現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

知って不幸になる?

2021-07-24 11:47:35 | 心の問題

以前、こんな記事を読んだ。

アフリカの奥地を取材した人の話。
原住民の子供らに“缶ジュース”をあげようとしたら、
母親が跳んで来て、取り上げて返してきた。
母親が言うには「やめてください。この子は、
今後もずっと、缶ジュースを買うことも、
飲むこともできないのですから」

おいしい味を知ってしまうと、それを欲しがり、
かえって不幸になる、というのだ。

考えさせられる。一生知らずにいた方が
その子らにとって幸せなのだ。

多くの種族の文明が 外来の文明によって滅びていった。
それを思うと、その母親は賢明である。
ありがた迷惑、いらぬおせっかいを、我々は時として
していないだろうか。

 

山本有三の『波』。「ドブの中のボウフラが かわいそうだからといって、

一匹一匹救い上げて洗面器に移しかえてやったとて、

それがボウフラにとって幸せだろうか」というような一節があった。

 


「いじめをなくすには」 ひろさちやの解答は

2021-07-24 11:47:05 | 心の問題

「ひろさちや」氏の「人生相談」。

「いじめをなくすには どうしたらよいですか」という質問に、

宗教家の私になぜそんな質問をするのか。それは「政治家」や
「教育者」「家族」が考えればいいこと。

「宗教家は、いじめをなくそうとしてはいけない」。
そう言うと、聞いた人は皆、びっくりする。その心はね、
いじめは昔からあった。同じように、殺人も昔からあったし、
泥棒も昔からあった。だから、私たち宗教家の仕事は、
いじめをなくすことではない。仮に、いじめをなくそうと
したらどうなるか。なぜいじめが発生したのか、誰が
いじめたのかという犯人追及になる。

その結果、犯人を追い詰めて いじめることになったり、
いじめられている子が、ますます いじめられることにもなる。

では、私たち宗教家はどうすべきなのか。昔は いじめを
かばう子供がいた。今の世の中の問題は、「いじめを失くす」
ことではなくて、いじめをかばう子供や大人が少なくなった
ことなんだ。この、かばう子供、かばう人間を多くして
いくのが、宗教家の仕事だ。

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ふゥム。わかったような・・・・わからんような。はてさて。
「親鸞」が自分に敵対する者を、次々に悔悛させていった
ようなことはできないものか。


凶悪犯を許せるか

2021-07-24 11:46:13 | 社会問題

天皇が代替わりし、令和となって恩赦もあるかとささやかれていたが、

昨日2人の死刑囚が死刑執行された。その記事に対して1380件もの

ツイートがあった。大半が「死刑執行当然」「死刑判決から6カ月以内に

死刑執行すべしと定められているのに、それ以上生かしているのは税金の

無駄遣い」などなど。早々に死刑執行して当然」「もっと残酷な方法で

公開処刑すれば、死刑の恐ろしさで、凶悪犯罪が無くなるのでは」という

意見も。死刑廃止論は見た所、1件しかなかった。

 

高速道路のサービスエリアで、通路に車を止めて煙草を吸っていた男を

注意したところ、走行中執拗に追いまわされ、停車させられて、

あげくトラックに追突され死亡した事件。実に不快。

この男、今回に限らず、度々このような事を繰り返していたとか。

社会の迷惑。抹殺すべしと誰もが思う。

しかし、彼を責めることはできるのだろうか。

親鸞は「できない」という。キリストも「人を責める資格は誰にも無い」と。

となると、被害に遭った人が、迷惑行為を咎めた事も悪かったことになる。

他人の行為を咎めること、叱責することが 必ずしも善ではない。

被害者にはお気の毒だが、咎めたことの結果が命取りになった。

同じことが、北朝鮮にもいえる。金正恩の横暴には全く手をやく。

困ったもんだ。だからといって、彼を殺す理由は日本にあるのだろうか。

アインシュタインも「平和は武力では保たれない。対話でしか解決しない」と。

キリスト教では「サタン(悪魔)も神が必要あって作りたもうモノだから、

それを咎めることはできない」という。

本人が自ら改心するのを待つしかないそうな。仏教でも「本人の中に

必ずある仏性を覚醒するまで待つべし」と説く。

「責めることはできない。北風と太陽、太陽であるべき」とも。

そのことをAさんに話したら「だから宗教はきらいだ」と。

これには言葉がつまった。宗教や倫理では解決できないのか、

 

 

 


「しつけ」って死語??

2021-07-24 11:45:00 | 社会問題

『新明解国語辞典」によると「“死語”とは、かつて
使用され、現在は全く使われなくなった単語で、例、
家庭における“しつけ”」とあるそうです。聞いて
ビックリ。

ネットでも「“しつけ”を死語に」「“しつけ”が
死語になれば世界は平和
」というような書き込みが
多数あって、これまた意外でした。

『お母さんは しつけを しないで』(長谷川博一著)
いう本まで出ています。

「“しつけ”は 児童に対する重大な人権侵害」と云うのです。
 
人権を侵害されて育った子供は他人の人権を平気で侵害する
人間に育ちます。差別やいじめは、その原因を突き止めると
「しつけ」にある事が明確です。

「しつけをしないと子供が犯罪者になるかもしれない」と
いうのは、真っ赤な うそであり。根拠のない迷信以外の
なにものでもありません。

むしろ しつけをした方が犯罪者になる確率ははるかに
高くなります。

「でも、最小限のマナーみたいなものが必要なのでは?」
と思う人もいるでしょう。勿論必要です。しかし、それは
強制で身に着けるものではなく、自然に身についていくもの
なので、しつけの必要性はまったくありません。

また公共の場で騒ぐ子供を「しつけのなっていない子」と
表現する人がいますが、まったくの事実誤認です。

基本的に子供はうるさいものですが、特に他人に不快感を
抱かせる様な騒ぎ方をする子供の場合、家庭がストレスの場
(しつけが厳しくって)になっている為に、外で発散せざるを
えなくなっているのが事実です。

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そこまで言い切られると、ハアァァァ? の私です。しかし、
「朝起会」でも、後ろで子供が泣きわめこうと、騒ごうと、
全く無視します。「子供の善導は親の倫理実践から」の
標語が掲げてあり、子供が騒ぐのは、“親”が至らぬから、
と、自らの行動を反省し、親の姿勢を改める修行をするのです。

たしかに、10年見てきて、どうしようもないヤンチャ坊主
だった子が、今は、おとなしい お利口な青年になっています。





角界の危機を救った明治天皇

2021-07-24 11:44:26 | 虚無僧日記

明治の初め、角力(すもう)の廃絶論が 起きた。
明治4年の「太政官布告」で
「裸体をさらすことが禁止」され、違反すると、
相撲取りでも鞭打ちの刑に処せられたとか。

同年、虚無僧も “いかがわしい やくざ集団”として
廃宗となった。相撲力士と虚無僧が「いかがわしいもの」
として、同時に 明治政府から否定されたとは面白い。

角力は、関係者の必死の働きかけで、明治天皇が相撲
好きであったことから、起死回生を遂げる。


古代の「8絃琴」発見

2021-07-24 11:43:51 | 虚無僧日記

滋賀県栗東市の下鈎遺跡から古墳時代初期(3世紀ごろ)の
琴」の上板がほぼ完全な形で見つかった。
長さ158センチ、幅24センチ。長さは全国で5番目。
写真では「突起」は4つしかないが、「8絃琴」らしいとの
こと。「8絃琴」なら、これが2例目だそうだ。

ところで、「琴(こと)」は本来「柱(じ)」が無いものを言うが、
これは「柱(じ)」を立てる「箏(そう)」のようだ。絃を放射状に
張るとか、頭部を鴎尾型とするのは、我国独得の構造で「和琴
(わごん)」といわれる。

中国の琴や高勾麗の玄琴、新羅の伽耶琴とも違う。特に「8絃」
となると、いろいろ問題がある。突起が4つで、なぜ「8絃」と
いえるのかも、まだ確証はない。

古代の「琴」は、祭祀に重要な意味を持っており、王の権威の
象徴でもあった。「8絃で最長クラス」の琴が出土したという
ことは、「邪馬台国=近江」説を裏付ける有力な史料になる
かもしれない、大発見なのだ。

下鈎遺跡ではこれまで多くの遺構や青銅関連遺物が発見され、
伊勢遺跡(守山市)と並び弥生時代の近江を代表する遺跡と
される。


「歴史の事実」とは過去にあるのではなく、未来にあるのだ。
「邪馬台国は近江にあった」という仮説に基づき、将来、
有力な史料が見つかれば、そこで初めて「事実」となる。






お一人様の老後

2021-07-24 11:43:00 | 社会問題

昭和になって核家族化が進み、サラリーマンの夫に妻、そして子ども

という家族構成が標準であったのに、平成になると、その核家族も崩壊。

いま最も多いのは1人暮らし世帯とのこと。私のマンションも12世帯

全員一人暮らし。うち4人は高齢者で生活保護受給者。

変わる家族の形 “おひとり様”

スーパーやコンビニには、お一人様用の食材が並ぶ。

レジャーも旅行も“お一人様”を対象に。

 

家族には頼れない単身高齢者

平成で急増した1人暮らし、その3分の1は 65歳以上の高齢者。
その半数は、収入が100万円以下の貧困層。

ニュース画像

生活保護を受ける高齢者が急増し、平成29年度には83万世帯。平成の間に3.6倍に増えた。

このうち9割は1人暮らし。年金だけでは暮らしていけない。

 

シルバー川柳より

   予定より 長生きし過ぎ 保険なし

  あの世行き 葬儀価格に 怖じ気づき 

 不自由に 耐える長生き 覚悟する 

 

第一生命「サラリーマン川柳」から

 居場所なく 近所のベンチで テレワーク

 平成に ついていけずに 令和来る


人を呪わば穴二つ

2021-07-24 11:41:26 | 虚無僧日記

「泣いた日もある、恨んだこと~も  思いだすだろ、懐かしく」

御存知『高校三年生』の2番。「恨んだことも」とは、ドッキリである。

「人生相談」に「高校の友達に、さんざんいじめられた。殺してやりたい」

と、ぶっそうな相談事があった。その解答が「人を呪わば穴二つ」。

サスペンスドラマでも、過去の復讐というストーリーがよくある。

でもその結果は、人を殺せば、自分も刑務所行き。最悪死刑。つまり

自分の墓を掘ることになる。

「そんなクズのために、自分の人生無駄にするな」と回答者。

さらに、「いじめられる理由は自分にもないだろうか」と。

 

話変わって、今日またお向いのマンションの住人とトラブル。

今までも、違法駐車、ゴミの不法投棄、深夜のドンちゃん騒ぎと

トラブルが絶えない。警察呼んでも、蛙の面にしょんべん、

改善されない。今日は粗大ゴミや非分別ゴミが大量に出された。

軽トラック一台分はある。思いあまって、ビル管理会社と警察に

通報し、来てもらったが、本人は出て来ず、警察も「民事で解決して

もらわねば」と関与せず。

もう、ドアを蹴破って、“ぶっ殺すしかない“ と言いたいところだが

こんなクズのために、事件の加害者になるのはバカバカしい。

もって行き場のないトラブル。どう解決したらよいのか。

思案橋ブルース。「忘れてよ、忘れてよ」。見て見ぬふりか。

 

 


人は鏡、相手を批判しない

2021-07-24 11:40:39 | 虚無僧日記

実践倫理(朝起き会)の実践徳目のひとつ「人は鏡、相手を批判しない」。

他人を批判ばかりしてきた私。今年の実践課題に決めた。

すると早速 試されることに。

名古屋城前の広い交差点。左2車線が左折ライン。

青の左矢印がついても、前の二台が一向に動こうとしない。

イラッとする私に、助手席のパートナーが「怒らない、怒らない。

こんなことで腹を立てない。見えてないんだから」と。

数秒待てば、さすが前の車も気づいて動き出した。

そうか、視界に入っていても肝心の信号が見えてないというとはよくある。

自分でも、後ろからクラクションを鳴らされてことがある。

まさに「人は鏡。自分だってそういうミスはするのだから、

決して相手を責めてはいけないということ。

 

その晩、テレビを たまたま付けて見たら、「伊勢神宮の紹介番組」で

「鏡は我をとると神」と。なるほど「かがみ」から「が(我)」の字を取ると

「かみ(神)」になるとの話。目から鱗。

鏡は己の醜い我を映し出す。鏡を磨くことで、己の我を拭い去れば

神の境地に至れるということか。

 

 

 


待つこと、見守ること、寄り添うこと

2021-07-24 11:35:17 | 心の問題

 

 ㈱ 新規開拓の社長で、自己啓発の各種セミナーを開催している「朝倉千恵子」さんのブログから転載させていただきました。 

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Aさんは、3人の子供を持つ父親です。

ある朝、家族そろって外出しようという時、3歳になる長男の着替えを手伝っていると

妻が「パパやらないで」と。

Aさんは「自分が着せてやったほうが早いのに」と不足心を出していると、

「最近、自分で着替えられるになったのをパパに見せたがってるのよ」と妻。

Aさんは、そこでハッと気づきました。

「自分の都合で、 子供が成長するチャンスを潰そうとしていたな」と。

思い返せば、職場でも部下の仕事の進捗を待てずに、 自分が代わりにしていた自分。

相手のことを信じて待つことが大切なのだと感じたAさんでした。

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これは、「倫理法人会」が発行している 【職場の教養】に書かれていた話とのこと。

実戦倫理宏正会(朝起き会) でも 全く同じことを教えている。

子供に(部下に)「待つこと、見守ること、寄り添うこと」と。

 

かく云う私、朝起き会の若い会友さんの行動に、ついつい口出ししてしまう。

本人のためにと思って、いろいろアドバイスしてしまう。

しかしである。

「成功の秘訣」「お金持ちになる本」等々ノウハウ本は 世に氾濫しているが

「それを読んで、成功した人、金持ちになった人は一人もいない」という本も

出ている。つまり、どんな助言、忠告、アドバイスも、その人を変えることは

むずかしい。すべては、本人自身の意識の心がけ次第

余計な口出しは、心の無駄、時間の無駄

「待つこと、見守ること、寄り添うこと」でいいのだ。