昨日に引き続き、早起き第2弾。
いつまで続くことやら・・・
冬が終わり、朝、明るくなるのが早くなると、寝ているのがもったいなくなる。
ちょっと眠いのだが、眠い目をこすりながら、頑張って起きると、朝の貴重な時間が確保でき、
家族が起きてくるまでの時間、ブログやら、なんやら、余裕をもって遊べる。
昨日は、お肉や、いろんなメニューをたくさん食べたので、まだ、お腹にこたえている。
お肉は、お腹の持ちが、非常にいい。
大きな餌食をまるのみした蛇のごとく、お腹のなかにお肉がまるまる残っているかんじで、ずっしり重い。
エッセー人気記事に久々ぶりにランクインした。
選択基準は、依然、曖昧なまま、おおいに疑問も残るが、最近は、単純に喜んでいる。
ところが、喜んだ後が、困りもの。
いつもなら、すいすい、なにも考えなくても、指が先々、キーボードを打ち、勝手に動くのだが、
いまは、ぴたり、と、止まっている。
さて、何を書こうか。
せっかく朝の貴重な時間を確保したというのに。
おそらく、お腹に残っているお肉のせいで、アタマの回転が遅くなり、感性が鈍っているのだろう。
胃と脳は、つながっているようだ。
と、まあ、あいもかわらず長い長い前置きを書いてしまった。
時間があるというのは、わたしの場合、ただただ、無駄に助走時間に使ってしまう、欠点あり。
有効にコトを前倒しできないとは、厄介な性格だ。
こんなことを書くために、早起きしたのか?
さて、・・・と、ここでやっとハナシが始まる・・・
先日、ブログにも書いたが、ある方の、昔の恋のお話をブログで読んだ。
好き同士なのに、結婚はしないという独身主義の男性が、お相手だったらしい。
わたしなら、お互い、独身なら、結婚に進まない恋は、続ける自信がない。
彼女も、それで、その人とは結婚には至らなかったようだ。
適齢期の若い頃の自分なら、当然、結婚を意識するし、
結婚しない自由な恋愛は不安がいっぱいで、絆自体も頼りなく感じる。
今、この年になると、結婚にはこだわらないだろう。
というか、自分は結婚している身なので、その設定がすでにおかしいが。
仮にこの年で独身なら、そして、かつて結婚を経験していたら、もう結婚しないかも知れない。
自分も既婚、相手も既婚なら、話にならないが、
仮に、自分は独身、相手は既婚なら、あまり結婚を意識しないかも知れない。
自分は独身、相手も独身なら、事実婚、というよりは通い婚みたいなかんじに進むのかも知れない。
いずれにせよ、なんの経験もない、すべてが地に足のついていない仮説なので、信憑性も説得力もない。
仮説ついでに・・・
自分はなんの努力もしないのに、勝手に相手が、かっかと恋の炎に燃えていても、
そして、延焼して自分も燃えたとしても、
そんな炎は、おそらく、ある期間を経過すると、消える(と思う)。
ましてや、デート期間の享楽タイム、
そんなものは、外での豪遊やら食べ歩きやら、旅行やらだったら、楽しい事ばかりを前倒しして、
いいトコ取りをしているので、あとに控える実生活では、げんなりすることだろう。
しかしながら、先に、いいことをばばっとプレゼンテーションして、導入部として、飛びつかせる仕掛けでもない限り、
結婚なんかできない(と思う)。
でも、浮ついた享楽主義で結婚する人など、ほとんどいないだろう。
(いや、ラブラブのノリで結婚する人もいるだろう)
この人を信頼して、ついていく、苦楽を共にする、そんな気構えも、もちろん不可欠だ。
最初に、楽しいことや、いいことばかりをすべて味わい尽くしたら、あとは、冷める一方。
恋愛と結婚は、ちょっと違う。いや、大いに違う(と思う)。
こういう、クールなわたしは、結婚生活において、失望はない。
結婚は、こんなものだから。
たいがいの人は、そんなことは、経験して知っていることだろう。
(あるいは、失望してから知る?)
一気に結婚前に、楽しいことを先にすべて味わい尽くすのではなく、
結婚生活を送る長い間に、楽しいイベントも盛り込み、メリハリをつけるのも、通常のことだろう。
子供ができたり、人生のステージを進む毎に、また新しい楽しみや喜びも見出せるし。
人を好きになった場合、結婚というカタチを取るか、取らないか。
子供ができ、子育てなどを考えると、日本では結婚するほうが、なにかとスムーズ。
子育て独身ママも頑張っているようだけれど。
好きだから結婚するのか、結婚してから好きになるのか、結婚してから、キライになるのか、
結婚はしない主義なのか、
なんだか、考えれば考えるほど、よくわからなくなって、理路整然の反対、まとまりがなくなってきた。
やはり、この話題、「恋愛」は、わたしには縁遠い、リアリティのない、不得意分野だと、ひしひし実感する。
そして、昨日のお肉が、また胃の中で、むかむかしてきた。
早起きは、毎度毎度、よい成果をもたらすものでもないようだ。