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行政訴訟の難しさ。法律の枠の中での戦いであるがゆえに。大阪 パチンコ店周辺住民敗訴の分析から。

2012-05-30 10:12:44 | シチズンシップ教育
 行政訴訟の難しさを感じます。

 例えば、昨日とりあげた、
 「パチンコ店周辺住民が、風営法を下に、その営業所拡張の承認の取り消しを求めた事案 大阪地裁H20.2.14」
 http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/7ca3d3a50ca7487507cdd7f967da421b

 住民側から出された請求は、以下、3点。

請求1 大阪府公安委員会がS株式会社に対して平成14年10月21日付けでした営業所「Bパチンコ」の営業所拡張の変更承認処分を取り消す。
請求2 大阪府公安委員会がS株式会社に対して平成17年12月22日付けでした営業所「Bパチンコ」の営業所拡張の変更承認処分を取り消す。
請求3 大阪府公安委員会は,S株式会社が平成18年1月17日付けで提出した営業所「Bパチンコ」の駐車場増設の変更届出書を受理してはならない。




 まず、住民側は、原告適格はありと判事されました。

 出訴期間に関しては、実際の訴えの提起は、平成18年9月12日。

請求1 大阪府公安委員会がS株式会社に対して平成14年10月21日付けでした営業所「Bパチンコ」の営業所拡張の変更承認処分を取り消す。
 →一年以上経過しており、×

請求2 大阪府公安委員会がS株式会社に対して平成17年12月22日付けでした営業所「Bパチンコ」の営業所拡張の変更承認処分を取り消す。
 →6か月以上経過しているが、公安委員会から、営業所拡張の変更承認がおりたことを知ることは、第三者である住民が知るのは難しいわけであるが、拡張工事が始まって以後、知ることができた。それが、3月12日以降である。住民らは、3月12日以降に、変更承認が許可されたことを知り、その6か月以内の9月12日以内に提訴しており、訴えの提起は、出訴期間内である。


 請求3は、「届出」であり、請求1、2の「承認」と異なる。

請求3 大阪府公安委員会は,S株式会社が平成18年1月17日付けで提出した営業所「Bパチンコ」の駐車場増設の変更届出書を受理してはならない。
 →「届出」であり、「処分」とは言えず、取消訴訟の対象にならない。よって、×


 入口論では、
 原告適格、出訴期間でふるいにかけられ、請求2の訴えだけが残りました。

 本案審議では、
 以下、論理展開で、請求2も×となりました。

 請求1,2,3いずれも×で、住民側が敗訴となりました。



 本案審議の結論を見てみます。

******判決抜粋***
 4 争点(4)(行政事件訴訟法10条1項の適用の有無)
 (1)前記のとおり,本件処分1の取消し及び本件届出の受理の差止めを求める訴えは,不適法であるから,以下では,本件処分2の取消しを求める部分について,原告らの主張する違法事由が「自己の法律上の利益に関係のない違法」(行政事件訴訟法10条1項)か否かを検討する。
 (2)同項は,取消訴訟においては,自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができないとしている。同項の趣旨は,取消訴訟が,判決によって,違法な行政作用を排除し,公益に資することを目的とするものではなく,行政庁の処分によって原告の被っている権利利益の侵害の救済を目的とするものであり,原告の権利利益に関係のない違法事由の主張を許すことは上記取消訴訟の目的に反することから,原告の法律上の権利利益に関係のない違法事由の主張を制限したものと解される。
 この趣旨に照らせば,「自己の法律上の利益に関係のない違法」とは,行政庁の処分に存する違法のうち,原告の権利利益を保護する趣旨で設けられたとはいえない法規に違背した違法をいうと解すべきである。
 そこで,原告らの主張がこのような違法を主張するものか否かを検討するに,原告らの主張は,本件営業所が営業制限地域にあるところ,本件処分2に係る本件営業所の拡張は,従前の営業所との同一性が損なわれるほどの規模にわたるものであり,既得権益の範囲を逸脱し,営業制限地域を定めた風営法4条2項2号の趣旨を潜脱するというものである
 ここで,前記法令の定めのとおり,風営法4条2項2号,風営法施行令6条1号,2号及び大阪府風営法施行条例2条1項1号本文は,営業制限地域として,住居が多数集合しており,住居以外の用途に供される土地が少ない地域(第1種低層住居専用地域,第2種低層住居専用地域,第1種中高層住居専用地域,第2種中高層住居専用地域,第1種住居地域,第2種住居地域及び準住居地域)及び学校等の敷地の周囲おおむね100メートル以内の区域と定めている。そして,風営法及び同施行規則等の前記各規定や違法な営業許可に基づく営業がされた場合の被害の性質等に照らせば,風営法4条2項2号は,上記営業制限地域内に居住している住民の法律上の利益を保護する趣旨を含む規定と解し得るものの,前記前提事実のとおり,原告らが居住する本件マンションが上記制限地域外の準工業地域にある以上,風営法等の上記各規定が原告らの法律上の利益を保護する趣旨で設けられた規定と解することはできない。
 したがって,本件処分2が風営法4条2項2号に違反するという原告らの主張は,原告らの権利利益を保護する趣旨で設けられた法規に違背した違法を主張するものとはいえず,それ自体失当である
 (3)よって,請求2項は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
**************

 パチンコ店拡張によって、「騒音や振動等によって営業所周辺地域に居住する住民の健康や生活環境に係る被害が発生する」との住民側の主張であります。

 この根拠法令をもう一度見ます。


*****風営法*****

(構造及び設備の変更等)
第九条  風俗営業者は、増築、改築その他の行為による営業所の構造又は設備の変更(内閣府令で定める軽微な変更を除く。第五項において同じ。)をしようとするときは、国家公安委員会規則で定めるところにより、あらかじめ公安委員会の承認を受けなければならない。
2  公安委員会は、前項の承認の申請に係る営業所の構造及び設備が第四条第二項第一号の技術上の基準及び第三条第二項の規定により公安委員会が付した条件に適合していると認めるときは、前項の承認をしなければならない。

(営業の許可)
第三条  風俗営業を営もうとする者は、風俗営業の種別(前条第一項各号に規定する風俗営業の種別をいう。以下同じ。)に応じて、営業所ごとに、当該営業所の所在地を管轄する都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)の許可を受けなければならない。
2  公安委員会は、善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため必要があると認めるときは、その必要の限度において、前項の許可に条件を付し、及びこれを変更することができる。

(許可の基準)
第四条  (1項省略)
2  公安委員会は、前条第一項の許可の申請に係る営業所につき次の各号のいずれかに該当する事由があるときは、許可をしてはならない。
一  営業所の構造又は設備(第四項に規定する遊技機を除く。第九条、第十条の二第二項第三号、第十二条及び第三十九条第二項第七号において同じ。)が風俗営業の種別に応じて国家公安委員会規則で定める技術上の基準に適合しないとき。
二  営業所が、良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令で定める基準に従い都道府県の条例で定める地域内にあるとき。

三  営業所に第二十四条第一項の管理者を選任すると認められないことについて相当な理由があるとき。

************

 パチンコ店許可は、風営法第9条1項で、拡張の承認が必要であるとし、第9条2項で、それは、第4条2項1号の技術上の基準によるとしています。
 その技術上の基準は、第4条2項1号で「国家公安委員会規則で定める技術上の基準」となり、その具体は、「国家公安委員会規則」を見ていくことになります。

 一方、根拠として住民側が用いた条文は、実は、第4条2項1号ではなく、第4条2項2号。
 第4条2項2号は、承認許可の根拠となる第4条2項1号ではなく、ある意味“急所”を外しています。(技術的なところで戦うのは、難しく、技術的にあっていれば、結局、第4条2項1号に適合するとなり、これすなわち、第9条2項をみたし、承認許可が下りてしまいます。よって、外さざるを得なかったのだとは思われますが。)
 
 第4条2項2号で戦おうとしたときに、実は、その地域は、「都道府県の条例で定める」ことになり、

 それは、この場合、大阪府では、

 大阪府風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例(昭和34年大阪府条例第6号。以下「大阪府風営法施行条例」という。)を定め,「第1種低層住居専用地域,第2種低層住居専用地域,第1種中高層住居専用地域,第2種中高層住居専用地域,第1種住居地域,第2種住居地域及び準住居地域」(2条1項1号本文)及び「学校教育法第1条に規定する学校若しくは同法第83条第1項に規定する各種学校のうち主として外国人の幼児,児童,生徒等に対して教育を行うもの,児童福祉法第7条に規定する保育所又は医療法第1条の5第1項に規定する病院若しくは同条第2項に規定する診療所の敷地の周囲おおむね100メートルの区域」(2条1項2号本文)を営業制限地域として定めている(以下,同号所定の各施設を合わせて「学校等」ということがある。)。

 この規定が、原告適格は言えたはずの住民側の首をしめることになりました。
 住民側が住んでいたのは、都市計画法上の「準工業地域」。

 訴えた側の住民側が、第4条2項2号からは、守られない地域に住んでいることになり、この法令を根拠に、することができなくなりました。

 よって、本案審議でも、×となる結果となりました。

 法律の一文一句が合わないことからの結論です。
 しかし、それは、敗訴という大きな結論となりました。

 法律の枠内で戦うことの難しさが、行政訴訟が住民側によい結論をもたらしづらいことにつながっているように思います。
 法律の枠内であることの必要性は、当然のルールなのだけど。

 ルールを熟知する、すなわち、行政学をきちんと修めることが大事ということと理解し努力します。
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再掲:本日30日16時半東京地裁522号法廷 守るべきものは守る。築地市場は土壌汚染地へ移転させません。

2012-05-30 09:13:50 | 築地を守る、築地市場現在地再整備
 築地市場移転問題に関連して、5/24に新たに提訴されたものを含め現在3つの裁判が進行中です。
 
 明日5月月30日、豊洲新市場予定地(汚染地)購入についての裁判が開かれます。

 是非傍聴をお願いします。
 

*****以下、原告団事務局から****


【転送歓迎】

 皆様、日頃より築地移転問題にご注目いただきありがとうございます。

 築地市場移転候補地である東京都江東区豊洲東京ガス工場跡地、その日本最大規模の土壌汚染地の土地購入(豊洲市場用地・2006年(H18)購入分)についての公金支出金返還請求裁判が開かれますのでご案内いたします。

  事件名:豊洲汚染土地購入に関する公金返還請求訴訟

  事件の内容:東京都が築地市場移転計画に関して、土壌汚染のある豊洲の土地を 「汚染なし」 の高額で購入したことが違法な公金支出にあたるとして、東京都知事らに公金返還を求めるように訴えた事件

  期日:2012年5月30日(水) 午後4時30分~
       東京地方裁判所民事522号法廷 
      30分前、1階ロビーで集合しています。 公判後の報告会もあります。


 上記都知事他関係局長等5名に対する「公金支出金返還請求訴訟」は、提訴(2010年5月24日)から丁度2年になります。

 現在、入口論(訴えの期間について)の段階で激しく争われています。

 東京都は真実を捻じ曲げるなど一連の市場用地購入のために相当無理をしており、本論に入ることに必死で抵抗しています。

 今回の公判は、この入り口論を突破して本題に入れるかどうか、いよいよ裁判所が方向を示すと思われます。

 皆様の傍聴がこの裁判の大きな支えになっています。一人でも多くの傍聴をよろしくお願いいたします。

 今月24日に残りの土地の購入に関して新たな住民訴訟を東京地裁に提起しました。

 この訴訟も加え、築地市場移転問題に関連する東京都の不法・違法な財政支出について、都知事の責任を追及して行きたいと思います。

 引き続きご注目をよろしくお願いいたします。(新たな住民監訴訟/訴訟提起関連について後述いたします。)

〒104-0052 中央区月島3―30-4 イイジマビル1F
 築地市場移転問題裁判原告団   事務局  TEL;03-5547-1191
 原告団HP::http://tsukiji-wo-mamoru.com/_src/sc260/sign.png


***********************


 5月24日、移転候補のうちの残りの汚染地購入(豊洲市場用地・2011年(H23)購入分)について、都知事に対して公金支出金返還を求める住民訴訟が原告41名により起こされました。

 提出については翌日の朝刊、朝日、毎日、東京、読売の新聞各紙に記事が掲載されました。

 提訴後の記者会見では記者からの質問も多数あり、活発な会見となりました。
 移転事業が進む事に対して「このままで良いとは思わない」と本音を話してくれる記者も居ましたが、築地移転問題が改めて注目されていると感じました。

 新たな裁判では市場用地が、土壌汚染が“無い”更地として東京ガス(株)などから購入された問題に加え、汚染の大半の除去費用を東京ガス(株)に対し免責した、2011年(H23)の協定についても問題としています。

 
 この裁判のベースになっている住民監査請求(3月2日提出)は、下記の監査委員会により監査されました。

 石毛しげる  監査委員・非常勤 都議会議員(民主)
 林田  武  監査委員・非常勤 都議会議員(自民)
 友淵 宗治  代表監査委員・常勤 (有識者)元警視庁生活安全部長
 筆谷 勇   監査委員・非常勤(有識者)公認会計士、元中央大学専門職大学院教授
 金子 庸子  監査委員・非常勤(有識者)元資生堂監査役.

 結果は「土地取得額は高額であるとはいえない」として4月26日付けで「棄却」されました。


 監査に先立ち行った私たち請求人の陳述(平成24年4月5日)では、

 「議会、財産価格審議会に対し行ってきた真実を捻じ曲げた内容の答弁や議案書について」も資料を示しながら問題としました。

 すなわち、
  東京都は東京ガスに対しては残置汚染を容認しながら、一方で、

 「(汚染工事は)その作業が完了しており、現在、汚染物質は存在しない」

 「操業に基づく汚染物質などが発見された場合には(中略)東京ガスが処理をするという了解は得てございます」

 などと真実を捻じ曲げた内容の情報を、関係者や都民、議会、財産価格審議会に流してきたこと

 を委員の皆様にお伝えいたしました。


 ところが、監査委員会では、監査結果書の中で、これらの問題には全く触れられませんでした。


 土地が高いか安いについての議論は勿論できますが、問題はそれ以前の地方自治が民主的に行われているかどうかの地方自治法の根幹にかかわるものです。
 (地方自治法第1条【目的】には「地方自治体における民主的にして能率的な行政の確保を図る」と示されています。)

 この裁判は一連の公金支出問題関連裁判の総決算の意味を持つものと考えています。

 全体の汚染対策工事に対する東京ガスの負担分はおおよそ4分の1にしか過ぎません。これまでに行った東京ガスの対策工事は約100億円ですが、協定書(H23年3月)により決定した負担分の78億円を加えて、東京ガスの負担分は全体で約178億円。
 一方汚染の全体の除去費用は、現在の契約ベース541億円として、過去東京ガスが行った100億円を加えて641億円となります。
 
 東京都は都の安全確保条例を一種の“隠れ蓑”に、汚染の残置を隠してきました。
 条例は汚染の拡散の防止は求めていても、汚染の除去までは求めていません。

 東京ガスに対し、どうして4分の3もの汚染の除去費用を免責できたのか(したのか)、事の経緯はほぼ判っており、これらは裁判の過程のなかで詳らかにして行けるものと考えていいます。

 公判の日程が決りましたらまたお知らせをさせていただきます。

 コアサンプル廃棄差し止めの控訴審の裁判も続行しています。(東京高等裁判所 次回期日平成24年7月26日14時~822号法廷)

 これら裁判を根拠に、真実を見出し、守るべきものは守る、築地の現在地での再整備に必ずやつなげていきたいと考えます。


 引き続き、築地移転問題関連裁判にご注目ください。     
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手付を理解する:民法557条

2012-05-30 01:49:23 | シチズンシップ教育
 民法557条は手付に関する規定です。
 (557条2項で関係するため、参考までに545条も掲載。)

 この民法557条を理解するに当たって、ふたつ問題があります。

 履行の着手とは?

 誰の履行の着手をいうか?


 以下の重要判例が、その問題を解決しています。

 履行の着手の判定基準は、「民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すものと解すべき」

 誰の履行の着手であるかに関しては、「売買の当事者の一方が履行に着手した後は、(イ)その相手方は契約を解除することはできないが、(ロ)履行に着手した当事者は解除権を行使することを妨げないという」考え方をとることになります。
 

*****民法*****

(手付)
第五百五十七条  買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
2  第五百四十五条第三項の規定は、前項の場合には、適用しない。

(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

************


【事案の概要】
1)昭和34年12月22日、買主Xは、売主Yから、大阪府所有の本件不動産を
  a代金200万円
  b即日、手付金40万円を支払う
  c手付金を控除した残金180万円は昭和35年2月までに所有権移転登記と鋼管に支払う
 との約定で買い受けた。

2)Xは、契約の日にYに対し手付金40万円支払い、昭和35年2月29日に180万円を提供して義務の履行を求めたが、Yに拒絶されたので、登記の移転と引渡しを請求した。

3)これに対し、Yは、手付金額の倍額80万円をXに提供して契約を解除した。

4)本件不動産の売り主Yは、Xから受け取った手付金のうちから19万余円を本件不動産の所有者である大阪府に支払い、これをXに譲渡する前提としてまずY名義に所有権移転登記を得たことから、契約の履行に着手したから、その後の契約解除は無効であると、原審でXは主張。

【最高裁判決】

主   文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人阿部幸作、同越智譲の上告理由第一点について。
 論旨は、本件手附は解約手附であるとした原判決は、民法五五七条の解釈を誤り、理由不備の違法がある、というにある。
 しかし、原判決の引用する第一審判決の認定した事実関係のもとに、所論の本件手附は損害賠償の予定をかねた解約手附の性質を有するものであるとした原判決(第一審判決理由を引用)の説示は相当であつて、その判断の過程において所論の違法はない。所論は、原判決を正解せず、原審が適法に行なつた証拠の取捨判断および事実認定を非難するに帰し、採用することができない。
 同第二点および上告会社代表者Aの上告理由について。
 論旨は、要するに、被上告人と大阪府との間で本件売買契約の目的物件である本件不動産についての払下契約が締結された時点あるいは右不動産について上告人主張の仮登記仮処分手続がなされた時点において、被上告人又は上告人が民法五五七条一項にいう契約の履行に着手したものというべきである旨の上告人の主張を排斥した原判決は、右法条の解釈適用を誤つた違法がある、というに帰する。
 よつて按ずるに、民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すものと解すべきところ、本件において、原審における上告人の主張によれば、被上告人が本件物件の所有者たる大阪府に代金を支払い、これを上告人に譲渡する前提として被上告人名義にその所有権移転登記を経たというのであるから、右は、特定の売買の目的物件の調達行為にあたり、単なる履行の準備行為にとどまらず、履行の着手があつたものと解するを相当とする。従つて、被上告人のした前記行為をもつて、単なる契約の履行準備にすぎないとした原審の判断は、所論のとおり、民法五五七条一項の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。(なお、本件の事情のもとに、上告人主張の仮登記仮処分手続がなされたことをもつては所論の履行の着手があつたものとみることができない旨の原判決の判断は正当である。)
 しかしながら、右の違法は、判決に影響を及ぼすものではなく、原判決破棄の理由とはなしがたい。その理由は、次のとおりである。
 解約手附の交付があつた場合には、特別の規定がなければ、当事者双方は、履行のあるまでは自由に契約を解除する権利を有しているものと解すべきである。然るに、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるから、若しかような段階において、相手方から契約が解除されたならば、履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることとなる。従つて、かような履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止するため、特に民法五五七条一項の規定が設けられたものと解するのが相当である。
 同条項の立法趣旨を右のように解するときは、同条項は、履行に着手した当事者に対して解除権を行使することを禁止する趣旨と解すべく、従つて、未だ履行に着手していない当事者に対しては、自由に解除権を行使し得るものというべきである。このことは、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても、同様である。すなわち、未だ履行に着手していない当事者は、契約を解除されても、自らは何ら履行に着手していないのであるから、これがため不測の損害を蒙るということはなく、仮に何らかの損害を蒙るとしても、損害賠償の予定を兼ねている解約手附を取得し又はその倍額の償還を受けることにより、その損害は填補されるのであり、解約手附契約に基づく解除権の行使を甘受すべき立場にあるものである。他方、解除権を行使する当事者は、たとえ履行に着手していても、自らその着手に要した出費を犠牲にし、更に手附を放棄し又はその倍額の償還をしても、なおあえて契約を解除したいというのであり、それは元来有している解除権を行使するものにほかならないばかりでなく、これがため相手方には何らの損害を与えないのであるから、右五五七条一項の立法趣旨に徴しても、かような場合に、解除権の行使を禁止すべき理由はなく、また、自ら履行に着手したからといつて、これをもつて、自己の解除権を放棄したものと擬制すべき法的根拠もない。
 ところで、原審の確定したところによれば、買主たる上告人は、手附金四〇万円を支払つただけで、何ら契約の履行に着手した形跡がない。そして、本件においては、買主たる上告人が契約の履行に着手しない間に、売主たる被上告人が手附倍戻しによる契約の解除をしているのであるから、契約解除の効果を認めるうえに何らの妨げはない。従つて、民法五五七条一項にいう履行の着手の有無の点について、原判決の解釈に誤りがあること前に説示したとおりであるが、手附倍戻しによる契約解除の効果を認めた原判決の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は、結局、理由がなく、採用することができない。
 上告代理人阿部幸作、同越智譲の上告理由第三点について。
 論旨は、上告人の信義則違反、権利濫用の抗弁を排斥した原判決は、民法一条の解釈を誤つた違法がある、というにある。
 しかし、被上告人のなした本件手附倍戻しによる本件売買契約解除の意思表示は何ら信義則違反、権利濫用にあたらないとした原判決の判断は、正当として是認することができる。論旨は理由がない。
 よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、裁判官横田正俊の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
 裁判官横田正俊の反対意見は、次のとおりである。
 民法五五七条一項の解釈について多数意見は、売買の当事者の一方が履行に着手した後は、(イ)その相手方は契約を解除することはできないが、(ロ)履行に着手した当事者は解除権を行使することを妨げないというが、私は、右(ロ)の点について見解を異にし、履行に着手した当事者もまた解除することをえないものと解するのである。けだし、履行に着手した当事者は、手附による解除権を抛棄したものと観るのを相当とするばかりでなく、履行の着手があつた場合には、その相手方も、単に契約が成立したに過ぎない場合や、履行の準備があつたに過ぎない場合に比べて、その履行を受けることにつきより多くの期待を寄せ、契約は履行されるもの、すなわち、契約はもはや解除されないものと思うようになるのが当然であるから、その後における解除を認容するときは、相手方は、手附をそのまま取得し又は手附の倍額の償還を受けてもなお償いえない不測の損害をこうむることもありうるからであり、また、右のように解することは、民法の前示法条の文理にもよく適合するからである。多数意見を推し進めれば、当事者の一方が履行の一部、いな大部分を終つた場合においても、相手方において履行に着手しないかぎり、その当事者の都合次第で契約を解除することを認容しなければならなくなるものと思われるが、このような場合の解除が相手方の利益を不当に害する結果を伴い(相手方は、履行に対する期待を甚しく裏切られるばかりでなく、原状回復義務を負わされることにもなる)、時には、信義に反するきらいさえあることを否定することができないであろう。もつとも、一部でも履行があつた場合には、解除権を抛棄したものと観るべきであるとの論が予想されるが、もしそのような考え方が正しいとするならば、履行の準備の域を越えすでに履行の着手があつた段階において同様の結論を認めて然るべきであり、これが正に民法五五七条一項の法意であると解される。
 ところで、本件売買契約の履行に関し、被上告人において上告人の主張するような行為をしたとすれば、右は、履行の着手に該当するものと解されるから(この点においては、上告代理人阿部幸作、同越智譲の上告理由第二点および上告会社代表者Aの上告理由に対する多数意見に全く同調する)、被上告人は、以上に説示した理由により、手附による解除権をすでに喪失したものと解するほかなく、したがつて、被上告人がした解除の効力を認めて上告人の本訴請求を棄却した原判決には、右の点において民法五五七条一項の解釈を誤つた違法があるに帰し、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
 よつて、民訴法三九四条、四〇七条を適用して、原判決を破棄し、本件を原裁判所に差し戻すべきものと思料する。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
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