一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

信濃わらび山荘将棋合宿(第5話)・朝の中井広恵女流六段

2010-11-12 00:44:07 | 将棋イベント
草木も眠る丑三つ時、キラキラした瞳のKaz氏に戦いを挑まれ、私は断れなくなった。Kaz氏とはすでに1局指しているから再戦は味がわるいが、Kaz氏はお構いなしのようだ。
振り駒で私の後手番。私は横歩取らせから☖2八歩☗同銀☖4五角と打つ。定跡通のKaz氏だが、どこまでこの将棋を知っているのだろうと思ったら、「羽生の頭脳」に出ている「☗8三角」まで進んだ。これは私の読みが甘かったか。真夜中だから中盤までの読みを省いたというわけではないが、ともかく一気に終盤になだれこんた。
「羽生の頭脳」ではこのあと数手進んで先手よし、になっているが、「NHK将棋講座2009年1月号・歴史とロマンの横歩取り」では、講師の森下卓九段が☗8三角に代えて☗5四歩と打つ手を紹介している。つまり☗8三角は次善手の可能性もある。以前も書いたが、「これにて先手よし」は、アマ同士の戦いはアテにならず、ここからが勝負なのである。
☗8三角以下、☖5四香☗5五桂。やはり後手が苦しいか。数手後、☗4二銀☖同玉☗6一角成と進む。ここで受ける手もあったようだが、盤上には☗2八銀☗4八玉、☖8九竜とあり、後手(私)の持ち駒は金2、銀、桂。受けても一手一手と見て、私は先手玉を詰ましに行った。
単に☖4九金では☗3八玉で詰まない。そこで先に☖3九銀と打つ。そのときKaz氏が、うっ、とうめいた。勝敗はともかく、一局の中では相手を脅す手を入れるのが肝心である。これで次に対戦したときに、「こいつは手ごわい」と思わせることができる。これと似た意味のことを、米長邦雄永世棋聖も「米長の将棋」で教えている。
☖3九銀以下☗同銀☖4九金☗3八玉☖3九金☗2七玉。
当然といえば当然の進行だが、手順に銀を取り返したこの局面で詰まないことに気づき、愕然とした。スジは☖2六銀☗同玉☖2五金☗2七玉☖3五桂だが、☗1八玉と引かれてどうしても詰まないのだ。
この時点で持ち時間は6分前後残っており、秒読みになるまで考えたが、やはり不詰めだった。実戦は☖3五桂☗3六玉、まで私の投了。前局の勝利が帳消しになる、悔しい敗戦となってしまった。
簡単に感想戦を済ませて腕時計を見ると、3時半を過ぎていた。Y氏とUe氏は熱心に感想戦を続けている。しかしこいつら、つくづく将棋バカだなと思う。ことにY氏は将棋に淡泊な印象があったが、どうしてどうして、ここまで指し継ぐとは予想もしなかった。
周りを見た記憶があるが、ほかに人はいなかった気がする。これ以上指したら、夜が明けてしまう。駒はすべて駒箱にしまい、さすがに私たちも、これでお開きにした。

ジリリリリリ!!
うおっ!? けたたましい音で起こされる。上のベッドで寝ているY氏の目覚まし時計だろうか。カーテンの隙間からは光が射している。自分の腕時計を見ると、午前7時を過ぎたばかりだった。なんだバカヤロー。朝食は7時半からだから、あと数分は夢の中にいられたはずだ。Y氏、準備が良すぎる。
眠たい頭で顔を洗い、表へ出る。雨はすっかり止んでいるが、霧がすごい。結局きのうは、何の事件も起きなかったようだ。
そのまま食堂へ向かう。どうも私が一番ノリのようだ。そうか、と思う。朝食は7時半「から」であって、7時半「まで」に食堂に入らなくてもよかったのだ。どうも旅先だと、時間に敏感になってしまう。一人旅の習性である。
ポツポツ人が集まってきた。中井広恵女流六段、植山悦行七段、大野八一雄七段も顔を見せる。朝の中井女流六段も、いいカンジである。
私は前日と同じ席にすわった。ほかのみんなもほぼ同様だったようである。ただ、大矢順正氏は、先に帰ったという。1局も将棋を指さず、ただヒトの将棋を観戦していただけなのに、妙に存在感のある人だった。またお会いしたいと思う。
朝食のメニューは、大きなメザシが2匹、ノリ、梅干し。みそ汁の具はモヤシ。あと何があったか…。パンのサービスもあった。とにかく朝食も、そこそこおかずがあったということだ。ちなみにウチの朝はトーストと牛乳、ハム程度だが、旅先だと食欲が出るのはなぜだろう。
「私、朝はコーヒーを飲まないとダメなのよ」
と中井女流六段が言い、セルフサービスのコーヒーを注ぐ(100円)。中井女流六段の秘密を垣間見たような気がして、朝から興奮してしまう。
向かいにすわっているY氏が、無言でノリと梅干しを寄越す。私も当たり前のように食べ、ご飯もおかわりしてしまった。また太りそうだ。ごちそうさま。
この日のスケジュールは、引き続き食堂をお借りして、昼まで実戦。お弁当もここで食べ、午後1時に山荘を出発。3時ごろ、小諸の「丸山珈琲」でティータイムのあと、5時に上里PAに到着、以後は行きとほぼ同じメンバーで出発時の最寄駅に到着することになっている。
というわけで、朝食後は再び食堂に盤駒を戻す。机と椅子も元に戻し、ラウンジはスッキリした。シーツと枕カバーは外してラウンジに出し、布団も畳む。またユースホステルを思い出す。
まず、宿泊棟とはお別れする。私物を持って食堂に入ると、私たちは前夜と同じスペースにすわって、駒を並べ始めた。近くに一般の家族客がいて、冷たい視線を感じたが、気にしない。やがてその家族も席を立ち、私たちは誰に気兼ねすることなく、将棋を集中することができた。
棋士の3人は席を外していたが、周りを見ると、その他全員が将棋盤に向かっている。もちろんAkiちゃん、Hanaちゃんもいる。いやしかし、この将棋好きの連中はいったい何なんだろう。私も当事者だが、すさまじい光景だと思った。
私の1局目はHon氏だった(と思う)。Hon氏とは社団戦最終日の打ち上げの席で将棋を指したが、Hon氏絶妙の指し回しで、2連敗を喫した。本局もむずかしい将棋だが、何とか誤魔化すことができた。
次はIz氏と指す。しかしIz氏、LPSA芝浦サロンの成長株ではあるが、朝が弱いのか、本局は不出来な将棋だった。
ところでこの日はその芝浦サロンで、「こけら落としトーナメント」が開催される。もう大会が開幕したころだ。船戸陽子女流二段のプロデュースでもあり、私も参加したかったが、かようなわけで不参加を余儀なくされた。
北尾まどか女流初段、藤田麻衣子さんがLPSAを退会したあと、船戸女流二段は身を削って八面六臂の働きをしてきた。それは彼女を間近で見てきた私たちが、最もよく知っている。
W氏はかつて、「(もし船戸女流二段がLPSAに移籍していなかったら)LPSAは終わってたでしょ」と当然のように言い切った。むろん私も同意見だし、ほかのみんなもそうだ。船戸女流二段に人気があるのは、美人でスタイルがいいから、だけではない。そうした地道な努力を、みんながしっかり認識しているからなのだ。
私は信濃の山奥から、今回のトーナメントの成功を祈った。
中井女流六段が、
「まだ私と指してない人はいますか」
と言う。私である。今回の合宿では、全員が3人の棋士に指導対局を受けられるよう、配慮していたようだ。
手を挙げて中井女流六段の前にすわるが、この時間の対局者は私ひとりだった。朝からこんな贅沢な体験をしていいのか、と恐縮してしまう。
しかし頭は冷静である。手合いはどうするか迷ったが、図々しく平手を所望した。
☗7六歩☖3四歩。ここで中井女流六段が、
「あっ、何かご要望の戦形はありますか?」
と言った。
「いえ、何でも結構です」
と私も返す。将棋は自分の好きな手を指せるゲームだから、相手(上手)の指し手は拘束しない。
私は横歩取りから、☗3三角成~☗9六角と指した。定跡では先手不利とされている手順だが、実戦は生き物である。そう簡単に後手がよくなるとも思えない。
しかし本局は相手がわるかった。こちらが想定していた手順ではなく、右銀をジリジリ進出され、一遍にこちらが敗勢になってしまった。
私は自陣に「忍」の角を打ち、中井女流六段を「グッ」と驚かせたが、これは呆れられたというべきだろう。こんな手で形勢を挽回できるはずもなく、以下は数手で投了に追い込まれた。
それにしても…中井女流六段に将棋を教わる機会はなかなかない。それを先手不利とされる定跡で挑むとは…まったく浅はかだった。
「私がこの将棋を何年指してると思ってるんですかァ」
と笑われたが、返す言葉がなかった。
激しい自己嫌悪に陥っていると、Akiちゃんが空いているようだった。Akiちゃんとは前日も指したが、こっぴどく負かされた。同じ人と2回指すのは味がわるい、と認識していながら、私はAkiちゃんに再戦を申し込んだ。
(つづく)
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