14日㈭、10時から粟賀保さんの葬儀に参列。
粟賀さんは司法書士事務所を営む傍ら、正暦寺の檀信徒として長く総代をお務めいただいたし、綾部ライオンズクラブ会長など、地域での奉仕活動にも熱心に従事された。
私が初当選した選挙の前には「四方源太郎君を応援する正暦寺檀信徒の会」を結成し、その会長にご就任いただいたし、長年、四方源太郎後援会の副会長としてもお世話になった。
2015年に黄綬褒章を受章された際には田所卓さん、山口博之さん、四方素生さん、一瀬勝右さんと共に、その祝賀会の発起人代表をさせていただいたが、事前事後に何度も発起人会を開催していただき、楽しくお酒を飲ませていただいた良い思い出もある。
お別れは残念ではあるが、92才という大往生であり、仕事にも奉仕活動にも家族を守ることにも一生懸命に尽くされ、ご本人はさぞ満足しておられるのではないかと思う。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
※参考:2015年9月12日付blog「粟賀保先生の黄綬褒章受章祝賀会」
葬儀から戻ると「げんたろう新聞」第161号を印刷に入れる前の最終チェック。想いを文章にするのはなかなか難しいが、今回もようやく完成し、来週中頃には発行したいと考えている。
午後は監査委員事務局の車で迎えに来てもらって、税理士の森敏行監査委員と共に、中丹、丹後の現地監査の対象施設をいくつか回った。
最初は西舞鶴のインターチェンジを降りたところにある府立舞鶴支援学校(山本直之校長)へ。ここへは初めて訪問した。
児童生徒数は年々増加しているということなど、最初に校長室で説明をお聴きした後、校内を見学した。
舞鶴支援学校では藍染めや陶芸、ガラス工芸などに力を入れておられるそうだ。
特に藍染めは藍の種を採って栽培し、蒅(すくも)を固めて藍玉を作るところからやっておられて、製品のレベルの高さと強いこだわりが感じられた。
黒谷和紙や綾部紡績のタオルなど、綾部にある素材でもいろいろとコラボができるのではないか、学校や教育委員会の範囲だけで置いておくのはもったいないような可能性の大きさを感じた。
今後、どこかで提案していきたいと思ったし、もっと多くの人に知ってほしいと思う。
続いて、京丹後市弥栄町にある京都府農林水産技術センター丹後農業研究所(河合哉所長)を訪問した。ここも来るのは初めてだった。
ここは京都府全体の果樹や丹後地域での米や野菜の栽培研究拠点となっており、今年で開設から100年を迎えたとのこと。丹後の特に久美浜町では梨やぶどう、メロンなどの果物が名産品となっている。
梨にも多くの品種があること、ぶどう栽培のことなどを教えてもらった。
夜は京丹後市峰山町のKISSUIEN Stay & Foodに泊まった。
昔は「吉翠苑」という和風な名前のホテルだったが、横文字になってフロントの場所や雰囲気も変わっていた。大浴場も再開され、久しぶりに泊まったので良い変化に驚いた。
別の箇所を監査で回っておられた橋本幸三代表監査委員、田中美貴子監査委員、足立操監査委員事務局長などもここで合流され、夕食はその皆さん方と懇親会。
今日回った監査箇所の感想を話し合ったり、後継者育成や教育の話にもなり、綾部中学校の様々な取り組みについてもお話した。「何事も前向きなやる気をどう引き出すかがポイント」という話で盛り上がって、翌日の丹後広域振興局の定期監査につながる良い意見交換の場になった。