日本の国のリーダー不足は酷いと常々思っていましたが、段々酷くなって、とうとうこれ以上酷いのは居ないの じゃないかと言うところまで来てしまったようです。
しかし、端から見て好きな事を言っている私も、それじゃお前がやってみろと言われたらお手上げです。それじゃ あ、一体どういう人なら良いのかと言われてもなかなか言い表せないところがあります。
何時ものねずきちの ひとりごとの投稿に素晴らしいものがありました。
藤原正彦さんの「国家の品格」に書 かれていたのですが、「国民は永遠に成熟しない。放っておくと、民主主義すなわち主権在民が戦争を起こす。国を潰 し、ことによったら地球まで潰してしまう。」それを防ぐために必要なのが真のエリートだと言ってます。そして、真の エリートには二つの条件があるそうです。
『第一に、文学、哲学、歴史、芸 術、科学といった、何の役にも立たないような教養をたっぷりと身に着けていること。そうした教養を背景として、庶民 とは比較にならないような圧倒的な大局観や総合判断力を持っている事。
第二条件、「いざ」となれば国家、 国民のために喜んで命を捨てる気概があること。真のエリートには、俗世に拘泥しない精神がもとめられているからで す。』日本の旧制中学、旧制高校には、こうした意味でのエリート養成機関だったそうです。
そして、官僚は真のエリートにあら ず、「偏差値エリート」はいっぱいいるけれど、「偏差値が高い」というのも確かに能力にちがいありませんが、それは 片足ケンケンが上手いと同じようなもので、国のためにはあまり役に立たない、「真のエリート」がどうしても必要だと お書きになってます。
やはり・・・日本の総理は「菅さん」では無理です。
2011/05/17(火) 09:42 | URL | オバン #FVwNVV2Y[ 編集]
明治の人などの偉人伝なんかを読んでいるとこういう教養を備えたエリートを感じます。国がそういう人を育てる 事にも熱心だった要に感じます。
戦後育ちの我々は平等を第一に皆同じという教育の中でエリートを育てるという教育を受ける事は無かったような気 がします。中には本当に優れた人もいたでしょうがエリート教育は受けなかったのじゃないでしょうか。
その弊害が今になってエリート不足をもたらし、とんでもない政治家ばかりが国の事も考えず自分の利益だけで動い ているのでしょう。
もう一度原点から教育を見直すしか望みはないのかもしれません。時間が待ってくれるか、それとも日本が没落して しまうのか。
怖い事です!