうか。
“ワグネル創設者、自らバフムート空爆と主張 ウクライナ大統領に「決闘」挑む”【2月7日 AFP】

【プーチン大統領 戦争長期化で政治・経済のダメージが大きくなる前に「出口」を探したいところだが・・・・】
いずれにしても、ロシアが大規模攻勢をかけたとしても、成果を上回る犠牲を出す可能性もあります。

****ロシア軍の死傷者数が急増「侵攻直後以来の多さ」の分析も****
ロシア軍はウクライナへの軍事侵攻から1年となるのを前に戦闘を激化させています。
こうした中イギリス国防省は最近、ロシア軍の死傷者数が急増し、去年2月の侵攻直後以来の多さになっていると分析しています。

ウクライナ軍は、ロシアが軍事侵攻の開始から1年となるのを前に、大規模な攻撃を仕掛けてくると警戒を続け、ロシア軍は東部などで戦闘を激化させています。

一方、イギリス国防省は12日にウクライナ軍参謀本部のデータを引用する形でロシア軍の死傷者数を分析しました。
それによりますと直近の一日当たりの死傷者数は平均824人と、去年6月から7月のころと比べて4倍以上になっているとしています。

そして、ロシアは去年2月の侵攻後、最初の1週間以来、最も多くの死傷者がでている可能性があると分析しています。

その理由について、イギリス国防省は訓練を受けた兵士が不足していることや、現地での兵器など軍備品の補給不足など複合的な要因があると指摘しています。

さらにアメリカのシンクタンク「戦争研究所」は11日に、「ウクライナ軍の当局者などはロシア軍が大規模攻撃を行うのに必要な十分な戦力を保持していないと発言している」としたほか、ロシアの軍事評論家からも前線のロシア兵の士気が下がっているという見方を報告書の中で示しています。【2月12日 NHK】
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さらに言えば、これまで予想されたほどのマイナスは起きていないとされるロシア経済全体も、これ以上の戦争の長期化でジリ貧は避けがたいでしょう。戦争遂行能力も厳しくなります。

対ロシア制裁の効果に加え、ロシアが国家歳入の柱とする原油や天然ガス輸出の収益も米欧側が導入した露産原油の上限価格設定などにより今後減少が予想されます。

“露、1月の財政赤字3兆円超 昨年の14倍 通年想定の6割に到達”【2月7日 産経】
“ロシア経常収支、1月は黒字が58%縮小 輸出が急減”【2月10日 ロイター】

政治的には、プーチン大統領はまだ高い支持を維持しています。
“露 プーチン大統領への支持…8割超 12月から1ポイント上昇 世論調査”【2月2日 日テレNEWS】

求心力を維持しているうちに「出口」をみつけるのが正解。低下し始めてからでは有効な決定も難しく、手遅れになります。

****露外務次官「ウクライナと条件つけずに交渉する用意ある」****
ロシアの外務次官は現地時間11日、ロシアメディアのインタビューで、「ロシアには条件をつけずにウクライナと交渉する用意がある」と述べました。

そのうえで、「すべての軍事行動は、みな交渉によって終わる。ロシアにはその準備がある。ただし、交渉は現実的な状況を踏まえて行われる必要がある」と示しました。(提供/CRI)【2月12日 レコードチャイナ】
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上記発言自体は“いつものこと”で、特段の意味はないのかも知れませんが、プーチン大統領としては大規模攻勢で一定の成果を出して、交渉・停戦に持ち込むのがベストの選択でしょう。

ただ、3月以降の戦力補強を期待しているウクライナ・ゼレンスキー大統領がおいそれと引き下がることも想像し難く、ロシア・プーチン大統領は長期戦引きずり込まれることが強く予想されます。

そうした事態でロシアが国力を衰退させることは、アメリカが望むところかも。
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台湾有事はいつ、どのような形で? 与党トップは対中国強硬派 野党は訪中で関係強化

2023-02-11 23:10:28 | 東アジア

(【2021年4月18日 東京】)

【米CIA長官「習主席が2027年までに台湾侵攻の準備を指示」】
中国の台湾侵攻があるのか? あるとしたらいつなのか?・・・については多くの議論がなされ、「〇〇年までに・・・」といった話も出回っています。

下記もその一つですが、米CIA長官の発言ということで、全くの推測とかガセネタという訳でもないでしょう。

****「習主席が2027年までに台湾侵攻の準備を指示」との情報把握 米CIA長官****
中国による台湾侵攻の可能性をめぐり、CIA=アメリカ中央情報局のバーンズ長官は、習近平国家主席が軍に対して2027年までに侵攻の準備を整えるよう指示したとの情報を把握していると明らかにしました。

アメリカ CIA バーンズ長官 「習近平主席が、台湾侵攻を成功させるための準備を2027年までに整えるよう、人民解放軍に対して指示したことをインテリジェンスの情報として把握している」

ワシントンのジョージタウン大学で講演したCIAのバーンズ長官は「中国が2027年に侵攻を行うことを決定したという意味ではない」としながらも、「習近平の台湾への野望を過小評価するつもりはない」と強調しました。

2027年は習主席の3期目の任期が終わる年にあたり、アメリカのインド太平洋軍の前の司令官も先月、同様の見方を示しています。

また、バーンズ氏はウクライナ侵攻を続けるロシア軍が苦戦していることに中国が「動揺している可能性がある」と指摘するとともに、ウクライナ情勢をめぐっては「次の6か月が決定的に重要な時期となる」としています。【2月3日 TBS NEWS DIG】
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米CIA長官が言うのですから、それなりの情報に基づくものでしょう。
ただ、長官自身が「中国が2027年に侵攻を行うことを決定したという意味ではない」と発言しているように、どういう趣旨で習近平主席が2027年までに侵攻の準備を整えるように指示したのかは不明です。

不明と言うより、習近平主席自身も今の段階で侵攻時期について確定した考えがある訳でなく、「もし侵攻が適当と思われる状況になったら、すみやかに対応できるように準備しておくように」といったところでしょう。台湾侵攻は中国にとっても国家樹立以来の「悲願」であると同時に、政権の命運をかけた大勝負になりますので、軽々に決定はできません。

【台湾侵攻シュミレーションの意味するところは?】
もし、中国が台湾に軍事進攻したら、どういう結果になるのか? 圧倒的軍事力で短期に台湾を制圧するのか? あるいはアメリカが応戦して中国の侵攻は失敗に終わるのか? 台湾の防衛力はウクライナのように持ちこたえることができるのか? 中国はウクライナでのロシアの二の舞になるのか? 実際のところ、アメリカはどこまで関与するのか?・・・・等々の軍事シュミレーションについても様々な議論があります。

「やってみないとわからない」といった感もありますが、比較的最近では、米政策研究機関「戦略国際問題研究所」(CSIS)の机上演習が話題になりました。

****中国の台湾上陸作戦、米政策研究機関が机上演習…自衛隊の損失は航空機112機・艦艇26隻****
米政策研究機関「戦略国際問題研究所」(CSIS)は9日、中国軍が2026年に台湾への上陸作戦を実施した場合を想定した机上演習の結果をまとめた報告書を公表した。ほとんどのシナリオで中国軍は台湾の早期制圧に失敗するものの、米軍や自衛隊も大きな損失を被るとの結果になった。

机上演習は米軍の元高官や軍事専門家らが参加して計24回行った。米軍が参戦するタイミングや台湾軍の対応能力など様々な条件を変え、中国の軍事作戦開始から3〜4週間を想定した。

CSISが最も可能性が高いとしたシナリオで行った3回の机上演習では、中国軍は台湾の主要都市を占拠できないか、台湾南部・台南の港を一時制圧するにとどまった。いずれの場合でも中国軍は揚陸艦の9割を失う結果となった。

一方、米軍の損失も大きく、空母2隻とその他の主要艦7〜20隻、航空機168〜372機を失った。3回のうち2回で中国軍は在日米軍や自衛隊の基地を攻撃した。自衛隊の損失は3回の平均で航空機112機、艦艇26隻となった。

米軍の介入が遅れたり、自衛隊の関与が限定的だったりする「悲観的シナリオ」の19回の演習でも、中国軍が台北を制圧できた例はなかった。報告書は、在日米軍基地の使用や台湾軍による抵抗が前提条件になるとし、日本や台湾との安全保障関係の強化を提言した。【1月10日 読売】
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アメリカが「空母2隻を失う」ような中国との戦争に実際に参加するのか?
日本の自衛隊はどこまで関与するのか?
・・・等々、不確定要素がありますが、米軍参戦なら在日米軍基地の使用が前提になり、それに伴って中国の日本に対する攻撃もかなりの確度で現実のものになるでしょう。

****米研究機関の台湾有事シミュレーションが描いた「日本にとって最悪のシナリオ」****
青山学院大学客員教授でキヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司が1月23日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。CSISが公表した台湾有事のシミュレーションについて解説した。

アメリカの研究機関が台湾有事のシミュレーションを公表 〜日本の報道はピントがズレている
アメリカの有力シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)が1月9日、中国の台湾侵攻を想定した台湾有事のシミュレーション結果を公表した。想定した大半の条件下では、アメリカや日本の支援を受けた台湾が中国軍を撃退する一方で、「高い代償を伴う」と指摘した。

飯田)公表は9日ですから、2週間あまり前の話ですが、メディアやワイドショーなどでも取り上げられています。日本で報道されているのは「大きな代償を払うけれど、勝つ」というようなところですが。

峯村)勝つというところばかりがフォームアップされていますが、まったく違う。「ピントがズレている報道ばかりだな」というのが私の印象です。

シミュレーションの3つのポイント
峯村)今回、最大のポイントは大きく言うと3つあります。1つは、このゲームの前提条件がある「日本にある米軍基地を使える状況である」ということです。(中略)

2つ目としては、米軍が台湾救援のためにきちんと参戦すること。3つ目は、米軍の参戦まで台湾が自力で領土を防衛することです。

台湾有事がリアルに起きたとき、空母を2隻失う前提で「台湾を助けるために参戦しろ」と大統領が本当に言えるのか 〜シミュレーションでそう決断できる人はまずいないのが現状
(中略)
飯田)アメリカの空母2隻を失う可能性。
峯村)空母を1隻建造するだけでも、1兆円と少し掛かります。乗組員は平時でも約5000人、有事ではさらに多くなります。2隻やられるということは、2兆円余りがパーになる。さらには、2万人以上の兵士が命を失うということです。(中略)

峯村)台湾有事のポイントは、こうした前提条件があっても、アメリカの大統領が「行け」と、「台湾を助けるために参戦しろ」と言えるかどうか。これがすべてなのです。(中略)空母を派遣すると即決できる大統領にはお会いしたことがほぼありません。(中略)

日本が中国の脅しに屈し、日本の米軍基地を米軍が使えない。また、米大統領が決断できずに参戦しない 〜24のうちの負ける2パターン
峯村)では、対日本はどう見るのか。先ほど言った2つ目の前提条件である「日本の米軍基地が使用できるか」に着目するでしょう。中国から見れば、在日米軍基地を使用できないようにしたらいいのです。心理戦、法律戦など、さまざまな嫌がらせや圧力を掛ける。(中略)

1つの脅しとして、日本に対し、「もし米軍基地をアメリカに使わせたら、日本人を100人捕まえるぞ」と。(中略)

「核ミサイルを落とすぞ」と脅すこともありうる。そこで日本の総理大臣が「構わない。私の政治判断で米軍基地を自由に使ってくれ」と言えますか? ということです。そうした有事の際には「検討する」では済まされません。(中略)

峯村)実は24パターンあるシミュレーションのうち、「2パターン」がポイントなのです。22パターンで勝っているのですが。(中略)

「負ける」2パターンになる可能性が最も高い
峯村)負けている2パターンが問題です。負けている2パターンの1つが、日本が中国の脅しに屈してしまい、米軍が日本にある米軍基地を使えなかったパターンです。(中略)

もう1つが、先ほど申し上げましたが、「やはり空母を2隻失ったらまずいよね」ということで、米軍が参戦しなかったパターンです。(中略)

台湾が単独で中国軍と戦い、ボロ負けしたと。この2つなのですが、これは24分の2ではありません。私はいままでいろいろな研究をしたり、シミュレーションに参加したりした結果、この2パターンになる可能性が最も高いと思っています。(後略)【1月25日 ニッポン放送NEWS ONLINE】
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アメリカにとって中国との戦争に参戦するというのは難しい判断ですが、さりとて、台湾を見捨て中国勝利を座視するというのも、西側世界のリーダーとしての地位を捨てることにもなり容易ならざる決断です。おそらく、そうした事態にならないよう、外交的に最大限、中国を抑制するというところでしょうが。

【中国側にも軍事的に深刻な問題があるとの指摘も ただ、そこは台湾側も・・・】
台湾にとっては米軍の参戦が最大関心事でしょうし、日本の対応も重要・・・・とはいえ、先ずは自国の防衛力が大前提になります。

戦争というのは、実際にやってみると多くの「想定外」が出てくるものでしょう。ウクライナを簡単に制圧するつもりだったロシアが長期戦で苦しんでいるように。

****現地緊急レポート 台湾は中国を撃退できるのか?****
いま、台湾が危ない。  

中国の習近平国家主席は昨年秋の共産党大会で「決して武力行使の選択肢を排除しない」と強調し、台湾周辺海域での軍事演習を立て続けにおこなっている。昨年8月、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が訪台した時は、大量のミサイルを台湾に向けて発射し、そのうち5発は日本の排他的経済水域に落下した。 

はたして台湾はこのまま中国に呑み込まれてしまうのだろうか?  中国に詳しいルポライターの安田峰俊氏は、このたび台湾軍の軍事演習「春節加強戦備」のプレスツアーに、日本人として唯一参加。さらに台湾の著名な軍事研究者たちにインタビューを重ね、「文藝春秋」3月号にレポートを発表した。

「米軍の海兵隊と変わらない」
今回公開された台湾陸軍の演習は、台湾の都市部にヘリボーン(ヘリコプターを用いた部隊展開)強襲をかけた人民解放軍を迎え撃つ対処訓練だった。 (中略)

米軍の『星条旗新聞』のアメリカ人記者が、「米軍の海兵隊と変わらない」と練度を盛んに褒めていたのが印象的だった。〉

「手を出すと面倒だ」と中国に思わせる戦略
しかし、中国は軍事費を毎年2桁のペースで増額しており、質量ともに強化が著しい。そんな中国に、台湾はどう対抗するのか?  

人民解放軍研究の第一人者である淡江大学国際事務・戦略研究所助教の林穎佑(リン・インヨウ)の談話を紹介しよう。

(中略)「民進党の陳水扁政権(2000~2008)は「有效嚇阻、防衛固守」(有効な抑止力と専守防衛)を唱え、この方針は多少の手直しはあれど、現在の蔡英文政権まで続いています。  

すなわち、たとえ台湾の軍事力は人民解放軍より弱いとしても、戦えば相当な被害が発生すると、北京のリーダーたちに認識させる。あちら側に「手を出すと面倒だ」と感じさせる。それこそが、われわれにとっての勝利ということになります。」

ミサイルの3分の1がまともに稼働しなかった
林氏によると、昨年のペロシ訪台後の大演習からは、中国人民解放軍の“弱点”が窺えるという。 

(中略)「本来は(ミサイル)16発を撃つはずだったものが、なんらかの不具合によって5発が不発になったとみられます。予定したミサイルの3分の1がまともに稼働しなかったとすれば、これは軍事的にはかなり深刻な問題です。」

それはつまり、ウクライナ戦争におけるロシア軍と同じような問題が、中国人民解放軍にもあるということになる。 

「そもそも、中国の兵器や戦術はロシア(ソ連)から取り入れたものが多い。ロシア軍が持つ弱点は、人民解放軍も共通して抱えている可能性が高いと考えられます」(後略)【2月9日 文春オンライン】
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上記記事は中国側のミサイルを問題にしていますが、台湾側の装備についても、多くの戦車がまともに動かない状況にあるといった「実際に戦えるような状態ではない」といった記事を以前紹介したような記憶があります。

中台双方が戦闘を差し迫った現実問題とせず、そうした「実際に戦えるような状態ではない」状況にあり続けることができたら一番いいのですが・・・。冒頭習近平主席の「2027年までに・・・」云々は、現在の状況を「実際に戦える状態」に持っていけ・・・ということでしょう。

【対中国強硬派の頼清徳氏が与党民進党トップに 野党国民党は中国との関係を強化】
周知のように、台湾与野党の最大の対立軸は中国との距離感です。「ひとつの中国」を拒否し、一部には独立を支持する勢力をも含む与党「民進党」に対し、野党「国民党」は中国との関係を重視しています。

このところ支持率が低迷し、昨年11月の統一地方選で最大野党・国民党に大敗した政権与党・民進党の新たなトップに副総統の頼清徳氏が選ばれました。来年の総統選では党の公認候補となることが有力視されています。

頼清徳氏は対中国政策では強硬派として知られています。行政院長在任中は「私は台湾独立を主張する政治家だ」と表明したことがあります。

****台湾与党の新主席に頼清徳氏…1年後に総統選、世論の支持29%から伸ばせるか****
台湾の与党・民進党は15日、主席(党首)選挙を行い、唯一立候補を届け出ていた頼清徳ライチンドォー副総統(63)が、新主席に選出された。1年後の次期総統選でも党の有力候補と目されるが、世論調査では支持は伸びておらず、政権維持に向けて危機感を強めている。

主席選は、昨年11月の統一地方選で最大野党・国民党に大敗し、蔡英文ツァイインウェン総統が党主席を引責辞任したことを受け、実施された。(中略)

医師出身の頼氏は、台南市長や行政院長(首相)などを歴任した実力派だ。蔡氏は次期総統選を巡り、昨年末の記者会見で、後継候補として頼氏を挙げた。党内では「頼氏のほかに適任者はいない」との声が強まり、総統選の党公認候補となる公算が大きい。

しかし、統一地方選の大敗が尾を引き、総統選に勝てるかどうかは楽観できない。台湾民意基金会が昨年12月に行った世論調査で、次期総統に頼氏を望んだ人は29%にとどまり、国民党の侯友宜ホウヨウイー・新北市長の38・7%を下回った。政党支持率も民進党と国民党がほぼ並んだ。国民党の公認候補選びの結果によっては、激しい選挙戦になる可能性がある。

民進党が統一地方選で敗れた背景には、若者や中間層の支持離れがあった。頼氏は7日の若手党員との対話で、「若者の選択を誠実に受け止め、改革の契機としたい」と述べた。不満の源である低賃金、少子化などの対策や、党を団結に導けるかが課題となる。焦点の対中関係では、現状維持の蔡氏の路線を引き継ぎ、支持を集めたい考えだ。【1月15日 読売】
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一方、野党「国民党」は夏立言副主席が訪中し、9日、中国政府で台湾政策を主管する国務院台湾事務弁公室のトップ、宋濤主任と会談しました。

****台湾の野党副主席、訪中に波紋 与党批判「統一工作に迎合」****
訪中した台湾の最大野党、中国国民党の夏立言副主席が9日、中国政府で台湾政策を主管する国務院台湾事務弁公室のトップ、宋濤主任と会談した。

夏氏が会談で「台湾独立に反対する立場を確認し、交流を強化していくことで一致した」としたことを巡り、与党、民主進歩党は「中国の統一工作に迎合し、台湾を矮小(わいしょう)化した」と厳しく批判している。

中国国営新華社通信などによると、夏氏は9日夜、北京で宋氏と会談。双方が台湾独立に反対する立場を確認した上で、宋氏は習近平国家主席が示した対台湾工作に関する「全体方針」を「徹底して実行する」と強調した。
習氏は昨年秋の中国共産党大会で「台湾に対する武力の放棄を約束しない」ことが盛り込まれた政治報告を発表していた。

宋氏はそのうえで「われわれは国民党との交流を強化し、両岸(中台)関係を促進したい」とも述べた。これに対し夏氏は「対話を強化することによって信頼を築き、平和と発展を確保できる」と応じた。

昨年11月の統一地方選挙で勝利した国民党がこの時期に夏氏を北京に派遣したのは、「国民党は中国当局と対話できる政党」であることを内外にアピールし、来年1月の総統選挙につなげる思惑がある。

しかし、中国軍機が台湾海峡付近で挑発行為を繰り返す中、台湾の要人が中国側と会談することは、中国の対外宣伝に利用され「『台湾が中国の圧力に屈した』という誤ったメッセージを国際社会に送りかねない」と民進党が批判している。

台湾で対中国政策を主管する大陸委員会は、夏氏との会談で、宋氏が述べた内容について「われわれの主権と尊厳を傷つけた」とし、「台湾に対する威圧的な考えに反対する」との声明を発表した。【2月10日 産経】
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中国が台湾への関与を強めれば強めるほど、台湾の世論は中国を警戒し、選挙では民進党に流れるというのがこれまでの構図のように思えます。

しかしながら、中国との対立が経済に及ぶと台湾経済は立ち行かない・・・というのも現実。
中国に呑み込まれる脅威と、経済的依存の両者の間で揺れ動くという現実が続いています。
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イランとイスラエルの間でくすぶる「影の戦争」 激化すれば表だった衝突に炎上する危険性も

2023-02-10 22:16:11 | 中東情勢

(【2022年5月29日 NHK】)

【イスラエルとイラン 対立の背景】
インドとパキスタン、アルメニアとアゼルバイジャン、イランとサウジアラビア、今で言えばウクライナとロシア・・・・等々、世の中には不倶戴天の敵と言うか、激しく対立する国家関係がたくさん存在しますが、そのひとつがイランとイスラエル。

****イスラエルとイラン なぜ対立しているの?****
核関連施設での爆発や、航行中の船舶に対するドローン攻撃…。
最近中東で続いている危険な応酬の背景には、激しく対立するイスラエルとイランの存在があると指摘されています。
そもそも両国はなぜ、これほどまでに対立しているのでしょうか。担当記者による解説です。
※この記事は2021年8月20日に公開したものです

Q1 イスラエルとイランは、もともと仲が悪かったのですか?
イスラエルとイランは今でこそ敵対関係にありますが、1950年代、60年代には国交があり、20年以上に渡って良好な関係を維持していました。(中略)

Q2 なにがきっかけで関係が悪化したんですか?
状況を一変させたのが、1979年にイランで起きたイスラム革命です。革命によってイランでは親米の王政が倒され、宗教を厳格に解釈したイスラム体制が樹立されました。

新たな体制はイスラエルについて、イスラム教の聖地でもあるエルサレムを奪った「イスラムの敵」と位置づけました。

このため両国は国交を断絶。イランは現在でも、イスラエルを国家として認めておらず、反イスラエルを国是としています。イランで行われる反米デモでは「アメリカに死を」と合わせて「イスラエルに死を」と人々が叫び、敵意を示す光景がみられます。

Q3 両国は戦争をしたことがあるのですか?
イスラエルとイランが過去に直接、戦争したことはありません。
ただイランは、イスラエルに対する武装闘争を続けるイスラム勢力を軍事面で支援していて、両国は間接的な形で衝突を繰り返してきました。

2021年5月にイスラエルと軍事衝突したパレスチナのイスラム組織「ハマス」や、イスラエルと過去に戦争したことがあるレバノンのシーア派組織「ヒズボラ」はいずれも、イランと密接な関係にあります。(中略)

アメリカが後ろ盾となっているイスラエルが、最新鋭の兵器を保有しているのに対し、イランは武装勢力を通じてにらみをきかせ、両国は対峙した状態が続いています。

Q4 両国の間で最近は何が、問題となっているのですか?
やはりイランの核開発問題です。
イランでは、2000年代に核兵器の開発疑惑が持ち上がり、イスラエルとの対立が先鋭化する大きな要因となってきました。イランは、核開発は原発などの平和利用が目的だと説明していて、核兵器の開発を否定しています。その上で、イスラエルこそが核兵器を保有していると非難しています。

一方でイスラエルは、イランの核開発を「国の存続に関わる脅威」と位置づけています。イランが所持する弾道ミサイルの射程距離は、2000キロ以上あるとされています。イスラエル全体を射程圏内にとらえており、イスラエルは警戒感をあらわにしています。

Q5 イランの核開発に対してイスラエルの対応は?
イランでは、核施設の機械が破壊されるなどの事件がたびたび起きていて、イスラエルの関与が指摘されています。
特にイランがここ数年、アメリカによる経済制裁への対抗措置として核開発を強化させて以降、不審な事案が頻発しています。

2020年7月には、イラン中部ナタンズの核施設で不審な火災が起き、最新鋭の遠心分離機が被害にあったほか、11月には核開発を指揮してきた研究者が首都テヘラン郊外で殺害される事件も起きました。2021年に入っても4月に、やはり核施設で爆発をともなう電気系統のトラブルが起き、サイバー攻撃によるものだと指摘されています。

これに対してイランは、イスラエルによる仕業だと断定し、報復を宣言しています。2021年4月と7月には、オマーン湾でイスラエルの企業や経営者が関わる船舶が相次いで攻撃される事件が起きました。イランによる報復行動と見られています。

イスラエルは過去に、イラクやシリアで原子炉を攻撃し、中東のイスラム諸国の核開発能力を排除しようとしてきた歴史があります。今後、イスラエルがイランの核施設に、より直接的な軍事行動をとれば、後戻りできない衝突につながると懸念されます。(後略)【2022年5月29日 NHK】
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上記のように、イランの核開発に対する「軍事目的だ」とするイスラエルの強い確信、イスラエルと直接的に衝突するイスラム武装勢力へのイランの支援、この二つがイラン・イスラエル間の大きな対立軸となっています。

【くすぶり続ける「影の戦争」 炎上の危険性も】
両国は「過去に直接、戦争したことはありません」と言うものの、イスラエルによるイラン核施設への攻撃、それに対するイラン側の報復など、水面下で絶えず相手への攻撃を繰り返しており、「影の戦争」とも呼ばれています。

****イランとイスラエルの影の戦争****
ロシアとウクライナの戦争が国際コミュニティの注目を集める中、イラン政府とイスラエルによる影の戦争は過激化し、同地域の緊張を高めている。イランとイスラエルの影の戦争が拡大することの危険性は、歯止めが掛からなくなり両国間の全面戦争に発展する可能性を秘めている点にある。

イスラエルは、イラン西部ケルマンシャー州近郊にあるイランの空軍基地を攻撃し、数百機のドローンを破壊するという前例のない動きを見せたと報じられている。

イラン政府はおそらく面目を失いたくない、あるいは弱みを見せたくないという理由から、この攻撃に関する情報公開を行わなかった。

報道機関『The Nour』は、「14日午前、ケルマンシャー州マヒダシュト地区にあるイスラム革命防衛隊の支援基地のひとつにて、モーターオイル等の可燃性物質が置かれていた保管室から出火し、産業用倉庫に損害が発生した」と報じている。

力を見せつけ強硬派の不満を抑え込むため、即時報復を試みるのがイラン政府の常となっている。今回イラン政府はイラク北部クルド人自治区に向けて十数発のミサイルを発射するという形で対応し、イスラエルの施設を狙ったと主張した。

イスラム革命防衛隊(IRGC)は、「IRGCが放った強力かつ正確なミサイルの標的は、陰謀と悪事をたくらむシオニストの戦略施設だった」と声明を発表した。

エルビルのオメド・コシュナウ県知事は、同地区にイスラエルの施設は存在しないと述べた。狙われたのは新設された米国領事館だったという。(中略)

イスラエルへの報復にあたって、イラン政府は直接イスラエルの施設を狙う必要はない。イラン政府はイスラエルの強固な同盟国である米国を標的とすることで、米国政府からイスラエルに圧力を掛けざるを得ない状況を作り、米国とイスラエル両国がイランの報復の標的になり得るのだという強力なメッセージを送ることができる。

イラン政府は、イスラエルまたは米国の施設を攻撃可能な数千発のミサイルを保有している。(中略)

イランとイスラエルの影の戦争は、他国つまりシリアでも悪化している。先日はイスラエルがシリアで空爆を行い、IRGCの将校2人を含む4人が死亡した。IRGCと繋がりを持つイランの国営報道機関『Sepah News』は、イスラエルは「この犯罪の報いを受ける」ことになるだろうと警告し、殺害されたイランの2人はエーサン・カルバライプール将軍とモルテザ・サイードネジャド将軍だったと報じた。

拡大を続けるこのイラン政府とイスラエルによる影の戦争の裏には、いくつかの根本的な問題が存在する。最も重要な問題は、イランの核計画および核合意再建に関連している。

イランの指導者層は核計画の目的は平和利用だと主張しているが、イスラエル政府の観点からすると、イラン政府は核兵器の保有という裏の目的の実現を目指しているということになる。

イスラエルの指導者層の懸念は、イラン政府がこれまで内密に行ってきた核活動が裏付けている。イラン政府は最初から核活動を秘匿すると決めていた。(中略)

イスラエルとしても、核合意によってイラン政府が財政面で余裕を取り戻すのみならず、同政府による核計画の進展を防げないのではないかと懸念している。そのうえ、核合意によってイラン政府はイラク、イエメン、レバノン、シリアの親イラン派グループを強化し勢いを煽るためになんとしても必要な資金を得ることになる。

端的に言えば、イスラエルはイラン核合意による重大な影響と、シリア、レバノン、イラクにおけるイラン政府の影響力増大を懸念しているのだ。

このことがイラン政府とイスラエルの影の戦争の拡大に繋がっており、歯止めが掛からなくなって全面戦争へと発展するリスクが生まれているのである。【2022年3月21日 ARAB NEWS】
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“影の戦争”のひとつとされるのが、昨年5月・6月にイラン国内で軍人や軍事に関係する技術者などが次々に不審死を遂げたこと。敵対するイスラエルの関与が取りざたされています。

2022年5月・6月にイランで起きた主な不審死事件
 <5月22日> 革命防衛隊の大佐が自宅近くで射殺される
 <25日> 軍事施設に対するドローン攻撃で技師が死亡
 <31日> 航空技術者が急死
 <6月2日> 地質学者が急死
 <3日> 革命防衛隊の大佐が自宅で転落死と報道
 <12日> 革命防衛隊航空宇宙軍の技師が交通事故死
 <同日> 国防省の航空宇宙部門の技師が業務中に死亡

相次いで急死した7人のうち2人は革命防衛隊の「コッズ部隊」の所属でした。「コッズ部隊」は中東各地で親イラン勢力を支援してきた部隊で、パレスチナのイスラム組織ハマスやレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラなど、イスラエルと衝突してきた勢力に影響力を有しています。

他の5人も、イスラエルが脅威とする核開発やドローンの製造に携わっていたとされます。

イラン国内では過去にも、核施設の破壊工作や核科学者の殺害事件が起き、そのたびにイスラエルの関与が指摘されてきました。

当然のようにイラン側の報復も

*****「複数のテロ、阻止」*****
イスラエルメディアは(2022年6月)17日、安全保障関係の政府高官の発言として、イランの工作部隊によるイスラエルの民間人を狙った殺害や誘拐の計画が、トルコの最大都市イスタンブールで進んでいると一斉に報じた。
 
報道によると、イラン側は国内で相次いだ不審死をイスラエルの犯行とみて、その報復を計画。殺害や誘拐を実行に移す段階に入っているとし、高官は「具体的な脅威だ」と強調した。
 
13日にはイスラエルのラピド外相が、「イランのテロリストたち」によるテロ未遂事件がイスタンブールであったと発表した。トルコ当局と連携して「複数のテロ計画」を阻止してきたとも明らかにした上で、渡航の取りやめと、即時帰国を要請する声明を出した。

地元紙エルサレム・ポストによると、在イスタンブールのイスラエル人はこの1週間で約5千人から約2千人まで減少。ガンツ国防相は18日、イランに対して「イスラエル市民へのいかなる攻撃に対しても、ただちに、そしてどこにいようとも代償を払わせる」と警告した。【日系メディア】
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【1月にもイラン中部イスファハンの軍需工場が攻撃受ける イランは対応能力誇示】
今年1月末、イラン中部イスファハンの軍需工場がドローン攻撃を受ける事件がありましたが、これもイスラエルによる攻撃と見られています。中東諸国上空を越えてイラン深部への攻撃、イスラエルも随分と大胆です。

また、イラン・イスラエルの“影の戦争”はウクライナ情勢にも影響しています。

高い軍事技術を有するイスラエルに対しウクライナは軍事支援を強く求めており、アメリカも後押ししていますが、“影の戦争”主戦場でもあるシリアでイラン関連勢力を空爆しているイスラエルとしては、シリアの制空権を有するロシアの「黙認」が必要で、ウクライナ支援でロシアを敵に回したくないという事情が。

****ウクライナ情勢に影響か イラン・イスラエル“影の戦争”****
1月末、イラン中部イスファハンの軍需工場がドローン攻撃を受けた。イランはイスラエルが実行したと非難する一方、被害は軽微だと主張したが、実際には損害規模は甚大だったとされる。

しかも攻撃には米中央情報局(CIA)も関与していたとする見方があり、ウクライナ戦争でイランの無人機がロシア支援に使われる中、イスラエルとイランによる〝影の戦争〟が激化してきた。

イランとイスラエルの武力応酬
イラン側の発表や米イスラエル・メディア、現場の模様を撮影したSNSの動画などによると、攻撃が行われたのは1月28日の夜で、4度にわたって大きな爆発があった。

イラン当局は無人機3機による攻撃を防いだとし、工場の屋根が小規模の損傷を受けたと発表した。だが、損害はイランの発表とは違い、相当甚大だったと見られている。

この軍需工場が核開発の施設だったのか、ミサイル製造工場だったのかなどは明らかではないが、ニューヨーク・タイムズ紙によると、イスファハンはミサイルの生産、研究、開発の主要拠点で、イスラエルに到達可能な中距離弾道ミサイル「シャハブ」の組み立て施設などがあるという。

イスラエルのネタニヤフ首相は攻撃後、米CNNとのインタビューで、政権目標のトップに「イランによる核開発の阻止」を挙げ、軍事的な手段も辞さない考えを強調した。イスファハンへの攻撃に関しては「特定の作戦については論評しない」として否定も肯定もしなかった。だが、同紙が伝えたようにイスラエルの情報機関「モサド」の秘密作戦だった可能性が濃厚だ。(中略)

加えて中東では、今回のモサドの作戦にCIAも関与していたとの憶測が飛び交っている。エルサレムポストが専門家の見方として報じたところによると、CIAのバーンズ長官が攻撃2日前にイスラエルを訪問したのは、作戦をすり合わせるためだったのではないか、というのだ。

ポンペオ元CIA長官の暴露
また、イスラエル軍と米軍は攻撃直前にイラン攻撃を想定した軍事演習を1週間にわたって行っており、このこともCIA関与説に真実味を与える理由になっている。

事実ならば、イランの核施設への軍事攻撃に慎重だったバイデン政権も、イランがロシアに自爆型の〝カミカゼ無人機〟多数を供与し、ウクライナ攻撃を支援していることを深刻に受け止め、イスファハン攻撃に深く関わった可能性がある。

CIAがモサドの作戦に関与した例はこれまで明らかになってはいなかったが、イスラエル・メディアによると、ポンペオ元CIA長官が最近出版した著書『Never Give an Inch』の中で、2つのスパイ組織の協力関係を初めて暴露した。(中略)

ロシアと敵対できない理由
こうしたイスラエルに対し、ユダヤ系住民を抱えるウクライナはイランのドローンを撃墜する防空システム「アイアン・ドーム」の供与を要請しているが、イスラエルにはロシアと敵対できない理由があり、拒否せざるを得ない。その理由とはシリアにおける「制空権」をロシアと共有し合っているからだ。

シリアの「制空権」は事実上、アサド政権を支援するため進駐しているロシア軍の支配下にある。しかしイスラエルにとって、隣国のシリアに駐留するイラン革命防衛隊やシリア政府軍の陣地など敵対勢力を空爆できるよう、シリア上空を自由に飛行する必要がある。そのためにはロシア軍からの「黙認」が必要だ。これがないと、撃墜されたり、両軍機が衝突してしまいかねない。

ネタニヤフ氏ら歴代の首相がロシアのプーチン大統領と良好な関係を築き、ウクライナ侵略でもロシアを非難しないのはこのためだ。ネタニヤフ氏によると、イランは革命防衛隊の将軍指揮下で10万人の「シーア派部隊」創設を進めており、イスラエルにとっては座視できない状況だ。今後もシリア空爆を続けるにはプーチン政権との良好な関係が不可欠なわけだ。

かといってユダヤ系住民がおり、不倶戴天の敵であるイランのドローン攻撃に苦しむウクライナに支援の手を差し延べたいのはやまやまで、ロシアを刺激したくないイスラエルにとっては大きなジレンマだ。バイデン政権からもウクライナ支援に踏み切るよう強い圧力を受けている。

イスラエルのコーヘン外相は近く、ウクライナを訪問する予定だが、この際、ウクライナのゼレンスキー大統領はイスラエルにロシアの侵略を公式に非難するよう迫る見通しだと伝えられている。ロシア、ウクライナ、イラン、そして米国を視野に入れながら、イスラエルがどのように動くのか、注目の的だ。【2月7日 WEDGE】
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一方、イランは戦闘機を格納できる大規模な地下空軍基地を公開し、イスラエルの攻撃を防御できること、更にはイスラエルを攻撃できることを示唆しています。

****イラン、地下空軍基地「イーグル44」公開 戦闘機の格納可能****

イランは7日、戦闘機を格納できる大規模な地下空軍基地「イーグル44」を公開した。国営イラン通信(IRNA)が伝えた。基地の場所に関する詳細には言及していない。

IRNAによると、地下深くに建設され、長距離巡航ミサイルを装備した戦闘機を格納できる国内で最も重要な空軍基地の一つという。戦闘機のほか、ドローン(無人機)の保管・運用ができる。

イスラエルによる空爆からの軍事資産保護を目指すイラン軍は、昨年5月にもドローンを収容する別の地下基地の詳細を公表している。

イラン軍のモハンマド・バゲリ参謀総長は国営テレビに対し「イスラエルを含む敵からのイランへの攻撃にはイーグル44を含む多くの空軍基地から対応することになる」と述べた。【2月8日 ロイター】
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トルコ・シリアの巨大地震  内戦分裂状態のシリアでは国際支援困難 5月のトルコ大統領選挙に影響も

2023-02-09 23:24:39 | 中東情勢

(地震に見舞われたトルコ・ハタイで、親族を捜す人々(2023年2月7日撮影) 【2月8日 AFP】)

【アサド政権 シリアの地震被災地に空爆?】
阪神大震災の地震の約20倍のエネルギーに相当する(纐纈(こうけつ)一起・慶応大特任教授(応用地震学)【2月9日 産経】)とも言われるトルコ・シリアに甚大な被害をもたらした巨大地震、その犠牲者数は時間を追うごとに増加しています。

現時点での数字については、以下のようにも報じられていますが、おそらく今後更に増えると思われます。

****トルコ地震、死者1万7000人に=シリアで人口の半数が被災****
トルコ南部で6日未明に発生した大地震による死者は9日、隣国シリアと合わせて1万7000人を超えた。行方不明者の生存率が下がるとされる「発生から72時間」を過ぎ、犠牲者が大幅に増えることへの懸念が高まっている。いてつく寒さの中、両国の被災者は厳しい環境に置かれている。

トルコ・メディアなどによると、同国内ではこれまでに1万4014人の死亡が確認された。負傷者は6万人以上。AFP通信によれば、シリア側では3162人の死亡が判明した。国連は8日、シリアで人口の約半数に当たる約1090万人が被災したと発表した。

トルコの被災地では行方不明者の捜索や、倒壊した建物の下敷きになった人の救出活動が続いている。アナトリア通信によれば、8日には8歳の女児や59歳の女性が助け出された。

一方、救援の遅れなどトルコ政府の対応を批判する声も出ている。エルドアン大統領は8日に被災地を視察した際、初動の不備を認めた上で、被災世帯に見舞金1万リラ(約7万円)を支給すると発表した。【2月9日 時事】 
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懸命の救助作業が行われているなかで、内戦が続くシリアでは「救助」ではなく、被災地への「空爆」が行われたとの情報も。

****シリア・アサド政権軍、被災地空爆か 英外相ら批判「実に冷酷」****
英スカイニュースは7日、シリアのアサド政権軍が6日の地震発生直後、反体制派勢力が支配する地域を空爆したと報じた。

攻撃されたのは地震で被害を受けたシリア北部アレッポ県マレアで、英下院外交委員長のカーンズ議員は「実に冷酷で凶悪な攻撃」と非難。クレバリー外相も、「まったく容認できない」とアサド政権を批判した。空爆による犠牲者の有無など詳細は不明。

トルコ南部で6日に起きた大地震では、内戦が続く隣国シリアも大きな被害を受けた。シリアには現在、アサド政権と、対立する反体制派勢力の支配地域があり、双方の地域とも被災地となっている。英国の中東ニュース専門サイト「ミドル・イースト・アイ」によると、今回の空爆は地震発生から2時間以内に起きたという。【2月8日 毎日】
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混乱状態のなかでの情報ですから、真偽のほどはよくわかりません。
確かに「内戦」の論理からすれば、災害直後であっても攻撃の手を緩める理由はありません。むしろ「敵」が混乱している今が攻撃の好機とも・・・・。

しかし、そうであったとしても、人道的に受け入れ難いものを感じます。誤報であったことを期待しますが。

【内戦分裂状態で今後の国際支援が困難】
ことの真偽は、今後の被災地における救助・復興が進むかどうか、アサド政権がどのような姿勢でこれにあたるのか・・・に関わってきます。

内戦状態のシリアはアサド大統領率いる政権支配地域、イドリブ地域のイスラム主義者や親トルコ派などによる反体制派支配地域、北部トルコ国境近くの少数民族クルド人の「自治区」の三つに分かれており、このことが国際支援を困難にしています。

****内戦で分裂のシリア、地震被災者支援で国際社会に難題****
トルコとシリアに甚大な被害をもたらした地震をめぐり、シリアへの支援の手を差し伸べている欧米諸国や援助団体が難題に直面している。10年以上続く内戦により、シリアが分裂状態に陥っているためだ。

シリアは、バッシャール・アサド大統領率いる政権の支配地域、イスラム主義者や親トルコ派などによる反体制派支配地域、少数民族クルド人の「自治区」の三つに分かれている。アサド政権は、欧米諸国から国際社会の「のけ者」として扱われている。

国際援助団体や欧米諸国は、シリアへの緊急援助に際して複雑な支援ルートという問題に対処しなければならず、特に反体制派支配地域に対する支援に苦慮している。

医療援助団体「国境なき医師団」でシリアを担当するマルク・シャカル氏は「シリアは依然として法的、外交的な観点からはグレーゾーンだ」と指摘する。

地震の被災者のほぼ半数が、欧米に制裁を科されているアサド政権の支配地域に居住している。残りは、反体制派の最後の本拠地であるイドリブ県や、トルコが支援する反体制派が支配するアレッポ県に住んでいる。

両地域には、約400万人が居住しており、内戦で避難民となった人々が大半で、多くが人道支援に依存している。フランスのNGOに所属するラファエル・ピッティ医師は、震災が起きる前からイドリブ県の状況は劣悪であり、同県に対する支援は死活的に重要になっていると強調する。

■アサド政権経由で支援?
イドリブ県に対する国際援助は現在、トルコとの国境に位置するバブアルハワ国境検問所を通じた1か所しかルートが存在しない。

国連の援助は以前、こうした国境検問所4か所を経由してイドリブ県に届けられていたが、アサド政権を支援して内戦に介入したロシアは、1か所に制限した。

毛布や豆類などイドリブ県が必要とする支援の80%は、バブアルハワ検問所を経由して供給されているが、地震を受けて支援物資が増えることから、検問所の物流が停滞する恐れがあると援助団体は懸念している。

シリアのバッサム・サッバーグ国連大使は6日、反体制派支配地域にある国境検問所の追加的な開放を容認しないとの考えを示唆し、「シリア(の政権側支配域)を通じて」全ての支援物資を届けるべきだとの意向を表明した。同大使は「シリアを支援したいならば、政権と調整すべきだ」と語った。

前出のピッティ氏は、アサド政権側支配地域を経由した支援物資が反体制派支配地域に届く可能性は極めて低いとの認識を示し、「過去10年間の状況と同じ結果になるだろう」と述べた。

■仏政府は二の足
シリアの被災者への支援を表明しているドイツ、フランス両国はともに、アサド政権を経由した支援の提供には消極的だ。

ドイツ政府筋によると、同国政府は現時点ではNGOによる「従来のルート」を経由して被災者に支援を提供するという。こうした支援は、トルコ経由で届けられてきた。

アナレーナ・ベーアボック独外相は7日、シリア北西部の国境検問所を追加的に開放するようロシアに求めた。同外相は「ロシアを含めた国際社会の関係当事者は、人道支援が被災者に届くようシリアの政権に対する影響力を行使しなければならない」と訴えた。

欧米諸国は、アサド政権が2011年に始まった反体制運動を武力で弾圧したのを受け、シリアから外交官を引き揚げ、制裁を科している。このため、フランス政府は、正統性を認めていないアサド政権と調整して援助を提供することに、二の足を踏んでいるとの見方も出ている。 【2月8日 AFP】
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シリアのサバーグ国連大使は「(届いた支援物資は)全てのシリア人に分ける」と強調していますが、(真偽はわかりませんが)冒頭の空爆のニュースなどからすると、その言葉を信用することは難しいように思われます。

****トルコ・シリア地震、死者1.6万人超 シリア全人口の半数被災****
(中略)シリアに駐在する国連のベンラムリ調整官は8日、シリアの被災者がアサド政権と対立する反体制派勢力の支配地域を含めて人口のおよそ半数に当たる約1090万人に上ると明らかにした。(中略)

またシリアでは、反体制派勢力の支配地域を含め計3160人以上が死亡した。シリア国営通信によると、アサド政権支配地域にはアラブ首長国連邦(UAE)やパキスタンなどから援助物資を載せた航空機が到着した。

一方、反体制派支配地域の状況は詳しく伝わってきていない。現地で支援を続けるボランティア団体は9日、ツイッターに「死者は大幅に増えるだろう。数百の家族が破壊された建物のがれきの下に埋もれている」と投稿した。

国連は地震前からトルコ国境を通じて支援物資を反体制派支配地域に運び込んできたが、地震の影響でシリアに続く道が閉鎖された。国連は、9日にも再開できると見込んでいる。

国連はアサド政権の支配地域からも支援物資を運ぶことを検討している。シリアのサバーグ国連大使は「(届いた支援物資は)全てのシリア人に分ける」と強調している。だがアサド政権を通じて支援物資を送った場合、反体制派地域に公平に分配されるかは不透明だ。【2月9日 毎日】
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“トルコ国境を通じて支援物資を反体制派支配地域に運ぶ”とは言っても、そのトルコが被害の中心地で、おそらく自国のことで手一杯になっていると思われますので、トルコ経由のルートも難しいものがあるようにも思えます。

さらにクルド人支配地域になると、トルコと敵対して空爆を受ける状況にもありますので、いったいどこから、どうやって支援物資を運ぶのか?

未曽有の巨大災害による被害者の救助・復旧ですから、政権側・反体制派、シリア・トルコ・クルドといった区分・対立を越えて取り組まれるべき・・・とは思いますが、現実は・・・・。

【トルコ 5月の選挙直前の災害 エルドアン大統領にとっては難題】
一方、被害の中心となっているトルコでは、被災者や野党を中心に政府に対する批判が高まっているとも。

****トルコ地震の死者1万5000人に=強まる政府批判****
トルコ南部で6日未明に発生した大地震による死者は8日、隣国シリア側と合わせて1万5000人以上になった。AFP通信が報じた。9日午前4時17分(日本時間同日午前10時17分)で行方不明の被災者の生存率が下がるとされる「発生から72時間」が経過し、トルコでは政府への批判が高まっている。(中略)

ロイター通信によると、発生から時間がたつにつれ、救援態勢への不備が指摘され、被災者や野党を中心に政府に対する批判が高まっている。【2月9日 時事】
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****トルコ地震、政府の対応遅れで希望が絶望に****
(中略)時間がたつにつれ、カフラマンマラシュの住民は恐怖と不満を募らせ、過去数十年で最悪の災害となった地震への政府の対応の遅れを批判している。

「政府はどこで何をやっているんだ。がれきの下にいる弟を助けられない。おいとも連絡がつかない。周りを見てくれ。政府の役人は一人もいない」とアリ・サギログルさんは声を荒らげた。父と弟はがれきの下敷きになっており、安否は分からないという。【2月8日 AFP】
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こうした災害への初動態勢の不備が指摘されるのはトルコ・エルドアン政権に限った話ではなく、どの災害でも、どの国でも同じようなものだとは思いますが・・・。被災者からすると「早く助けてくれ!何をやっているのだ!」という話にもなります。

救助活動が行われている今の時期にするのが適切かどうか迷いますが、エルドアン大統領としては、次期大統領選挙に向けて対策を講じてきたさなか。5月予定の選挙直前の巨大災害ということで、その選挙対策にマイナスとなることも懸念されます。

****トルコ大地震、成長率最大2ポイント押し下げか 巨額財政支出必要に****
シリア国境に近いトルコ南部で6日に発生した大地震で、トルコは復興に巨額の財政出動が必要となる見通しだ。大統領選・議会選が5月に迫る中、2023年の経済成長率が最大で2ポイント押し下げられるとの見方も出ている。

地震では、トルコとシリアで計約1万人の死者が確認された。約1340万人が暮らす地域では、住宅や病院を含む数千の建物、道路、パイプラインなどのインフラが激しく損傷。詳しい被害規模ははっきりしていないが、ある当局者は「数十億ドルに上るだろう」と語った。

一方、5月14日に予定されている大統領選・議会選では、犠牲者の収容とがれき撤去問題がテーマになる公算が大きく、約20年にわたって権力の座にいるエルドガン大統領に重い課題を突き付けている。

エルドアン氏が型破りな経済政策を推し進める中で、トルコは何年にもわたってインフレ高進と通貨リラの急落に見舞われてきた。昨年のインフレ率は85%と、24年ぶりの高水準を記録。リラの対ドル相場はこの10年間で10分の1に沈んだ。

1月のインフレ率は57%だったが、今回の大地震は、政府が経済成長を後押しするために生産と輸出、投資を重視する政策に取り組む中で起きた。被災地の生産は、国内総生産(GDP)の9.3%を占めるが、大地震で打撃を受けたとみられている。被災規模を示唆する国内電力使用量は、地震が発生した6日に前週から11%落ち込んだ。

エコノミスト3人の試算によると、被災地の生産が半減した場合のシナリオで、経済成長率は0.6─2ポイント低下する。政府高官は、成長率は目標とする5%を1─2ポイント下回る恐れがあるとの見通しを示した。

コンサルティング会社テネオ・インテリジェンスのウォルファンゴ・ピッコリ氏は今回の地震について、1999年にトルコ北西部の工業地帯が見舞われた同規模の地震のように、経済に深刻な打撃を及ぼす公算は小さいと分析。「(今回の)地震は国内で最も貧しく未開発な地域の一つで発生した」と指摘した。【2月9日 ロイター】
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もちろん救助・復旧作業で適切な仕事を行えば、それが評価されて選挙にもプラスに・・・という可能性もありますが。
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