虚無僧といえば、天蓋と偈箱に尺八が最低条件となっている。
ところがである。江戸時代の浮世絵、大津絵等の虚無僧の図
には「偈箱」が描かれていないのだ。どうやら、「明暗」と
書いた「偈箱」は、昭和になってからのようだ。それも
映画の中で、“初お目見え”したようなのである。
もっとも、“最後の虚無僧”といわれた谷狂竹は「大本山、
明暗教会東福寺」と書いた「偈箱」を下げていた。その流れの
西村虚空派の人たちは「不生不滅」などと書いた偈箱を使用
している。
ところで、「袈裟と数珠は要らんのか」って?。もともと得度
受戒もしていない俗人なのだから「要らんでしょ」と、私は
思っている。僧で無い者が袈裟を付ければ、「僧侶」と思われ、
人を騙すことになる。“偽僧”罪に問われかねない。
事実、江戸時代初期までの虚無僧は、袈裟を付けていなかった。
浪人者だから、刀を差していた。印籠は元は武士であった名残りか。
「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。
「一休と虚無僧」で別にブログを開いています。
ところがである。江戸時代の浮世絵、大津絵等の虚無僧の図
には「偈箱」が描かれていないのだ。どうやら、「明暗」と
書いた「偈箱」は、昭和になってからのようだ。それも
映画の中で、“初お目見え”したようなのである。
もっとも、“最後の虚無僧”といわれた谷狂竹は「大本山、
明暗教会東福寺」と書いた「偈箱」を下げていた。その流れの
西村虚空派の人たちは「不生不滅」などと書いた偈箱を使用
している。
ところで、「袈裟と数珠は要らんのか」って?。もともと得度
受戒もしていない俗人なのだから「要らんでしょ」と、私は
思っている。僧で無い者が袈裟を付ければ、「僧侶」と思われ、
人を騙すことになる。“偽僧”罪に問われかねない。
事実、江戸時代初期までの虚無僧は、袈裟を付けていなかった。
浪人者だから、刀を差していた。印籠は元は武士であった名残りか。
「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。
「一休と虚無僧」で別にブログを開いています。