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健康を必ず守る、医療と法の密接な連携が欠かせぬ場面。有害化学物質による労働者・住民の健康被害

2012-07-11 11:17:32 | 医療
 医療と法が密接な連携をもって、健康を守っていかねばならない場面が多々あることを感じています。

 法を学ぶひとつのインセンティブになっているところです。


 アスベストによるその製造加工工場で働く労働者の被害、その工場の周辺住民の健康被害が問題になったケースがありました。
 『大阪泉南アスベスト国家賠償請求事件』

 大阪地裁判決 平成22.5.19では、原告側が勝訴。

 大阪高等裁判所判決 平成23.8.25では、国側が勝訴。

 現在、最高裁で争われています。


 私は、第一審の考え方に近く考えます。

 労働環境安全確保には、その時々の科学技術水準に適法した規制が求められるところです。

 よってこの事案では、昭和47年段階で規制ができてることをもちだすだけではなく、国は、昭和35年段階で適切な規制を課し、労働者の身体生命をアスベストから守るべきだったと考えます。

 第一審では、この点の指摘がありましたが、控訴審では、昭和47年段階の規制が用い国の違法はないと主張されました。


 先日のニュース、印刷会社の胆管癌も注目していかねばなりません。
 

<第1審である大阪地裁での争点>
争点1.労働関係法における労働大臣の省令制定権限の不行使

争点2.環境関係法における厚生大臣の立法の不作為と規制権限の不行使

争点3.毒物及び劇物取締法における厚生大臣の規制監督権限の不行使

争点4.憲法、労働省設置法、厚生省設置法に基づく情報提供義務違反

争点5.被告の責任の範囲、因果関係

争点6.損害の範囲、損害額の算定


<第一審 勝訴のポイント、国の違法部分>
争点1において
*第7章第二節第三
S35旧じん肺法制定時点 
発生源対策・飛散対策は緊急の重要課題
局所排気装置はS32には実現可能で技術的基盤があり、石綿粉じん抑制措置を指導にとどめず義務付けていれば危険回避できた。
→省令制定不作為は違法

*第7章第二節第四
S47労働安全衛生法→改正特化側36条制定時点
屋内作業粉じん濃度の測定義務付けたが、結果報告義務付け・基準を超えるときの改善措置義務付けていれば改善命令出せた。
→省令制定不作為は違法

<第一審 第二節第四 引用>
第4 昭和47年の時点における被告の省令制定権限不行使の違法性の有無
   1 昭和47年までに新たに獲得された医学的又は疫学的及び工学的知見をまとめると以下のとおりである。
    (1) 前記第2のとおり,石綿粉じんばく露と肺がん及び中皮腫の発症との間に関連性があるという医学的又は疫学的知見(ただし,中皮腫が低濃度ばく露によっても発症するとする点は除く。)は,昭和47年におおむね集積されたということができる。
    (2) 粉じん測定機器については,デジタル粉じん計及びろ過材をグラスファイバーとするろ過捕集法のほか,メンブランフィルター法も実用化されており,研究者ないし測定の専門家により用いられる場合だけでなく,一般の事業場において日常的に用いられる場合においても,粉じん全体から石綿粉じんのみの濃度を計測できるだけの知見が成立していた。
    (3) 粉じん測定方法について,昭和40年に個人用のサンプラーが開発されて,ばく露濃度の測定についての知見が確立し,昭和46年の旧特化則の制定時において,環境濃度の測定方法についての知見も得られていた。
    (4) 粉じん濃度の評価指標について,昭和40年に日本産業衛生協会が定めた,じん肺(石綿肺)を対象とする許容濃度は,1立方メートル当たり2mgとされており,また,昭和43年のBOHSの勧告を受けた,英国のアスベスト産業規則は,クロシドライト以外の石綿粉じんの規制値を1立方センチメートル当たり2繊維又は1立方メートル当たり0.1mgとし,クロシドライトの規制値を1立方センチメートル当たり0.2繊維又は1立方メートル当たり0.01mgとしていた。

   2 このような状況のもとで,昭和46年5月1日に旧特化則が施行された。旧特化則は,肺がんや中皮腫の危険に着目したもので,石綿粉じんが発散する屋内作業場における当該発散源への局所排気装置の設置を義務付け(4条),またその性能要件として抑制濃度(1立方メートル当たり2mg)を採用するなど,具体的な規制措置を定めたものである。また,昭和47年10月1日に安衛法,安衛則及び特化則が施行され,上記の規定はおおむね引き継がれるとともに,定期自主検査や健康管理手帳制度の創設等新たな措置を定めた。

   3 原告らは,昭和47年の時点において省令制定権限を行使すべきであるのにしなかった点を以下のとおり列挙するので,逐次,検討する。
    (1) 石綿製品の禁止
      昭和47年の時点において,被告(労働大臣)が,石綿製品の使用又は製造を禁止することを正当化するに足りる医学的又は疫学的知見があったことを認めるに足りる証拠はなく,同時点において,被告が石綿製品の使用又は製造を禁止しなかったとしても,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠いたものということはできない。
    (2) 局所排気装置の設置にかかる,密閉・機械化
      原告らは,工程ごとに,可能な限り機械化を進め,これを密閉した上,密閉が極めて困難な部位に局所排気装置のフードを設置するという方法をとるよう義務付けるべきであったと主張する。
      確かに,前記(第3,5)のとおり,昭和35年の時点で局所排気装置の代替措置として発散源の密閉化をも使用者に義務付けるべきであったというべきである。そして,原告らが指摘するように,可能な限り機械化してこれを密閉することが労働者の石綿粉じんばく露を回避できる効果的な措置であるということはできる。
      しかし,機械化や密閉を優先的かつ一律に事業者に義務付けることは現実的ではない(だからこそ原告らも「可能な限り」と主張している。)。したがって,「事業者は(中略)粉じんを発散する屋内作業場においては(中略)発散源を密閉する設備,局所排気装置又は全体換気装置を設ける等必要な措置を講じなければならない」(安衛則577条)という規定の仕方による義務付け以上の規定を設けることは困難であったというべきである。したがって,原告らの主張するような措置を義務付ける省令を制定しなかったことが許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠いたものとまではいえない。
    (3) 全体換気装置への除じん装置の設置
      全体換気装置への除じん装置の設置は,作業場外の一般環境への石綿粉じんの排出を防止する措置であり,これは,近隣住民の石綿粉じんばく露を避けるために必要な措置であることはいうまでもない(労働省も,旧特化則施行に当たり,通達〔昭和46年5月24日付け〕において,有害物質含じん気体の大気中への放出が公害をもたらす危険性があることに言及している。)。しかし,これは,労働者の健康,風紀及び生命の保持を行うことを目的とする安衛法に基づく省令制定権限の問題そのものではなく,この関係で違法性を論ずるのは適切ではない。
    (4) 防じんマスクの備え付け
      前記(第3,5(2)ウ)のとおり,防じんマスクは,粉じんばく露防止措置としては,補助的な手段に位置づけられるものである上,被告は,安衛則(593条,596条)及び特化則(43条,45条)において,呼吸用保護具等の保護具の備付けを義務付けているのであり,被告に省令制定権限の不行使があったとはいえない。
    (5) 保護作業着保管
      前記(第3,5(2)オ)のとおり,保護作業着の保管は,職業性ばく露の問題そのものとはいえないし,労働者の作業場外における石綿粉じんばく露の防止という観点においても,これを省令において義務付けることの必要性やその効果が明確とはいえないというべきであるから,これを省令で義務付けなかったことが違法となるとはいえない。
    (6) 基準値の法定と定期測定の結果報告
     ア 旧特化則においては,じん肺(石綿肺)を対象とする抑制濃度を,1立方メートル当たり2mgとしたが,この値は,前記1(4)の英国のアスベスト産業規則(クロシドライト以外の石綿粉じんの規制値を1立方センチメートル当たり2繊維又は1立方メートル当たり0.1mgとし,クロシドライトの規制値を1立方センチメートル当たり0.2繊維又は1立方メートル当たり0.01mgとする)と比較して大幅に高い。しかも,石綿粉じんへのばく露による肺がん及び中皮腫の発症に関する医学的又は疫学的知見が集積されており,特に中皮腫については,低濃度の石綿粉じんばく露によっても罹患するおそれのあることが指摘されていたのであるから,なおさら適切さを欠いたといわざるを得ない。しかし,従来より,このような基準値は,省令により定められてきたわけではなく,労働省の告示や通達によるものである。また,告示ないし通達による内容の違法性を検討するとしても,肺がんや中皮腫についての個人のばく露限界については統一的な基準や知見があるわけではないから,その数値の設定が他国の基準よりも緩和されていたとしても直ちに違法であると評価を下すことはできない。したがって,基準値を更に厳格に改定(法定)しなかったことが違法であったということはできない。
     イ 一方,特化則においては,石綿を製造し,又は取り扱う屋内作業場について,6か月以内ごとに1回,定期に,石綿粉じん濃度を測定し,記録を保存することが義務付けられたが(36条1項),その測定結果の報告は義務付けられなかった。しかし,石綿粉じん濃度を測定して労働環境のモニタリングをすることは,石綿粉じん被害を予防するための前提として,また,その後の労働安全行政に活用するために極めて重要であるから,そのような意義を有する測定が実行されることを担保する措置を講ずることもまた極めて重要である。そして,測定結果が抑制濃度を超える場合にはその改善を義務付ける措置を講ずることもまた重要である。前記のとおり,石綿粉じんばく露によって肺がんや中皮腫に罹患することが医学的又は疫学的に明らかになった時期であったから,なおさらである。したがって,測定結果の報告及び改善措置を義務付けることは測定を義務付けることとともに必要であり,また,そのような報告義務,改善義務を課することにさほどの障害があったとは認めがたいところである。そうすると,これらの措置を義務付けなかったことは,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであったというべきである。
    (7) 特別教育の実施
      前記(第3,5(2)キ)のとおり,特別教育は,粉じんばく露防止措置としては,補助的な手段に位置づけられるものであり,これを義務付ける省令を制定しなかったことが,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものとはいえない。
    (8) その他,原告らは,粉じん測定法を定めなかったこと,石綿の危険性の表示及び危険性情報の開示を義務付けなかったこと,小規模零細事業への考慮を欠いていること等を理由として省令制定権限不行使の違法を主張するが,いずれも,その義務付けを省令において規定すべきであった根拠が明らかではなく,採用の限りではない。

   4 まとめ
     昭和47年において,前記3(6)イのとおり,屋内作業場の石綿粉じん濃度の測定結果の報告及び抑制濃度を超える場合の改善を義務付けなかったことは,石綿粉じんによる被害が石綿肺に止まらず,肺がんや中皮腫にも及ぶことが明らかになった段階にあっては,著しく合理性を欠いたもので違法であったというべきである



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<控訴審である大阪高等裁判所での争点>

 (1) アスベスト工場において発生及び排出される石綿粉じんのばく露によって生じる健康被害を防止又は抑制するための規制権限の行使として,労働関係法の主務大臣である労働大臣が,旧労基法及び旧安衛則が制定された昭和22年から遅くとも局所排気装置に関する労働衛生試験研究が終了した翌年の昭和32年までに,局所排気装置の設置を義務付ける旨の省令の制定ないし改定を行わなかったことは違法であるか【争点1】

 (2) アスベスト工場において発生及び排出される石綿粉じんのばく露によって生じる健康被害を防止又は抑制するための規制権限の行使として,労働関係法の主務大臣である労働大臣が,
   ア 昭和47年に制定した特化則において,アスベスト工場に設置すべき局所排気装置の性能要件として設定した抑制濃度及びその数値は,規制基準として著しく不合理なものとして違法であるか【争点2-1】
   イ 昭和47年に制定した特化則において,事業者である使用者に対し,石綿の粉じん濃度の測定及びその結果の保存を義務付けるにとどまり,当該測定結果の報告及び当該作業環境の改善措置をいずれも義務付けなかったことは違法であるか【争点2-2】

  (3) アスベスト工場において発生及び排出される石綿粉じんのばく露によって生じる健康被害を防止又は抑制するための規制権限の行使として,労働関係法の主務大臣である労働大臣が,労働関係法の委任に基づく省令である旧安衛則等を改定したり,あるいは,新たな省令を制定するなどして,下記のような義務付けを行わなかったことは違法であるか【争点3】
   ア 石綿製品の製造,加工等の作業工程を密閉,機械化し,工程間分離するように使用者に義務付けなかったこと
   イ 石綿製品の製造,加工等の各種作業に従事する労働者に防じんマスクを着用させることを使用者に義務付けなかったこと
   ウ 法令上,石綿製品の製造,加工等の各種作業に従事する労働者の作業時間を特に制限する旨の規制をしなかったこと
   エ 法令上,石綿製品の製造,加工等の各種作業に従事する労働者が着用した作業衣を当該作業場の外に持ち出さないように規制しなかったこと

  (4) アスベスト工場において発生及び排出される石綿粉じんのばく露によって生じる健康被害を防止又は抑制するための規制権限の行使として,労働関係法の主務大臣である労働大臣が,石綿製品の製造,加工等の各種作業に従事する労働者その他国民一般に対し,石綿の有害性及びその粉じんばく露によって重い健康被害を受けることの危険性情報を提供するとともに,事業者である使用者に対し,上記労働者に対して石綿粉じんのばく露を防止するための特別な安全教育を実施するように義務付けなかったことは違法であるか【争点4】

  (5) アスベスト工場において発生及び排出される石綿粉じんのばく露によって生じる健康被害を防止又は抑制するための規制権限の行使として,①環境関係法の主務大臣である厚生大臣等が,昭和45年に改正された大気汚染防止法2条5項に基づき,アスベスト工場を「粉じん発生施設」に指定せず,石綿粉じんの排出規制をしなかったこと,②労働関係法の主務大臣である労働大臣が,アスベスト工場の換気設備に除じん装置を設置するように義務付けなかったことは,それぞれ違法であるか【争点5】

  (6) アスベスト工場において発生及び排出される石綿粉じんのばく露によって生じる健康被害を防止又は抑制するための規制権限の行使として,毒物及び劇物取締法(以下「毒劇法」という。)の主務大臣である厚生大臣が,石綿を同法所定の劇物と定めてその使用を規制しなかったことは違法であるか【争点6】

  (7) 第1審原告■■■■及び亡■■■はいずれも石綿粉じんのばく露によって石綿関連疾患を発症したものであるか【争点7】

  (8) 第1審原告らが損害賠償として支払いを受けるべき慰謝料の額【争点8】


<控訴審 棄却の理由 判決の総括である判決文第三を引用>
第三 三総括

  (1) これまでの認定説示を総合すると,国は,石綿製品の製造,加工等の各種作業において発生する石綿粉じんを吸入することによって重篤な肺疾患(石綿肺)の生じる危険性があるという認識の下で,そのような健康被害を防止又は抑制すべく,昭和22年に制定された旧労基法及び旧安衛則により,石綿粉じんを除外することなく,事業者に対しては,作業場内の粉じん濃度が有害な程度にならないように局所における吸引排出その他換気等の適切な措置を講じること(旧安衛則173条),作業場には呼吸用保護具を備え付けることなどを義務付けるとともに(旧安衛則181条),労働者に対してはそれを使用すべき義務があること(旧安衛則185条)などを定め,国家検定による防じんマスクの規格化及び普及を図る一方で,鉱物性粉じんの局所排気を効果的に行うには,粉じんの種類,発生態様の特徴等をもとに個々の作業ごとに異なる局所排気装置の設計及び製作を要するものであることを踏まえ,労働衛生試験研究による昭和31年資料,昭和41年資料(基本編),昭和47年資料(応用編),昭和52年資料(石綿編)の作成を重ね,海外の症例報告及び日本国内の医学的見解の動向等による医学的知見の進展状況を踏まえた高性能の防じんマスクの着用及び局所排気装置の原則的かつ積極的な設置を指導する旨の通達(昭和33年通達[乙13],昭和37年通達[乙305],昭和43年通達[乙21],昭和46年通達[乙167]等)を発出し,併せて,労働基準監督署(粉じん対策指導官,粉じん対策指導委員を含む。)によっても,作業従事中における防じんマスクの着用,局所排気装置の普及と構造上不備のある局所排気装置の改善等に関する指導を継続的に行っていたところ,大阪労働基準局管内においては,昭和42年の時点では設置率(但し,1台でも設置している作業場)が約47%であった局所排気装置が昭和46年11月の時点では約8割の作業場において設置されるようになり,防じんマスクの備付け割合も約5割から9割以上になったというのであるから,このような国の対応が,石綿粉じんの有害性についての認識を怠り,石綿の工業的有用性を重視するあまりに労働者の健康被害を軽視した法整備ないし施策態度に終始していたものであったとは到底認められない。
    これに対し,第1審原告らは,昭和22年から遅くとも昭和32年ころの時点において,局所排気装置に関する工学的知見が明らかになっていたとして,局所排気装置の設置を義務付けることに特段の障害がなかったにもかかわらず,国が昭和47年に特化則を制定するまでそれを義務付けようとしなかったことの違法を主張するが,昭和22年に制定された旧労基法及び旧安衛則の上記各規定においては,有害な粉じんとして石綿粉じんが除外されていたものではなく,局所排気装置の設置についても粉じん対策の一つ(局所における吸引排出)として列挙され,選択的ないし他の手段と重畳的に行うよう定められていたことからも明らかなように,国は,粉じんの種類を限定することなく,石綿粉じんによっても健康被害の生じる危険性があることを前提に,それを防止するための適切な措置を講じる必要のあることを法令上定めていたのであるから,第1審原告らの上記主張はその前提を欠くものとして失当というほかない。
    そもそも,労働環境における衛生管理及び健康被害その他労働災害の防止にあっては,各事業者が,それぞれの作業現場に応じた対策を具体的に講じるべき第一次的な義務を負っているのであるから,仮に,第1審原告らが主張するように,昭和22年から昭和32年の時点においてすでに石綿製品の製造,加工等の各種作業に適合した局所排気装置を設置するのに必要となる実用的な工学的知見が明らかになっていたとして,そのような局所排気装置を設置するのに特段の障害はなかったというのであれば,事業者としては,旧労基法及び旧安衛則の上記各規定に従い,他に効果的な粉じん対策を講じるのでない限り,上記のような局所排気装置を設置すべき法令上の義務があったものと解するのが相当である。そして,旧労基法及び旧安衛則の上記各規定が,石綿製品の製造,加工等の作業場においては他の粉じん作業とは異なって局所排気装置を設置する必要がないとか,設置対象から除外されているなどといった誤解を生じさせるような条項文言とはなっていないことを併せ考えると,国が,上記各規定とは別に局所排気装置を原則的な義務として明記した省令の制定ないし改定等をしなければ,各事業者がそれぞれの作業場において局所排気装置を設置することが不可能ないし著しく困難であったとはいえず,そのような措置を講じることが期待できないものであったとも認められない。そうすると,第1審原告らの主張を前提としても,各事業者が,上記各規定及び行政指導等の下で局所排気装置を設置しなかったのは,当該事業者の自主的判断に基づく結果であって,国の規制不備に起因するものではないというべきである。
    もっとも,実際には,第1審原告らの主張とは異なり,昭和22年から昭和32年までの当時は,石綿製品の製造,加工等の各種作業に適合した局所排気装置の設置に必要となる実用的な工学的知見についてはいまだ確立されていない時期にあったところ,その原因ないし理由としては,前記認定事実のとおり,特に,石綿製品の製造,加工等の作業工程は他の粉じん作業とは異なって特徴的な作業用機械が複雑に組み合わさったものであり,それぞれの作業に適合した局所排気装置を設置するには経験的な技術及び様々な設置例の集積並びに有効に機能しない場合の性能改善等を重ねていくことが必要であったことに加え,局所排気装置の設置に要する初期投資費用及びランニングコストの高さ等もあって事業者がその導入に積極的ではなかったという事情があったことが認められる。これらの事情を総合すれば,局所排気装置に関する工学的知見の進展に合わせてその設置が相当程度普及するのに昭和40年代半ばころまでの期間を要したこともやむを得なかったものというべきであり,国の規制態度が著しく緩慢であったことにその主な原因があったということはできない(証人■■■■■[原審]・45頁)。

  (2) 石綿については,その有害性に関する医学的知見(石綿のがん原性,石綿肺の不可逆性,進行性等)の進展に合わせて石綿に対する規制の強化を重ねながらも,結局,最終的には全世界的に使用が禁止されるに至ったものであるところ,現在,過去に受けた石綿粉じんのばく露による深刻な健康被害が現実化していることを考えれば,戦後の復興期から高度経済成長期にあったとはいえ,石綿粉じんのばく露がもたらす健康被害について,将来的な危機管理として必ずしも十分ではない部分があったことは否定できず,そのような視点に基づく検証は,今後のあらゆる行政上の課題というべきである。
    しかしながら,これまで認定説示してきたとおり,国が,粉じん作業上の安全衛生の確保及び健康被害の防止に関する施策として,昭和22年以降に行ってきた一連の法整備及び行政指導等は,石綿粉じんを他の粉じんと区別することなく,その時々の医学的知見の進展状況(労働衛生試験研究の結果,海外からの被害報告,国内の被害発生状況等を含む。)を踏まえたものであったほか,高性能化がいち早く進んだ防じんマスクの適切な使用と局所排気装置の設置に関する実用的な工学的知見の確立及びその普及を目指したものとして一定の効果を上げたのも事実であり,また,効果的に石綿粉じんを捕集する性能を有した局所排気装置の普及があまり進んでいない時期にあっても,各作業場において,少なくとも国家検定に合格した防じんマスクが適切に使用されていたとすれば,石綿粉じんの吸入をかなりの割合で防止することができ,現在発生している石綿粉じんによる健康被害についても相当程度減少させることができたものということができる。そうすると,戦後の復興期から高度経済成長期ころにかけての石綿粉じんばく露による健康被害に関する医学的知見及びそれを防止するための技術的対策に関する工学的知見の進展状況,その当時における石綿製品に対する社会的必要性及び工業的有用性についての評価等に基づく限り,国が行ってきた上記各措置は,その目的及び手段において一応の合理性を有するものと認めるのが相当である。
    これに対し,第1審原告らは,事業者及び労働者に対する石綿の危険性情報の提供がなされず,労働者に対する安全衛生教育の義務付けも法令上不備であったことを主な理由として,労働者は防じんマスクの使用等による防衛的な粉じん対策を実行することができなかったなどと主張するが,前記認定事実のとおり,戦前においてすでに,石綿を原因とする労働災害として,じん肺の一種である石綿肺という呼吸困難等の健康被害を生じる危険性のあることは認識されていたところ,昭和22年に制定された旧労基法及び昭和35年に制定されたじん肺法においても,労働者に対する安全衛生教育の実施は義務付けられていたものである。そして,社会的にも,昭和30年代前半には石綿肺の症状及びその進行的特徴に加えて発症者数が増加傾向にあること等が特集記事として新聞報道されたり,泉南地域の業界団体であるアスベスト振興会によっても石綿肺の防止の必要性が訴えられ,局所排気装置による粉じん対策の実行及び労働者に対する防じんマスクの着用指導についての申し合わせがなされるなどしていたほか,労働者に対する定期的な健康診断や各作業場に対する行政指導等が繰り返されていたことを併せ考えるならば,個々の労働者及びその使用者である事業者が,石綿粉じんのばく露についての警戒心あるいは危機感を具体的にどの程度抱いていたかどうかは別として,石綿粉じんの有害性に関する情報及び長年にわたって石綿関連作業に従事したことで重篤な石綿肺を発症した労働者が現実に存在するという客観的事実についての認識が全くなかったものとは到底考えられないところであり,国がこれまでに実行してきた石綿粉じんを含む粉じん対策に関する法整備及び施策の経過等を振り返ってみても,国が上記のような事実等を隠ぺいしたり,ことさら過小評価したような情報しか公表しないという態度であったものとは認められない。その他本件全証拠を検討しても,国による安全衛生教育に関する法整備ないし施策がなされなかったことによって,使用者が本来であれば労働者に対して行うことができたはずの必要かつ適切な安全衛生教育を実施することが困難な(あるいは,期待できない)状況にあったものと認めるべき具体的事情は見当たらない。
    したがって,国において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるような安全衛生教育に関する法令ないし施策の不備があったものということはできない。

  (3) また,第1審原告らは,それぞれに石綿粉じんばく露による健康被害が生じたのは,国が規制権限を適切に行使しなかったことに基づくものであるとして,上記以外にも様々な主張(昭和47年に制定された特化則において定められた抑制濃度の基準数値が著しく不合理であったことの違法,同規則において粉じん濃度の測定及びその結果の保存を義務付けるだけではなく,その報告義務を定めなかったことの違法,石綿製品の製造,加工等の作業工程を密閉,機械化し,工程間分離するように使用者に義務付けなかったことの違法,それらの作業に従事する労働者に防じんマスクを着用させることを使用者に義務付けなかったことの違法,労働者の作業従事時間を短時間に規制しなかったことの違法,作業衣を作業場外に持ち出すことを規制しなかったことの違法,昭和45年に改正された大気汚染防止法においてアスベスト工場を「特定粉じん施設」と定めなかったこと及び作業場の換気設備に除じん装置を設置するように義務付けなかったことの違法,石綿を毒劇法上の「劇物」に指定しなかったことの違法に関する主張等)をするが,いずれも失当として採用することができないことについては,前記認定説示のとおりである。

  (4) ところで,一般に,有害な化学物質等による重大な健康被害の対象が広く国民に及ぶ恐れのある事案については,その被害の大きさ,深刻さを考えれば,例えば,国が,①重大な健康被害が現実に生じている(生じる危険性が高い)ことを認識しながら,合理的な理由もなく当該化学物質等を規制の対象から除外した場合,②発生の危険が予想される健康被害については,医学的ないし工学的な知見に裏付けられた効果的で実用可能な防止手段が存在するにもかかわらず,それを実行させるような法整備ないし施策を具体的に講じなかった場合,逆に,③上記のような効果的な防止手段が物理的に存在せず,仮に存在するとしてもその実行が事実上不可能ないし著しく困難であるなどの事情により,健康被害の発生を防止するには,国が当該化学物質等の使用及び排出を即時ないし一律に禁止するか,極めて厳格に制限する以外に方法はないにもかかわらず,そのような法整備ないし施策を合理的な期間内に講じなかったことによって健康被害が拡大した(あるいは深刻化した)ような場合には,国が行政権に基づいて上記のような規制権限を行使しなかったことが,その根拠となる法の趣旨,目的に照らして著しく合理性を欠くものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法と判断される余地があるようにも思われる。
    しかしながら,本件事案では,昭和22年に制定された旧労基法及び旧安衛則においても,石綿は事業者が講じるべき粉じん対策の対象から除外されることなく規制の対象とされていたこと(同法50条,同規則173条,181条,185条等),その後も国は石綿粉じんを含めて粉じん作業上の安全衛生の確保及び健康被害の防止に関する施策としてその時々の医学的知見の進展や工学的知見の普及に合わせた法整備や行政指導等を順次行ってきたこと,石綿製品の製造,加工等の各種作業に適合する局所排気装置を設置するにあたって実務的な工学的知見が普及するまでに相当の時間を要したことについてはやむを得ない事情があったこと,局所排気装置の普及があまり進んでいない時期にあっても,防じんマスクの適切な使用により石綿粉じんの吸入をかなりの割合で防止することが可能であったこと,優れた工業的有用性と生物学的有害性という両面を併せ持つ石綿については海外諸国においても長らく使用禁止とまではされず,日本が石綿を使用禁止した時期についても海外諸国と比較して特に遅れたものではなかったことなどの事実が認められるのであって,上記①~③のような場合に該当するものとはいえない。
    したがって,本件が,結果的に,石綿という有害な化学物質によって石綿取扱作業に従事した労働者及びその周辺関係者等に重大な健康被害が生じた事案であることを考慮したとしても,これまでの認定判断の結果を左右することはできない。

  (5) 以上の次第で,国が,昭和22年以降,石綿粉じんのばく露によって健康被害が生じる危険性のあることを踏まえて継続的に行ってきた法整備及び行政指導等を含む諸施策に基づく一連の措置は,労働関係法上の趣旨,目的及び主務大臣に付与された権限の性質等に照らし,その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであったとは認められず,第1審原告らが国に対して責任原因として主張する様々な事実等は,いずれも国家賠償法1条1項の適用上違法となるような規制権限の不行使に該当するものではない。これに反する第1審原告らの主張は,すべて採用することができない。
    したがって,その余について判断するまでもなく,第1審原告らの請求はいずれも理由がない。
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