枕草子 第九十五段 職におはしますころ
職におはしますころ、八月十余日の、月明かき夜、右近の内侍に琵琶弾かせて、端近くおはします。
これかれ、ものいひ、笑ひなどするに、廂の柱によりかかりてものもいはでさぶらへば、
「など、かう音もせぬ。ものいへ。寂々しきに」
と仰せらるれば、
「ただ、秋の月の心を見はべるなり」
と申せば、
「さもいひつべし」
と仰せらる。
職の御曹司にいらっしゃる頃、八月十日過ぎの、月の明るい夜、中宮様は右近の内侍に琵琶を弾かせて、端近な所においでになる。
女房たちは皆話をしたり、笑いなどしているのに、私は廂の間の柱に寄りかかって話もせずに伺候していたところ、
「どうして、そんなに静かにしているのか。何か話をしなさい。寂しいではないか」
と仰せられるので、
「ひたすら、秋の月の心境を眺めているのでございます」
と申し上げますと、
「まさにそういうのがぴったりね」
と仰せになられる。
八月の満月に近い頃の光景です。
右近の内侍は内裏付きの女房で、天皇のお使いとして参上して琵琶を弾いていたのでしょう。少納言さまたち中宮付きの女房も、中宮様の側近くでそれぞれに琵琶を聞き月を愛でている様子がうかがえる、ほのぼのとした章段です。
職におはしますころ、八月十余日の、月明かき夜、右近の内侍に琵琶弾かせて、端近くおはします。
これかれ、ものいひ、笑ひなどするに、廂の柱によりかかりてものもいはでさぶらへば、
「など、かう音もせぬ。ものいへ。寂々しきに」
と仰せらるれば、
「ただ、秋の月の心を見はべるなり」
と申せば、
「さもいひつべし」
と仰せらる。
職の御曹司にいらっしゃる頃、八月十日過ぎの、月の明るい夜、中宮様は右近の内侍に琵琶を弾かせて、端近な所においでになる。
女房たちは皆話をしたり、笑いなどしているのに、私は廂の間の柱に寄りかかって話もせずに伺候していたところ、
「どうして、そんなに静かにしているのか。何か話をしなさい。寂しいではないか」
と仰せられるので、
「ひたすら、秋の月の心境を眺めているのでございます」
と申し上げますと、
「まさにそういうのがぴったりね」
と仰せになられる。
八月の満月に近い頃の光景です。
右近の内侍は内裏付きの女房で、天皇のお使いとして参上して琵琶を弾いていたのでしょう。少納言さまたち中宮付きの女房も、中宮様の側近くでそれぞれに琵琶を聞き月を愛でている様子がうかがえる、ほのぼのとした章段です。