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後見人制度の難しさ。就職前に無権代理人により締結された契約の後見人による追認拒絶は信義則に反するか。

2012-05-22 16:57:39 | シチズンシップ教育
 障がいのある子達が、親亡き後も、安心して暮らしていくことができること、そのためには、後見人制度のきちんとした整備が欠かせません。
 何度も、口にし、ブログに書いてきましたが、まだまだな状態であり、十分な進展がみられていないと感じています。もう一歩踏み込んだ、整備をすべきと考えています。
 その一歩になればと思い、今、自分自身が法律を学ぼうとしています。私にとっての法科大学院進学のひとつの要因として後見制度の取り組みがあります。


 さて、民法で、以下の成年後見人に関する事例に出会いました。
 この事例は、禁治産という用語がつかわれていた頃の事例です。

 裁判沙汰にならずに、どのようにすれば、防げたか。
 下線にある時点で、少なくとも、後見人が選ばれ、障がいのある子の将来を見据えた選択がなされていることが必要であったのではと感じます。

 事例では、成年後見人がなしで、本人名の契約がなされ、よって、それは、無権限の代理として無効な契約となり、契約する側も契約をされた相手側も、双方困ったことになってしまった残念な事例です。
 

 

【事案の概要】
昭和八年Y出生。生まれつき聴覚等の障害があり、成長期に適切な教育を受けられなかったため、精神の発達に遅滞があり、読み書きもほとんどできず、六歳程度の知能年齢にある。

昭和四〇年三月二日父D死亡。父の旧建物をYが相続。

昭和四三年五月のYを賃貸人とするXとの間の旧建物の賃貸借契約の締結。

昭和五五年、旧建物の敷地及びそれに隣接する土地上に等価交換方式によりビルを建築する計画浮上。

建て替え後も、引き続き、新築後も、賃貸する方向でXと話し合い。

昭和五六年二月一七日、X、F及びGがJ弁護士の事務所に集まり、同弁護士において予め用意していた文書に、Xが自己の署名及び捺印をし、FがYの記名及び捺印をして、本件建物についての賃貸借の予約(以下「本件予約」という。)

昭和五六年五月七日等価交換契約が締結され、Xは、旧建物を明け渡し、昭和五七年八月にビルが完成した。

ビル完成前の昭和五七年四月ころ、Fは、Xに対し、賃貸借の本契約の締結を拒む意思を表明。

昭和五七年五月一〇日及び二六日に、Xは、Yにあてて本件建物を賃貸するよう求める旨の書面を送付したが、Y側は、これに対する回答をしないで、他の人に対し、同年六月一七日付けで本件建物借入金の担保として譲渡。

同年七月九日、Xは、同年八月三日、本件予約に定められた違約による損害賠償請求権を被保全権利として本件建物につき仮差押え。

昭和五七年八月二七日、Xは、Yに対し、本件予約中の合意に基づき、四〇〇〇万円の損害賠償等を求める訴えを提起。

昭和六一年二月一九日、Xの請求を認容する旨の第一審判決。

Yから控訴が提起、控訴審は、Yによる訴状等の送達の受領及び訴訟代理権の授与が意思無能力者の行為であり無効であるとして第一審判決を取り消した上、第一審に差し戻し。

差戻し後の第一審がXの請求を棄却したので、Xが控訴。

昭和六一年二月二一日、Yを禁治産者とし、後見人を選任することを求める申立てをしたところ、横浜家庭裁判所は、同年八月二〇日、Yを禁治産者とし、Gを後見人に選任する旨の決定。



******詳細に事案をみてみると************




1 Yは、DとE夫婦の三女として昭和八年に出生したが、生まれつき聴覚等の障害があり、成長期に適切な教育を受けられなかったため、精神の発達に遅滞があり、読み書きもほとんどできず、六歳程度の知能年齢にある。

2 Yの父Dは昭和四〇年三月二日に死亡し、その相続人は妻E、長女F、二女G、三女Y及び長男Hであったが、Yを除く相続人らは、Dの遺志に従い、Yの将来の生活の資に充てるため、遺産に属していた東京都品川区ab丁目に存する木造二階建店舗(以下「旧建物」という。)の所有権及びその敷地の借地権をYが取得するとの遺産分割協議が成立したこととしてYに対し旧建物の所有権移転登記手続をした。そして、E、F、G及びHは、Yが右1のような状態にあったので、以後、Yと同居していたEとFが上告人の身の回りの世話をし、主として長女Fが旧建物を管理することとした。旧建物について、昭和四三年五月のYを賃貸人とするXとの間の賃貸借契約の締結、その後の賃料の改定、契約の更新等の交渉にはFが当たったが、そのことについてだれからも苦情が出ることはなかった。

3 昭和五五年、I株式会社において旧建物の敷地及びそれに隣接する土地上に等価交換方式によりビルを建築する計画が立てられ、右計画を実施するためには旧建物を取り壊すことが必要になった。このビル建築をめぐるXとの間の交渉には主としてFが当たり、同年九月一九日、Xが旧建物からいったん立ち退き、ビルの完成後にYが取得する区分所有建物を改めてXに賃貸する旨の合意書(甲第四号証)が作成されたが、Fにおいて右合意書のYの記名及び捺印をし、また、同年一一月一四日に作成された合意書(甲第八号証)についても、FにおいてYの記名及び捺印をした。

4 その後、FとGは、市の法律相談で知ったJ弁護士に対し、新築後のビルの中にYが取得することになる専有部分の建物(以下「本件建物」という。)についてのXとの間の賃貸借契約の条項案の作成等を依頼し、同弁護士は、契
約条項案(甲第三二号証)を作成した。これに対し、Xも、弁護士に依頼して契約書案(甲第七号証)を作成し、FとGに交付した。そして、昭和五六年二月一七日、X、F及びGがJ弁護士の事務所に集まり、同弁護士において予め用意していた文書に、Xが自己の署名及び捺印をし、FがYの記名及び捺印をして、本件建物についての賃貸借の予約(以下「本件予約」という。)がされた。

本件予約には、(1) Xは、Yから本件建物を賃借することを予約する、
       (2) Yは、Xに本件建物を引き渡すまでに、Xとの間で賃貸借の本契約を締結する、
       (3) Yの都合で賃貸借の本契約を締結することができないときは、Yは、Xに対し四〇〇〇万円の損害賠償金を支払う、
という内容の合意が含まれていた。


5 昭和五六年五月七日にYを含む土地の権利関係者とIとの間で等価交換契約が締結され、Xは、旧建物を明け渡し、昭和五七年八月にビルが完成した。

6 Fは、Xに対し、ビル完成前の昭和五七年四月ころ、Kを介して賃貸借の本契約の締結を拒む意思を表明したため、Xは、Yにあてて同年五月一〇日及び二六日に本件建物を賃貸するよう求める旨の書面を送付したが、Y側は、これに対する回答をしないで、Lに対し、同年六月一七日付けで本件建物借入金の担保として譲渡した。そこで、Xは、同年七月九日、本件建物についてのIに対するYの引渡請求権の処分禁止の仮処分決定を得、また、同年八月三日、本件予約に定められた違約による損害賠償請求権を被保全権利として本件建物につき仮差押えをした。


7 Xは、Yに対し、昭和五七年八月二七日、本件予約中の右4の(3)の合意に基づき、四〇〇〇万円の損害賠償等を求める訴えを提起し、昭和六一年二月一九日、右の請求を認容する旨の第一審判決が言い渡された。これに対し、
Yから控訴が提起され、控訴審は、Yによる訴状等の送達の受領及び訴訟代理権の授与が意思無能力者の行為であり無効であるとして民訴法三八七条、三八九条一項を適用して、第一審判決を取り消した上、第一審に差し戻した。差戻し後の第一審がXの請求を棄却したので、Xが控訴した。

8 この間、Fは、横浜家庭裁判所に対し、昭和六一年二月二一日、Yを禁治産者とし、後見人を選任することを求める申立てをしたところ、横浜家庭裁判所は、同年八月二〇日、Yを禁治産者とし、Gを後見人に選任する旨の決定をした。

********************************



【判決文の理解】

<信義則による追認拒絶の制限法理の相対的位置づけ>
 禁治産者の後見人は、原則として、禁治産者の財産上の地位に変動を及ぼす一切の法律行為につき禁治産者を代理する権限を有するものとされており(民法八五九条、八六〇条、八二六条)、後見人就職前に禁治産者の無権代理人によってされた法律行為を追認し、又は追認を拒絶する権限も、その代理権の範囲に含まれる。
 後見人において無権代理行為の追認を拒絶した場合には、右無権代理行為は禁治産者との間においては無効であることに確定するのであるが、その場合における無権代理行為の相手方の利益を保護するため、相手方は、無権代理人に対し履行又は損害賠償を求めることができ(民法一一七条)、また、追認の拒絶により禁治産者が利益を受け相手方が損失を被るときは禁治産者に対し不当利得の返還を求めることができる(同法七〇三条)ものとされている。


<後見人の行為の裁量行為性及び後見人の行為が信義則に反するか否かの判断基準時は、当該行為の時である>
 後見人は、禁治産者との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって右の代理権を行使する義務を負うのである(民法八六九条、六四四条)から、後見人は、禁治産者を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における禁治産者の置かれた諸般の状況を考慮した上、禁治産者の利益に合致するよう適切な裁量を行使してすることが要請される。


<専ら禁治産者の利益のために行動すべき後見人とはいえ、正義の観念に反するような仕方で禁治産者の利益を追求することは許されない>
 相手方のある法律行為をするに際しては、後見人において取引の安全等相手方の利益にも相応の配慮を払うべきことは当然であって、当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は許されないこととなる


<後見人による追認拒絶が信義則に反するか否かの判断に際して考慮すべき要素>
 したがって、禁治産者の後見人が、その就職前に禁治産者の無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かは、

(1) 右契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が右契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質、

(2) 右契約を追認することによって禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益、

(3) 右契約の締結から後見人が就職するまでの間に右契約の履行等をめぐってされた交渉経緯、

(4) 無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に右契約の締結に関与した行為の程度、

(5) 本人の意思能力について相手方が認識し又は認識し得た事実、

など諸般の事情を勘案し、

 右のような例外的な場合に当たるか否かを判断して、決しなければならないものというべきである。


<今回の取引を当てはめると>
 そうすると、長年にわたって上告人の事実上の後見人として行動していたのはFであり、そのFが本件予約をしながら、その後Lに対して本件建物を借入金の担保として譲渡したなどの事実の存する本件において、

 前判示のような諸般の事情、特に、本件予約における四〇〇〇万円の損害賠償額の予定が、Lに対する譲渡の対価(記録によれば、実質的対価は二〇〇〇万円であったことがうかがわれる。)等と比較して、

 Xにおいて旧建物の賃借権を放棄する不利益と合理的な均衡が取れたものであるか否かなどについて十分に検討することなく、

 後見人であるGにおいて本件予約の追認を拒絶してその効力を争うのは信義則に反し許されないとした原審の判断には、

 法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり、右違法は判決に影響することが明らかである。

<結論>
以上の趣旨をいうものとして論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。





*****最高裁ホームページ******
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52500&hanreiKbn=02

事件番号

 平成4(オ)1694



事件名

 損害賠償



裁判年月日

 平成6年09月13日



法廷名

 最高裁判所第三小法廷



裁判種別

 判決



結果

 破棄差戻し



判例集等巻・号・頁

 民集 第48巻6号1263頁




原審裁判所名

 東京高等裁判所



原審事件番号

 平成1(ネ)258



原審裁判年月日

 平成4年06月17日




判示事項

 禁治産者の後見人がその就職前に無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かを判断するにつき考慮すべき要素




裁判要旨

 禁治産者の後見人が、その就職前に禁治産者の無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かは、(1)契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質(2)契約を追認することによって禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益、(3)契約の締結から後見人が就職するまでの間に契約の履行等をめぐってされた交渉経緯(4)無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に契約の締結に関与した行為の程度、(5)本人の意思能力について相手方が認識し又は認識し得た事実など諸般の事情を勘案し、契約の追認を拒絶することが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的な場合に当たるか否かを判断して、決しなければならない。




参照法条

 民法1条2項,民法113条,民法859条


判決文全文
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120857677085.pdf

主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人千葉憲雄、同金綱正巳、同鶴見祐策の上告理由について
一 原審の確定した事実及び記録上明らかな本件訴訟の経緯は、次のとおりである。
 1 上告人は、DとE夫婦の三女として昭和八年に出生したが、生まれつき聴覚
等の障害があり、成長期に適切な教育を受けられなかったため、精神の発達に遅滞
があり、読み書きもほとんどできず、六歳程度の知能年齢にある。
 2 上告人の父Dは昭和四〇年三月二日に死亡し、その相続人は妻E、長女F、
二女G、三女上告人及び長男Hであったが、上告人を除く相続人らは、Dの遺志に
従い、上告人の将来の生活の資に充てるため、遺産に属していた東京都品川区ab
丁目に存する木造二階建店舗(以下「旧建物」という。)の所有権及びその敷地の
借地権を上告人が取得するとの遺産分割協議が成立したこととして上告人に対し旧
建物の所有権移転登記手続をした。そして、E、F、G及びHは、上告人が右1の
ような状態にあったので、以後、上告人と同居していたEとFが上告人の身の回り
の世話をし、主としてFが旧建物を管理することとした。旧建物について、昭和四
三年五月の上告人を賃貸人とする被上告人との間の賃貸借契約の締結、その後の賃
料の改定、契約の更新等の交渉にはFが当たったが、そのことについてだれからも
苦情が出ることはなかった。
 3 昭和五五年、I株式会社において旧建物の敷地及びそれに隣接する土地上に
等価交換方式によりビルを建築する計画が立てられ、右計画を実施するためには旧
建物を取り壊すことが必要になった。このビル建築をめぐる被上告人との間の交渉
には主としてFが当たり、同年九月一九日、被上告人が旧建物からいったん立ち退
- 1 -
き、ビルの完成後に上告人が取得する区分所有建物を改めて被上告人に賃貸する旨
の合意書(甲第四号証)が作成されたが、Fにおいて右合意書の上告人の記名及び
捺印をし、また、同年一一月一四日に作成された合意書(甲第八号証)についても、
Fにおいて上告人の記名及び捺印をした。
 4 その後、FとGは、市の法律相談で知ったJ弁護士に対し、新築後のビルの
中に上告人が取得することになる専有部分の建物(以下「本件建物」という。)に
ついての被上告人との間の賃貸借契約の条項案の作成等を依頼し、同弁護士は、契
約条項案(甲第三二号証)を作成した。これに対し、被上告人も、弁護士に依頼し
て契約書案(甲第七号証)を作成し、FとGに交付した。そして、昭和五六年二月
一七日、被上告人、F及びGがJ弁護士の事務所に集まり、同弁護士において予め
用意していた文書に、被上告人が自己の署名及び捺印をし、Fが上告人の記名及び
捺印をして、本件建物についての賃貸借の予約(以下「本件予約」という。)がさ
れた。本件予約には、(1) 被上告人は、上告人から本件建物を賃借することを予
約する、(2) 上告人は、被上告人に本件建物を引き渡すまでに、被上告人との間
で賃貸借の本契約を締結する、(3) 上告人の都合で賃貸借の本契約を締結するこ
とができないときは、上告人は、被上告人に対し四〇〇〇万円の損害賠償金を支払
う、という内容の合意が含まれていた。
 5 昭和五六年五月七日に上告人を含む土地の権利関係者とIとの間で等価交換
契約が締結され、被上告人は、旧建物を明け渡し、昭和五七年八月にビルが完成し
た。
 6 Fは、被上告人に対し、ビル完成前の昭和五七年四月ころ、Kを介して賃貸
借の本契約の締結を拒む意思を表明したため、被上告人は、上告人にあてて同年五
月一〇日及び二六日に本件建物を賃貸するよう求める旨の書面を送付したが、上告
人側は、これに対する回答をしないで、Lに対し、同年六月一七日付けで本件建物
- 2 -
を借入金の担保として譲渡した。そこで、被上告人は、同年七月九日、本件建物に
ついてのIに対する上告人の引渡請求権の処分禁止の仮処分決定を得、また、同年
八月三日、本件予約に定められた違約による損害賠償請求権を被保全権利として本
件建物につき仮差押えをした。
 7 被上告人は、上告人に対し、昭和五七年八月二七日、本件予約中の右4の(
3)の合意に基づき、四〇〇〇万円の損害賠償等を求める訴えを提起し、昭和六一
年二月一九日、右の請求を認容する旨の第一審判決が言い渡された。これに対し、
上告人から控訴が提起され、控訴審は、上告人による訴状等の送達の受領及び訴訟
代理権の授与が意思無能力者の行為であり無効であるとして民訴法三八七条、三八
九条一項を適用して、第一審判決を取り消した上、第一審に差し戻した。差戻し後
の第一審が被上告人の請求を棄却したので、被上告人が控訴した。
 8 この間、Fは、横浜家庭裁判所に対し、昭和六一年二月二一日、上告人を禁
治産者とし、後見人を選任することを求める申立てをしたところ、横浜家庭裁判所
は、同年八月二〇日、上告人を禁治産者とし、Gを後見人に選任する旨の決定をし
た。
二 原審は、右一の事実関係の下において、次のとおり判断し、被上告人の請求を
認容した。(1) 上告人がFに対し、本件予約に先立って、自己の財産の管理処分
について包括的な代理権を授与する旨の意思表示をしたとは認められないから、F
が上告人の代理人として本件予約をしたことは無権代理行為である。(2) しかし、
Fが上告人の事実上の後見人として旧建物についての被上告人との間の契約関係を
処理してきており、本件予約もFが同様の方法でしたものであるところ、本件予約
は、その合意内容を履行しさえすれば上告人の利益を害するものではなく、上告人
側には本契約の締結を拒む合理的理由がなく、また、後見人に選任されたGは、本
件予約の成立に関与し、その内容を了知していたのであるから、本件予約の相手方
- 3 -
である被上告人の保護も十分考慮されなければならず、結局、後見人のGにおいて
本件予約の追認を拒絶してその効力を争うことは、信義則に反し許されない。
三 原審の認定判断のうち、二の(1)は正当というべきであるが、同(2)は是認す
ることができない。その理由は、次のとおりである。
 1 禁治産者の後見人は、原則として、禁治産者の財産上の地位に変動を及ぼす
一切の法律行為につき禁治産者を代理する権限を有するものとされており(民法八
五九条、八六〇条、八二六条)、後見人就職前に禁治産者の無権代理人によってさ
れた法律行為を追認し、又は追認を拒絶する権限も、その代理権の範囲に含まれる。
後見人において無権代理行為の追認を拒絶した場合には、右無権代理行為は禁治産
者との間においては無効であることに確定するのであるが、その場合における無権
代理行為の相手方の利益を保護するため、相手方は、無権代理人に対し履行又は損
害賠償を求めることができ(民法一一七条)、また、追認の拒絶により禁治産者が
利益を受け相手方が損失を被るときは禁治産者に対し不当利得の返還を求めること
ができる(同法七〇三条)ものとされている。そして、後見人は、禁治産者との関
係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって右の代理権を行
使する義務を負うのである(民法八六九条、六四四条)から、後見人は、禁治産者
を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における禁治
産者の置かれた諸般の状況を考慮した上、禁治産者の利益に合致するよう適切な裁
量を行使してすることが要請される。ただし、相手方のある法律行為をするに際し
ては、後見人において取引の安全等相手方の利益にも相応の配慮を払うべきことは
当然であって、当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼
を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は
許されないこととなる。
 したがって、禁治産者の後見人が、その就職前に禁治産者の無権代理人によって
- 4 -
締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かは、(1) 右契約の
締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が右契約の締結
前に相手方との間でした法律行為の内容と性質、(2) 右契約を追認することによ
って禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済
的不利益、(3) 右契約の締結から後見人が就職するまでの間に右契約の履行等を
めぐってされた交渉経緯、(4) 無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がそ
の就職前に右契約の締結に関与した行為の程度、(5) 本人の意思能力について相
手方が認識し又は認識し得た事実、など諸般の事情を勘案し、右のような例外的な
場合に当たるか否かを判断して、決しなければならないものというべきである。

 2 そうすると、長年にわたって上告人の事実上の後見人として行動していたの
はFであり、そのFが本件予約をしながら、その後Lに対して本件建物を借入金の
担保として譲渡したなどの事実の存する本件において、前判示のような諸般の事情、
特に、本件予約における四〇〇〇万円の損害賠償額の予定が、Lに対する譲渡の対
価(記録によれば、実質的対価は二〇〇〇万円であったことがうかがわれる。)等
と比較して、被上告人において旧建物の賃借権を放棄する不利益と合理的な均衡が
取れたものであるか否かなどについて十分に検討することなく、後見人であるGに
おいて本件予約の追認を拒絶してその効力を争うのは信義則に反し許されないとし
た原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり、右
違法は判決に影響することが明らかである。
四 以上の趣旨をいうものとして論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そ
して、右の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととす
る。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
- 5 -
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
- 6

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民法534条肝に銘じる。契約で両当事者無責で履行不能の場合、リスクは買主(債権者)が負う。

2012-05-22 09:38:12 | シチズンシップ教育
 民法は、たいへんよくできていると思うところもある反面、気をつけて臨まねばならない条文もございます。
 民法534条は、たいへん気をつけて臨まねばならない条文のひとつなのではないでしょうか。


******民法*******
(債権者の危険負担)
第五百三十四条  特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。
2  不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。
***************

 特定物とは、取引の当事者が、その物の個性に着目して取引の対象としたもの。例えば、不動産、特定の絵画など。

 不特定物とは、その物の種類に着目して取引の対象とした物。例えば、ある銘柄のビール1本など。


 534条1項をそのまま、読むと、

 不動産(特定物に関する物権)の設定又は移転を売買契約(双務契約)の目的とした場合において、その不動産(物)が売主(債務者)の責めに帰することができない事由(=大震災)によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、買主(債権者)の負担に帰する。


 もう一度、書くと、

 「不動産の設定又は移転を売買契約の目的とした場合において、その不動産が大震災によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、買主の負担に帰する。」


 具体的に、例を挙げて書くと、

 6/1に、不動産の売買契約が成立し、7/1に引き渡すことになっていた。そしたら、6/2に大地震で、その土地、建物が土砂崩れで、壊れてしまった。その場合でも、買主がそのことの負担(リスク負担)を一切負うことになります。
 すなわち、代金は、買主が、何もなかったのと同じように満額払うことになります。

 ちなみに、5/31に火事で、その建物が焼失していた場合は、契約成立時点で、土地建物の引き渡しが実現不可能であり不成立です。その場合は、対価的関係に立つ他方の代金支払いも不成立と考え、契約自体が無効となります。よって、当然のことながら、買主は、購入代金を払わなくて済みます。



 契約成立後は、買主にとっては、一見、たまらないという内容が、民法に含まれていることになります。

 何を根拠に妥当とするのか。

 「利益の存するところに危険あり」が根拠の考え方になっています。

 
 よって、買主にとっては、不動産売買でいえば、引き渡し、登記、代金支払いのいずれかか、支配可能性が買主に認められる段階で、そのリスク負担は買主にうつるということを肝に銘じなければなりません。

 民法では、履行不能により当事者の一方の債務が消滅した場合のリスクを、消滅した債務(土地建物を引き渡す債務)の債務者(売主)が負う(対価関係の債務も消滅する)のか(「債務者主義」)、債権者(買主)が負う(対価関係の債務は消滅しない)のか(「債権者主義」)が問題になりますが、上述したように、結局、債権者(買主)がリスクを負うことが、534条で規定されていることになります。
 私たちは、「債権者主義」に立たされているわけです。

 民法「取引法」で、大事な争点、「危険負担」の話題より。
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優良運転者免許証では、法律上の効果は生じないが、でも、訴えの利益を認めた例。最高裁H21.2.27

2012-05-22 01:19:54 | シチズンシップ教育
 本来、優良運転者の免許証が、交付されるべきであったものが、一般運転者の免許証が交付されました。

 優良運転者の免許証が、「その記載に基づいて何らかの法律上の効果が生じるものでは」ありません。「そうすると,抗告訴訟に関し,運転免許証にその記載を受けることについて,直ちに法的な利益があるということは困難であると思われ」ます。

 しかしながら、最高裁は、そのような場合でも、訴えの利益があると判示しました。
 最高裁判例H21.2.27神奈川県公安委員会での「優良運転免許証交付等請求事件」

 以下、事案を見ます。
 


【事案の概要】
Xは、神奈川県公安委員会。
Yは、優良運転者に当たる資格を有していながら、一般運転者の免許が交付されたもの。

本件は,道路交通法所定の違反行為があったとして,運転免許証の有効期間の更新の申請手続上同法にいう優良運転者でなく一般運転者に該当するものと扱われ,神奈川県公安委員会Xから,優良運転者である旨の記載のない平成16年10月5日付けの運転免許証を交付されて更新処分(以下「本件更新処分」という。)を受けたYが,違反行為を否認し,優良運転者に当たると主張して,本件更新処分中のYを一般運転者とする部分の取消しを求め(以下,この訴えを「本件更新処分取消しの訴え」という。),併せて,同公安委員会Xがした本件更新処分についての異議申立てに対する棄却決定の取消しと上記記載のある運転免許証を交付して行う更新処分の義務付けとを求める事案である。

【訴えの内容】
1.神奈川県公安委員会XがYに対し平成16年10月5日付けでした運転免許証有効期間更新処分のうち,Yを一般運転者とする部分を取り消す。
2. 神奈川県公安委員会Xは,Yに対し,優良運転者である旨を記載した運転免許証を交付せよ。
3. 神奈川県公安委員会XがYに対し平成17年3月2日付けでした,Yが平成16年11月24日付けでした異議申立てを棄却する旨の決定を取り消す。



*****最高裁ホームページより*******
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=37358&hanreiKbn=02

事件番号  平成18(行ヒ)285
事件名  優良運転免許証交付等請求事件
裁判年月日  平成21年02月27日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
裁判種別  判決
結果  棄却
判例集等巻・号・頁  民集 第63巻2号299頁
原審裁判所名  東京高等裁判所
原審事件番号  平成18(行コ)23
原審裁判年月日  平成18年06月28日
判示事項  自動車等運転免許証の有効期間の更新に当たり,一般運転者として扱われ,優良運転者である旨の記載のない免許証を交付されて更新処分を受けた者は,当該更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するか
裁判要旨 自動車等運転免許証の有効期間の更新に当たり,一般運転者として扱われ,優良運転者である旨の記載のない免許証を交付されて更新処分を受けた者は,上記記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を否定されたことを理由として,これを回復するため,当該更新処分の取消しを求める訴えの利益を有する。
(補足意見がある。)
参照法条 道路交通法84条1項,道路交通法92条1項,道路交通法92条の2第1項,道路交通法93条1項,道路交通法93条3項,道路交通法101条,道路交通法施行令(平成16年政令第390号による改正前のもの)33条の7第1項,道路交通法施行令(平成16年政令第390号による改正前のもの)別表第2の2,道路交通法施行規則29条8項,行政事件訴訟法9条1項



http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090331134048.pdf
主   文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人金子泰輔ほかの上告受理申立て理由について

 1 本件は,道路交通法所定の違反行為があったとして,運転免許証の有効期間の更新の申請手続上同法にいう優良運転者でなく一般運転者に該当するものと扱われ,神奈川県公安委員会から,優良運転者である旨の記載のない平成16年10月5日付けの運転免許証を交付されて更新処分(以下「本件更新処分」という。)を受けた被上告人が,違反行為を否認し,優良運転者に当たると主張して,本件更新処分中の被上告人を一般運転者とする部分の取消しを求め(以下,この訴えを「本件更新処分取消しの訴え」という。),併せて,同公安委員会がした本件更新処分についての異議申立てに対する棄却決定の取消しと上記記載のある運転免許証を交付して行う更新処分の義務付けとを求める事案である。

 2 第1審は,本件更新処分中の前記部分が行政処分に当たらないとして本件各訴えを却下したが,原審は,本件各訴えが適法であるとし,第1審判決を取り消して本件を第1審に差し戻すべきものとした。論旨は,原審の判断の法令違反及び判例違反をいうので,以下に検討する。
 (1) 運転免許証(以下「免許証」という。)の有効期間の更新(以下「免許証の更新」という。)等に関する制度の概要は,次のとおりである。
 ア 運転免許並びに免許証及びその有効期間,記載事項等
 (ア) 自動車等を運転しようとする者は,公安委員会の運転免許(以下「免許」という。)を受けなければならないとされ(道路交通法84条1項),免許は,免許証を交付して行うものとされている(同法92条1項)。
 (イ) 道路交通法92条の2第1項は,免許証の交付又は更新を受けた者を「優良運転者」及び「一般運転者」と「違反運転者等」とに区分した上,免許証の有効期間を,その区分ごとに,それぞれ,更新日等における年齢に応じて定めており,免許証の更新を受けた者が優良運転者又は一般運転者で年齢70歳未満である場合には,「満了日等の後のその者の5回目の誕生日から起算して1月を経過する日」を有効期間の末日としている。
 (ウ) 「優良運転者」の意義は,「更新日等までに継続して免許(中略)を受けている期間が5年以上である者であって,自動車等の運転に関するこの法律及びこの法律に基づく命令の規定並びにこの法律の規定に基づく処分並びに重大違反唆し等及び道路外致死傷に係る法律の規定の遵守の状況が優良な者として政令で定める基準に適合するもの」と規定されている(道路交通法92条の2第1項の表の備考一の2)。上記基準は,道路交通法施行令(平成16年政令第390号による改正前のもの)33条の7第1項1号により,所定の更新期間内に免許証の更新を申請する者については,更新前の免許証の有効期間が満了する日の直前のその者の誕生日の40日前の日の前5年間において違反行為等をしたことがないこととされている。
 これに対し,「一般運転者」とは,「優良運転者又は違反運転者等以外の者」をいい(道路交通法92条の2第1項の表の備考一の3),「違反運転者等」とは,「更新日等までに継続して免許(中略)を受けている期間が5年以上である者であって自動車等の運転に関するこの法律及びこの法律に基づく命令の規定並びにこの法律の規定に基づく処分並びに重大違反唆し等及び道路外致死傷に係る法律の規定の遵守の状況が不良な者として政令で定める基準に該当するもの又は当該期間が5年未満である者」をいうものとされている(同表の備考一の4)。
 (エ) 免許証には,「免許証の番号」,「免許の年月日並びに免許証の交付年月日及び有効期間の末日」,「免許の種類」,「免許を受けた者の本籍,住所,氏名及び生年月日」を記載するほか,免許を受けた者が優良運転者である場合にあっては,表側の余白の部分に,その旨をも記載するものとされている(道路交通法93条1項,3項,道路交通法施行規則(平成16年内閣府令第93号による改正前のもの)19条1項,別記様式第14)。
 イ 免許証の更新
 免許証の更新を受けようとする者は,所定の更新期間内に,その者の住所地を管轄する公安委員会に更新申請書を提出しなければならないものとされている(道路交通法101条1項)。更新申請書の提出があったときは,公安委員会は,適性検査の結果から判断して,その者が自動車等を運転することが支障がないと認めたときは,免許証の更新をしなければならないものとされている(同条4項,5項)。
 免許証の更新を受けようとする者は,道路交通法108条の2第1項11号に掲げる講習(以下「更新時講習」という。)を受けなければならず(同法101条の3第1項),これを受けていない者に対しては,公安委員会は,上記にかかわらず,免許証の更新をしないことができるものとされている(同条2項)。
 免許証の更新は,新たな免許証を交付して行うものとされている(道路交通法101条6項,道路交通法施行規則29条8項)。
 なお,更新申請書の様式その他の申請の方式においては,免許証の更新を受けようとする者が,自ら,優良運転者,一般運転者又は違反運転者等のいずれに当たるかを明らかにするものとはされていない。
 ウ 免許証の更新の申請等に関する優良運転者の特例
 (ア) 他の公安委員会を経由した更新申請書の提出
 免許証の更新を受けようとする者のうち当該更新を受ける日において優良運転者に該当するもの(道路交通法101条3項により,その旨を記載した更新連絡書の送付を受けた者に限る。)は,更新申請書の提出を,住所地を管轄する公安委員会以外の公安委員会(以下「他の公安委員会」という。)を経由して行うことができるものとされている(同法101条の2の2第1項)。
 (イ) 更新時講習の講習事項等及び手数料の額
 更新時講習は,優良運転者,一般運転者又は違反運転者等の区分に応じて行うものとされ(道路交通法108条の2第1項11号),道路交通法施行規則(平成18年内閣府令第4号による改正前のもの)38条12項により,優良運転者に対する講習は,「道路交通の現状及び交通事故の実態」等の講習事項につき教材を用いた講習方法により30分行うこととされている。これに対し,一般運転者に対する講習は,「自動車等の運転について必要な適性」の講習事項が加わり,筆記検査に基づく指導を含む講習方法によって1時間行うものとされており,違反運転者等に対する講習は,いずれの点でも,講習を受ける者にとって負担の更に重いものとされている。
 道路交通法112条1項12号は,都道府県が,更新時講習を受けようとする者から,講習手数料につき政令で定める区分に応じて,物件費及び施設費に対応する部分として政令で定める額に人件費に対応する部分として政令で定める額を標準とする額を加えた額を徴収することを標準として条例を定めなければならない旨を規定している。これを受けて,道路交通法施行令(平成16年政令第381号による改正前のもの)43条1項は,物件費及び施設費に対応する部分並びに人件費に対応する部分の額を定めているところ,優良運転者,一般運転者又は違反運転者等の区分に応じ,それぞれ,順次より高い金額を規定している。実際に,神奈川県道路交通法関係手数料条例(平成12年神奈川県条例第18号)は,上記を標準として,更新時講習を受けようとする者から徴収すべき手数料の額を,優良運転者に対する講習700円,一般運転者に対する講習1050円,違反運転者等に対する講習1700円などと定めている。
 (2) 前記(1)の各規定によれば,免許証の更新処分は,免許証を有する者の申請に応じて,免許証の有効期間を更新することにより,免許の効力を時間的に延長し,適法に自動車等の運転をすることのできる地位をその名あて人に継続して保有させる効果を生じさせるものであるから,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることが明らかである。
 もっとも,免許証の更新処分は,申請を認容して上記のような利益を名あて人に付与する処分であるから,当該名あて人においてその取消しを求める利益を直ちに肯定することはできない。前記(1)ウのように,免許証の更新を受けようとする者が優良運転者であるか一般運転者であるかによって,他の公安委員会を経由した更新申請書の提出の可否並びに更新時講習の講習事項等及び手数料の額が異なるものとされているが,それらは,いずれも,免許証の更新処分がされるまでの手続上の要件のみにかかわる事項であって,同更新処分がその名あて人にもたらした法律上の地位に対する不利益な影響とは解し得ないから,これ自体が同更新処分の取消しを求める利益の根拠となるものではない。原判決中上記を理由として本件更新処分取消しの訴えが適法であるというかのような部分は,相当でない。
 (3) しかしながら,前記(1)ア,イのとおり,道路交通法及びその委任を受けた道路交通法施行規則は,免許証の更新を受けようとする者が優良運転者に該当する場合には,免許証の更新処分を,優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行うべきものと規定している。
 優良運転者の制度は,平成5年法律第43号による道路交通法の改正において導入されたものであり,一定の期間無違反を継続した免許証保有者に限って,これを優良運転者とし,それまで3年とされていた免許証の有効期間を5年とするという利点を与えることにより,その実績を評価し賞揚するとともに,優良な運転へと免許証保有者を誘導し,もって交通事故の防止を図ることを目的として創設された。そして,優良運転者に自覚を促し,また,他の免許証保有者にも安全運転を心掛けるようにさせるため,優良運転者であることは,上記のとおり,これを免許証上明らかにすることとされた。併せて,優良運転者に対しては,更新時講習の講習事項及び講習時間を,それ以外の者に対する場合より軽くする措置が執られ,その後,手数料の額も軽減された。
 平成13年法律第51号による道路交通法の改正においては,新たに違反運転者等という概念が設けられ,免許証の有効期間は,違反運転者等についてのみ3年とされたが,そこでは,優良運転者の概念を維持しつつ,それにも違反運転者等にも当たらない者を一般運転者とした上で,優良運転者のみならず一般運転者についても免許証の有効期間を5年とすることとされたものであり,優良運転者と一般運転者とは引き続き制度上区別することが前提とされた。そして,優良運転者に対する優遇策を拡充し優良な運転へと免許証保有者をより一層誘導する効果を期するなどの趣旨で,特例として,他の公安委員会を通じた更新申請書の提出をすることができることとされ,また,更新時講習につき,優良運転者,一般運転者又は違反運転者等の区分に応じた講習を行うことが明確にされた。
 以上のとおり,道路交通法は,優良運転者の実績を賞揚し,優良な運転へと免許証保有者を誘導して交通事故の防止を図る目的で,優良運転者であることを免許証に記載して公に明らかにすることとするとともに,優良運転者に対し更新手続上の優遇措置を講じているのである。このことに,優良運転者の制度の上記沿革等を併せて考慮すれば,同法は,客観的に優良運転者の要件を満たす者に対しては優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して更新処分を行うということを,単なる事実上の措置にとどめず,その者の法律上の地位として保障するとの立法政策を,交通事故の防止を図るという制度の目的を全うするため,特に採用したものと解するのが相当である。
 確かに,免許証の更新処分において交付される免許証が優良運転者である旨の記載のある免許証であるかそれのないものであるかによって,当該免許証の有効期間等が左右されるものではない。また,上記記載のある免許証を交付して更新処分を行うことは,免許証の更新の申請の内容を成す事項ではない。しかしながら,上記のとおり,客観的に優良運転者の要件を満たす者であれば優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を有することが肯定される以上,一般運転者として扱われ上記記載のない免許証を交付されて免許証の更新処分を受けた者は,上記の法律上の地位を否定されたことを理由として,これを回復するため,同更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきものである。
 (4) 本件更新処分は,被上告人に対し優良運転者である旨の記載のない免許証を交付してされた免許証の更新処分であるから,被上告人は,上記記載のある免許証を交付して行う免許証の更新処分を受ける法律上の地位を回復するため,本件更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するということができ,本件更新処分取消しの訴えは適法であることとなる。また,その余の訴えにつき,本件更新処分中の前記部分が行政処分に当たらず,又はその取消しを求める訴えの利益がないことを理由として,これを不適法なものということはできないこととなる。
 そうすると,第1審判決を取り消して本件を第1審に差し戻すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,いずれも採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官古田佑紀の補足意見がある。

 裁判官古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。

 自動車の運転免許は道路交通関係法規を遵守することを前提として与えられるものであるが,自動車が広く普及し,社会生活上必須のものとなる一方で,実際の運転に当たっては,ややもすると違反が起きやすく,現に多数の道路交通関係法規の違反が発生し,これがしばしば自動車事故の原因となっている実情にある。いわゆる優良運転者の記載制度は,このような実情にかんがみ,所定の期間において所定の道路交通関係法規の違反が認められない者について,運転免許証において「優良」の記載をしてその旨を明らかにすることにより,自動車運転者の安全運転及び法規遵守に対する意識,意欲を高めることを意図するものと解されるのであって,その記載に基づいて何らかの法律上の効果が生じるものではない。そうすると,抗告訴訟に関し,運転免許証にその記載を受けることについて,直ちに法的な利益があるということは困難であると思われる。
 しかしながら,上記記載は,法律により,運転免許証の必要的記載事項として,所定の要件に従って行われるものであって,その保持者について,運転免許証の提示により,一定の道路交通関係法規の違反が認められない者であることを即時かつ簡便に公証する機能を有するものであり,また,これにより自動車運転に関する社会生活上の様々な場面で有利な取扱いを受ける実際上の効果が生じることを期待しているものと思われるのであって,これらの点を考慮すると,その記載を受けることについて法的な利益を認め得るものと考える。

(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 今井 功 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)
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練馬区の「墓地経営許可処分取消請求事件」で原告適格について如何に判事されたか。

2012-05-22 00:01:49 | シチズンシップ教育
 行政事件訴訟法9条1項に、「原告適格」が規定されています。

*****行政訴訟法*****
(原告適格)
第九条  処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。

***************

 では、9条1項で規定される「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、誰のことか。

 最高裁平成17年判決で、以下、述べられています。


******平成17年最高裁大法廷判決********
行政事件訴訟法9条1項にいう「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮すべきであり,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)(以上につき,平成17年最高裁大法廷判決参照)。
***************

 東京地方裁判所で、争われた墓地をつくるのに周辺住民が反対して争われた事案です。

 墓地経営許可処分取消請求事件 東京地判平成22.4.16

 この事案でいう、「原告適格」=「法律上の利益を有する者」が、いかに判事されたのか、見てみます。

 原告適格のありなしを、結局、墓地計画地から100mで線引きをしました。結論からすれば、結局100mかと思いますが、裁判所は、その100mの線引きを妥当なものとするために、法律を駆使され、ご努力されておられます。


 参照:最高裁ホームページ
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80814&hanreiKbn=05
判決文全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101105085344.pdf



【事案の概要】

Xらは,本件土地からの距離が約4.5メートルから約127.5メートルまでの範囲内の地域に居住し,又は住宅を有する者である。原告らのうち,本件条例16条1項の「隣接住民等」に当たる者は,X2,X3,X4,X5,X6,X7,X8,X9,X10及びX11であり,これら10名の原告が所有し,又は使用する土地又は土地上の建築物は,いずれも幅員約4.38メートル以上の公道を挟んで本件土地と接している。なお,本件土地周辺は,都市計画法上の第1種低層住居専用地域である。

Aは,昭和28年8月15日に設立された宗教法人法4条2項の宗教法人であり,東京都新宿区(以下略)に主たる事務所を置き寺院を有するが,本件土地及びその周辺には寺院を有していない。なお,Aの代表役員であるBは,本件土地に隣接する東京都練馬区(以下略)に住所を有する者である。(甲1,弁論の全趣旨)

Yは、練馬区。墓埋法10条1項及び本件条例4条1項の規定による墓地等の経営の許可に係る事務処理は,東京都においては,特別区における東京都の事務処理の特例に関する条例(平成11年東京都条例第106号)2条の表40ロにより,特別区が処理することとされているが,Yにおいては,練馬区保健所長委任規則(昭和50年練馬区規則第58号)1条(23)エにより,練馬区保健所長に委任されている。

 本件は,練馬区保健所長が宗教法人A(以下「A」という。)に対し平成20年10月24日付けでした別紙物件目録記載の各土地(以下併せて「本件土地」という。)における墓地経営許可処分(以下「本件処分」という。)について,本件土地の周辺に居住し,又は住宅を有する原告らがその取消しを求めるとともに,本件処分により精神的損害を被ったとしてYに対し国家賠償法1条1項に基づく損害賠償とその遅延損害金の支払を求めた事案である。

ア Aは,本件土地に560区画を有する専ら焼骨のみを埋蔵する墓地を建設して経営することを計画し(以下,この計画を「本件計画」といい,本件計画に係る墓地を「本件墓地」という。),平成16年8月17日,本件墓地の経営の許可の申請に先立ち,本件計画について本件土地の隣接住民等への周知を図るため,本件土地上に,本件墓地の計画概要等を記載した標識を設置した。なお,Aは,本件土地につき,同18年2月17日,同月2日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。(甲2から6まで,乙7)

イ Aは,隣接住民等に対し,平成16年8月29日,本件墓地の経営の許可の申請に先立ち,本件計画に関する説明会を開催した。その後も,本件計画についての説明会等が,同17年1月から同19年5月まで,多数回にわたり開催された。(甲40,乙8,45,46,弁論の全趣旨)

ウ 練馬区保健所長は,Aに対し,平成19年8月10日付けで,本件計画に関する隣接住民等との協議を行うよう指導した。これを受けて,Aは,同年9月1日,隣接住民等との協議を行った。しかし,原告らは,同協議に参加しなかった。(甲12,40,乙46,弁論の全趣旨)

エ Aは,練馬区保健所長に対し,平成19年11月8日,本件墓地の経営の許可を申請した。(乙1)

オ 練馬区保健所長は,Aに対し,平成20年10月24日付けで,本件処分をした。(乙1)

カ Xらは,平成21年2月2日,本件処分の取消しを求めるとともに,損害賠償を求める訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)


【関係法令等】
  (1) 墓地,埋葬等に関する法律(以下「墓埋法」という。)
   ア 1条
     この法律は,墓地,納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が,国民の宗教的感情に適合し,且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から,支障なく行われることを目的とする。
   イ 10条1項
     墓地,納骨堂又は火葬場を経営しようとする者は,都道府県知事の許可を受けなければならない。

  (2) 「墓地等の構造設備及び管理の基準等に関する条例」(昭和59年東京都条例第125号。以下「本件条例」という。)
   ア 1条
     この条例は,墓地,埋葬等に関する法律(昭和23年法律第48号。以下「法」という。)第10条の規定による経営の許可等に係る墓地,納骨堂又は火葬場(以下「墓地等」という。)の構造設備及び管理の基準並びに事前手続その他必要な事項を定めるものとする。
   イ 6条1項
     墓地の設置場所は,次に定めるところによらなければならない。
    1号 当該墓地を経営しようとする者が,原則として,所有する土地であること(地方公共団体が経営しようとする場合を除く。)。
    2号 河川,海又は湖沼から墓地までの距離は,おおむね20メートル以上であること。
    3号 住宅,学校,保育所,病院,事務所,店舗等及びこれらの敷地(以下「住宅等」という。)から墓地までの距離は,おおむね100メートル以上であること。
    4号 高燥で,かつ,飲料水を汚染するおそれのない土地であること。
   ウ 6条2項
     専ら焼骨のみを埋蔵する墓地であつて,知事が,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるものについては,前項第2号及び第3号の規定は,適用しない。
   エ 7条1項
     墓地の構造設備は,次に掲げる基準に適合しなければならない。
    1号 境界には,障壁又は密植した低木の垣根を設けること。
    2号 アスファルト,コンクリート,石等堅固な材料で築造され,その幅員が1メートル以上である通路を設けること。
    3号 雨水又は汚水が滞留しないように適当な排水路を設け,下水道又は河川等に適切に排水すること。
    4号 ごみ集積設備,給水設備,便所,管理事務所及び駐車場を設けること。ただし,これらの施設の全部又は一部について,当該墓地を経営しようとする者が,当該墓地の近隣の場所に墓地の利用者が使用できる施設を所有する場合において,知事が,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは,当該施設に関しては,この限りでない。
    5号 墓地の区域内に規則で定める基準に従い緑地を設けること。ただし,知事が,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認める場合は,この限りでない。
   オ 12条
     墓地等の管理者は,次に定める措置を講じなければならない。
     1号及び2号 (略)
     3号 墓地等を常に清潔に保つこと。
     4号 (略)
   カ 16条1項
     第4条第1項又は第2項の許可を受けて墓地等を経営しようとする者又は墓地の区域若しくは墳墓を設ける区域を拡張しようとする者(以下「申請予定者」という。)は,当該許可の申請に先立つて,墓地等の建設等の計画について,当該墓地等の建設予定地に隣接する土地(隣接する土地と同等の影響を受けると認められる土地を含む。)又はその土地の上の建築物の所有者及び使用者(以下「隣接住民等」という。)への周知を図るため,規則で定めるところにより,当該建設予定地の見やすい場所に標識を設置し,その旨を知事に届け出なければならない。
   キ 16条2項
     知事は,申請予定者が,前項の標識を設置しないときは,当該標識を設置すべきことを指導することができる。
   ク 17条1項
     申請予定者は,当該許可の申請に先立つて,説明会を開催する等の措置を講ずることにより,当該墓地等の建設等の計画について,規則で定めるところにより,隣接住民等に説明し,その経過の概要等を知事に報告しなければならない。
   ケ 17条2項
     知事は,申請予定者が,前項の規定による説明を行わないときは,当該説明を行うべきことを指導することができる。
   コ 18条1項
     知事は,隣接住民等から,第16条の標識を設置した日以後規則で定める期間内に,当該墓地等の建設等の計画について,次に掲げる意見の申出があつた場合において,正当な理由があると認めるときは,当該墓地等に係る申請予定者に対し,隣接住民等との協議を行うよう指導することができる。
    1号 公衆衛生その他公共の福祉の観点から考慮すべき意見
    2号 墓地等の構造設備と周辺環境との調和に対する意見
    3号 墓地等の建設工事の方法等についての意見
   サ 18条2項
     申請予定者は,規則で定めるところにより,前項の規定による指導に基づき実施した隣接住民等との協議の結果を知事に報告しなければならない。

  (3) 墓地等の構造設備及び管理の基準等に関する条例施行規則(昭和60年東京都規則第17号。以下「本件規則」という。)
   ア 5条
     条例第7条第1項第5号の規則で定める基準は,墓地の敷地の総面積に占める緑地の割合が15パーセント以上あるものとする。
   イ 6条
     条例第14条第1項の規定により知事が指定する土葬を禁止する地域は,特別区の存する区域(中略)とする。

【なされた訴え】
1,練馬区保健所長が,宗教法人Aに対し,平成20年10月24日付けでした別紙物件目録記載の各土地における墓地経営許可処分を取り消す。
2.Yは,Xらに対し,各10万円及びこれらに対する平成20年10月24日から支払済みまで各年5分の割合による各金員を支払え。


【原告適格の争点に関する裁判所の判断、判決文から該当箇所抜粋】
1 争点(1)(原告適格)について
  (1) 行政事件訴訟法9条1項にいう「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮すべきであり,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)(以上につき,平成17年最高裁大法廷判決参照)。
    上記の見地に立って,原告らが本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有するか否かについて検討する。

  (2) 墓埋法10条1項は,墓地等を経営しようとする者は,都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定するのみで,その許可の要件について特に規定していない。これは,墓地等の経営が,高度の公益性を有するとともに,国民の風俗習慣,宗教活動,各地方の地理的条件等に依存する面を有し,一律的な基準による規制になじみ難いことを考慮して,墓地等の経営に関する許否の判断を都道府県知事の広範な裁量にゆだねる趣旨に出たものであって,墓埋法は,墓地等の管理及び埋葬等が国民の宗教的感情に適合し,かつ,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とする法の趣旨に従い,都道府県知事が,第1次的には公益的見地から,墓地等の経営の許可に関する許否の判断を行うことを予定しているものと解される。
    ところで,本件条例は,墓埋法10条の規定による経営の許可等に係る墓地等の構造設備及び管理の基準並びに事前手続その他必要な事項を定めることを趣旨とするものであり(本件条例1条),墓埋法と目的を共通にする関係法令ということができる。
    本件条例は,墓地等の設置場所の基準として,6条1項2号において,河川,海又は湖沼から墓地までの距離は,おおむね20メートル以上であること,同項3号において,住宅等から墓地までの距離は,おおむね100メートル以上であること,同項4号において,高燥で,かつ,飲料水を汚染するおそれのない土地であることを定めている。そして,同条2項において,専ら焼骨のみを埋蔵する墓地に限り,公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるものについて,同項2号及び3号の規定は適用しないものと定められており,土葬が行われる墓地については,住宅等から墓地までの距離は,おおむね100メートル以上であることが必須とされている。また,同項4号については,公共の福祉の見地からの適用除外は認められていない。そして,本件条例7条1項3号は,墓地の構造設備基準として,雨水又は汚水が滞留しないように適当な排水路を設け,下水道又は河川等に適切に排水することを,同項4号はごみ集積設備等の設置を定め,さらに,本件条例12条3号は,墓地等の管理者の講じなければならない措置として,墓地等を常に清潔に保つことを規定している。これらの規定は,いずれも墓地等の周辺地域の飲料水の汚染等の衛生環境の悪化を防止することを目的としているということができる。
    加えて,本件条例16条1項及び17条1項は,墓地経営の許可の申請予定者は,申請に先立って,隣接住民等に対し,標識の設置や説明会の開催等によって墓地等の建設計画を周知して説明しなければならない旨規定し,本件条例18条1項は,隣接住民等は,公衆衛生その他公共の福祉の観点から考慮すべき意見,墓地等の構造設備と周辺環境との調和に対する意見及び墓地等の建設工事の方法等についての意見の申出ができ,知事は,正当な理由があると認めるときは,申請予定者に対し隣接住民等との協議を行うよう指導することができるとされ,本件条例は,隣接住民等に対して,墓地経営許可に係る手続への関与を認めている。
    そして,墓埋法10条1項及び本件条例に基づく墓地経営の許可は,本件条例6条以下の基準に適合することを要件としてされるものであると解されるところ,上記墓埋法の規定に加えて,本件条例の規定の趣旨及び目的をも参酌し,併せて本件条例において,上記のように墓地等の周辺地域の飲料水の汚染等の衛生環境の悪化を防止することを目的とした規定があり,隣接住民等に対して墓地経営許可に係る手続への関与を認めた規定があることをも考慮すれば,墓地経営許可に関する墓埋法及び本件条例の規定は,墓地の経営に伴う衛生環境の悪化等によって,墓地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境の被害が発生することを防止し,もって良好な衛生環境を確保し,良好な生活環境を保全することをも,その趣旨及び目的とするものと解される。

  (3) 本件条例の規定に違反した違法な墓地の経営が許可された場合には,そのような墓地の経営に起因して,周辺地域の飲料水ともなる地下水の汚染,土壌の汚染,雨水や汚水の滞留,供物等の放置による悪臭又は烏,鼠及び蚊の発生及び増加,排水設備の不備による周辺への浸水などが生じるおそれがある。そして,周辺住民等,すなわち,墓地の周辺の一定範囲の地域に居住し,又は住宅を有する者は,上記のような衛生環境の悪化による被害を直接受けるおそれがあり,その被害の程度は,住宅の場所が墓地に接近するにつれて増大するものと考えられる。また,周辺住民等がそのような被害を反復,継続して受けた場合には,それは,周辺住民等の健康や生活環境に係る著しい被害にも至りかねないものである。そして,墓埋法10条1項の許可をする際に考慮すべき基準等を定める本件条例の各規定は,周辺住民等に対し,条例違反の墓地の経営による墓地周辺の衛生環境の悪化により健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的利益を保護しようとするものと解されるところ,そのような被害の内容や性質,程度等に照らせば,この具体的利益は,一般的公益の中に吸収解消させることが困難なものといわざるを得ない。
    そして,墓埋法は,前記のとおり,墓地等の管理や埋葬が公衆衛生の見地からも支障なく行われることも目的としており,また,墓地等の経営が国民の風俗習慣,宗教活動,各地方の地理的条件等に依存する面を有し,一律的な基準による規制になじみ難いことから,墓地等の経営の許否について都道府県知事に広い裁量を与えており,各地方の実情に応じた判断の基準を各都道府県の条例によって定めることを予定しているということができる。そうすると,墓埋法は,各地方の実情に応じて,条例において違法な墓地の経営による墓地周辺の衛生環境の悪化による健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的利益を墓地の周辺住民等の個別的利益として保護することも予定しているというべきであり,墓埋法10条1項は,第1次的には公益的見地からの規制を予定しているものの,それとともに周辺住民等の健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を有すると解するのが相当である。
    したがって,周辺住民等のうち,違法な墓地経営に起因する墓地周辺の衛生環境の悪化により健康又は生活環境の著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は,墓地経営許可の処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消しの訴えにおける原告適格を有するというべきである。

  (4) ところで,本件条例6条1項3号は,原則として住宅等から墓地までの距離はおおむね100メートル以上であることとしており,おおむねその範囲内の地域に居住し,又は住宅を有する周辺住民等については前記のような被害が直接及び得ることを想定していると考えられるところ,証拠(甲41の1,42から53まで)及び弁論の全趣旨によれば,原告X1については,本件墓地からその居住地までの距離が約127.5メートルであって,おおむね100メートルの範囲内とは認め難いが,それ以外の原告らについては,本件墓地からおおむね100メートルの距離の範囲内の地域に居住し,又は住宅を有する者と認められ,本件墓地周辺の衛生環境の悪化による健康又は生活環境の著しい被害を直接受けるおそれがある者ということができるから,本件処分の取消しを求める法律上の利益を有する者であると認めることができる。
    したがって,原告X1を除く原告らは,いずれも本件処分の取消しの訴えの原告適格を有するというべきである。
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