夫婦の財産関係を、的確に示した有名な判例です。
【事案の概要】
妻Xが婚姻前から持っていた妻固有の財産である土地建物を、夫Aが事業失敗の債権回収をうけ、昭和37年4月2日Yに対して土地建物の売買契約を締結し、その代金で債務を弁済しようとした。(正確には、Xがその土地をYに売り、その代金として、Yの夫Aに対する債権をXに譲渡することとした。)Xは、これを全く知らなかった。同月12日付で各所有権移転登記。
妻Xは、昭和39年夫Aと離婚。
Xは、Yに本件土地を売り渡したことはなく、登記は無効として、Yに対し登記の抹消手続きを求めた。
********************
妻に内緒で、妻個人の財産である土地を夫が処分した事案です。
妻と夫は、日常家事においては、代理権授与の関係があるとされています。
妻が買い物した場合、代金を取りに来たひとに夫がお金を支払うことや、その逆もよくあることです。
そのやりとりの根拠は、民法761条にあります。
*****民法*******
(日常の家事に関する債務の連帯責任)
第七百六十一条 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。
**************
代理権授与の関係を、「基本代理権」と考えた場合、
民法110条で前条109条を準用して、権限外の行為であるが、第三者が、代理人の権限があると信じ、その法律行為の責任を本人が負うことになります。
*****民法*******
(代理権授与の表示による表見代理)
第百九条 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。
(権限外の行為の表見代理)
第百十条 前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
**************
事案の場合は、妻固有の財産の処分は、夫Aの権限外であるけれども、夫婦は日常家事の連帯責任を負う関係から、夫に代理権があると信じ、夫による妻の土地売却の法律行為は、妻Xが負うことになるとして、Y側は主張しました。
もし、この論理が通じると、夫婦のかたほうは、あらゆる財産を処分しうるし、財産を処分されたほうは、その責任を、いくら知らなくてなされても、負うことになってしまいます。
最高裁は、そのような民法110条の類推適用を封じる方向で、判決をしました。
すなわち、「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。」として、日常家事に関する法律行為の範囲内で、民法110条を類推適用する枠をはめたのです。
夫婦別産制の制度が壊れないように、維持する形で、方向付けをしたことになります。
皆様ご夫婦に、財産的独立があるかどうかの現実は、さておき、法は、その独立を守る制度を整えています。
****最高裁ホームページより****
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51933&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120411723572.pdf
事件番号
昭和43(オ)971
事件名
土地建物所有権移転登記抹消登記手続請求
裁判年月日
昭和44年12月18日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
判決
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第23巻12号2476頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
昭和41(ネ)1792
原審裁判年月日
昭和43年06月26日
判示事項
一、民法七六一条と夫婦相互の代理権
二、民法七六一条と表見代理
裁判要旨
一、民法七六一条は、夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解すべきである。
二、夫婦の一方が民法七六一条所定の日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権を基礎として一般的に同法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定すべきではなく、その越権行為の相手方である第三者においてその行為がその夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、同条の趣旨を類推して第三者の保護をはかるべきである。
参照法条
民法761条,民法110条
判決文 全文
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人小宮正己の上告理由第一点について。
本件売買契約締結の当時、被上告人が訴外Aに対しその売買契約を締結する代理権またはその他の何らかの代理権を授与していた事実は認められない、とした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係および本件記録に照らし、首肯することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
そして、民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
したがつて、民法七六一条および一一〇条の規定の解釈に関して以上と同旨の見解に立つものと解される原審の判断は、正当である。
ところで、原審の確定した事実関係、とくに、本件売買契約の目的物は被上告人の特有財産に属する土地、建物であり、しかも、その売買契約は上告人の主宰する訴外株式会社千代田ベヤリング商会が訴外Aの主宰する訴外株式会社西垣商店に対して有していた債権の回収をはかるために締結されたものであること、さらに、右売買契約締結の当時被上告人は右Aに対し何らの代理権をも授与していなかつたこと等の事実関係は、原判決挙示の証拠関係および本件記録に照らして、首肯することができないわけではなく、そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつた右Aと被上告人との日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、その契約の相手方である上告人においてその契約が被上告人ら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないことも明らかである。
してみれば、上告人の所論の表見代理の主張を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 入江俊郎
裁判官 長部謹吾
裁判官 松田二郎
裁判官 岩田 誠
裁判官 大隅健一郎
【事案の概要】
妻Xが婚姻前から持っていた妻固有の財産である土地建物を、夫Aが事業失敗の債権回収をうけ、昭和37年4月2日Yに対して土地建物の売買契約を締結し、その代金で債務を弁済しようとした。(正確には、Xがその土地をYに売り、その代金として、Yの夫Aに対する債権をXに譲渡することとした。)Xは、これを全く知らなかった。同月12日付で各所有権移転登記。
妻Xは、昭和39年夫Aと離婚。
Xは、Yに本件土地を売り渡したことはなく、登記は無効として、Yに対し登記の抹消手続きを求めた。
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妻に内緒で、妻個人の財産である土地を夫が処分した事案です。
妻と夫は、日常家事においては、代理権授与の関係があるとされています。
妻が買い物した場合、代金を取りに来たひとに夫がお金を支払うことや、その逆もよくあることです。
そのやりとりの根拠は、民法761条にあります。
*****民法*******
(日常の家事に関する債務の連帯責任)
第七百六十一条 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。
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代理権授与の関係を、「基本代理権」と考えた場合、
民法110条で前条109条を準用して、権限外の行為であるが、第三者が、代理人の権限があると信じ、その法律行為の責任を本人が負うことになります。
*****民法*******
(代理権授与の表示による表見代理)
第百九条 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。
(権限外の行為の表見代理)
第百十条 前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
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事案の場合は、妻固有の財産の処分は、夫Aの権限外であるけれども、夫婦は日常家事の連帯責任を負う関係から、夫に代理権があると信じ、夫による妻の土地売却の法律行為は、妻Xが負うことになるとして、Y側は主張しました。
もし、この論理が通じると、夫婦のかたほうは、あらゆる財産を処分しうるし、財産を処分されたほうは、その責任を、いくら知らなくてなされても、負うことになってしまいます。
最高裁は、そのような民法110条の類推適用を封じる方向で、判決をしました。
すなわち、「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。」として、日常家事に関する法律行為の範囲内で、民法110条を類推適用する枠をはめたのです。
夫婦別産制の制度が壊れないように、維持する形で、方向付けをしたことになります。
皆様ご夫婦に、財産的独立があるかどうかの現実は、さておき、法は、その独立を守る制度を整えています。
****最高裁ホームページより****
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51933&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120411723572.pdf
事件番号
昭和43(オ)971
事件名
土地建物所有権移転登記抹消登記手続請求
裁判年月日
昭和44年12月18日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
判決
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第23巻12号2476頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
昭和41(ネ)1792
原審裁判年月日
昭和43年06月26日
判示事項
一、民法七六一条と夫婦相互の代理権
二、民法七六一条と表見代理
裁判要旨
一、民法七六一条は、夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解すべきである。
二、夫婦の一方が民法七六一条所定の日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権を基礎として一般的に同法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定すべきではなく、その越権行為の相手方である第三者においてその行為がその夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、同条の趣旨を類推して第三者の保護をはかるべきである。
参照法条
民法761条,民法110条
判決文 全文
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人小宮正己の上告理由第一点について。
本件売買契約締結の当時、被上告人が訴外Aに対しその売買契約を締結する代理権またはその他の何らかの代理権を授与していた事実は認められない、とした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係および本件記録に照らし、首肯することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
そして、民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
したがつて、民法七六一条および一一〇条の規定の解釈に関して以上と同旨の見解に立つものと解される原審の判断は、正当である。
ところで、原審の確定した事実関係、とくに、本件売買契約の目的物は被上告人の特有財産に属する土地、建物であり、しかも、その売買契約は上告人の主宰する訴外株式会社千代田ベヤリング商会が訴外Aの主宰する訴外株式会社西垣商店に対して有していた債権の回収をはかるために締結されたものであること、さらに、右売買契約締結の当時被上告人は右Aに対し何らの代理権をも授与していなかつたこと等の事実関係は、原判決挙示の証拠関係および本件記録に照らして、首肯することができないわけではなく、そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつた右Aと被上告人との日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、その契約の相手方である上告人においてその契約が被上告人ら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないことも明らかである。
してみれば、上告人の所論の表見代理の主張を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 入江俊郎
裁判官 長部謹吾
裁判官 松田二郎
裁判官 岩田 誠
裁判官 大隅健一郎