憲法学における内閣についてのQ君とA先生とのやりとりです。
一 行政権と内閣
Q君
憲法 「第六十五条 行政権は、内閣に属する。 」とありあす。
65条にいう行政権の概念を説明してください。
A先生 全ての国家作用から、立法作用と司法作用を取り除いた残りの作用を行政権と定義します。
この説を、控除説といいます。
Q君 控除説の長所と問題点は、何ですか?
A先生
長所は、現実の行政活動を包括的にとらえることができる点です。
問題点は、行政権を限定していないために、行政国家現象を助長するのではないか、という疑いがある点です。
Q君 独立行政委員会とは何ですか。
とくに、準立法作用・準司法作用を行う独立行政委員会とは。
A先生
内閣から、一定程度独立して活動を行う行政機関を独立行政委員会といいます。
人事院は、人事院規則の制定などの準立法作用を行います。
公正取引委員会は、政治権力から独立して、独禁法違反の調査と裁決を行うので、準司法作用を営んでいます。
Q君 独立行政委員会が65条に反しないというには、どのような理由付けを行っているのですか。
A先生
1)65条は、41条や76条のように、「全て」「唯一の」という文言を用いていないことから、65条は全ての行政機関について、直接指揮監督することまでを要求していないことがひとつ目の理由です。(形式的理由)
2)政治的に中立性を保つ必要のある機関が存在することが二つ目の理由です。
3)人事や予算について、国会のコントロールが及んでいることが三つ目の理由です。
二 内閣の組織と権能
総理大臣
Q君 内閣総理大臣の職務権限は、どういうものですか?
A先生
判例(ロッキード事件 平成7年2月22日判決)では、次のように述べています。
「内閣総理大臣は、憲法上、行政権を行使する内閣の首長として(六六条)、国務大臣の任免権(六八条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(七二条)を有するなど、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にあるものである。そして、内閣法は、閣議は内閣総理大臣が主宰するものと定め(四条)、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し(六条)、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしている(八条)。このように、内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照らすと、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。したがって、内閣総理大臣の運輸大臣に対する前記働き掛けは、一般的には、内閣総理大臣の指示として、その職務権限に属することは否定できない。」
Q君 内閣の責任のうち、法的責任と政治的責任について説明してください。
A先生
「内閣は、行政権の行使について、国会に対して連帯して責任を負う(66条3項)」と規定されていますが、これは、政治責任を指します。
ここでの責任は、違法な行為だけではなく、不当もしくは国民が納得しない政府の行為を含んでいる。
一方、法的責任は、その要件と効果が法定される必要があるところ、明文で定められている内閣の法的な責任の取り方は、不信任案の可決の場合です。
議院内閣制
Q君 立法権と行政権の関係についての4つのタイプがあるといいますが、それぞれ、説明してください。
A先生
1)アメリカ型 議会と政府を完全に分離して、それぞれに民意を反映させます。
2)旧ドイツ型 君主制の下で、政府は君主に対して責任を負い、議会に対しては何の責任も負いません。
3)スイス型 政府がもっぱら議会によって選任され、その指揮に属します。
4)イギリス型 議院内閣制です。
Q君
議院内閣制の本質についての二つの学説の対立があるといいます。
一元論(責任本質説)対二元論(均衡本質説)ということですが、それぞれ、説明してください。
A先生
責任本質説~議院内閣の本質を内閣の存在が議会の信任にあることに求めます。議会と内閣の一体性を強調します。そういう意味で一元論であります。
均衡本質説~議会と内閣の対等性を重視し、議会の不信任決議に対して、内閣が解散権で対抗することに議院内閣制の本質をみます。
議会と内閣を対立するという意味で、二元論であります。
議院内閣制をいろいろな角度で説明しているというようなレベルで理解しておくとよいでしょう。
Q君 衆議院の解散が行われる場合とは?
A先生
7条と69条 ここも大きな論争があったが、現在は、7条解散ができるということで実務的に確定しているので、それほど重要な論点ではありません。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第六十九条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
Q君 解散権の機能を説明してください。
A先生
解散権の機能は、以下、3つあります。
1)国民投票としての機能~重要論点を国民に問うことです。例えば、「郵政民営化」の論点を問う形で、過去に解散がなされました。
2)民意の反映が二つ目の機能です。
3)内閣に対する国民の信任が三つ目の機能です。
以上
東京地裁でひとつの見解が出された模様。
判決文全文読んだわけではりませんが、記事を読む限り、福島第一原発事故は、「天災ゆえに免責すべきものではない」という見解は妥当ではないでしょうか。
***********東京新聞(2012/07/20)*****
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012071702000095.html
東電賠償責任は適法 東京地裁「震災は異常天災でない」
東日本大震災は異常な天災とはいえず、原発事故を起こした東京電力は事故による被害の賠償責任を免れない――。こうした政府の見解の是非が争われた損害賠償請求訴訟の判決で、東京地裁(村上正敏裁判長)は19日、見解は「適法」とする判断を示した。今回の原発事故での免責をめぐる司法判断は初めて。
原子力損害賠償法には「異常に巨大な天災地変」で損害が生じた場合、原発事業者は免責されるとの規定がある。原告は東電の株主である東京都内の弁護士で、東電に責任があるという前提で被災者への賠償などを進める政府に対し、「今回は免責される場合にあたる」と主張。東電内部や経済界にも同様の見方があり、司法判断が注目されていた。
判決はまず「免責が軽々と認められるようでは、被害者の保護が図れない」と基本的な考え方を示した。
続けて、今回の東日本大震災では免責されないとした政府の見解が違法かどうかを検討。地震の規模(マグニチュード9.0)や津波被害を原賠法施行後に起きた過去の大地震と比較し、規模や津波の高さが1964年のアラスカ地震(同9.2)や2004年のスマトラ沖大地震(同9.0)を上回っていないと指摘。「免責されるのは、人類がいまだかつて経験したことのない全く想像を絶するような事態に限られる」とした政府の見解には合理性があると結論づけた。
判決文全文読んだわけではりませんが、記事を読む限り、福島第一原発事故は、「天災ゆえに免責すべきものではない」という見解は妥当ではないでしょうか。
***********東京新聞(2012/07/20)*****
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012071702000095.html
東電賠償責任は適法 東京地裁「震災は異常天災でない」
東日本大震災は異常な天災とはいえず、原発事故を起こした東京電力は事故による被害の賠償責任を免れない――。こうした政府の見解の是非が争われた損害賠償請求訴訟の判決で、東京地裁(村上正敏裁判長)は19日、見解は「適法」とする判断を示した。今回の原発事故での免責をめぐる司法判断は初めて。
原子力損害賠償法には「異常に巨大な天災地変」で損害が生じた場合、原発事業者は免責されるとの規定がある。原告は東電の株主である東京都内の弁護士で、東電に責任があるという前提で被災者への賠償などを進める政府に対し、「今回は免責される場合にあたる」と主張。東電内部や経済界にも同様の見方があり、司法判断が注目されていた。
判決はまず「免責が軽々と認められるようでは、被害者の保護が図れない」と基本的な考え方を示した。
続けて、今回の東日本大震災では免責されないとした政府の見解が違法かどうかを検討。地震の規模(マグニチュード9.0)や津波被害を原賠法施行後に起きた過去の大地震と比較し、規模や津波の高さが1964年のアラスカ地震(同9.2)や2004年のスマトラ沖大地震(同9.0)を上回っていないと指摘。「免責されるのは、人類がいまだかつて経験したことのない全く想像を絶するような事態に限られる」とした政府の見解には合理性があると結論づけた。
中日新聞(東京新聞)の社説。重要な問題提起をされています。
医療と法との接点の分野、きちんと学んでいきたいと思うところでもあります。
同じことを、何度も何度も繰り返してはなりません。
健康をないがしろにする政策は、皆の力で正していかねばならないと思います。
************************************
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012071702000095.html
社説 四日市の判決から40年 公害の反省はいずこ
【中日新聞 2012/07/17 朝刊オピニオン 1688字】
四大公害の一つ、四日市公害訴訟の歴史的な住民勝訴から四十年。あの経験は、生きているのか。原発事故は防げなかったか。四日市は再び語り始めた。
半世紀前、日本は敗戦の傷をいやそうと、上り坂を無我夢中で駆けていた。そのエネルギー源が石炭に代わる石油であった。
三重県四日市市南部の近鉄塩浜駅から伊勢湾へ。トラックが行き交う塩浜街道を横切ると、第一コンビナートの敷地が海まで続く。
紅白に塗られた巨大な煙突の先から白い煙が立ち上り、銀色の管が無数に走るプラントが今もひしめき合っている。かつては黒煙が市内を覆い、煙突からは二十メートルもの火柱が上がった場所である。
一九五五年、旧海軍燃料廠(しょう)、軍の石油精製施設跡地の払い下げを受け、三菱グループを中心に、石油化学コンビナートの建設が始まった。高度経済成長の夜明け、石油時代の幕開けだった。
その四年後、日本初の本格的な石油化学コンビナートは稼働した。「結合」を意味する耳なれないロシア語に、地元だけでなく、日本中が夢を見た。近くの小学校の校歌には「コンビナートは希望の光」というくだりがあった。
さらに四年後、異変が明るみに出始めた。伊勢湾で捕れた魚の異臭騒ぎに始まって、重いぜんそくの症状を訴える患者が多発した。煙の中に含まれる亜硫酸ガス(二酸化硫黄)が原因だった。
六七年、隣接する磯津地区の患者九人が、第一コンビナートの六社を相手取り、慰謝料などの支払いを求めて提訴した。日本初の大気汚染公害訴訟である。五年に及ぶ審理を経て、津地裁四日市支部は六社の共同不法行為を認め、総額八千八百万円余の支払いを命じた。六社は控訴しなかった。
その日から間もなく四十年。原告の生き残りは野田之一さん(80)一人になった。市の観光協会は、コンビナートの夜景クルーズで人を呼ぶ。
四日市公害とは、いったい何だったのだろうか。四大公害のうち、富山のイタイイタイ病、新潟水俣病、そして熊本の水俣病も、事件の発端は戦前にある。
四日市公害は明らかに、高度経済成長という強過ぎる光の影である。日本列島の真ん中で、日本経済の中枢を担う企業が「結合」し、石油時代への舵(かじ)を切り、エネルギー多消費、大量生産のものづくりでこの国のかたちを変えた国策そのものの影だった。
◆工場よりも命が大事
「人の生命・身体に危険のあることを知りうる汚染物質の排出については、企業は、経済性を度外視して、世界最高の技術・知識を動員して防止措置を講ずべきである」。予防原則にまで踏み込んだ判決は画期的だった。産業や経済より人間の命の方が大事だと、司法は強く訴えたのだ。私たちはあの時、ゆったり歩く、もう一つの道を選ぶこともできたのだろう。
四日市では「スモッグの中のビフテキよりも、青空の下の梅干しおにぎり」というスローガンが叫ばれた。工場には脱硫装置がついて黒い煙は白くなった。大気汚染防止法が改正され、環境庁が発足した。それでも私たちは、青空の下のおにぎりを選ばずに、成長の影を引きずった。
弁護団事務局長の野呂汎さん(81)は「この国では、エネルギー政策の変わり目に歴史的事件が起きる」としみじみ語る。
四日市市は二十九日、節目の記念式典を市としては初めて開く。福島の事故に、歴史を伝え残す責任をかき立てられたかのように。
大量の電力を安価で効率的に産業界へ送り込む。これが原発が選ばれる最大の理由であった。そのために、命や健康への影響が軽視され、施設の老朽化や自然災害の危険を顧みなかった。廃炉や廃棄物処理などの費用をみれば、割安でも効率的でもないのだが、その結果が福島原発事故である。
◆私たちみんなで選ぶ
市内の水処理会社に勤める榊枝正史さん(27)は、今年から「語り部」を名乗り始めた。「公害とは関係なく生きてきた世代にも、未来を考えてもらいたいから」と、昔語りではなく五感に訴える連続講座を開いている。
例えば磯津でとれた魚を実際に食べてもらう、というような。
四十年前と同じ岐路に立ち、四日市は再び語り始めた。だが、石油時代の次の針路は結局、私たちみんなで選ぶのだ。それもあの時と同じである。
医療と法との接点の分野、きちんと学んでいきたいと思うところでもあります。
同じことを、何度も何度も繰り返してはなりません。
健康をないがしろにする政策は、皆の力で正していかねばならないと思います。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012071702000095.html
社説 四日市の判決から40年 公害の反省はいずこ
【中日新聞 2012/07/17 朝刊オピニオン 1688字】
四大公害の一つ、四日市公害訴訟の歴史的な住民勝訴から四十年。あの経験は、生きているのか。原発事故は防げなかったか。四日市は再び語り始めた。
半世紀前、日本は敗戦の傷をいやそうと、上り坂を無我夢中で駆けていた。そのエネルギー源が石炭に代わる石油であった。
三重県四日市市南部の近鉄塩浜駅から伊勢湾へ。トラックが行き交う塩浜街道を横切ると、第一コンビナートの敷地が海まで続く。
紅白に塗られた巨大な煙突の先から白い煙が立ち上り、銀色の管が無数に走るプラントが今もひしめき合っている。かつては黒煙が市内を覆い、煙突からは二十メートルもの火柱が上がった場所である。
一九五五年、旧海軍燃料廠(しょう)、軍の石油精製施設跡地の払い下げを受け、三菱グループを中心に、石油化学コンビナートの建設が始まった。高度経済成長の夜明け、石油時代の幕開けだった。
その四年後、日本初の本格的な石油化学コンビナートは稼働した。「結合」を意味する耳なれないロシア語に、地元だけでなく、日本中が夢を見た。近くの小学校の校歌には「コンビナートは希望の光」というくだりがあった。
さらに四年後、異変が明るみに出始めた。伊勢湾で捕れた魚の異臭騒ぎに始まって、重いぜんそくの症状を訴える患者が多発した。煙の中に含まれる亜硫酸ガス(二酸化硫黄)が原因だった。
六七年、隣接する磯津地区の患者九人が、第一コンビナートの六社を相手取り、慰謝料などの支払いを求めて提訴した。日本初の大気汚染公害訴訟である。五年に及ぶ審理を経て、津地裁四日市支部は六社の共同不法行為を認め、総額八千八百万円余の支払いを命じた。六社は控訴しなかった。
その日から間もなく四十年。原告の生き残りは野田之一さん(80)一人になった。市の観光協会は、コンビナートの夜景クルーズで人を呼ぶ。
四日市公害とは、いったい何だったのだろうか。四大公害のうち、富山のイタイイタイ病、新潟水俣病、そして熊本の水俣病も、事件の発端は戦前にある。
四日市公害は明らかに、高度経済成長という強過ぎる光の影である。日本列島の真ん中で、日本経済の中枢を担う企業が「結合」し、石油時代への舵(かじ)を切り、エネルギー多消費、大量生産のものづくりでこの国のかたちを変えた国策そのものの影だった。
◆工場よりも命が大事
「人の生命・身体に危険のあることを知りうる汚染物質の排出については、企業は、経済性を度外視して、世界最高の技術・知識を動員して防止措置を講ずべきである」。予防原則にまで踏み込んだ判決は画期的だった。産業や経済より人間の命の方が大事だと、司法は強く訴えたのだ。私たちはあの時、ゆったり歩く、もう一つの道を選ぶこともできたのだろう。
四日市では「スモッグの中のビフテキよりも、青空の下の梅干しおにぎり」というスローガンが叫ばれた。工場には脱硫装置がついて黒い煙は白くなった。大気汚染防止法が改正され、環境庁が発足した。それでも私たちは、青空の下のおにぎりを選ばずに、成長の影を引きずった。
弁護団事務局長の野呂汎さん(81)は「この国では、エネルギー政策の変わり目に歴史的事件が起きる」としみじみ語る。
四日市市は二十九日、節目の記念式典を市としては初めて開く。福島の事故に、歴史を伝え残す責任をかき立てられたかのように。
大量の電力を安価で効率的に産業界へ送り込む。これが原発が選ばれる最大の理由であった。そのために、命や健康への影響が軽視され、施設の老朽化や自然災害の危険を顧みなかった。廃炉や廃棄物処理などの費用をみれば、割安でも効率的でもないのだが、その結果が福島原発事故である。
◆私たちみんなで選ぶ
市内の水処理会社に勤める榊枝正史さん(27)は、今年から「語り部」を名乗り始めた。「公害とは関係なく生きてきた世代にも、未来を考えてもらいたいから」と、昔語りではなく五感に訴える連続講座を開いている。
例えば磯津でとれた魚を実際に食べてもらう、というような。
四十年前と同じ岐路に立ち、四日市は再び語り始めた。だが、石油時代の次の針路は結局、私たちみんなで選ぶのだ。それもあの時と同じである。