葛城の道のクライマックスである一言主神社を拝んでから、また軽い山道に入る。
途中に、綏靖天皇葛城高丘宮の石碑がある。単に山があるだけで、宮の跡とは思えない。
説明板には、
高丘宮跡(神宮の芝)
第二代綏靖天皇の皇居である葛城高丘宮の遺跡だと伝えられている。また、仁徳天皇の皇后・磐之姫の故郷でもあり、有名な山背河の歌のなかで、この地が詠まれている。
つぎねふ 山城川を 宮のぼり わがのぼれば あをによし那良を過ぎ をだて大和を過ぎわが
見まほし国は 葛城高宮吾家あたり
とある。
実在したかはわからない天皇のお宮。
古墳でもないようだから、発掘でもしてみたら。
葛城付近では、かなり古い集落跡が多数発掘されている。
視界が開けた。田んぼの向うに、奈良盆地が広がる。
ここの稲は、まだ刈り取られていない。種籾用?
奈良らしいのどかな風景だ。
さらに足を進めると、九品寺があった。
紅葉も美しい参道。
本堂。
説明書きには、
空海の創始したといわれる戒那千坊の一つで、室町時代の兵火をまぬがれて、いまに残る。
本堂は、明和五年(1769年)に再建された。本草の阿弥陀如来坐像は重要文化財。境内や本堂裏山から1800余体といわれる「千体仏」が発掘された。門前には西国三十三ヶ所観音霊場巡りや、十徳園といわれる回遊式庭園がある。
とある。
時間が押してきていたが、かろうじて、千体仏はチラ見。こんな感じで、ジグザグ道沿いに千体仏が並んでいる。地中に埋まっていたという割には、摩耗が激しい?
さらに進むと、駒形大重神社がある。これも、ミステリアスな神社だ。
説明書きには、
本社は、御所市西部を南北に走る、葛城の道(葛城古道)の楢原地区石川にあり祭神は、滋野貞主命外一座不詳とされている。本堂は五尺四寸に六尺一寸、本社は「延喜式神名帳」にある葛城大重神社を駒形神社に合併して現在のように祀られているのであるという。(「大和神社神名張」)境内神社には、春日神社、市杵島此売神社、八幡神社、神明神社、琴平神社の五社がある。
本社の駒形の名のいわれであるが、ー地元の古老の話によるとその昔、農耕に使役された馬を祀ったので、その名が今に残っているのではないかとの事であるが、駒形の名のためか馬にかかわる人々が今もこの神社に参拝されているという。
とある。
ここも謎めいた由緒のある神社だが、この神社も、時間の関係で、鳥居のみで失礼せざるを得なかった。本殿の姿は?
明日から、連休を利用して、ちょっと小旅行予定。PC持って行かないから、更新できないかも
m(_ _)m