自動車免許を持っていない私の移動手段は、「公共交通機関」ということになる。
それが実家に帰省すると、つくづく「地方の暮らしは、クルマで維持されている」と、感じる。
この春、実家の父が自動車免許を返上した為、今回の帰省での移動手段は「公共交通機関」になった。
そのコトに関しては先日「バリアフリーって何?」というテーマで、エントリをさせて頂いた。
今回、実家のある米子やお墓がある松江などのJR駅を利用して感じたことは、「駅」という場所を地域との結びつきの「情報発信」という視点で、見直してみると随分「駅の役割」が違ってくるのでは?と言うことだった。
東京駅や名古屋駅など、1日の利用客が多い駅などは「駅」そのものの機能が、「公共交通機関」という役割で十分になっている。
それでもここ10年ほどで、東京駅をはじめとする大都市の顔となる「駅」であっても、随分変わってきた。
何より大きく変わったのは「乗り物に乗るために、駅を利用する」から「駅に来ることを目的とする」という、一種の「複合施設」的な要素を強く打ち出し、集客に成功している。
地方の「駅」は、大都市部の様な乗降客そのものが見込めない。
にも関わらず、昔ながらの「公共交通機関」としての「駅」という役割しか果たしていない、と言う印象を今回の帰省で持った。
同じ「駅」と名の付く人気スポット「道の駅」などは、まさに「目的地」として人が集まる場所となっている。
その多くの理由は、「地方独特のグルメ」や「産直販売」、「足湯」などの「癒しスポットの併設」などがあると思われるが、それだけでは無いと思う。
とにかく「道の駅」で発信される「情報量」が、地方のJR駅と比べると格段に多いのだ。
「道の駅」で休憩をしながら、「チョッと寄り道をしてみようか!」と言う、ローカル情報が沢山置いてある。
そんな「ローカル情報」をチェックするのも、「移動」の楽しみという気がする。
そんな「道の駅」と比べるとJRをはじめとする「ローカル駅」の構内の、寂しいこと。
せっかく「街の玄関」という「顔」を持っているのに、その魅力が発揮されていない様な気がする。
「街の玄関」である駅の印象も街の活性化という視点で考えれば、重要な位置づけになるはずだ。
まして国鉄時代なら話はともかく、民間企業になったのだから積極的に「ローカル情報」などを発信して、「街の魅力をPR」してみてはいかがだろう。
そもそも駅に隣接している「観光案内所」の、不便さや情報発信力の少なさには、本当に驚く。
ローカル駅の特徴かも知れないのだが、「観光案内所=旅館などのチラシ置き場」になっているだけで、地元のお祭りやイベントなどの情報が一目で分かる様にはなっていない。
旅館や美術館へのアクセスなどについても「チラシを見て下さい」という案内では、人は動かない。
「駅」という場所は、その「街への入り口」と言うだけではなく、「街の紹介所」でもあると思う。
街を存分に楽しむ為のアクセス案内は当然のコト、ローカルグルメの紹介やガイドブックなどに紹介されていない「隠れスポット」など、積極的に情報を発信することで外から来た人が楽しい!と思える「時間と場所」を提供することができると思う。
これまでと違う視点で、「駅」を考える必要があるのではないだろうか?