蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

「教え魔」と「セクハラ」との違い

2012-04-22 | 趣味

社交ダンスのパーティに行くと、ほとんどといっていいほど、
わたしは、いつも教え魔の格好のターゲットとなる。

「見ない顔やね。ここは、はじめて?」
こう言われ、「社交ダンスは、まだやり始めて、あんまり経ってないの?」
と、ダメ押しされる。

実は、わたしは、かれこれレッスンを受けて6年近くなるのだが、
いかにも初心者扱いで「始めて、何年?」と聞かれると
「2年です」とか「3年ぐらいになります」とか、サバを(悪いほうに)読んでしまう。
というのは、さきに「2~3年?」と聞かれ、「ハイ・・・」、と頷くと
「そうでしょうねえ、そんなかんじやね」と言われることが非常に多いので、
先に防御線を張っておくことが身についてしまったようだ。
ましてや、今、プロの現役A級選手に個人レッスンと団体レッスンを受けている、とは、とても言えない雰囲気。
それぐらい、わたしは、初心者風で、へたで、実際、ちゃんと踊れていない。

もし、プロの先生に習っている、とでも言おうものなら、のけぞられることだろう。
ザルに水。ブタに真珠。もったいない。なんの、引っかかりもない、と。

それを察して、やむなく習っている年数を縮めて言っているのだが、
しかも、わたしがレッスンを受けている、と思っていない人もかなり多い。
まったく我流、自己流で、やっている、と思われているようだ。
「へえ~、その期間の割には、お上手ですね」と言われたことは、(かなしいかな)一度もない。
「気長にやっていれば、そのうち、踊れますよ」とは、(なぐさめの、上から目線で)言われるが。

これが、ザルに水でなくて、なんだろう?
レッスン代は、ザザ漏れ、大洪水。


で、ここで、教え魔の出番だ。
(お上手な方は、ここで、退散。二度と踊ってくれない)

カウントの取り方、始めの第一歩の出し方、一から教えてくださる。
(実際、わたしは、そんなこと、とっくの昔に習っているのに、ちゃんと出来ていないようだ)
お願いもしていないのに、ご親切に丁寧に教えてくださるわけで、別に迷惑などとは口が裂けても言えないが、
わたしにとって理想的な踊りをされる方は、残念ながら、おられない。
(一人だけ、師と仰ぐコーチに出会ったが、師は、忙しくて、なかなか滅多に手ほどきしてくれない)

競技の選手のような、美しい踊りをされる方となら、わたしも美しく踊れる可能性も(少しぐらいは)あるのだが、
そうでない方とは、それなりの踊りしかできない。
理想の方は、パーティでは踊ってくれないし。

自分の踊りがちゃんとできないので、相手に100%合わせることになる。
海のなかをふらふら浮遊するクラゲのごとく。

教え魔のなかでも、自分の踊りたい方針と全然違うタイプの教え魔に遭遇すると、お手上げだ。
いろんな踊り方があるので、まあ、武者修行のひとつではあるが。
明らかにセクハラとの境界線が曖昧な教え魔もいる。
本当にダンスのためになっているのか?首をかしげたくなる。
次から次へとそんな人ばかりが、やってくると、自分は、飛んで火に入る夏の虫? 鴨ねぎ?
そんな気にもなる。

本来なら、たんなる、縁もゆかりもない、ご高齢のおジイサン。
自分も若くはないが、彼らよりは、ずっと若い。
それが、ダンスの会場に入ると、とっさに、先生になり、教え魔になり、セクハラもどきも、まかり通る。
一人、あからさまな人がいて、疑いを抱き始めると、
他の教え魔にも、ほんとうに、教えてくれているんだろうか?と、半信半疑。

「あと3年もしたら、(上手くなって)(我々みたいなものとは)踊ってくれなくなる」
という声も、ちらと、どこからか聞こえた。
なに?
わたしは、今ならタダのキャンペーン中?
新企画、新商品お試しトライアル期間か?

ある人なんかは、
「あ、こりゃいい。身の動きが軽い。指示どおりに動く」
と、まるで、新発売のボールペンを、ペンの先っちょのボールをくるくる回しながら、
備え付けの紙に、さらさら試し書きをするかのごとく。
あるいは、新しくバージョンアップしたパソコンソフトの使い勝手を試すかのごとく。
または、新車の試乗会のごとく?(そんな、いいものでもないか)
試作品、試薬、市場に出る前夜、あるいは、企画倒れ商品?

発売日は、いつ? これ、いくら? 今なら、キャンペーン価格?  え? 無料?
買う気はないけれど、タダなら、もらっとこう。

手垢ぺたぺた。

なんか、とても嫌な気がして、このわたしのキャラ、絶対的な大改革が必要だと、本気で思った。
いくらヘタを自覚していても、ヘンな教え魔の餌食にならないよう、毅然とした態度を取るべきだ。
ただ、毅然とした態度といっても、
「わたしは、今はヘタで、ちゃんと踊れませんが、プロに習っています。
そのうち、実を結ぶ予定ですので、ちゃんとした正しい内容を教えてくださるなら大歓迎ですが、
中途半端な教え魔さんは、ご遠慮願います。ましてや、セクハラは、やめてください」
と、はっきり口に出して言う勇気はなく、
せいぜい、教え魔に聞かれたら、
「プロにレッスンを受けてます」と言って、まわりをシラケさせるぐらいの方法しか思い当たらない。

会場には、うまい人がどれぐらいいるのか、全体のレベルはどれぐらいなのか、ざっと見て、だいたいわかる。
あまりお上手な人がいない会場の場合、(お上手な人がいても、そういう人は相手してくれないので)
それを言ってのけると、誰とも踊れない憂き目に会う。
「なんだ、あいつ。ヘタのくせに、プライドだけ高い。バカか?ナニサマ?」
そう思われ、誰も誘ってくれなくて、定位置は、壁のシミ。

でも、自分がヘタなのに、理想じゃない人だからといって、踊らないというのも、どうかと思うし
自分のレベルから考えると、ヘタな人がちょうど釣り合いが取れている。
社交ダンスは、相手があってのものなので、いろいろ、蝶クラゲは、悩むわけであります。


パーティに顔を出さず、ひたすら水面下で練習を積み、レベルを上げてからデビューするのが望ましいが、
そんな堂々とした力量に到達するまで待っていると、
晴れがましいデビュー日は、おそらく棺おけに片足をつっこんでいることだろう。

市場に出ることなく、試作品の段階でこの世から葬られた、多くの商品・作品のごとく、
蝶クラゲは、海の底で埋没していることだろう。

 

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会場で一人で練習(シャドウ、と言います)している男性は見かけるが、女性でシャドウしている人は、見たことがない。
なんか、女性の場合、いかにも、相手がいなくて、うら寂しいかんじがするし、
それより、わたし、相手に合わせて(依存して)いるので、一人でシャドウできないのが最大の難点。
それを克服しないと、今のまま(=惨状)で、上の段階に進めないだろう。

ダンスのネックと、実生活のネックは、共通項を持つようだ。
なにごとにも、性格は出るってことだ。