今日の午後行われた、北京オリンピックの男子フィギュアスケートのフリー。
SPでは、氷に足をとられ?思いがけず、7位という成績になってしまった、羽生結弦選手。
フィギュアスケートのファンならずとも、羽生選手の活躍を期待していた人たちが、国内外を問わずいたことだろう。
羽生選手自身が、どのような気持ちで今日の演技に向かわれたのかは、わからない。
ただ、果敢に4回転アクセルに挑戦をし、着氷に失敗し転倒したとは言え、世界で初めて「四回転アクセル」を認定されることとなった。
その挑戦し続ける、というアスリートとしての姿勢は、多くの人たちに感動を与えただろうし、キッチリと順位を上げ4位入賞というのは、とても立派な成績だったのではないだろうか?
もちろん、本来の羽生選手の実力をもってすれば、金メダルを獲っただろうが、「オリンピックには魔物がいる」といわれるように、予想していないことが毎回起きている。
ソチ大会の時は、浅田真央さんが「どうしたの?」と心配するほどSPでは不調のように思えた。
しかし、フリーの演技では多くの人に感動を与えるほど、素晴らしいもので今でのYouTube上には、当時の浅田真央さんの動画を見ることができるほどだ。
その男子フィギュアの結果が出た後、なぜかテレビなどでは羽生選手の失敗映像が度々流れる、とTwitterの友人がつぶやいていた。
その方は、「失敗した映像よりも、四回転アクセルを成功させた映像がたくさん見たいのに…」という気持ちだったようだ。
そのtweetを見て、全てではないが日本のスポーツ映像では、なぜか失敗とか厳しい状況に置かれた映像を、繰り返し流す傾向があるように感じることがある。
その理由を考えると、「失敗から成功」というストーリーを見せているのかな?という気がしたのだ。
しかし、メディアが考える「失敗から成功」という、まるで「お涙頂戴サクセスストーリー」のような構成の映像を、生活者は見たいのだろうか?
今回の羽生選手の場合、4回転アクセルの着氷→転倒というのは、失敗シーンなのかもしれない。
同じシーンを流すにしても、視聴者が「果敢のチャレンジする羽生選手は、やはり凄いな~」と感じさせるようなコメントや映像編集を、生活者は期待しているのではないだろうか?
ここ数年感じることなのだが、メディア側が考え・出す内容と生活者の感覚が、大きくずれ始めているのでは?
今回の羽生選手の場合、北京に入るのが遅かったのか?まるで不参加のような表現を一時期していた。
おそらく事前にフィギュアスケートの協会などには、事前に連絡をしていただろうし、開催をする側は把握していたのでは?と、想像をしている。
取材をすれば判るのでは?と思うのだが、「不参加なのか?」と、随分騒がれたような気がしている。
そして、ジャンプ団体で失格となった高梨選手についても、彼女が泣き崩れる場面が数多く流れているように思う。
ドーピング違反ではなく、ウェアの問題であり、高梨選手以外にも4人の選手が同じ理由で失格となっているにも拘わらず、メディアに登場するのは高梨選手ばかりだ。
その結果?高梨選手がSNSで謝罪することにまで、なってしまっている。
高梨選手を責めても意味がなく、一番傷つき悔やんでいるのは高梨選手自身なのに、これでもか!というくらいの報道をしている感があるのだ。
メディア側は「決してそんなことを考えているわけではない」といわれるかもしれないが、そのような報道が、より高梨選手を傷つけているのではないだろうか?
オリンピックという晴れの舞台に立つ選手たちは、その日のために様々な努力をして来ている。
「悪いことには悪い」と、メディアが言う必要があると思うのだが、予期せぬことで実力が十分発揮できなくて、一番悲しく悔しい思いをしているのは、誰でもないアスリート本人である、という考えをもって報道をしてもらいたい、と思うのだ。
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