8月13日
朝、ニコシア市外の検問所を通って再び北キプロスへ。
乾いた畑の向こうに見えるのがキレニア山脈、これを越えるとすぐに海岸線が見える。
まず向かったのはキレニア城。
9世紀のビザンチン時代に創建されて以来、ルジニャーノ朝、ベネチア、オスマントルコと持ち主が代わる度に増築されて、見る人が見ればどの壁がどの時代のものかわかるらしいが、中世の城の例に漏れず、ここも中は石の壁しか残っていない。
広い中庭の向こうにあるのはルジニャーノ朝時代の宮殿跡。
この中が今は難破船博物館になっていて
1967年に発見された紀元前300年の難破船とその積荷を展示している。
その頃からアーモンドや穀類、ワインをアナトリア~ギリシャ間で取引していたらしい。
城の屋上に上ると背後にはキレニア山脈、目の前にはキレニアの港が見える。
港側から見るキレニア城はなかなかの威容で、キプロスで見た城の中では一番立派かも。
ここから少し山道をあがり、ベラパイス修道院へ。
12世紀末、パレスチナから逃れてきたオーガスティン派修道会によって建てられたこの修道院は典型的ゴシック建築。
その後ギリシャ正教のものとなった教会や、今はイベントスペースとして使われているらしい集会所など良く残っている。
眼下にはキレニアの町とその向こうに海、背後にはキレニア山脈が迫ってすばらしい景色。
修道院の周りの村もこじんまりとかわいい家が並んでいて、ちょっと雰囲気のいいゲストハウスもちらほら見える。
こんな村にしばらく滞在するのも気持ちが良さそうだ。
この日はラマダン入りだったはずだがトルコ側とはいえ観光地ではまったく関係ないらしく、ベトナム人ウェイトレスさんたちにサーブされながら修道院の目の前でお昼をいただいた。
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乾いた畑の向こうに見えるのがキレニア山脈、これを越えるとすぐに海岸線が見える。
まず向かったのはキレニア城。
9世紀のビザンチン時代に創建されて以来、ルジニャーノ朝、ベネチア、オスマントルコと持ち主が代わる度に増築されて、見る人が見ればどの壁がどの時代のものかわかるらしいが、中世の城の例に漏れず、ここも中は石の壁しか残っていない。
広い中庭の向こうにあるのはルジニャーノ朝時代の宮殿跡。
この中が今は難破船博物館になっていて
1967年に発見された紀元前300年の難破船とその積荷を展示している。
その頃からアーモンドや穀類、ワインをアナトリア~ギリシャ間で取引していたらしい。
城の屋上に上ると背後にはキレニア山脈、目の前にはキレニアの港が見える。
港側から見るキレニア城はなかなかの威容で、キプロスで見た城の中では一番立派かも。
ここから少し山道をあがり、ベラパイス修道院へ。
12世紀末、パレスチナから逃れてきたオーガスティン派修道会によって建てられたこの修道院は典型的ゴシック建築。
その後ギリシャ正教のものとなった教会や、今はイベントスペースとして使われているらしい集会所など良く残っている。
眼下にはキレニアの町とその向こうに海、背後にはキレニア山脈が迫ってすばらしい景色。
修道院の周りの村もこじんまりとかわいい家が並んでいて、ちょっと雰囲気のいいゲストハウスもちらほら見える。
こんな村にしばらく滞在するのも気持ちが良さそうだ。
この日はラマダン入りだったはずだがトルコ側とはいえ観光地ではまったく関係ないらしく、ベトナム人ウェイトレスさんたちにサーブされながら修道院の目の前でお昼をいただいた。
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