家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

化粧の湯は遠かった

2014-11-29 08:16:48 | Weblog
集合時刻に間に合わない。

伊豆の山の中を走っていた。

左耳のイヤホーンに電話が入る。

「今どこ走ってんの」S氏。   「虹の郷」の辺りだよ」私。

「じゃあ、あと1時間はかかるな。もう全員そろっているんだよ」S氏。

「先に行ってて。後で合流するから」私。

「じゃあ行く道を教えるね」

集合場所から、まだ1時間離れた地点にいる私に、その先の道をS氏の電話だけで覚えることは至難の業だった。

道は曲がりくねり音楽は止めたもののナビが勝手に喋る、その環境で、できるだけ多くの情報を覚えようとする。

現実の道路を運転しながらナビの地図上を走り脳内で電話で聞いた道を走るという感覚。

集合場所までのメドがついた時分に再び電話。

「さっきの説明に補足するね」とS氏。

私からも少し質問があり現在観光バスが先頭を走っているため急げないことを告げた。

集合場所にたどり着き、そこを通り越して次に皆のいる風呂に向かう。

今からは記憶だけに頼って走らなくてはいけない。

先ほど言われたことを思い出しながら周囲に気を配る。

「下田方面で川に沿って走る」

これでいいはずだと思っても自信はない。

けっこうな距離を走ったが曲がり角が見つからない。

頭の中でS氏の言った言葉を何度も思い出す努力をした。

目の前に出てきた道の駅に寄った。

大雑把な地図があり、私の目指す場所が、まだその先であることを確認した。

ほどなく記憶にある「鮎の茶屋」の看板を見つけた。

「よし間違いない」

そこを左折して細い道路に入る。

クネクネと小さな川沿いの山道を駆ける。

「あった。黄色いワーゲンだ」この道に間違いない。

その先に進むも私の友人たちの車が見当たらない。

「きっとさっきの黄色いワーゲンの所だ。それ以外に風呂らしいものはない」

向きを変えて戻る。

車を止めて歩いていくと川の対岸に露天風呂が見えた。

歩みを止めて手を振ってみた。

手を振り返してくれたが、それが私の仲間かどうか定かではなかった。

車は5台ほど止まっていたが、それも仲間のものではない。

ドアを開けると仲間たちが、私の到着を歓迎してくれた。

熱めのお湯をかけて天然の岩でできたような湯船に入る。

思いのほか深い。

シカやイノシシが足を滑らせて落ちてきそうな湯船だ。

竹のシキリの下からボコボコと湧き出すお湯。

たまたま私の知らない車で集まったという事実は、ただの笑い話になった。

薄暗く雨の降り出した湯には趣がある。

6頭の野猿たちは心ゆくまで湯に浸かり話をした。