現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

坂の上の雲 八代艦長の尺八

2010-12-24 10:42:42 | 坂の上の雲
『坂の上の雲』で片岡鶴太郎が演じている八代六郎も
尺八を吹いた。日露戦争では浅間の艦長として出撃し、
仁川沖海戦の前に艦上で『千鳥の曲』を吹いた話は有名。
NHKドラマで、片岡鶴太郎が尺八を吹くか、楽しみ。

八代六郎が吹いた尺八も「古童」銘で、「荒木竹翁」が
製作した名管だった。八代は、その後「風流艦長」と
渾名されたことで「俺は軍人であって、風流人ではない」
と、尺八をやめてしまった。

だが、亡くなる時、「おれは無一物で死ぬ」と言って、
贈られた品物や書画等を全て贈り主に返してしまった。
養子の五郎造は「養父から遺産として受け取ったものは、
刀三本と尺八三本。それが遺産の全部で、まことに
きれいさっぱりしたものだった」と語っている。
この『古童』銘の尺八は今いずこ?

『古道』銘の尺八は、私は、磯野茶山氏宅で拝見し、
吹かせていただいたことがある。とにかくすごい音量、
丸みを帯びたツヤのあるすばらしい音色で、溜め息が
出た感触を覚えている。

尚、「荒木竹翁」の長男で、明治32年「三世古童」を
襲名した荒木真之助も、日露戦争に出征し、負傷し、
傷病兵となって帰還している。

三世荒木古童と八代大将は接点があったのだろうか。
ご存知の方、お知らせください。


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荒木竹翁の門人

2010-12-24 10:37:17 | 筝尺八演奏家
普化宗は、明治4年に廃宗となり、虚無僧として尺八を
吹いて門付をすることも法律で禁止された。そんな迫害を
ものともせず、荒木竹翁は、尺八の改良と、筝、三絃との
合奏で、尺八を見事に蘇生させ、一世を風靡した。

驚くのは、門下生に、元老中で淀藩主の稲葉長門守正邦、
元京都所司代で桑名藩主の「松平定敬」、はじめ、老中
佐倉藩主堀田正睦の子息「正養」、佐賀藩主鍋島直正の
子息「憲一」他、稲葉備後守正善、遠藤但馬守、有馬
遠江守道純と、大名旗本の名がずらり 20数名。さらに、
郵便事業の前島密、なんと福沢諭吉の長男 市太郎の名も
みえる。( 私の師である堀井小二朗は、福沢諭吉の次男、
捨次郎の子で、はじめ荒木派だった)。

そうそうたる名士が、門人に名を連ねているのだ。女性
も数人いる。まさにゴロツキと嫌われた虚無僧の尺八を、
堂々と、当代一流の人々が嗜むものにした、その気概に
感嘆する。

ところで、楽譜は、すべて竹翁師の手書き。コピー機
なんて無い時代だ。一人ひとりにすべて手書きで渡した。

門人多数なので、出勤前に来る人もあり、稽古は朝5時
から深夜に及んだという。


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初代 荒木竹翁

2010-12-24 10:28:08 | 筝尺八演奏家
『故・三世荒木古童 没後50年記念誌』(昭和61年、
古童会発行)より。


琴古流の名跡「荒木古童」の初代は、文政4年
(1823)~明治41年(1908)、幕末から明治にかけて
尺八一筋で生きた。元近江水口藩士荒木亀三郎の
三男で「半三郎」。14歳から尺八を学び、虚無僧
行脚中に虚無僧の豊田古童に出会い、教えを乞うた。

そして、入門の許しを得て、古童宅を訪ねたものの、
「今日はダメだ。明日また来い」と。門前払いされる
こと2カ月。その熱意が認められて、ようやく門人と
なった。

そして、豊田古童の死後、荒木半三郎は「古童」の
名を襲名する。よって「古童」としては二代目。
そして「古童」の名は、明治32年、長男の真之助に
譲り、「竹翁」と号す。

「荒木竹翁」は 87歳で亡くなるまで、尺八を吹き
続けた。70歳で総入れ歯になっても、80歳までは
若者も到底及ばぬ吹奏だったという。

「その音量は、障子がビリビリと震えた」といい、
また「息継ぎを全く感じさせず、長い息を美しく、
途切れさせずに吹いた」という。

竹翁は「至勢というものは、日々の訓練によって、
魔術師と同じように他人をごまかす術を自ら会得
されるものである。秀れた魔術師になれたら、その
芸は本物だ」と。

注目するのは「唇を丸く空けて吹いた」ということだ。
尺八は「イ-」と、唇を一文字に引き締めて吹くものと
されているが、最近では、むしろ口孔を丸くする吹き方が
研究されている。私もそうしている。これによってパワー
が出る。そうした吹き方や循環呼吸法を、荒木竹翁は、
すでに、明治の時代に行っていたということに、私は
目を丸くするのである。


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12/18~ 23 の5日間 虚無僧 54~56日目

2010-12-24 05:26:45 | 虚無僧日記
18日は、東京に行き、虚無僧中断。

19日は、東京から帰って、いつも通り名古屋駅前に立つ。
日曜日で人出が多く、ご喜捨も多かったが、10時すぎ
日蓮正宗の青年にからまれた。

20日は、雨でまた中断。

21日は、早めに9時で切り上げた。ご喜捨はお一人様。

22日は、気合入れて、深夜12時過ぎまで吹く。祭日の前と
あって、12時まで すごい人。酔ってご機嫌のサラリーマンが、
「ヨォヨォヨォ~虚無僧だぁ~」と 抱きついてきたり、
私の手や尺八を握ったり。すべてを受け入れる。すっかり、
深夜営業の虚無僧となってしまった。朝 出勤時は、疲れた
顔で無口な人も、夜、酒が入ると 人が変わって 陽気になる
ようだ。

そして、今日 12/23は、虚無僧 56日目となる。
ステキな出会いがあった。白の上下にブーツのステキな
セレブの奥様が、立ち止まって、じっと聞いてくださった。
「すごい尺八。並の音ではない。こんな音は初めて聞いた。
心に響く」と、お褒めいただいた。「ぜひ、友達にも聞かせ
たいから、喫茶店などでのライブにも来てもらえるか」との
こと。私の音が解ってくださる方に出会える喜び。だから
虚無僧はやめられない。


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