一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

金曜サロン・鹿野圭生女流初段②・その翌日

2010-10-20 00:22:33 | LPSA金曜サロン
19日の未明、ヘンな夢を見た。私はとあるビルのエレベーターの最上階の隙間から出入りする怪盗で、そこを根城にしていたのだが、ある日そのビルに入っていた会社がすべて引っ越してしまい、私の暗躍の場がなくなってしまったのだ。その住居者に中井広恵女流六段と石橋幸緒女流四段がいたような記憶はあるので、将棋関連の夢といえば云える。
そのあと将棋が出てきて、これがなかなかおもしろい局面だった。駒の配置は違うが、イメージとしては昭和58年に指されたA級順位戦プレーオフ、中原誠十段・棋聖対谷川浩司八段の将棋に似ていた。
さらに場面が変わって、中井女流六段が道を歩いているのだが、その数メートルあとを私が警護するという妙なシチュエーションのなか、目が覚めた。

以下に記したのは、鹿野圭生(カノ・タマオ)女流初段との指導対局の一場面。ここで私の指した手を当ててください。最善手ではないと思うが、この手を見た鹿野女流初段が「なんか良さそうな手やなあ…」と言った。

上手・鹿野女流初段;1三歩、2四歩、3三飛、3八歩、5二金、5四歩、6一金、6三歩、6五馬、7二銀、7三歩、8一桂、8二王、8三歩、9一香、9四歩 持駒:銀、香、歩
下手・一公:1一と、1二角、1七歩、2九桂、4六香、4七歩、4八銀、5六歩、5八金、5九飛、6七歩、6九金、7六歩、7八玉、8七歩、8九桂、9六歩、9九香 持駒:銀、桂、歩

7月16日のLPSA金曜サロン、2部は鹿野女流初段の担当だった。しかし翌17日は、東京竹橋・パレスサイドビルで、マイナビ一斉予選対局があった。鹿野女流初段は5月に行われたチャレンジカップをからの出場だったが、見事に勝ち抜いて、参戦権を獲得していたのだ。
女流棋界最高の棋戦の前日なら、ふつうは英気を養いたいところ。だがカノタマはそんなヤワではない。5月に続いて、対局前日の金曜サロン登板となった。
ただし前回のそれは、東京のLPSAファンクラブ会員(金曜サロン会員)との交流を図りたい、というサービス精神が見えたが、今回はウォーミングアップの意味合いが強かったように思う。
指導対局開始。鹿野女流初段の四間飛車に、私は単に☗左4六銀と出る急戦。数手後、鹿野女流初段は☖3六歩と飛車を呼び込んで、☖4五歩の決戦に出た。以下24手進み、私が☗4六香と据え、鹿野女流初段が☖3三飛とよろけたのが、上に記した局面である。
ここで私は☗7七銀と打った。攻めに使いたいカナ駒をじっと自陣に打つので辛いが、腰の入った一手だと思った。
そこで鹿野女流初段が「なんか良さそうな手やなあ」とつぶやいたのである。
以後もむずかしい戦いが続いたが、☖6二金☖6三歩☖7二銀☖7四歩☖8二王☖8三歩☖8四香 持駒・飛、金、香、☗4三と☗4五馬☗4七歩☗5四歩☗5八金☗7七銀☗8七歩☗7八玉…の局面で、鹿野女流初段に☖8七香成とする手があった。以下☗同玉☖8五飛(王手馬取り)☗7八玉☖4五飛☗5三歩成の攻め合いは私の一手勝ちだと思うが、実戦ならどう転んでいたか分からない。
本譜は何かのときの王手を消した☖6四歩。それでも私は☗4六馬と引き、☖7三金に☗5三歩成を実現し、なんとか勝たせていただくことができた。
決戦前夜にこれだけ熱心に指導対局をしてくれたのだから、鹿野女流初段は予選を勝ち抜くだろうと思った。
しかし翌17日、鹿野女流初段は初戦で高校生女流棋士に完敗した。その女流棋士がいまをときめく室谷由紀女流1級で、そのまぶしい制服姿にコロッときた私は、いっぺんに彼女のファンになってしまったのである。
コメント (4)
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