住民票不記載処分取消等請求事件です。
世田谷区で平成17年に生じました。(現在の新生世田谷区政(H23~保坂展人区長)以前の事件であることをお断りしておきます。)
「嫡出でない子」の記載を拒んだため出生届が世田谷区に受理されませんでした。この出生届が出されていないため、住民票記載の届出をするが住民票に記載されず、そのことを争った事件です。世田谷区も、出生届における付せん処理対応や、住民票はないですが、行政サービスが受けられるように配慮し、ある程度努力された経緯はわかります。
ただ、今井功裁判官の意見(最後に掲載)にありますが、職権調査をし、住民票記載に対応すべきではなかったかと私も思います。
なお、さらに言えば、このような事案の処理は、裁判沙汰になる前に、区議なり議員が間に入って、お互いの調整ができればよかったのではないかと感じました。
【事件の概要】
X2,X3は、平成11年以降、世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。
X1は、母X2、父X3の第2子として平成17年3月出生した。(父X3は、平成17年2月24日我孫子市長に子X1に係る胎児認知届を提出受理)
平成17年4月11日、X3は、「嫡出でない子」との表記を避けるために「父母との続き柄」欄に何ら記載しないままX1の出生届を提出しようとした。
Y世田谷区の区長は、X3が補正の求めにも応じず、いわゆる付せん処理による対応も拒否したため、当該届出を受理しなかった。(「本件不受理処分」)
X3は、本件不受理処分の取消し及び出生届の受理を求めて不服申し立てをしたが、東京家裁は不服申し立てを却下し、東京高裁も抗告を棄却し、最高裁も特別抗告を棄却。
一方、平成17年5月19日、X3は、X1の住民票の記載をするよう区長に対して申出したが、区長は、X1の出生届が受理されていないことを理由に住民票の記載をしない旨、応答した。(「本件応答」)
X2,X3は、その後もX1の住民票の記載を行うよう求めたが、受け入れられないので、区長に対する異議申し立て、東京都知事に対する審査請求を経た後、X1,X2,X3が本件応答の取消し、X1の住民票作成の義務付け、損害賠償を求めて出訴した。
【制度理解のための補足】(参照法令は、平成24年2月1日 現在の現行法令で記載)
住民基本台帳の制度趣旨
○住民基本台帳法
(目的)
第一条 この法律は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め、もつて住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。
住民基本台帳と住民票
住民基本台帳は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳であり(法6条),住民票には,住民の氏名,出生の年月日,男女の別,世帯主との続柄,戸籍の表示等を記載するところ,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨を記載すべきものとされている(法7条)
住民基本台帳とは
○住民基本台帳法
(住民基本台帳の作成)
第六条 市町村長は、個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳を作成しなければならない。
2 市町村長は、適当であると認めるときは、前項の住民票の全部又は一部につき世帯を単位とすることができる。
3 市町村長は、政令で定めるところにより、第一項の住民票を磁気ディスク(これに準ずる方法により一定の事項を確実に記録しておくことができる物を含む。以下同じ。)をもつて調製することができる。
住民票の記載内容
○住民基本台帳
(住民票の記載事項)
第七条 住民票には、次に掲げる事項について記載(前条第三項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては、記録。以下同じ。)をする。
一 氏名
二 出生の年月日
三 男女の別
四 世帯主についてはその旨、世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
五 戸籍の表示。ただし、本籍のない者及び本籍の明らかでない者については、その旨
六 住民となつた年月日
七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については、その住所を定めた年月日
八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については、その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については、その年月日)及び従前の住所
九 選挙人名簿に登録された者については、その旨
十 国民健康保険の被保険者(国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)第五条及び第六条の規定による国民健康保険の被保険者をいう。第二十八条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の二 後期高齢者医療の被保険者(高齢者の医療の確保に関する法律(昭和五十七年法律第八十号)第五十条及び第五十一条の規定による後期高齢者医療の被保険者をいう。第二十八条の二及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の三 介護保険の被保険者(介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第九条の規定による介護保険の被保険者(同条第二号に規定する第二号被保険者を除く。)をいう。第二十八条の三及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一 国民年金の被保険者(国民年金法(昭和三十四年法律第百四十一号)第七条その他政令で定める法令の規定による国民年金の被保険者(同条第一項第二号に規定する第二号被保険者及び同項第三号に規定する第三号被保険者を除く。)をいう。第二十九条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一の二 児童手当の支給を受けている者(児童手当法(昭和四十六年法律第七十三号)第七条の規定により認定を受けた受給資格者をいう。第二十九条の二及び第三十一条第三項において同じ。)については、その受給資格に関する事項で政令で定めるもの
十二 米穀の配給を受ける者(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(平成六年法律第百十三号)第四十条第一項の規定に基づく政令の規定により米穀の配給が実施される場合におけるその配給に基づき米穀の配給を受ける者で政令で定めるものをいう。第三十条及び第三十一条第三項において同じ。)については、その米穀の配給に関する事項で政令で定めるもの
十三 住民票コード(番号、記号その他の符号であつて総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)
十四 前各号に掲げる事項のほか、政令で定める事項
市町村長の役割
市町村長は,新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者につき住民票の作成又は記載をしなければならず(法8条,令7条),住民基本台帳に脱漏等があったときは,当該事実を確認して,職権で住民票の記載等をしなければならないものとされている(法8条,令12条3項)。そして,市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされている(法3条)。
○住民基本台帳法
(市町村長等の責務)
第三条 市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2 市町村長その他の市町村の執行機関は、住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し、又は執行するとともに、住民からの届出その他の行為に関する事務の処理の合理化に努めなければならない。
3 住民は、常に、住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければならず、虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。
4 何人も、第十一条第一項に規定する住民基本台帳の一部の写しの閲覧又は住民票の写し、住民票に記載をした事項に関する証明書、戸籍の附票の写しその他のこの法律の規定により交付される書類の交付により知り得た事項を使用するに当たつて、個人の基本的人権を尊重するよう努めなければならない。
(住民票の記載等)
第八条 住民票の記載、消除又は記載の修正(第十八条を除き、以下「記載等」という。)は、第三十条の二第一項及び第二項、第三十条の三第三項並びに第三十条の四の規定によるほか、政令で定めるところにより、この法律の規定による届出に基づき、又は職権で行うものとする。
○住民基本台帳法施行令
(職権による住民票の記載等)
第十二条 市町村長は、法の規定による届出に基づき住民票の記載等をすべき場合において、当該届出がないことを知つたときは、当該記載等をすべき事実を確認して、職権で、第七条から第十条までの規定による住民票の記載等をしなければならない。
2 市町村長は、次に掲げる場合において、第七条から第十条までの規定により住民票の記載等をすべき事由に該当するときは、職権で、これらの規定による住民票の記載等をしなければならない。
一 戸籍に関する届書、申請書その他の書類を受理し、若しくは職権で戸籍の記載若しくは記録をしたとき、又は法第九条第二項の規定による通知を受けたとき。
二 法第十条の規定による通知を受けたとき。
三 国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)第九条第一項又は第九項の規定による届出を受理したとき(同条第十四項の規定により届出があつたものとみなされるときを除く。)その他国民健康保険の被保険者の資格の取得又は喪失に関する事実を確認したとき。
三の二 後期高齢者医療の被保険者の資格の取得又は喪失に関する事実を確認したとき。
三の三 介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第十二条第一項本文の規定による届出を受理したとき(同条第五項の規定により届出があつたものとみなされるときを除く。)その他介護保険の被保険者となり、又は介護保険の被保険者でなくなつた事実を確認したとき。
四 国民年金法第十二条第一項若しくは第二項又は同法第百五条第四項の規定による届出を受理したとき(同法第十二条第三項の規定により届出があつたものとみなされるときを除く。)、国民年金の被保険者の資格に関する処分があつたときその他国民年金の被保険者となり、若しくは国民年金の被保険者でなくなつた事実又は国民年金の被保険者の種別の変更に関する事実を確認したとき。
五 児童手当法第七条の規定による認定をしたとき、又は児童手当を支給すべき事由の消滅に関する事実を確認したとき。
六 次に掲げる不服申立てについての裁決若しくは決定その他の決定又は訴訟の判決の内容が住民基本台帳の記録と異なるとき。
イ 法第三十一条の四の規定による審査請求についての裁決若しくは異議申立てについての決定又は同条の処分についての訴訟の確定判決
ロ 法第三十三条第二項の規定による住民の住所の認定に関する決定又は同条第四項の規定による訴訟の確定判決
ハ 公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)第二十四条第二項の規定による異議の申出についての決定又は同法第二十五条の規定による訴訟の確定判決
ニ 地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第十九条に規定する不服申立てについての決定又は同条の処分についての訴訟の確定判決
ホ 国民健康保険法第九十一条第一項の規定による審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
ヘ 高齢者の医療の確保に関する法律(昭和五十七年法律第八十号)第百二十八条第一項の規定による審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
ト 介護保険法第百八十三条第一項の規定による審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
チ 国民年金法第百一条第一項の規定による審査請求についての決定若しくは再審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
七 行政区画、郡、区、市町村内の町若しくは字若しくはこれらの名称の変更、地番の変更又は住居表示に関する法律(昭和三十七年法律第百十九号)第三条第一項及び第二項若しくは同法第四条の規定による住居表示の実施若しくは変更に伴い住所の表示の変更があつたとき。
3 市町村長は、住民基本台帳に脱漏若しくは誤載があり、又は住民票に誤記(住民票コードに係る誤記を除く。)若しくは記載漏れ(住民票コードに係る記載漏れを除く。)があることを知つたときは、当該事実を確認して、職権で、住民票の記載等をしなければならない。
4 市町村長は、第一項の規定により住民票の記載等をしたときは、その旨を当該記載等に係る者に通知しなければならない。この場合において、通知を受けるべき者の住所及び居所が明らかでないときその他通知をすることが困難であると認めるときは、その通知に代えて、その旨を公示することができる。
(住民票の記載)
第七条 市町村長は、新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは、次項に定める場合を除き、その者の住民票を作成しなければならない。
2 市町村長は、一の世帯につき世帯を単位とする住民票を作成した後に新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者でその世帯に属することとなつたもの(既に当該世帯に属していた者で新たに法の適用を受けることとなつたものを含む。)があるときは、その住民票にその者に関する記載(法第六条第三項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては、記録。以下同じ。)をしなければならない。
(住民票の消除)
第八条 市町村長は、その市町村の住民基本台帳に記録されている者が転出をし、又は死亡したときその他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由が生じたときは、その者の住民票(その者が属していた世帯について世帯を単位とする住民票が作成されていた場合にあつては、その住民票の全部又は一部)を消除しなければならない。
(住民票の記載の修正)
第九条 市町村長は、住民票に記載されている事項(住民票コードを除く。)に変更があつたときは、その住民票の記載の修正をしなければならない。
(転居又は世帯変更による住民票の記載及び消除)
第十条 市町村長は、転居をし、又はその市町村の区域内においてその属する世帯を変更した者がある場合において、前条の規定によるほか必要があるときは、その者の住民票を作成し、又はその属することとなつた世帯の住民票にその者に関する記載をするとともに、その者の住民票(その者が属していた世帯について世帯を単位とする住民票が作成されていた場合にあつては、その住民票の全部又は一部)の消除をしなければならない。
二種類の手続き:届出の催告、職権調査
法及び令は,子が出生した場合,世帯主等に,転入届,世帯変更届等の届出義務を課することなく(法22条1項括弧書参照),出生届の受理等又はこれに関する関係市町村長からの通知に基づき,職権で住民票の記載をすべきものとしている(令12条2項1号,法9条2項)。そして,当該子につき出生届が提出されなかった場合において,当該子に係る住民票の記載をするための手続として,出生届の届出義務者に対し届出の催告等をし,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法14条1項参照。以下「届出の催告等による方法」という。)と,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し,その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法34条参照。以下「職権調査による方法」という。)の2種類の手続を設けている。
両手続の優先関係ないし補充関係に関しては,法及び令に明文の規定は置かれていない。
戸籍法52条1項ないし3項所定の者の場合と違反者への対応/過料の制裁
戸籍法52条1項ないし3項所定の者は,出生の届出をすることを義務付けられており(同法49条参照),その違反に対しては,届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)が予定されている。
○戸籍法
第五十二条 嫡出子出生の届出は、父又は母がこれをし、子の出生前に父母が離婚をした場合には、母がこれをしなければならない。
2 嫡出でない子の出生の届出は、母がこれをしなければならない。
3 前二項の規定によつて届出をすべき者が届出をすることができない場合には、左の者は、その順序に従つて、届出をしなければならない。
第一 同居者
第二 出産に立ち会つた医師、助産師又はその他の者
4 第一項又は第二項の規定によつて届出をすべき者が届出をすることができない場合には、その者以外の法定代理人も、届出をすることができる。
第四十四条 市町村長は、届出を怠つた者があることを知つたときは、相当の期間を定めて、届出義務者に対し、その期間内に届出をすべき旨を催告しなければならない。
○2 届出義務者が前項の期間内に届出をしなかつたときは、市町村長は、更に相当の期間を定めて、催告をすることができる。
○3 第二十四条第二項の規定は、前二項の催告をすることができない場合及び催告をしても届出をしない場合に、同条第三項の規定は、裁判所その他の官庁、検察官又は吏員がその職務上届出を怠つた者があることを知つた場合にこれを準用する。
第百三十五条 正当な理由がなくて期間内にすべき届出又は申請をしない者は、五万円以下の過料に処する。
法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さない理由
法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さなかったのは,その義務を課すると,戸籍法の定める上記の届出義務に加えて二重の届出義務を課することとなるほか,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をする方が,戸籍の記載と住民票の記載との不一致を防止し,住民票の記載の正確性を確保するために適切であると判断されたことによるものと解される。
関係市町村長間の通知の制度
法は,このような制度趣旨に基づき,住民票の記載を戸籍の記載と合致させるため,関係市町村長間の通知の制度(法9条2項)を設けている。
二種類の手続き:届出の催告、職権調査実施の原則
このような法の趣旨等にかんがみれば,法は,上記の両手続のうち,届出の催告等による方法を原則的な方法として定めているものと解するのが相当である。
したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果,住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として,出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきである。
職権調査が実施される場合の最高裁の解釈
住民基本台帳は,出生した子が当該市町村に住所を有する限り,戸籍の記載がされたか否かにかかわらず,最終的には,それらの子につきすべて住民票の記載をすることを制度の基本としており,その記載を基礎として,住民に関する事務処理が行われるのであるから,その記載がされなければ,当該子が行政上のサービスを受ける上で少なからぬ支障が生ずることが予想される。
したがって,戸籍に記載のない子については,届出の催告等による方法により住民票の記載をするのが原則的な手続であるとはいえ,その方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合にまで,出生届が提出されていないことを理由に住民票の記載をしないことが許されるものではなく,このような場合には,市町村長に職権調査による方法で当該子につき住民票の記載をすべきことが義務付けられることがあるものと解される。
*************判決の主要部分(抜粋で記載します。)*****
(前略)
第3
(4) 本件においては,前記事実関係等のとおり,
① 上告人父は上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された,
② 本件出生届は,嫡出子又は非嫡出子の別を記載する欄及び届出人欄の記載を除けば,添付された出生証明書の記載も含めて,不備のない届出であった,
③ 上告人子は,現在も世田谷区内の上告人父母の住所で監護養育されており,その居住実態や通名に変更を生じたことはうかがわれない
などというのであるから,住民票に記載すべき上告人子の身分関係等は明らかであったというべきである。
したがって,仮に区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしたとしても,法の趣旨に反する措置ということはできず,むしろ,このような措置を執ることで,上告人子に関する画一的な処理が可能となり,被上告人における行政上の事務処理の便宜に資する面もあるということができる。
それにもかかわらず区長が上記のような措置を講じていないのは,本件において,上告人母が上告人子に係る適式な出生届を提出することに格別の支障がないにもかかわらず,その提出を怠っていることによるものと考えられる。上告人母が上記提出をしていないのは,前記第1の2(2)の事情等からすれば,その信条に基づくものであることがうかがわれるところ,区長は,このような信条にも配慮して,付せん処理の方法による本件出生届の受理を提案したのであり,しかも,区長の本件不受理処分に違法がないことについては司法の最終的判断が確定しているのである。
したがって,上告人母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるということはできず,前記の特段の事情があるということもできないから,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということはできない。
(5) また,住民票の記載がされないことによって上告人子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合は,たとい上告人母の上記け怠にやむを得ない合理的な理由がないときであっても,前記の特段の事情があるものとして,区長が職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をしなければならないこともあり得ると解されるところではある。しかし,前記事実関係等によれば,上告人子においては,住民票の記載を欠くことに伴う最大の不利益ともいうべき,選挙人名簿への被登録資格を欠くことになるという点に関しては,その年齢からして,いまだその不利益が現実化しているものではなく,また,被上告人は,住民基本台帳に記録されていない住民に対しても,手続的に煩さな点があり得るとはいえ,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供しているというのである。なお,本件記録によっても,上記のような措置が講じられないことにより上告人子に看過し難い不利益が現に生じているような事情はうかがわれない。
したがって,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということもできない。
(6) 他に,区長において上記のような措置を講じていないことを違法とすべき特段の事情は見当たらない。
そうすると,区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことは,法8条,令12条3項等の規定に違反するものではないというべきであり,もとより国家賠償法上も違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。
したがって,上告人らの損害賠償請求には理由がない。
3 よって,上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。
第4 結論
以上のとおり,上告人子の取消請求に関する訴えは不適法であり,同訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であるから,原判決中同請求に関する部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消し,上記訴えを却下すべきである。そして,上記訴えは,不適法でその不備を補正することができないものであるから,当裁判所は,口頭弁論を経ないで上記の判決をすることとする。また,上告人らの損害賠償請求に関する上告は理由がないから棄却すべきである。
なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官今井功の意見がある。
*******今井裁判官の全意見 掲載*****
裁判官今井功の意見は,次のとおりである。
私は,上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとする多数意見の結論に同調するものであるが,世田谷区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことが住民基本台帳法(以下「住基法」という。)上違法ということはできないとする多数意見とは見解を異にし,区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことは,住基法による義務に違反すると考える。その理由は,次のとおりである。
1 地方自治法は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)の区域内に住所を有する者を当該市町村の住民とし,市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないと定めている(同法10条1項,13条の2)。住基法は,この規定に基づき制定されたものである。
子が出生した場合には,その子は,地方自治法の定めに基づき住所を有する地の市町村の住民となる。この場合の住民票の記載について,住基法は,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき職権で住民票の記載をする方法(届出の催告等による方法)と,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し,その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(職権調査による方法)との2種類の手続を設けていること,前者の届出の催告等による方法を原則的な方法として定めていると解すべきこと,したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について,出生届が提出されない結果,住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきことは,多数意見の述べるとおりである。
2 しかし,届出の催告等による方法を促してもそれがされない場合には,次に述べるような理由から,市町村長は,職権調査による方法で住民票の記載をすべきことが義務付けられると解すべきである。
戸籍は夫婦とその子などの身分関係を公証するための公の登記簿であり,一方,住民基本台帳(個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳)は,住民の居住関係の公証等住民に関する事務の処理の基礎とするために,住民の住所等を記載する公の帳簿であり,両者は本来それぞれ独立の目的を持つ別個の制度である。子が出生した場合には,戸籍と住民票にその旨が記載されることになるが,戸籍法の規定に基づく出生届の提出による戸籍の記載があれば,その旨が住民基本台帳の編成を所掌する市町村長に通知され,市町村長が出生の事実を住民票に記載するという戸籍と住民票との連結の制度が採られている。これは,国民に対して,出生について,戸籍と住民票について,二重の届出義務を課さなくても,両者の所掌官庁間の連絡により住民票の記載ができること,及び,出生届に基づき住民票の記載をすることによって正確な記載ができることの二つの理由による。このことには合理性があり,届出の催告等による方法が原則的な方法で,職権調査による方法は補充的なものであるというのは,この意味であり,正当な解釈として是認できる。
ところで,住基法及び住民基本台帳法施行令の関係規定によれば,当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして,住民の居住関係の公証等住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。そのため,市町村長は,常に住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされ,住民は,常に住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならないものとされている(住基法3条)。すなわち,住基法は,当該市町村の住民すべてについて住民票を作成すべきものとし,住民に関する事務処理は,住民票の記載を基礎として行われることとしているのである。そして,住民に関する事務としては,国民健康保険,介護保険及び国民年金の各被保険者資格,児童手当の受給資格に関する事項等住基法に規定された事項のほか,学齢簿の編成,生活保護,予防接種,印鑑登録証明など多種,多様の事務が存在する。
市町村の住民は,住民であることによって,市町村から多種多様の行政サービスを受けることができる。市町村の区域内に住所を有する住民であるにもかかわらず,住民票に記載がされないことによって,行政上のサービスを受ける住民の側においては,これらのサービスを受けることができなかったり,たとえサービスを受けることができたとしても,住民票の記載がある場合に比較して,煩雑な手続を要するなど多くの不利益を受けることは明らかである。一方,市町村の側においても,住民票の記載がない場合には,その事務を処理する上で少なからぬ支障が生ずる。すなわち,各種の行政上のサービスの提供は,住民票の記載を基礎として行われるのであるが,住民票に記載されていないからといって,その住民に行政サービスを全く拒否することはできず,その住民に行政サービスを提供する場合には,市町村の側においても,その都度,住民票に記載されていないが実際には当該市町村に住所を有する旨の届出をさせたり,その事実の有無の調査が必要となるなど,住民票に記載があれば不要となる余計な手数を要することとなって,住民に関する事務がすべて住民基本台帳に基づいて行われるべきものとする住基法2条の趣旨にも反することになる。
このような住民基本台帳制度の趣旨に照らせば,子が出生した場合に,市町村の区域内に適法に住所を有する子について,届出の催告等による方法により住民票を記載することができないときは,市町村長は,職権調査の方法により住民票の記載をすべき義務があると解すべきである。多数意見も,住民票に記載されないことによって子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合には住民票に記載しなければならない場合もあり得るというが,住民の受ける行政サービスは,出生の時から始まるのであって,住民票に記載されないこと自体によって住民の側に重大な不利益が生じ,市町村の側においても少なからぬ支障が生ずることは上記のとおりである。一方,実際に区域内に住所を有することが確認できる住民について住民票の記載を拒否することは,市町村についても何の利点もないし,住民票の記載をしたからといって,市町村に何らの弊害も生じない。現に出生届が提出されない子について住民票の記載を行っている市町村が存在するが,それによって何らかの弊害が生じたという証跡はうかがわれない。
もちろん,出生した子について戸籍法の定めるところにより出生届を提出すべき義務を怠ることは許されることではなく,本件のように適式な出生届を提出しないことを理由とする出生届の不受理処分が違法でない旨の司法判断が確定したにもかかわらず,依然として適式な出生届を提出しないことは許容されない。出生届を提出しさえすれば住民票に記載されるのであるから,住民票に記載されないことについて,上告人母に責任があることは明らかである。しかし,そうであるからといって,市町村長の側で,そのことを理由として住民票の記載を拒否することは,関連が深いとはいえ,別個の制度である戸籍と住民基本台帳とを混同するものであって,先に述べたように,住基法の趣旨に反し,違法というべきである。住民票に記載されないことについて上告人母に責任があることは,国家賠償法による損害賠償責任を考える際に考慮すれば足り,かつそれで十分である。
3 以上のように,本件の住民票の記載を拒否した区長の措置は住基法による義務に違反し,違法であるといわなければならない。しかしながら,住基法上違法であるからといって,それにより国家賠償法上も直ちに違法となるわけではない。すなわち,本件は,上告人母が戸籍法の規定に違反して上告人子の出生届を提出しなかったため,区長が住民票に記載しなかったという事案である。ところで,戸籍に記載のない子については,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をするというのが,前記のように法の予定する原則的な方法であるとともに,従来の一般的な行政実務の取扱いであって,区長もこのような一般的な取扱いに従い,職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をする措置を講じなかったということができるのである。そうすると,区長の判断が,公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とされたものということはできず,区長の措置について国家賠償法1条1項にいう違法がないというべきである。
世田谷区で平成17年に生じました。(現在の新生世田谷区政(H23~保坂展人区長)以前の事件であることをお断りしておきます。)
「嫡出でない子」の記載を拒んだため出生届が世田谷区に受理されませんでした。この出生届が出されていないため、住民票記載の届出をするが住民票に記載されず、そのことを争った事件です。世田谷区も、出生届における付せん処理対応や、住民票はないですが、行政サービスが受けられるように配慮し、ある程度努力された経緯はわかります。
ただ、今井功裁判官の意見(最後に掲載)にありますが、職権調査をし、住民票記載に対応すべきではなかったかと私も思います。
なお、さらに言えば、このような事案の処理は、裁判沙汰になる前に、区議なり議員が間に入って、お互いの調整ができればよかったのではないかと感じました。
【事件の概要】
X2,X3は、平成11年以降、世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。
X1は、母X2、父X3の第2子として平成17年3月出生した。(父X3は、平成17年2月24日我孫子市長に子X1に係る胎児認知届を提出受理)
平成17年4月11日、X3は、「嫡出でない子」との表記を避けるために「父母との続き柄」欄に何ら記載しないままX1の出生届を提出しようとした。
Y世田谷区の区長は、X3が補正の求めにも応じず、いわゆる付せん処理による対応も拒否したため、当該届出を受理しなかった。(「本件不受理処分」)
X3は、本件不受理処分の取消し及び出生届の受理を求めて不服申し立てをしたが、東京家裁は不服申し立てを却下し、東京高裁も抗告を棄却し、最高裁も特別抗告を棄却。
一方、平成17年5月19日、X3は、X1の住民票の記載をするよう区長に対して申出したが、区長は、X1の出生届が受理されていないことを理由に住民票の記載をしない旨、応答した。(「本件応答」)
X2,X3は、その後もX1の住民票の記載を行うよう求めたが、受け入れられないので、区長に対する異議申し立て、東京都知事に対する審査請求を経た後、X1,X2,X3が本件応答の取消し、X1の住民票作成の義務付け、損害賠償を求めて出訴した。
【制度理解のための補足】(参照法令は、平成24年2月1日 現在の現行法令で記載)
住民基本台帳の制度趣旨
○住民基本台帳法
(目的)
第一条 この法律は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め、もつて住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。
住民基本台帳と住民票
住民基本台帳は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳であり(法6条),住民票には,住民の氏名,出生の年月日,男女の別,世帯主との続柄,戸籍の表示等を記載するところ,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨を記載すべきものとされている(法7条)
住民基本台帳とは
○住民基本台帳法
(住民基本台帳の作成)
第六条 市町村長は、個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳を作成しなければならない。
2 市町村長は、適当であると認めるときは、前項の住民票の全部又は一部につき世帯を単位とすることができる。
3 市町村長は、政令で定めるところにより、第一項の住民票を磁気ディスク(これに準ずる方法により一定の事項を確実に記録しておくことができる物を含む。以下同じ。)をもつて調製することができる。
住民票の記載内容
○住民基本台帳
(住民票の記載事項)
第七条 住民票には、次に掲げる事項について記載(前条第三項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては、記録。以下同じ。)をする。
一 氏名
二 出生の年月日
三 男女の別
四 世帯主についてはその旨、世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
五 戸籍の表示。ただし、本籍のない者及び本籍の明らかでない者については、その旨
六 住民となつた年月日
七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については、その住所を定めた年月日
八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については、その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については、その年月日)及び従前の住所
九 選挙人名簿に登録された者については、その旨
十 国民健康保険の被保険者(国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)第五条及び第六条の規定による国民健康保険の被保険者をいう。第二十八条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の二 後期高齢者医療の被保険者(高齢者の医療の確保に関する法律(昭和五十七年法律第八十号)第五十条及び第五十一条の規定による後期高齢者医療の被保険者をいう。第二十八条の二及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の三 介護保険の被保険者(介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第九条の規定による介護保険の被保険者(同条第二号に規定する第二号被保険者を除く。)をいう。第二十八条の三及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一 国民年金の被保険者(国民年金法(昭和三十四年法律第百四十一号)第七条その他政令で定める法令の規定による国民年金の被保険者(同条第一項第二号に規定する第二号被保険者及び同項第三号に規定する第三号被保険者を除く。)をいう。第二十九条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一の二 児童手当の支給を受けている者(児童手当法(昭和四十六年法律第七十三号)第七条の規定により認定を受けた受給資格者をいう。第二十九条の二及び第三十一条第三項において同じ。)については、その受給資格に関する事項で政令で定めるもの
十二 米穀の配給を受ける者(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(平成六年法律第百十三号)第四十条第一項の規定に基づく政令の規定により米穀の配給が実施される場合におけるその配給に基づき米穀の配給を受ける者で政令で定めるものをいう。第三十条及び第三十一条第三項において同じ。)については、その米穀の配給に関する事項で政令で定めるもの
十三 住民票コード(番号、記号その他の符号であつて総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)
十四 前各号に掲げる事項のほか、政令で定める事項
市町村長の役割
市町村長は,新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者につき住民票の作成又は記載をしなければならず(法8条,令7条),住民基本台帳に脱漏等があったときは,当該事実を確認して,職権で住民票の記載等をしなければならないものとされている(法8条,令12条3項)。そして,市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされている(法3条)。
○住民基本台帳法
(市町村長等の責務)
第三条 市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2 市町村長その他の市町村の執行機関は、住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し、又は執行するとともに、住民からの届出その他の行為に関する事務の処理の合理化に努めなければならない。
3 住民は、常に、住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければならず、虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。
4 何人も、第十一条第一項に規定する住民基本台帳の一部の写しの閲覧又は住民票の写し、住民票に記載をした事項に関する証明書、戸籍の附票の写しその他のこの法律の規定により交付される書類の交付により知り得た事項を使用するに当たつて、個人の基本的人権を尊重するよう努めなければならない。
(住民票の記載等)
第八条 住民票の記載、消除又は記載の修正(第十八条を除き、以下「記載等」という。)は、第三十条の二第一項及び第二項、第三十条の三第三項並びに第三十条の四の規定によるほか、政令で定めるところにより、この法律の規定による届出に基づき、又は職権で行うものとする。
○住民基本台帳法施行令
(職権による住民票の記載等)
第十二条 市町村長は、法の規定による届出に基づき住民票の記載等をすべき場合において、当該届出がないことを知つたときは、当該記載等をすべき事実を確認して、職権で、第七条から第十条までの規定による住民票の記載等をしなければならない。
2 市町村長は、次に掲げる場合において、第七条から第十条までの規定により住民票の記載等をすべき事由に該当するときは、職権で、これらの規定による住民票の記載等をしなければならない。
一 戸籍に関する届書、申請書その他の書類を受理し、若しくは職権で戸籍の記載若しくは記録をしたとき、又は法第九条第二項の規定による通知を受けたとき。
二 法第十条の規定による通知を受けたとき。
三 国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)第九条第一項又は第九項の規定による届出を受理したとき(同条第十四項の規定により届出があつたものとみなされるときを除く。)その他国民健康保険の被保険者の資格の取得又は喪失に関する事実を確認したとき。
三の二 後期高齢者医療の被保険者の資格の取得又は喪失に関する事実を確認したとき。
三の三 介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第十二条第一項本文の規定による届出を受理したとき(同条第五項の規定により届出があつたものとみなされるときを除く。)その他介護保険の被保険者となり、又は介護保険の被保険者でなくなつた事実を確認したとき。
四 国民年金法第十二条第一項若しくは第二項又は同法第百五条第四項の規定による届出を受理したとき(同法第十二条第三項の規定により届出があつたものとみなされるときを除く。)、国民年金の被保険者の資格に関する処分があつたときその他国民年金の被保険者となり、若しくは国民年金の被保険者でなくなつた事実又は国民年金の被保険者の種別の変更に関する事実を確認したとき。
五 児童手当法第七条の規定による認定をしたとき、又は児童手当を支給すべき事由の消滅に関する事実を確認したとき。
六 次に掲げる不服申立てについての裁決若しくは決定その他の決定又は訴訟の判決の内容が住民基本台帳の記録と異なるとき。
イ 法第三十一条の四の規定による審査請求についての裁決若しくは異議申立てについての決定又は同条の処分についての訴訟の確定判決
ロ 法第三十三条第二項の規定による住民の住所の認定に関する決定又は同条第四項の規定による訴訟の確定判決
ハ 公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)第二十四条第二項の規定による異議の申出についての決定又は同法第二十五条の規定による訴訟の確定判決
ニ 地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第十九条に規定する不服申立てについての決定又は同条の処分についての訴訟の確定判決
ホ 国民健康保険法第九十一条第一項の規定による審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
ヘ 高齢者の医療の確保に関する法律(昭和五十七年法律第八十号)第百二十八条第一項の規定による審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
ト 介護保険法第百八十三条第一項の規定による審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
チ 国民年金法第百一条第一項の規定による審査請求についての決定若しくは再審査請求についての裁決又は同項の処分についての訴訟の確定判決
七 行政区画、郡、区、市町村内の町若しくは字若しくはこれらの名称の変更、地番の変更又は住居表示に関する法律(昭和三十七年法律第百十九号)第三条第一項及び第二項若しくは同法第四条の規定による住居表示の実施若しくは変更に伴い住所の表示の変更があつたとき。
3 市町村長は、住民基本台帳に脱漏若しくは誤載があり、又は住民票に誤記(住民票コードに係る誤記を除く。)若しくは記載漏れ(住民票コードに係る記載漏れを除く。)があることを知つたときは、当該事実を確認して、職権で、住民票の記載等をしなければならない。
4 市町村長は、第一項の規定により住民票の記載等をしたときは、その旨を当該記載等に係る者に通知しなければならない。この場合において、通知を受けるべき者の住所及び居所が明らかでないときその他通知をすることが困難であると認めるときは、その通知に代えて、その旨を公示することができる。
(住民票の記載)
第七条 市町村長は、新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは、次項に定める場合を除き、その者の住民票を作成しなければならない。
2 市町村長は、一の世帯につき世帯を単位とする住民票を作成した後に新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者でその世帯に属することとなつたもの(既に当該世帯に属していた者で新たに法の適用を受けることとなつたものを含む。)があるときは、その住民票にその者に関する記載(法第六条第三項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては、記録。以下同じ。)をしなければならない。
(住民票の消除)
第八条 市町村長は、その市町村の住民基本台帳に記録されている者が転出をし、又は死亡したときその他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由が生じたときは、その者の住民票(その者が属していた世帯について世帯を単位とする住民票が作成されていた場合にあつては、その住民票の全部又は一部)を消除しなければならない。
(住民票の記載の修正)
第九条 市町村長は、住民票に記載されている事項(住民票コードを除く。)に変更があつたときは、その住民票の記載の修正をしなければならない。
(転居又は世帯変更による住民票の記載及び消除)
第十条 市町村長は、転居をし、又はその市町村の区域内においてその属する世帯を変更した者がある場合において、前条の規定によるほか必要があるときは、その者の住民票を作成し、又はその属することとなつた世帯の住民票にその者に関する記載をするとともに、その者の住民票(その者が属していた世帯について世帯を単位とする住民票が作成されていた場合にあつては、その住民票の全部又は一部)の消除をしなければならない。
二種類の手続き:届出の催告、職権調査
法及び令は,子が出生した場合,世帯主等に,転入届,世帯変更届等の届出義務を課することなく(法22条1項括弧書参照),出生届の受理等又はこれに関する関係市町村長からの通知に基づき,職権で住民票の記載をすべきものとしている(令12条2項1号,法9条2項)。そして,当該子につき出生届が提出されなかった場合において,当該子に係る住民票の記載をするための手続として,出生届の届出義務者に対し届出の催告等をし,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法14条1項参照。以下「届出の催告等による方法」という。)と,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し,その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法34条参照。以下「職権調査による方法」という。)の2種類の手続を設けている。
両手続の優先関係ないし補充関係に関しては,法及び令に明文の規定は置かれていない。
戸籍法52条1項ないし3項所定の者の場合と違反者への対応/過料の制裁
戸籍法52条1項ないし3項所定の者は,出生の届出をすることを義務付けられており(同法49条参照),その違反に対しては,届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)が予定されている。
○戸籍法
第五十二条 嫡出子出生の届出は、父又は母がこれをし、子の出生前に父母が離婚をした場合には、母がこれをしなければならない。
2 嫡出でない子の出生の届出は、母がこれをしなければならない。
3 前二項の規定によつて届出をすべき者が届出をすることができない場合には、左の者は、その順序に従つて、届出をしなければならない。
第一 同居者
第二 出産に立ち会つた医師、助産師又はその他の者
4 第一項又は第二項の規定によつて届出をすべき者が届出をすることができない場合には、その者以外の法定代理人も、届出をすることができる。
第四十四条 市町村長は、届出を怠つた者があることを知つたときは、相当の期間を定めて、届出義務者に対し、その期間内に届出をすべき旨を催告しなければならない。
○2 届出義務者が前項の期間内に届出をしなかつたときは、市町村長は、更に相当の期間を定めて、催告をすることができる。
○3 第二十四条第二項の規定は、前二項の催告をすることができない場合及び催告をしても届出をしない場合に、同条第三項の規定は、裁判所その他の官庁、検察官又は吏員がその職務上届出を怠つた者があることを知つた場合にこれを準用する。
第百三十五条 正当な理由がなくて期間内にすべき届出又は申請をしない者は、五万円以下の過料に処する。
法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さない理由
法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さなかったのは,その義務を課すると,戸籍法の定める上記の届出義務に加えて二重の届出義務を課することとなるほか,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をする方が,戸籍の記載と住民票の記載との不一致を防止し,住民票の記載の正確性を確保するために適切であると判断されたことによるものと解される。
関係市町村長間の通知の制度
法は,このような制度趣旨に基づき,住民票の記載を戸籍の記載と合致させるため,関係市町村長間の通知の制度(法9条2項)を設けている。
二種類の手続き:届出の催告、職権調査実施の原則
このような法の趣旨等にかんがみれば,法は,上記の両手続のうち,届出の催告等による方法を原則的な方法として定めているものと解するのが相当である。
したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果,住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として,出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきである。
職権調査が実施される場合の最高裁の解釈
住民基本台帳は,出生した子が当該市町村に住所を有する限り,戸籍の記載がされたか否かにかかわらず,最終的には,それらの子につきすべて住民票の記載をすることを制度の基本としており,その記載を基礎として,住民に関する事務処理が行われるのであるから,その記載がされなければ,当該子が行政上のサービスを受ける上で少なからぬ支障が生ずることが予想される。
したがって,戸籍に記載のない子については,届出の催告等による方法により住民票の記載をするのが原則的な手続であるとはいえ,その方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合にまで,出生届が提出されていないことを理由に住民票の記載をしないことが許されるものではなく,このような場合には,市町村長に職権調査による方法で当該子につき住民票の記載をすべきことが義務付けられることがあるものと解される。
*************判決の主要部分(抜粋で記載します。)*****
(前略)
第3
(4) 本件においては,前記事実関係等のとおり,
① 上告人父は上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された,
② 本件出生届は,嫡出子又は非嫡出子の別を記載する欄及び届出人欄の記載を除けば,添付された出生証明書の記載も含めて,不備のない届出であった,
③ 上告人子は,現在も世田谷区内の上告人父母の住所で監護養育されており,その居住実態や通名に変更を生じたことはうかがわれない
などというのであるから,住民票に記載すべき上告人子の身分関係等は明らかであったというべきである。
したがって,仮に区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしたとしても,法の趣旨に反する措置ということはできず,むしろ,このような措置を執ることで,上告人子に関する画一的な処理が可能となり,被上告人における行政上の事務処理の便宜に資する面もあるということができる。
それにもかかわらず区長が上記のような措置を講じていないのは,本件において,上告人母が上告人子に係る適式な出生届を提出することに格別の支障がないにもかかわらず,その提出を怠っていることによるものと考えられる。上告人母が上記提出をしていないのは,前記第1の2(2)の事情等からすれば,その信条に基づくものであることがうかがわれるところ,区長は,このような信条にも配慮して,付せん処理の方法による本件出生届の受理を提案したのであり,しかも,区長の本件不受理処分に違法がないことについては司法の最終的判断が確定しているのである。
したがって,上告人母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるということはできず,前記の特段の事情があるということもできないから,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということはできない。
(5) また,住民票の記載がされないことによって上告人子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合は,たとい上告人母の上記け怠にやむを得ない合理的な理由がないときであっても,前記の特段の事情があるものとして,区長が職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をしなければならないこともあり得ると解されるところではある。しかし,前記事実関係等によれば,上告人子においては,住民票の記載を欠くことに伴う最大の不利益ともいうべき,選挙人名簿への被登録資格を欠くことになるという点に関しては,その年齢からして,いまだその不利益が現実化しているものではなく,また,被上告人は,住民基本台帳に記録されていない住民に対しても,手続的に煩さな点があり得るとはいえ,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供しているというのである。なお,本件記録によっても,上記のような措置が講じられないことにより上告人子に看過し難い不利益が現に生じているような事情はうかがわれない。
したがって,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということもできない。
(6) 他に,区長において上記のような措置を講じていないことを違法とすべき特段の事情は見当たらない。
そうすると,区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことは,法8条,令12条3項等の規定に違反するものではないというべきであり,もとより国家賠償法上も違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。
したがって,上告人らの損害賠償請求には理由がない。
3 よって,上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。
第4 結論
以上のとおり,上告人子の取消請求に関する訴えは不適法であり,同訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であるから,原判決中同請求に関する部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消し,上記訴えを却下すべきである。そして,上記訴えは,不適法でその不備を補正することができないものであるから,当裁判所は,口頭弁論を経ないで上記の判決をすることとする。また,上告人らの損害賠償請求に関する上告は理由がないから棄却すべきである。
なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官今井功の意見がある。
*******今井裁判官の全意見 掲載*****
裁判官今井功の意見は,次のとおりである。
私は,上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとする多数意見の結論に同調するものであるが,世田谷区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことが住民基本台帳法(以下「住基法」という。)上違法ということはできないとする多数意見とは見解を異にし,区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことは,住基法による義務に違反すると考える。その理由は,次のとおりである。
1 地方自治法は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)の区域内に住所を有する者を当該市町村の住民とし,市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないと定めている(同法10条1項,13条の2)。住基法は,この規定に基づき制定されたものである。
子が出生した場合には,その子は,地方自治法の定めに基づき住所を有する地の市町村の住民となる。この場合の住民票の記載について,住基法は,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき職権で住民票の記載をする方法(届出の催告等による方法)と,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し,その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(職権調査による方法)との2種類の手続を設けていること,前者の届出の催告等による方法を原則的な方法として定めていると解すべきこと,したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について,出生届が提出されない結果,住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきことは,多数意見の述べるとおりである。
2 しかし,届出の催告等による方法を促してもそれがされない場合には,次に述べるような理由から,市町村長は,職権調査による方法で住民票の記載をすべきことが義務付けられると解すべきである。
戸籍は夫婦とその子などの身分関係を公証するための公の登記簿であり,一方,住民基本台帳(個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳)は,住民の居住関係の公証等住民に関する事務の処理の基礎とするために,住民の住所等を記載する公の帳簿であり,両者は本来それぞれ独立の目的を持つ別個の制度である。子が出生した場合には,戸籍と住民票にその旨が記載されることになるが,戸籍法の規定に基づく出生届の提出による戸籍の記載があれば,その旨が住民基本台帳の編成を所掌する市町村長に通知され,市町村長が出生の事実を住民票に記載するという戸籍と住民票との連結の制度が採られている。これは,国民に対して,出生について,戸籍と住民票について,二重の届出義務を課さなくても,両者の所掌官庁間の連絡により住民票の記載ができること,及び,出生届に基づき住民票の記載をすることによって正確な記載ができることの二つの理由による。このことには合理性があり,届出の催告等による方法が原則的な方法で,職権調査による方法は補充的なものであるというのは,この意味であり,正当な解釈として是認できる。
ところで,住基法及び住民基本台帳法施行令の関係規定によれば,当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして,住民の居住関係の公証等住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。そのため,市町村長は,常に住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされ,住民は,常に住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならないものとされている(住基法3条)。すなわち,住基法は,当該市町村の住民すべてについて住民票を作成すべきものとし,住民に関する事務処理は,住民票の記載を基礎として行われることとしているのである。そして,住民に関する事務としては,国民健康保険,介護保険及び国民年金の各被保険者資格,児童手当の受給資格に関する事項等住基法に規定された事項のほか,学齢簿の編成,生活保護,予防接種,印鑑登録証明など多種,多様の事務が存在する。
市町村の住民は,住民であることによって,市町村から多種多様の行政サービスを受けることができる。市町村の区域内に住所を有する住民であるにもかかわらず,住民票に記載がされないことによって,行政上のサービスを受ける住民の側においては,これらのサービスを受けることができなかったり,たとえサービスを受けることができたとしても,住民票の記載がある場合に比較して,煩雑な手続を要するなど多くの不利益を受けることは明らかである。一方,市町村の側においても,住民票の記載がない場合には,その事務を処理する上で少なからぬ支障が生ずる。すなわち,各種の行政上のサービスの提供は,住民票の記載を基礎として行われるのであるが,住民票に記載されていないからといって,その住民に行政サービスを全く拒否することはできず,その住民に行政サービスを提供する場合には,市町村の側においても,その都度,住民票に記載されていないが実際には当該市町村に住所を有する旨の届出をさせたり,その事実の有無の調査が必要となるなど,住民票に記載があれば不要となる余計な手数を要することとなって,住民に関する事務がすべて住民基本台帳に基づいて行われるべきものとする住基法2条の趣旨にも反することになる。
このような住民基本台帳制度の趣旨に照らせば,子が出生した場合に,市町村の区域内に適法に住所を有する子について,届出の催告等による方法により住民票を記載することができないときは,市町村長は,職権調査の方法により住民票の記載をすべき義務があると解すべきである。多数意見も,住民票に記載されないことによって子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合には住民票に記載しなければならない場合もあり得るというが,住民の受ける行政サービスは,出生の時から始まるのであって,住民票に記載されないこと自体によって住民の側に重大な不利益が生じ,市町村の側においても少なからぬ支障が生ずることは上記のとおりである。一方,実際に区域内に住所を有することが確認できる住民について住民票の記載を拒否することは,市町村についても何の利点もないし,住民票の記載をしたからといって,市町村に何らの弊害も生じない。現に出生届が提出されない子について住民票の記載を行っている市町村が存在するが,それによって何らかの弊害が生じたという証跡はうかがわれない。
もちろん,出生した子について戸籍法の定めるところにより出生届を提出すべき義務を怠ることは許されることではなく,本件のように適式な出生届を提出しないことを理由とする出生届の不受理処分が違法でない旨の司法判断が確定したにもかかわらず,依然として適式な出生届を提出しないことは許容されない。出生届を提出しさえすれば住民票に記載されるのであるから,住民票に記載されないことについて,上告人母に責任があることは明らかである。しかし,そうであるからといって,市町村長の側で,そのことを理由として住民票の記載を拒否することは,関連が深いとはいえ,別個の制度である戸籍と住民基本台帳とを混同するものであって,先に述べたように,住基法の趣旨に反し,違法というべきである。住民票に記載されないことについて上告人母に責任があることは,国家賠償法による損害賠償責任を考える際に考慮すれば足り,かつそれで十分である。
3 以上のように,本件の住民票の記載を拒否した区長の措置は住基法による義務に違反し,違法であるといわなければならない。しかしながら,住基法上違法であるからといって,それにより国家賠償法上も直ちに違法となるわけではない。すなわち,本件は,上告人母が戸籍法の規定に違反して上告人子の出生届を提出しなかったため,区長が住民票に記載しなかったという事案である。ところで,戸籍に記載のない子については,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をするというのが,前記のように法の予定する原則的な方法であるとともに,従来の一般的な行政実務の取扱いであって,区長もこのような一般的な取扱いに従い,職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をする措置を講じなかったということができるのである。そうすると,区長の判断が,公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とされたものということはできず,区長の措置について国家賠償法1条1項にいう違法がないというべきである。