「将棋って、初形で自分のところに20枚、駒が並んでるでしょ。あれがイヤなんだ」
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一瞬私たちは、武宮正樹九段の言っている意味が分からなかった。
要するに囲碁は、石ひとつ置いていない広大な盤面に、おのが構想を一から表現できる。しかし将棋はすでに、40枚の駒が並べられている。これが自由な表現を阻害するというのだ。
まさに宇宙流らしい斬新な発想で、そんな理由は初めて聞いた。
といって将棋の開始時点で、それぞれ19枚の駒を持ち駒にはできまい。たぶん後手玉に、即詰みが生じているからだ。
「囲碁は、対局中に誰も助けてくれない。勝ち負けもハッキリしている。ウソのない世界で、そこが好きです」
「囲碁が強くなるには、どうすればいいですか?」
と、中倉彰子女流二段。
「自分の打ちたい手を打つ。思った手を打つ、ということですね」
途中、意味不明な箇所はあったが、さすがに面白い、武宮九段のトークだった。
3階に降りてみる。今度は飯野健二八段、飯野愛女流初段が始動対局に加わっていた。いつもふたりは並んで指していて、以前、カメラで愛女流初段を撮ろうとしたが、健二八段の存在が気になって、シャッターを押せなかったものだ。今回も、眺めるだけに留める。
何となく愛女流初段に見られた気がしたが、私はとくに近づくこともなく、その場を離れた。
表の空気を吸いに出る。
例年は近くの蕎麦屋でもりそばを食すのがルーティーンだったが、今年はその時間がない。
建物に戻ろうとすると、島井咲緒里女流二段に声を掛けられた。ここで!! 私も頭がハゲてなけりゃウェルカムなのだが、こんな惨状では女流棋士とお話する資格がない。
でも仕方ないから、いっしょにエレベーターに乗る。2階から、中倉宏美女流二段も乗り込んだ。
「最近、LPSAのイベントに出てくれないですよね」
と島井女流二段。宏美女流二段は、私の存在などどうでもいい感じだが、島井女流二段は屈託なく話しかけてくれる。ありがたいことで、13日間だけだったが、私が「女流棋士ファンランキング」で1位に上げただけのことはある。
「はあ、もうLPSAのファンは卒業かな、と」
「ええー」
こういう心にもないことを言ってしまうのが、私の悪い癖である。
12階では、矢澤亜希子さんと森内俊之九段のバックギャモン対決が始まっていた。
バックギャモンと言えば、古くは森けい二九段がプレイヤーだったが、森内九段もやるらしい。
その後方では、井出洋介雀士が、ファンのお客と麻雀を打っている。ほかでもボードゲームをやっているのだが、いかんせんスペースが少ない。動線が塞がれていて、容易に動けないのだ。
15時30分から、「窪田ワールドと愉快な仲間たち」が始まった。宏美女流二段が司会で、まずは窪田義行七段単体の登場である。……が、その窪田七段が来ない。
何だかケータイを見ているとかで、登場が遅れているらしい。棋士が将棋以外の仕事に就いたら……は夢のある仮想で、島朗九段はソツなく仕事をこなすと思うが、窪田七段あたりは、棋士という職業があってよかったね、というやつである。
5分遅れて窪田七段が登場した。
「先生、先生はいつも七つ道具を持ち歩いているそうですが、それを見せていただけますか?」
と、宏美女流二段。
「いいえ無理です。これはヒトに紹介するものではない」
と言いつつ、傍らから「将棋世界」最新号を取り出した。「これは将棋世界最新号です。私は棋士だから、ほかの人より早く入手できる」
「そ、そうですか。あの、今月号のオススメはどこでしょうか」
「そりゃ全部ですよ」
分かり切ったことを聞くな、という感じだ。私たちはさっきからゲラゲラ笑っている。
「せ、先生は綺麗好きと聞いていますが」
「そうですね、盤は綺麗に拭きます」
「詰将棋カラオケもやられるそうですが」
「そうですね」
というところに、「あの、あの、あの」と、けたたましい声で上村亘四段が乱入した。お馴染み、加藤一二三九段の模写である。何だか訳が分からなくなってきた。このカオスを捌けるのは、もはや宏美女流二段だけだ。
「このイベントの感想はどうでしょう羽生先生」
宏美女流二段は上村四段に振る。
「あんのー、12階からの眺めが綺麗で、あんのー…」
もう訳が分からず、私は一瞬その場を離れる。指導対局を終えた八代七段がいたので、挨拶をする。
「先生このたびは七段昇段おめでとうございます。リボンが『八代六段』になってましたね」
「ああ大丈夫です」
そういう細かいことは気にしないようだ。
バックギャモンの対決はまだ続いている。これもルールを覚えれば楽しいと思うのだが、私の性格からしてのめりこむ可能性があり、諸刃の剣である。
トークショーは、窪田七段が頭に手ぬぐいみたいなものを巻いた。最初は上村四段がアシストしていたのだがうまくいかず、ええい、と自分で巻いた。カーキ色に白抜き文字で、「将棊頭山」とか書いてある。
「これは登山の時しか頭に巻かないんですが、今日は特別にいいでしょう」
上村四段が「窪田峰王!」と呼ぶ。私は詳しくないのだが、先日、中川大輔八段と窪田七段がとある名山の頂上で決戦し、窪田七段が勝ったらしい。
上村四段が誰かの真似をする。今度は中川八段らしい。何だかもう、カオス状態である。
上村四段が退場し、瀬川晶司六段が登場した。
「棋士はマトモな人もいる、ということを知ってもらわねばなりません」
という瀬川六段は、手に書物を持っています。ひとつは「泣き虫しょったんの奇跡」の文庫本だ。
「最近いろいろありましたけど、内容にはまったく関係ないんで……」
同名DVDの発売が無期延期になったからだが、ま、大した打撃ではないだろう。
もうひとつは「将棋指す獣」で、昨年から月刊コミックバンチで連載されている。瀬川六段はこの将棋監修を務めているのだ。
瀬川六段も商品のPRのイメージがあるが、まあいい。
(上村四段の写真はピンボケばかりで、掲載を断念しました)
トークショーも終わり、私は帰る一手である。いろいろあった平成だが、ここまで平和に生きてこられたのだから、佳しとしようか。
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一瞬私たちは、武宮正樹九段の言っている意味が分からなかった。
要するに囲碁は、石ひとつ置いていない広大な盤面に、おのが構想を一から表現できる。しかし将棋はすでに、40枚の駒が並べられている。これが自由な表現を阻害するというのだ。
まさに宇宙流らしい斬新な発想で、そんな理由は初めて聞いた。
といって将棋の開始時点で、それぞれ19枚の駒を持ち駒にはできまい。たぶん後手玉に、即詰みが生じているからだ。
「囲碁は、対局中に誰も助けてくれない。勝ち負けもハッキリしている。ウソのない世界で、そこが好きです」
「囲碁が強くなるには、どうすればいいですか?」
と、中倉彰子女流二段。
「自分の打ちたい手を打つ。思った手を打つ、ということですね」
途中、意味不明な箇所はあったが、さすがに面白い、武宮九段のトークだった。
3階に降りてみる。今度は飯野健二八段、飯野愛女流初段が始動対局に加わっていた。いつもふたりは並んで指していて、以前、カメラで愛女流初段を撮ろうとしたが、健二八段の存在が気になって、シャッターを押せなかったものだ。今回も、眺めるだけに留める。
何となく愛女流初段に見られた気がしたが、私はとくに近づくこともなく、その場を離れた。
表の空気を吸いに出る。
例年は近くの蕎麦屋でもりそばを食すのがルーティーンだったが、今年はその時間がない。
建物に戻ろうとすると、島井咲緒里女流二段に声を掛けられた。ここで!! 私も頭がハゲてなけりゃウェルカムなのだが、こんな惨状では女流棋士とお話する資格がない。
でも仕方ないから、いっしょにエレベーターに乗る。2階から、中倉宏美女流二段も乗り込んだ。
「最近、LPSAのイベントに出てくれないですよね」
と島井女流二段。宏美女流二段は、私の存在などどうでもいい感じだが、島井女流二段は屈託なく話しかけてくれる。ありがたいことで、13日間だけだったが、私が「女流棋士ファンランキング」で1位に上げただけのことはある。
「はあ、もうLPSAのファンは卒業かな、と」
「ええー」
こういう心にもないことを言ってしまうのが、私の悪い癖である。
12階では、矢澤亜希子さんと森内俊之九段のバックギャモン対決が始まっていた。
バックギャモンと言えば、古くは森けい二九段がプレイヤーだったが、森内九段もやるらしい。
その後方では、井出洋介雀士が、ファンのお客と麻雀を打っている。ほかでもボードゲームをやっているのだが、いかんせんスペースが少ない。動線が塞がれていて、容易に動けないのだ。
15時30分から、「窪田ワールドと愉快な仲間たち」が始まった。宏美女流二段が司会で、まずは窪田義行七段単体の登場である。……が、その窪田七段が来ない。
何だかケータイを見ているとかで、登場が遅れているらしい。棋士が将棋以外の仕事に就いたら……は夢のある仮想で、島朗九段はソツなく仕事をこなすと思うが、窪田七段あたりは、棋士という職業があってよかったね、というやつである。
5分遅れて窪田七段が登場した。
「先生、先生はいつも七つ道具を持ち歩いているそうですが、それを見せていただけますか?」
と、宏美女流二段。
「いいえ無理です。これはヒトに紹介するものではない」
と言いつつ、傍らから「将棋世界」最新号を取り出した。「これは将棋世界最新号です。私は棋士だから、ほかの人より早く入手できる」
「そ、そうですか。あの、今月号のオススメはどこでしょうか」
「そりゃ全部ですよ」
分かり切ったことを聞くな、という感じだ。私たちはさっきからゲラゲラ笑っている。
「せ、先生は綺麗好きと聞いていますが」
「そうですね、盤は綺麗に拭きます」
「詰将棋カラオケもやられるそうですが」
「そうですね」
というところに、「あの、あの、あの」と、けたたましい声で上村亘四段が乱入した。お馴染み、加藤一二三九段の模写である。何だか訳が分からなくなってきた。このカオスを捌けるのは、もはや宏美女流二段だけだ。
「このイベントの感想はどうでしょう羽生先生」
宏美女流二段は上村四段に振る。
「あんのー、12階からの眺めが綺麗で、あんのー…」
もう訳が分からず、私は一瞬その場を離れる。指導対局を終えた八代七段がいたので、挨拶をする。
「先生このたびは七段昇段おめでとうございます。リボンが『八代六段』になってましたね」
「ああ大丈夫です」
そういう細かいことは気にしないようだ。
バックギャモンの対決はまだ続いている。これもルールを覚えれば楽しいと思うのだが、私の性格からしてのめりこむ可能性があり、諸刃の剣である。
トークショーは、窪田七段が頭に手ぬぐいみたいなものを巻いた。最初は上村四段がアシストしていたのだがうまくいかず、ええい、と自分で巻いた。カーキ色に白抜き文字で、「将棊頭山」とか書いてある。
「これは登山の時しか頭に巻かないんですが、今日は特別にいいでしょう」
上村四段が「窪田峰王!」と呼ぶ。私は詳しくないのだが、先日、中川大輔八段と窪田七段がとある名山の頂上で決戦し、窪田七段が勝ったらしい。
上村四段が誰かの真似をする。今度は中川八段らしい。何だかもう、カオス状態である。
上村四段が退場し、瀬川晶司六段が登場した。
「棋士はマトモな人もいる、ということを知ってもらわねばなりません」
という瀬川六段は、手に書物を持っています。ひとつは「泣き虫しょったんの奇跡」の文庫本だ。
「最近いろいろありましたけど、内容にはまったく関係ないんで……」
同名DVDの発売が無期延期になったからだが、ま、大した打撃ではないだろう。
もうひとつは「将棋指す獣」で、昨年から月刊コミックバンチで連載されている。瀬川六段はこの将棋監修を務めているのだ。
瀬川六段も商品のPRのイメージがあるが、まあいい。
(上村四段の写真はピンボケばかりで、掲載を断念しました)
トークショーも終わり、私は帰る一手である。いろいろあった平成だが、ここまで平和に生きてこられたのだから、佳しとしようか。