こんばんわ。
今日はマニアックネタですみません。付いて来れない方ごめんなさい。私も付いて行けません。
その昔、現JR東海武豊線の終点武豊(←「たけゆたか」ではない!)駅から日本油脂㈱武豊工場に向かう専用線がありました。
※ 私も武豊線の存在すら良く知らなかったので、正直、解説できる立場ではないんですが、目撃者としての立場で報告します。
昭和61年、当時の国鉄武豊線にSL「C56160」が走るということで、国鉄時代ということもあり、友人数人と示し合わせて休暇を申請、愛知県まで行ってまいりました。
もちろん、目的はSLのみですから、特に他の狙っていたわけではありません。撮影2日目には、イベント気分を盛り上げるために終点の武豊駅まで出向いています。SLをバックに記念集合写真を撮ったり、窓口で入場券を買ったりと楽しんでいたのですが、武豊駅構内の奥に何やら車両が居るのを発見し、近寄ってみたのです。
当時、そこに鉄道が、まして電化鉄道があるなんてことは全く知らなかったので、驚きあり、そして新鮮でもありました。
※撮影は、昭和61年4月23日、日本油脂㈱武豊工場専用線跡地にて。

最初に目に飛び込んできたのがこのような無残な風景。中途半端に線路が剥がされ、倒された架線柱が切断されたりと悲惨な姿になっていました。しかし、まだ廃止になったばかり、というのが明らかに判る状況でもありました。


デ2形
国鉄武豊線側の貨物輸送廃止に伴って、専用線も役目を終えざる得なくなったのでしょうか?かつては貨車を牽いて、輸送の玄関となる武豊駅と工場の間を往復していたようです。
武豊駅寄りのボンネット上は、パンタグラフのしたということもあって油汚れが酷いですが、全体は比較的キレイで、整備されてそれほど時間は経っていないように見受けられました。

モ101
元西武鉄道の2代目モハ103ということですが、そのルーツは、大正11年製元西武軌道202形と、かなり古い車両が母体となっています。

ク102
こちらも元西武鉄道の2代目クハ1113で、やはり大正10年に製造された初代モハ102の電装解除改造車となっています。

ク102 台車
こちらはク102が履いていた台車で、当時、0系の古い気動車の実物を見たことが無かったので、このスタイルの台車を見て非常に驚いた記憶があります。つい最近まで現役だった車両で、しかも気動車と同じような台車を履いていたんですから。
もっとも、当時から鹿島鉄道とかを訪れていれば、現役車がほんの数年前まで居たわけですから、それほど驚くことも無かったでしょうけど。
まあ、このような風景に出くわしたことは偶然にしても、良い資料が撮れて良かったと思いましたね。しかし、人間欲が出るもので、走っているシーンを撮りたかった、と思ったのは、私だけではなかったと思います。
受け渡し先の武豊線が前線非電化であるにも拘わらず、その先の専用線に電化区間が存在するだけでも異色だと思ったのですが、さらには社員通勤輸送に電車まで存在していたとは・・・絶句でした。
そして、専用線は廃止になってしまいましたが、これら3両の車両は1つ残らず保存されているということで、マイナーな専用線の割には幸運だったなと思います。西武鉄道の前身を物語る、大切な車両でもありますから・・・後世に大事に伝えてもらいたいもんですね。

今日はマニアックネタですみません。付いて来れない方ごめんなさい。私も付いて行けません。
その昔、現JR東海武豊線の終点武豊(←「たけゆたか」ではない!)駅から日本油脂㈱武豊工場に向かう専用線がありました。
※ 私も武豊線の存在すら良く知らなかったので、正直、解説できる立場ではないんですが、目撃者としての立場で報告します。
昭和61年、当時の国鉄武豊線にSL「C56160」が走るということで、国鉄時代ということもあり、友人数人と示し合わせて休暇を申請、愛知県まで行ってまいりました。
もちろん、目的はSLのみですから、特に他の狙っていたわけではありません。撮影2日目には、イベント気分を盛り上げるために終点の武豊駅まで出向いています。SLをバックに記念集合写真を撮ったり、窓口で入場券を買ったりと楽しんでいたのですが、武豊駅構内の奥に何やら車両が居るのを発見し、近寄ってみたのです。
当時、そこに鉄道が、まして電化鉄道があるなんてことは全く知らなかったので、驚きあり、そして新鮮でもありました。
※撮影は、昭和61年4月23日、日本油脂㈱武豊工場専用線跡地にて。

最初に目に飛び込んできたのがこのような無残な風景。中途半端に線路が剥がされ、倒された架線柱が切断されたりと悲惨な姿になっていました。しかし、まだ廃止になったばかり、というのが明らかに判る状況でもありました。


デ2形
国鉄武豊線側の貨物輸送廃止に伴って、専用線も役目を終えざる得なくなったのでしょうか?かつては貨車を牽いて、輸送の玄関となる武豊駅と工場の間を往復していたようです。
武豊駅寄りのボンネット上は、パンタグラフのしたということもあって油汚れが酷いですが、全体は比較的キレイで、整備されてそれほど時間は経っていないように見受けられました。

モ101
元西武鉄道の2代目モハ103ということですが、そのルーツは、大正11年製元西武軌道202形と、かなり古い車両が母体となっています。

ク102
こちらも元西武鉄道の2代目クハ1113で、やはり大正10年に製造された初代モハ102の電装解除改造車となっています。

ク102 台車
こちらはク102が履いていた台車で、当時、0系の古い気動車の実物を見たことが無かったので、このスタイルの台車を見て非常に驚いた記憶があります。つい最近まで現役だった車両で、しかも気動車と同じような台車を履いていたんですから。
もっとも、当時から鹿島鉄道とかを訪れていれば、現役車がほんの数年前まで居たわけですから、それほど驚くことも無かったでしょうけど。
まあ、このような風景に出くわしたことは偶然にしても、良い資料が撮れて良かったと思いましたね。しかし、人間欲が出るもので、走っているシーンを撮りたかった、と思ったのは、私だけではなかったと思います。
受け渡し先の武豊線が前線非電化であるにも拘わらず、その先の専用線に電化区間が存在するだけでも異色だと思ったのですが、さらには社員通勤輸送に電車まで存在していたとは・・・絶句でした。
そして、専用線は廃止になってしまいましたが、これら3両の車両は1つ残らず保存されているということで、マイナーな専用線の割には幸運だったなと思います。西武鉄道の前身を物語る、大切な車両でもありますから・・・後世に大事に伝えてもらいたいもんですね。



