行政学演習における、「判決の効力(拘束力)」をテーマとした課題です。
理解をしているところですが、甲事件の判決(大阪地方裁判所平成17年(行ウ)第68号)で、Xの主張は認められました。
しかし、国側は、Xの再申請を却下処分とし、Xは、乙事件として、再度、訴訟を提起しました。
原審である大阪地方裁判所(大阪地方裁判所平成20年(行ウ)第66号)は、再度、Xの主張を認めました。
しかし、大阪高等裁判所は、Xの主張を認めませんでした。
「個人タクシー値下げ請求却下処分取消・一般乗用旅客自動車運送事業運賃及び料金認可申請却下処分取消等請求控訴事件」
【事件番号】 大阪高等裁判所判決/平成21年(行コ)第141号
【判決日付】 平成22年9月9日
なぜ、そこまで言えるのか、理解を深めたいと思っています。
【事案の概要】
Xは,国土交通大臣からその権限の委任を受けた近畿運輸局長から,平成13年3月28日付けで,事業区域を大阪市,豊中市,吹田市,守口市,門真市,東大阪市,八尾市,堺市及び大阪国際空港(池田市のうち空港地域に限る。),使用する事業用自動車を1両などとして,一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受け,同年4月20日から,同許可に係るタクシー事業(以下「本件タクシー事業」という。)を営んでいる個人タクシー事業者である。
Xが本件タクシー事業において使用する事業用車両は,運賃等の適用上,小型車(道路運送車両法施行規則2条に定める小型自動車のうち自動車の長さが4.6m未満で乗車定員5名以下のもの)に区分され,燃料の種類はガソリン(ハイブリッド車)である。
近畿運輸局長は,道路運送法88条2項,同法施行令1条2項に基づき国土交通大臣から近畿地区におけるタクシー事業の運賃及び料金を認可する権限の委任を受けた,国Yに所属する行政庁である。
(1)甲事件(大阪地方裁判所平成17年(行ウ)第68号)
Xは、平成14年11月26日,近畿運輸局長に対し,初乗運賃を480円に値下げすることなどを内容とするタクシー事業に係る旅客の運賃及び料金の変更認可申請(以下「本件申請」という。)をした。
しかし,近畿運輸局長は,平成16年2月13日付で,Xに対し,他の事業者との間の不当な競争を引き起こすおそれについて規定した道路運送法9条の3第2項3号の要件を充足しないとの理由で,本件申請を却下する処分(以下「本件却下処分」という。)をした。
Xは,本件却下処分は違法であると主張して,国Yに対し,①本件却下処分の取消し,②本件申請に応じた運賃等の変更認可処分の近畿運輸局長への義務付けを求めた。
大阪地方裁判所は,本件却下処分の取消請求についてのみ終局判決をすることがより迅速な争訟の解決に資すると判断して,平成19年3月14日,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の3第6項前段に基づき,甲事件のうち本件却下処分の取消請求について,これを認容する判決(以下「前判決」という。)をした。
前判決は,控訴期間の経過により,平成19年3月29日に確定した。
原審は,同年4月10日,甲事件のうち義務付け請求について,口頭弁論を再開した。
(2) 乙事件(大阪地方裁判所平成20年(行ウ)第66号)
近畿運輸局長は,平成20年2月27日,Xに対し,再度,他の事業者との間の不当な競争を引き起こすおそれについて規定した道路運送法9条の3第2項3号の要件を充足しないとの理由で,本件申請を却下する旨の処分(以下「本件再却下処分」という。)をした。
乙事件は,Xが,近畿運輸局長がした本件再却下処分は違法であり,これについての同局長の判断及び前判決から本件再却下処分までの長期にわたって処分を遅らせた怠慢は,いずれもXに対する国家賠償法上の違法行為に当たると主張して,Xに対し,①本件再却下処分の取消し,②国家賠償法1条に基づき,慰謝料500万円及びこれに対する乙事件の訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
原審は,乙事件の提起を受けて,これを甲事件のうち義務付けの訴えにかかる部分(上記(1)記載)に併合して審理した。
(3) 原審の判断と控訴提起
原審は,①本件再却下処分を取り消し,②本件申請認可の義務付けを命じ,③損害賠償金20万円及びこれに対する平成20年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じ,Xの20万円を超える損害賠償請求を棄却する判決を言い渡した。
国Yは,原審の上記判断を不服として,控訴を提起した。
【関係法令】
○道路運送法
2条3項:「旅客自動車運送事業」とは,他人の需要に応じ,有償で,自動車を使用して旅客を運送する事業をいう,と規定
同法3条:旅客自動車運送事業の種類は,①一般旅客自動車運送事業(特定旅客自動車運送事業以外の旅客自動車運送事業),②特定旅客自動車運送事業(特定の者の需要に応じ,一定の範囲の旅客を運送する旅客自動車運送事業)とし,一般旅客自動車運送事業(上記①)の種類は,イ一般乗合旅客自動車運送事業(乗合旅客を運送する一般旅客自動車運送事業),ロ一般貸切旅客自動車運送事業(一個の契約により国土交通省令で定める乗車定員以上の自動車を貸し切つて旅客を運送する一般旅客自動車運送事業),ハ一般乗用旅客自動車運送事業(一個の契約によりロの国土交通省令で定める乗車定員未満の自動車を貸し切つて旅客を運送する一般旅客自動車運送事業)とする,と規定。
タクシー業務適正化特別措置法2条:上記ハの一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者がその事業の用に供する自動車のうち,当該自動車による運送の引受けが営業所のみにおいて行われるものを「ハイヤー」,それ以外の自動車を「タクシー」とそれぞれ定義し,タクシーを使用して行う一般乗用旅客自動車運送事業を「タクシー事業」,タクシー事業を経営する者を「タクシー事業者」とそれぞれ定義している。
タクシー業務適正化特別措置法施行規則29条1項2号:当該許可を受ける個人のみが自動車を運転することにより当該事業を行うべき旨の条件の附された一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受けた者を「個人タクシー事業者」としている(以下,用語については上記の各定義に従う。)。
○道路運送法
9条の3第1項:一般乗用旅客自動車運送事業者(一般旅客自動車運送事業を経営する者をいう。同法8条4項)は,旅客の運賃及び料金(旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で定める料金を除く。以下,単に「運賃等」ということがある。)を定め,国土交通大臣の認可を受けなければならない,これを変更しようとするときも同様とする,と規定している。
同法9条の3第2項:国土交通大臣は,上記の認可をしようとするときは,①能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること(1号),②特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと(2号),③他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること(3号),④運賃及び料金が対距離制による場合であって,国土交通大臣がその算定の基礎となる距離を定めたときは,これによるものであること(4号),という基準によって,これをしなければならない,と規定。
第171回国会において可決成立した,特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適性化及び活性化に関する特別措置法の附則において,道路運送法9条の3第2項1号の規定の適用については,当分の間,「加えたものを超えないもの」とあるのは,「加えたもの」とすることとされた(ただし,上記特別措置法はまだ施行されていない。)。
【前提となる事実等】
*運賃等の下限規制の緩和
道路運送法及びタクシー業務適正化臨時措置法の一部を改正する法律(平成12年法律第86号)は,第147回国会衆議院運輸委員会及び同参議院交通・情報通信委員会における審議を経て,平成12年5月26日,同国会で可決成立し,平成12年政令第532号により平成14年2月1日に施行された(以下,この道路運送法の改正を「平成12年改正」という。)。
平成12年改正前の道路運送法(以下「旧道路運送法」という。)9条2項は,一般乗用旅客自動車運送事業を含む一般乗合旅客自動車運送事業等の運賃変更の認可基準として,「能率的な経営の下における適正な原価を償い,かつ,適正な利潤を含むものであること」(1号)を掲げることにより,運賃等の下限を規制していたが,平成12年改正によりこの下限規制は撤廃され(平成12年改正後の道路運送法9条の3第2項1号の「能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること」という基準は,運賃等の上限規制である。),一般乗用旅客自動車運送事業の運賃等の下限規制としては,道路運送法9条の3第2項3号の「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」を残すのみとなった。
*近畿運輸局長における道路運送法9条の3第2項の審査基準
ア 近畿運輸局長は,平成14年1月18日付けで,道路運送法9条の3第2項に基づく審査基準として,「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可申請の審査基準について」(平成14年近運旅二公示第11号。以下「審査基準公示」という。)を公示した。本件再却下処分当時の審査基準公示の内容は,別紙第3記載のとおりである。審査基準公示では,道路運送法施行規則10条の3第3項により運賃等の認可申請に当たって原価計算書等の添付の必要がないと認める場合として設定された自動認可運賃に該当する運賃等の認可申請については速やかに処理を行うものとし,これに該当しない申請の認可に当たっては個別に審査することとしている。
なお,本件却下処分後の平成16年10月1日改正により,審査基準公示別紙4の第4の4として,「個人タクシー事業者に係る運賃認可の取扱いについて」の項目が追加された。その内容は,「個人タクシー事業者が,自動認可運賃を下回る運賃を設定しようとする場合であって,既存の法人タクシー事業者において認可されていない運賃を設定しようとするときは,当該個人タクシー事業者の申請に係る原価の算定に当たっては,当該申請に係る運賃適用地域における原価計算対象事業者の標準人件費の9割に相当する額を所要の人件費として計上するものとする。」というものである。
イ 近畿運輸局長は,平成14年1月18日付けで,審査基準公示に基づき,「一般乗用旅客自動車運送事業の自動認可運賃について」(平成14年近運旅二公示第12号。以下「自動認可運賃公示」という。)を公示した。自動認可運賃公示の大阪地区の運賃・料金の定めによれば,大型車・中型車・小型車別の初乗運賃(2.0km),加算運賃及び時間距離併用制運賃は,それぞれ次のとおりである。
① 大型車
上限運賃 680円 235m80円 1分25秒80円
下限運賃 610円 264m80円 1分35秒80円
② 中型車
上限運賃 660円 273m80円 1分40秒80円
下限運賃 590円 306m80円 1分50秒80円
② 小型車
上限運賃 640円 305m80円 1分50秒80円
下限運賃 570円 345m80円 2分 5秒80円
*甲事件での前判決の示した判断基準等
ア 道路運送法9条の3第2項3号にいう「不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」の意義(前判決57頁19行目から58頁7行目までを抜粋)
「(現行)道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」とは,他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれをいうものと解するのが相当であり,そのようなおそれのある運賃等に該当するか否かについては,当該運賃等が能率的な経営の下における適正な原価,すなわち,個々の一般乗用旅客自動車運送事業者がその事業を運営するのに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要とされる原価を下回るものであるか否かという観点のほか,当該事業者の市場の中での位置付け,当該運賃等を設定した意図等を総合的に勘案して判断すべきであるところ,このような判断は,専門的,技術的な知識経験及び公益上の判断を必要とするものであるから,同号の基準に適合するか否かの判断については,国土交通大臣及びその権限の委任を受けた地方運輸局長にある程度の裁量権が認められるものと解される。」
イ 審査基準公示の定める運賃査定によっては平年度における収支率が100%に満たない運賃等の設定等が道路運送法9条の3第2項3号の基準に適合するか否かの判断基準(前判決69頁10行目から70頁11行目まで,80頁5行目から同頁19行目までを抜粋)
「以上説示したところからすれば,このような運賃等(注:審査基準公示の定める運賃査定によっては収支率が100%に満たない運賃等)の申請が同項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」の基準に適合するか否かについては,当該申請に係る運賃等の額の運賃査定額からのかい離の程度,当該申請に係る運賃等が当該申請者がその事業を運営するのに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要とされる原価(能率的な経営の下における適正な原価)を下回るものであるか否か,下回るものであるとすればその程度(上記の意味における適正な原価を著しく下回るものである場合には,当該申請者について不当な競争により他の一般旅客自動車運送事業者を排除する意図,すなわち,いわゆるダンピングの意図の存在が推認される場合もあろう。),当該申請に係る当該申請者の運転者1人当たり平均給与月額(添付書類に基づくもの)と標準人件費(原価計算対象事業者の運転者1人当たりの平均給与月額の平均の額)とのかい離の程度に加えて,当該運賃適用地域の立地条件,規模(都市部か地方部か,人口密集地域か否か,当該地域における他の公共交通機関の事業展開の内容,態様等),当該運賃適用地域における市場の構造,特性等(タクシー事業者の構成(大規模法人による寡占状態か中小規模の事業者を中心とする構造か等),タクシー事業の営業形態(流し営業が中心か車庫待ち営業が中心か等),利用者の利用の実態(近距離利用か遠距離利用か,配車利用か否か等),当該地域において設定されている運賃及び料金の内容,態様等),当該申請者の種別(いわゆる法人タクシーか個人タクシーか等),企業規模,営業形態,運転者の賃金構造等,当該地域における需給事情(供給過剰地域か否か,供給過剰の程度等),運転者の賃金水準,さらには一般的な経済情勢等を総合勘案した上,当該申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあるか否かを社会通念に従って判断すべきである。」「本件認可申請に係る運賃の設定が上記の具体的なおそれがあると認められるか否かについては,以上説示した諸事情のほか,原告の営業区域である大阪府域におけるタクシー事業者の構成(個人タクシー事業者の車両数に占める割合及び売上高に占める割合等),法人タクシー事業者及び個人タクシー事業者の各営業形態,利用者の利用の実態,運賃及び料金の内容,態様等に加えて,距離制運賃の初乗運賃を500円とする運賃ないし5000円を超える金額について5割引の遠距離割引運賃とする運賃といった低額運賃の認可を受けた事業者のその後の営業実績の推移,売上高に占める割合,利用者の利用状況,当該運賃の設定に対する他の事業者の対応,追随状況など当該認可が当該区域の市場に及ぼした影響の内容,態様,程度等をも総合勘案した上,本件認可申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあるか否かを社会通念に従って判断すべきである。」
【判決】
控訴人は、国Y, 被控訴人は、Xです。
主 文
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 本件訴えのうち,近畿運輸局長に対し,原判決添付別紙第1記載のとおり一般乗用旅客自動車運送事業に係る旅客の運賃及び料金を変更することを認可することの義務付けを求める部分を却下する。
3 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
理解をしているところですが、甲事件の判決(大阪地方裁判所平成17年(行ウ)第68号)で、Xの主張は認められました。
しかし、国側は、Xの再申請を却下処分とし、Xは、乙事件として、再度、訴訟を提起しました。
原審である大阪地方裁判所(大阪地方裁判所平成20年(行ウ)第66号)は、再度、Xの主張を認めました。
しかし、大阪高等裁判所は、Xの主張を認めませんでした。
「個人タクシー値下げ請求却下処分取消・一般乗用旅客自動車運送事業運賃及び料金認可申請却下処分取消等請求控訴事件」
【事件番号】 大阪高等裁判所判決/平成21年(行コ)第141号
【判決日付】 平成22年9月9日
なぜ、そこまで言えるのか、理解を深めたいと思っています。
【事案の概要】
Xは,国土交通大臣からその権限の委任を受けた近畿運輸局長から,平成13年3月28日付けで,事業区域を大阪市,豊中市,吹田市,守口市,門真市,東大阪市,八尾市,堺市及び大阪国際空港(池田市のうち空港地域に限る。),使用する事業用自動車を1両などとして,一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受け,同年4月20日から,同許可に係るタクシー事業(以下「本件タクシー事業」という。)を営んでいる個人タクシー事業者である。
Xが本件タクシー事業において使用する事業用車両は,運賃等の適用上,小型車(道路運送車両法施行規則2条に定める小型自動車のうち自動車の長さが4.6m未満で乗車定員5名以下のもの)に区分され,燃料の種類はガソリン(ハイブリッド車)である。
近畿運輸局長は,道路運送法88条2項,同法施行令1条2項に基づき国土交通大臣から近畿地区におけるタクシー事業の運賃及び料金を認可する権限の委任を受けた,国Yに所属する行政庁である。
(1)甲事件(大阪地方裁判所平成17年(行ウ)第68号)
Xは、平成14年11月26日,近畿運輸局長に対し,初乗運賃を480円に値下げすることなどを内容とするタクシー事業に係る旅客の運賃及び料金の変更認可申請(以下「本件申請」という。)をした。
しかし,近畿運輸局長は,平成16年2月13日付で,Xに対し,他の事業者との間の不当な競争を引き起こすおそれについて規定した道路運送法9条の3第2項3号の要件を充足しないとの理由で,本件申請を却下する処分(以下「本件却下処分」という。)をした。
Xは,本件却下処分は違法であると主張して,国Yに対し,①本件却下処分の取消し,②本件申請に応じた運賃等の変更認可処分の近畿運輸局長への義務付けを求めた。
大阪地方裁判所は,本件却下処分の取消請求についてのみ終局判決をすることがより迅速な争訟の解決に資すると判断して,平成19年3月14日,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の3第6項前段に基づき,甲事件のうち本件却下処分の取消請求について,これを認容する判決(以下「前判決」という。)をした。
前判決は,控訴期間の経過により,平成19年3月29日に確定した。
原審は,同年4月10日,甲事件のうち義務付け請求について,口頭弁論を再開した。
(2) 乙事件(大阪地方裁判所平成20年(行ウ)第66号)
近畿運輸局長は,平成20年2月27日,Xに対し,再度,他の事業者との間の不当な競争を引き起こすおそれについて規定した道路運送法9条の3第2項3号の要件を充足しないとの理由で,本件申請を却下する旨の処分(以下「本件再却下処分」という。)をした。
乙事件は,Xが,近畿運輸局長がした本件再却下処分は違法であり,これについての同局長の判断及び前判決から本件再却下処分までの長期にわたって処分を遅らせた怠慢は,いずれもXに対する国家賠償法上の違法行為に当たると主張して,Xに対し,①本件再却下処分の取消し,②国家賠償法1条に基づき,慰謝料500万円及びこれに対する乙事件の訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
原審は,乙事件の提起を受けて,これを甲事件のうち義務付けの訴えにかかる部分(上記(1)記載)に併合して審理した。
(3) 原審の判断と控訴提起
原審は,①本件再却下処分を取り消し,②本件申請認可の義務付けを命じ,③損害賠償金20万円及びこれに対する平成20年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じ,Xの20万円を超える損害賠償請求を棄却する判決を言い渡した。
国Yは,原審の上記判断を不服として,控訴を提起した。
【関係法令】
○道路運送法
2条3項:「旅客自動車運送事業」とは,他人の需要に応じ,有償で,自動車を使用して旅客を運送する事業をいう,と規定
同法3条:旅客自動車運送事業の種類は,①一般旅客自動車運送事業(特定旅客自動車運送事業以外の旅客自動車運送事業),②特定旅客自動車運送事業(特定の者の需要に応じ,一定の範囲の旅客を運送する旅客自動車運送事業)とし,一般旅客自動車運送事業(上記①)の種類は,イ一般乗合旅客自動車運送事業(乗合旅客を運送する一般旅客自動車運送事業),ロ一般貸切旅客自動車運送事業(一個の契約により国土交通省令で定める乗車定員以上の自動車を貸し切つて旅客を運送する一般旅客自動車運送事業),ハ一般乗用旅客自動車運送事業(一個の契約によりロの国土交通省令で定める乗車定員未満の自動車を貸し切つて旅客を運送する一般旅客自動車運送事業)とする,と規定。
タクシー業務適正化特別措置法2条:上記ハの一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者がその事業の用に供する自動車のうち,当該自動車による運送の引受けが営業所のみにおいて行われるものを「ハイヤー」,それ以外の自動車を「タクシー」とそれぞれ定義し,タクシーを使用して行う一般乗用旅客自動車運送事業を「タクシー事業」,タクシー事業を経営する者を「タクシー事業者」とそれぞれ定義している。
タクシー業務適正化特別措置法施行規則29条1項2号:当該許可を受ける個人のみが自動車を運転することにより当該事業を行うべき旨の条件の附された一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受けた者を「個人タクシー事業者」としている(以下,用語については上記の各定義に従う。)。
○道路運送法
9条の3第1項:一般乗用旅客自動車運送事業者(一般旅客自動車運送事業を経営する者をいう。同法8条4項)は,旅客の運賃及び料金(旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で定める料金を除く。以下,単に「運賃等」ということがある。)を定め,国土交通大臣の認可を受けなければならない,これを変更しようとするときも同様とする,と規定している。
同法9条の3第2項:国土交通大臣は,上記の認可をしようとするときは,①能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること(1号),②特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと(2号),③他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること(3号),④運賃及び料金が対距離制による場合であって,国土交通大臣がその算定の基礎となる距離を定めたときは,これによるものであること(4号),という基準によって,これをしなければならない,と規定。
第171回国会において可決成立した,特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適性化及び活性化に関する特別措置法の附則において,道路運送法9条の3第2項1号の規定の適用については,当分の間,「加えたものを超えないもの」とあるのは,「加えたもの」とすることとされた(ただし,上記特別措置法はまだ施行されていない。)。
【前提となる事実等】
*運賃等の下限規制の緩和
道路運送法及びタクシー業務適正化臨時措置法の一部を改正する法律(平成12年法律第86号)は,第147回国会衆議院運輸委員会及び同参議院交通・情報通信委員会における審議を経て,平成12年5月26日,同国会で可決成立し,平成12年政令第532号により平成14年2月1日に施行された(以下,この道路運送法の改正を「平成12年改正」という。)。
平成12年改正前の道路運送法(以下「旧道路運送法」という。)9条2項は,一般乗用旅客自動車運送事業を含む一般乗合旅客自動車運送事業等の運賃変更の認可基準として,「能率的な経営の下における適正な原価を償い,かつ,適正な利潤を含むものであること」(1号)を掲げることにより,運賃等の下限を規制していたが,平成12年改正によりこの下限規制は撤廃され(平成12年改正後の道路運送法9条の3第2項1号の「能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること」という基準は,運賃等の上限規制である。),一般乗用旅客自動車運送事業の運賃等の下限規制としては,道路運送法9条の3第2項3号の「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」を残すのみとなった。
*近畿運輸局長における道路運送法9条の3第2項の審査基準
ア 近畿運輸局長は,平成14年1月18日付けで,道路運送法9条の3第2項に基づく審査基準として,「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可申請の審査基準について」(平成14年近運旅二公示第11号。以下「審査基準公示」という。)を公示した。本件再却下処分当時の審査基準公示の内容は,別紙第3記載のとおりである。審査基準公示では,道路運送法施行規則10条の3第3項により運賃等の認可申請に当たって原価計算書等の添付の必要がないと認める場合として設定された自動認可運賃に該当する運賃等の認可申請については速やかに処理を行うものとし,これに該当しない申請の認可に当たっては個別に審査することとしている。
なお,本件却下処分後の平成16年10月1日改正により,審査基準公示別紙4の第4の4として,「個人タクシー事業者に係る運賃認可の取扱いについて」の項目が追加された。その内容は,「個人タクシー事業者が,自動認可運賃を下回る運賃を設定しようとする場合であって,既存の法人タクシー事業者において認可されていない運賃を設定しようとするときは,当該個人タクシー事業者の申請に係る原価の算定に当たっては,当該申請に係る運賃適用地域における原価計算対象事業者の標準人件費の9割に相当する額を所要の人件費として計上するものとする。」というものである。
イ 近畿運輸局長は,平成14年1月18日付けで,審査基準公示に基づき,「一般乗用旅客自動車運送事業の自動認可運賃について」(平成14年近運旅二公示第12号。以下「自動認可運賃公示」という。)を公示した。自動認可運賃公示の大阪地区の運賃・料金の定めによれば,大型車・中型車・小型車別の初乗運賃(2.0km),加算運賃及び時間距離併用制運賃は,それぞれ次のとおりである。
① 大型車
上限運賃 680円 235m80円 1分25秒80円
下限運賃 610円 264m80円 1分35秒80円
② 中型車
上限運賃 660円 273m80円 1分40秒80円
下限運賃 590円 306m80円 1分50秒80円
② 小型車
上限運賃 640円 305m80円 1分50秒80円
下限運賃 570円 345m80円 2分 5秒80円
*甲事件での前判決の示した判断基準等
ア 道路運送法9条の3第2項3号にいう「不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」の意義(前判決57頁19行目から58頁7行目までを抜粋)
「(現行)道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」とは,他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれをいうものと解するのが相当であり,そのようなおそれのある運賃等に該当するか否かについては,当該運賃等が能率的な経営の下における適正な原価,すなわち,個々の一般乗用旅客自動車運送事業者がその事業を運営するのに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要とされる原価を下回るものであるか否かという観点のほか,当該事業者の市場の中での位置付け,当該運賃等を設定した意図等を総合的に勘案して判断すべきであるところ,このような判断は,専門的,技術的な知識経験及び公益上の判断を必要とするものであるから,同号の基準に適合するか否かの判断については,国土交通大臣及びその権限の委任を受けた地方運輸局長にある程度の裁量権が認められるものと解される。」
イ 審査基準公示の定める運賃査定によっては平年度における収支率が100%に満たない運賃等の設定等が道路運送法9条の3第2項3号の基準に適合するか否かの判断基準(前判決69頁10行目から70頁11行目まで,80頁5行目から同頁19行目までを抜粋)
「以上説示したところからすれば,このような運賃等(注:審査基準公示の定める運賃査定によっては収支率が100%に満たない運賃等)の申請が同項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」の基準に適合するか否かについては,当該申請に係る運賃等の額の運賃査定額からのかい離の程度,当該申請に係る運賃等が当該申請者がその事業を運営するのに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要とされる原価(能率的な経営の下における適正な原価)を下回るものであるか否か,下回るものであるとすればその程度(上記の意味における適正な原価を著しく下回るものである場合には,当該申請者について不当な競争により他の一般旅客自動車運送事業者を排除する意図,すなわち,いわゆるダンピングの意図の存在が推認される場合もあろう。),当該申請に係る当該申請者の運転者1人当たり平均給与月額(添付書類に基づくもの)と標準人件費(原価計算対象事業者の運転者1人当たりの平均給与月額の平均の額)とのかい離の程度に加えて,当該運賃適用地域の立地条件,規模(都市部か地方部か,人口密集地域か否か,当該地域における他の公共交通機関の事業展開の内容,態様等),当該運賃適用地域における市場の構造,特性等(タクシー事業者の構成(大規模法人による寡占状態か中小規模の事業者を中心とする構造か等),タクシー事業の営業形態(流し営業が中心か車庫待ち営業が中心か等),利用者の利用の実態(近距離利用か遠距離利用か,配車利用か否か等),当該地域において設定されている運賃及び料金の内容,態様等),当該申請者の種別(いわゆる法人タクシーか個人タクシーか等),企業規模,営業形態,運転者の賃金構造等,当該地域における需給事情(供給過剰地域か否か,供給過剰の程度等),運転者の賃金水準,さらには一般的な経済情勢等を総合勘案した上,当該申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあるか否かを社会通念に従って判断すべきである。」「本件認可申請に係る運賃の設定が上記の具体的なおそれがあると認められるか否かについては,以上説示した諸事情のほか,原告の営業区域である大阪府域におけるタクシー事業者の構成(個人タクシー事業者の車両数に占める割合及び売上高に占める割合等),法人タクシー事業者及び個人タクシー事業者の各営業形態,利用者の利用の実態,運賃及び料金の内容,態様等に加えて,距離制運賃の初乗運賃を500円とする運賃ないし5000円を超える金額について5割引の遠距離割引運賃とする運賃といった低額運賃の認可を受けた事業者のその後の営業実績の推移,売上高に占める割合,利用者の利用状況,当該運賃の設定に対する他の事業者の対応,追随状況など当該認可が当該区域の市場に及ぼした影響の内容,態様,程度等をも総合勘案した上,本件認可申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあるか否かを社会通念に従って判断すべきである。」
【判決】
控訴人は、国Y, 被控訴人は、Xです。
主 文
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 本件訴えのうち,近畿運輸局長に対し,原判決添付別紙第1記載のとおり一般乗用旅客自動車運送事業に係る旅客の運賃及び料金を変更することを認可することの義務付けを求める部分を却下する。
3 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。